せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

せいあん!特別編_2019年初夏 嘉峪関旅行記2日目:懸壁長城・長城第一墩・嘉峪関・嘉峪関空港(今回も過去写真あり💛)

2019年9月22日(日曜日)の深夜です。

またしても、前回アップから1ヶ月近く経過してしまいました。

この書き出し、前回とほぼ同じです。(^^;

ご紹介する嘉峪関は6月中旬、初夏なのに・・・・・・。

実際には中秋節も過ぎ、すっかり秋めいてまいりました。 

 

9月13日の中秋節岡山県北の我が家では綺麗な満月を見ることができました。

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暫くすると雲がかかって来たのですが、雲から覗く月も風情があってイイ感じ。(*^-^*)

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この頃の西安は雨が続いていて、残念ながら中秋の名月は見ることができなかったそうです。
 

でも、大唐西市城では前回ご紹介した「隠市」が開催され賑やかでした。

大唐西市博物館も、「隠市」に「手作り月餅」のコーナーを出して参加していました。

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彼女は、以前私が拓本体験に参加した時に講師をしていた友人です。(*^^*)

私も参加したかったな~。

以上、ちょこっとだけ西安の様子のご紹介でした。

 

 

それでは、嘉峪関市の観光の目玉、万里の長城ー懸壁長城・第一墩・嘉峪関をご紹介します!\(^o^)/

目次 

 

 【車チャーター】

最初に、☟の地図をご覧ください。

【嘉峪関市地図】

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前回登場した地図を少し修正しました。

ホテルの場所を追記したのですが、文字がちょっと小さ過ぎます。m(__)m

オレンジの文字がある場所が、ホテル所在地です。

嘉峪関2日目は、

ホテル → 懸壁長城 → 第一墩 → 嘉峪関 → 空港

と車をチャーターして移動しました。

 

この車について少々。

当初、私はできるだけ公共のバスを利用したいと思っていました。

前日夜、ホテルに戻ってから公共バスの路線を調べると・・・・・・。

ホテルから嘉峪関までは6路バス+徒歩部分合わせて約40分。(☟左)

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お?いい感じ!!!

でも、嘉峪関から懸壁長城へのルートを検索すると、バス路線を乗り継いで、降りた後さらに7キロメートル徒歩移動!(☝中央)

所要時間約2時間半。(゚Д゚;)

それじゃ・・・・・・、それじゃあ、嘉峪関から第一墩なら、どうだ!!?

検索結果は、こっちも2時間~~~!!!(T_T)(☝右)

今回、嘉峪関市の観光時間は丸1日もありません。

 

とりあえず、Ctripで3か所を回るツアーを検索してみました。

結果は・・・・・・。

朝8:00から各ホテルを回って旅行客乗車。

9:00嘉峪関 → 11:20懸壁長城 → 12:50第一墩 → 13:50第一墩出発 → 14:20市内着。

昼食は各自準備。

ちなみに、価格は2019年9月11日検索で、159元(チケット代込み)。(1元=16円換算で、約2,500円)

このプランなら、夕方のフライトに間に合ったのに・・・・・・。

時すでに遅く、予約が間に合いませんでした。(^^;

前日の夜22時頃、翌日の予定を考えているんだから仕方ありません。(笑)

 

この時、思い出したのが嘉峪関駅からホテルへの移動でお世話になった運転手さん。

私が下車する前、運転手さんは「車が必要だったら連絡してね」と、予約システム経由の番号ではない、個人契約の番号を教えてくれました。

これだ~~~!!!

もう、これしかない!!!

遅い時間に電話するのは失礼なので、当日の朝、連絡することにしました。

依頼する内容は、ホテルから『懸壁長城・長城第一墩・嘉峪関』の3か所に加えて、一度ホテルに戻って荷物を回収してから嘉峪関空港へ。

もし、運転手さんに他の予定が既に入っていたら・・・・・・。

それは・・・・・・、その時考えよう!(笑)

 

当日朝8時、運転手さんに電話をすると、時間はあるとのこと。\(^o^)/

運転手さん言い値の250元から180元に交渉成功。(1元=16円換算で、約2,900円)

Ctripの半日旅行だと、3か所への移動とチケット代込みで約160元なのに・・・・・・。

チケット代が110元とすると、すごく無駄な感じ。

でも、他の人と一緒のツアーと、個人でチャーターするのでは費用が違っても仕方ありません。

それに、こんなものも見つけました。☟

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(訳)懸壁長城は市内から約11キロ、嘉峪関まで約8キロ。嘉峪関・懸壁長城・長城第一墩で1日車をチャーターする場合の価格は150~180元。市内からタクシーの場合、約40元。

私のオファーは観光地とは反対方向の空港への移動も含まれていたので、180元は妥当なのかも。(^_^)v

ちなみに、2000年1月に訪れた時は、三輪バイクタクシーで移動しました。

三か所回って65元。(当時のレート、1元=13円換算で、845円)

荷物を朝から車のトランク積み込んで観光終了後直接空港へ向かうようにしなかったのは、一応、危機管理のため?

観光のために長時間車から離れるので、ちょっと不安だったんです。

結果としては、そんな心配は不要でした。(笑)

 

前置きが長くなってしまいました。<(_ _)>

いざ!嘉峪関観光へ!!!\(^o^)/

 

 

【懸壁長城】

2019年6月13日(木曜日)10時、ホテルをチェックアウトし、荷物を預けて、既に待機していた車に乗車。

運転手さん提案の「一番遠くから先に 」に基づき、最初に向かったのは懸壁長城です。

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10時半前、入り口前に到着。

車を降りて、チケット売り場に向かう道の右手に、案内がありました。☝

 

アップを撮っていなかったので、☝の写真を引き伸ばした結果、ちょっとボケ気味に。(^^;☟

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日本語の説明、何とか読めると思います。(^^;

翻訳文の独特な言い回しは、ご愛敬。(笑)

 

【懸壁長城地図】

☟この地図、写りがクリア!

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それは、ネット上から拾ってきたからデス。(笑)

地図で、「★」のある場所が、この看板のある懸壁長城入り口前。

ピンクの数字は、写真を撮った場所です。

チケット購入後、城壁に上がって水門方向へ少し移動。

その後、方向転換して、懸壁長城の頂上へ。

戻りは横の山腹に切り開かれた下山道を下り、途中から駱駝隊の横を歩いてスタート地点へ。

このルートに沿って、移動開始します!(*^-^*)

 

【懸壁長城・長城第一墩・嘉峪関通しチケット】

☟、ゲートの右手に、チケット売り場があります。

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ここで☝、私は懸壁長城・長城第一墩・嘉峪関の3ヵ所の通しチケットを購入しました。☟

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価格は一人110元でした。(1元=16円換算で、約1,800円)

 

Ctripだと、9月12日現在、108元で販売されています。(☟右)

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ちなみに☝左側を見ると、通しチケット、一人・110元はオンシーズン価格、オフシーズンは55元。

個別購入の価格を見てみると、オンシーズン、嘉峪関は110元、第一墩は22元、懸壁長城は31元。

第一墩と懸壁長城は嘉峪関のオマケみたいな扱いなような?

でも、安くなるのだから、一観光客として異議はありません。(笑)

因みに、オフシーズンは、それぞれ90元・11元・11元。

6月のオンシーズンに出かけたのに、何故オフシーズン価格を気にするかと言いますと~。

2000年1月の価格と比較したかったから!

当時、嘉峪関では学割が効いて半額の12元(全額だと25元)、第一墩は無料、懸壁長城は8元でした。

こうして見ると・・・・・・、懸壁長城はあまり値上がりしてませんね。

 

では、懸壁長城に上がります!☟

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背後に見える階段を上ります。

 

階段を上った場所の風景。☟

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まずは前述したとおり、手前(地図だと下側)にある水門の方へ行ってみました。 ☟

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☟は、チケット売り場手前から撮影した、水門全体の様子。 

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門中央辺りから、これから登る懸壁長城を眺めると・・・・・・。☟

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なんという・・・・・・、急こう配っ!

「懸壁」というだけのことはあります。

19年前は余裕で登ったのですが、今回は見ただけで息苦しい~~~。(笑)

 

気を取り直して、改札口から上がって来た場所へ戻って来ました。☟

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それでは、行きま~~~す!!!!(アムロ風に。(笑))

 

 地図の①ポイントに向け、前~進~!☟

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前方に見える階段のあたりが、①ポイントです。

 

階段手前から見上げた懸壁長城。☟ 

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先は長いな~。(笑)

 

階段の上から見ても、当然距離は変わらず、先は長い・・・・・・。☟(^^;

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☟、2000年1月21日の風景。

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たぶん、一つ上の写真で人が集まっている場所の少し手前から写したんだと思います。

現在、右手は駐車場として整備されていますが、2000年1月当時は駐車スペースはあっても、足元は土が剥き出し状態のよう。

 

☟こちらは、現在の階段を上がった場所にあった紹介文。

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日本語がないので、参考として簡単に訳してみます。
【懸壁長城】

明嘉靖十八年(1539年)、嘉峪関の防御を強化するため、粛州兵備道の李涵は嘉峪関の南・北両翼の長城を修築した。材料を現地調達し、黒山石山峡両側の尾根に版築された石と土できた長城である。工事は嘉靖十九年(1540年)に竣工。かつての懸壁長城は下部幅が4メートル、上部幅が2メートル、高さが0.5~6メートルあった。石層の厚みは10~15センチ、版築層は10~12センチ。現存の750メートルの長城は1987年に修復されたものである。

 

では、あの☟てっぺん目指して先へ進みましょう!\(^o^)/

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地図の②ポイント辺り。☟

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そこから右手を撮影。☟

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☟は、2000年1月21日の、ほぼ同じ方角。

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この角度だど、うっすら積もった雪と、木々に緑の葉がない以外、そんなに変化はないような???

 

こちら☟は、②ポイントの左手。

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地図には「丝路驼队(シルクロードキャラバン隊)」の文字と、駱駝の絵が描かれています。

⑥ポイントで山から下りた後は、☝に写っている道を戻って来ました。

 

③ポイントの急こう配少し手前。☟

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ここから、階段が始まります。

私の膝・腰は耐えられるでしょうか???(^^;

 

階段を上がり始める前に、左右の景色を鑑賞。

こちら、右側。☟

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さっきはまだ見えていなかった建物が見えてきました。

 

☟、左側。

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③ポイントの階段を上っている最中。☟

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スピードは一定に保ちながら登りましたが、そのせいで心臓がバクバク。

 

④ポイント手前で、背後を振り返ってちょっと休憩。☟

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遠くに発電所が見えています。

右手の山の尾根では、現在、長城が修築中。

建設現場のアップは、頂上から下りて水門手前まで戻った場所でご紹介します!(^_^)v

 

④ポイント手前から、下を向いて左手の景色2枚。☟

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百度地図」を見ると、側にスキー場があるので、☟の白いモノ、スキー場の設備なのかも。

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☟は、右手の山並み。

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山腹に切り拓かれた下山道が見えます。

 

こちら☟、またまた2000年1月21日。

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発電所の辺りは、ちょうど長城の敵台の壁に遮られて見えないのが残念。

 

④ポイントの敵台から、⑤ポイントの敵台へ。

2019年の写真がなかったので、2000年の物で代用。(^^;☟

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⑤ポイントの敵台手前に到着。中に入る前に、登って来た道を振り返ってみました。☟

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この日、全日に言えることですが・・・・・・、バックに青空が欲しかった!(T_T)

狭く傾斜がきつい階段を上って来る、後続の観光客。

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階段に手を添えて、安全に注意しながらでないと危険。

体の大きな方にとっては、頭や背中をぶつける可能性大なのデス。

 

敵台の上から、周囲を鑑賞!☟

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④ポイントの敵台が見えています。☝

 

視線を更に左に写すと・・・・・・。☟

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隣に続く尾根の上に、石を用いて💛や文字が描かれています。

 

更に左へ。☟

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道なき尾根を登っている人もいますね。

 

そして、こちらが、この後下って行く下山道です。☟

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これで、360度見終わりました。☟

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☟は、上の写真に写っている長城通路の途中から写したと思われる2000年1月の写真。

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これを見ると、19年前、発電所はまだなかったんですね。

 

⑤ポイントの敵台から少し下ると、下山を始める前に記念の鍵を山道横の鎖に取り付けたり、記念メダルを買ったり、望遠鏡を覗いたりする場所があります。☟

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敵台から上の写真の場所まで下る時、左手に見えていた下山道。☟

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横から見ても☝、上から見下ろしても☟、急な下り道です。(^^;

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⑥ポイント少し手前。☟

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ここは、それまで両脇に山肌が迫っていただけに、急に視界が開ける感じがしてとても新鮮!

 

☟、⑥ポイントで撮影したパノラマ写真。

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発電所上辺りの高さ、左から右へ点・点・点と旗のような影があるのは、レンズに付着した埃の痕跡です。(^^;

⑤ポイントの敵台からの見晴らしが、何と言っても最高だと思います。

でも、ここも悪くないですよ!(^_^)v

 

ここから下りた後は、☟に写っているキャラバン隊の人形に囲まれた道を進みます。

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キャラバン隊の先頭位置まで戻って来ました。☟

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キャラバン隊の人形を眺めながら、水門の方へ。

 

懸壁長城の石碑があったので、ここで写真を撮っていた三人連れの女性に声をかけて、撮っていただきました。☟

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☟は、2000年1月21日に、三輪バイクタクシーの運転手の女性に撮っていただいたもの。

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この石碑、私は今回こちら側に回らなかったので、今も残っているのか確認できなかったのですが・・・・・・。

ネット上の写真で、存在が確認できました!\(^o^)/

嬉しい~~~!!!

自分の写真で探してみると、停車していたバスの後ろに、上部がすこしだけ写っていました。☟

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石碑のすぐ側にあった用水路。☟

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青空だったら、この水の流れがもっと映えるのに~。

 

この後は木陰を通って、水門へと続く川沿いの通路まで戻って来ました。

右手の尾根に、新たに長城を修築しているのが見えます。☟

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アップにすると、2019年6月半ばは、敵台周辺を工事していたようです。☟

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左手、平地へと続く部分は既に完成?☟

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こんな足場の悪い場所にどうやって資材を運んでいるんでしょうね?


こちら☟は、2000年1月の同じ尾根。

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水門まで戻って来ました~。☟

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懸壁長城はここまで、約1時間の観光でした。(*^-^*)

 

【長城第一墩】

11時半過ぎ、懸壁長城を出発、向かう先は第一墩です!\(^o^)/

位置関係を把握するため、既出の地図☟をどうぞ!

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懸壁長城から出発してすぐ、発電所側を通過。☟

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長城の上から見えていた発電所です。

 

地図をご覧になると分かる通り、懸壁長城から移動するなら、第一墩より嘉峪関の方が手前にあります。

でも、嘉峪関を横目に見ながら、先に第一墩へ!☟

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遠ざかっていく嘉峪関を眺めていたら、長く連なった貨物列車がやって来ました。☟ 

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これだって、砂が舞い上がって空が灰色になっていなければ、青空さえ見えていれば、もっとシルクロードっぽい風景になったのに・・・・・・!(T_T)

朝の内は多少日差しを感じられていたのに、昼前になると、こんなにどんより。

 

昼12時前、見覚えのある第一墩が見えて来たのですが、でも柵に囲まれていて、側には近寄れそうにありません。

車もここは素通りして、更に前進。

停車したのは、こんな立派な門の前。☟

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ここが、長城第一墩観光地の入り口のようです。

 

百度地図の航空写真で確認すると、観光エリアはこんなに広~~~い!!!

緑の三角形のてっぺんが、上の写真の北門。☟

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他に、三角形底辺に東門がありました。

 

北門周辺をアップにしたものが、こちら。☟

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この☟写真は、上の航空写真で北門駐車場から、赤い点の横の緑で囲んだ場所にある城壁の断片を写したものです。

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こちら☟は、☝の長城断片を、赤丸の位置から撮影したもの。

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フェンスの編み目の隙間にレンズを合わせて撮影。(*^^*)

 

そして、これ☟が2000年1月に撮影したもの。

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当時はフェンスなどなく、チケット購入も不要、近寄り放題!!!\(^o^)/

 

ここ☝を見学後、三輪バイクタクシーの運転手さんが連れて行ってくれた、少し離れた場所の長城跡。☟

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おそらく、このような場所が航空写真の三角形内にあるんだと思います。

2000年当時、私は方角を見失っていて、ここ☝がどの位置なのか理解できていませんでした。(笑)

通しチケットを買っているので、中に入って見学することもできたのですが・・・・・・。

でも、この日はあまり時間がありませんでした。

この広大な場所に観光用電動カートで乗り入れたら、当分出てくるのはムリそう。

それに、天気も悪いし・・・・・・。

と言うわけで、滞在時間、5分未満。

2019年6月の長城第一墩は・・・・・・、これだけです。<(_ _)>

 

この後、嘉峪関への移動中、後部座席で前日買ったナンを食べるていると・・・・・・。

水とナンしかないのを見かねてか、運転手さんがキュウリを1本分けてくれました。☟

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水分補給のため、トランクにクーラーボックスを載せ、その中に洗ったキュウリや果物を用意しておくんだそうです。

キュウリと言っても、普段よく食べる細長いものではなく、ちょっと太め・短めの、コロンとした形状。

種部分が少なく、その分「果肉」が多いと書きたくなるくらい、果物っぽいキュウリ。

水分豊かで、自然な甘味もありました。

留学中、色んな国の留学生が「キュウリは果物」と主張していたのですが、このタイプのキュウリなら、私も果物に分類したくなりました。(笑)

 

 

【嘉峪関】

【嘉峪関遠景】

いよいよ嘉峪関へ向かいます!\(^o^)/

どうしても、2000年1月、三輪バイクタクシーから下車し、嘉峪関の遠景を撮影したポイントを確認したい!

運転手さんにお願いして、防砂林の合間から嘉峪関が見える位置で停車してもらいました。☟

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道を横切り、もう少し接近して撮影。☟

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かすかに記憶に残っている角度は、こんな感じだったような・・・・・・。

 

帰国したおかげで、昔の写真を探すのは容易になりました。(^_^)v

これ☟が、2000年1月21日、移動中に目にした嘉峪関遠景。

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ほぼ同じ!\(^o^)/

19年前の写真では、背後にうっすら山並みが見えます。

2019年6月13日も、晴れていたなら見えただろうに・・・・・。

今回の背景は全て灰色です。(T_T)

 

【嘉峪関:観光地入り口周辺】

【嘉峪関ガイドマップ】

こちら☟チケット改札を通過した場所にあったガイドマップです。

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12時半前、上のガイドマップの駐車場入り口で車を降り、チケット売り場・改札口の方へ向かいました。☟

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☝、前方に見えるのが「ツーリストサービスセンター(游客服务中心)」。
センターの右横、水色の屋根の左手にチケット売り場とお手洗いがあります。

 

左右をキョロキョロ見ながら、ツーリストサービスセンター方向へ移動。(*^-^*)

☟、向かって右側。

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☟、左側。

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☟、チケット売り場前の広場。

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チケット改札口に向かいます!

 

☟、顔認証を行うため、帽子も、マスクも、スカーフも外さないといけません。

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顔認証ではなく、チケットのコードを読み取ればいいのに・・・・・・。

ちょっと面倒です。(^^;

 

改札を通過すると、すぐ右手に音声ガイドのレンタルがありました。

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でも、言語は、中国語と英語だけ。

 

その反対側には、移動用電動カートのチケット売り場があります。☟

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料金・ルートは以下のとおりです。

ルート①往復:観光地南門(改札口)→ 東閘門 → 長城博物館 →観光地中門(出口)

10元/一人

ルート②片道:観光地南門(改札口)→ 東閘門 →観光地中門(出口)

5元/一人

 

すぐ側に、電動カートが待機。☟

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最初にご紹介したガイドマップは、上の写真、右側の電動カートの向こう側にあったものです。(*^-^*)☟

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この道をまっすぐ歩くと、湖の前に出ます。

突き当りに立っているのは、「馮勝」の銅像。☟

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この方については、Wikipediaをご参照ください。☟(*^-^*)☟

馮勝 - Wikipedia

 

馮勝の銅像の背後にある湖に沿って、右へゆるくカーブしながら進みます。☟ 

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この☝写真で道が見えなくなった辺りで、左折すると・・・・・・。

 

☟、東閘門が見えます。

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ここ☟でも、顔認証。

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またしても帽子・スカーフ・マスクと、着脱が煩わしいのです。(^^;

 

過去2回、1997年と2000年に訪れたことがありますが、以前はここまで辿り着くのに、これほど歩くことはありませんでした。

当時、嘉峪関観光のスタート地点は、ここ東閘門。☟

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かつてはこの近辺に駐車場がありました。

 

嘉峪関を訪れる日本人観光客、多いんでしょうね。

音声ガイドにはありませんでしたが、文字での紹介では、日本語も用意されていました!☟(*^-^*)

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ここで、過去2回の東閘門を見てみましょう!

こちら☟は、1997年6月16日(月曜日)。

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☟は、2000年1月21日(金曜日)。

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東閘門は、変わっていませんね。(*^-^*)

 

東閘門を抜けて、中へ入りました。☟

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ここにも観光マップがあったので、ご紹介します!☟
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この後の見学写真の撮影場所が分かりやすくなるように、撮影場所を数字で示しました。ご参照ください。(*^-^*) ☟

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ちなみに、これ☟は2000年1月の案内板です。

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観光マップの左背後に、屋根がにチラッと見えていました。☟

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このすぐ右手に、碑廊があります。

観光マップに紹介されていない上の建物は写して、紹介されている碑廊を1枚を撮っていない・・・・・・

ヌケています。(^^;

 

ここから、①の方へ歩きます。☟

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右手に見えている壁は、嘉峪関楼から北箭楼を経て東閘門まで続く外側の城壁。

内側の城壁の上、㉜手前から見えているのはこの辺りです。

 

薄暗い2019年と比べ、1997年の明るいこと!☟

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1997年は城壁沿いの地面が整備されていなかったので、城壁に近づくことなく道路を歩行。

駱駝を見かけてご機嫌な私。

これは角度がズレていますが、「駱駝を見て~~~!!!」のポーズです。(笑)

 

①、文昌閣前に到着しました!\(^o^)/

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別の角度から、2000年1月の写真を!☟(①’)

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建物紹介の日本語訳もありますし、ここからは文字は少なめに進めます。

②文昌閣から順にスタート!\(^o^)/

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文昌閣を通って、③関帝廟の前に出ました。

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斜め左に、舞台が見えています。

 

香炉の前から写した関帝廟

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④、舞台。

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いよいよ、嘉峪関の中に入ります!\(^o^)/

⑤、東甕城の朝宗門。

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⑥、下から見上げた光化楼。

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2000年1月の光化楼。

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光化門。
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光化門の通路の高さ、かなりあります。

でも、その上に聳える光化楼と一つの画面に収めると、通路がちっぽけな穴に見えてしまいませんか?

1997年6月、初めて嘉峪関を訪れた時には、これを見ただけで大興奮!!!(笑)

 

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さあ、光化門をくぐって中へ!\(^o^)/

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正面に、柔遠楼が見えています。

 

⑦、光化門を抜けて、すぐ右手にある撃石燕鳴。

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日本語部分、文字が小さくてすみません。<(_ _)>

 

⑧、撃石燕鳴のすぐ側にある、傾斜の急な馬道を上ります。

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馬道の上に見えているのが、光化楼です。

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⑨、馬道を上り切った場所から見た柔遠門方向。

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手前に、遊撃将軍府が見えています。

 

真下から見た光化楼。

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扁額が半分しか写っていなかったのが・・・・・・、ショック。(T_T)

 

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これから、光化楼を起点に城壁上を時計回りで見学します!(^_^)v(⑪)

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⑯の南敵楼下に再現された、演舞場が見えます。

 

⑫から、朝宗門の側にあった舞台方向を撮影。

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こちら☟、2000年1月の同じ方向。

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舞台の屋根や背後の壁など、修復の跡がありますね。

背後の風景、2019年のものは霞んで遠くが見えませんが、それでも送電線の鉄塔のようなものが立っているのは見えます。

 

⑬、柔遠楼とその背後の嘉峪関楼が並んで見えます!(*^-^*)

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⑭、角楼。

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角楼の銃眼から撮影した、城外の景色。

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カメラをもう少し前に出して撮ると、周囲はこんな風になっていました。

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嘉峪関のレイアウト図で見ると、舞台の位置より少し左下方向になります。

 

⑭角楼側、城壁南東の角から対角線上を撮影。

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1997年6月、同じ位置から撮影。

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ガイドさんの話では、前日の雨で気温が下がったとか。

当日も雲が多く日差しが頻繁に遮られ、この日の嘉峪関は気温28度くらいであまり暑くなったと記憶しています。

少し前に貼っている1997年の写真(駱駝をバックに、私が写っているもの)は日差しが射していましたが、この写真は太陽がちょうど雲に隠れた時に写したんでしょうね、薄暗い~。

 

2000年1月、⑭から少し進んだ場所から、柔遠楼方向を写したもの。

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このころはまだ、演武場は再現されていなかったんですね。

左端に、南敵楼がチラッと写っています。

 

⑮辺りから見た城外。

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手前に、東閘門から嘉峪関門と周囲を取り囲む外側の城壁が見えます。

 

ちょっと角度を変えてみました。

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第一墩へと延びる城壁が、南へ向けて砂塵の中に消えていきます。

 

⑯、南敵楼。

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手前まで来ると、南敵楼の全景は写せないので、⑪他の写真でご確認ください。(*^-^*)

 

⑯から見た演武場。

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正面の城壁上に、左から北箭楼・角楼(北西)・北敵楼・角楼(北東)が見えています。

 

⑰辺りから見える、柔遠楼・嘉峪関楼。

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⑰近辺から城外を見ると、第一墩へ続く城壁のラインがさっきよりはっきり見えるように!\(^o^)/

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嘉峪関到着時に見たガイドマップに、情報を少し追加しました。☟ 

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左下、黄色に塗っている部分が、第一墩へ続く城壁です。

 

⑱の角楼にかなり近づいた場所から、もう一度。

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万里の長城が、自分の足元からスタートしているような感じ!\(^o^)/

 

3回目は、外側の城壁も一緒に!

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ついでに、2000年1月の同じ場所を。

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嘉峪関の東側はかなり観光地化されましたが、南側の風景はほとんど変わりないですね。(*^-^*)

 

⑱、南西の角楼に到着!

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紹介内容は、前述の⑭南東の角楼と同じなので、アップは省略します。 


嘉峪関門から南箭楼へ向かう城壁を、⑱から撮影。

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⑱から北東角楼方向を。

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⑲から見た、嘉峪関楼と馬道。

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同じく⑲から撮った西甕城の会極門。

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残念ながら時間と体力がなく、こちら側には下りていません。(^^;

 

⑲から見た光化楼。

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光化楼に上がる馬道の一部が見えています。

 

⑳、会極門楼。

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西甕城の南側城壁上にあります。

 

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⑳から南方向を撮影。

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⑰や⑱手前から見た第一墩へ向かう長城の背骨(?)のうねりが見えますね!

 

㉑から見た柔遠楼と会極門楼、プラス背後の光化楼。

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ちょっとやって来た方へ戻って、㉒からの柔遠楼。

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㉓からの柔遠楼と柔遠門。

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㉔から、光化楼、柔遠楼・柔遠門及び会極門楼。

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こちら☟は、2000年1月、㉔から撮影した光化楼、柔遠楼と遠く背後の南敵楼。

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㉕からの、柔遠楼西側正面のアップ!

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上の写真の右側にあった、レンガの説明。

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柔遠楼、㉖から南方向を撮影。

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㉖から光化楼を望む。

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㉖から見た嘉峪関楼。

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㉗から、西側外にある城壁を。

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㉘、北西角までやって来ました。

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ここにも角楼があるのですが、ここからの城外の景色は撮り忘れていました。(^^;

 

㉙辺りから見た、遊撃将軍府の屋根と光化楼。

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㉚、北敵楼から正面を撮影。

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向かいの城壁上には南東・南西の角楼と南箭楼、中央に南敵楼が見えます。

 

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㉛から北側の城外を見てみました。 

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殺風景に見えますが、私はこんな風景が大好きです。

何度も言いますが、背景の空が青ければ・・・・・・、もっと素敵なのに。(T_T)

 

城内側は、遊撃将軍府がちょうど真下に見えます。

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㉚と㉛の間辺りから撮ったと思われる、19997年6月の写真。

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㉜手前から見えた外側の城壁。

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すごく小さくしか写っていませんが、城壁の側で観光客が記念撮影中。(*^-^*)

 

上の写真で見えている範囲、ガイドマップに色を付けました。

「嘉峪関」の三文字の横の、黄色い部分です。

ご覧になると分かるように、この外側の城壁の先には東閘門があります。

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前述しましたが、この部分は東閘門から文昌閣まで移動する時に通った場所です。

 

㉜、4つめの角楼、北東の角楼です。

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㉜から光化楼へ向けて、移動開始!

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⑨と⑧の間、遊撃将軍府や柔遠楼等を見ながら進みます。

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こちらは、2000年1月のほぼ同じ場所。

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㉝、東甕城の北東角から。

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2000年1月、㉝少し横から。

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2000年1月の旅行で嘉峪関に上がった時は、私以外には緑色の解放軍コートを着た男性しか見かけませんでした。

すごく寒いので、冬場の観光客は少なかったんです。

そのため人目がないからか、貴重な文化遺産の建物の陰や、ひどい場合は寒風をさけるためなのか建物内に、排せつ物が白い紙と一緒に凍り付いていました。(^^;

白い紙があるので、野生動物?と疑う必要はありません。

ここだけでなく、懸壁長城の上側の敵台でも見かけました。

「やった~、一番上まで登った~~~!!!・・・・・・何これ???」状態。(笑)

当時、それを目にした時は非常~に複雑な思いでした。(^^;

今回、19年振りにやって来たのですが、幸い、周囲あちこちにトイレが整備されたからか、今はいつでも観光客の目があって排せつ行為に及べなかったのか・・・・・・。

嘉峪関も懸壁長城も、清潔な状態でした。(笑)

 

㉞少し手前、光化楼と門を正面から。

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㉞から、南閘門が見えました。

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南閘門、☟のガイドマップで、赤枠で囲んでいます。

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城壁を下りてから、見に行ってみましょう! \(^o^)/

 

㉟、東甕城の南東角から見た光化楼。

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光化楼の南側、㊱までやって来ました。

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㊲柔遠楼を眺めながら、光化楼の周囲を回って、馬道の下り口⑨へ。

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嘉峪関見学も終わり、⑨から、馬道を下ります。

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1997年、⑨で撮影。

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この写真、背後の山に雲の影が映っているのが好きです。(*^-^*) 

雲の隙間からの降り注ぐ日差しが眩しい~~~!!!

若かりし日は、日傘もマスクもナシに、この紫外線の下に立ってたんですね~。(笑)

 

それにしても、1997年の写真はどうしてこんなに少ないんでしょう?

当時を振り返ってみると・・・・・・、原因は、ビデオカメラ!

当時は映像の方が旅行の思い出を残せると思っていて、実際、帰国して暫くはそうだったのですが・・・・・・。

今となっては編集したビデオテープをかけるデッキも処分してしまい、見ることができない!

マスターテープは保存しているけれど、他の旅行のテープをビデオカメラにセットし、テレビにつないで鑑賞しようとしたら、テープが中で絡まって動かなくなってしまいました。(゚д゚)!

それを引っ張り出し、手動で巻き戻して再チャレンジしても、テープに傷が入って一層絡まり易くなってしまった上、映像はいたる所でモザイク発生。(T_T)

今ならすぐにパソコンに取り込んで保管するので問題はなく、動画から写真を切り出すこともできますが・・・・・。

長時間の動画を延々見て、お気に入り箇所を加工するのもけっこう不便。

デジカメで、写真とたまに短い動画を撮るくらいがちょうどいいのかも?

 

やってまいりました!㉞から見かけた門です!

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ここには、日本語がない!
嘉峪関では日本語説明があって随分ラクさせてもらったので、ここくらいは、自力で訳してみようと思います。(笑)

参考に、どうぞ。

【南閘門】

外城壁南部分の瞭望墩西側に位置する、貫通壁式潜り抜け通路構造の門である。オリジナルの門は1936年から1959年の間に破壊された。現在門は元の場所に2014年に再建されたものである。

東閘門と比べると、かなりこじんまりしていますね。

オリジナルもこの規模だったのかな~?

 

これで嘉峪関の見学は終了です。

引き続き、観光地内にある「嘉峪関長城博物館」へ行ってみたいと思います!\(^o^)/

 

 

【嘉峪関長城博物館】

東閘門を出て、来た時とは逆の北へと道を下ると、カーブの途中に博物館があります。

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地図☝にあるように、嘉峪関の外側の城壁が東閘門から更に北へ、博物館横まで延びているのですが・・・・・・。 

 

この☟写真の一番左、緑の矢印の下にあるのが、その長城。

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黄色で囲んでいる部分も、手前に置かれた案内によると「明長城遺跡」と紹介されています。

さすが嘉峪関!こんなすぐ側に長城があるんですね!


☟、左手に長城遺跡を見ながら、博物館の正面玄関に向かいましょう!(^^)/

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時間が押してきていたので、博物館内は駆け足で見て回るしかありませんでした。

今思うと、ここになら南閘門の昔の写真があったかも?

非常に残念。(T_T)

 

☟、正面玄関を入った所。

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入り口にあった見学ルートの紹介。☟

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紹介にありますが、この博物館は地上1階と、地下1階に文物が展示されています。

 

☟、ルートに沿って1階にある第一展示室・第二展示室から見て行きます。(*^-^*)

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時間が無く、パネルを読むどころか、個別に写真に撮る心のゆとりもナシ。(^^;

 

全体感だけご覧ください。☟

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第二展示室に到着。☟

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まだ夏休み前の平日で、見学客はかなり少なめ。

そんな中、博物館の入り口で出くわしたのが、ツアー参加らしいこの☟方々。

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一番右で、隣の人の陰になっている方は・・・・・・。

なんと、前日、敦煌から嘉峪関へ移動した列車内で、硬座の同じブロックにいた韓国人

男性!

男性の話では、列車だけでなく、敦煌の東大橋から駅までの移動で乗車したバスも一緒だったんだそうです。

3回も出くわすなんて、縁があるな~。

この方、嘉峪関の次は銀川へ行く予定と言われていました。

 

ここまで足早やにやって来たのですが、ちょっと足を止めて注目したのが、この☟巨大な刀!!!

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展示室が薄暗く、手前に置かれた説明プレートが見えませんね。(^^;

二次元キャラクターのように、実際にこのサイズの刀を振り回して戦うのかと興味津々で立ち止ったのですが、これは故宮博物館から寄贈された清代の儀仗刀でした。(笑)

 

第二展示室には、他にも多くの武器が紹介されています。☟ 

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第二展示室を見終わったら、階段を下りて地下へ移動。☟(^^)/

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☝の突き当りを左に曲がった所。☟

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この突き当りを右折して下りると・・・・・・。

 

左手に☟の展示が見えます。

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右側の壁に展示されているもの。☟

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この壁の奥の方の展示物。☟

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☝左上は「莫高窟第323窟 張騫出使西域図」、その下は三蔵法師

右上は武威雷台出土の銅奔馬の写真、下に陳列されている絵の描かれたレンガはレプリカです。

このコーナーは甘粛省から出土したものや、関連するもの人物・物を紹介しているのかも?

2019年9月19日現在、インターネット上の公式サイトでも、Wechatの公式アカウントでも、当てにしていた各展示室や文物の個別紹介等がなく残念。(T_T)

 

こちらが第三展示室。☟

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右上の風景は、正面玄関を入った場所の写真の背景として写っています。

 

 

入って左手の壁。☟

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こちら側の目玉は、ライトアップされているこの二つでしょう!

故宮博物館からやって来た明代の「銅令牌」。☟

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「令牌」とは、古代の軍隊で命令を伝えるための証明バッジのことです。

 

展示されている「銅令牌」についての説明をご覧ください!☟

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【令牌】

銅製。表面には「令」の一文字が刻まれている。裏面には「永昌衛指揮使司夜訓牌」と鋳造されている。両側に鋳造された通し番号は「粛字捌佰肆拾五號」。令牌は明代の厳格な守衛制度を反映している。

 

もう一つは、同じく故宮博物館からやって来た明代の「銅守衛牌」。☟

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☝は、「腰牌」と言うもの。

腰牌とは、清末から中華人民共和国成立以前、腰に下げて用いた、兵営・宮廷などの出入許可証です。

 

説明をご覧ください。(*^-^*)☟

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【腰牌】

銅製。表面の篆書は「守衛」の二文字である。左側に通し番号「勇字貳千參佰貳拾號」が刻まれている。裏面には「凡守衛官軍懸帯此牌、無牌者以律論罪、借着及借与者罪同」と刻まれ、腰牌も明代長城の厳格な守衛制度を反映している。

赤文字部分は、だいたいこんな意味合いです。☟(参考)

『守衛官軍は皆この牌を腰に下げること。牌を所持していない者は規律により断罪する。借りた者及び貸した者の罪は同じである』

 

次は、入り口から見て正面の展示物。☟ f:id:shanshanduohuizi:20190831133414j:plain

ここ☝では「屯田」に関する文物が紹介されているようです。

ここのレンガもレプリカ。

 

左側の壁手前は、シルクロードの貿易に関する文物が展示されていました。☟

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左側の壁の中央辺りに展示されている、文字が刻まれたレンガ。☟

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全て明代のもので、上二つは嘉峪関の城楼から、下の列は全て嘉峪関文殊鎮善家廟から採集されたものです。

 

最後に残った一面。☟

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右端の方に展示されている、嘉峪関出土の文物をいくつかご紹介します。

 

☟、銅灯、漢代、嘉峪関文殊鎮石橋村漢墓出土

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☟、陶亀、魏晋、嘉峪関新城魏晋墓出土

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☟、蓮花紋模印方磚、魏晋、嘉峪関新城魏晋墓出土

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☟、蝴蝶紋模印方磚、魏晋、嘉峪関新城魏晋墓出土

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こちらは、第三展示室中央に設置された「銅車馬儀仗俑」。☟

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一番手前の馬は、国宝「銅奔馬」のレプリカです。

 

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【銅車馬儀仗俑】(参考訳)

1960年甘粛省武威雷台漢墓から出土。儀仗俑は合計99体あり、陣容は非常に大きく、壮大な気迫を放ち、銅馬の造型は優美である。形式は多様、表情は生き生きとし、まるで生きているように真に迫っている。これらは古代の労働者が高度な芸術創造能力を持っていたことを反映している。

 

気になったのが、出土年です。

ここでは1960年出土となっていますが、百度百科でも、これらを収蔵している甘粛省博物館のサイトでも、出土は1969年9月と紹介されています。☟

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☟は、甘粛省博物館で8月末に催された「銅奔馬発券50周年記念学術セミナー」の記事の一部です。

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今年は銅奔馬発見50周年なのです!

 

オリジナルについては、よろしければこちらをご参照ください。☟(*^-^*)

shanshansg.hatenablog.com

この日の記事の、およそ半分辺りです。

 

甘粛省博物館バーチャル展示室】

今回、久々に甘粛省博物館の公式サイトを閲覧して、こんなページがあることに気付きました。☟

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URLはこちらです。☟

基本陈列 - 陈列展览 - 甘肃省博物馆

このページには、基本陳列の展示室が紹介されています。

該当する展示室をクリックすると、バーチャルで展示室内を見ることができます。

この時、「9.0.28以上のflashプレーヤーのインストールが必要」という表示が出るかもしれません。

その時はインストールをお願いします。(*^-^*)

 

☟は、ピンクの楕円で囲った「甘粛シルクロード文明展」の、バーチャル展示室内のスクリーンショットです。f:id:shanshanduohuizi:20190921021834p:plain

画面は自動で回転し、音声解説が流れる画面もあります。

展示物によっては、展示物の上でクリックすると、説明画面が飛び出しますよ。

 

話を嘉峪関長城博物館へ戻しますね。(笑)

☟、第四展示室へ入りました。

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☟ちょっと記憶があやふやになっていますが、第四展示室に展示品です。(^^;

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☟、「嘉峪関碣記」石碑、明代、嘉峪関城所蔵

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☟、「登嘉峪関并序」石碑、清代、嘉峪関城所蔵

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☟、左:筒瓦、明代、嘉峪関城楼採集

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☝、右:滴水瓦(軒先の瓦)、明代、嘉峪関城楼採集

 

☟、第五展示室・・・・・・、のはず。(^^;

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最後に、臨時展示室をご覧ください。☟

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展示されていたのは、長城博物館が所蔵している銅製品です。☟

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いくつかをご紹介します。\(^o^)/

 

☟、漢代、銅扁鈴

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☟、魏晋、四葉形銅飾

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☟、魏晋、銅釵
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☟、魏晋、銅鐲

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銅釵や銅鐲はこんなに華奢な作りなのに、折れたりせずに残っているんですね。

以上、駆け足でしたが、嘉峪関長城博物館の見学を終了します。

 

 

時刻は14時50分。

運転手さんからは、15時にはホテルへ向けて移動開始したいと言われていたのでギリギリです。

合流するため、大急ぎで博物館を出て東方向へ移動。

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☝、薄い緑の〇がついている合流地点に向かうと途中、下の写真の場所を通りかかりました。

 

急いでいたから失敗して、路面が写ったんじゃありません。(笑)

☟、コロコロ路面を転がっていく、多分プラタナスから落下した綿毛が可愛かったので、思わず立ち止って撮ってしまいました。(*^-^*)

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もっと大きな玉になっているものも転がっていたのですが、カメラを構えてる間に通り過ぎて行ってしまいました。(T_T)

昔、寮の近くで撮影した時は、落ち葉や草などが背景にあって、まるでごみを撮影したような結果に。(^^;

それに比べると、ここは路面が綺麗だったので、期待通り白い綿の玉が目立っています。(^_^)v

 

 

【紫軒ワイナリー】

一度ホテルに戻り、トランクを回収して空港へ!

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途中、ちょうど道中にあるということなので、朝から運転手さんが何度もお勧めしてくれた「紫軒ワイナリー」に立ち寄ってみました。☟

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上の地図で、紫で囲った場所にあります。

ゴージャスな門構えですね~。

青空バックだったらかなり格好良かっただろうに・・・・・・と思うと、この砂嵐が憎い!(笑)

運転手さん、「色んなワインを試飲できるよ」と熱心に話してくださいましたが、私はお酒が飲めないので・・・・・・。(^^;

試飲は無料ではありません。

今、Ctripで検索すると、解説付きで45元でした。(1元=16円換算で、720円)

 

国家AAAA級観光スポット。☟

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ここは、中国西北部最大の鉄鋼基地ーー酒泉鋼鉄(集団)有限責任公司傘下の嘉峪関宏豊実有限責任公司が投資建設したワイナリーです。

百度百科によると、ワイナリーが祁連山北鹿にあって、まったく汚染されていないゴビ砂漠にある上、非常に乾燥した気候のため病気や虫の害を受けないという強みがあるそうです。

 

ネット上で検索した内部の様子。☟

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右の部屋、机の上にグラスが置かれています。

ここで試飲するんでしょうか?

広いな~。

 

 

 

【嘉峪関空港】

時間の関係で、ワイナリーはホントに写真を撮るためにだけ立ち寄りました。

ワイナリーから空港まで、右手の景色はずっとこんな感じ。☟

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枝の撓り方から、かなり強風が吹いているのが分かると思います。

前日、敦煌を出る時もひどかった~。

今度は嘉峪関の番???(T_T)

 

ワイナリーから10分ほど、15時50分、空港へ到着。

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車を降りる前、Wechatで車のチャーター費用を支払いました。

支払ったのは200元。

交渉価格と違っていたので、金額を見た運転手さんは戸惑っていました。

運転手さんは当たり前な顔をして受けとることはせず、金額が違うと私に確認。

20元多いだけなのですが、親切に案内してもらったので、お礼の気持ちと伝えると、運転手さんは急いで車を降り、トランクのクーラーボックスの中から桃を手渡してくれました。

20元にしても、桃にしても、ほんの些細なことなのです。

でも、お互い感謝の気持ちが伝わって、ちょっと嬉しくなりました。

ところで、この時もらった桃、後でとても役立ちます。(^_^)v

 

「国内到着」となっていますが、気にせずここから中に入ります。☟

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入って正解!

ここでターミナルに入る時の爆発物検査をやっていました。☟

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でも、この検査場所の向かいは「国内到着」の出口。(笑)☟

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入った場所から、チェックインカウンター・安全検査入り口方向を撮影。☟

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中央の花環の手前から、入って来た方を撮影。☟

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敦煌空港と同じくらいの規模でしょうか?

 

搭乗券を受け取って、安全検査へ向かいます。☟

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安全検査の前まで来ました。☟ 

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安全検査を終えて検査室から出ると、足元に蛍光ブルーの案内表示発見。☟ 

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私が乗る飛行機の登場口は「05」。

良かった~、2階です!(^_^)v

 

もし「01~03」の1階にある搭乗口だったら、バスに乗って機体まで移動することになるではありませんか!!!☟

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助かった~。

 

さあ、2階へ上がりましょう!\(^o^)/☟

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エスカレーターで2階に到着。☟

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左手の売店を見ながら、5番搭乗口を探します。☟

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嘉峪関なのに・・・・・・。☟

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嘉峪関にもたくさん観光資源があるけれど、敦煌莫高窟・鳴沙山のネームバリューにはかなわないってことなのかなぁ。

敦煌大好きなので、ここで「敦煌」の二文字にお目にかかれて嬉しいのですが、ちょっと嘉峪関がかわいそうな気が・・・・・・。

 

なんて思いながら歩いていると、すぐに5番搭乗口を発見。☟

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この時、16時18分。

搭乗開始時刻の17時20分まで1時間もある!

1997年6月、西安との往復で利用した嘉峪関空港は、飛行機から降りるとそのまま歩いてターミナルへ移動するくらいこじんまりとしたものでした。

でも、あれから20年以上経過。

当時の物とは異なる初めて利用するターミナルなのだから、内部での移動や待ち時間にどれくらい要するから分かりません。

それで早めの到着の方がいいと思ったのですが・・・・・・、まだ1時間もあるではないですか!!!(^^;

そこで、とりあえず空き席を見つけて座っていたら・・・・・・。

アナウンスが流れ、周囲が急にざわつき始めました。

私が乗るのと同じ航空会社の、一つ前の便が欠航になったんです!(゚Д゚;)

 

原因は、砂嵐。☟

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☝は、窓ガラス本体もかなり汚れているのですが、それを差し引いても、どんよりとした外の様子は楽観できないものでした。

係り員の指示に従い、預けた荷物を回収するため1階に下りていく人たち。

次は我が身?

アナウンスが流れる度に、同じ便の人たちと一緒に、私も緊張!!!

 

17時40分、定刻出発なら、既に搭乗が終わり、機内で飛ぶのを待っている時間。☟

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でも、この時、空気汚染指数は砂嵐のため最高値の500を振り切っていました。

航空会社も欠航にするかどうか、迷っている様子。

私は翌日1日西安に滞在し、翌々日には上海へ移動でした。

この日の便がキャンセルになっても、翌日、確実に西安に到着できるなら、まだ何とかなります。

でも、同じ便に乗る若者は、この日23時頃、西安で乗り継ぎなのだと気をもんでいました。

 

悶悶として待つ間に、喉が渇き、お腹も空いてきました。

水筒を持参しているので、お湯を補給すれば乾きは解消できます。

でも空腹は・・・・・・。

「桃!運転手さんからもらった桃!!!」

機内食があるからと、何も食べ物を用意していなかった私にとって、その時持っていた唯一の口にすることができる固形物。

日本のすごく柔らかくて水分たっぷりな白桃とは種類が違うので、そこまで柔らかくはありません。

持ち運びの衝撃にも耐え易い、少し固めの桃。

でも、甘味は十分!!

大き目な桃を一つ食べて、空腹感、和らぎました!

運転手さん、ありがとうございました!(*^-^*)

 

ついに、搭乗開始のアナウンスが流れました!\(^o^)/☟ 

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この時既に19時10分。

搭乗開始予定時刻を2時間近くオーバー。

そして搭乗後も滑走路使用のための待機が続き、実際に飛んだのは20時4分。☟

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やっと動き始めた飛行機。

滑走路周辺は、まだこんな視界。☟

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飛び立つと、地上は殆ど見えません。☟

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やっと灰色の世界から抜け出せました。☟

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嘉峪関から遠ざかるにつれ、雲は少なくなり、地上の様子も見えるように!

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21時45分、西安到着。☟

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トランク、早く出てこないかな~。☟

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Ctripで迎えの車を手配していたので、運転手さんから指定されたT3ターミナルの駐車場まで移動。☟

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ターミナル出口から、結構距離があります。

以前のようにターミナルまで迎えに来てもらえるとありがたいのですが、取り締まり街びしくなったので仕方ありません。

今度行く時までに、使いやすく変わっていること、祈ります!

以上、2019年6月の嘉峪関旅行記でした。

ここまでお付き合い、ありがとうございました!\(^o^)/

 

 

敦煌中秋節】 

ここからは、オマケです。(*^-^*)

敦煌博物館で働いているMさんが、Wechatのモーメンツにアップしていた中央電台が放送した中秋節敦煌の様子をご紹介します!☟

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鳴沙山から昇って来たばかりの中秋の名月、幻想的です。☟

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☟、月牙泉に映り込む満月と月泉閣。

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これからの季節、敦煌は胡楊が金色に染まってさぞかし綺麗だろうなぁ~。

いつか、直接見ることができますように!

 

最後は、9月21日、敦煌で宿泊した「緑洲島酒店」のフロントにいた女の子が送ってくれた反弾琵琶伎楽天像と背後の夕焼けをご覧ください。☟

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これで、今回は終了です。(*^-^*)

せいあん!特別編_2019年初夏 嘉峪関初日と酒泉旅行記:嘉峪関駅・ホテル・嘉峪関市内と酒泉鼓楼他(過去写真あり💛)

2019年8月25日(日曜日)。

またしても、1ヶ月近く間が空いてしまいました。(^^;

この間、サボっていたわけではないのです。

色々諸事情がありまして、その合間を縫って少しずつ書き進め、やっと何とかアップできそう!!!\(^o^)/

でも、この1回で、嘉峪関と酒泉を完了しようと思っていたのですが、何故だかボリュームが増して、2回に分けることに・・・・・・。

嘉峪関観光のメイン、懸壁長城・長城第一墩・嘉峪関の3セットは次回へ繰り越し。

スミマセン!m(__)m

 

それにしても・・・・・・、帰国してからもう1か月以上経ってしまいました。

2年間、毎週末の恒例行事だった大唐西市博物館詣でもできなくなって、週末が寂しい・・・・・・。(T_T)

なんて、まだ仕事が見つかっていないので、私には平日も週末も関係ないんですけど。(笑)

この1ヶ月ちょっとの間、正に、私が帰国した直後の週末から、大唐西市城は毎週、毎週、大掛かりなイベントを開催!!!

その様子を友人のWechatモーメンツで目にするたびに、ショック、ショック、大ショック~~~!!!

せめて、1回でも見てみたかった!!!

嘉峪関と酒泉をご紹介する前に、私が悔し涙を流しそうになった、楽しそうな催しを是非、ご覧ください!\(^o^)/

 

懐かしい「シルクロード風情街」に、こんなに人が集まっています!\(^o^)/☟

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この場所は、今年春節、獅子舞いが催された広場です。

その時の様子は、よろしければ☟の記事のラストをご覧ください。☟(*^-^*)

西安大唐西市博物館(その58:3階シルクロード硬貨展示ホール_モンゴル帝国及び諸ハン国+ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟写真)/春節写真(大唐西市城迎財神・敦煌) - せいあん!

写し方かもしれませんが、この人数、春節中期間中より多いかも?

このイベントの名称は「隠市」と言います。

 

太鼓を敲いて、「隠市」開始のセレモニー。☟

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民間の達人やネットで有名なタレントが、色々な演芸などを唐代の衣装を着用し、唐代の風習を取り込みながら披露したり、民芸品を販売したり、演奏会があったり。☟

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琵琶の音を聞きながら、お茶を楽しんだり。☟

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本格的な演奏会も!☟

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唐代の衣装は、中国歴代王朝のどの衣装よりも華やか!!!(←個人的感想デス)(笑)

写真のビジュアル効果は最高! 

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春節でも、色んな役柄に扮した役者さんが一日中シルクロード風情街にいましたが、今回は人数の規模が春節の比ではないような気がします。

大唐西市城ショッピングモールの「長安西市の賑わいに挑戦!」と言う気概を感じます。

中国ではちょうど「長安十二時辰(ちょうあんじゅうにじしん)」という時代劇サスペンスがすごい人気。

その舞台の一つに「西市」もあって、シルクロード風情街の管理部門や大唐西市博物館で働いている友人たちは、ドラマ放送開始と同時に大興奮。

連日、「長安十二時辰」関連の情報をアップしていました。

このドラマの市場ロケ風景に負けていないと、公式アカウントも豪語!

 

この週末は休止らしいのですが、今後、夏休みが終わっても続けるんでしょうか???

 

最後に、プロが撮影した日暮れ時の、透明感ある綺麗な大唐西市城の上空を眺めて、今回の本題に移りたいと思います。(*^-^*)☟

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では、 2019年初夏 嘉峪関・酒泉旅行記1日目、スタート!\(^o^)/

 

目次 

 

敦煌からの列車移動】

2019年6月12日(水曜日)、9時12分、敦煌駅を出発した列車は、砂嵐の中、嘉峪関へ向かい出発しました。☟

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暫くは白く霞んだ景色が続いていたのですが・・・・・・。


☟、敦煌を離れ、1時間もすると青空が!\(^o^)/

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西北部らしい風車が並ぶ景色も、青空が背景だと一段とキレイ!(*^▽^*)☟

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この後は、風は強かったのですが、嘉峪関まで青空が続きました。☟

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長閑な西北部の風景~~~。\(~o~)/

 

ふと、窓側の小さなテーブルの下に、コンセントがあるのに気付きました!☟

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高鉄や動車の新幹線なら、スマホの充電等のために電源が用意されているのは知っていました。

でも、まさか、外観が20年前と変わりない「緑皮車:リューピーチャー(緑色の車体の列車)」に、電源???

調べてみると、2014年末から、高鉄や動車の新幹線や貨物列車・国際列車を除き、列車の塗装はオリーブグリーンに統一され始めたそうです。(^^;

なんだ、そうだったんだ~。

従来の「緑皮車」に扇風機はあっても空調はありませんでした。

でも、今回乗った車輛にも、昨年夏に乗ったものにも、どれも空調アリ!

これが、「百度百科」で紹介されていた「新緑皮車」だったんですね。

街中になら、シェアモバイルバッテリーがどこにでもあるし、車内もこうして時代にマッチ。

これなら、列車移動中のスマホバッテリーを気にして、重い「充電包(モバイルバッテリー)」を持参しなくてもいいかも?(*^^*)

 

こちら☟、新緑皮車内部の様子です。

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進行方向に向かって右手の窓外に、雪を頂いた山々が見えて来ました。\(^o^)/☟

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冬以外、特に暑い季節に白い雪帽子をかぶった山並みを見ると、非常にテンションが上がります!!!(笑)

 

ここからは暫く似たり寄ったりの風景ですので、マウスで一気にスクロールしながら流し見していってください。☟(^^)/

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私の生活圏内では夏場に雪山を目にする機会などないので、この窓外の景色に大満足!\(^o^)/

 

そうこうしてるうちに、景色に変化が現れ・・・・・・。☟

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嘉峪関まで、後わずか!(^^)/

 

【嘉峪関駅】

嘉峪関駅に到着~~~!!!☟

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降りようとして、大ショックです。

 

敦煌駅では、ホームと車体の高さが同じだったので楽だったのですが、ここでは、ものすごい段差が!!!☟

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しかも、すごく急な傾斜・・・・・。(T_T)

幸い、私の前を降りた男性が、下からトランクを受け取ってくださいました。

バスで敦煌駅に着いた時も、傾斜が急で狭い昇降口で努力中、同じく先に下りた男性が助けてくださいました。

本当にありがたいことです。ありがとうございました!!!(*^-^*)

 

さて、下りる前からショックを受けた嘉峪関駅。

更なる驚きが・・・・・・、いくつか。

頭上に設置された列車情報を示す電光掲示板。

文字がスクロールしていて、たまたま写っていないのではありません。

電気がついている部分が少なすぎて、どこ行きの列車なのか、さっぱりわかりません。(^^;☟

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更に、足元にご注目ください。☟

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すっごくガタガタ・・・・・・!

列車は旧緑皮車ではないけれど、この車体とホーム、更に台車式売店をセットで目にすると、思わず、19年前の初めての一人旅を思い出してしまいます。

おそらく、ここで致命傷を負ったのだと思います。

今回持参した年代物の大型トランク、帰宅後、汚れを拭いていたら、コマが割れてその部分がちぎれ落ちているのを発見。

このトランク、購入してから20年以上経過していて、もう使用はしていませんでした。

退役後は、部屋の中で衣装ケース代わり。

代替の軽量トランクも購入していたので、帰国時に持ち帰るにも預け入れ荷物としては数量オーバーになります。

そのため、帰国時には廃棄する予定でした。

今回は、長年付き合ってくれたトランクとのお別れ旅行だったんです。

それでも、捨てることに抵抗があったのですが・・・・・・。

この破損、ためらっている私に、トランクが「置いて行っていいよ」と言ってくれているような気がしました。

 

列車のプレート、敦煌駅でも写しましたが、もう一度。☟

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写真を撮りつつ、ガタガタのホームをトランクを引っ張たり、持ち上げたりしながら進み、階段を下りて出口手前に辿り着いた時には、既に他の乗客の姿はナシ。☟

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しかも、出口の扉は閉じられていました。(^^;

出口の側に立っていた係り員さん。 

私の姿を見ると、「大変だったね、お疲れ様」というような表情で私に軽く会釈して、扉を開けてくださいました。

私、よっぽど疲れ果てた顔をしていたんでしょうね。(笑)

 

【過去の駅ホーム写真】 

ここで、少しオマケです!(^^)/

過去、中国の鉄道を利用した時に撮影した「駅ホーム」の写真を数枚ごらんください!

☟は、1991年11月10日、「上海駅」のはず。

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私の初めての海外旅行、初めての中国旅行です。(*^-^*)

「はず」と言うのは、上海なのか、蘇州・無錫なのか、識別できるものが写っていないから。

ネガがあれば撮影順が分かるので、簡単に解決するのですが、30年近く時が経ち、ネガはいったいいずこ~~~???

当時の蘇州・無錫の駅はこんなに大きくなかったように思うので、「上海」としておきます。

 

☟、1998年7月18日、これも「上海駅」のはず。

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高校の同級生と一緒に、ツアーに参加。 (*^^*)

 

☟、2000年8月12日、「カシュガル駅」。

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現像を失敗されてしまい、2000年当初からこんな色褪せた状態なのです。(T_T)

 

最後は、2001年7月4日、西寧駅。

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30年近く前でも、18年前でも、今の嘉峪関のホームほどガタガタではありませんよね。(笑)

それだけ月日が過ぎたからこそ、ガタがきたということでしょうか?

でも、でも・・・・・・っ、メンテナンスを希望します!

 

ところで、この駅に高鉄や動車の新幹線は停車しません。

こちらの地図をご覧ください。☟

【嘉峪関市地図(広域)】

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ちょっと小さいですが、パソコンでご覧の方は、図をクリックしていただくと少し大きくなると思います。

スマホでご覧の方は、文字がボケない程度に引っ張り伸ばしてみてください。(^_^)v

新幹線専用の駅は・・・・・・、「嘉峪関南駅」。

上の地図の一番下、ピンクで囲った場所です。

因みに、少し左上にあるピンクの囲みが、今回列車で到着した「嘉峪関駅」です。(*^-^*)

 

 ☟は、嘉峪関駅の到着出口。

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次の列車の到着を待っている様子の女性が一人、スマホを見ながら立っていらっしゃいました。 

 

【ホテルへの移動:アプリ「滴滴出行」】

上の写真の位置から撮影した、進行方向の風景。☟

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真っ直ぐ行くと、タクシー乗り場があります。

でも、私はここで「滴滴出行」と言うアプリを使って、車を呼びました。

遥か昔の1999年、中国で初めてタクシーに乗った際にすっごい大回りをされて以来、タクシーにはいまだ不信感あり。(笑)

 

アプリを使っての車予約はあっという間。

私が上の写真の場所で写真を撮っている間に、すぐ運転手さんから電話が入りました。

待ち合わせの場所は、☟の写真の手前の道を渡った所。

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☝、嘉峪関駅の外観です。

タクシー乗り場の側を、大きなトランクを引っ張って歩くので、タクシー運転手さんから何度も声を掛けられました。(笑)

 

こちら☟が、予約した車の走行ルートと料金です。

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予約時点で行き先を入力すると、そこまでの最短経路をシステムが選択。

そこを外れて遠回りしたりすると、運転手さんの業績評価に大影響!

乗客もシステム上の「評価」でクレームできるので、運転手さんも慎重です。

私が予約していたホテル「嘉朵酒店」まで、嘉峪関駅からは4.6キロメートル、13分でした。

距離と時間から計算された料金は9.42元。(1元=16円換算で、約150円)

最近のレートは1元=15円くらいになっていますが、これまでご案内していた1元=16円とはわずか1円差。

なのでここでは、1元=16円のまま計算させていただきます。m(__)m

 

 

【嘉峪関嘉朵酒店(イロイネン ホテル:Iloinen Hotel)】

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アプリを使って予約した車で到着した「嘉朵酒店」。☝

Ctripを日本語表示に切り替えると、このホテルの名称は「イロイネン ホテル(Iloinen Hotel)」となっていました。

ついでに、「Ctrip」も「Trip.com」に切り替わり、見慣れたイルカのロゴがなくてびっくり。(笑)

 

高級感溢れる!と言った感じではないのですが、お洒落なフロントです。

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そのフロントから、漢服を着用した女性が笑顔でお出迎え。

そして、お茶でおもてなし。

漢服、以前から流行していましたが、最近は本当に街中でも頻繁に見かけるようになりました。

彼女達には、日本のブログに顔出しの許可をいただいてます。(*^-^*)

女性だけでなく、男性も漢服を着てお仕事をされていました。

 

フロントのすぐ側には読書コーナー。☟

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フロントと読書コーナーの間を通って、エレベーターホールへ。☟

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4階到着後、扉が空いた瞬間に目に入ったレトロな電話。

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4階エレベーターホールから左側。☟

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私は右側のこちらへ。☟

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部屋の中をご覧ください!☟

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ここ☝に写っているのが、コマが破損したトランクです。 

 

入って右手にロッカーと洗面台。☟

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洗面台とトイレ・シャワーが別空間に設置されているのは、私が泊まるレベルのホテルでは珍しいんです。(笑)

一人で宿泊する私には、トイレと洗面台が同じ空間にあっても差しさわりがありませんが、二人で宿泊するなら、分かれていると便利ではないでしょうか?

この洗面台、大きな鏡の周囲も光りますが、アームミラーの周囲も光りました!

視力が悪いので、拡大されるだけでなく視界が明るくなって便利!\(^o^)/

 

洗面台の向かい側にある、トイレとシャワースペース。☟

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扉で隠れている右手には、着替えの服を置くのに便利な棚がありました。

 

こちら☟が、部屋全体の様子。

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テーブルの上を拡大。☟

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ティーパックを入れるための急須もありました。

急須もコップも、小振りで可愛い感じの物。

この椅子のクッション、低反発でかなりの座り心地です!(^_^)v

 

アメニティグッズも大満足!☟

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ハンドソープやシャンプーなどは白檀系の香り。

一番嬉しかったのは、トイレットペーパーの予備が、よく見かける巻きの小さなホテル専用のようなものではなかったこと!!!

安心感絶大です。(笑)

 

この部屋、前述の「Trip.com」では「スーペリアルーム(ベッド2台)」と紹介されてます。

私が宿泊した6月中旬は204元/1泊でした。(1元=16円換算で、約3,300円)

今の時期(8月中旬)だと、293元になっています。(1元=16円換算で、約4,700円)

詳しくは、こちら☟をどうぞ。(*^^*)

イロイネン ホテルの口コミ情報・格安価格で宿泊予約|トリップドットコム

この価格で、この綺麗さ!

とても気に入りました!\(^o^)/

 

 

 

【嘉峪関バスターミナルと、その周辺の2000年1月の思い出】

チェックイン後、荷物を置いてのんびり室内の写真を撮っていたら、15時を回ってしまいました。

懸壁長城や万里の長城第一墩・嘉峪関に出かけるには、この日は元々時間不足。

そこで、私の記憶が確かなら、片道30分程で到着できる酒泉に行ってみることにしました。

ここで、ホテルとバスターミナルの位置を、☟の地図で確認しましょう!

【嘉峪関バスターミナル・富強市場他地図】

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※右側が北になります。

この地図も、クリックしていただくと、多少大きくなります。(*^-^*)

赤線で囲ってある場所が、バスターミナル。

その上の黄色い〇がホテルです。

 

☟の写真、時間はあっていませんが、時計台がある建物が嘉峪関バスターミナルです。

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時計台の後方に、「勝利中路」を挟んで、嘉峪関嘉朵酒店(イロイネン ホテル)が見えています。

このホテルを選んだのは、バスターミナルの側だったからなのです。

記憶に残っているだけで、残念ながら2000年1月のバスターミナルの写真はありません。

当時は周囲に高い建物もなく、この時計台が高々と聳え立っているように見えました。

今は年月を経て古くなり、周囲も高い建物に囲まれ、あまり目立ちませんね。

 

勝利中路と蘭新西路の交差点からみた時計台。☟

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☟3枚は、時計台の下、蘭新西路沿いに並ぶスマホショップとバスターミナルの入り口。☟

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【酒泉行きバス】

上の地図にも星印☆で記載していますが、このバスターミナルの前に、酒泉行きのバス乗り場がありました。☟

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嘉峪関と酒泉を結ぶバス。☟

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料金は3元。(1元=16円換算で、約50円)

Wechatでの支払い、可能でした!(^_^)v

 

バスの中の様子。☟

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グレーのシートカバーが掛かっていて、見たところクッションがふわふわ?

実は、ただのプラスチックの椅子に、薄いカバーがかかっていただけ。(^^;

お尻、かなり痛い!!!(笑)

 

【嘉峪関市内の現在と過去】

ここで、少し2000年1月の思い出を。(*^-^*)

お付き合いくださいね。

こちら☟、2000年1月の旅行で使用した「地球の歩き方」に掲載されていた地図です。

【2000年頃の嘉峪関地図】

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これを見ると、2000年当時はバスターミナルから北側が栄えていたのが分かります。

現地の方の話では、今は南寄りの方が賑わっているとのこと。

 

☟、当時の中心エリアを拡大しますね。(*^▽^*)

【2000年頃の嘉峪関地図(中心部拡大)】

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【雄関賓館】

ご覧のように、酒泉行きのミニバス乗り場は、現在よりもう少し東にありました。

敦煌からの長距離バスでターミナルに到着した私は、次の目的地・酒泉に行きやすいよう、ミニバスが停車する場所の側にある「雄関賓館」に宿泊。

今回、地図でどんなに探してもこのホテルが見つからず、仕方ないので昔の位置に現存しているバスターミナルを目安にホテルを選択しました。

ここからなら、2000年1月、ミニバスに乗った場所にも近いと判断したんです。

ところが、今回はありがたい誤算でした。

そこまで歩く必要なく、バスターミナルの側でバス停を発見!

たぶん、以前、ミニバスが停車していた辺りが開発中のため、発着地が移転したと思われます。

当時の写真はないのですが、「百度地図」のストリートビューから、2014年と2016年の様子をご紹介します。☟

2014年、ここにあった「雄関賓館」撤去済み。

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「雄関賓館」がここにあったことは、嘉峪関2日目にチャーターした車の運転手さんのおかげで確認済できました。

19年振りに記憶が繋がって、嬉しい!!!

 

☟は、2016年。

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建物が随分出来上がって来ました。

 

そして、今年6月。☟

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これは砂嵐状態の2日目に撮影したので、空が灰色です。

信号待ちを利用して、車内から撮影。(*^^*)

ビルはほぼ完成。

でも、関係者以外立入禁止のために巡らされた壁は、まだそのままでした。

 

この写真☟は、2000年1月20日に撮影した、「雄関賓館」の部屋。

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部屋の床、ベッド、ブラウン管テレビ、カーテンのシミ、魔法瓶・・・・・・。

写ってるもの全てに、19年の時間の流れを感じます。(笑)

宿泊費は、3人部屋の1ベットで、1泊16元でした。

一つ前のブログでも書きましたが、ネットで検索すると、2000年当時の「人民元/円の為替レート」は13円/元。

よって、1泊の料金は、約210円。

シャワー・トイレは共用です。

他のベットを使用する人はいなかったので、3人部屋、貸切りでした。(^_^)v

 

この日は、11時40分頃、敦煌を出発 → 14時半頃、安西でトイレ休憩 → 18時20分頃、嘉峪関バスターミナルへ到着。

バス代は28.9元。

なぜこんな端数があるのか、今となっては記憶にありませんが、ノートにはこの数字が残っていました。(笑)

日本円に換算すると、約380円。

真冬の18時半。

中国の西北部に位置する嘉峪関はまだ薄明るく、積もった雪の白さもあって幻想的でした。

 

【鏡鉄市場】

この後、側の市場で夕食をとりました。

その場所が、上の【2000年頃の嘉峪関地図(中心部拡大)】で緑色に塗った通り「鏡鉄市場」。

今回、偶然、この市場の入り口前を通過しました。

写真を撮ろうとした記憶はあるのですが、残っていない所を見ると、気に入らず削除したのかも。(^^;

きちんと屋根があって整備されていましたが、ここはまだ何となく市場の雰囲気が残っていました。

百度地図」のストリートビューから、2014年。☟

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こちらは、2016年。☟

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2019年も、こんな感じのまま。

ここで食べた夕食は、羊肉の串焼き5本(1元)、京醤肉絲(6元)、玉子チャーハン(3元)。

羊肉の串焼きは「味はまあまあだけど、肉が小さすぎる」と感想を残しているので、鉄串にお肉がこびりつている程度の量だと思います。

でも、それ以外の2品・・・・・・。

玉子チャーハンは普通の白ご飯でよかったんじゃない・・・・・・?

と思う、2019年の私でした。(笑)

 

【ロータリーと嘉峪関賓館】

更に、【2000年頃の嘉峪関地図(中心部拡大)】を北(上)へ見て行くと、ロータリーがあります。

2000年当時、ここの写真は撮っていました。☟

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ロータリー中央に石造があって、背後に「嘉峪関賓館」が見えています。

 

今回は車で通りすぎただけで、どんな様子か記憶に残っていません。

前述の【嘉峪関バスターミナル・富強市場他地図】にある通り、「嘉峪関賓館」は現在も健在です。

参考に、ここでも「百度地図」のストリートビューから2014年と、☟

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2016年の写真☟を拝借しました。

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モニュメント、変わっていました。

 

【富強市場(灰豆粥)】

そして、想い出のラスト、この☝ロータリーの少し北にある「富強市場」。

ここで、2000年1月21日、朝食をとりました。

☟は、当時の市場入り口です。

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屋根はなく、通りの両側にあるお店や屋台がやって来て、食事を提供していました。☟

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ここで、私が食べたもの、これ☟、なんだと思いますか?(*^-^*)

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黒っぽくて、ドロドロしたもの。

これは「灰豆粥」と言います。

百度百科で検索すると、「灰豆」と「紅棗」で作られているそうです。

 

上の写真では分かりにくいので、百度百科から写真を借りて来ました。☟

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☝、お皿に載った、黒い豆が「灰豆」です。

当時、ただ「灰豆」と名称を聞かされた私の感想は、「黒い。甘い。お米が入っていない小豆だけのお粥みたい」でした。

「粥」まで付けて正式名称を教えてもらっていたら、お粥なのに「お粥みたい」なんてボケた感想抱かずに済んだのに。(笑)

テーブルに載っている白いナイロン袋の中身が、砂糖だった気がします。

もっと甘くしたければ、自分で追加するようになっていました。

今、ネットで調べると、「甘粛灰豆粥」で紹介があり、レシピもたくさん掲載され、甘粛省ではポピュラーな食品のようです。(^o^)

ところで、2000年の写真、今見ると、お椀にナイロン袋が掛かってないではありませんか!(゚Д゚;)

中国の屋台などでは、今でも時々、お椀やお皿にナイロン袋をかけた上に、料理を載せて提供されることがあります。

ナイロン袋が衛生的かと言われると謎ですが、溜めた水で洗っただけのようなお椀に、直に食べ物をいれるよりはいいかもと、当時は思っていました。

でも、時々、箸でナイロンを突き破ってしまうことも。(ーー゛)

さらに言えば、お粥のように熱いモノを入れた場合、当時のナイロン袋の品質で熱に耐えられたのか・・・・・・。

色んな不安が、今更ながら胸を過ぎります。(笑)

でも、これまで健康診断で引っかかることもなかったので、大丈夫でしょう。(^_^)v

 

この市場、「百度地図」のストリートビューによると、2014年にはこんな様子。☟

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2016年はこんな感じ。☟

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今回、車で通り過ぎる時に見かけた入り口も、こんな雰囲気でした。

回想は、ここまでです。(*^▽^*)

 それでは、酒泉へGo~~~!!!\(^o^)/

 

 

【酒泉】

【西バスターミナル】

バスの席が窓際ではなかったので、残念ながら道中の風景写真はありません。(^^;

その分、ここでもまた、昔の写真が活躍します。\(^o^)/

その前に、地図で私が移動したルートをご紹介しますね。☟

【2019年酒泉地図①】

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私は☝地図の一番下、ピンクの🔴がある場所「富康家世界」の向かいでバスを降りました。

運転手さんに、「ここが終点だから降りて」と言われたからデス。

確かに、バス停の目の前に、ホテルフロントで聞いた奇岩を展示している建物もありました。

でも、2000年にやって来た時は、バスを降りて緩やかな下り道をちょっと進むだけで、鼓楼に到着できたんです。

でも・・・・・・、なんだか地勢が違います。

 

こちらが、2000年頃の「地球の歩き方」掲載の地図です。☟

【2000年頃酒泉地図①】

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※この地図は、右が北になっているのでご注意くださいね。(^^)/

百度地図で距離を測ると、西バスターミナルから鼓楼まで、約1.2キロメートル。

確かに、そうです。

2000年1月に歩いた距離は、だいたいこんなものでした。

 

「どうして終点が西バスターミナルじゃないんだ???」と、嘉峪関出発の際に写したバス停留箇所の案内を見ると・・・・・・。 

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嘉峪関発だと、「西关车站(西バスターミナル)」の四文字が一番最後以外に、最後から遡って5番目にもある~~~!!!(゚Д゚;)

途中、何となく懐かしいような下り坂を見かけました。

乗客の大半は、その前後のバス停で下車。

でも、私、「みんなは地元の人だから、この辺りに用があるんだな~」くらいにしか思っていなかったんです。

だって・・・・・・、一番最後の「西关车站」しか見ていなかったから。(T_T)

相変わらず、下調べが適当で迷走してしまいました。(笑)

せめて、バスの運転手さんに終点だと言われた時、、自分は「バスターミナルに行きたかったんだ」と主張していれば、回送扱いのバスに乗ったまま連れて行ってもらえたかも知れません。

本当にボケボケです。

嘉峪関を出て暫くは集客しながら進んでいたことと、酒泉市内を無駄に移動したので、私のバス乗車時間は予測より少し長い40分ほどでした。(^^;

 

2000年1月は、メモによるとだいたい30分。

ミニバスの料金は2.5元でした。(2000年当時、1元=13円換算で、約33円)

2019年6月の料金は3元で、大差ありません。

ただ、レートが少し違うので、日本円にすると差が少し大きいかも。(1元=16円換算で、約50円)

道路には街灯などほとんどなく、外は真っ暗。

フロントガラスは白く凍っていて、ワイパーをムリヤリ動かした部分を通して辛うじて前方を視認できるような状態。

道がバリバリに凍っているのは、タイヤから伝わって来る音で分かりました。

車は時々、軽くスリップ!

「スピンするくらい構わないから、どうか無事に酒泉に到着してくれ~~~!!!」と祈った30分でした。(笑)

酒泉には、朝8時過ぎに到着。

周囲は真っ暗。

ターミナルの建物も見えず、ただの十字路に降ろされたような感じ。

暗い空には、まだ月が掛かっていました。

 

さて、【2019年酒泉地図①】の一番下ピンクの🔴の場所から軌道修正するにあたり、酒泉の公共バスを利用しました。

ピンクの文字の「蘭山公司」まで約1キロメートルを歩き、そこから9路バスに乗車、西バスターミナルの前を通過し、区政府で下車。

バス料金は1元でした。

しかし!ここ酒泉では、Wechatのバス乗車コード払いが不可~~~!!!(@_@;)

「支払宝(Alipay)」のコードなら支払えると言われたのですが・・・・・・。

使えるようにするためスマホを操作中、身分証明書の番号入力画面で、パスポートのアルファベットを入力することができないことに気付いて、アウト。

仕方なく、5元札を投入しました。(T_T)

あれから数か月経ったので、もしかしたらもう状況が変わっているかもしれません。

でも、どこに行くにしても、「小銭少々は用意すべき」と学んだ酒泉の公共バスでした。(^^;

 

 

【酒泉鼓楼】

紆余曲折を経て、やっと酒泉鼓楼に到着~~~!!!\(^o^)/

これから、☟の地図のように、鼓楼を西側からぐるっと見て回りましょう!

【酒泉鼓楼周辺地図】

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西大街で9路バスを降り、鼓楼まで歩いて来ました。☟

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地図上、黄緑の矢印の方向を撮影。

新華書店の赤い看板がチラッと見えています。

 

ここで、2000年1月22日の写真をご覧ください。☟

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これ☝は、上の地図の赤い矢印のように撮ったものです。

1月なので、掃いて一ヶ所に集められた雪が凍り付いたまま残っています。

この建物、2019年6月に訪問した際には、既に撤去済みでした。

当時、いかにも中華風なこの建物を見て嬉しかったので、ちょっと残念。

 

それが・・・・・・、百度地図のストリートビューを見ていたら、写っていました!\(^o^)/☟

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百度地図によると、この建物は「酒泉市老年書画家協会」の入り口のようです。

これ☝は、地図の黄緑色の矢印に近い角度から。

 

☟は、2014年6月。

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2016年7月。☟

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数年前までは、まだ存在していたんですね!!!(*^-^*)


それでは、時々2000年1月の写真を挟みながら、鼓楼をご紹介します!

☟西向き、 2019年6月。 

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☟、西向き、2000年1月。

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建物は変わっていますが、右背後の「百貨大楼」は健在みたいです。(*^-^*)

左側は、「邮政局(郵政局)」から「東方広場」と言うショッピングモールに変わっていました。

 

ピンボケなのですが、2000年1月22日、朝8時半頃の写真です。☟

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やっと明るくなってきたところ。

でもまだ、街灯の灯りは消えていません。

この時間帯、水を飲むためにマスクを外すと、鼻息があっという間に凍ってしまいました。(゚Д゚;)

そして、水を飲もうとしたら、ペットボトルの中の水も凍り付いていて飲めなかったのを覚えています。

手に持っていたので、水は私の歩調に合わせ揺れ続けていたのですが、それでも凍っていました。

こんな経験は、この時が初めて。

自分が普段生活している環境とは全く違う地域に来ていることを実感できて、ちょっとワクワク。

そのペットボトルに妙な愛着がわいていたのですが・・・・・・。

ハガキを投函するためこの鼓楼の後方に見える郵政局に立ち寄った時、うっかり置き忘れてしまいました。(^^;

私にとって、この郵政局も思い出深い場所だったのですが、ここは、2014年のストリートビューでも、既にショッピングモールに建替えられていました。

 

2000年1月、西側を下から見上げたもの。☟

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では、北へ向けて移動します。☟

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☟、北向き、2019年6月。

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☟、北向き、2000年1月。

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☟、東へ回ります!(*^-^*)

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☟、東向き、2019年6月。

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東側の足元に、「酒泉鼓楼」の石碑がありました。☟

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上の写真の該当箇所を拡大したので、ピンボケですみません。<(_ _)>

 

☟、東向き、2000年1月。

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8時半~9時頃、朝の光を真正面から浴びた、酒泉鼓楼です!\(^o^)/

 

引き続き、南へ向かいます。(*^-^*)☟

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☟、南向き、2019年6月。

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☟、南向き、2000年1月。

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以上、酒泉鼓楼でした。

 

この後は・・・・・・、酒泉出だしで迷走して時間を無駄にしたので、帰りのバスの時間を考えると、他の場所を回るのはムリそう。

と言うことで、西大街を西バスターミナルに向かいました。(^^;

「え・・・・・・、これだけ???何しに酒泉までやって来たの???」

と思われるかも。(笑)

この時の旅行は、6月13日夜に西安に戻った後、1日間を置いてまだすぐ上海へ行かなければならなかったんです。

そのため、体力温存、体力温存~~~。

懐かしい鼓楼周辺を見ることができただけで、大満足!

なんて、もう・・・・・・、昔みたいなムリはきかないのでした。(T_T)

 

【酒泉公園】

でも、これだけでは、あまりに酒泉の出番が少なすぎる!(笑)

そこで、もう少しストックがある2000年1月の写真をご紹介しますね。(^_^)v

【2000年頃酒泉地図②】

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紫で囲んだ、☝の地図の一番下(南)にある「酒泉公園」をご紹介します。(*^-^*)
酒泉公園は「西漢酒泉勝跡」とも呼ばれています。

所在地は、百度百科によれば、鼓楼の東、約1.9キロメートル。

敷地面積は27万平方メートル、その内、天然の湖沼が5万平方メートルを占める、河西回廊で唯一保存状態が完璧な漢風庭園。

その歴史は2000年余りに及ぶという、AAAA級の観光地です。

バスで行くなら、1路か9路を利用し、「西漢勝跡」で下車して下さいね。(^^)/

2019年8月現在、料金はどこから乗っても1元です。

因みに、2000年1月は、0.5元でした。(*^^*)

 

【2019年酒泉地図②】 

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※この地図は上が北、2000年の地図は右が北になっています。

この地図の青いラインは9路バスのルート。

1路でも、西バスターミナルまでは同じルートを通ります。

 

現在の正門の様子は、百度地図のストリートビューから、こちら。☟

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2000年1月当時は、このような立派な門はありませんでした。

今回、ここまで出かけていないので入場料が必要かどうか、ネットで調べてみると・・・・・・。

旅行者のコメントによると、無料のようです。

でも、2000年1月当時は入園料、5元。(1元=13円換算で、65円)

併設の動物園の入園料も含まれていました。

でも、真冬の動物園、しかも早朝に起きて動いている動物なんて、ほぼ皆無。

今、こうして日本円換算した金額を見るとけっして高くはないのですが、当時の現地物価からすると、ちょっと高め。

「私、動物園に用はないのに、ぼったくりだ~!」とプリプリしながら中に入ったので、門らしきものを見過ごしたのかも知れません。(^^;

でも、それくらい存在感がなかったということかも。

なので、写真がありません。(笑)

 

こちら☟はの酒泉公園内で撮影した牌楼。

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この写真も、露出が低くシャッタースピードが遅かったため、手振れによりピンボケです。(^^;

扁額の文字は「浩氣英風」。

中国人旅行者のブログを拝見すると、この牌楼、現在もこの場所にたっているようです。

 

こちら☟は、「西漢酒泉勝蹟」の石碑。 

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こちら☟が、酒泉の地名の由来となった泉です。

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真冬だったので、この囲みの中を覗いたら、泉の水は凍り付いていました。

ファインダー越しに見ると、あまり絵にならなかったのでフィルムを惜しんで撮影せず。

今みたいにデジタルだったら、絶対撮っていたと思うんですけど・・・・・・。(^^;

 

先に動物園を回り、駆け足で名所を巡っていると、白っぽかった空が、急に赤く染まり始めました。☟

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真っ暗な内に到着した酒泉に、遂に朝日が昇りました。\(^o^)/

気温は変わらず氷点下でしたが、暖かな色合いの陽光を目にすると、不思議と寒さが和らぎました。

 

イスラム寺院

2000年1月22日は土曜日。

当時、鼓楼からまっすぐ東に延びる東大街・公園路上にある酒泉夜光杯廠は、冬場は土・日がお休み。

酒泉市博物館、平日は8時から開くのですが、土・日は10時から。

10時の開館を待って見学していると、予定通りお昼に酒泉を出発出来ません。

この二つは諦め、鼓楼の方へ歩いて戻っていると、イスラム寺院を発見。☟

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冬場で木々の葉が落ち切っていたので、全景が見えていました。

今のようにスマホで簡単に検索できない時代の上、「地球の歩き方」の地図にも紹介がありません。

側まで近寄ればよかったのですが、幹線道路からは路地を少し入らなくてはならず、それは面倒。(笑)

なので、当時は変わった形の塔(ミナレット?)の先端に三日月があるのを見て、イスラム寺院なんだろうな~と、漠然と思っていました。☟

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今回、百度地図に「酒泉清真寺」と表示があったので、ストリートビューで見てみると、懐かしい塔が健在ではありませんか!☟ 

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これら☝☟は、2016年7月に撮影されたもの。

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このイスラム寺院、健在していたんですね!\(^o^)/

ネットで調べると、「明代に建設が始まり、民国6年(1917年)に建て直された」とある、歴史ある寺院のようです。

 

【2000年1月の南市街】

後少し、思い出話におつきあいください。(*^-^*)

もう一度、【2000年頃酒泉地図①】をご覧ください。

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この地図☝は、右が北です。

 

こちら☟は、☝の地図に対応させた【2019年8月酒泉地図】。

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☝は、上が北になります。

2000年頃の「地球の歩き方」では「鐘鼓楼」と記載されていた鼓楼から、西へ少し移動した場所の左手に、「南市街」と言う場所があります。

 

ここは、夏場になると深夜まで夜市が立っていたという場所。

でも、私が訪れたのは、真冬の午前中。☟

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夜市ならぬ朝市が、そろそろ終ろうとしていました。(笑)

ここで、朝昼兼用の揚げパン(0.6元)を買って腹ごしらえ。

 

【酒泉古城門】

その後西大街に戻り、更に西へ移動し、「小西街」で左折。

2000年頃の地図上の、ピンクの太枠で囲った「晋城門」に向かいました。

2019年版では黄色で囲っていますが、今は「酒泉古城門」と呼ばれているようです。

 

こちら☟は、2000年1月の様子。

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この時は午前11時くらいではなかったかと思いますが、足元はバリバリに凍り付いたまま。

 

こちら☟は百度地図のストリートビューから、2016年7月の様子。

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左背後のアパート群は、2000年1月の時から変わっていないみたいです!

百度百科にあったこの城門の情報を、参考として簡単に訳してみます。(*^-^*)☟

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粛州城中心区の西南隅、小西街と南環西路の交差点に、古い城門が聳え立っている。それは東晋時期の酒泉郡治所在地である福禄県城の南門であり、「福禄門」とも「晋城門」とも呼ばれている。
☝右写真の城門のてっぺんの形状が異なるのは、私が写したものは北側から、☝は南側から写したものだからです。

私、最初、「ナニこれ???」と驚きました。(笑)

 

百度百科のURLです。☟

福禄门_百度百科

 

以上、酒泉の過去と現在のご紹介でした。(*^^*)

 

 

【嘉峪関嘉朵酒店(イロイネン ホテル)側の市場:鏡鉄西路】

2019年6月12日、19時過ぎに嘉峪関へ戻って来ました。

夕飯にはちょうどいい時間帯デス。(*^-^*)

何を食べようかなぁ~と、バスターミナル斜め向かいが終点なので、そこからホテル方向へ移動しながら食堂を物色。

ところが、バスターミナルの通り向かいには特に食べたいものがなく、あっという間に交差点まで来てしまいました。

☟の地図をご参照ください。

【イロイネン ホテル周辺地図】

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この交差点付近で、ナンを売っている屋台を見つけたのですが・・・・・・。

「ナンは新疆が本場、今日は嘉峪関名物を食べよう!」と思い、眺めただけでそこを離れ、交差点をホテル方向へ渡りました。

すると、ちょっとワクワクするような、昔っぽい市場を発見!\(^o^)/

ホテル横の広場の端から南西に延びた狭い通りが全部市場でした。

 

交差点手前からだと、このあたり。☟

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ホテルの私が宿泊していた部屋の窓から見ると、☟のピンクの矢印の先に入り口があります。

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入り口は、こんな感じ。☟

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とても昔懐かしい雰囲気です!\(^o^)/

百度地図で調べると、市場となっている通りの距離は400メートル弱。

けっこう長いですね。(*^-^*)

 

それでは、市場見学、スタート!(*^▽^*)

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右手前のお店は「清真(ハラール)」の「花巻」や「馒头(マントウ)」を売っていました。

 

雨風日差しを遮るためのちょっと破けた黒いシートが、市場感を盛り上げています。☟

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☟は、上の写真の右手にあったナン屋さん。

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種類が豊富!

「この丸いナンは何味?何が入っているんですか?」とお店の方に尋ねたのですが、少数民族の女性には通じなかったのか、返答なく中へ入ってしまわれました。

残念。

☟2枚も、このお店の商品です。

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ナンが好きなので、他より写真が多めデス。(笑)

 

野菜を扱うお店も見えて来ました。☟

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右側には、各種春雨が積み上げられ、左手足下には魚が入った水槽、お肉屋さんが見えます。☟

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こんなに狭くても、双方向からバイクや自転車がやって来ます。

お店の商品が通路をかなり占有しているような場所で対向となると、ちょっとした渋滞が発生。

 

野菜や果物、ドライフルーツに、上の写真にも顔を見せてるピータン等が売られています。☟

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鶏やアヒル。☟

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果物屋さん。☟

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このトマト、おいしそう!!☟

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500グラムが1元(16円)です!

 

 

【嘉峪関イスラム寺院

通路のような市場を通り抜けると、大通りの交差点向こうに、緑色が鮮やかな「嘉峪関イスラム寺院」が見えました。☟

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2000年1月の旅行の際、イスラム寺院を見て感じたのは・・・・・・。

新疆のイスラム寺院は、丸いドームとミナレットが備わった、表面がモザイクタイルではないけれど、中央アジアや中近東で見かけるのと同じタイプ。
甘粛省に入ると、建物の上に三日月はついているけれど、建物は中華様式。

でも、2018年6・7月に久々に中国西北部を旅行して、変化を感じました。

 

敦煌・蘭州・西安イスラム寺院

敦煌でも、ここ嘉峪関でも、蘭州でも、私が見かけた新しく建造されたイスラム寺院は上の写真のようなもの。☟

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これも時代の変化でしょうか?

 

私が目にすることが多かったイスラム寺院は、西安の回民街にあるもの。

そこは昔からのイスラム寺院なので、中華式なのです。☟

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などと考えながら市場を逆に戻り、夕食に何を食べるか、まだ決まっていないことに唖然!

 

 

【ナン屋さん】

お腹が空いた~!!!

結局、バスターミナルからの移動中に見かけたナンの屋台に行くことに。(笑)☟

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黄色の矢印の下のパラソルが目的地です。

ちなみに、緑の矢印の先にあるお店はパン屋さん。

夕食用のナンを買った後、翌日の朝昼用のパンをここで購入。

炭水化物ばかりです。(^^;

 

こちら☟、ナン屋さんの様子。

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私が側に立っている僅かな間に、焼き立てのこの種☝のナンはまとめ買いをする人により、ほぼ売り切れになりました。

 

ここのお店の人たちは、カシュガルからやって来ていました。

カシュガル~~~!!!

私、行ったんですよ~と、暫く雑談。

その内に、さっきの市場でも見かけた丸い小さなナンが焼きあがりました。☟

 

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中にレーズンが入った、甘めのナンだそうです。

これと、通常のナンを買うこと、決定!(*^▽^*)

 

雑談が功を奏したのか、「窯の中を写していいよ」とありがたい言葉が!

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窯の中の炎で赤く染まったレーズン入りナン。

少し塩味が効いた外側はカリっとしていて、とっても美味しかったです!\(^o^)/

 

ここまでお付き合いいただい、ありがとうございました。

以上、嘉峪関初日と酒泉のご紹介でした。(*^-^*)

せいあん!特別編_2019年初夏 敦煌旅行記(その2):敦煌風味餐庁と小吃街・西大橋~党河西路周辺・鳴沙山・沙州故城・反弾琵琶伎楽天像・敦煌牌楼・敦煌駅

 2019年8月4日(日曜日)。岡山県北、暑いです~~~!!!(^^;

今日の日中は35度、湿度も高めで汗ダラダラ。

 

もう8月4日・・・・・・、帰国してから半月以上経ってしまいました!

そして、前回のブログアップからは・・・・・・、なんと、1ヶ月以上も間が空いているではありませんか~~~。(゚д゚)!

 

この間、けっしてダラダラしていた訳ではありません。

帰国前、西安にいた時は、国際郵便小包の発送・部屋の片付け、その合間を縫って大雁塔に上ったり、城壁に上ったり。

(大雁塔北広場)

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西安城壁西門)

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こんなふうに☝、ブログ「せいあん!」のラストを締めくくる記事を書くため、写真撮影に行って来ました。

これらについては、また別の記事でご紹介します!

気長に(^^;・・・・・・、お待ちくださいネ!!(^_^)v

 

西安最後の数日は、室内で片付けの日には雨が、外に出なくてはいけない日は基本快晴!と天候に恵まれ、幸せでした。(*^-^*)

でも、心の中は涙の雨~~~!!!(T_T)(T_T)(T_T)(笑)

 

帰国後は、パソコンの外付けディスプレイを新たに購入しました。

やっぱり、画面が一つでは作業効率が悪くて・・・・・・。(^^;

西安で使っていたものは電圧が異なるため、持ち帰ったとしても使えません。

あれは、これからも西安で頑張ってね~と、知り合いにプレゼント。

 

こうして環境が整い、ブログの続きを書き始めて2週間ほど・・・・・・。

船便で西安から発送した小包が、3週間で到着しました。

6箱送って、1箱だけちょっと変形。☟

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少し破れていましたが、内容物に影響はナシ。

参考に、一番重い箱は18.82キロ。

この箱の送料は357.2元でした。(1元=16円で換算すると、約5,700円)

内訳は、通関費用8元と、小包本体349.2元です。(*^-^*)

 

日本に戻っても、「せいあん!」はもう暫く続きます。

お付き合い、よろしくお願いいたします!\(^o^)/

 

それでは皆様、敦煌へ、Go~~~!!!🏁🏁🏁

 

目次

 

 

敦煌風味餐庁と小吃街】

敦煌風味餐庁と小吃街・西大橋~党河西路周辺用地図)

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歩いた道順は異なりますが、数日分をまとめて、このルートに沿ってご紹介いたします!(*^-^*) 

 

敦煌風味餐庁】

出だしは、6月9日(日曜日)、敦煌博物館から歩いて街中に戻っている時に気付いたレストラン。(*^-^*)

☝の地図にも記載していますが、名前は「敦煌風味餐庁」と言います。☟

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このレストラン、昨年12月に私が敦煌を訪問して以降に、新しくできたものではありません。

ハッキリ言えば、昨年12月どころか、昨年7月初めに遊びに来た時にもありました。(^^;

ただ、その時の私は、鳴山路の歩道に敷かれた中国古銭の敷石に気をとられ、周囲をよく見ていなかったんです。

 

証拠物件2018年夏バージョン。☟

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メインは青空に映える街路樹の葉と、鳴山路頭上のアーチ型看板。

レストランは途中で途切れています。(^^;

 

証拠物件2018年冬 バージョン。☟

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冬バージョンに至っては、路面が写真面積の9割くらいを占めていて、偶然写り込んだレストランは豆粒のよう・・・・・・。(ーー;)

そんなレストランを、今になってどうしてそんなに気に掛けているかと言いますと・・・・・・。

私、19年前、このレストランで食事をしたことがあったんです!

しかも・・・・・・、2回も。(笑)

 

19年前の2000年1月、「地球の歩き方」を片手に敦煌へやって来た私は、「オムライス」・「親子丼」と言う文字に惹かれ、このレストランを訪れました。☟
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☝の説明に、「看板に日本語でにこにこ食堂と書いてある」と記載されているように、留学半年しか経っていなかった私は、旅行日記に中国語の店名ではなく、「にこにこ食堂」と記していました。

私の頭では「オムライスを食べたにこにこ食堂」と記憶されていて、「風味餐庁」と言う名前は印象に残っていなかったんです。(^^;

 

こちら☟が、これまでも私のブログに登場したことがある、当時の「地球の歩き方」に掲載されていた地図です。

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赤い矢印で指しているのが、「風味餐庁」。

今回、このレストランに気付けたのは、旅行前にお店紹介と地図を読む機会があったから。

昨年夏、トルファンで、以前食事をしたことがある「John's Cafe」がなくなっているのを目撃していました。

なので、19年も経てば「にこにこ食堂」も他のお店に変わってるに違いないと思いながら、かつての地図で確認した場所に差し掛かった頃、周囲を見渡したら・・・・・・。

「あった~~~!!!(゚д゚)!」

「にこにこ食堂」の表記はありません。

でも、写真☟で分かるように「敦煌風味餐庁」と、デカデカと看板が上がっていました。

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ただ、当時のお店はこんなに大きくありませんでした。

お店を左・中央(出入口のある部分)・右と分けると、当時は中央部分くらいのスペースしかなかったんです。

 

そこで、確認すべく、中へ!(^_^)/☟

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☝の写真、左手が出入口です。

かつてはこの部分しかありませんでした。

お店の方のお話によると、間違いなく、2000年頃もここでお店をしていたそうです。

その後、左右に拡張し、個室とテーブル席を増やしたとのこと。

 

2000年1月、私が入り口側の席に座って食事をしていた時、ブラウン管テレビから懐かしい音楽が!

振り仰いで見ると、それは「キャプテン翼」でした。\(^o^)/

子供の頃、アニメで最初に見て、それからすぐに漫画を集めた「キャプテン翼」。

走りながらボールを踵で蹴り上げ、頭上を超えて足元に落すという技、何度も練習しました。(#^.^#)

懐かしいな~と見ていたのですが、何かすごい違和感が・・・・・・!

原因は、日向小次郎の声が、他のチームメイト同様可愛い子供の声だったから!!

私が見ていた頃の「キャプテン翼」では、日向小次郎の声は鈴置洋孝さんが担当されていました。

どう聞いても、小学生とは思えない低い声。

でも、だからこそ翼君がロベルトに「まだやってはダメだよ」と言われていた棒を蹴り折るようなことも、日向小次郎なら可能だ!と思わせてくれたんです。

あの声のトーン、重要だと思いました。

話が脱線・・・・・・、本題に戻します。<(_ _)>

 

こちら☟が、右側スペース。

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このお店、最近は日本人観光客が減少したので、中華料理をメインに提供しているとのこと。

でも、オムライスはまだメニューとして残っていると聞き・・・・・・。

この時、時刻は18時半過ぎ。

実は、夕食に「酿皮(ニャンピー)」を食べようと「小吃街」に向かっていたのですが、急遽予定を変更!

オムライスを、注文っ!!!。(^_^)/

 

オムライスが出来上がるまでの間、私は右側に拡張されたテーブル席で、テーブル横に置かれている、これまでの来店者が記入したノートを読んでいました。☟

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一番上の方のコメントは2013年8月のもの。

今とは異なる、当時の大らかな様子が詳しく分かりますよ。(^_^)/

 

ノートは何冊もあったので、待ち時間に見ることができたのはその一部のみ。

私が見た範囲内では、一番古くて2011年のものがありました。

20年以上お店を開けていると、ノート数もかなり多くなったそうで、初期のものはお店に置いていないんだそうです。

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日本人旅行者が書き残していったものをメインに、イラストが綺麗なものをピックアップしてみました。(*^^*)☝

 

私の席から見えた、窓外の景色。☟

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☝、鳴山路です。

 

さて、私は当時の旅行日記にこう記していました。

「2000年1月19日(水曜日)、13時半頃、『オムライス』を食べる。1食、8元。」

ネットで検索すると、2000年当時の「人民元/円の為替レート」は13円/元。

当時のオムライスは104円でした。

「夜、羊肉の串焼きを2本注文したら、数量が少なすぎて拒否された。そこで、敦煌風味餐庁に行き、「肉絲麺」を食べた。一杯4元。」

上述のレートで計算すると、この日の夕食は52円。

昨年と今年、敦煌で食事をしましたが、麺類はたいてい1杯15元。(1元=16円換算で、240円)

約四倍値上がりしています。

 

で、2019年のオムライスはと言いますと・・・・・・。☟

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結構なボリュームがありました。

玉子の上に載ってる赤いペースト状のものはトマトケチャップ。

見た感じ、唐辛子ペーストのよう。(笑)

あまり日本人が来ないと聞かされていたので、

「もしかして、瓶タイプのトマトケチャップ、開栓後、時間が経ちすぎて乾燥した???」

と、想像してみたり。(笑)

お味は・・・・・・、想い出込みで、普通かな~?

19年前は、留学してから半年、和・洋問わず、家からの仕送り品以外は全て中華だったので、久々のオムライスに感激していた記憶が。

ただ、中華料理に比べ、「8元、高い!」と思いながら食べたのは間違いありません。(笑)

ここで、2019年オムライスのお値段を発表~~~!!!

私、注文時に値段確認するのを忘れました。(^^;

麺類の価格が約四倍になっているのを踏まえると、オムライスは32元くらい???

いったいどれくらいの値段何だろう???とドキドキしながらお会計へ。

じゃ~~~ん、確認結果は、25元。(1元=16円換算で、400円)

想定内に収まりました。(^_^)v

そうして19時頃、懐かしかった 「敦煌風味餐庁」を後にしました。

 

お味について、最近のノートのコメントから補足しておきますね。

2018年11月:ヨーロッパ在住の日本人の方:コーヒーとヨーグルトは最高です。

 

【小吃街】

日にち変わって、6月10日(月曜日)と6月11日(火曜日)の「敦煌特色小吃街(市場巷)」です。

鳴山路側の案内看板、北に向けて撮影。☟

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このまま真っ直ぐ進むと、反弾琵琶伎楽天像が立つロータリーがあります。(*^^*)

 

☟は南東向きに撮影。

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鳴山路をこの方向にまっすぐ進むと、敦煌博物館・雷音寺・鳴沙山に辿り着けます。

 

昨年12月、閑散期のため敦煌夜市内の「名物料理広場」はほとんど営業しておらず、「星光夜市」に至っては閉鎖状態。

そこでウロウロしていた時に見つけたこの路地の、「鐘家酿皮(ジョンジャーニャンピー)」というニャンピー屋さんで、念願のニャンピーを食べました。

そしてここで、昨年7月にも探していた、かつて散策したことがある市場について教えていただきました。

あれこれ喋っていたので、結構長居したと思います。

それだけに思い入れがあって、今回もここで食べたいな~と10日夜、20時過ぎに「敦煌特色小吃街(市場巷)」にやって来ました。

(その1)でご紹介した「雷音寺」と鳴沙山の「ツーリストセンター」からの帰り道です。

この日は天気が悪かったので既に薄暗いですが、この時期の敦煌の日の入り時刻は21時10分。

晴れて入れば夕日が眩しい時刻。

敦煌夜市なら、これから賑わい始めると言ってもいいのですが・・・・・・。

冬場のブログでも書きましたが、ここは近辺の宿泊施設を利用している観光客も利用するとは言え、基本は敦煌市民のみなさんが日常的に利用する場所。

人の姿、あまり多くありません。☟

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何だか嫌な予感・・・・・・。

 

とりあえず、前進。☟

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壁に「敦煌特色小吃街」と書かれた場所まで来ても、ご覧の通り。

画一的な店舗の看板を一つ一つ見ながら、更に前進!

 

右手に「文廟巷」の道路標識。☟

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右手の「文廟巷」の様子。☟

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昨年12月、この路地の入り口で果物を売っていた女性に話しかけられたのを思い出しました。(*^^*)

通り右側一番手前のお店「敦煌特色拌面(敦煌特色拌麺)」、昨年と違います。

昨年12月は「新疆特色干拌面(新疆特色乾拌麺)」でした。

中国はどこでも変化が速いな~。

 

 【馬家酿皮(マージャーニャンピー)】

結局、この日(6月10日)は「鐘家酿皮」だけでなく、もう一軒あると期待してたお店も閉まっていました。

なぜ~~~???

そこで、翌日(6月11日)14時過ぎ、鳴沙山からの戻りがけに、もう一度トライ!!!(^_^)/

この時も、「鐘家酿皮」の扉は閉ざされたまま。(T_T)

幸い、もう一軒は開いていたので、そこまで少しだけ引き返して、ちょっと遅い昼食となりました。☟

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こちらは「馬家酿皮(マージャーニャンピー)」です。

 

このお店のニャンピーは、こちら!☟

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1食、6元。(1元=16円換算で、約100円)

昨年12月、「鐘家酿皮」で食べた時と同額です。

唐辛子がしっかり載っていますが、それほど辛いタイプではないんですヨ。

このお店の ニャンピーも美味しかった~~~!!!(*^-^*)

 

【鐘家酿皮(ジョンジャーニャンピー)】

この後、沙州故城へ向かうため、「敦煌特色小吃街」を西へ。

すぐ側の「鐘家酿皮」前を通りかかると・・・・・・。☟

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「あ、開いてる~~~!!!」\(^o^)/

もうお腹はいっぱいで何も食べられないけれど、やっぱり「また来ました!」と話したいので、お店の中へGo~~~!!!

 

お店の中にいたのは奥さん。

奥さん、私のことを覚えていてくださいました。

奥さんに訊くと、前日は用意していた量が早く売り切れたので、早々に店じまいしたんだそうです。

この日、少し前にお店にいなかったのは、小用で自宅まで戻って来たんだとか。

そんな偶然が重なって「鐘家酿皮」では食事できませんでしたが、でも、最後にはちゃんと会えました!!!\(^o^)/

ここで暫く世間話。

息子さんの大学生活の話なども聞いている間に、テイクアウトのお客さんが何人もやって来ました。

 

こちら☟。カウンター奥に入って、テイクアウトの準備をしている奥さん。

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ニャンピーのタレ、手前に見えている3つの内、左は「水溶きからし」。

右は、黒酢に唐辛子や香辛料が入っているみたいです。

真ん中は、大蒜の汁なんですが・・・・・・。

この色は・・・・・・、秘伝だから、大蒜以外にも何か入っているんでしょうね。

他に、カウンターの内側にも何種類かありました。

ニャンピーはそのものの喉越しも大切だけど、タレの奥深さも重要!

全て用意できてるものだから、注文してからほとんど待つことなく提供されるニャンピー。

気軽に食べられるので、手間のかからない食べ物と思いがちですが、お店ごとのこだわりがあるんですね。(*^-^*)

 

【杏皮水(シンピーシュイ) 】

ところで、上の写真の左下に「杏皮水(シンピーシュイ)」と言う飲み物が並んでいます。

レンジ色の輪っかがたくさん並んでいるように見えるかも?

メーカーは違いますが、こんな感じのパッケージです。☟

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「杏皮水」、過去2回、色んな所で見かけることはあっても、買ったことはありませんでした。

でも、オムレツを食べた「敦煌風味餐庁」のノートで、「杏皮水」が美味しいというコメントを見かけたんです。

ここの『杏皮水』は美味しい!」と言う書き方だったので、レストランの「杏皮水」は、こんな市販品ではなく、自家製のものだと思われます。

イメージ図。(笑)☟

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それで少し、興味が湧いていたんです。

「鐘家酿皮」では何も食べられそうになかったので、それならせめて「杏皮水」を~と、買ってみました。

飲むと、思いっきりアプリコットジュース!!!

これは市販品なので、砂糖も入っていて少し甘め。

でも、美味しい!!!(*^▽^*)

名称が「杏皮水」というように、この飲み物は乾燥させた杏子の皮を水に浸し、弱火で煮続けて作るそうです。

敦煌夜市内の「秦州戸街」北門近くには、「杏皮水」を専門に扱うお店がありました。☟

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ピンク色で囲んだお店です。

砂糖入り・砂糖なしの2種類から選ぶことができます。

残念ながら、私はここでは買わずじまい・・・・・・。(T_T)

「杏皮水」は敦煌を代表する飲み物なので、レストランのメニューにもあるはず。

機会があれば、ぜひ、お試しください。(^_^)/

 

敦煌特産品「李広杏」】

ここで少し、敦煌特産品「李広杏」についてご紹介します!(*^-^*)

前述の「杏皮水」が敦煌を代表する飲み物と言うことは、その原材料である杏子も有名!

敦煌の果物は何でも美味しいので、前2回、小振りの杏子には目が留まりませんでした。

それを最初に食べたのは、敦煌から嘉峪関へ移動する列車内で、同じブロックの硬座にいた中国人旅行者がお裾分けしてくださった時。

その時、「せっかく敦煌に行って、なぜ買わないんだ?」と驚かれました。(^^;

そんなにもったいないことをしてしまったの???(笑)

とショックを受けたものの、その時はもう敦煌にいないわけでして・・・・・・。

おすそ分けの1個しか、私とは縁の無いものだったんだと思っていたら~。

「李広杏」、西安の我が部屋にやって来ました!!!☟

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「順豊」という中国国内ではとても信頼されている宅配会社には、「杏子」専用サービスがあるようです。

それを使って、敦煌で知り合った方が「今、ちょうど収穫時期で、次回、いつ敦煌に来れるか分からないし、来たとしてもシーズンじゃなければ食べられないから」と送ってくださったんです。

ありがとうございま~~~す!!!\(^o^)/

 

段ボール箱の中には、発泡スチロールの箱。☟

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その中に、保冷剤とともに、一つ一つ丁寧にネットでくるまれた「李広杏」がぎっしり入っていました。

夕方19時過ぎに敦煌で発送手続きを終えた「李広杏」。

「順豊」のアプリで確認していると、一晩中、西安へ向かって移動。

そして翌朝9時には、私の住んでいるマンション下までやって来たんです!

移動距離、およそ1720キロメートルです!!

スゴイ~~~!!!

 

ネットから出すと、こんな感じ。☟

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少し小振りだそうですが、とっても甘い!!!

一人では食べ切れないので、知り合い数人にお裾分け。

西安で売っているものとは種類が違って、すごく甘い!」と感想を送って来てくれました。

こんなに美味しい「李広杏」を送ってくださって、本当にありがとうございました。

必ずまた敦煌に行って、その時にお礼させていただきます!!!

 

専用運送サービスがあるほど、人気の高い「李広杏」。

味は保証します!

「李広杏」のシーズンに敦煌へ行く機会があれば、「杏皮水」やドライフルーツだけでなく、ぜひ、新鮮なままのものも味わってみてくださいネ。(^_^)/

この点、今回のブログが8月アップになってしまったこと、お詫び申し上げます。

「李広杏」のシーズンは「7月」なのです。m(__)m

因みに、「李広杏」の「李広」は、中国前漢時代の将軍「李広」に由来するそうです。

 

これで「小吃街」は終わりです。(*^-^*)

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☝は、「小吃街」と「金山路」の交差点。

この次は、ここを西に直進して、党河へ向かいましょう!\(^o^)/

 

 

【西大橋~党河西路周辺】

党河の河縁までやって来ました!

この後、☟の赤線のように党河を横断します!(*^-^*)

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【党河横断】

昨年12月、河底が見えていた時に、河を横断する足場の途中まで行ってみました。

仮に足を踏み外しても、凍った河底を歩くだけ~という安心感アリ。(笑)

その時の様子は、☟をご参照ください。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記2日目(12月16日 日曜日)真冬の鳴沙山・月牙泉(正午)、白馬塔(夕刻)他 - せいあん!

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記3日目(12月17日 月曜日)真冬の莫高窟・沙州故城(夕刻)他+4日目 - せいあん!

 

しかし、6月初旬、河の水が復活すると・・・・・・。☟

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この足場を歩いていいの???

どこかに「水量復活、横断禁止!」の看板があるんじゃないかと思ったり。(^^;

確認しては見たものの、禁止する看板は見当たりません。

それじゃあ、渡るぞ~~~!!!(^_^)/

ちなみに、☝の写真は6月9日の19時半。

日の入り時刻は21時過ぎでも、この日は雲が多く、ちょっと薄暗いですね。

 

足場の真横まで来ました。☟

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バランスを崩しても、右側に足を踏み出せばとりあえず大丈夫かな?(笑)

スタート前に、西大橋方向を目視。

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冬場は、うっすら積もった雪の上に、足跡がついていたんです。

 

足場を渡って、少し前進。☟

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西大橋側は、北方向になります。

 

南側に目を向けると・・・・・・。☟

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鳴沙山が見えます!

水色の配管のようなものに遮られて、白馬塔大橋はよく見えません。

 

黄色いテントの辺りから、歩いて来る二人。☟

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自分の足元を見ると・・・・・・。☟

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澄んだ水の中に、藻の様子がはっきり見えます。

おおよそ、党河の中央辺りまで来ました。(西大橋側)

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西大橋に設置されている龍の口から、水が流れ出てる!!!☟

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冬場は河に水が流れていなかったので、当然、この龍の口もぽかんと開いたままでした。

 南に目を向けると・・・・・・。☟

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散策を楽しむ人々。

散策している人々は前方だけでなく、当然私が渡っている足場にもやって来ます。

私はのんびり写真を撮りながら進んでいるので、市民の皆さんの通行の妨げになることしばしば。

足場の石の端ギリギリに立って、道を譲りました。(^^;

そうやって、撮影した小魚たち。☟

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かわいいな~。(#^.^#)

 

やっと、対岸まで到着。☟

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今、私が渡って来た足場は、狭くても何とか対向できる幅がありました。

でも、右横に並んでいる丸い足場では、対向なんてとても無理。☟

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前方をよく見て、状況把握してからでないとスタートできません。

因みに、写真に写っている看板は、「足元ご注意!」ではなく、ここで魚釣りをしようとする人への警告です。(笑)

 

【党河西路周辺】

対岸へ上がると、そこは卓球台が並んだレクリエーション広場。☟

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ここから暫く河沿いを進みます。

 

対岸の様子。☟

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南に目を向けると・・・・・・、6月初旬、水路に水は流れていませんでした。☟

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【白馬塔路】

ここから右手の党河西路へ向かい、歩道に沿って南へ。☟

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ここで気になったのが、この先右に曲がって延びる、白馬塔へ向かう道の名称。

昨年冬、白馬塔大橋のたもとの工事概況看板には「白馬路」、道路標識では「白馬塔路」とあるのに、百度地図で「祥雲路」となっているのを見て、敦煌在住のMさんに尋ねると、Mさんわざわざ問い合わせてくださいました。

その時の結果は「祥雲路」。

よろしければ、☟をご参照ください。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記2日目(12月16日 日曜日)真冬の鳴沙山・月牙泉(正午)、白馬塔(夕刻)他 - せいあん!

ちなみに、こちら☟は2018年7月のものです。

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月8日(日)_ 敦煌4日目_敦煌博物館2日目(宋代~清代他)・白馬塔他 (2019/2/7追記) - せいあん!

どちらも目次がないので、当日のブログのおよそ2/3辺りから見ていただくと、早く見つけられると思います。m(__)m

 

そして、月日は流れ、半年過ぎましたが・・・・・・。

道路標識では「白馬塔路」、2019年7月末の百度地図では、相変わらず「祥雲路」。☟

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これは・・・・・・、もともと「祥雲路」だったものが、道路工事に伴って「白馬塔悪路」に変更される過渡期なのかな???

などと思いながら、白馬塔大橋の方へ向かいました。☟

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この右手が、白馬塔の方向。

 

さて、昨年夏以前からの道路工事はどうなっているでしょう???☟

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☝、正面から。

 

☟、少し角度を変えて。

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木々の枝に緑の葉が生い茂っている以外、変化なし!(笑)


ふと、車が駐車している手前の空き地に目を向けると、青い看板が!

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こんなもの、以前、あったっけ???

 

と近寄ってみると・・・・・・。☟

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「白馬塔東路」と書いてあります!

 

これなら、道路工事の案内の横にあった地図と同じ!☟

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今回、反対側の地図があるところまで移動する気力がなかったので(^^;、昨年夏に撮影したものを流用!☟

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よく見ると、「白馬東路」と記載されていて、「塔」の字がない・・・・・・。(笑)

この地図☝、後ほどご紹介する沙州故城のコーナーでも再登場します。

 

今回は白馬塔には寄らず、このまま党河西路を引き返しました。☟

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バイバイ、白馬塔大橋~!

 

党河西路を北へ!

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西大橋へ到着する手前、昨年夏、映画撮影基地である「敦煌古城」へ行く際に利用したバスの停留地に差し掛かりました。☟

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この看板☟、傷の入り方から、昨年12月から張り替えられてないみたい。

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郊外の村への路線、今のところ変化ないようです。(*^-^*)

 

【西大橋】

西大橋のたもとに到着。

時刻は20時15分頃。

通りの向こうには、中国ならではの風景、広場舞を踊る人々の姿!

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食後、こんな風に仲間と一緒に体を動かす風習があって、羨ましいなぁ~。

 

この右手には、西大橋の龍たちが、口から水を噴出中!☟

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では、西大橋を渡りながら、右手(南側)に見える鳴沙山を堪能しましょう!(^_^)/☟

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鳴沙山をバックに、私が歩いて渡った足場がよく見えます。(*^▽^*)

 

西大橋をほぼ渡り切る辺り、私の中では、ここがこの橋から鳴沙山を撮影するベストポイント!☟

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ここから☟は、6月11日(火曜日)、15時45分頃撮影したものです。

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この時間帯、龍の噴水はまだ稼働していませんネ。

この日、午後は風がきつくなり、鳴沙山が砂塵で霞んでいます。☟

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でも、水の中は砂塵の影響はありません。

河底まで見える澄んだ水の中、魚がゆったり泳いでいました。☟

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この日は西大橋を東から西へ移動し、沙州故城へ向かいました。☟

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☝は、西大橋の西の端あたりからの景色。

沙州故城の様子は、もう少し後からご紹介します!(^_^)/

 

【西大橋夜景】

この後は、西大橋の夜景です!(*^-^*)

これから、☟の地図の黄色い線で囲った西大橋を、最初に南側(下)を東(右)から西(左)へ、その後方向転換して北側(上)に渡って、西(左)から東(右)へと移動します。☟

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☟は、ちょうど4枚上の写真と同じ日に、同じ位置から撮影。

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「西大橋東端の南側」から、西方向を撮影。

この日は、22時になっても龍の口からの噴水はありませんでした。

ちょっと残念。(笑)

 

それでは、西大橋を西へ渡ります!(*^▽^*) ☟

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☟は、南側。

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昼間なら、鳴沙山が見える方角です。

党河の中央でライトアップされている場所が、昼間河を横断した足場付近。

 

昼間の写真にもある「西大橋西端」から見た南の景色。

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陽関西路を左手に見ながら、西大橋西端を北へ渡ります。☟

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ここ☟からは、北側の景色です。

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☝、「西大橋西端」から見た北の景色。

 

私はこれまで西大橋は南側の歩道を歩くことが多く、北側の歩道からの写真は珍しいんです。(笑)☟

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☟の写真、既に西大橋東端まで戻ってきています。

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「西大橋東端の北側」から、西方向を撮影。

ここで写真をとる時、すぐ側にあった幟がレンズに被って来ました。

幟を避けて立ち位置を決めればいいのですが、橋を写す角度から、どうしてもそこに立ちたかった私。

左手で幟の端を持ち上げ、右手でカメラを構えていたら、側にいた男性が幟を持ってくださり、ポツリと一言。

「この角度、なかなかいいね」

二重に嬉しい出来事でした。(#^.^#)

 

この場所から、最後にもう一枚、北側を!☟

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党河の夜景、綺麗ですね~。(*^-^*)

以上、「西大橋~党河西路周辺」でした。

 

 

【鳴沙山】

お待たせいたしました~~~!!!

ここから、ついに鳴沙山のご紹介です!!!\(^o^)/

敦煌と言えば、莫高窟と鳴沙山。

でも、今回・・・・・・、莫高窟には行っていません。

よって、鳴沙山のご紹介に全力で臨みます!!!

 

6月11日(火曜日)、私は2回鳴沙山へ出かけました。

ブログ用に用意した写真は、鳴沙山パートだけで120枚ほどあります。

7月、記事を一つもアップできなかった分、ファイル利用量に余裕があったんですね~。(笑)

たくさんあるので、文字部分を読むのが面倒だったら、写真だけスイスイスイ~~~とスクロールしながら見ていってくださいませ!(*^-^*)

 

【午前~昼過ぎ】

③路線バスの「中医院」からバスに乗り込み、鳴沙山へGo!!!\(^o^)/

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運転席の横にある、料金支払い設備。

☝の写真の下真ん中にある透明なケースがかぶさっているものが、昔ながらの現金を投入するところ。

その左隣の設備には、二つの機能があります。

赤い文字が書かれている場所は、交通カードを読み取る部分。

その上、細い黒線で囲われている部分が、スマホQRコードを読み取る場所。

そして、一番左には、これまた機能が二つあるみたいです。

私は利用したことがないので詳しくないのですが、上側には銀聯カード払い(?)、下側には「雲閃付」というAPPを用いて支払うもの。

支払い方、たくさんありますね。(*^^*)

 

この前を過ぎる道路は「祥雲路」、右に曲がれば白馬塔大橋へと続きます。☟

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こんな写真が撮れるのは、一番前の席に座ったからデス!

 

鳴沙山が見えてます!☟

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③路線バスを降り、一般車両侵入禁止が始まる場所から北側を撮影。☟

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6月11日(火曜日)の9時50分です。

 

☟、同じ場所から南側。

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ここから「ツーリストセンター」へ向かう途中、今回は少し寄り道してみました。☟

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☝は、天気の悪かった前日6月10日(月曜日)の19時15分、雷音寺の見学終了後に撮影したものです。

 

観光客が駐車場からツーリストセンターへ行く時に、痛いほどの太陽を遮るための巨大スカーフや帽子などを買ってもらおうと、待ち構えているお店の数々。☟

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☝は6月11日、朝の写真です。(*^-^*)

確かに、砂丘を登ったり、駱駝に乗ってる人たち、ここで見かけるようなスカーフを体に巻き付けていました。

勿論、楽しい気分で駐車場に戻る時、記念品を買ってもらおうと待っているお店もありますよ!

 

土産物通りの入り口側にあった、観光案内図。☟

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こちら☟、 6月10日、白い空を背景に、記念撮影!(^_^)/

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【現金引き出し可能ATM】

ここで、上の写真の一部を拡大してお届けします!

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決して、私の顔のアップを載せるのが目的ではございません。(笑)

赤矢印の指す場所に、ご注目ください!

この扉の奥に、ATMが2台あります。

1台は私も利用した中国銀行、もう1台は確か、農業銀行だったと思います。

なぜ、ATMをご紹介したかといいますと・・・・・・。

今年6月時点でも、昨年同様、「靴カバーと駱駝に乗るための料金」は、依然として現金だったからです。

すっかりスマホ決済に慣れ親しんでいた私。

これまで「靴カバーと駱駝に乗るための料金」だけは現金だったことを忘れ、現金を持参していませんでした。(^^;

幸い、念のためにとキャッシュカードは持参していたので、ATMへ駆け込みました。

現金を持っていなかったら、そしてその時キャッシュカードを持っていたなら、ここのATMで現金を引き出せますヨ。(^o^)

 

【チケット購入方法:Wechat・Alipay

上述したのは、ゲートを入ってから必要となる料金について。

ここからはゲートを通過するために必須の入場チケットの購入について、昨年12月とはまた違った方法があったので、お知らせします。\(^o^)/

 

では、チケットセンターに入りましょう!☟

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こちら☟は、昨年末、2018年12月に入場する際に使用した端末機。

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今回はこれ☝ではなく、チケット売り場窓口の足元にも紹介されている「扫码购票 直接入园(スキャンしてチケット購入・直接入場)」というやり方に挑戦してみました!☟(^_^)/

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窓口に用はないのに、窓口前まで行くのも気が引けたので、柱に貼ってあったものを利用。☟

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☝だと、キャッチフレーズが「快速入园(素早く入園)」バージョン。

このQRコードは「支払宝(Alipay)」と「微信(WeChat)」に対応しています。

この写真のQRコードをスキャすると、以下ご紹介する画面が出てくるので、興味があったら途中まで試してみるのもおもしろいかも?

 

上のQRコードをスキャンすると、☟左画面が現れます。

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☝左は、シーズン成人チケット「¥110元」・シーズン子供チケット「¥55」の下にも、いくつかチケットの種類があります。

その中から必要なものを選び、必要なチケット金額の下にあるオレンジ色の「预订(注文)」をタップ。

すると、☝右の画面に切り変わるので、赤丸で囲んでいる「允许(許可)」をタップ。

 

☟左画面が出現します。

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ここで、枚数を選択し、氏名・電話番号を入力後、オレンジ色の「确认提交(確認送信)」をタップ。

すると、☝右画面になり、「待使用(使用待ち)」状態の情報が表示されます。

この画面で、「入园凭证(入場証明書)」をタップすると、入場ゲートで読み込むQRコードが表示できます。

 

その他、ショートメッセージでも案内が届きます。☟左

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☝左の「二维码地址(QRコードアドレス)」をタップしても、☝右の入場用QRコードを開くことができます。

以上、チケットの準備完了!\(^o^)/

 

ゲートへ向かいましょう!☟ 

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通過する入り口は、紙版チケットの時と同様です。

設備にQRコードを読み取る箇所がありました。

私が入場した日は、ボランティアの係り員さんが私のスマホの位置を誘導してくださり、スムーズに読み込んで入場完了!(*^-^*)

 

中に入ると、ゲートから靴カバーをレンタルするまでの区間の右手が、大きく変貌していました。☟

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以前はただ柱が並んでいただけだったのに、この夏は手前から「ボランティアサービス」・「インフォメーション」・「解説サービス」と並び・・・・・・。

 

そして一番端に、今はやりの「古装体验(古代衣装体験)」コーナーが!☟

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この時も、中で衣装を選んでいる人、いますよ!(^o^)

 

過去何度もご紹介しているので、靴カバーレンタルは省略して、奥へ進みます!(^_^)/

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☝、10時半、既にたくさんの人が来てますネ。

 

この石碑の前で写真を撮るの、順番待ちが大変。☟

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「鳴沙山月牙泉」の額が掛かっている門をくぐって、中へ入ります!\(^o^)/☟

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門の下から、左・正面・右と撮影。☟

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最初に駱駝に乗りたいので、右方向へ移動。

ついでに、案内板を撮影。☟

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☝右の2つについては、☟の記事で説明を簡単に訳しています。

関心を持たれましたら、ごらんください。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記1日目(12月15日 土曜日)真冬の鳴沙山・月牙泉(夕刻)他 - せいあん!

これにも目次がありません。m(__)m

だいたい、この記事の半分少し過ぎたあたりです。(*^^*)

 

駱駝乗り場が見えて来ました。☟ワクワク~~~!!!

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【駱駝に乗る】

駱駝乗り場前の広場に並んだ、ラクダの人形たち。☟

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何だか踊ってるみたい。(#^.^#)

ラクダの広場舞?(笑)

 

それでは、用意した現金を手に、駱駝乗り場へ向かいます!(^_^)v

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駱駝乗り場のチケット売り場。☟

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チケット売り場の側から入って行った、駱駝乗り場。☟

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撮影時は駱駝しか見ていなかったので、西安に戻って写真を整理するまで、燕がこんなに大きく写っていたなんて思いもしませんでした。(*^-^*)

この写真の主役は、燕に持っていかれた感じ。(笑)

 

これから駱駝に乗って出発です!☟

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夏場は疲れるのか、ぐったり横たわっている駱駝も。

抜け毛の季節なので、見た感じ、いっそう弱っている印象を受けます。

駱駝引きのおじさんに、私がスマホのロック画面に使っている、昨年冬に撮った駱駝の写真を見てもらうと、「冬場の駱駝は毛が多くてかわいいなあ!」と言われていました。

本当にそうなんです!!!\(^o^)/

私の一番お気に入りの写真、スマホロック画面用にちょっとだけ加工したものをはっちゃいます!(^^)/☟

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こちら☟、同じグループになったお二人。

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今回、私が乗った駱駝のチームは、人数少なめの3人でした。

男性はロンドン留学の休みを利用して帰国中。

女性はなんと、西安にある陝西師範大学の学生さん。

彼女も中国古代の衣装をレンタルしています。(*^^*)

最近、第三者のWechatモーメンツに「いいね」をしたら、そこへこの彼女が登場!

自分の知らない所で、友達の輪が繋がりました。(*^-^*)

 

今回、私は駱駝を引いているおじさんに写真を撮ってもらいませんでした。

おじさんも、「あの人は何回も来ていっぱい撮ってるから撮る必要ないけど、あんたらはどうする?」と二人に確認していました。(笑)

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当然、二人は撮影をご所望。

この二人が写真を撮ってもらっている時間を利用して、私は周囲や二人を撮影。☝

鳴沙山の砂の色に、スカーフと上着の柄の赤色がよく映えます!

手前に、私が乗った駱駝の頭も写っています。(#^.^#)

 

この場で撮った写真です。☟

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写真を撮らず、先に進む隊列。

 

上の駱駝の隊列とは反対側の景色。☟

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この少し先で、プロのカメラマンが駱駝に乗った旅行客一人一人を撮影。

その写真は、ゲート手前の展示場所にずら~~~っと並べてあります。

シーズンになると、買わない人の物はそのまま一日中置いてあるようだったので、その枚数は膨大なもの。

欲しい人は、「砂の数ほど」と比喩したくなるほどの枚数の写真の中から自分が写っているものを探し出し、買って帰るんです。

私、当然、買うつもりでいました。

ところが、「マスクを外し、帽子をとらないと写さない!」とカメラマンに叫ばれ、間に合わず素通りすることに。(T_T)

カメラマンも、そんな写真を撮って万が一にも売れ残っていたら、「顔の写っていない写真、誰が買うんだ?」と、上司(雇い主?)から批判を受けることになりかねません。

それは分かるので、仕方ないのですが・・・・・・。

私は自分が乗った駱駝の写真が欲しいのであって、自分を見たいわけじゃないんですケド。

結果、今回は駱駝に乗った写真がありません。(T_T)

 

もう一つ残念なこと。

それは、同じグループの二人、駱駝引きのおじさんに「東峰の下まで行くか?」と問われ、「以前、別の場所で砂丘には登ったから、ここ☟から先には行かなくていい」と、回答したこと。 

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2対1なので、大人げなく「東峰まで行く!」と主張するのも憚られ・・・・・・。

ここから右へカーブして帰途に就くことに。
東峰からの景色を見ることができず、残念。(T_T)

 

アッと言う間に、終点に到着。☟

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せめて、駱駝から降りた後、自分が乗った駱駝と記念撮影。☝

この駱駝、マスクみたいなものを付けています。

何のためにつけてるんだろう???狂暴で噛みつくとか???

気になって駱駝引きのおじさんに尋ねると、この駱駝はブルブルと息を吐いて唾を飛ばす癖があるんだそうです。

それがすっごく臭くて、おじさんたち達駱駝引きにも耐えがたいとか。

それで、ブルブルさせないために、口元を覆っているんだそうです。

 

3頭の駱駝と、駱駝引きのおじさんが去っていきます。☟

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バイバ~~~イ!!!

ありがとう~~~!!!(ToT)/~~~

 

【月牙泉と月泉閣】

駱駝を降りてすぐの場所にある、飲み物を提供する場所。

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冬場は閉まっていました。

 

月牙泉の方へ歩いていきます。☟

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☝、道路の西側。

 

☝、道路の東側。

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月牙泉を撮影するベストポジションと看板があった場所から。☟

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そのすぐ側にあった、風と砂埃を観測する設備。

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この設備、去年夏と冬の写真を見て確認すると、ず~っとここにありました。(笑)

私が気付いていなかっただけ。(笑)

 

この日は学校行事で来ているグループもいました。☟

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中国の制服は基本、ジャージです。

赤白のジャージに、帽子やリュックはオレンジ。

鳴沙山でレンタルする靴カバーもオレンジ色。

まるでコーディネートしたみたいに、ピッタリな色合いではありませんか?(*^▽^*)

 

それでは、月泉閣の方へ行ってみたいと思います。(*^-^*)☟

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☝夏と☟冬の対比。

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月牙泉に沿って、月泉閣へ。☟

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月泉閣の下辺りまでやって来ました。☟

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階段を上った途中から、月牙泉を撮影。☟

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☝夏と☟冬の対比、その2。

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階段の踊り場部分のすぐ横に生えていた草花。☟

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ここには、月泉閣他、墨池雲・聴雷軒があります。

☟、右側の高い建物が月泉閣。

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墨池雲はこの1枚☟しか映っていませんでした。(^^;

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ただの売店だと思って、スルーしていました。(ーー゛)

 

中央の建物が聴雷軒。☟

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聴雷軒と月泉閣は回廊でつながっています。☟

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聴雷軒の2階へ続く回廊。☟

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【月泉閣の大鐘】☝☟

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参考として、簡単に訳してみたいと思います。(*^-^*)

【月泉閣の大鐘】

月泉閣の大鐘は、敦煌人の劉積賢・劉積禎兄弟が家族を伴い、1994年の端午節、月泉閣の古代建築群一期工事落成に際し、自身の一族が故郷をこよなく愛しているという思いを示すため、鳴沙山月牙泉観光地区に寄贈したものである。この鐘は、高さ1.65メートル・直径1.4メートル、鋳鉄により造られた。鐘の銘文は既に他界された敦煌の書家・姜家誠が書いたものである。

と言うことは、この鐘だけでなく、ここにある建築物も1994年に再建されたものなんですね。

でも、敦煌旅行記(その1)の「雷音寺」の部分でも書いたのですが、砂埃を大量に被った屋根瓦は随分古びて見えて、すごく歴史があるように見えませんか?(*^^*)

 

☟は、聴雷軒の向かって右側。

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☟、大鐘の後方に、敷地から外へ出る出入口があります。

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この古代建築群をもう少し見学した後、ここを出て砂丘登りへ向かいました。

 

聴雷軒の向かって右側の階段を上った場所から。☟

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聴雷軒2階から見た、回廊と月泉閣。☟

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月泉閣、回廊の向こうの部屋では、願掛けの札を吊るしたり、お土産物を販売していました。☟

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月泉閣から見た聴雷軒。☟

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月泉閣から西側。☟

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これまで、下から見上げるか、もしくは敷地内を素通りしていた月泉閣他の建物。

日陰を提供してくれるこの場所は、体力回復を待つのにぴったりでした。(*^-^*)

 

砂丘登り】

続いて、鳴沙山での最後のイベント、砂丘登りに向かいます!☟

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ここを登るのですが、1997年に初めて来た時以外、あのてっぺんまで登ったことはありません。(^^;☟

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暑くない冬でさえ、途中、適当な場所で引き返して来ていたので、今回もそうであることは言うまでもありません。

ここは、東峰よりはるかに距離があるんです。

 

どこまで頑張れるかな~~~?

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途中止まらず一気に登り、もう限界と立ち止まったのが、この辺り。☟

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上を見ると、まだまだ先は長いなぁ・・・・・・。☟

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ちょっと休んで、再チャレンジすれば頂上まで行けたかもしれませんが、暑さにヤラれ、気力体力ともにナシ。(^^;

 

頂上制覇は断念して、この場で記念撮影。☟

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同じ位置から、月牙泉方向☝と、小泉湾広場☟方向。

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後は、階段の横を靴カバーに物を言わせ、滑り降りるだけ!

どんなに疲れていても、この楽しみは味合わねば!

と言いますか、階段を歩いて下りる方がよほど時間がかかり、疲れるのデス。(笑)

 

【湧き水】

砂丘の上から見えていた道路を出口へと向かいます。☟

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☝は、出口に向かって左手の様子。

下の写真で、道路左に数本背の高い木が植えてある、その少し手前ぐらいです。 

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☝の写真、なぜピンクの囲みと⇩があるかといいますと・・・・・・。

 

ここ☟で水が湧いていたのに気付いたので、ご紹介したなぁ~と。(*^-^*)

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「鳴沙山月牙泉」というWechat公式アカウントの「全景导览(パノラマガイド)」によると、この木は「夫妻柳」と呼ばれているそうです。

これまで、戻る時にも途中から道を左に逸れ、砂の上を歩いて駱駝を見に行っていたので、この木の下を通ることがなかったように思います。

 

写真では水が湧き出る際に起こる、小さなかわいい波紋が見えないのが残念。☟

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ここに湧水があるから、他の緑地とは少し離れた場所ではあるけれど、夫妻柳が生きていられて、係り員さんに木陰を提供できるんですね。(*^-^*)


【午前の部、終了!】

上述の大木の位置からまっすぐ門の方へ歩いても良かったのですが、そこはやっぱり駱駝大好き人間なので、駱駝乗り場の方へ自然と足が向きます。(笑)☟

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夕方、また来るよ~と、心の中でご挨拶。(^^)/

 

駱駝乗り場手前の広場の、ラクダの人形たちにもご挨拶。(*^-^*)☟
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背後を振り返りながら、ゲートへ。☟

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ゲート到着!☟

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緊張の一瞬!!!

帽子・スカーフ・マスクにサングラスと眼鏡まで外して、顔認証システム前に直立。

再入場するために、「これでもか!」というくらい、顔認証登録を繰り返したのは言うまでもありません。(笑)

だって・・・・・・、初めて登録した時に失敗して以来、登録できたという自信が持てないんです。(^^;

 

ゲートを出て、土産物売り場の側を通って・・・・・・。☟

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13時50分、③路線バスの始発停留所に到着!☟

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以上、「午前~昼過ぎ」の部でした。\(^o^)/


【夕方の部】

6月11日(火曜日)は、昼過ぎに街中まで戻り、「敦煌特色小吃街(市場巷)」経由で「沙州故城」へ行った後、夕方もう一度、鳴沙山へ向かいました。☟

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この路上のアーチ型の看板の少し向こう、右手に、敦煌博物館があります。

乗っているのは、③路線バス。

今回もまた、一番前の席です。(笑)

 

博物館前を通過し、敦煌中学校の南側にある、鳴山路と文博路の大きな交差点に差し掛かりました。☟

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ここは、前方の鳴沙山がよく見えます。

 

19時少し前、傾きかけた日差しを受けた土産物屋さん。☟

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午前中とは雰囲気が異なります。(*^^*)

 

この2枚☟は、午前中も撮影した、一般車両立入禁止開始地点から。

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ツーリストセンター前の様子。☟

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旅行客、多いですね!

午前の部の写真は、前日6月10日(月曜日)の19時半前。

なので閑散としてましたが、11日は午前中も人でいっぱいでした。

 

私は再入場なので、ツーリストセンターには立ち寄らず、道路をまっすぐ歩いてゲート前に行き、再入場専用入り口へ。☟

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今回は問題なく通過。\(^o^)/

 

夕日を浴びて、クッキリ見える鳴沙山の稜線をご堪能ください。(*^-^*)☟

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☟は、入り口の門の少し右側です。☟

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この時刻、かなり風が強くなっていました。

右下に写っている女性二人の赤い衣装とスカーフ、後方へなびいています。

 

午前中に駱駝にも乗り、砂丘にも登ったので、夕方は靴カバーのレンタルなし。

整地されたところだけを歩きました。☟

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黄色い線の部分が、夕方歩いた場所です。

 

こちら☟は、門を入ってすぐの場所から光学ズームで撮影した、東峰方向。

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陽が陰り初め、昼頃より涼しくなってきたので、登っている人もたくさん。(^^)/

駱駝の隊列が連なっています!

 

☟は、黄色い線を追加した写真の、破線の辺り。

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砂丘の上からだと、ちょうど☝の駱駝隊後方にある低い砂丘に遮られ、道路が見えないので破線にしています。

 

幾重にも重なる砂丘を背景に、ゆっくり進む駱駝隊。☟

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一番手前の砂丘の、尾根にご注目ください!☟

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強風に飛ばされ、表面の砂が舞っているの、見えるでしょうか???

肉眼で見ると、飛ばされる砂粒が金色に輝いて、とってもキレイ!!!\(^o^)/

でも、これを撮るために、カメラにもスマホにも砂がかなり付着してしまいました。(^^;

 

来た道を戻ります。

門の方へ曲がる辺りに、観光用カート乗り場や、ジープ・バイクをレンタルする場所があります。☟

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☟道路を門近くまで戻って、もう一度東峰方向。

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この写真で見ていただきたいのは、右下に写っている方の傘が、風に煽られひっくり返ってしまっているトコロ。

 

これで見納めだなぁ・・・・・・。☟

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なので、パノラマ写真も撮りました。☟

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もう、当分来ることはかなわないんだと思うと、寂しい・・・・・・。(T_T)

 

駱駝たちに最後のお別れをするため、駱駝乗り場へ向かう途中、これから東峰に向かう駱駝隊を見送りました。☟

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この時の時刻、19時45分。

 

日没は21時過ぎなので、これから駱駝に乗り東峰に向かう人はもっと増えてくるはず。

駱駝乗り場には、たくさんの駱駝が待機中。☟

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右下に集まっているのは、日陰で休んでいる駱駝引きのおばさんたちです。

暑い中、毎日お疲れ様です。

駱駝たち、元気でね~~~!!\(T_T)/

 

何度も登場したラクダ人形をもう一度写して・・・・・・。☟

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背後を振り返りつつ、ゲートへ向かいました。☟
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鳴沙山・・・・・・、これで見納め。(ToT)/~~~

 

夕日を浴びた駱駝のぬいぐるみと「杏皮水」を眺めながらバス乗り場へ。☟

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その途中、退勤中の駱駝たちに遭遇!!!\(^o^)/

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そして、バスに乗ってからも、道路を横断する退勤中の駱駝たちに出くわしました!!

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帰りも、一番前の席です。(笑)

最後の最後まで、駱駝の姿を見ることができて幸運でした。(*^-^*)

 

こうして、20時半、街中へ戻ってまいりました。

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夏至間近の敦煌、20時半はまだまだ明るいですね。


【沙州故城】

6月11日(火曜日)の昼間と夕方、鳴沙山へ出かけた合間に、沙州故城へ出かけてみました。

昨年の7月と12月で、説明ボードの写真は全て撮り、参考訳も完了しています。

それなのに、また出かけるのはなぜか?

それは、ここもすっかり思い出の場所になっているから。(笑)

 

敦煌特色小吃街(市場巷)」に立ち寄った後、西大橋を渡って歩いてやって来ると・・・・・・。☟

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☝、古城南路の入り口に、なにやら立て看板が設置されているのが見えます。

 

看板が置かれているのは車道なので、私は少し手前の歩道を左折。☟

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歩道からでも、前方で道路工事が行われているがよく見えました。

状況を詳しく見るために、近寄ってみましょう!☟

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遺跡を囲む片側の道路(古城南路)のアスファルトが掘り返されています。

 

因みに、昨年夏と冬はこう☟でした。

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向かって右側は、工事中で立入禁止。

回るのは諦め、正面と左側を見に行きましょう!(*^-^*)☟

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遺跡の手前に咲いていた花。☟

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名前は分かりませんが、ピンク色の小さな花が可愛らしい!(#^.^#)

 

正面。☟

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正面西端(右)。☟

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正面東端(左)。☟

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こちら側を、南の端まで歩きました。

 

東側(左)の南端。☟

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南端、この角から先は、通行止め。

遺跡の真後ろまで回ることができません。

 

東側から、南端の歩道だけ撮影。☟

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南端西側には、道路工事用重機が見えていました。☟

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これ以上進めないので、退却!☟

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故城遺跡の隙間からも、西側道路に停車している重機がよく見えます。☟

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党河の東へ戻る際、古城南路に入ったばかりの場所に工事に携わっている方々がいらっしゃったので、工期について尋ねてみました。

でも、敦煌には敦煌の方言があって、聞き取るのがとっても難しい!!!(^^;

想像を交えながら理解できたのは、この古城南路の道路工事は白馬塔路の工事と連動しているということ。

 

位置関係は、☟の道路工事平面図をご参照ください。

f:id:shanshanduohuizi:20180930173506j:plain道路工事そのものがどれくらいかかるかは聞き取れなかったのですが、近いうちに、もしかしたらもう既に、白馬塔へ続く道も舗装が完了しているのかも???

もし完了していたなら、車が通るたびに砂埃が舞い上がるため、息するのが苦しい!なんてこともなくなるんですけど・・・・・・。

でも、シルクロードの風情は半減するかもしれませんね。

沙州故城全体の様子をご覧になりたい方がいらっしゃったら、よろしければこちら☟をご参照ください。(*^-^*) 

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月9日(月)_ 敦煌5日目_敦煌古城・沙州故城・陽関中路の敷石他 - せいあん!

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記3日目(12月17日 月曜日)真冬の莫高窟・沙州故城(夕刻)他+4日目 - せいあん!

どちらも、それぞれのブログの2/3くらいの位置に、関連部分があります。 <(_ _)>



【反弾琵琶伎楽天像】

敦煌のシンボル、反弾琵琶伎楽天像!

今回のブログでは、まだほとんど登場していません。

お気づきでしたか???(*^^*)

これから当分の間、敦煌を再訪する機会はないと思うので、彼女についてもコーナーを一つ設けて、まとめて紹介しようと思っていたんです!

そして、やっと彼女の番になりました。\(^o^)/

場所は沙州路(南北)と陽関中路の交差点。

先ずは、日が暮れる前の様子をごらんください。(*^-^*)

 

☟は、沙州南路を北上中、バス一番前の席から。

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☟は、沙州北路横断歩道の東側から。

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☟、陽関中路西側と沙州北路の中間、中国電信の塔がある側から。

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☟、陽関中路東側横断歩道の北側から。

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6月9日(日曜日)、20時45分頃の半月。☟

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ライトアップされた反弾琵琶伎楽天像。

☟、陽関中路東側と沙州南路の中間、中国電信の塔を正面に見ながら。

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⇩アップ!!!

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昨年7月も12月も、伎楽天像の足下に、ライトアップはありませんでした。

このデザインは蓮の花なんでしょうか?

夜、明かりが灯るととってもキレイ!(*^▽^*)

 

☟、沙州南路横断歩道の東側から。

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☟、沙州南路と陽関中路西側の中間から。

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斜め右に、敦煌夜市の道向かいにある益旺国際購物広場の屋根が見えています。 

ここから少しだけ、陽関中路を西へ散策。(*^-^*)

 

敦煌市政府前広場の東端、陽関中路沿いのイルミネーション「シルクロード」。☟

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☟、夜の鳴山路北端。

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敦煌市政府前広場の西端、陽関中路沿いのイルミネーション「飛天」。☟

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6月初旬から既に2ヶ月経過しているので、今も同じデザインのものがディスプレイされているかは分かりませんが、綺麗だったのでご紹介。(*^-^*)

 

陽関中路を東に戻って、陽関中路西側と沙州北路の中間(中国電信の塔の側)から、伎楽天像、夜の後ろ姿を!

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上の撮影箇所から北回りで沙州北路を横断すると、そこには昨年冬宿泊した「天河精品酒店」があります。☟

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「天河精品酒店」玄関前から見える、反弾琵琶伎楽天像。☟

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昨年12月はホテルから出かける度、この角度の反弾琵琶伎楽天像を目にしました。

思い出深い角度です。(笑)



敦煌牌楼】

こちらも、見納めのためにやって来ました。

6月10日(月曜日)、21時20分頃。

陽が沈んだばかりの時刻にやって来ると、牌楼側の街灯が既に点灯されていました。☟

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光源がただの街灯なので、ライトアップと呼ぶには貧相なのですが、これまでこんな姿は見たことがなかったので、嬉しい~~~!!!\(^o^)/

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上の2枚は市内側から。

 

下の3枚は、敦煌駅や空港から市内に入る東側。

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最後の一枚は、半月と一緒に。

これまた想い出深い1枚となりました。(*^-^*)



敦煌駅】

敦煌夜市とお別れ】

2019年6月12日(水曜日)、7時20分チェックアウト。

この日は、この後列車に乗り嘉峪関へ向かいます。

 

2016年6月の旅行は期間短め。

敦煌滞在は9日午後から~12日朝までの、正味二日半。

慌ただしかったけれど、最後にもう一度敦煌に来られて、本当に良かった~。

そんな思いで見ると、緑洲島酒店の玄関から見る景色がとても愛しく感じます。☟

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余談ですが、7月になると、ここの広場がビアガーデンのようになったそうです。

緑洲島酒店のフロントにいた女の子のモーメンツを読むと、夜遅くまで非常に賑やかで、睡眠に影響するほどだったとか。

去年はそんなモーメンツは見かけなかったので、イベント内容によるんでしょうね。

夜市エリアの真ん中にあるだけにどこに行くにも便利ですが、最盛期に賑やかなイベントが催されると、落ち着いて休めないこともあるかも知れません。

 

緑洲島酒店の玄関を出て、自分が宿泊していた部屋の窓を見上げて、お別れ。☟

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夜市内を文昌南路の方へ移動し、三危路の東大橋にある駅行きのバス乗り場に向かいました。☟

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この☝路地で朝食を売っているお店を見つけ、そこで列車内で食べる朝ごはんを購入。☟

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クレープのような餅(ビーン)と、それで包んで食べるおかず三種類。

その他、バスに乗ったら飲もうと、棗とクコの実入りの豆乳も購入。

野菜を入れるケース代1元を含め、合計7元。(1元=16円換算で、約110円)

 

【バス乗り場から、敦煌駅までの景色】

バス乗り場には7時半前に到着。

バス停少し手前では、タクシー運転手が「バスは当分出発しないから間に合わない」と、適当なことを言っていましたが、それは無視(笑)。

バス乗り場で出発時間を尋ねると、8時だと言われ、ちょっと心配。

私が乗る列車はこちら。☟

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9時12分発です。

私は普段、列車で移動する場合、出発の1時間前には駅に到着するようスケジュールを組みます。

出来れば、8時には到着しておきたい気分。

でも、料金を回収する係りの女性は、「9時台に発車する列車に合わせて、8時出発にしているんだから大丈夫。19分で到着するから」と自信満々。

以前乗車した時の記憶でも、移動時間はそれくらい。

心配なのは、駅に着いてからの安全検査や、構内の移動時間なんですが・・・・・・。

毎日同じ路線を通っている専門家が言うんです。

たぶん大丈夫!(笑)

 

豆乳を飲みながら待つこと暫し。

まだ少し席は空いていましたが、8時まで待つことなく、バスは7時55分に出発しました。

その後、長距離バスターミナル前で数名が乗車。☟

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途中乗車の乗客を考慮して、定員いっぱいになる前に出発したんですね。

この後も、数人乗車しました。

 

バスターミナルを過ぎると、すぐに牌楼が見えてきます。☟

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昨年12月は、ここを通る時にスマホで飛行機の座席指定を行っていて、気付いたら牌楼ははるか後方。

今回はしっかり目視して、心の中でお別れのご挨拶。

いつかきっとまた来るから、その時も健在で、一番に出迎えてね!(*^-^*)

 

バスは左折し、三危路から飛天大道に入りました。☟

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鳴沙山を背後に、バスは陽関大道へ。

 

道沿いに見える飛天のモニュメント。☟

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蔦が絡まり始めた葡萄棚。☟

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☟「敦煌旅遊集散中心」 

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☟大型野外劇、「又見敦煌」の上演場所。

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☟、「莫高窟デジタル展示センター」へ行く人は、ここでバスを降ります。

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☟、木々の向こうにチラッと見えた「莫高窟デジタル展示センター」。

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ここを過ぎたら、敦煌駅はもうすぐです。

 

8時12分、敦煌駅に到着。☟

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敦煌駅まで、17分。

列車出発の、ほぼ1時間前には到着できました。(*^-^*)

 

☟この時、敦煌駅の玄関前は工事中。

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敦煌駅】

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足元が悪く、大型トランクを引っ張ったり、持ち上げたりするのがちょっと大変でした。(^^;

 

入り口の安全検査、並ぶ必要なくあっという間に通過。☟

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安全検査が済むと、そこはもう待合室。☟

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☝、安全検査の方へ向かって、左手。☟

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右手には、マッサージチェアが並んでいました。☟

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安全検査場所の真向かいが、ホームへ出る改札口。☟

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「K369」と表示されていますネ。

 

もう一度、切符に登場してもらいました。☟

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通常、いくつか改札口があれば、右上に「检票(改札):〇〇」と改札口が表示されています。

でも、敦煌駅発の切符にはありません。

つまり、改札口はこの1箇所だけ。

安全検査を済ませてちょっと直進すれば、すぐ到着できます。

これなら、駅到着がもっと遅くても、余裕で間に合いそう。(笑)

 

待合室の窓から、ホームを撮影。☟

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停車している列車が、「K369」です。

改札口を出れば、すぐ列車に辿り着けます。

 

上の写真を見ると、今見えているホームの向こう側にももう一つホームがあります。

去年、トルファンからやって来た時は、そちらのホームに到着しました。☟

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☝は、去年のブログに使用した写真です。(*^-^*)

 

8時50分、改札スタート。☟ 

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この日の「K369」、敦煌からの乗客はそれほど多くありませんでした。

 

☟、向こうに見えているのは「硬座」車両。

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私は「硬臥」の4号車なので、写真手前に向けてちょっと歩かないといけません。

 

移動途中に写した列車のプレート。☟

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「K369」は西安が終点です。(^_^)v

 

☟、敦煌駅の駅名標と列車を一緒に。(^^)/

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やっと、4号車に到着。☟

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9時12分、列車はゆっくりと動き始め、見送っている駅員さんが後方へ消えて行きます。☟

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【砂嵐】

この日は、今回敦煌滞在中で一番激しい風が吹き荒れていました。☟

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車窓から見える防砂林が、斜めに傾いています。

 

敦煌空港も見えました。☟

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どの写真を見ても、空は白く濁っています。

 

線路沿線に広がる葡萄畑。☟

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緑の多い場所は、砂の舞い上がり方が多少マシ?

 

こちら☟の写真になると、視界がかなり悪いですよね。

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地表の植物が少なくなるにつれ、舞い上がる砂が多くなり、どんよりとした空になってきました。☟

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まるで日暮れ前のよう・・・・・・。

 

これ☟なんて、もしも外にいたら、目を開けられないレベルではないでしょうか?

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こんな砂嵐の中、敦煌を後にしました。

この後は、嘉峪関篇に続きます!\(^o^)/

 

以上、 2019年初夏 敦煌旅行記(その2)でした。(*^-^*)

































 

 

せいあん!特別編_2019年初夏 敦煌旅行記(その1):敦煌空港・敦煌夜市・雷音寺他

2019年6月30日 (日曜日)、明け方。

一時雨が続きましたが、また青空が戻って来た西安

28日(金曜日)の夕方は、昼過ぎまでの雨模様が嘘のよう。

☟、左が朝登校途中、右が下校時の様子です。

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ところが、夕方は・・・・・・。☟

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自分の部屋の窓から身を乗り出し、西北工業大学の方向(東)を撮影。

何とか、左右に写りこむ隣のマンションの壁や、自分のベランダの柵などを排除。

ど真ん中の西北工業大学が管理するテナントビルがなかったら、もっと見晴らしいいのにな~。(笑)

 

最近、校内の柿の木から、青い硬い実がたくさん落ちてきます。☟

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一度は、登校中、直撃を食らいそうになりました。

当たったら、かなり痛そう。(^^;

そんな青い柿の実を見ながら、「これが熟す頃、私はもうここにいないんだな~」と思い、ちょっとせつない今日この頃。(T_T)

 

 

💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛

 

 

6月9日(日曜日)から13日(木曜日)まで、敦煌と嘉峪関へ出かけて来ました。

またしても、敦煌

だって、好きなんです。(笑)

嘉峪関は、昨年夏の旅行で行く予定だったのを中止したので、今回はリベンジ。

その時の様子を、敦煌2回、嘉峪関1回の、計3回でご紹介したいと思います。(*^-^*)

それでは、スタート!\(^o^)/

 

目次 

 

敦煌空港】

2019年6月9日(日曜日)、もうすぐ敦煌へ到着です!!!(*^▽^*)

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今回、珍しく窓際席をとりました。

普段、私は通路側しか選びません。

降りる時素早く動けるし(中国化してます。(笑))、途中、お手洗いに立つ際、同列の人に気を使わなくてすむからです。

そんな私が、冬場ならいざ知らず、離着陸時にシェードを開けるとめちゃくちゃ暑い夏場に窓際席をとったのは、上空から莫高窟デジタル展示センターと敦煌駅を撮影するため。

前回、昨年12月に来た時は莫高窟デジタル展示センターを撮り損ねたので、「今度こそは!」と待ち構えていたんです。

ところが、「あれ・・・・・・?え???」と戸惑っている僅かの間に、敦煌空港に着陸してしまいました。(T_T)

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敦煌郊外に入るまで、眼下に見えていた景色は前回と同じだったのに、何故~~~?

フライトが違う時間帯だから???

敦煌に自分の足で着地する前、既に目標の一つが失敗に終わってしまいました。(^^;

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ボーディングブリッジを渡ってターミナルに移り、到着ロビーへと移動中、出発ロビーとはガラスで隔てられた通路から、乗って来た飛行機を撮影。

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低い山以外、視界を遮るものがなくて、気持ちい~~~い景色!!!\(^o^)/

敦煌空港はこじんまりしているので、あっという間に到着ロビーへ下りるエスカレーターまで到着。

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この後、下りてすぐお手洗いへ行って・・・・・・。

 

出て来てみたら、もうターンテーブルが回り始めていました!!!

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乗客が飛行機からボーディングブリッジに移動を始めてから5分ほどで、荷物が出てきました。

いつもながら、速いです。(*^-^*)

 

【市内地図】

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地図を必要とする箇所には再掲していますが、念のため、最初にも貼っておきます。(^_^)/


【東大橋(駅・空港行きバス)】

到着ロビーの出口に、今回も、市内行きリムジンバスへ勧誘する女性が立っていました。

市内まで、10元。

私は市内に入る前、敦煌駅に寄って、嘉峪関までの列車チケットを発券するつもりでした。

発券前にネット予約した便を変更したかったので、当日ではなく、事前に処理しておきたかったんです。

係り員の女性に尋ねると、駅で降りても10元とのこと。

たった数分で10元は、高すぎるでしょう???(笑)

空港前を走る陽関大道まで出さえすれば、市内と駅・空港を結ぶ路線バスが走っています。

それは冬場に確認済み。

この路線バスも、駅までだろうが、市内までだろうが、一律3元。

でも、10元より無駄遣い感が少ないではありませんか!(笑)

陽関大道までトランクを引っ張って移動しないといけませんが、目の前に見えている道までです。

この日は朝方雨が降ったとかで涼しく、陽関大道までの移動も、道べりでの待ち時間も苦にはなりませんでした。(*^-^*)

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この後、敦煌駅に寄ったのですが、この時は写真を撮っていません。

敦煌駅については、次回ご紹介します。(^_^)/

10元で「高い」とか言っていたくせに、列車チケット入手後は、駅からタクシーで移動しました。(笑)

運悪く、駅前に路線バスが停まっていなかったのと、たまたま客を下ろしたばかりのタクシーが一台、その場に居合わせたからです。

これは運命~。(笑)

敦煌駅から陽関大道を西へ→飛天大道との交差点を南へ→三危路で西へ曲がり、牌楼を潜って、「敦煌汽车站(敦煌長距離バスターミナル)」前、駅・空港行きバスが停車している東大橋を通って、文昌南路の「敦煌夜市」入口までで、25元でした。(笑)

 

これ☟は、2日目の6月10日(月曜日)に写した「東大橋」。

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この日は砂塵が舞い上がって、イマイチな天候でした。

 

橋の下の水路。☟

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冬場は水が流れていませんでしたが、水量、すっかり復活。(^^)/

 

 

敦煌夜市】

【ガイドマップ】

まずは、こちら☟をご覧ください!\(^o^)/

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今回、こんなガイドマップがあることに気付きました。

(※このガイドマップは「南」が上、ブログ冒頭の百度地図は「北」が上です。)

 

どこにあったかと言いますと・・・・・・。☟

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☝☟「秦州戸街」の北門両サイドです。

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前回の冬場ブログでは「『秦州戸街』北側入り口」と表記していました。

今回見つけたガイドマップには「北門」とあるので、これからは「北門」と書くことにします。(*^-^*)

 

それにしても、前回、こんなかわいい地図を見た記憶はありません。

そこで、自分で書いたブログを検索。(笑)

撮った写真は全てパソコン管理しているので、現地で調べることはできません。

でも、ブログなら見ることが可能。

運よく写っていれば、私が見落としていたのか、それとも以前はなかったのか、疑問を解消できるというものです!

 

結果は・・・・・・。☟ 

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ガイドマップはありました。

ただ、手書き風の可愛いタイプではありません。

そう言えば、去年夏のブログでこの地図を利用しようと思ったものの、なんだか味気なくて止めたのを思い出しました。 (^^;

 

去年夏バージョンでは、ブログには掲載していませんが、こんな地図がありました。☟

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紫外線対策のための重装備で、自撮りしたもの。(笑)

これだと地図がはっきり見えますネ。

ここは、今回も宿泊した「緑洲島酒店」から西へ真っ直ぐ進んだ場所。(百度地図④)

「秦州戸街」を横切ると始まる「蘭州巷」が「沙州南路」に出た所です。

この場所の案内も、今年はこんな風☟に。

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敦煌夜市」エリアの全ての案内が、かわいい手描きガイドマップに張り替えられていました。(*^-^*)

 

 【緑洲島酒店とその周辺】

もう一度、ガイドマップに登場してもらうと分かるのですが、宿泊先は黄色枠で囲んだ場所にあります。☟

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敦煌夜市」のほぼ中心。

シーズン中の宿泊には最適!

オフシーズンだとどうなるか?

それについては、よろしければこちら☟をご参照ください。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記1日目(12月15日 土曜日)真冬の鳴沙山・月牙泉(夕刻)他 - せいあん!

 

では、ホテルとその周辺に視線を向けてみたいと思います。

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この一帯、冬場は殺風景でしたが、6月中旬には既にライトアップが始まっていました。

ホテル前の通りのテントは、6月3日から6月25日まで開催されていた「2019丝路记忆・西北五省区非遗展演(2019シルクロードの記憶・西北五省無形文化遺産公演)」の一環として、各地の特産が夕方になると展示されていました。

 

すぐ側の「新月広場」の」ステージでは、無形文化遺産の上演もありました。☟

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舞台袖で出番を待っている人たち。

 

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私が到着した9日は端午節三連休の最終日。

そのためか、広場前の人出も多く、22時過ぎくらいまでにぎわっていました。

ちなみに、この時期の敦煌の日没は21時10分頃。

22時過ぎと言えば、やっと空が真っ暗になったばかりです。


緑洲島酒店の部屋の中は・・・・・・。☟

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まだオンシーズンが始まったばかりで空いていたおかげで、去年と同じ部屋に宿泊することができました。(*^-^*)


チェックインも終わり、敦煌博物館へ出かけるため、ホテルから「秦州戸街」の方へ移動しました。

百度地図だと、ホテルから左に向かいます。

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チェックインでホテルに入る時、既に目にしていましたが、この分だと楽しみにしていたフルーツ盛り合わせは買えそうにありません。☟

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ここからの写真は、6月11日(火曜日)の写真です。

緑洲島酒店とテントの間を西へ進むと・・・・・・。

 

青色の工事現場を囲む仕切りの内側では、せっせと作業が進められていました。☟

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工事現場三枚目は、「秦州戸街」側から撮影。(百度地図③)

青い仕切り板の向こうに見えている黄色い看板が、緑洲島酒店です。

去年7月初め、フルーツ盛り合わせを買ったお店は、ちょうど青い仕切りの板がある辺りにありました。☟

 

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去年の夏、緑色の看板「果然好甜」は横向きでよく見えませんね。

今年6月初めの時点では、何故か右側に移動させられています。

 

これ☟は、工事現場仕切り板に貼られた完成予想図。☟

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今頃は完成して、旅行客でにぎわってるんだろうな~。

 

 

【秦州戸街】

去年7月のブログでは、通りの名前が分からず「歩行者天国」とご紹介していた「秦州戸街」。

シーズン中の敦煌で、夕方から夜中まで、一番賑わうのはこの通りではないでしょうか?

6月初めはシーズンの始まりくらいなので、去年7月初めに見たほどの人出ではありませんでした。

でも、昨年12月の閑散とした様子も知っているので、活気、十分戻ってます!\(^o^)/

このブログがアップする頃には、最繁忙期に突入していると思います。

ここからは少し、「秦州戸街」の様子をご紹介したいと思います。\(^o^)/

 

では、北門からスタートします!!!(*^▽^*)☟

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北門を潜ると・・・・・・。☟

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22時半頃の様子です。(*^-^*)

 

ほぼ同じ場所の、20時半頃。

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まだまだ、明るい!

 

左右に並ぶドライフルーツの屋台。☟

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ここ☟は、左手に揚げ物売り場、右手に「無公害市場」があります。

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左手の揚げ物売り場。☟

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この奥に、名物料理が食べられる広場があります。

それは後ほど、ご紹介!(^_^)/

 

右手の「無公害市場」の入り口にある、果物屋さんの冷蔵庫。☟

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カットされた果物、色んな所で売られていました。

でも、この季節、冷蔵庫に入っていないものを買う勇気はなくて、ずっと眺めているだけ。

それが、宿泊先からこんな近くにありました!\(^o^)/

一ケース、10元。

その場でメロン1ケース食べ切り、更に買って、それも一気に完食!

この日は敦煌3日目で、鳴沙山から戻って来たばかりでした。

本来、通常以上に水分補給しないといけない所、途中のお手洗いなど考慮し、水分をあまり摂取していなかったので、喉がカラカラ。

喉だけでなく、全身水分不足だったようです。

メロン2ケース食べ終わって、ようやく満足しました。

その後しばらくして、ホテルへ戻る前にスイカ1ケースを購入。

これも食べ切りました。

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敦煌の果物、美味しいデス!!!(*^▽^*)

 

では、「秦州戸街」の散策を続けましょう!

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異なる日の、異なる時間帯の写真を、ほぼお店の並び順に並べているので、空の色合いがマチマチです。

この☝写真は6月9日(日曜日)の21時頃のもの。

夕日に照らされた雲が綺麗でした。(*^^*)

 

このまま、緑洲島酒店が見える工事中の広場辺りまで、数枚まとめてご覧ください。☟

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緑洲島酒店側の工事現場まで到着!(^^)/

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更に南へ、南門方面へ向かいますよ~~~!(*^-^*)

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この夏はぬいぐるみではなく、☝の写真で上段にいる駱駝の足下から吊り下げられている、小さな鈴付きラクダを購入しました。☟

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鈴の音を聞くと、鳴沙山を歩く駱駝たちを思い出して懐かしく、そしてちょっと寂しい気分になります。

 

いろんなお土産が売られていますが、どうしても駱駝に関するものに目を奪われてしまいます。(笑)

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食事エリアに到着しました。☟

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シーズン最繁忙期には程遠いですが、それでもお客さんが食事をしていて、賑わいは復活していました。☝☟

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この☝写真は、南門側から北へ向けて写したものです。

 

「秦州戸街」南門に到着!(*^-^*)

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門の足元にあるインフォメーションにも、新しいガイドマップが掲示されています。☟

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「西域路」(百度地図では「西域西路」)から撮影した、「秦州戸街」の南門。☟

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この賑やかな景色を見ることができて、幸せ~。(#^.^#)

 

ここで、昼間、「秦州戸街」北門の上から撮影した「秦州戸街」をご覧ください。☟

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6月10日(月曜日)の11時過ぎ。☝☟

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この日は砂塵が舞い上がっていて、背後の鳴沙山は見えませんでした。
 

この時間帯の「秦州戸街」は、人気がありません。

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☝☟、昼間、観光客は莫高窟や鳴沙山に出かけているか、暑さを避け屋内で休憩しているので、大半のお店は夕方から営業を開始します。

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以上、「秦州戸街」のご紹介でした。(*^-^*)

 

【名物料理広場・星光夜市】

下の門は、「秦州戸街」北門のすぐ側にある、食事エリアへの入り口です。(*^-^*)/

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入り口の上には「敦煌夜市」の額。☝☟

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それで、過去2回のブログではずっとこの奥の広場を「敦煌夜市」と呼んでいたのですが・・・・・・。

今回、ガイドマップを見ていると、今更ながら「文昌南路」・「陽関中路」・「沙州南路」・「西域路」で囲まれたエリア全体が「敦煌夜市」とされていることに気付きました。(^^;

ガイドマップでは、この広場は「名吃广场」と「星光夜市」と記載されています。

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「名吃广场」は「名物料理広場」と訳してみました。

「星光夜市」は、広場の屋根がない位置を指しているので、星空が見える夜市と言うことで、そのままの表記にしたいと思います。(笑)

 

こちら☟、門から入ってすぐの「星光夜市」。☟

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上の写真の奥側から、入り口側を撮影。☟

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昨年見かけたのですが、突然小雨が降ったりすると、店員さんたちが素早くパラソルを立ててくれます。

屋根がなくても安心です。(*^-^*)


こちらは「秦州戸街」から揚げ物売り場前の通路を入ってきたところ。☟

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昨年夏は、この並びの内の一軒で、「酿皮(ニャンピー)」を食べました。

今年は、昨年冬に見つけた飲食街へ出かけたので、この「名物料理広場」で「ニャンピー」は食べていません。

 

「名物料理広場」で食べたのは、過去2回も漏れなく通った「韓国快餐」の冷麺。

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今年はトッピングの牛肉を追加してみました。(^_^)/

昨年夏・冬とも食べたキムチチャーハンは、食べる機会がなくて残念。

 

ところで、このお店は「名物料理広場」南東の角にあります。

☟の「百度地図」だと、②の位置です。

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お店の裏手は「沙州市場」。

 

☟、中央奥に見えている灰色の屋根が「名物料理広場」。

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その下に見える建物の左半分が「韓国快餐」。

この写真の「游客服务中心(ツーリストサービスセンター)」の看板が掛かっている建物の後方を左に進むと、あっという間に緑洲島酒店に到着します。

いつも、「秦州戸街」に出てウロウロしてから「名物料理広場」に向かっていたので、ちょっと距離を感じていたのですが、実はご近所だったんですネ。(笑)

 

ここから視線を「文昌南路」へ向けると・・・・・・。☟

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「文昌南路」側から見ると、こんな感じです。☟

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緑洲島酒店から、この「沙州市場」を経由すると、「百度地図」の①にあるお気に入りの「煎餅果子店」も、とても近く感じます。(笑)

今回も二日目の朝、ここで「煎餅」を買いました。(*^-^*)

 


【③路線バス停留所中医院】

ここでは、緑洲島酒店から鳴沙山へ行く場合の、バス停までの最短経路をご紹介します!\(^o^)/

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上の写真の場所は、☟百度地図の③です。 

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緑洲島酒店から③までは、一直線。

  

そこから西(地図だと左)に延びているのは、緑色に塗った「蘭州巷」。☟

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この「蘭州巷」を「沙州南路」まで出た所④に、ガイドマップがあります。

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今回の旅行では、この路地を頻繁に通り、「沙州南路」を渡って、百度地図⑤にあるバス停に向かいました。☟

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赤矢印の先、黄色で囲んでいる場所に、バス停があります。

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緑洲島酒店から鳴沙山に行くには、③路線バスの停留所「中医院」から乗車するのが一番近いんです。(*^-^*)☟

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このバス停の路線案内も、昨年7月・12月から変わっていました。☟

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デザインが違うだけでなく、下半分には、車のレンタルと、路線バス内でも広告があったり、運転手さんが車内で待ち時間に乗客におススメしている「陽関・玉門関・雅丹地貌」への往復バスの案内がありました。

あくまでバス往復費用で「78元」。(別途、見学用チケット購入が必要)

集合場所は「敦煌賓館(北院)」。

「早朝8時半集合、20時頃市内へ帰着」と、「13時集合、23時市内帰着」の2コースがあるそうです。

 

 

敦煌博物館】

到着した日の6月9日(日曜日)、チェックインを済ませた後、閉館時間に間に合うよう急いで敦煌博物館へ出かけました。☟

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今回の目的の一つは、昨年夏に知り合ったMさん・Yさんに会うこと。

もう一つは、1階の土産物売り場手前にある「範燕燕敦煌芸術中心」のコーナーでした。

範燕燕先生の研究室が「大唐西市博物館」内にあって、そこでご本にに出くわし、敦煌博物館内のコーナーが改装されたと伺いました。

今年5月18日に開幕式も盛大に行われたと、Wechatの公式アカウントでも見ていたので、どんな様子なのか、見てみたかったんです。☟

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館内の展示物を一通り見て回って、螺旋階段を下りてくると、階下の様子を見下ろすことができます。

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昨年12月に見学した時は、せっかく高さのある空間が活かし切れていない感じでした。

今の内装デザイン、とてもステキです!(*^-^*)

「芸術中心(芸術センター)」なので、敦煌壁画をデザイン化した高級シルク芸術を見学するのが展示の趣旨。

購入することもできますが、見学だけでもOK!

これは、大唐西市博物館内にある展示室と同じです。

 

範燕燕先生の作品以外に、周囲にはタンカの展示もありました。☟

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公式アカウントの情報によると、「範燕燕敦煌芸術中心」では今後様々な展示を行うらしく、タンカはその第一弾だそうです。

博物館の見学の際には、時間があれば、こちらもぜひご覧ください。

高級なシルクの手触り、格別です!(^_^)/

 

最初に見て回った博物館の展示品で、一つ、気付いたことがありました。

昨年12月に、オリジナルだと確認した「清雍正八年鉄鐘」。

でも、何の囲いもなく、側に近寄って触ることも可能な状態で展示されていたのが気にかかっていたんです。

今回、その「鉄鐘」に囲いが施されていました!!!

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簡易なものですが、これでレプリカと同等の扱いではなくなりました!

良かったね~と、知り合いの待遇改善が実現したのを喜ぶ気分です。(笑)

 

小雁塔のブログを書いた時、展示されている石碑や拓本と、説明に記載されている年代に食い違いがあることに気付いて以来、妙に気になって・・・・・・。(笑)

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「鉄鐘」に年代を探してみました。

鐘の胴体にしっかり、「雍正八年?一日」とありました!!!

「?」とした部分は、「物」のようにも見えるし、左が「けものへん」にも見え、素人にはよく分かりません。(^^;

この背後に展示されたオリジナルの「石羊」は、相変わらず囲いナシでした。☟

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もしかすると屋外に設置されていたもので、風雨にさらされていた時よりも断然良い待遇にあるということ???(笑)

展示物については、よろしければこちら☟をご参照ください。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月8日(日)_ 敦煌4日目_敦煌博物館2日目(宋代~清代他)・白馬塔他 (2019/2/7追記) - せいあん!

ただ、やたらと長く、目次がないので、該当箇所を探すのが大変かも。

7月8日のブログの、およそ真ん中くらいの位置を目安にしてください。<(_ _)>

 

 

【雷音寺】

昨年、敦煌へは2回やって来ました。

その都度、鳴沙山へ行く途中で見かけていた「雷音寺」。

でも、入り口正面の写真は撮ったものの、中へは足を踏み入れたことがありませんでした。

今回は、ここを見学してみることにしました!(*^-^*)

 

「雷音寺」へ行くにも、③路線バスを利用します。

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記憶が確かなら、市内からだと、「雷音寺」の一つ手前の停留所で下車する場合から料金が2元になります。

 

「月牙泉」方向の路線バスを降りた周辺の様子。☟

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この日は6月10日(月曜日)。

何度も書いていますが、砂塵が舞い上がり、視界も空気もかなり悪い状態でした。

青空があれば、景色もきれいなのに・・・・・・。(T_T)

 

道を渡った後、鳴沙山の方を向くと・・・・・・。

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砂塵が舞う中、鳴沙山がうっすら見えました。

 

歩道では、清掃員の方が街路樹の水やり兼埃落しを実施中。☟

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見慣れている、「雷音寺」正面の「山門」。☟

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では、中に入ってみましょう!\(^o^)/

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門を振り返ると・・・・・・。☟

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少し進むと、「雷音寺」の概要がありました。☟

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真ん中の概要を拡大しますネ。☟

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参考に訳してみます。(^_^)/

【雷音寺概要】

敦煌雷音寺は、西晋時代に建造、「仙岩寺」と呼ばれ、西晋の偉大な書道家である索靖が扁額を記した。十六国前秦時代の正式名称は「莫高窟」だった。その後、隋末唐初には「崇教寺」と呼ばれ、元代には「皇慶寺」となり、清初に「雷音寺」と改名した。1700年余りにわたる歴史を有している。1986年、敦煌仏教界は僅かに残った遺跡を基にかつての雷音寺を再建。再建された山門・天王殿・大雄寶殿は堂々として質朴である。2007年、雷音寺の僧たちは莫高窟172窟「西方極楽世界」の壁画に基づき、雷音寺の拡張工事を始めた。寺院の敷地は180ムー(12万平方メートル)。参詣エリア・僧侶生活エリア・修行体験エリア等に分けられ、大光明殿・鐘鼓楼・接続回廊・南北配殿等の主要な殿堂はみな唐風建築で、質朴堂々・雄渾豪健とした風格の建築である。雷音寺は信仰・説法・修行・教育・仏教交流を一体化した多目的仏教文化サイトである。

こちら☟は、概要の左隣にあったガイドマップ。

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文字が小さく読めないと思いますが、山門後方の天王殿左右にある塔や、「敦煌雷音寺导览图」の文字がある辺りの建造物等はまだ建設されていません。

まだまだ拡張中です。

 

古い建築物は少ないのですが、規模がとても大きく、再建された建物も立派です。

とりあえず、見て行きましょう!

概要説明にも登場した「天王殿」です。☟

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☝の扁額「天王殿」は、前中国仏教協会副会長「茗山長老」の手によるものだそうです。

 

中には弥勒菩薩像が安置されています。☟

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左右には四天王像もありました。

 

「天王殿」の裏側。☟

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凛々しく立っている像は、韋駄天です。

☝の扁額「三洲感應」は、元中国書道家協会首席啓功氏の手によるものです。

 

「天王殿」後方の空間。☟

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正面に見えているのは「大雄寶殿」です。

向かって右には「南羅漢堂」、左には「北羅漢堂」があります。

 

「南羅漢堂」☟

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「北羅漢堂」☟

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「大雄寶殿」☟

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この階段を上って、「大雄寶殿」内を少し覗いた後、右側に回って「大光明殿」へと向かいました。

 

ちょうど「大雄寶殿」の右横から右手を見ると、「財神堂」を発見!

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御利益がありますように!!!と、高いところから拝みながら通過。(笑)

 

ここで、正面に見えた広々とした境内と立派な建物に、少なからずビックリしました!

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正面に見えているのが、「大光明殿」。

この「大雄寶殿」の裏手は「瞻礼台」と言うそうです。

境内の建築物を瞻仰したり、礼拝するのに最適な場所と紹介されていました。

「瞻礼(せんらい) 」とは、仏語で、仏祖 を仰ぎみて礼拝することだそうです。

 

右手の「瑠璃殿」。☟

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左手の「極楽殿」。☟

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青空バックに見たかった~~~!!!

でも、晴れていたら暑くて、この広い境内を歩き回る気力はなかったかも。(^^;

 

【関煞洞】

階段を下りると、こんなトンネルを発見しました。☟

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「関煞洞」と言うんだそうです。

日本語読みだと、「かんせつどう」?

説明があるので、参考に訳してみますね。(*^-^*)

「関煞洞」は敦煌地区独自の民間伝統建築。「関」は「開閉」、「煞」は「星」、即ち身近にいる悪神。話によれば「関煞洞」を三回潜り抜けると、災厄や病を払うことができ、神仏により平安が加護されると言われ、「鑽関」(この場合だと、「トンネルをくぐる?)」は次第に伝統的な民俗文化活動へと変化していった。「鑽関」の歴史は長く、莫高窟96窟には古代から残っている「関煞洞」が存在する。

階段に向かって左手。ここの横に、説明がありました。☟

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階段に向かって右手。☟

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実は、最初こちら側を見て、何の穴だろうと興味本位で入ってみました。

背の低い私でも腰をかがめないと進めません。

途中でもっと天井が低くなったらどうしようと不安になりながら進んで、無事外へ出ると、このトンネルの由来の説明があったというわけです。

そして、三回潜り抜ける必要があると知り、一度トンネルを引き返し、更にもう一度説明がある側へ戻って来ました。

その間、男女二人連れも中に入って行きましたが、1回で終わり。

厄払いで来てないよ~と教えてあげるべきか悩んでいる間に、二人は先へ行ってしまいました。(^^;

でも、私自身、ちょっと不安が・・・・・・。

同じ方向に進まないといけなかったんじゃないでしょうか???

反対に進むと、プラマイゼロで、カウントされない気が・・・・・・。

説明に、もう少し書いておいてほしかったデス。(笑)


では、境内にあった絵馬を見ながら先に進みます。\(^o^)/☟

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少し前「関煞洞」に入って行った二人です。☝

 

中国では「祈願牌」と言うんですね。(*^-^*)

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では、「大光明殿」に向かって右手の「瑠璃殿」へ向かいます!

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☟は、向かいの「極楽殿」から見た、「瑠璃殿」の全景。

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上の全景写真でいうと、「瑠璃殿」基壇左側から見た「大光明殿」・「回廊」・「鐘楼」・「大智殿」。☟

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「瑠璃殿」の正面まで戻って階段を下りて、対面の「極楽殿」に向かいます。

その途中で「大光明殿」を撮影。☟

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「極楽殿」に到着。☟

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向かいの「瑠璃殿」から見た、「極楽殿」の全景。☟

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全景写真の「極楽殿」基壇右側から見た「大行殿」・「鼓楼」・「回廊」・「大光明殿」。☟

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この後は、「大行殿」・「鼓楼」前を通って「回廊」へ向かいました。☟

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ごく最近建てられたものだと分かっていても、唐代風建築の連なりに心躍ります!!!

それに、建物全体に降り積もった砂のおかげで、見た目、色が新し過ぎず、いい感じに古めかしさが演出されています。(*^-^*)


階段を上がると、柱の連なりを見て、またうっとり。(笑)

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柱の下を「大光明殿」の中心あたりまで歩いたところで、「大雄寶殿」方向を撮影。☟

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少し外に出て、「大光明殿」を正面から。☟

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鐘楼方向へ移動。☟

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鐘楼の方へは行かず、「大光明殿」の壁に沿ってさらに奥へ。☟

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案内板では建設待ちとされていた「祖師堂」・「学戒堂」・「禅堂」などが並んでいました。

でも、奥の方はまだ工事中。☟

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この辺りの建物はかなり新しいハズなのに、砂塵が表面を覆っているおかげで、すごく歴史ある古い建物に見えます。(笑)

歴史あるものが見たい方には不向きかもしれませんが、鳴沙山へ出かける前、日が陰るのを待つ間、ちょこっと足を延ばすのにはいいかも知れません。(*^-^*)

以上、「雷音寺」でした。(*^▽^*)

 

【駱駝】

この日、この後は徒歩にて鳴沙山の「ツーリストセンター」まで行き、新しいチケット購入&入場方法があることを知りました。

詳細については、「2019年初夏 敦煌旅行記(その2)」でご紹介します!

じゃあなぜここで、わざわざ「ツーリストセンター」へ行ったと書いたのか?

それは・・・・・・。☟

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「ツーリストセンター」からバス乗り場へ向かう途中、偶然、退勤中の駱駝隊に出くわしたからデス!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

 

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「今日も一日お疲れ様~~~!!!」

 

ラクダを目撃して、テンションが一気にあがりました。(笑)

実は、この日に限らず、年齢のせいかかなり長期に亘って疲れ気味。

とにかく敦煌まではやって来たので、鳴沙山には入らなくてもいいかな・・・・・・くらい、弱気だったんです。

この日「ツーリストセンター」まで来たのも、「何か変わっていることがあるか、確認だけはしておこう」という感じ。

でも、ここで駱駝に出くわせたおかげで、考えが一変!!!

「明日、午前と夕方、2回来るぞ~~~!!!」

そう、今回は4日目午前中には嘉峪関へ移動。

そして、この日は2日目。

鳴沙山で、二度入場したければ、3日目に2回来るしかないのです。

と言うことで、次回は鳴沙山がメインになります。

またしばらく時間が空くと思いますが、アップできた際にはよろしくお願いいたします!\(^o^)/

追伸:

来週月・火と、留学生活最後の期末試験です。

今学期、旅行に出かけることも多く、あまり授業に出れていません。

明日(もう今日だ~~~)は、一夜漬けだ!!!(笑)

西安博物院:(その2)博物館_1階【臨時展】粗玉から玉器への道・【常設展】長安仏教彫像芸術陳列室、地下1階、2階

2019年6月24日(月曜日)、曇り。

最近の西安は雨がちで、今朝も小雨がぱらつき、昼間でも太陽は顔を見せず、最高気温24度と涼しいお天気です。

暑くないのは嬉しいのですが、青空がないのはちょっぴり寂し気がします。(笑)

 

☟は、昨日夕方撮影した、近所の公園の蓮の花。

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昨日は午後から薄曇り。
少し暑かったので、気温が下がり始めた夜7時前、たくさんの人が公園を訪れていました。

 

蓮の花を背景に、プロのカメラマンを引き連れて記念写真を撮っている女性のグループも見かけました。

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正に☝の景色をバックに撮影していたのは気付いたので、邪魔にならないよう木の陰から撮影していたら・・・・・・。

背後から、もう一人、同じグループの女性から「写真、撮っているので」と遠慮がちに声を掛けられ、慌てて退散。(笑)

 

 

 

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いつの間にか夏至も過ぎ、池には蓮の花も咲いて・・・・・・。

帰国する日が間近に迫って来ました。(T_T)

 

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
 

前回、西安博物院の「薦福寺・小雁塔」部分をご紹介してから、随分日が経ってしまいました。(^^;

その間、何をしていたかと言うと・・・・・・。

月初めには来客があったり、その後、甘粛省旅行に出かけたり、上海まで手続きに行ってきたりと、私にしてはかなりハードなスケジュールに挑戦していたんです。

かなり疲れた半月でしたが、でも、とっても楽しい思い出になりました!!!(*^^*)

そして現在は・・・・・・。

期末試験対応&帰国準備のため、なかなか落ち着いてブログに取り掛かれず、結構焦ってマス。

帰国したら、ゆっくり落ち着いてブログを書く時間、無くなると思うんです。

今の予定で既に時間が足りず、帰国後に回す運命のものもあるのですが、出来るだけ今の内にがんばるぞ~!!(*^-^*)

それでは、西安博物院、博物館のご案内、スタート!\(^o^)/

 

目次

 

 

【外観・ホール】

前回、南山門までやって来ました。

ここから、☟地図の赤矢印に従って、博物館へ向かいます。 

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南山門から少し西に歩くと、博物館の建物が見えてきました。☟

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☟、右へ曲がって進むと、博物館正面に到着。

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中に入る前に、博物館の平面図をご覧下さい。☟(*^-^*)

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博物館は地下1階、地上1階、2階の構成です。

先ずは、1階から見学しましょう!!!\(^o^)/

 

☟は、1階の平面図。

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先ほどご覧いただいた博物館の正面は、東側から見たものです。

 

入り口から入って左手には、東門ホールの「Visitor Center」。☟

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このカウンター右奥に、お手洗いや、給湯設備がありますヨ。(*^^*)

お手洗いの向かいには、常設展への入り口の一つがあります。

 

☟は、東門ホール右手にある土産物売り場。

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☝の写真で青い上着を着た方が立っている側に机があります。

ファントム画像を鑑賞するなら、ここでチケットを購入。

 

ファントム画像鑑賞に関する情報はこちら。☟

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鑑賞時間は14分30秒、鑑賞料金は15元。

「唐代の職人はどうやって塔を建てたのか?なぜ『雁塔』と名付けられたのか?古い塔は何度も地震を経験しながら倒れない『神合』の謎とは?」

大型歴史舞台劇をHolographic phantom imaging等の技術を用いて表現するそうです。

上映効果を保証するため、一度の上映で入場できるのは30人まで。

上映時間は午前9時から午後16時40分までです。

残念ながら、時間が無かったので私は見ていません。

見ていたら、中国語から英語に自動変換した技術「Holographic phantom imaging」がどんな技術か体験できたんですけど・・・・・・。(^^;

 

 

【臨時展覧室:粗玉から玉器への道】

それでは、中央のホールを突っ切って、先に正面にある臨時展覧室へ向かいましょう!\(^o^)/☟
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展覧期間は「2019年5月18日から」。

展覧終了日について、パンフレットには記載されていません。

この展覧は、「国際博物館の日」を祝うため、西安博物院と宝鶏青銅器博物館が共同で開催しているものです。

西安博物院と宝鶏青銅器博物館が秘蔵している玉器の中から157組を選び、「璞玉渾金(粗金と琢いていない玉)」・「琢玉成器(玉琢かざれば器を成さず)」・「美玉如斯(美玉とはかくのごとし)」の三コーナーにより、玉器の製作工程、琢かれていない玉から美しい玉への変化が説明されています。

 

では、入り口から左回りで見学、スタート!(^^)/

【第一コーナー:璞玉渾金(粗金と琢いていない玉)】

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今回から、序文等の参考訳は省略します。m(__)m

でも、関心を持った部分については、これまで通り翻訳に挑戦しています。

参考としてご覧くださいネ。(*^^*)

 

序文パネルの前に、「世界主要玉鉱分布図」がありました。☟

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その中で、日本の上にも青数字④があります。

青色の数字が示しているのは、輝石の主要埋蔵地点。

④は「新潟県」です。

 

このコーナーの展示品をご覧ください。(^_^)/

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このコーナーは原石がテーマだと思うのですが、いきなりとても綺麗な展示品が並んでいました。

 

そのいくつかをアップにしますね。☟(*^-^*)

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左:瑪瑙耳填/漢代/駅から出土代/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:瑠璃墜(pendant)/清代/刑事警察隊から移譲/宝鶏青銅器博物院収蔵

「耳填」をGoogleで翻訳すると「耳の詰め物」。

「耳栓」と言うことでしょうか?

説明カード上の該当部分の英語は「ear」です。

撮影した画面を見て、綺麗に写っているように見えたのですが、薄暗い上に私の目がかなりピンボケなため、実際にはピントが合っていないものがしばしばアリ。

申し訳ありません。<(_ _)>

 

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トルコ石string ornament:

春秋/トルコ石/1992年5月、宝鶏益門堡出土/宝鶏市考古研究所収蔵

 

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左:八棱瑪瑙勒/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:瑪瑙人物飾帽花/明代/張宝琴からの寄付/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

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左:玉鐲/清代/刑事警察隊から移譲/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:瑠璃鐲/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

この玉と瑠璃の腕輪の実物、とても綺麗でした!(*^-^*)

 

次の壁には、材料の紹介がありました。☟

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それ以外は、またまた完成品。☟

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蚕形玉璜:

西周/1980年宝鶏宝鶏(弓魚)国墓地竹園溝十三号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

「(弓魚)」 は、「弓偏」の右に「魚」で構成される1文字です。

百度百科で検索すると、中国語の発音は「yu」、声調の表記は見つけられませんでした。

西周早期の国で、史書に記載がないだけでなく、字典でもこの文字を見つけることができない」との記述もあり。

 

【第二コーナー:琢玉成器(玉琢かざれば器を成さず)】

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ここからは、製造工程の説明を交えながら、加工された可愛い展示物が並んでいました。

☟の左壁に掛けてある、薄い水色の布に、製造工程が印刷されています。☟

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「玉材は、その性質・色・形状等の特徴を全面的に考慮し、その玉材にふさわしい形状を選んで加工を施すことにより初めて、玉材を最大限に生かすことができ、最大の効果を得ることができる」と、ガラスケース内のパネルに説明がありました。

 

☟は、上の写真手前のガラスケースに展示されていた「玉魚」の一つです。

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玉魚:

西周/1974年宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

この「玉魚」、大きさが魚と似通った材料から作られているそうです。

こんなかわいい小魚たちが、他にもたくさん展示されていました。☟

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ここ☟では、 余材利用について触れられています。

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「古代の職人は玉材の節約利用を非常に重視しており、大型玉器の加工後に発生する端材や欠陥品も、形の異なる小さな玉器に加工された」とあります。

 

ここで、水色の布に印刷された、色んな形状の玉の製作工程をご紹介します!\(^o^)/☟

【玉の製作工程:玉鳥】

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1.形を作り、選擇した玉材に基づき、鳥の基本的な形を決め、アウトラインを決める。

2.打稿(?):Googleで翻訳すると「製図」となりました。

3.鳥の各部位の特徴をより詳細にし、「細陰線」を磨いて「寛陰線」にし、磨いて艶出しをする。

※「細陰線」を磨いて「寛陰線」にし:「細い下書きラインを太くし(?)」のような意味でしょうか???

 

このような加工が行われた玉器がこちらです。☟

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真ん中の玉器の資料しか写していなかったようです。(^^;

玉鳥:西周/1974年宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

【玉の製作工程:玉牛】

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1.形を作り、選擇した玉材に基づき、牛の基本的な形を決め、アウトラインを決める。

2.牛の四肢及び角・口元を作る。

3.その他の部位の特徴を具体化し、また「細陰線」で筋肉・目等の細部の輪郭をとり、磨いて艶出しをする。

 

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☝左は、元写真でもピンボケではっきり読みとれません。m(__)m

それでも、3つとも西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵」なのは、何とか確認できました。

 

 【玉の製作工程:柄形器】

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1.選擇した玉材に基づき、柄形器の基本形状を決める。

2.加工し扉棱(周囲に突出した線状の装飾)を作る。

3.図案を加工し、磨いて艶出しをする。

 

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小さくて見辛いですが、この3点も上と同じ、西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵」です。

次に、加工の際に使用された道具をご紹介します!(^^)/

【砣具(玉を琢く工具)】

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砣具は機能が最も多く、最も普遍的に使用されていた玉を琢く工具。玉材の切削・図案の彫刻・玉器表面の研磨及び透かし彫りに用いられた。砣具は円盤状の工具。縁が薄い刃或いは平な状態で、器物の表面に中間部分が幅広く、両端が尖って浅い凹状の痕を残す。

上の左側の図は、砣具での切削イメージ図。

右側は、材料切断時にできた弧状の切削痕。

 

その下に「『ぼんやり』玉職人!」というタイトルがあります。

ある玉職人が砣具を用い外から内側に向けて玉の切れ目を切断する際、ぼんやりしていて手が震え、切れ目の対面に中間部分が幅広く、両端が尖って浅い切り傷痕を残してしまった。この結果、玉の見た目の価値は大きく値下がりしてしまったが、我々はこのぼんやり玉職人のミスのおかげで、玉の制作工程を見ることができる。

この職人さん、当時は親方にひどく叱られたことでしょう。

給料カットも、あったかも?

でも、遥か未来では、感謝されてますよ~~~!(^^)/

 

☟もおなじく、 砣具作業工程での典型的な痕跡が残っているものです。

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この玉魚の片面には、中間部分が幅広く深く、両端が尖って浅い「陰線」があります。

西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵」です。

 

【片具】

☟は、「片具」という工具を使用した際についてしまった切り傷。

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☟はパネル写真の実物です。

幅が均一な切込みが入っています。

「片具」の切断痕跡「真っ直ぐ平らで、薄く鋭利」という特徴に完全に一致する。

とパネルに書かれています。

 

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玉锛(手斧):

西周/ 1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵


【「成形対開」と「対開成形」】 

☟、古い玉が破損したり、気に入らない形の場合、玉をこよなく愛した古代人は、それらを再加工したそうです。

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その方法が「成形対開」と「対開成形」という加工方法。

「成形対開」は、玉材に器物の輪郭を加工後、それを二つに割って、大きさ・形状が同じ二つ玉器にする方法。

「対開成形」は、先に玉材をいくつかに割り分けた後、それぞれに造型加工する方法です。

「成形対開」で加工された玉器は、重ねると造型が完全に一致しますが、「対開成形」で加工された玉器は、重ねると造型に多少の差異があることが分かります。

どちらの工法でも、玉器に「釘線打稿(?)」の痕が残っている。

と説明があります。

「釘線打稿」・・・・・・、加工する時につく線とか傷のことでしょうか???

パネルの下に並んでいるのが、これらの工法で加工された玉器です。

個別に撮影していなかったので、アップでお見せできません。<(_ _)>

 

【管具】

次は可愛い鹿が登場!\(^o^)/☟

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右端の鹿を拡大します。☟

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片雕回首玉鹿:

西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

この見返り鹿、まるで型抜きクッキーみたい、美味しそう。(笑)

展示用の台が、鹿の形に成形されているのも可愛いデス!

 

この可愛い鹿がどのように加工されたか、説明があったので簡単にご紹介します!(*^-^*)

使用された道具は「管具」と言うそうです。☟

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金属や竹・木等の材質で作られ、主に穴あけや「去料(不要な部分を取り除く?)」に用いられる。穴あけ方法には、「単向」と「対鑽」の二種類がある。「単向」での穴あけの場合、内径には一端が大きく、一端が小さいという特徴がある。また、「単向」での穴あけでは穴の芯の部分の材料は敲き落されるので、一端が小さい方の縁はあまり滑らかに整わず、穴の内側には明らかなバリができる。「対鑽」での穴あけの場合、両端の縁は比較的滑らかだが、突合せ接続の位置が正確でないため、穴壁がズレるという階段現象が起きる。その他、「管具」での穴あけ過程ではズレ現象が起こり、円状の加工痕が残る。
訳してみたものの、非常~に自信がありません。(T_T)

説明の下に描かれたイメージ図を見て、脳内補正しながら読んでくださいね。(^^;

 

美しい鹿の角、管具で穴あけ!

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注意深いあなたは、きっと鹿の二本の角に螺旋状の回転痕があることに気付いたに違いありません。 この痕跡は玉職人が管具を用いて鹿の角に穴をあけ磨いた時にできたもので、穴あけ・研磨の際、管具に位置ずれが起こり、一筋一筋の回転痕が残ったのです。

せっかく鹿のアップを写していたのに、角度が悪い上、ピントも合っておらず、角を拡大しても回転痕は見えませんでした。(T_T)

 

鹿に関連する最後のトピックは、「興味深い漢字ーー麗!」

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一頭の鹿の頭上に、一対の綺麗な角が生えているのを見た我々の祖先は、非常に美しい(「美麗」)と感じ、そこから「麗」という漢字ができました。 「麗」は形声文字

(※最後の「从鹿,丽声」は、「鹿偏、読みは丽『lì』 」でよいのか悩んでいます。)

  

【第三コーナー:美玉如斯(美玉とはかくのごとし)】

f:id:shanshanduohuizi:20190623003700j:plainこのコーナーでは、職人によって精緻に琢かれ、美しく変身した玉器が紹介されています。

 

【礼玉】

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中国は礼儀の国であり、玉は礼を表すために必要不可欠な物だが、その役どころは時代によって異なる。太古の時代、玉の役目は主に天地の神・宗教に仕えることであり、特殊な意義を持っていた。そのため、玉礼器はみなひたすら大きく美しかった。商周時代になると、玉は祭壇を下り、統治階級の人間に仕えるようになり、その社会的属性はより多くが身分地位の象徴となった。秦漢以降、玉は貴族専属ではなくなり、次第に平民化・世俗化へ向かっていった。

 

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玉は「霊能力を有する」物と美しさの象徴として、祭祀活動において非常に重要な地位を占めていた。主に璧・琮・圭・璋・璜・琥の六種類の玉器があり、古人は「六器」または「六瑞」と呼んでいた。≪周礼・春官・大宗伯≫には、「玉にて六器を作り、天地四方に礼をなす。蒼璧にて天に礼をなし、黄琮にて地に礼をなし、青圭にて東方に礼をなし、赤璋にて南方に礼をなし、白琥にて西方に礼をなし、玄璜にて北方に礼をなす。」と記載されている。古人は玉器の色と造型をそれぞれ結び付け、かつ陰陽五行説を組み合わせることで、天地四方を祭る六種の礼器を生み出した。

昔、四神が出てくるような漫画をよく読んでいたので、このパネルに目が釘付けになりました。(笑)

 

その他、このコーナーに展示されていた玉をご紹介します。☟

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左:透雕荷花白鵝玉飾/明代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵
右:玉帯釦/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

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左:透雕石榴玉飾/明代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:玉如意/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

他にも、以下のような展示がありました。☟

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これら以外にもたくさんありましたヨ。(*^-^*)

以上、「臨時展、粗玉から玉器への道」でした。

 

 

【常設展】長安仏教彫像芸術陳列室

ここからは、仏像が展示されている常設展を簡単に見て行きたいと思います。(^_^)/

かなり広いスペースに、さまざまな時代の仏像が並んでいます。

私は臨時展覧室の南側(レイアウト図下側)の扉から常設展に入りました。☟

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【常設展:西側半分】

☟は、臨時展から側から入って来た周辺の様子です。

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反時計回りに、壁伝いに見て歩きました。☟

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真ん中の仏像は、「鉄仏像/唐代/1994年、西安市太白北路省水文局出土」と紹介してありました。

太白北路は徒歩で到着できる範囲。

比較的近い場所で出土している文物を見かけ、ちょっと興奮!(#^.^#)

 

進行方向を望むと、壁際に一列、ホール中央に二列、見えていない左壁際にも一列、それぞれ展示されています。☟

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☝は、善業泥像/唐代/1985年、西安市雁塔区唐大慈恩寺遺跡大雁塔付近から出土

 

☟は、説明を写していませんでした。(^^;

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薄暗い中、ライトで浮かび上がる様子が幽玄。

こういう展示の仕方、趣きがあってステキです。

 

☟、中央に陳列された二体の「天王像」

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どちらも、唐代/1965年、西安市蓮湖区建新村出。 

 

上の写真で、天王像の後方に見えていた「四神石棺」。☟

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☝は、「四神石棺」の名称と、「唐代」としか情報が記載されていません。

 

上の二体の像の左に、ガラス越しに見えていた仏頭。☟

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こちら☟も、情報ナシですみません。<(_ _)>

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この二体☟は、なんとか説明が読み取れました。

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左:菩薩像/隋代(情報、これだけです)

右:菩薩残躯/唐代/1984年、西安市碑林区の工場から出土(工場名、読み取れませんでした。(^^;)

 

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左:観音像/隋代/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土

右:菩薩像/隋代/1974年、西安市未央区崗家寨出土

 

見学してきた方を振り返ると・・・・・・。☟

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 ホールの大きさ、感じられるでしょうか?

 

ここからは、今見て来た側の反対側の、壁際と中央の展示です。☟

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壁際には、主に宋・元・明・清時代のものが展示されていました。

 

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☟は、どちらも「羅漢像」

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左:宋代/1983年、西安市城内西大街中段出土

右:宋代/1987年、西安市城内第八中学校内西側出土

 

中央陳列棚の手前部分には、北魏や隋唐の文物が並んでいます。☟

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左:鎏金仏像/北魏/1972年、西安市蓮湖区市建三公司出土

右:太和七年仏板/北魏太和七年(紀元483年)/1980年、西安市蓮湖区出土

 

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☝の右から2番目をアップにします。☟

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仏板:北魏/1972年、西安市碑林区市第三建築公司出土

とても細かい!

小さな仏像一体一体の顔に、ちゃんと目鼻口が描かれています。

 

「仏板」の左隣☟は、「大業元年魏天得造仏像」

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隋代大業元年(紀元605年)/1978年、西安市灞橋区出土

台座の脚に刻まれている文字、見えるでしょうか?

 

更に左に展示されているものの、いくつかをご紹介。☟

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左:鎏金仏像/唐代/1980年、西安市碑林区西北一印出土

中央:鎏金菩薩像/唐代/1985年、西安市未央区隋唐感業寺遺跡出土

右:鎏金観音像/唐代/1974年、西安市新城区出土

 

これら小さな像の左に、大きな像が並んでいました。☟

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記録に残っていたのは、「左端が清代、その他は明代」ということだけです。(^^;

 

【常設展:東側半分】

ここで、一階フロアのレイアウト図を再確認しましょう!☟

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臨時展覧室と接する入り口から入って来て、今やっと、真ん中辺りで幅が狭くなっている場所付近に到着しました。

 

記憶が確かなら、この通路状の展示スペースの壁際に展示されていた一体。☟

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菩薩像/隋代/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土


この通路のようになっている辺りから、進行方向を撮影したもの。☟ 

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足元の矢印を見ると、見学ルートは「お手洗い前の入り口」から入って、右端からスタートするのが正解???(笑)

個人的には、左側から見始めても、特に不便は感じませんでした。

 

こちら☟、上の写真で左壁際に見えている展示物です。

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詳細を撮影していないので、姿だけご堪能ください。(^^;

 

上の写真の向かい側、柱の壁面に沿って展示されている仏像。☟

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この仏像は、北魏/小雁塔所蔵」とありました。

 

☟、中央、ガラスケース内に展示されている「貼金彩絵観音像(Gilded Color-pained Statue of Goddess Guanyin)/北周

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スマホを持って立っている男性の側に陳列されているのが、☝左の観音像です。

照明の色合いの関係で、全体に黄色っぽく、装身具の金が目立ちませんね。(^^;

 

壁際に展示されてる文物を代表して、☟の2点を。(^^)/

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左:一仏二弟子龕式塑像/北周/1975年4月、西安市未央区草灘出土

右:一仏二菩薩龕式塑像/北周/1975年4月、西安市未央区草灘出土

 

レイアウト図で、お手洗い側の入り口から入って左手の展示物。☟

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左:四面塑像碑/北魏/1971年、西安市未央区出土

右:亭閣式塑像塔/北魏/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土

 

ここから☟は、常設展のレイアウト図右端のスペースに入ります。(*^-^*)

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右側の壁際に並んでいた龕式塑像。☟

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上の写真の左側のアップが、☟左です。

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左:一仏二菩薩龕式塑像/北周/1975年4月、西安市未央区草灘出土

右:菩薩像/北魏/1974年、西安市未央区張家堡出土

 

 

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左:菩薩像/西魏1984年5月、西安市未央区六村堡公社(郷)中官亭出土

右:一仏二弟子塑像碑/西魏/1978年、西安市建国路二十六中学校内西南部出土

 

このスペースの一番奥にあった「楼閣式塑像塔/北魏/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土」。☟

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右側の写真、てっぺんがほんの少し切れてしまいました。(^^;

 

左側壁際の展示物。☟

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左端の展示物を、☟左で拡大します。

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左:景明四年杜供仁造釈迦仏像碑/北魏/1972年、西安市未央区出土

右:仏像/北周西安市未央区漢長安城故城(北周都城)遺跡出土

 

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左:始光五年背屏式弥勒菩薩塑像/北魏始光五年(紀元428年)/1974年、西安市雁塔区三爻村出土

右:正始元年清信女母子造一仏二菩薩像/北魏/1976年、西安市雁塔区冉家庄出土

この他、まだまだたくさん展示されていました。

仏像に興味がある方には、楽しい博物館かも?(*^-^*)

以上、「長安仏教彫像芸術陳列室」のご案内でした。

 

 

【地下1階】

この後は、ちょっと地下の様子を見に行ってみましょう!\(^o^)/

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☝、矢印の先が東門ホールです。

 

地下に下りるには、上の写真のほぼ正面に見えている階段を下ります。☟

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ちなみに、上の写真で写っていない手前にも、階段、ありますヨ。(*^-^*)


階段を下りていくと、地下ホールの中央には唐代長安城の巨大な模型があります。

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階段を下り切って、模型南側から撮影。☟

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模型の後ろにあった模型。☟

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何と言うことでしょう!(゚Д゚;)

この模型の建物の説明を写していませんでした!m(__)m

 

足元にはこんなものも。☟

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以上、地下の様子でした。(*^-^*)

 

 

【2階:書画・玉器】

続いて、急ぎ足で2階へ向かいます!(^^)/☟

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【書画】 

初めに、書画コーナーをチラッとのぞきましょう!

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こんな感じで、書画が展示されていました。☟

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時間も押してきていたことと、今のところあまり関心がなく、ここは素通りしてしまいました。(^^;


【玉器】 

書画コーナーの反対側には、2つの区画に分かれていました。

一つはセミナー等を行う部屋。

もう一つが「玉器展示室」です。(*^-^*)☟

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入り口には、中国古代玉器の吉祥紋様と寓意についての紹介パネルがありました。☟

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入り口横、展示フロアが始まる位置の中央に配置されてい「高足杯」。☟

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高足杯/秦/1976年、西安市未央区車劉村阿房宮遺跡出土

この杯、始皇帝所縁の宮殿遺跡から出土したんですね。

そう知ると、特別な目で見てしまいます。

何だか分からないけど、すごい~~~!!!(笑)

 

左右壁際の展示風景。☟

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仏像に時間をかけたので、閉館時間が迫っていいて、大雑把な写真が多くなっていました。(^^;

 

【「玉握」の一種:玉豚】

そんな中、数少ないアップ写真。☟

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左:玉豚/漢/1987年、西安市雁塔区???墓地出土

中央:玉豚/漢/1987年、西安市蓮湖区紅廟坡漢墓出土

玉豚は「玉握」の一種で、死者の手に載せる玉器である。豚は農業経済発展の象徴であり、生活の安定と豊かさを代表する動物である。玉豚を「玉握」とすることは、一に財産を象徴し、二に死者に対し食品を提供することを示している。

右:玉蝉/漢/1995年、西安市が収集

 

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左:玉魚/西周/1978年、西安市長安区豊鎬遺跡西周墓地出土

右:玉眼帯/漢/西安市が収集

先ほど、秦代の高足杯に興奮していましたが、1階の展示を含めここでご紹介しただけでも、「西周」という秦よりかなり古い時代の玉が結構あります。

西周は、紀元前11世紀から、紀元前771まで。

今、上の写真の魚を見て、遅ればせながら猛烈に感動しています。(笑)

 

他の見学者も、こぞって写真を撮っていた「玉豚」。☟

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玉豚:漢/1987年、西安市雁塔区山門口街道辦漢墓出土

かなり大きく、コロンとしていて愛らしい外見の玉豚ちゃんです。

思わず「ちゃん」付けしたくなる、親しみやすい存在でした。(*^-^*)

 

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上の写真の左手の方に展示されていた可愛らしい鳥たち。☟

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玉鴻雁/宋/1971年、西安市雁塔区何家村出土

 

☟、鷲と龍の凛々しい顔!!! 

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左:玉鷹首/唐/1979年、西安市未央区唐大明宮遺跡出土

右:玉龍首/唐/1980年、西安市雁塔区曲江池唐芙蓉園遺跡出土

 

☟に展示されているのは、主に帯飾り。

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☟パネルでは、玉帯の構造や性質が紹介されています。

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このコーナーでラストです。☟

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警備員さんに、もうすぐ「閉館時間だから急ぐように」と急かされながら撮影。(笑)

 

☟は、上の写真の左端部分。

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玉製の昆虫や鹿・龍などが、虫眼鏡で拡大されています。

 

☟、装飾品。

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ここで、時間切れ~~~。

閉館のアナウンスを聞きながら、急いで外へ出ました。

 

 

東門ホールから外へ出て、ふと周囲を見渡すと、小雁塔の姿が!☟

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手前の木々に大半が遮られ、身長は背後のマンションと同じくらい。

すっかり都会の景色に埋もれてしまっていますが、その姿を目にするとなんだかとっても嬉しい!(*^-^*)

 

見学1日目は、来た道を逆に、小雁塔の側を通って博物院北門から外に出ました。

2日目は違うルートで帰ろうと思い、博物館の北側に回り込んで、博物院西門へ。

その時撮影した、博物館の北側正面。☟

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西門外から見た、博物館の様子。☟

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以上、西安博物院内にある博物館のご紹介でした。

ラストまでお付き合いいただき、ありがとうございました。(*^▽^*)

西安博物院:(その1)薦福寺・小雁塔

2019年6月8日(土曜日)、晴れ。

中国は現在、端午節の連休中です。

端午節と言えば、中国では粽子(ちまき)や緑豆糕を食べます。

☟は、中国人の友人が作った緑豆糕。

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この内の一箱と、緑豆糕(緑豆味と抹茶味)の上に並んでいるわらび餅みたいな食感のお菓子(ココナッツ味と抹茶味)をもらって大感激!

抹茶は京都旅行の際に買って来たものだそうで、風味は格別!

 

西北工業大学でも、今年は緑豆糕を自作するイベントがありました。☟

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この緑豆糕には胡桃や棗餡等が入っています。

回民街で売っているのは、このタイプが主流です。☟

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友達手作りの粽子ももらいました。☟

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冷凍したので、ちょっと表面が白くなってます。(^^;

 

これら食べ物以外に、数日前、授業で「香包」というものを身に付ける風習がると習いました。 ☟

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☝は、西北工業大学西門側で、手作りの「香包」を自転車にぶら下げて販売している様子です。

恥ずかしながら、私は今年初めて「香包」を知りました。

それを聞いた先生、生徒みんなに「香包」を買って来てくださいました。☟ 

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縫い目が目立ちますが、こちら側の方が「福」の字が多いので、写真にはこの面を採用。(笑)

中にヨモギの葉を詰めて、縫い合わせてあります。

ヨモギの匂いには、虫よけ効果があるからだそうです。

武漢にいた頃、マンションの管理会社がすごく丈の長いヨモギを準備し住民にくばrち、住民はそれを入り口の扉にぶら下げていました。

その理由も、虫よけでしたっけ。

既に蚊が飛んでいるのを見かけたので、効果があるといいなぁ~。(*^-^*)

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

では、今回の本題に入ります!\(^o^)/ 

2019年5月29日(水曜日)・30日(木曜日)の午後、西北工業大学と同じ友誼西

路にある小雁塔の見学に出かけて来ました。(*^-^*)

29日、出発する頃から雨が降り始め、西安博物院のチケット受領所前に到着した時には雨脚もかなり強くなっていました。

30日は、薄曇り。

この二日の写真をミックスして写真レイアウトを行ったので、雨模様と薄曇りの景色が入り混じっています。(^^;

 

それでは、西安博物院に入りましょう!\(^o^)/

目次

【チケット売り場】

小雁塔は、薦福寺境内に建立された塔です。

西安博物院は、小雁塔・薦福寺境内・博物館で構成されています。

 

【北門のチケット受領窓口】

バスを降りて少し歩くと、西安博物院の入り口の一つ「北門」に到着しました!☟ 

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西安博物院の目玉は、何と言っても小雁塔。

小雁塔は中国・カザフスタンキルギスの三か国が共同で世界遺産に申請。

2014年に「シルクロード長安ー天山回廊の交易路網」の一部として、世界遺産に登録されています。

なので、入り口の扁額も、道路沿いに設置された石碑も、「小雁塔」と大きく書かれています。☝☟

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この友誼西路にある北門と、朱雀路中段にある西門(博物館側)に、身分証明書やパスポートを提示して、チケットを交換する窓口があります。

こちら☟は、北門の窓口。

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【西門チケットセンター】

ここから少し、西門周辺の様子をご紹介しますね。☟

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☝は、6月6日、この記事を書き始めてから、必要を感じたので再度出かけ、撮影して来ました。

近くに住んでいるって、便利です。(笑)

上の写真の一番左に、背の低い建物の白い屋根が見えると思います。

あれが、チケットセンター(票务中心)です。

 

少し開いている伸縮ゲートの間を通って、中に入りました。

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正面に見える像。☟

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二つ目のシャッターの上に手を上げて撮影。

中に入ったみたいでしょう?(笑)

 

写真の女性のように、手前にある入り口を横目に見ながら前を素通りして・・・・・・。☟

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博物院西門前の敷地の北の端まで行き、身分証明書(パスワード)を提示してチケットを入手します。☟

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同じ方を写していたとは、写真を撮った時には気付いていませんでした。(笑)

偶然ではありましたが、この女性のご協力に感謝します!(*^▽^*)

上の写真の女性が写っている辺りから、入り口を振り返ると・・・・・・。☟

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ちょっと距離がありますよね?

この位置関係が逆なら、まっすぐ進むだけなのでさほど面倒には感じないのですが、引き返すというのが、煩わしい~?(笑)

後は、入り口で手荷物検査を受けて敷地内に入るだけです。

 

では、北門へ戻ります!(^_^)/

こちら☟は、入手したチケット。

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注意事項:

通常、中国の博物館は月曜日が休館日です。

でも、西安博物院は火曜日が休館日!ご注意ください。(*^-^*)

 

【北門入場口周辺】

それでは、「小雁塔」と書かれた扁額の下を通って☟、中に入りましょう!(^_^)/ 

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この先をまっすぐ行くと伸縮ゲートに遮られ、中には入れません。

左寄りに進みます。

 

左手にお手洗いがあります。☟

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境内にはお手洗いが見当たりません。

ところどころ見かける案内板の矢印は、この手荷物検査兼チケットチェックゲート側のお手洗いを指していました。

博物館まで行けばあるのですが、そこまでは少し時間がかかります。

入場時にどうしようかな~と思われたなら、迷わずここをご利用ください。(*^-^*)

☝は29日、雨の日の午後。

☟は30日、晴れの午後。
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団体観光客は晴雨に関わらずやって来ましたが、個人観光客の人数は大きく異なりました。

 

遠い遠い昔、2000年7月。

西安から河北省秦皇島へ転校する前にやって来た時は、まだ博物館はなく、晴れた昼間でも境内はし~んと静まり返っていました。

その時は、私以外、誰もいなかったんです。(笑)

後で紹介する展示物や土産物売り場もなし。

静かで心地いいと感じると同時に、私のかすかな足音でさえ静寂を破っているような居心地の悪さも感じたり。

写真だけ撮って、素早く境内を後にしましたっけ。(笑)

現在は博物院として整備され、世界遺産にも登録されて、昔とは注目のされ方が違いますね。

 

【観光案内】

ゲートを通って中に入り右へ少し進むと、西安博物院内の観光案内板がありました。☟

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日本語の案内も右下にあったので、拡大しておきます。☟

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ここで紹介されている博物館に展示されている文物は、(その2)でご紹介する予定です。(*^-^*)

 

【観光ルート】

こちら☟は、観光ルートの案内です。

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私はこの地図の矢印通りに見学したのですが、建物の扁額や、石碑の下にいる亀(?)の向きからすると、逆行感を感じずにはいられませんでした。

案外、西門から入って先に博物館を見学し、南山門から北へ向かって移動するのもいいかも知れません。

でも、小雁塔を早く見ようとすると、こういう見学ルートになるのかも?

 

ちなみに、☟両石碑の下に、亀はいません。☟

 

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向かって左は、清代に建てtられた「重修薦福寺碑記」碑。

右は明代末期に建てられた「重修薦福寺地蔵王殿」碑。

 

【小雁塔】

この石碑の間を通り、「白衣閣」の下を通って、小雁塔へ。☟

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左、小雁塔、北側。

右、北西から。

 

北西側、真下近くから見上げた屋根。☟

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☟左は、真西から。
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☝右は、南側、西斜め下から。

オレンジの花は、西安市の花、ザクロです。

 

南側には、小雁塔の下左右に石碑、更に小雁塔の説明もありました。☟

 

 

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あまり大きさが変わりませんが、一応、石碑のアップを。☟(^^;

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左は「薦福寺起源」碑。

右は「補修薦福寺宝塔記」碑。

 

これから入る「蔵経殿」の階段を上がったところから撮影。☟

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晴れの日と、雨の日の雰囲気の違いをどうぞ。(*^^*)

階段の前に設置されている看板には、「塔内点検修理中につき、一時開放中止」とあります。

  

【蔵経殿】 

蔵経殿の中の様子です。☟ 

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展示順だと、この蔵経殿は北側から入るのが正しいのでしょうか?

 

正面に「薦福寺・小雁塔歴史展」の序文があり、右回りで年代が新しくなっていきます。

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この部分、参考に訳してみます。(*^^*)

唐代は中国史上の黄金期であり、その首都である長安は、当時、世界で最も雄大な規模を誇る都市だった。紀元8世紀に創建された薦福寺は、長安城内の著名な皇室ゆかりの寺院であり、小雁塔はその薦福寺の仏塔である。

千年の変遷を経て、昔日、繁栄をみせていた唐代の薦福寺は戦乱により荒廃してしまったが、小雁塔は破壊を免れ千三百年余りに亘って巍然と聳え立ち、現在まで姿を留める唐長安城の代表的な建築物となり、その名声は天下に伝え広まった。

今日、唐代に建築された小雁塔と明清代に建築された薦福寺の古い建築群は、その両方により完全な歴史文化遺産を構成し、古都西安の千年に亘る発展の証人となっている。

 

では、右側から簡単に見ていきましょう!

【1.唐代薦福寺小雁塔(紀元618~907年)】

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(参考訳)

唐代、仏教は大いに栄え、薦福寺の仏事も非常に繁栄し、国内外の高僧が雲集していた。薦福寺は国家三大仏典翻訳機関の一つであり、首府の皇帝一族や貴族・風雅な文人・民間の庶民が崇敬するカルチャーセンターであった。

 

以下のようなパネルと文物が展示されています。

最初のコーナー。☟

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【寺額「勅賜薦福寺」】

上の写真、死角になって見えていない右側の壁のパネル。☟

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参考に訳してみます。(^_^)/

武則天が与えた寺の名称が、後世でも代々踏襲された。現存する寺院の南山門上にある「勅賜薦福寺」の寺額は、明の正統年間(紀元1436~1449年)に英宗皇帝の手によるものである。

左の人物像は唐の中宗、右側は武則天です。

武則天の画像の下に書かれた説明も参考に訳してみますネ。(*^^*)

薦福寺は唐の文明元年(684年)に創建。当時、政権を掌握していた皇太后武則天は逝去した夫・唐高宗李治の追善のため、開化坊にある三男李顕の英王府旧宅を寺とした。寺の最初の名は献福寺。天授元年(紀元690年)、女性皇帝となった武則天は献福寺を薦福寺と改名し、自ら飛白体の寺額「勅賜薦福寺」を書いた。

 

☟、右壁下部:唐代薦福寺境内の様子。

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☟、中央のパネルと、その下に置かれた線刻石門枠。

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線刻石門枠:唐代(紀元618年~907年)薦福寺旧蔵

 

左側壁の パネル「漢唐都城図」の唐城部分の模写。☟

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赤枠で囲んである部分が、唐代長安城内の薦福寺と小雁塔の位置です。

 

【義浄】

隣のコーナーに移動します 。(*^^*)/

ここでは「義浄」について説明されています。☟

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☝写真の左上、赤線で示されているのが義浄の渡航ルートです。

『紀元672年に広州を出発、インドへ渡り、25年の歳月を経て30余国を遊歴。694年に帰国。持ち帰った梵語の経・律・論経典はおよそ400部』

と説明があります。

※地図の下には「694年回国」と記載、人物像下の紹介では、「695年回到洛阳」と記載。

 

上の写真右上、義浄の概要部分をアップにしました。☟

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参考として訳してみます。(*^-^*)

【義浄 (紀元635~713年)】

俗姓は張、字は子明、斉州(現在の山東済南)の人。七歳の時、故郷で出家し僧となった。紀元671年、海路にてインドへ取経に赴き、695年に洛陽へ戻った際には、武則天が自ら洛陽の上東門外で出迎えた。706年、唐の中宗が義浄を薦福寺へ迎え入れ、仏典翻訳機関の主催を任せた。寺に滞在した七年間で、経・律・論の仏教経典合計31部、106巻を翻訳した。玄奘に次いで、経典翻訳における功績が最も大きい人物である。713年、義浄は薦福寺にて入寂長安の延興門の東、陳張村に葬られた。

以下☟は、参考にさせてもらったWikipedia百度百科のURLです。

義浄 - Wikipedia

大薦福寺 - Wikipedia

义净_百度百科

 

こちら☟は、上のパネルの右側面にあった「唐代長安著名寺院一覧表」。

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ピンクで囲っているのは、日本に関わり合いがある部分です。

参考に、簡単に訳してみますね。(^^)/

一つ目は「青龍寺」で、空海の名前があります。

二つ目は「西明寺」。奈良にある大安寺は、この寺を模して建設されたとあります。

三つ目は「宝慶寺」。「現在は塔が一基残っているだけだが、元宝慶寺から出土した20余の仏像は日本に収蔵され、東京博物館の重要な収蔵品となっている」と記載。

 

「唐代長安著名寺院一覧表」と向い合せの位置にあったパネル。☟

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このパネルでも、「日本」という文字を発見!

下段の3人の僧侶は、日本神護寺が収蔵している金剛智・不空・善無畏の画像だそうです。

 

上のパネルの向かって左隣には、拓本と線刻画があります。☟\(^o^)/

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拓本の一番上は、「小雁塔南門楣飛天供養線刻」(唐代)。

拓本左側は、「上都薦福寺臨壇大戒徳律師之碑」(唐・大暦六年・紀元771年)。

碑は陝西省涇陽県太壺寺内に現存。

拓本右側は、「大薦福寺重修塔記」碑。(北宋・政和六年・紀元1116年)薦福寺所蔵。

 

足元の線刻画☟は、「小雁塔北門楣」(唐代礼仏伎楽線刻画)

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拓本と線刻画の左隣にあった「唐代薦福寺主要滞在高僧一覧表」。☟

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ここでは、日本の僧・円仁の名を見つけました。(*^^*)

 

 

ここから、時代が変わります。

【2.宋ー清代薦福寺小雁塔】 (紀元960~1911年)

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参考として訳します。(^_^)/

唐末以降、度重なる戦乱により薦福寺は次第に廃墟と化していったが、小雁塔は依然として聳え立っていた。明清の時代、唐代薦福寺の塔院基礎の上に薦福寺を重修した。その規模はかつての様子を再現、文化を伝承して今日に至る。

 

上述の「宋ー清代」説明パネルの側面には、☟のようなパネルがありました。

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☝のパネルと向かいあったパネル☟。

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上二つのパネル間に展示された、明代(紀元1368~1644年)の「太少双獅石刻」。

1998年、薦福寺塔院から出土。

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この左手が、蔵経殿南側出入口です。

 

南側出入口の正面には、☟の拓本がありました。

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「重修薦福寺碑記・薦福殿堂図・薦福地糧記」碑(拓本)

清・康熙三十一年(紀元1692年) 薦福寺旧蔵

  

【鐘楼・武挙題名碑拓本】

南側出入口に向かって左手に展示されているパネルの数々です。☟

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上段で紹介されているのは、境内にある鐘楼です。

都合よく紹介文があるので、ここで参考に訳してみます。

鐘楼の写真は、境内の見学ルートの順番が回って来た時にご紹介します。(^_^)/

鐘楼内には、金代明昌三年(紀元1192年)鋳造の鉄鍾が現存している。この鐘はかつて陝西の武功崇教禅院にあったが、清の康熙年間(紀元1662~1722年)に薦福寺に移管された。寺僧は毎日朝夕規則正しく鐘を打つが、その鐘の音が遠くまで鳴り響き、人々を夢から目覚めさせたことから、次第に明清時代の著名な「漢中八景」の一つ、「雁塔晨鐘」の名勝古跡となった。

左側の鐘が、現在は鐘楼内に保管されている「金代明昌三年(紀元1192年)鋳造の鉄鍾」の写真だそうです。

 

上のパネルの下段、縦長の写真は、清乾隆四十五年(紀元1780年)「庚子陝甘武闈雁塔題名碑記」の拓本です。

明清の時代、西安府で武科郷試に合格した挙人が、小雁塔の下で石に名を刻んだという唐代の人の習俗を真似ることが、当時の流行となっていた。現在でも当時の武挙題名碑が15基保存されている。(注:参考訳)

 

☟は、説明を見ると、1986年薦福寺出土の、清・乾隆四十六年(紀元1781年)「庚子陝甘武闈雁塔題名」碑となっています。

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でも、パネルの写真も「庚子陝甘武闈雁塔題名碑記」なら、紀元1780年も紀元1781年も「庚子」になってしまいます。

 

そこで、じっくりパネルの写真と出土した碑を眺めていたら・・・・・・。

パネルの拓本には、「皇清」の下に、「癸酉科題名記」の六文字が!

更に、左端には、「乾隆拾捌年拾壹月吉日立(紀元1753年11月吉日建立)」の文字もアリ。☟

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Wikipedia及び百度百科によれば、「乾隆拾捌年(紀元1753年)」の干支は、「癸酉」で間違いありません。

と言うことは、このパネルの拓本の説明は、間違い?(^^;

 

更に、出土品の説明にある「乾隆四十六年(紀元1781年)」の干支は、Wikipedia及び百度百科では「辛丑」となっています。

石碑の左端にも、「乾隆辛丑三月」という文字が見て取れます。☟

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この石碑が作られたのが「辛丑」なら、説明にある「庚子」とは一年のズレあり。(^^;

ここまで見てきて、ブログをどうまとめればいいんだろう???と混乱です。(T_T)

『もしかすると、「実物及び写真」と「説明内容」が一致していないかもしれません。』

と問題提起して、ここは通り過ぎたいと思います。m(__)m

 

☟の一番上文字部分:(参考訳)

明代後期以来、西安地区はしばしば地震に見舞われた。地震は小雁塔の頂部を崩し、塔身には亀裂が入ったが、その隙間は「開いたり閉じたりした」。このことから、小雁塔の亀裂は地震により奇跡的にふさがった(神合)との伝説が生まれた。写真は、明の嘉靖三十年(紀元1551年)、官職を辞し帰省していた王鶴が、途中薦福寺に滞在した際、小雁塔北門楣に残した「雁塔神合」地震題記。

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☝のパネル、下2枚の写真は、清末に、日本人「足立喜六」氏が陝西高等学堂で教鞭をとっていた際、撮影したものです。

2枚目には、小雁塔と大雁塔が写っています。

当時は、この二つの塔が一望できるほど、視界を遮る建造物が何も存在していなかたんですね~。

 

次のパネルです。☟

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ここで注目したのが、小雁塔に残る砲弾の痕です。(☝右、真ん中)

1926年4月~11月にかけて、劉鎮華は十万の「鎮崇軍」を率い、直系軍閥の呉佩孚の支持の下、陝西国民軍に攻勢をかけ、8ヵ月に及び西安を包囲攻撃した。楊虎城・李虎臣は各軍の英雄をまとめて抵抗した。見晴らしのきく要害の建物である小雁塔は、城南の主戦場で戦火の破壊に見舞われ、塔には多くの弾痕が残された。(参考訳)

 

もう一つが、下真ん中にある地図です。☟

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民国二十二年(紀元1933年)の、西安市区地形図に描かれた薦福寺小雁塔。

 

こちら☟は、小雁塔修復の様子。

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最後、北側入り口側の売店横に、世界遺産登録に関するパネル。☟

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これで、蔵経殿内を一周し終えました。(*^-^*)

 

【大雄宝殿】

大雄宝殿の北側入り口から、蔵経殿と小雁塔を撮影。

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蔵経殿と大雄宝殿の間の空間は、記念写真にもってこいのようで、人の姿が途切れることがありませんでした。(^o^)

大雄宝殿に入ります!\(^o^)/☟

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この「シルクロードの明珠 小雁塔」のパネルは、大雄宝殿南側出入口に設置されています。

序文があるのですが、内容は蔵経殿の展示物の説明と重なるので、訳さず先へ進みます。(*^-^*)

 

序文パネルから左側の様子。☟

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唐や明清の時代に関する展示です。

 

序文パネルから右側の様子。☟

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右側の壁に沿って、義浄に関する展示が続きます。

 

中央には、名称と時代しか情報がない展示物が陳列されています。

4つの内の2つです。☟

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薦福寺から出土したものなのか尋ねたのですが、回答は「分からない」でした。

それも仕方ありません。

大雄宝殿内にいたのは、観光ルート案内のデスクに座っていた女性お二人のみ。

お二人は専門家ではないのです。(^^;

 

この大雄宝殿と、先ほどご紹介した蔵経殿。

展示内容が被る所が多くあります。

そこで、新たな情報を中心にご紹介していきたいと思います。(*^-^*)

 

【密檐式の傑作 経典の翻訳機関ーー小雁塔の価値】
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参考として、訳してみます。(*^-^*)

仏塔の起源は古代インドの墓塔で、紀元前3世紀中葉に出現した、最も古い仏教建築形式の一つである。小雁塔は密檐磚塔という建築形式であり、インドの仏塔が早期に中国長安地区に伝来した貴重な例証であり、東西文化の交流と融合を凝縮して体現している。小雁塔が建っている薦福寺は唐代の勅令により建造された皇室の寺院であり、国立の仏典翻訳機関「翻経院」を備え、長安における三大仏典翻訳機関の一つである。ここは宗教遺跡として、仏教がインドから東伝した歴史の証人であり、「シルクロード」文化交流の例証である。

蔵経殿のパネルの訳では固有名詞が登場せず、「仏典翻訳機関」と訳していた機関名

ここで「翻経院」だと説明がありました。(^_^)/

 

☟左部分は、塔の建築様式を紹介していました。

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柱の右側のパネル。☟

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仏塔に関する紹介と、「国立翻訳機関」に関しての説明コーナー。

 

【国立翻訳機関】

以下☟、「国立翻訳機関」についてです。

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薦福寺は中国の仏典翻訳史上著名な「長安三大翻訳機関」の一つである(残り二つは、慈恩寺・興善寺のもの)。唐の中宗・睿宗・玄宗の開元期、国家が直接管理する文化機構「翻経院」は薦福寺に設置され、義浄・金剛智・法蔵等の仏典を翻訳する東西の僧侶がここで経典を訳し仏法を伝授した。仏教発展の過程において経典を伝播した重要な寺院である。(参考訳です。(*^-^*))

 

☟は、蔵経殿の説明と同様です。

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☟左、神龍二年(706年)薦福寺義浄翻経院人員構成表。

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☝右、薦福寺義浄翻経院翻訳仏典一覧表。

 

【高僧雲集】

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参考に訳してみます。(*^-^*)

盛唐の薦福寺は、皇室寺院として雄大壮麗で繁栄し、多くの「シルクロード」沿線の東方・西方の僧侶及び学者を引き付け、ここに来て仏法の教授・仏典翻訳或いは求法を行わせ、また、仏教伝播の過程において宗派義塾が交流するための重要な寺院であった。

 

☟のパネルは、ここまでで名前が登場した「法蔵・金剛智・円仁」と「実叉難陀」の4名の紹介です。

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「遺産の保護・文化の伝承」ということで、1957年に西安市文物管理委員会が小雁塔に設置されたことなどが紹介されています。☟

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☟、義浄による「大唐西域求法高僧伝」などが展示されています。

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右隣りには、寺と塔の修繕、保護管理の状況がまとめられていました。☟

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こちら☟も、保護管理に関するパネルです。

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各種行事が行われた様子も紹介されていてます。

その中には、2008年北京オリンピックの聖火が西安にやって来た際、式典が小雁塔で行われた様子もあります。

 

以上、序文が書かれた「シルクロードの明珠 小雁塔」のパネルから見て右側のご紹介でした。(*^-^*)

 

続きまして、序文が書かれた「シルクロードの明珠 小雁塔」のパネルから見て左側を見て行きます。☟

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寺と塔のレイアウトや、歴史の変遷に関するパネルがあります。

 

上の壁の右手に、唐代の手形のついたレンガ(小雁塔修繕時に保管されたもの)や、十一面観音頭像等が展示されています。☟

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その☝隣の壁。☟

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左上:小雁塔と薦福寺が長安城内のどの位置にあたるかを示した地図。

左下:宋代政和六年(紀元1116年)、小雁塔を修繕した際の「大薦福寺重修塔記」碑

右側は、蔵経殿で紹介されていた内容とほぼ同じ。

薦福寺がもとは中宗皇帝李顕の旧宅であったことや、唐中宗の時代に義浄浄が翻経院で仏典翻訳を行ったこと、唐中宗が薦福寺を何度も巡幸したことなどが、その出典と共に紹介されています。

 

【 武挙題名碑拓本】

☟、右の薦福寺の図面は、蔵経殿でも見かけました。

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真ん中のパネルにご注目。(^_^)/

武挙題名碑、またしても登場!

明清の時代、陝西地方の郷試に合格した武挙人が、唐代の進士が慈恩寺塔(大雁塔)下で名を記したことを真似し、薦福寺小雁塔の下で石に名を刻んだことから、「雁塔武挙題名」という習慣が形成された。(参考訳です)

この碑は、「明万暦四十六年(紀元1618年)の『明武科題名記』碑」と紹介されています。

そして、拓本のタイトル部分、たぶん「明武科題名記」であっています。☟

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「たぶん」というのは、何となく漢字の形が似ているから。(笑)

その他、碑文の文字の中に、「萬暦四十六年戌午」を発見しました!\(^o^)/

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気分がいい~~~デス。

 

☟、左は「漢中八景」の説明(鐘楼の鐘について)。

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☝、真ん中上は、明嘉靖三十年(紀元1551年)小雁塔北門楣「王鶴題記」。

かまぼこ型の黒い拓本の一部は、蔵経殿の説明にも登場しています。

☝、真ん中下左は、清康煕二十九年(紀元1690年)「補修薦福寺宝塔碑記」碑の写真です。

これは、小雁塔南側階段の右側にある石碑のことです。

☝、真ん中右は、民国時代の小雁塔と薦福寺大殿。

 

そして、上の写真一番右は、1964年、修繕前の小雁塔塔身の亀裂を写したもの。

これだけ、アップにしました。☟

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参考として、訳しておきます。(^^)/

1962年、小雁塔を実測した際、 「塔の基座幅は狭く、僅か20平方メートル(?)しかなかった。地震による亀裂は南北それぞれに一本、頂上から二層までを貫通していた。これに伴い各層の穴の上にあるアーチは破損し、また部分的に陥没していた。ひさしの角は風雨に浸食され、崩れていた。(清代以来、)塔頂は存在していない。

 

こんな状態で、よくぞ塔身が真っ二つに 裂けて崩れてしまわなかったものです。

「神合」、すごい!!!

 

以上で大雄宝殿のご紹介を終わります。

それでは、外に出ましょう!\(^o^)/

 

☟は、大雄宝殿の南側。

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扁額が掛かり、狛犬が門の両脇を守り、その側に大雄宝殿の説明文もあります。

 

【樹齢1300年の木々と石碑の亀】

ここから南側を眺めると、樹齢1300年と紹介されている木々に囲まれて、石碑が4つ並んでいます。

その向こうに、慈氏閣のアーチも見えます。☟

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では、前進!(*^-^*)

石碑も一基ずつ写しているのですが、あまり興味がなかったので、足元の亀(神獣?)の横顔をごらんください。四体ともそれぞれ個性がありますよ。(*^▽^*)

大雄宝殿の方(北)に向かって、右の亀から。☟

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一番右の亀は、顔が柵にくっついてしまって、すごく窮屈そうでした。

 

こちら☟は、樹齢1300年の古木ーー槐。

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☝の槐、☟のように石碑の前に枝を伸ばしています。

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こちら☟も同じく、樹齢1300年の槐。

f:id:shanshanduohuizi:20190531200500j:plainどの古木も、枝が折れたりしないよう、支えが施されています。

 

【慈氏閣と鐘楼・鼓楼】

古木の間を抜けて、慈氏閣とその側にある鐘楼へ、Go!\(^o^)/

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慈氏閣は、側面にある階段を利用して、上に上がることができます。

慈氏閣の上からの景色は後からご紹介するとして、鐘楼側にある鐘撞きコーナーへ行ってみましょう。(*^▽^*)

 

【鐘楼の鐘】 

鐘を釣る枠が金色の布で巻かれていて、眩い~~~。☟

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右端で男性が覗き込んでいるのは、目いっぱいまで水が入った鉢です。

中の水は、鐘の周囲に巡らされている水路とつながっています。

参観者が鐘を突くたび、その衝撃で鉢の中央から水が溢れ出していました。

 

この鐘、無料では突けません。(笑)

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雁塔の早朝の鐘は有名な「漢中八景」の一つ。

鐘を鳴らして幸福を祈り、厄払いをすることで、あなたに幸運をもたらすことができます。

平安健康を祈り、悩み事を取り除くことで、幸せと聡明さを得ることができます。

三度突けば、智慧が付き、一歩一歩上昇、

六度突けば、平安幸運を得、万事が望みように進み、

九度突けば、吉兆が長く続き、無事息災。

お代は、お一人様3回に付き、5元です。(だいたい、こんな感じの意味です)

と看板にあるので、9回突くなら、15元かかります。(笑)

 

【慈氏閣】

この鐘のすぐ側に「慈氏閣」。☟

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軒下に「勅賜薦福寺」と書かれた木製の扁額が見えます。

これは明の正統十四年(紀元1449年)のもの。

「慈氏」とはインド古代梵語で「弥勒」を意味するそうです。☟

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この慈氏閣、階段があるので上に上がってみました。☟

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階段の途中から撮影した、鐘を突く観光客の皆さん。

 

歩いて来た、樹齢1300年の木々に囲まれた道。☟

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【鐘楼】

慈氏閣から下りて、今度は鐘楼を撮影。☟

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観光客が鳴らしている鐘とは別に、鐘楼の軒下に鐘が見えています。

実は、見学していた時は、この軒下の鐘には気付きませんでした。(^^;

蔵経殿でご紹介した内容は、「鐘楼内には、金代明昌三年(紀元1192年)鋳造の鉄鍾が現存している」というもの。

貴重な800年以上前の鉄鐘を軒下に、しかも囲いすらなく放置するなんてことはあり得ないと思うので、本物は建物の中ですよね?

 

少し南へ歩いた後、慈氏閣を振り返ってみると、古木に遮られて扁額は見えず。(笑)☟

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基部アーチの向こうに、大雄宝殿の赤い壁が見えていました。

 

【鼓楼】

ここから、鼓楼の方へ向かいました。☟

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鐘楼の側には、有料で鐘を突くサービスがあり、鐘の音も賑やかでしたし、観光客の楽しげな声も響いていて、活気あり。

でも、鼓楼の周囲は寂しそう。

概要にも建築構造と、仏寺の習俗として朝は鐘、夜は太鼓をたたいたとしかなく、昔の太鼓が保管されているようでもなさそうです。

 

☟、この左右二つの石碑の間を通り過ぎれば、後は南山門が待つばかり!\(^o^)/

 

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と気が緩んだせいでしょうか?

この二つの石碑は、石碑を背負っている亀も、概要説明も、石碑本体も、何もアップ写真を撮っていませんでした。(^^;

蔵経殿や大雄宝殿のパネルで見かけた石碑の写真で、見覚えの無いものがあったのですが・・・・・・。

この二つのどちらかだったのかも。(T_T)

 

【南山門】

【北側】

こちら☟が、(その1)のラストを飾る「南山門」。

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青い瓦屋根がキレイなので、屋根のアップを!(*^-^*)☟

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ところで、蔵経殿で勉強した南山門の寺額は、

現存する寺院の南山門上にある「勅賜薦福寺」の寺額は、明の正統年間(紀元1436~1449年)に英宗皇帝の手によるものである。 

というものでした。

あれ?字が違う???

 

概要説明を見ると・・・・・・。☟

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南山門北側の扁額は明代の「最勝法門」。

「勅賜薦福寺」の寺額は、南側。

ブログ用の写真を整理している時このことに気付いたので、敷地外側からでないと見ることができない南側へ、出掛けて来ました。

その時、西安博物院の西門の写真も撮影。

中に入らないで済んだので、気軽に出かけられたのです。

前述の石碑のように中に入らないと見られないものは、帰国までにもう一度来るチャンスがあるかどうか・・・・・・。(T_T)

でも、またまた、今気付きました。(^^;

寺額の「勅賜薦福寺」が作られた年代が違う~~~!!!

ここでは、「門額の南側には、明正徳六年(紀元1514年)に作られた『勅賜薦福寺』石刻の寺名扁額がはめ込まれている」となっています。

しかも、Wikipediaでも、百度百科でも、明正徳六年は「紀元1511年」。

どうして???(T_T)(T_T)(T_T)

 

【南側】 

☟気を取り直して、南山門の南側を見に行きましょう!(^_^)/

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南山門の南側の道は「薦福寺路」。

道幅の狭いこの通りは、不要になった段ボールや電化製品などを回収する場と化し、それらを積載したトラックが並んでいて、重量を計量する計器などもありました。

 

その横を通って奥へ進んで行くと、「小雁塔」と書かれた石碑が登場。☟

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「勅賜薦福寺」、ありました!!!\(^o^)/

南山門の南側全体を撮りたかったのですが、違法駐車の警告が貼り付けられた車が邪魔で、ムリ。☟

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仕方ないので、まず車の陰になって見えない狛犬を、スマホを持つ手を柵の隙間から差し入れて撮影。☟

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それから、寺額と青い瓦を撮影。☟

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年代の矛盾をどう考えたらいいのか困ったままですが、現状はこうなっているということで、終わりにしたいと思います。(^^;

 

博物館の展示品については、少し間が開くと思いますが、またゆっくりアップしていきたいと思います。(*^-^*)

それでは、今回はこのへんで~。

 

 

西北工業大学主催:「一帯一路」文化遺産国際合作聯盟設立大会及び第一回学術シンポジウム+「520」って何?

2019年5月22日(水曜日)、快晴☀。

昨日、今日、西安の空は真っ青!

とってもいいお天気です。\(^o^)/

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☝、左は登校時、右は昼の下校時の青空。

 

☟校内の木々は、強い日差しを浴びてキラキラ輝いています!(*^-^*)

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夕方17時半でも、34度と暑いですが、湿度10%のおかげで、北向きで日が差し込まない私の部屋は暑くありません。(^^)v

長袖を着ていてもへっちゃら。(笑)

こんな気持ちいいお天気が長続きしますように!!!(*^▽^*)

 

目次

 

 

【520】

今回は出だしに、今週月曜日にWeChatでよく目にした「520」という3ケタの数字について、ご紹介したいと思います。(*^^*)

今週月曜が5月20日だったので、「520」というのは私にも理解できるんです。

でも、この「520」って、いったい何を意味するのでしょう?

気になったので「百度百科」で検索してみました。☟

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毎年5月20日と21日は、「网络情人节(ネットワーク・バレンタインデー)」なんだそうです。

ネット上の日⇔中辞書でも検索できました。

この記念日は、歌手範暁萱の≪数字恋愛≫の歌詞で「520」が「我愛你」に例えられたこと、ミュージシャン呉玉龍のネットワークソングでの「我愛你」と「网络情人」の深い関係に由来する。その後、「521」も次第に恋人たちから「願う・愛している」の意味を与えられた。「ネットワーク・バレンタインデー」は「結婚吉日」・「告白デー」・「甘えデー」・「求愛節」とも呼ばれる。

「520(521)1314」は「我爱你(我愿意)一生一世」となり、「一生涯あなたを愛する(一生涯一緒にいたい)」という意味になり、この記念日での典型的な数字語録なんだそうです。

ネット上の若者用語。

私、全然知りませんでした。(^^;

中国では、2月14日のバレンタインデー以外に、陰暦7月7日の七夕は以前から「中国のバレンタインデー」と言われています。

中国では、一年に何回もバレンタインデーがやってくるようです。(笑)

 

 

【「一帯一路」文化遺産国際合作聯盟設立大会及び第一回学術シンポジウム】 

では、本題に入ります!\(^o^)/

先々週末の5月11日・12日(土・日曜日)、西北工業大学主催で『「一帯一路」文化遺産国際合作聯盟設立大会及び第一回学術シンポジウム』が開催されました。

事前に「初日11日の午前中に行われる設立大会と学術シンポジウムに、留学生も参加可能」と、学校から通知あり。

理系の西北工業大学と「文化遺産」の関係に興味が湧いて、私も参加を申し込みました。

 

当日、学校手配のマイクロバスに乗って、会場であるシャングリラホテルへ。 

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玄関を入って正面、2階へ上がる階段があり、その横に受け付けの案内がありました。

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会場入り口に設置された看板。

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入り口手前、受付けの様子。

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私たちは来賓ではないので、参加者名簿に記載された自分の名前の横に、サインして終わり。(笑)

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会場内には、各種メディアも入っていました。

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国際シンポジウムなので、同時通訳が準備されていました。

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用意されていたのは、中国語・英語・ロシア語の3チャンネルです。

 

【設立大会】 

西北工業大学学長のご挨拶。

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陝西省教育庁の副庁長のご挨拶もありました。

 

続いて、聯盟メンバー組織のカザフスタン国家博物館館長のご挨拶。
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この時、初めて同時通訳のためのイヤホンを使用。

中国語で話されている時は、イヤホンをスマホの収音部分に引っ付けて、録音に利用しました。(*^-^*)

 

そして、西北工業大学副学長とアゼルバイジャン国家歴史博物館副館長による、「聯盟宣言」の読み上げ。

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聯盟設立式典の後、記念撮影。

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これで、午前中の第一幕、設立大会は終了です。

 

15分間の休憩。

受付け前に、ケーキやサンドイッチ、コーヒーなどが用意されていました。

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シャングリラホテルのケーキ、美味しくいただきました。(*^-^*)

 

【シンポジウム】

【講演:中国国家博物館研究員 鉄付徳博士】

シンポジウム、スタート!\(^^)/

司会進行が、西北工業大学文化遺産研究院副院長に交代。

お一人目の講演者は、中国国家博物館研究員の鉄付徳氏。

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鉄付徳氏は、中国国家博物館研究員以外に、博士、中国文物保護技術協会副理事長・西北大学特任教授・西北工業大学教授の肩書をお持ちです。

以下、講演の内容の一部、私の理解できた部分です。(^^;

 

歴史・芸術・科学技術は文物にとっての三大価値であり、それを個別に考えることはできない。

コリン・レンフルー著作の『考古学―理論・方法・実践』で語られているのは考古学であるが、全編を通じ、考古学・文物保護領域における科学技術の応用についても触れられている。

人文文化と科学文化の間には、通常あまり交わりがないが、諸学提携を行うことで、学科の進歩と発展の可能性が高くなる。

技術の異なる二つの学科が、互いに交わる分野で促進しあうことにより、一つの学科で新しい学術成果が生まれる。

 

【諸学提携思想に基づく文物博物館業務フロー】

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文物博物館では何を行っているか:考古・発掘→保存・保管→ 保護・修復→陳列・展覧

キーワード:認知・保護・利用・普及

具体的な業務内容が、PPT に記載されています。

探査の仕方:

伝統的な洛陽鏟(Luoyang shovel )から、リモートセンシング物理探査・空中探査・水中探査等。

数日前の戻って来られた、「南海Ⅰ号」水中探査現場の様子をご紹介。

 

2004年、新疆の実地調査隊と共に砂漠へ分け入った際の体験も、一部ご紹介くださいました。

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日本語表記の地図に、中国語の遺跡名(ダンダンウイリク遺跡・楼蘭遺跡・ニヤ遺跡等)が追記されています。(笑)

地図左上の写真は、鉄付徳博士ご本人のもの。

調査団は隊員19人に対し、駱駝50頭、更に各駱駝を引く現地のウィグル人で構成。

この調査団には、日本人の僧侶・小島康誉氏が参加されていました。

小島康誉氏が中国、特に新疆の文化遺産保護事業に関心を持たれた経緯等をご紹介。

他にも、名前は上げられませんでしたが、佛教大学の教授も参加されていました。

 

19人いる隊員はみなGPSを持っていたけれど、現地に着くとGPSが使えなかったそうです。

しかし、ウィグル族の案内人は経験と砂漠の地形を観察し、案内してくれたとのこと。

「你们的GPS不行~(あなたたちの、GPS、使えな~い)」とウィグル族の少し訛った北京語を真似て面白おかしく、でも案内人の能力の高さに驚いたと話してくださいました。

案内人の能力と言えば、彼らにはテントがなく、砂漠の中で寝ていたのを見たことから、砂漠への適応能力が高いとも紹介されていました。

隊員は、夜はテントの中で、マイナス40度にも耐えられる寝袋を使用したとのこと。

修復されたダンダンウイリク遺跡の壁画が、日本へ出展された時の写真や、砂漠でドローンを使用して調査した際の写真もありました。

 

 小島康誉氏とはどんな方なのか、検索してみました。

新疆維吾爾自治区人民政府顧問、烏魯木斉(ウルムチ)栄誉市民、新疆大学名誉教授、清華大学客員研究員、中国歴史文化遺産保護網理事長、中日・日中共同尼雅、丹丹烏里克遺跡学術考察日本側隊長等」の肩書をお持ちなんだそうです!!! 

2018年6月20日、「人民網日本語版」に掲載された記事には、以下のような言葉がありました。

「新疆に貢献できるよう、今後もいささか微力を尽くす決意。そして、将来は、遺骨をタクラマカン砂漠に埋めてほしい」

この言葉は、☟のURLで読むことができます。

新疆を第二の故郷とし、改革開放以降の発展を見てきた僧侶・小島康誉氏--pekinshuho

念仏の道一歩一歩

参考にさせていただき、ありがとうございます。m(__)m

 

 

考古現場におけるインテリジェント探査システムについても、ご紹介がありました。

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写真のような装置で、西安長安県にある墓地に対し、深さ20メートルの探査を行ったそうです。

探査試験を行った際、この設備に問題が発生し、鉄付徳博士ともうお一人楊博士が、危険を承知で盗掘穴からお墓の中に入られました。

結果、楊博士は翌日、全身に発疹ができ、鉄付徳博士は足に瘤ができたそうです。

こうした事態をさけるためにも、先進的な設備が必要になるんですね。

 

文化遺産に与える悪影響についても、お話がありました。

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全体を通じ、諸学提携、西北工業大学が持つ優れた技術を応用することが必要だと強調されていました。

 

 続いて、ウクライナ国家歴史博物館館長のご挨拶。

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【講演:西北工業大学文化遺産研究院 董文強院長】

そして、午前の部のラスト!

西北工業大学文化遺産研究院、董文強院長の講演です。 

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講演の内容は三部構成と、最初に紹介がありました。

第一部、第二部は、海外からの来賓、初めて西安に来られた中国国内の聯盟加盟組織の方々に対する、西安と西北工業大学の紹介。

第三部は「文化遺産学」に関する今後の方向性です。

 

西安紹介の写真は、撮っていません。(笑)

第二部、西北工業大学の紹介については、PPTをほぼ全部写しました。(^-^)V

理系の西北工業大学は、これら技術の応用で文化遺産の研究に参与できるんですね!

 

【航空技術の応用 リモートセンシング考古学】

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【海洋エンジニアリングの応用 水中考古学】

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【材料科学とエンジニアリングの応用 材料学と考古学研究】

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以下は、材料科学とエンジニアリングの応用に関する研究内容です。

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左上:新疆哈密巴里坤西沟遺跡1号墓出土、戦国から前漢早期の金銀器製造技術の研究

左下:実験室による考古研究例ーー揚州隋煬帝蕭皇后冠の現場保護

右上:唐代シルク文物装飾「撚金(銀)線」生産技術と劣化の仕組みの研究。

右下:西安昆侖公司隋唐墓(M2)出土冠装飾パーツ予備検査と分析

 

左下の研究例については、WeChatの西北工業大学公式アカウントに掲載されていた写真をご覧ください。☟(^_^)/

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【萧后冠出土实物与复制品】

目前我国考古发现的等级最高、保存最完整的礼冠——萧后冠原物与复制物。隋炀帝萧后冠实验室考古与保护项目由我校教授杨军昌主持。

 

【蕭皇后冠出土実物と複製品】(参考訳)

現在、中国考古学界で発見されている等級が最も高く、保存状態が最も完璧な冠——蕭皇后冠のオリジナルと複製品。隋煬帝蕭后冠実験室考古と保護プロジェクトは西北工業大学の楊軍昌教授が指揮を執っている。

 

【機械エンジニアリングと工業設計の応用 甘粛馬家塬墓葬復元考古発掘】

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WeChatの西北工業大学公式アカウントに掲載されていた、デジタル復元された写真をご覧ください。☟

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我校参与复原堪称中国古代第一豪车的——西戎义渠“豪车”

我校余隋怀教授带领团队承担车辆的数字化复原与结构力学分析,充分利用西工大的工业设计与工程技术优势,实现了设计的价值和技术与文化的再生。

 

西北工業大学、中国古代で最も高級な馬車と称するに足る西戎義渠の「高級車」の復元に参与(参考翻訳)

西北工業大学の余隋懐教授がチームを率い、車輛のデジタル化による復元と構造力学の分析を担当。西北工業大学の工業設計とエンジニアリング技術の優位性を十分に活用し、設計の価値と技術・文化の再生を実現した。

 

【情報技術とビッグデータの応用 文化遺産ビッグデータ処理プラットフォーム】 

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【人文科学と社会科学の研究 紅色文化遺産の保護】

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紅色文化遺産とは、中国共産党設立から解放直前までの28年間の歴史を指すと、PPTで紹介されています。

中国らしい研究対象ですね。

以上、第二部の内容の概要でした。(*^-^*)

 

ここから、第三部が始まります。

文化遺産研究院】

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西北工業大学創立70年に亘る長年の蓄積に基づき、2017年、西北工業大学と陝西省文物局は共同で西北工業大学文化遺産研究院を設立、文化遺産領域の科学研究・人材育成・社会サービス・国際協力及び文化の伝承に従事し、中国的特色を備えた文化遺産保護システムの構築と「文化遺産学」という新しい諸学提携の創設を発展目標とする。(参考訳)

 

文化遺産学の枠組み】

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文化遺産研究院機構】

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【国際協力と世界へ向けての招聘】

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「一帯一路」文化遺産国際合作聯盟(BRCHGA)の枠組みの下、理事組織と共に二者間及び他者間の国際協力関係を確立し、共同で高級人材(高层次人才:顕著の成績を収めた中国人留学経験者及び海外の科学技術専門家の総称)を育成し、共に「文化遺産学(Cultural Heritage Science)」の構築を探求しましょう。

我々は全世界に向け、専任及び兼任の教育と科学研究に携わる人員を募集します。

様々な文化遺産領域で活躍する人材の加盟を歓迎いたします!(参考訳)

 ☟は、文化遺産研究院の公式サイトです。英語に切り替え出来ます。

文化遗产研究院

 

シンポジウム終了後、会場入り口看板の前で記念撮影。

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以上で、全日程終了!\(^o^)/

遺跡発掘や文物の修復・保存・展示など、関連分野に必要な技術を、研究開発して提供できる。

理系の西北工業大学ならではの役割です。

一緒に参加した若い留学生たちの人生は、これから始まります。

中には、専門分野で文化遺産に関わる人もいるかもしれません。

人生の選択肢は、努力次第でいくらでも増やせます。

この日は、シンポジウムに参加できてうれしかったと同時に、若い彼らをちょっとばかり羨ましく思ってしまいました。(^^;

30年前、こういう機会に恵まれていたら・・・・・・。

私の視野も広がり、今とは違った人生を歩んでいたのかな?

なんて、今更そんなことを考えて意味ないので、今からできることを見つけ、挑戦したいと思います。(笑)

 

 

記念撮影を終えて、シャングリラホテルの1階へ下りると、受付け案内の看板の横に朝はなかった空気汚染度合を表示する掲示板が設置されていました。

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指数は「21」、レベルは「優」。

汚染のレベルは、優(0~50)→良(51~100)→軽度汚染(101~150)→中度汚染(151~200)→重度汚染(201~300)→重大汚染(>300)と悪化していきます。

この日は「優」の中でも指数が半分以下!\(^o^)/

冒頭で、本日の青空写真を載せましたが、あの青さでも、本日は「良」なんです。

5月11日が、どれだけ稀有な空気状態だったか、お察しいただけると思います。(^^;

 

西北工業大学へ戻る途中、バスの中から撮影した風景をご覧ください! 

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バスの窓ガラス越しにもかかわらず、この青さ! ☝☟

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とても気持ちいい1日だったのですが・・・・・・。

 

翌日、突然こんな☟状態に。(゚Д゚;) 

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西安上空でいったい何が起こったんでしょう?(T_T)

WeChatのモーメンツでは、こんな☟比較写真がたくさん出回っていました。

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昨日、今日と二日続けて快晴だった西安

突然、上の写真のようなことにならないよう、明日からも晴れが続きますように!

 

今回は以上です。(*^-^*)

 

せいあん!特別編_2019年4月5日~9日_カシュガル旅行:(その5)老城東側(阿熱亜路・喀日克代爾瓦孜路・艾格来其巷・闊納代爾瓦扎路・奥然喀依巷・恰薩路・Tasty food Plaza・カシュガル空港)

2019年5月18日(土曜日)、曇り。

 

毎年5月18日は国際博物館の日。

大唐西市博物館でも色んな催しがありました。

1階フロアでイベントがあったり☟、

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3階の体験コーナーに金属細工コーナーができたり☟、

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臨時展示室で福州海の陶器ロード特別展が始まったり☟、

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普段は有料の4階特別展示ホールが無料開放されたり☟。

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有料の4階特別展示ホール☝、2018年年初に見学し、ブログでもご紹介しました。

青銅器はその時と同じだったのですが、今、黄金・陶器が展示されているホールでは、シルクの展示が全部撤去され、陶器の展示物が増えていました。

展示物は定期的に変わるようなので、こういうチャンスは有効活用しなくちゃ。(笑)

 

 

では、本題に入ります!\(^o^)/

2019年4月のカシュガル旅行、これが最後のご紹介です。

いつもより更に文字数が多くなっていますが、ぜひ最後までお付き合いください。(*^-^*)

 

目次

 

【観光マップ】

これで見納め、地図の登場です!\(^o^)/

カシュガル老城(全体) 

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最後にもう一度、カシュガル老城をじっくり見てください。(^_^)/

 

カシュガル老城(解放路の西側)

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今回、一番最後に、①の空港が再登場します。(*^-^*)

 

カシュガル老城(解放路の東側)

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前回の残り、阿熱亜路~喀日克代爾瓦孜路~人民広場⑤~⑨、阿熱亜路と艾格来其巷⑩~⑭、奥然喀依巷と東入り口付近⑮~⑰+美食広場(Tasty food Plaza)、恰薩路・欧爾達西克路・闊納代爾瓦扎の十字路周辺をご紹介します。(*^^*)

 

カシュガル老城以外

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残念、この地図はもう出番がありません。

 

それでは、最後のご紹介、気合を入れて参ります!!!\(^o^)/


【東⑤~⑨(阿熱亜路~喀日克代爾瓦孜路~人民広場)】

4月8日(月曜日)、北京時間14時過ぎ、現地時間12時過ぎ、阿熱亜路を⑤~⑧と移動して、⑨の人民広場へ向かいました。

 

【阿熱亜路⑤付近】

阿熱亜路のこの辺り、観光案内地図を見るとカッコ書きで「木製器具バザール」と記載されています。

木製器具バザールと呼ばれるだけあって、この辺り☟には「木片手工店」・「木材手工店」(手作り木工品店)の看板がたくさん。

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そんな木工品店に挟まれて、「喀什非物质文化遗产传承人家(カシュガル無形文化遺産伝承者の家)」がありました。

 

看板の赤字の部分には「土陶製造部」と書かれています。

店先では職人さんが土を捏ねていらっしゃいました。☟f:id:shanshanduohuizi:20190429235557j:plain

許可をいただいて、作業の様子を撮影。(*^-^*)

 

こちら☟は、職人さんのお店の向かい辺りにあった楽器屋さん。

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から吊るされた大小さまざまな楽器。

なんとなく、雫がぶら下がっているように見えませんか?

 

阿熱亜路を⑥に向けて進んでいると、☟のような銅像がありました。

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カシュガルの木彫り文化が紹介されています。☟

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【木彫り文化】参考として訳してみます。(*^-^*)

カシュガルの木彫りは幅広く応用されている。知識豊かなウイグル人は一本まるごとの原木を、切る、割る、磨く、穴をあけるなどの工法で加工し、植物の枝や蔓・花・蕾・果実等を変化・組み合わせて大量に用いることで民族の特色を色濃く表現している。

中国の職種分類において、木彫りは「精緻な木工」とされている。一般的にタブノキ紫檀クスノキ・シダレイトスギ・銀杏・ジンコウ・ベニノキ・リュウガン・胡楊・ニレ等のような、材質が細かくしなやかで丈夫な、容易に変形しない種類の樹木が選ばれ、立体像・レリーフ・透かし彫り等の多種類の技法を併用する。

カシュガルの木彫り文化は千年もの間繁栄を続け、ウィグル族の風習に溶け込んだ東西文化を包含しており、歴史・文化研究や実用の価値を有している。

 

訳していて、ふと森薫先生の「乙嫁語り」の2話、小さな男の子が大工の技にあこがれ、大工職人さんの所へ入り浸っていた話を思い出しました。

乙嫁語り」は19世紀後半の中央アジアカスピ海周辺の地域を舞台とした漫画です。

登場人物の民族衣装や家具などの図案、ひいてはナンの模様まで、とても細かく描かれています。

2話の大工職人さんの回では、木材を加工している様子や、仕上がった柱の浮彫りの細かさ、立体感が素晴らしくて、森先生の技術の高さ、中央アジアへの愛を実感しました。

とても大好きな作品です。

中国にも、先生のファンがたくさんいるんですよ!(*^-^*)

 

銅像近くのお店。☟

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民族衣装、カラフルでキレイ!

でも・・・・・・、民族衣装ゆえに、その民族が居住する地域で着るからこそ風景に映えると思うのです。

シルクロードの起点の西安で着たとしても、やっぱり西安の風景から浮いてしまうと思います。

それを日本に持ち帰ったなら・・・・・・、出番ナシなのは火を見るより明らか。

指し色に使えるような小物を見つける眼力もなく・・・・・・。(^^;

結果、見るだけ・・・・・・。(笑)

 

【阿熱亜路⑥付近】

住宅街にあるモスク、のはず。(笑)☟

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奥に向かって延びているのが、今、歩いて来た阿熱亜路です。

 

今回のカシュガル旅行3回目、「磨坊巷」で登場した老城内のモスク配置図。☟

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老城東側部分は作りがイマイチで、あまり参考にできません。(^^;

 

☟は、闊納克巴扎路の方向。

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屋根が変わっているな~と思ったのと、西安でも売っている「涼粉」と「涼皮」のお店だったので、親近感が湧いて写真を撮ってしまいました。☟

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「涼粉」と「涼皮」のお店、ここだけではないんです。

他にもたくさんあります。(*^▽^*)

 

こちら☟は、老城東側地図⑦辺りから、⑥付近にある住宅街のモスクの方を見た夜景。

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4月8日(月曜日)、北京時間21時半過ぎ、現地では19時半過ぎ。

カシュガル、この日の日の入り時刻は北京時間21時26分。

周囲はやっと薄暗くなりかけたところです。

 

こちら☟は、老城東側地図⑦と⑧に間辺りから、⑥付近にある住宅街のモスクの方角を写したもの。

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写真中央、奥の方にモスクが霞んで見えています。

 

右手の壁には、新疆の地図と「不到喀什,就不算到新疆」というキャッチフレーズ。☟

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「喀什」の「什」が「ちびまる子ちゃん」の「花輪クン」の髪型みたい。(笑)

ネットで調べてみると、「花輪クン」の髪はここまでクルクル回っていないし、なびく方向も逆。(^^;

でも、くるんと可愛らしい文字を見ると、「カシュガルまでやって来ないと、新疆に来たとは言えないよ💛」と「💛」をオマケしたくなりました。(*^-^*)

 

老城東側地図の⑦と⑧の間、南側(上の写真だと左側)には広場があります。☟

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☝は、⑧の位置から写したもの。

曲がり角には銅像がありました。

職人さん二人が道具を持って作業中。

その前に子供が腰掛けています。

 

☟、上の銅像の前を、喀日克代爾瓦孜路の方へ曲がりましょう。(^_^)/

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この☝写真の左手、木の枝が屋根のように覆いかぶさって見える道が、喀日克代爾瓦孜路です。

 

老城東側地図の⑧から、喀日克代爾瓦孜路のゲート方向へ。

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ゲートの先は人民東路です。

このゲート、昨年は写真を撮っていませんでした。(^^;

 

【⑨毛沢東像と人民広場】

ゲートを出て右へ少し進むと、カシュガル市政府の建物があって、その前に毛沢東の像があります。☟

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☝は、4月7日(日曜日)、北京時間19時、現地時間17時、カシュガル地区博物館や、 アスラン・ハーンのお墓まで行った後、吐曼橋を渡って戻って来た時に通りかかって撮影したものです。

7日はとってもいい天気。

青空に、赤い国旗とスローガンの看板が映えます。

人民東路の向かいには人民広場があるのですが、この日は歩き疲れたため、目の前にある人民広場へ渡る気力すらなし。(^^;

毛沢東ポーズで写真を撮るのは諦めました。

 

でも・・・・・・、過去2回、カシュガルに来たらここで写真を撮っていたんです。

おそらく、これが人生最後のカシュガル訪問。(大袈裟?)

なのに、今回、写真を撮らずに帰ってしまったら・・・・・・、絶対、後悔する!

そこで、翌4月8日(日曜日)、老城東側散策のついでに、人民東路を渡ってやってまいりました!☟\(^o^)/

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「2019」と書かれた赤くて丸い飾り付けには、英語で小さく「happy new year」の文字が。(笑)

春節前から設置されている飾り付けなんでしょうね。

撮影時から既に1か月以上経つので、今なら新しい飾り付けに変わっているかも知れません。

 

青空バックに正面からの毛沢東像&灰色の空に同化しそうな毛沢東像。☟

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右の曇り空の写真は、通りすがりの方に撮っていただいたものです。

曇っているようで日差しはけっこう強く、日差しを遮ることに気を取られ、毛沢東ポーズ・・・・・・、忘れていました。(^^;

 

 

 【阿熱亜路・艾格来其巷⑧⑩~⑭】

先ほどの喀日克代爾瓦孜路を、老城東側地図の⑧まで戻って来ました。☟(*^_^*)

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ちょうど、唐代の衣装を身に付けた女の子二人が通りかかったので、撮影!

たぶん、TikTokに動画をアップするつもりなんだと思います。(*^-^*)

 

【阿熱亜路⑧付近:坎土曼巴扎(カントゥマンバザール)】

昨年の旅行紹介では、「ネットで検索すると、ここは鉄製品を加工販売するバザールみたいです」 としか書けなかったカントゥマンバザール。☟

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去年も、手前の銀色の概要紹介看板はありました。

でも、アップで写していなかったため、概要を読むことができなかったんです。(^^;

 

それを反省し、今回はアップで撮影してきました。(^_^)/☟

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【鉄製器具文化】参考として、訳してみます。(*^_^*)

カシュガルの鉄製器具製造業は、千年以上前のカラハン朝時代から既に発達していた。当時、この場所は王宮の「喀日克大門(打靶之门:射的門?)」のすぐ側に位置し、王朝の兵士が頻繁に隊列を組んで訓練に出かけていたため、軍隊の兵器修理工房も、その多くがこの一帯、或いは周辺に建てられていた。それから時を経て、次第に伝統的な民族手工芸ーー鉄製器具製作へと変遷していった。

人々は鉄製器具を作製する師匠を鍛冶職人と呼び、加工作製された鉄鍋・鉄製スプーン・刀剣・長矛等の各種鉄製品は非常に幅広く使用された。鍛冶職人が作りだした鉄製器具の一つ一つは、全て遺棄された鉄から材料を選び、鍛冶職人により炉に入れられ、赤く焼いたものを打ち鍛え、更に焼いて打ち鍛えるという反復作業によって成型された製品である。

この辺りに、カラハン朝の王宮があったんですね。(*^-^*)

 

【阿熱亜路⑩⑪付近】

それでは、阿熱亜路を老城東側地図の⑩⑪方向へ散策しましょう!\(^o^)/☟

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この交差点から奥に進んですぐの両側に☟のような説明看板がありました。
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上の左側「阿熱亜路概要」の中国語部分を拡大したものです。☟

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この内容は昨年訳しているので、それを参考としてコピーしておきます。(笑)

疏勒国の時代、カシュガル古城は百年に一度も発生することがないほどの大洪水に見舞われた。住民は次々に老城の高台へと押し寄せた。今にも城内が水没しそうになった時、路面に大きな亀裂が入り、洪水は亀裂の中に呑み込まれ、老城は難を逃れ、住民は幸運にも生き残ることができた。人々は亀裂が入った場所を「阿熱亜」、即ち「間に河がある場所」と呼んだ。

 

上の写真の右側は、「坎土曼巴扎(カントゥマンバザール)の概要」です。

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参考に訳してみます。(^^)/

カントゥマンバザールとは鉄製芸術品市のことである。遥か昔、ここではせいぜいカントゥマン(ウィグル族が使用する農具:百度百科より)を加工するしかできなかったことから命名された。

その後、ここで製作される鉄製品はだんだん豊富になり、老城区内の色がまだらに禿げ落ちた玄関の扉についた鉄環から、ロバの蹄に打ち付ける蹄鉄、トラクターのトレーラーまで、ここで製作することができるようになった。

ワークショップの展示室には、客引きのために各種サンプルが並べられ、展示室の裏には数十室もの小さな工房がある。客はここで既製品を買うこともでき、またこの場で加工を頼むこともできる。こうして伝承されて数百年に上るウィグル族の技術を目にすることができる。

 

☟、交差点から少し東へ進んだ左手。

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老城東側地図の⑩辺りに描かれている階段がありました。

でも、特に説明はなく、柵には鍵が・・・・・・。

とはいえ、閉ざされた扉が続くなか、やっと目にした通りの裏(奥?)が見える空間!

階段の上、何があるのかな~?と接近!(*^-^*)

 

上の写真の階段の上の奥(☟左)、天井が綺麗な建物が見えます。

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☝右は、この階段のほぼ真向かいにあった看板です。

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参考として、訳してみますね!(*^^*)

「夏木其巷の概要」

「夏木其」とは、ウィグル語で蝋燭の意味。ここには代々蝋燭作りで生計を立てていた住民が住んでいた。カシュガルで使用される蝋燭の大半はここで作られていたため、「夏木其」巷と名付けられた。その後、これら蝋燭作りを行っていた職人たちはみなここを引き払ってしまったが、この路地の名は長く世に知られ、現在もまだその名を留めている。

日本語風に呼ぶなら、「蝋燭小路」? 

 

「夏木其巷の概要」看板のある辺りから、やって来た方向(老城東側地図の⑧方向)を振り返った風景。☟

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「夏木其巷の概要」看板から、少しだけ東へ移動。☟

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この辺りは、民芸品を扱っているお店が続いていました。

 

シルクロード要衝の地ということで、「駱駝を引く商人と駱駝の親子」に民芸品を代表して登場してもらいます!\(^o^)/☟

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もう少し進むと、木彫りの看板を上げたお店がありました。☟

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確かに、お店の両脇には木彫り製品が配置されています。

でも、お店の前や中には、ストールやドライフルーツなど色んなものが並んでいます。

搾りたてのザクロジュースも販売されています。

何でも屋さん???

そのザクロを搾る機械の向こう側に「ウイグル族の木彫り技術」という概要看板がありました。

この概要説明がないと、お店の看板を見ても何が特徴なのか分かりにくい品揃えのお店でした。(笑)

この概要看板は、紹介内容が短く特徴がなかったので、アップを撮らずに素通りしてしまいました。<(_ _)>

 

上のお店の前を少し過ぎると、向かって左手に、今度は柵に鍵が掛かっていない、上がることが可能な階段を発見!☟

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老城東側地図の⑪です。

この上に、去年、散策せずに西安に戻ってしまい、ショックを受けた「空中花園(空中ガーデン)」があります。(^o^)

他にも見損ねた場所は多々ありましたが、「空中花園」という字面・響きに、残念感を煽られました。(笑)

「空中ガーデン」、いったい、どんなものなのでしょう???

 

【艾格来其巷⑫~⑬】

では、階段を上りましょう!\(^o^)/

☟左、階段を下から見上げた所。

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☝右は、階段を上り終えた場所から、下を見下ろした様子です。

けっこう急な階段ですよね。

階段下、正面に見えているのは、「速8酒店(ホテル)」です。

 

階段を上り切り、突き当りを右に曲がって進むと、迷路のような分かれ道に出くわします。☟

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こちら☟は、上の写真右手の路地のアップ。

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でも、右には進まず、まずは建物下のトンネルのような道(☟右)の方を探検!(笑)

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右側の暗いトンネルを抜け、左に曲がって少し進んだ場所の前景。(☝左:A)

だいたい、⑫と⑬の間くらいです。

 

上の左の位置から、左側を写したもの。☟

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観光案内地図では、この辺に陶器や図案を施したれんがを展示している場所があると紹介しています。

でも、どこの扉も閉まっていて、どれが展示館なのか分かりません。

もう一つ紹介されているものがあるのですが、それは場所を示す矢印の色に塗りつぶされ、字がハッキリ読めません。(^^;

シーズンが始まったばかりなので、まだ運営が開始されていないのか、それとももうやっていないのか、判断できないのが辛いところ。(笑)

 

上の写真、観光案内地図後方の壁のたぶん右側に、⑬へ戻る路地があったハズ。(^^;

でも、この裏通りがどこへ通じるのか興味があったので、この場所で引き返さず、二つ上の写真左側Aの方向へ歩いてみました。☟

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これ☟は、大通りに出た所のアーチです。

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ここが老城東側地図の⑫。

 

目の前には瓢箪がぶら下がり、その下には鳩がいっぱい。

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観光案内地図では、「恰薩路」と記されている通りです。

恰薩路のどの辺りかというと・・・・・・。

 

通りの左側を見てみましょう!(^_^)/☟

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正面に小さく見えている銅像は、老城東側地図の⑧にあったもの。

阿熱亜路と恰薩路・喀日克代爾瓦孜路の交差点、⑧のすぐ近くデス!

 

銅像の向かいには、☟のカントゥマンバザールのモニュメント。

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因みに、この☝⑧位置の写真には道路名標識が写っていて、「恰薩路」となっています。

 

これは余談なのですが、百度地図を見ると・・・・・・。☟

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黄色でマーキングしているように、人民東路側から⑧経由、⑱までまとめて「喀日克代爾瓦孜路」。

⑱にあった道路名標識でも、「喀日克代爾瓦孜路」。(笑)

中間だけ「恰薩路」というのも変なのですが、観光案内地図では⑧~⑱一貫して「恰薩路」なので、とりあえず「恰薩路」を採用します。

ついでに言うなら、⑱の右側に延びている通りは、道路標識・観光案内地図ともに、赤字で記載した「闊納代爾瓦扎路」となっています。

 

☟は、⑫から⑧へ下りる際、左手にあったカントゥマンバザールのモニュメント後方にある建物。

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既にお馴染みの塔が見えています。(*^^*)

観光案内地図を見ると、「達瓦孜表演(ダワズショー)」という新疆に伝わる空中綱渡り術の出し物が行われるようです。

でも、少なくとも去年から路上にある観光案内地図なので、今もまだ行われているのか、現地で確認をよろしくお願いします。m(__)m

因みに、4月初旬は、何も行われていませんでした。

 

【艾格来其巷⑬~⑭】

この後、一気に⑬付近まで戻りました。

ふと右手を見ると、路地からちょうど☟右のような風景が見えました。

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この多角形の屋根を持つ建物は、阿熱亜路から急な階段を上がって来た時に見かけたものです。

建物を見上げながら路地の奥まで行き、左折。

その先(☝左)には少し広い空間がありそう。(^o^)

 

建物に囲まれた空間に出ると、さっきの建物が、足元の扉からバッチリ!☟左

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接近!☝右

 

真下から見上げて撮影。☟

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この建物の扉にも鍵が掛かっていました。(T_T)

観光案内地図を見る限り、この建物、もしくはこの建物を含めた周辺が「空中ガーデン」と思われます。

シーズン中だと開放されていて中に入れ、渡り廊下で連結された隣の建物へも移動見学できるのでしょうか?

それを検証できないのがとても残念。(T_T)

でも、この建物を見ることができて、嬉しかったデス!(*^▽^*)

 

この場所、来た方へ引き返すことなく、東へ抜けることができる路地がありました。

そこを進んで行くと、阿熱亜路へ下りていく階段を発見。☟f:id:shanshanduohuizi:20190509163512j:plain

☝左側は、歩いて来た路地から撮影。

☝右は、路地から見えていた階段の踊り場まで下りて写した、阿熱亜路の向かいに続いている路地の様子。

 

こちら☟は、昨年夏に撮影したものです。

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阿熱亜路を歩きながら「綺麗なアーチだなぁ~」と眺め素通りしてしまったことを、西安に戻ってから嘆いた階段でした。

リベンジ、OK!!!(*^▽^*)

今年は、去年とは逆で、上から見下ろしただけ。(笑)

 

更に先に進むと、進行方向右手に、また阿熱亜路へ下りる階段がありました。☟左

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それと対になって、もう少し上に上る階段もありました。☝右

 

階段を上がると、そこには広場が!!!(*^▽^*)

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観光案内地図の矢印を見ると、階段を上っている時の右側の壁、☝の写真なら右端に少し写っている建物が、「演芸中心(演芸センター)」。

綺麗にタイルが敷かれている、広々とした空間。

シーズン最盛期なら、ここにも色んなお店が並んで賑わうのでしょうか???

☝の写真、広場と向かいの建物の間には、⑫に続く艾格来其巷が通っています。

 

上の広場の左手の、艾格来其巷。

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迷路のような街並みなので、歩いていてとっても楽しいデス。(*^-^*)

 

こちら☟は、広場向かいにあった休憩所。

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夏場、ここはお茶屋さんになるのかな???

観光案内地図には、この建物の艾格来其巷側(写では右側)に「婚俗展館(結婚に関する風習や風俗の展示館)」があると記載されています。

残念ながら私が前を通りかかった時、ここでも全ての扉が閉まっていて、どの扉の奥が展示館なのか分かりませんでした。(^^;

 

観光案内地図では、ここから東の艾格来其巷は、特色のある通りを示す「黄色」には塗られていません。

でもカシュガル老城はどこを見ても異国情緒に溢れているので、ところどころ写真を撮りながら進みました。☟

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☟左奥の緩やかなカーブを曲がると、闊納代爾瓦扎路へ到着です!☟右

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闊納代爾瓦扎路から、出て来た路地を確認。☟

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本当に入り口しか見えていないので、闊納代爾瓦扎路から見た様子を昨年夏の写真でフォロー。(^^;☟

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こちら☟は、艾格来其巷から出て来た辺り、西側の闊納代爾瓦扎路。

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この☝場所から、視線を180度移動させると・・・・・・。

 

そこは、老城東入り口のすぐ手前でした。☟(*^-^*)

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この飾り付け、とっても中国的(新疆っぽくないという意味です)。(笑)

以上、艾格来其巷のご案内でした。(*^^*)

 

【東⑮⑯奥然喀依巷】

ここからは、闊納代爾瓦扎路の東端から北に延びる奥然喀依巷をご紹介します。(*^-^*)

この通りには綺麗なお茶屋さん、コーヒーショップ、レストラン、民宿が集中。

カシュガル老城東の顔といった雰囲気です。

 

☟、闊納代爾瓦扎路から老城城壁の側まで下りて来ました。

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右手に見えているのが、老城東入り口。

建物の上に、吐曼橋西のたもとにある観覧車がチラっと見えています。

こちら側のご紹介はまた後で。(笑)

今は、城壁に沿っている北へ延びる奥然喀依巷を散策しましょう!\(^o^)/

 

☟、奥然喀依巷の入り口。

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こちら☟は、4月5日(金曜日)、カシュガル到着初日の夜、北京時間22時前、現地時間20時前の夜景です。

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老城東入り口の方へ少し坂を下りて、闊納代爾瓦扎路と奥然喀依巷の入り口、観光タワーを撮影。

☟は、昨年夏の写真です。

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今回の旅行では、昨年回り損ねた場所を重点に歩いています。

初日、この近くのレストランまで食事に連れて来てくれた知り合いから、「奥然喀依巷を見ていないって?」と不思議がられました。

そう言われ、私も「ここ、来たんだったっけ?」と記憶が混乱。(^^;

しかし、写真が証明してくれました!(笑)

昨年、私がカシュガルに来た時、奥然喀依巷の入り口は写真が印刷された看板で塞がれていたんです。

工事中だったんでしょうか?


さて、写真はまた、4月8日に戻ります。(*^^*)

時刻は北京時間の16時過ぎ、現地時間の14時過ぎです。

この日は砂塵が舞い上がっていたので、快晴だった前日7日の昼下がりのような青空は見えません。

近くにある観光タワーでさえ、ちょっと霞んだ感じです。☟
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この通りには、城壁のすぐ側、パラソルの下でお茶を楽しむことができる場所がたくさん。

☝の写真には、茶館やバーが写っています。

 

そのバーの近くから、入り口を振り返ってみました。☟

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視線を戻し、徐々に近づいてくる観光タワーを見ながら、前進再開!☟

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レンタカーサービスや、宝石店もあります。

 

民宿(雅舎)もあります。☟

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オレンジ色の手摺りがついた階段、上に何があるのか気になって上ってみました。

この時点では、屋上には何もナシ。(笑)

でも、階段を上がるだけで、見下ろせる景色は変わります。

高いところへ上がるのは、決して無駄足ではない気がします。(*^-^*)

 

城壁から見た高台民居。☟ f:id:shanshanduohuizi:20190510171704j:plain

吐曼橋や観覧車の下から見えていたのは、この反対側です。(*^-^*)

 

中国では、ほぼ誰でも知っている「阿凡提(エペンディ)」。

「エペンディ」とはウイグルやカザフ等少数民族の伝承に登場する、機知にたけた人物のこと。

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エペンディが彼のロバに乗った姿は、とても有名です。(^^)/

ここはエペンディの名がついた「驛站(宿場)」、観光案内地図にも名前が記されています。

残念ながら、この時は改装中。

エペンディについては、去年のブログ(トルファン初日)で紹介しているので、良かったらこちら☟をどうぞ。(*^-^*) 

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月2日(月):トルファン初日_トルファン北駅・ブドウ農園・葡萄溝・交河故城 - せいあん!

目次がない上、とても長いので、該当箇所を見つけるのが大変だと思います。 

目安は、記事の3/4くらいの位置です。(^^;

 

コーヒーショップですが、表に出してある看板を見ると、珈琲だけでなく、サフランティーや薔薇フレーバーの紅茶、紅棗茶、ミルクティなど、いろんな飲み物が用意されています。☟

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もう少し進むと、とても素敵な雰囲気の喫茶店兼民宿がありました。☟

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中に経営者らしき方がいらっしゃったので、許可をもらって中の写真を撮らせてもらいました。(*^-^*)

扉前の看板、一番上に「本日空き部屋アリ」とあります。

その下に、フレッシュジュース・ミルクティなど、提供可能な飲み物のメニュー。

 

民宿の名前が「藍院子(BLUE YARD)」だけあって、青を基調にした内装。☟

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きっと、昔からこの場所にあった木。

切り倒さず、天井を突き抜けで共存しているのもステキです。(*^-^*)

 

この「藍院子(BLUE YARD)」の前から先を見ると、少しカーブしています。☟

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カーブの先にあったのは画廊でした。☟

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画廊の中の様子。☟

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☝☟、ちょっとごちゃごちゃしてますが、絵画がたくさん。

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外に出ると、軒下に民芸品が並んでいました。☟

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画廊から出て来て、上の写真の階段手前から撮影。☟

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観光タワーが目の前!

☝、左手に見えている階段は何でしょう???

 

答えは、こちら!☟\(^o^)/

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周囲の建物とは様式が全く異なる、中華風の楼閣へ上がる階段でした。(^o^)

 

階段を上って、楼閣の前から眺めた「国際大バザール」の方角。☟

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国際大バザール、今回は行っていません。

バザールの様子、よろしければ、こちらをご参照ください。(^^)/☟

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月30日(土):カシュガル3日目_古城・高台民居・国際大バザール・茶館 - せいあん!

このブログも長い上に、目次がありません。

お手数ですが、一気に半部以上飛ばしてから、該当箇所をお探しください。m(__)m

 

楼閣の前から、老城北入り口方向を撮影。☟

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手前の城壁や建物で、老城北入り口は見えません。

老城北入り口と老城東入り口の間にもう一つある入り口周辺と、その前に広がる公園が見えています。

公園はリニューアル中。

そのため、楼閣の足下から公園へ下りる階段の出口は、扉が閉められていました。

でも、階段を下りる手前には、「この先通行止め」のような親切な案内はありません。

こうしたことは、他の場所でもあり得ること。

工事をしている場所の近くでは、「無駄足になっても、まぁいいか」くらいの心の余裕をもって楽しんでくださいネ。(^^;

そう・・・・・・、私は下まで行って、また上まで戻って来ました。(笑)

ところで、お気づきでしょうか?

この☝写真でも、左端にチニ・バクホテルが写っています。(*^-^*)

 

☟は、4月5日(金曜日)北京時間21時半前、現地時間の19時半前。

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ちょうど日の入り時刻。

楼閣も、老城北門へ続く城壁にも、チニ・バクホテルにも、ライトが灯りました。

 

観光案内地図には、この位置に「歴史文化中心」との記載があります。

それが楼閣をさしているのか、画廊をさしているのか、確認できませんでした。<(_ _)>

更に、観光案内地図では、この場所から老城東入り口に戻る際、来た道ではなく、一本裏通りを歩くことができるよう表示されています。

でも、2019年4月8日時点では、この裏通りは通行できなくなっていました。

 

 

【東⑰阿熱亜路と老城東入り口・Tasty food Plaza】 

ここまでずっと歩き続けたので、食事にしましょう!!!\(^o^)/

ご紹介するのは、カシュガル地区博物館でも紹介されていた「缸子肉(ガンズロウ)」です。

食事をしたのは初日4月5日の北京時間20時半過ぎ、現地時間の18時半過ぎ。

この日、機内食がないと勘違いし、朝から空港でSubway1個。

でも、実は機内食があったのでそれも食べ、北京時間16時半前には涼粉と烤包子を4個を完食。

そんな一日の、シメの食事です。(笑)

 

【⑰缸子肉(ガンズロウ)】

知り合いが、「これはカシュガルの名物料理だから絶対食べた方がいい!」と推していたのが「缸子肉(ガンズロウ)」。

カシュガル地区博物館でも郷土料理として紹介されていました。(*^-^*)

食事した場所は、老城東側地図の⑰にある☟のお店。

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お店の名前は「故地家快餐厅」。

ここ、知り合いの行きつけというわけではありません。

エイティガール寺院前広場から解放北路を渡って老城東側に入り、ここまで来る間にもたくさん「缸子肉(ガンズロウ)」を扱っているお店はありました。

ただ、ケバブを焼く煙が店内に入って来て息苦しいとか、カップの中の羊肉の脂身が多過ぎるとか、なかなか知り合いの目にかなう店に出くわさず・・・・・・。

あと一歩で老城から出てしまう場所まで来てしまったのでした。(笑)

 

食事をするテーブルは2階にあるのですが、料理は階段の両脇で行われています。☟

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ここでも、大き目なコップで「缸子肉(ガンズロウ)」を一食分ずつ作っています。

知り合い、それを覗き込み、中の羊肉をチェック。

合格レベルだったのか、妥協したのか???(笑)

できるだけ脂身の少ないものを選んで、2階へ上がり、テラス席に着きました。

 

これ☟が、4月7日の夕食です。

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最初に、ポットでお茶が登場。(*^▽^*)

新疆ではどこでも、料理を注文するとお茶が無料でサービスされるので、水分補給にとても助かります。

ここのお茶は、バラの香りがしました。

そして、メインディッシュ「缸子肉(ガンズロウ)」が登場!

コップは直火に曝された調理器具。

テーブルに届いた直後は、熱くて触るのも危険。

お店の人がコップを傾けて、スープをお皿に注いでくれました。

 

スープを注ぎ終わった後のコップには、巨大な羊肉と野菜が残っています。☟

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脂身しか見えていませんが、表面の脂身の下はほとんど赤身でした。

知り合い、グッジョブ!(笑)

羊肉の他、トマトや玉ねぎ、新疆料理には欠かせない黄色いニンジンも入っています。

スープは適度な塩加減で、思いの外さっぱり味。

香菜の香りも相まって、かなり好みの味付けでした。

ナンと一緒に食べると、「ああ、新疆に来てるんだなぁ」としみじみ。

羊肉も巨大な黄色いニンジンも、とても柔らかくなっていて美味しかったです。

羊肉、脂身以外は完食しました。(^_^)/

ただ、満腹過ぎて、暫くの間動くのが辛かったデス・・・・・・。(^^;

 

薔薇の花びらがトッピングされたナン。☟

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新疆では薔薇を使った食品や飲み物が好まれるんですね。(*^_^*)

もっといろんな種類のナンを食べたかったな~。

 

因みに、去年の夏、この場所に「故地家快餐厅」はありませんでした。(笑)☟

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【老城東入り口周辺】

夕食も終わったので、腹ごなしに老城東門周辺を散策しました。

時刻は4月5日の北京時間21時過ぎ、現地時間の19時過ぎです。☟

f:id:shanshanduohuizi:20190510172057j:plain桃が咲く老城東入り口。

 

東入り口を正面から。☟

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この灯籠も、とっても漢民族テイスト。(笑)

2月19日が元宵節。

それから2ヶ月くらいなら、春節の飾りつけが残されているのは珍しくありません。

でも、5月も中旬の今は、もう撤去されているかも?

 

この後、前述の奥然喀依巷を楼閣の下まで行って来ました。

東入り口まで戻って来た時は既に北京時間の22時前(現地時間の20時前)。

灯籠に明かりが灯っていました。(*^-^*)☟

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こんな灯籠を見ると、西安の城壁や大雁塔南の不夜城を思い出します。(*^^*)

 

その灯籠の間から、Tasty food Plazaが見えています。

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Tasty food Plazaは、老城東入り口の夜景を見終わってからご紹介しますネ!(^o^)/

 

闊納代爾瓦扎路を下って来た場所にあったハートの飾り付け、輝いています。☟

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老城城壁の足下は駐車場です。

 

☟は、4月8日(月曜日)、 北京時間23時前、現地時間21時過前の老城東側の城壁。

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カシュガル市都市計画展示館や観覧車の夜景見物を終えて、吐曼路を歩いて戻って来たところ。

夜空に、三日月が浮かんでいます。


以下、三日月メインの老城城壁の夜景をどうぞ。(笑)☟

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以上、 老城東入り口周辺のご案内でした。(*^▽^*)

 

【Tasty food Plaza】 

ここからは、先ほどもチラッと登場したTasty food Plazaをご紹介します。☟(*^-^*)☟ 

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この☝写真は、4月5日(金曜日)、北京時間21時過ぎ、現地時間の19時過ぎ、奥然喀依巷から撮影したものです。

この広場、昨年夏にはまだ存在していませんでした。

知人の話だと、政府の鳴り物入りで24時間ぶっ通しの突貫工事を行い、工期内に仕上げたんだそうです。

それを裏付けるニュースを見つけたので、ちょっとご紹介しますネ。(*^^*)

こちら☟をご覧ください。

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2018年10月14日付けのニュースです。

Tasty food Plazaに関する一部(黄色部分)だけ、訳してみます。

カシュガル古城美食(Tasty food Plaza)、順調に竣工】

カシュガル古城Tasty food Plazaは、2018年9月8日に定礎式を行い着工し、9月28日の竣工使用まで、僅か20日しか必要とせず、新時代の「カシュガルスピード」を十分に見せつけた。

建設面積7,000平方メートル、合計143の飲食ブースを備え、2,000人余りの来客が同時に食事とショーを鑑賞することができる。

 

私が昨年夏、カシュガルを訪れたのが6月28日~7月1日。

その時には、影も形もありませんでした。

それから2か月後に工事が開始され、たった20日で完成?

「それってどんな建築物なの?」と、気になりませんか?(笑)

ということで、20日間で作り上げられたTasty food Plazaの中、入ってみましょう!\(^o^)/

 

こちら☟は、4月8日(月曜日)、北京時間23時前、現地時間の21時前のTasty food Plaza正面。

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現地時間ですら既に21時前なので、Tasty food Plazaの中は閑散としていました。☟

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奥の方、暗くなっている所は食事をしながらショーを見ることができるスペースです。☟

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ショーを見るために暗くしてあるのか、閉店時間間近で照明電源を落としたのか、それは謎。(^^;

 

手前のフードコートで買った料理は、すぐ側にある席で食べられます。☟

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なんとなく、体育館を貸切って飲食フェアをやっているような雰囲気。

少しでも風が吹くと、路面の砂塵が舞い上がるカシュガル

体育館の中と思うと異国情緒は乏しいですが、衛生面では高評価かも?

 

では、奥の暗くなっている方へ行ってみましょう!\(^o^)/☟

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手前の明るい部分は方形、後方の暗くなっている部分は円形の構造なので、ここはブースが弧を描いて並んでいます。

看板の文字に露出を合わせたので、周囲が必要以上に暗くなっています。

実際は、もう少し明るいんですヨ。(笑)

写真にはNo.3とNo.4ブースが写っています。

看板のメニューは、烤包子・各種ナン・羊鶏牛の3種類のポロ。

 

舞台では、新疆の民族舞踏を上演中。☟

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この時間(北京時間23時)になっても、ショーがあるんですね。

吾斯塘博依路にある「買閣来大劇院」(老城西側地図⑩)のショーは、北京時間の21時頃から始まって、22時半には終了しました。

テーブルについているお客さんは多少いるけれど、舞台を見ているのかどうか?

大勢で賑やかに踊っているならともかく、一人だとちょっと心が折れそう。

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そんな中、無心に民族舞踊を踊り続け、シルクロード気分を味合わせてくださって、ありがとうございました!(*^-^*)

 

で、こちら☟が、舞台横辺りから明かりのついている方を写したものです。

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この時間だから当然なんですが、お客さん、少ないでしょう?

このTasty food Plazaを訪れるなら、もう少し早い時間をおススメします。(*^-^*)

 

余談ですが、この日4月8日は3万2千歩も歩きました!(^_^)/

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前日の7日も3万歩近く歩いていたので、少々食べ過ぎても体はスッキリ引き締まった感じ!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

ところが・・・・・・、西安に戻って通常生活に復帰すると、運動量激減、強烈なリバウンドが待っていました。(T_T)

 

 

【東⑱⑲闊納代爾瓦扎路・恰薩路・欧爾達西克路】 

この辺り、近くに小学校があったり、政府のサービスセンターがあったりと、他の場所より民族色が薄く感じます。

でも、老城東の入り口への行き返りでは、ここを何度も通りました。

のけ者にするのはかわいそう。(笑)

なので、簡単にご紹介しておきたいと思います。(*^-^*)

 

【闊納代爾瓦扎路・恰薩路・欧爾達西克路の十字路⑱】

4月8日(月曜日)、北京時間17時頃、現地時間の15時頃。

奥然喀依巷の散策を済ませ、一度ホテルへ戻るため、 老城の東入り口方向から闊納代爾瓦扎路の坂を上って、⑱の十字路にまで戻って来ました。☟
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正面に白い壁の建物が見えます。

薄曇りの空の下では、パッとしませんが・・・・・・。

 

上の建物、真夏の日差しを受けると、こんなに綺麗!☟

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☝は去年、6月30日、北京時間14時頃、現地時間12頃に撮影したものです。(*^-^*)

 

☟、白い建物の手前を、奥に延びているのは欧爾達西克路。

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左手の建物が途切れた辺りに、小学校があります。

小学校を過ぎると、欧爾達西克路は左にカーブ。

そのまま直進すると、エイティガール寺院が正面に見える解放北路前のゲートに到着します。(^_^)/

 

こちら☟、上の写真の右側に写っている建物。

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布屋さんでしょうか?

この建物のお店は営業していました。(*^^*)

 

さてさて、ゆるい坂を上って来た闊納代爾瓦扎路方向に、視線を向けてみましょう!☟(*^-^*)

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この十字路にもモニュメントがあるので、アップ!☟

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楽器を演奏している三人の男性。

その横で、椅子に腰かけ語り合っている、ウィグル族のご老人三人。(*^-^*)

 

恰薩路を挟んで、上の写真の広場の向かいにある「喀什市恰薩街道社区衛生服務中心」。☟

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昨年夏は、この建物の入り口に赤い横断幕「预防接种守护生命(予防接種で命を守ろう)」が掛かっていました。

この政府機関の建物の前の道は、老城東側地図の⑫⑧へと続きます。

「喀日克代爾瓦孜路」なのか「恰薩路」なのか、地図や標識で名称が混乱している「あの」通りです。(笑)

 

この交差点、4月8日の北京時間23時半前、現地時間21時半前、Tasty food Plazaの帰りに通りかかると、人だかりが!☟

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何の集まり何だろうと横目に見ながら、写真の手前、老城東側地図の⑲の方へ立ち去りました。

 

【恰薩路⑲「薩吉耶(SAJIYE)経文学校」跡地】

前述の十字路のすぐ側なので、日時は同じく4月8日(月曜日)、北京時間17時頃、現地時間の15時頃。☟

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扉手前に設置された概要については、昨年のブログ☟でご紹介しています。

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月1日(日):カシュガル4日目_民俗展示館・古城・カシュガル駅→トルファン移動 - せいあん!

今回は、わりと最初の方に登場します。

内容は多くないのですが、よろしければご覧ください。(*^-^*)

 

 

【西②①チニ・バクホテル~カシュガル空港:タクシー配車アプリ使用】

ついに、カシュガルを去る時がやって来ました。(T_T)

4月9日(火曜日)、北京時間13時、現地時間の11時、チニ・バクホテルをチェックアウト。

チェックイン時に伝えられたように、電子マネーで払ったディポジットは現金で返却されました。

出来れば、支払いも返金も電子マネー対応がありがたいのですが、ムリなものはしかたありません。(^^;

この時受け取った現金300元、未だに使うことなく手元にあります。

財布を持ち歩かないので、現金は部屋に放置されたままなのです。(笑)

 

さて、どうやって空港まで移動しよう?

本当は来た時と同じく、市内観光用バスを利用したかったんです。

だって、2元なんですモン。(笑)

市内に来る時は、バス停が解放北路のホテル側にあったので、地下道を通る必要がなく便利でした。

でも、帰りは逆。

前日、地下道を通らず解放北路を渡るポイントを探してみましたが、徒歩で到達できる範囲には発見できず。

重いトランクを引っ張り、これまた重いナンと烤包子が詰まったトートバッグを肩に引っ掛けて、地下道の階段を上がり下りするのは避けたい・・・・・・。(^^;

そこで、チェックアウトの際、タクシーで空港に行くにはどれくらいかかるか、フロントの女性に尋ねてみました。

彼女の話では、「以前は25元くらいだったけれど、値上がりしたのでよく分からない。40元くらいじゃないか」とのこと。

40元~~~???

驚きましたが、致し方ありません。

この時ふと思い出したのが、頻繁に見ていた「百度百科」。

その画面を開くたびに、連動している「滴滴出行」というタクシー配車アプリが、「使えますよ~」と存在をアピールしていたんです。(笑)

でも、そもそもタクシー利用など念頭にない私。

その時はまともに見ていなかったのですが・・・・・・。

珍しく使ってみようかな?という気になりました。

因みにこのサービス、乗車地点の詳細確認を、運転手さんと電話で行わなければなりません。

それが面倒で、私は過去1度しか使ったことがありませんでした。

 

「今すぐ呼ぶ」で注文を済ませ、ドキドキしながら、スマホ画面を凝視。

私の注文を受けた車が、解放南路→解放北路、鋭角ターンして色満路へ移動してくるのを目で追っていたら・・・・・・。

有名なホテル前だったせいか、電話なしで迎えが到着。

後は、システムが示す最短経路で空港へ!☟

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注文の段階で予想金額が提示されています。

ほぼその通りの19.2元!(1元=16円換算で、約310円)

金額の明細は、走行距離・時間・一定距離オーバー以降の1キロ当たりの費用で構成されています。

思いの外、便利でお得でした。(*^-^*)

 

 

【西①カシュガル空港(出発)】

順調にターミナル入り口まで到着しました。\(~o~)/

ちょうど、☟の写真で薄い緑色のタクシーが停車している辺りで下車しました。

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ここで、カシュガル到着時、バス出発ギリギリで飛び乗ったため、空港の写真を撮っていなかったことを思い出しました。

もう来ることもないだろうし、仮に機会があったとして、今とは全然変わっているハズ。

今日の姿は、今日しか写せない!

そこで、ついさっきタクシーに乗って通過した場所まで、トランクを引っ張って戻って来ました。

最初から、ここで降ろしてもらえばよかった~。(笑)

それでも、まだターミナルに近すぎて、「喀什」という漢字もウィグル文字も、半分屋根に隠れたまま。(^^;

でも、これ以上遠ざかろうとすると、駐車場出入口のゲートまで行ってしまいます。

仕方ありません、これで満足します。(笑)

 

上の写真のターミナルは、出発専用。

到着ターミナルは、左手にチラッと見えている、こじんまりした建物です。

 

今度はターミナルに入るべく、接近。☟

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新疆なので、ターミナルに入る際にも、トランク・手荷物と人間の安全検査があります。

ここで、順番が来てトランク・リュック・トートバックをコンベアに載せ、私自身もX線チェックを受けて、チェックインカウンターへ行こうとしたら・・・・・・。

トランクの短辺を立てて通過させたため、「中の画像が見えない、倒してやり直し!」との命令が。(T_T)

リュックとトートバッグは地べたにドサッと置かれ、かなりショック。

もう一度並び直し順番待ちをしていると、他の人は立てたままでOKが出ているではありませんか!

なんて、理不尽!!!

 

こちら☟、再チェックでOKが出て、やっと入って来たターミナル内の様子です。

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中国の身分証明書があれば、自動チェックイン機が使えます。☟

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でも、パスポートは・・・・・・、カシュガルでは非対応。

直接、カウンターへ向かいました。

 

トランクを預け、安全検査へ。☟

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ここ☝を入ったところで、搭乗券にハンを押してもらい、左手の手荷物・身体検査へ。

 

安全検査のコンベア前で、荷物を入れる大きなプラスチックケース以外に、カラフルで小さなケースを見掛けました。

私、てっきりスマホや充電器などの小物を入れるケースだと思ったんです。

ところがそれ、脱いだ靴を入れるものでした。(゚Д゚;)

慌てて、スマホやパスポートを取り出したのは言うまでもありません。

去年夏、コルラ空港でも裸足でボディチェックを受けました。

でも、コルラでは検査機のすぐ手前で靴を脱ぎ、検査機を潜ったすぐ内側にボディチエック用のお立ち台があって、それが済むと靴を履けました。

それらの場所を、少なくとも私が見ている間、検査員が土足で歩くことはなかったんです。

しかし、カシュガルでは長いコンベアの手前で、各自靴を脱いで籠に入れます。

そこからコンベアに沿って裸足で歩かされ、ボディチェックを受けます。

検査を終えて出て来た靴を履位置は、人に寄ってマチマチ。

土足と裸足が入り乱れます。

更に、検査員が土足で歩き回っていて、とても不愉快!!!

中国の他省では、冬場、ブーツを履いていると、かなりの確率でブーツを脱がされます。

でも、スリッパに履き替え、ブーツが再検査を受けて出てくるのを座って待つだけ。

座って待つだけでも、スリッパの用意があるのに・・・・・・。

カシュガルでは全員靴を脱ぐため、いちいちスリッパを渡すのは不便かも知れません。

でも、それならせめて床にカーペットとか敷いて、土足厳禁エリアを確保して欲しい!!!

土足で踏んだ場所を裸足で歩いて、そのまま靴を履くなんて、イヤ~~~!!!

なんて、私が神経質なだけで、大半の旅行客はそんなこと気にしていないのかも知れません。(T_T)

 

やっと靴を履いて受け取ったリュックは、こんな状態でした。ドロドロ。☟(T_T)

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前側も同様です。

この汚れ方、新疆のローカル駅の荷物検査なみかと・・・・・・。

 

安全検査を終えると、エレベーターで2階に上がります。☟

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3番搭乗口からボーディングブリッジへ移動するのですが、2階に上がってみると既に搭乗口に人だかりが???☟

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この時、まだ北京時間の14時05分。

搭乗券に印字された搭乗開始時刻は14時20分。

随分早い、搭乗開始です。

 

とりあえず搭乗待合ロビーの様子を写して、お手洗いに行って・・・・・・。☟

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列に並びました。☟

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これで、カシュガルとお別れ・・・・・・。(T_T)

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少し前まで腹を立てていたのですが、これで最後と思うと苛立ちは消え、寂しさが込み上げて来ました。(T_T)(T_T)(T_T)

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こうして、早々に乗り込んだのですが・・・・・・。

航空管制のため、滑走路に入る順番がなかなか回って来ず、ボーディングブリッジの側で待機。

結局、北京時間14時50分出発の予定が、北京時間15時30分まで遅れました。(^^;

 

西安到着は19時24分。☟

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しばらく滑走して、飛行機を下りる頃にはもう真っ暗。

この時季の西安の日の入りは19時10分くらいでした。

定刻の18時55分着だったら、まだ薄明るかったのに。

 

それからリムジンバスに乗り、大唐西市城まで戻った時には21時半を回っていました。

ここ☟でも、三日月がいい位置に下りて来ていたので、旅の締めくくりに撮影。(*^-^*)

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☝の建物は歴史的建造物ではなく、ただのホテル。

なのですが、このホテルとその左右にある駱駝に乗る飛天と楽隊のモニュメントを見ると、戻って来たな~と実感できるんです。

「帰りました、西安!」(*^-^*)

 

💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛


2019年4月カシュガル旅行のご紹介も、なんとか最終回を迎えました。(*^-^*)

今回で5回目。

既に、カシュガルから戻ってか1か月以上経過・・・・・・。

いつも時間がかかってしまいます。(^^;

でも、その分、私個人としては、今日やっとカシュガルから戻って来たような、1か月以上旅行していたような、お得な気分を味わっています。(笑)

 

どこの地域でも、変化が非常に速い中国。

「一帯一路」が提唱され、内陸の国々との連携強化もあり、カシュガルの発展も一層加速していくんだろうと思います。

もし、また訪れることができるなら、その変化を楽しみにしたいと思います。

もうチャンスがなかったとしても・・・・・・。

今は便利な世の中。

知人が突然エイティガール寺院前広場や、老城の路地の写真をWeChatで送ってくれるので、遠いカシュガルの様子も身近に感じられます。

大好きなカシュガル

これからも、注目していきたいと思います。


今回、2万字を少し超えました。(^^;

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

2019年4月のカシュガル旅行ブログ、以上で終了です。m(__)m

せいあん!特別編_2019年4月5日~9日_カシュガル旅行:(その4)老城以外(吐曼橋・カシュガル地区博物館<郷土料理・徠寧城遺跡>・青年北路)・老城東側 (欧爾達西克路・阿熱亜路・恰薩路・人民広場)+西安「湘子廟」

2019年5月8日(水曜日)。

労働節終了翌日の5日夕方から雨が降っていましたが、やっと晴れました。\(^^)/

幸い、労働節期間中は晴れと曇が半々で、雨が降らずに何より。

好天だった労働節最終日の5月4日、知らずしらず西安に来て初めての場所へ足を踏み入れていたので、本編前にちょっとご紹介いたします!(*^^*)

 

場所は、西安城壁南門に近い「徳福巷」です。

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回民街を西から歩いて来た私は、その後、鼓楼の前で西大街の地下道を通り、「竹笆市」を南下。

これまでは竹笆市を南下後は、東(右)へしか移動したことがありませんでした。

でも、この日は南門で待ち合わせ。

しかも時間に余裕がありました。

ちょっと探検してみよう!みたいなノリで、「徳福巷」へ入ってみました。

すると・・・・・・。

コーヒーショップやバーが並んだ、綺麗な路地が出現!☟

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結婚を控えたカップルが結婚写真を撮影中。

お店軒先に並べられたテーブルでお茶をしている人たち。

他の場所とは異なる、つやつや磨かれたような路面の敷石。

和食の居酒屋もありました。

私の生活とは無縁な空間ですが、天気の良い日に散策するには持ってこいな雰囲気です。(*^-^*)

 

まっすぐ進んでいると、徳福巷が90度東(地図:右)にカーブする辺りの正面に、現代的な空間とは趣を異にした建築物の壁が登場。☟

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お寺???

 

好奇心に駆られ、建物を正面に回り込むと・・・・・・。☟

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お寺ではなく、「湘子廟」という道観でした。

百度百科によると、「湘子廟は『八仙』の一人韓湘子が出家した地であり、宋代に創建されたと言い伝えられている。」とのこと。

 

自由に見学できるようなので、中に入ってみました。☟

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そんなに広くはありません。
でも、すぐ側に南門があるとは思えない、静かで落ち着ける場所でした。

 

☟右は、南門前から路地に入る場所にある牌楼。

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この牌楼、南門を挟んで書院街の入り口にある牌楼と向かい合っています。☟

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春節前に撮影していた写真です。

「湘子門」という文字は認識していたのですが、その奥に道観があるとは思いませんでした。

迂闊なことで、お恥ずかしい。(^^;

帰国前に見学できて何よりでした。(*^-^*)

 

前置きはこの辺にして、カシュガル旅行のご紹介を始めます。(^_^)/

目次

 【観光マップ】

毎度お馴染みの、地図登場~~~!!!\(^o^)/

カシュガル老城(全体)

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全体感をご確認ください。(*^-^*)

 

カシュガル老城(解放路の西側)

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前回でご紹介が終わりました。

でも、カシュガル地区博物館の紹介時に、少しだけ再登場します。(*^^*)

 

カシュガル老城(解放路の東側)

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今回、ついに東側のご紹介に取り掛かれます!(*^-^*)

 

カシュガル老城以外

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今回は、この「老城以外」の④⑤⑥からスタート!(^o^)/

私の移動に合わせ、吐曼橋を西から東、東から西、そして④⑤の夜景という順にご紹介していきます。

 

カシュガル老城以外】

【吐曼橋④⑤⑥観覧車・カシュガル市都市計画展示館・高台民居】

4月7日(日曜日)、北京時間16時前(現地時間14時前)。

昼下がりのカシュガルの空は、朝からの快晴をキープして真っ青!☟

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吐曼橋の西のたもとから仰ぎ見た、青空をバックにそびえる観覧車。

雲一つない青空なので、レンズに付着した埃の影が目立ちます。(^^;

 

進行方向の吐曼橋。☟

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最初は、この橋を東に向かって渡りながら、左右の景色を鑑賞しましょう。(*^-^*)

 

吐曼橋を少し進んだ場所から、左手(北)を望むと・・・・・・・。☟

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去年、入り口で立入禁止と言われ、見学できなかった「高台民居」が見えます。

知人の話だと、昨年冬場、建築物壁の強化工事が行われていました。

今回は吐曼橋から眺めただけなので、その後、見学可能になったのかどうかは確認していません。<(_ _)>

詳細は、以下☟をご参照ください。

西安大唐西市博物館(その51:3階シルクロード硬貨展示ホール_インド亜大陸の四大帝国及び諸王朝_③インド・サカ王朝・④インド・パルティア王国・⑤大月氏/現在のカシュガル「高台民居」の様子) - せいあん!

 

アップにしてみました。☟

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「老城」のように観光用に改造された場所ではないので、狭い通路を大勢の見学者が歩き回ると、やっぱり老朽化に拍車をかけてしまいそうな印象を受けます。

 

今度は視線を右側(南)に向けてみましょう!

東湖公園の「喀什市城市规划展示馆(カシュガル市都市計画展示館)」が見えます。☟

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空も、湖面も青い~~~!!!

このまま、カシュガル市都市計画展示館を眺めながら、先に進みます。

 

かなり真横近くまでやって来ました。☟

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☟、少し引いてもう一枚!

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シャッターを切る一瞬前、カシュガル市都市計画展示館からボートが飛び出してきました!

偶然のたまものですが、いい場面が撮れたな~と。(#^.^#)

 

吐曼橋の東のたもとまで、後わずか。☟

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前方の建物の白い建物は「結核予防治療センター」。

建物てっぺんに時計が設置されていますが、あの時間は正しくありません。(笑)

この後、前方の交差点を渡ります。

 

交差点手前まで来ると、カシュガル市都市計画展示館の後面が見えます。☟

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交差点を渡りました。(*^^*)

橋たもとの側から、吐曼河越しに高台民居を遠望。☟

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吐曼橋の西にたもとにある観覧車や、観光タワー、チニ・バクホテル(手前の草の陰)も見えます。

 

更に、高台民居の後方には岩山も!☟

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手前にはピンク色の花が咲いていました。

 

この後、☟の坂道を上って、カシュガル地区博物館とアスラン・ハーンのお墓へ向かったのですが・・・・・・。

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でも、それは吐曼橋の景色を全て見てからご紹介!(*^_^*)

今は、この場所から西へ引き返す時に見た風景をご覧ください。

 

時刻は北京時間18時半、現地時間の16時半です。

日差しが傾き始め、同じ場所からの景色も少し色合いが違いますネ。☟

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日が傾き日差しが和らいで、更に少し雲も出て、写真の色合いが明るくなっています。

そう言えば、吐曼河、ちょっと臭っていました。(笑)

 

高台民居の手前には公園が。☟

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涼しくなり始めたので、散策している人影もチラホラ。

新緑とピンクの色合いがキレイ。

私も行ってみたかったのですが、あそこまで行くには、まず観覧車の下まで行き、更にこっちに向けて歩いて来なければなりません。

諦めました。(^^;

 

西へ戻る時は、吐曼橋の両脇にある遊歩道を歩いてみました。☟

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☟、水面に写りこむ景色がお気に入りです。(#^.^#)

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高台民居と手前の公園をアップ。☟

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こうして、高台民居は遠くから眺めるだけに終わりました。

 

吐曼橋の西のたもとに到着し、遊歩道から人民東路の歩道に上がって来ました。

ちょうど下を通る時、見上げるように写した観覧車。☟

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無機質な銀色に光る観覧車と、夕方の空の色、木々と芝生の新緑。

この時季に来て正解だった~と思ったのは、何回目?(笑)

 

ここからは夜景です!

4月8日(月曜日)、北京時間の22時過ぎ、現地時間の20時過ぎ。

ライトアップされた観覧車と、左横の三日月。☟

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昼間、動いていなかった観覧車。

どなたかのブログで、観覧車からカシュガル市内を眺望したとありました。

ブログの季節は冬だったと記憶。

なるほど、4月ともなると昼間はゴンドラ内が暑いので、夜になったら動くに違いない!!!

さあ、今回は乗るぞ!

と楽しみにやって来たら・・・・・、夜も動いていませんでした。(T_T)(笑)

 

ところで、観覧車に乗れないと知り落胆する前から、聞こえてくる音楽と司会者らしき人の声がありました。

方向は、カシュガル市都市計画展示館のあたり。

何かイベントをやってるのかな???\(~o~)/

ついてるな~と、ちょっと期待!💛

ワクワクしながら観覧車側まで来ると、歌詞が聞き取れました。

曲目は「我和我的祖国(私と我が祖国)」。

同時に、同じ曲がエンドレスで流されているのにも気付きました。

おそらく何かの番組で、大トリに祖国への愛を歌った部分。

この曲の終わりに、司会者がシメの言葉を語った後、感極まった高らかな声で「我愛中国~~~!」と祖国への思いの丈を叫んでいます。

どこかに設置されたスピーカーから流れるその歌声と叫びを聞きながら、夜のカシュガル市都市計画展示館の鑑賞、スタート!(笑)

 

まず、道路横断!☟

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左手が観覧車側。

吐曼橋中央、運よくやって来る車ナシ。

カシュガル市都市計画展示館側へ移動完了!(^_^)/

 

遊歩道へ下りて、夜景を鑑賞。☟

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☝☟で色合いが違うのは、カメラとスマホの画像処理の違いです。

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スマホの夜景モード、実際より明るく鮮やかに写ります。(笑)

 

遊歩道から、観覧車と三日月を。(*^-^*)

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この頃には、私の脳は完全に「我和我的祖国」に洗脳されてしまいました。

知らず知らず、口ずさんでいる私。(笑)

 

観覧車は動いていないし、下から写真も撮ったし、カシュガル市都市計画展示館の夜景も見終えたことだし、ホテルへ引き返そうかな~と思ったのですが・・・・・・。

夜、わざわざここまで来たんだから、観覧車の真下まで行っちゃえ!!!

と、薄暗い階段を上ってやって来ました!\(^o^)/☟

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肉眼で見た明るさは、この☝写真(カメラ撮影)と、下の写真(スマホ撮影)の中間くらい。

カメラ撮影後、カメラの液晶画面を見た感想は・・・・・・。

「デストロイ!!!」

☟『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』に登場する、モビルアーマーのことです。(^^;

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共感していただける方がいらしゃるかどうか・・・・・・。(笑)

 

ところで、ここでも、階段を上がり切る手前に安全検査用のX線装置が設置されていました。

荷物だけでなく、人がくぐるタイプの装置もアリ。

係り員らしき若者が「荷物は通さなくていい」と言うので、人用の装置の下を通過。

そこを通らないと先へ進めないのです。

その人用装置、稼働していませんでした。(笑)

 

観覧車のライトアップを際立たせるためなのか、ここはちょっと薄暗め。

観覧車の足元の僅かな敷地の端っこで、観光タワーを眺めている二人。☟ 

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この一組と、もう一組写真枠外にいた以外は、安全検査装置のところにいた若者たちだけ。

私がここを後にする頃には、若者の一部は遊戯施設の方に行っていました。

現地時間では20時半頃、でも北京時間だともう22時半。

ちょっと危険???

珍しく、不安???

いつでもどこでも人が多い中国なので、通常、遅い時間でも不安を感じることはありません。

カシュガルでもこの後回った老城周辺は、まだまだ観光客がかなりいました。

そこが見えてくると、不安は自然と解消。

人が少ないと、不安を呼ぶものなんですね。

最近、日本帰国時、地元で夜20時頃散歩をすると、以前は全然平気だったのに、あまりの人気のなさと、街灯の暗さに不安を感じるようになっていました。(笑)

 

そろそろ帰ろうと思っていたら、観光タワーを見ていた二人が場所を移動!

それなら!!!と、敷地端まで行って、観光タワーと昨年9月末に完成した「美食広場」方向の夜景を撮影。(^^)v☟

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左下から前方の延びている道は吐曼路。

その先に見えているのが美食広場です。

この場所から見た時は、美食広場の灯りが何なのか分かっていませんでした。

側まで近づいてやっと、「あぁ、この道、ここへ続いてたんだ~」と気付いた次第。

老城は、美食広場や他の建物に遮られ、ほとんど見えていません。

右側中央辺に見えている建物は高台民居です。

 

以上で、吐曼橋のご紹介は終わりです。(*^-^*)

引き続いて、カシュガル地区博物館へ向かいましょう!!!\(^o^)/

 

【⑦カシュガル地区博物館】

さっきまで夜だったので、頭を昼に戻してくださいネ。(*^^*)

既出の写真☟で吐曼橋を渡り・・・・・・。

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更に既出の写真☟で、「賓河北路」を横断。

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☟、人民東路の坂を上ります!(*^^*)

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坂を上り切った場所にはロータリー。☟

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このロータリーの向こう側の道路は「世紀大道」。

右手は「青年北路」で、こちらに進むと「アスラン・ハーンのお墓」の方へ。

左手の「塔吾古孜路」へ曲がるとすぐ、カシュガル地区博物館へ到着です。(^_^)/

 

交差点を左に曲がって、直線ルートに入った所。☟

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左手に街路樹ではない木が2本見えますが、あの向こう側がカシュガル地区博物館です。(^o^)/

 

こうして見ると、柵が閉まっているので休館のよう。☟

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でも、扉の内側に座っている警備員さんがすぐに立ち上がって、扉を開けてくれます。

パスポートの提示を求められ、それから向かって左の検査機の下を通って中へ。

☝の写真だと見えないかも知れませんが、検査機の向こうから警備員さんがこちらを見ています。(*^^*)

それに、手前の柵に目を奪われて見落としがちですが、落ち着いて見ると、建物2階の扉は開いています。

私、現地でここに到着した時には、気付きませんでしたケド。(^^;

 

撮影順と違いますが、先に、入り口の内側をご覧ください。☟

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涼しい木陰に腰掛け、来館者を待つ警備員さんお二人。

 

昨年夏は博物館の名前を写したかったので、国旗を避けて横から撮影。

そのため博物館正面写真がなかったので、遅ればせながら貼っておきます。☟

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展示されているのは2階、3階なので、正面両サイドにある階段を上って受付けへ。

 

受付けは、☟の左手にあります。

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受付けの後ろにウォーターサーバーがあって、そこで水筒にお水をつぎ足しさせてもらえますヨ。(*^_^*)

 

【郷土料理】

昨年のブログで、展示品についてはほぼ紹介済み。

なので、今回は新たに気になった所だけピックアップしました。

どれも見学中に発見したのではなく、撮って来た写真を整理していて気付いたものばかりです。(笑)

その一つ目が、こちら。☟

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1階左手、見学コースのスタート地点に当たるコーナーの一部です。

注目したのは、カシュガル郷土料理の紹介パネル。

ここで、今年のカシュガル旅行ブログを書くにあたり、料理名が分からず検索しまくった料理がいくつも掲載されていました!

諾爾貝希路のアイスクリーム屋さんで進められた「ワンタンのような小さな餃子」は、上の写真上段左から3番目の「曲曲(チュルチュレ)」。

諾爾貝希路の写真で出て来た「缸子肉(ガンズロウ)」は、2段目左から3番目。

この料理を食べた時の写真は、次回、ご紹介します。(*^-^*)

名前は憶えていたけれど、西安にもあるため、「なぜカシュガルの郷土料理?」と悩んでいた「涼粉」。

博物館で紹介されているなら、悩む必要などなく、地元の名物料理です!

上にトッピングされたひよこ豆も同じ!(^^)/

博物館の展示品、写真や複製品でも得ることはいっぱい。

もっと真剣に見なくては!(反省中)

去年と違うところは、QRコードが所々に設置してあること。

スキャンすると展示品に関する情報が得られます。

このコーナーには、こちら☟が置いてありました。

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何も表示がないので、スキャンしてみないと何に関する説明か分かりません。(笑)

これは、今では非常に珍しい、千人分の「抓饭(ポロ)」を作る料理人さんと、調理している所を映像で紹介したものでした。

お店の名前は「买买提萨提师傅的儿子阿吉抓饭店」。

日本語に訳すと、「買買提薩吾提シェフの息子阿吉のポロ店)」みたいな感じでしょうか?

☝については、WeChatだけでなく、LINEでも読み取りできました!!!\(^o^)/

良かったら、試してみてください。(*^-^*)

 

【徠寧城遺跡】

去年に引き続き、またしても痛恨の極みなのですが・・・・・・。

博物館の写真を整理していて、こんな遺跡のパネルを撮影していたことに気付きました。

タイトルにもありますが、「徠寧城遺跡」という遺跡です。☟

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パネル右下には、遺跡の名称と所在地が記されています。☟

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この部分☝、わざわざアップを撮っているにもかかわらず、その時点で「市内のどこにあるんだろう?」と考えなかったことが、痛恨の極みなのです。(T_T)

 

なぜなら、この遺跡は宿泊しているチニ・バクホテルのすぐ近くにありました!!!☟

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②がホテル所在地で、赤線で囲んでいる所が徠寧城遺跡。

この観光案内地図上の遺跡名、冒頭でご紹介している「老城西側」地図にはありません。

通り名等を追加する際、日差しや風雨にさらされ汚れていたので、私は余白部分を同色で塗り直しました。

その時、

「こんなに近くに遺跡があったんだ・・・・・・」

と気付きはしたものの、

「でも、見学していないし、関係ないや!」

と、安易に塗り潰してしまったんです。(^^;

その時は、この遺跡が博物館で撮影したパネルの遺跡だとはまったく思い至りませんでした。

その後、写真を順次整理していく過程で遺跡名を目にし、衝撃を受けた次第です。

 

百度地図で検索すると、こんなに近いという・・・・・・。

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ホテルから、約600メートルです。

上の百度地図で見えている青字の「184メートル」は、チニ・バクホテルからの距離ではありませんので、念のため。<(_ _)>

上のパネル写真で、大通りが右にゆるくカーブしている場所の左側に、 Eden Cafeがあります。

上空から見なければ、ただの土壁・・・・・・。

自分の迂闊さを、こう言い聞かせて慰めています。(笑)

 

さて、この徠寧城遺跡、どんな遺跡なのでしょう?

☟は、昨年夏に撮影したものです。

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写し方からも、この遺跡にはまったく気付いていないことが分かると思います。

ひとつのコーナーとして、写しただけ。

確認してみると、昨年のブログでは、パネル下に展示されている硬貨と印章のみを紹介していました。

このコーナー、清代のシュガルが新疆南部において政治の中心であったことを紹介しています。

私は唐代を偏愛しているので、それ以外の時代のもの、特に唐より後の時代になると、興味を示さないこともしばしば。(^^;(^^;

昨年は「清代の遺跡か~」くらいに見流したんだと思います。

 

以下、徠寧城遺跡の概要です。☟

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参考に、一部訳してみますネ。

【徠寧城遺跡】

1759年、清軍は「大小ホージャの乱」を平定し、天山南北を統一。翌年、カシュガルに新疆南部の八大都市を統括するカシュガル参賛大臣を設置した。1762年、参賛大臣の衙署として、カシュガル旧城(現カシュガル市区東半分)の北西2里余りの場所、元「波罗尼都(カシュガル人)」が私有していた庄園所在地に新城を建設した。新城には四つの門があり、周囲は二里五分余り、高さは一丈四尺、基部の厚みは六尺五寸、最上部の厚みは四尺五寸あった。

1771年(清乾隆三十六年)、清高宗は正式にこの城に「徠寧城」の名を授けた。当時、カシュガル現地住民は、その城をカシュガル新城(満城)と呼んだ。

1794年、徠寧城の南門外に多くの商業店舗が建てられ、内地から移って来た満州賊・漢族の商人による商売が始まった。

1826年7月、ジャハーンギールが大規模な武装によりカシュガルに侵入し、カシュガル旧城を攻落した。カシュガル参賛大臣の慶祥は残存部隊と1000人余りの漢族商人を率い徠寧城へ撤退し城を守り、初戦で3000人余りのコーカンド・ハン国侵略軍を破り、敵800人を倒した。

1826年9月28日、ジャハーンギールは地下道を掘り徠寧城を攻落、慶祥は自殺し国に殉じ、徠寧城の大半が戦火により破壊された。(※カシュガル政府のサイトでの紹介では、「城壁も城内外の建物も全て壊滅」とあります。)

1898年、清軍カシュガル副将協台衙署を徠寧城跡地に設置した。この時、カシュガル城は既に西に拡大し徠寧城の側まで迫っていた。副将軍の楊徳俊はカシュガル城の西に城門を一つ設け、協台衙署の所在地と通じるようにした。また旧徠寧城の城壁址に半円型の城壁を増築し、「月城」と称した。現地のウィグル族は「尤木拉克协海人(円形城)」と呼んだ。

解放以前、この城は国民党の駐疆42師騎兵第9旅司令部であった。

 

激動の歴史を経て、現在まで残った城壁遺跡なんですね。

老城からさして遠くない場所にあるので、カシュガルへご旅行の際、お時間に余裕があれば足を延ばしてみてください。(^_^)/

 

以下、参考にさせていただいたサイトです。 

徕宁城遗址_百度百科

http://www.kashi.gov.cn/Item/25804.aspxカシュガル政府のサイト関連ページ)

老照片:新疆喀什1906年,威震四方的徕宁城(昔の写真が見られます)

ブルハーン・アッディーン - Wikipedia(大小ホージャの乱)

ジャハーンギール・ホージャ - Wikipedia

コーカンド・ハン国 - Wikipedia

 

カシュガル地区博物館の展示品については、よろしければ、こちら☟をご参照ください。(^o^)/

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月29日(金):カシュガル2日目 (2)カシュガル地区博物館・香妃墓 - せいあん!

 

【青年北路⑧ アスラン・ハーンのお墓】

カシュガル地区博物館を後にし、最初はそのまま老城へ戻ろうかと思ったのですが、せっかくここまで来たので、 アスラン・ハーンのお墓前まで行って来ました。

お墓の「前」まで・・・・・・。

入り口を探すことは、最初から放棄。(^^;

カシュガルに来たので「ご挨拶に立ち寄る」といった気分です。(笑)

 

 カシュガル地区博物館がある塔吾古孜路から交差点を渡って、青年北路へ。☟

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 昨年も気になった道路名。

 

ホテルフロントにあった旅行社チラシの裏にあった地図では、以前のまま「艾爾斯蘭汗路(アスラン・ハーン路)」となっています。☟

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ここでも、昨年は目的地がどこかすら分からず、地元の人に尋ねながら進んだため、非常の遠く感じました。

今年は距離感を掴んでいるので、気楽に景色を眺めながら青年北路を前進。☟

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いい香りを放つ薄紫色の花をつけた木が数本並んでいました。

花の色・形をもとに検索してみると、「キリ」のようです。

 

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青年北路に、街路樹のように植えられている花蘇芳。☝☟

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こういう景色、春でないと見られません。\(^o^)/

 

キレイな春の風景を楽しみながら、あっという間にアスラン・ハーンのお墓に到着。☟

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ズームにして、柵の隙間から撮影。

☝の写真を見ると、中に入れたのかな?と誤解を受けるかも。(笑)

赤い中国結びの飾りは、春節の名残り?

 

そして、これもまた昨年同様、お墓側の駐車場から側面を撮影。

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今、旅行社チラシ裏の地図を見ると、慕士塔格西路まで南下して西に曲がれば、お墓見学が出来る入り口に辿り着けそうな気もします。

でも、もう確認するチャンスなし。(T_T)

 

以上で、「老城以外」の場所の紹介を終了します。(*^_^*)

 

 

続いて、やっと出番!

老城東側へ移動します!!!\(^o^)/

 

【東①②欧爾達西克路】

これからご紹介するのは、老城東側の地図でピンク色に塗った欧爾達西克路。

私が宿泊していたチニ・バクホテルから欧爾達西克路へは、諾爾貝希路を解放北路まで出て、地下道を通って東側へ渡ります。☟

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この地下道は地下商店街になっているので、階段を下りた所に手荷物検査のX線装置があります。

ボディ用のものもあったような?

先月のカシュガル旅行から、既に1か月経過。

色々と記憶が薄れ始めています。(T_T)

基本、通行人は自発的にチェックに協力しています。

でも、例外はいつでもあるもの。

それを見たので、ここでも一応お辞儀をして素通り。

そういう煩わしさを避けたいなら、商店街になっていないスーパーIHLASの手前から下りる地下道がおススメです。

 

【①欧爾達西克路ゲート】

地下道を渡って、欧爾達西克路のゲート内に入って来ました。☟ 

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正面にエイティガール寺院が見えます。(*^-^*)

 

こちらは夜通過した時の様子。☟

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因みに、老城西のゲートは昨年夏との比較を行ってきたので、東側でもやってみたいと思います。☟

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昨年はゲートを意識していなかったので、右端にちょろっと写っているだけ。(^^;

でも、規模の違いは分かっていただけると思います。

 

それでは、欧爾達西克路を北東に向け進みます。(^_^)/

前方、昼間の様子。☟

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通りの頭上には昨年夏に見たカラフルな三角形の飾り以外に、赤い提灯もぶら下がっています。(^o^)/

今回私が見た中では、老城東西合わせて、飾り付けが一番賑やか、商売しているお店も一番多い通りでした。

扱っているのは、ほとんどが食品。

観光客だけでなく、地元の人もたくさんいました。

この通りは季節に関係なく、いつも賑わっているのかもしれません。(*^-^*)

 

以下、異なる日に撮った写真を進行方向順に並べているので、空の色合いや人出もマチマチです。(^^;

こちら☟は4月5日(金曜日)、北京時間の20時頃。

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現地では18時頃で、ちょうど食事時。

通りには人が溢れています。

 

更に前進したところ。☟

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こちら☝は4月8日、北京時間の13時半過ぎ(現地時間11時半過ぎ)で、昼食時間前?

路上の人影はまばらデス。

その分、屋台に並んでいる商品がハッキリ見えますネ。(*^-^*)

 

次の3枚は、4月5日の北京時間22時半前。(現地時間20時半前)。

ザクロジュース屋さん。☟

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搾りたてが飲みたかったので、買わずに眺めただけ。

カシュガルで見かけるザクロは、西安でよく見かけるものより、表面が少しデコボコしています。

 

西安の回民街で見かけたザクロ。☟

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表面が見えるものは、左端に数個しかありませんが・・・・・・、違うでしょう?

 

これ☟、アイスクリームだそうです。

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この写真でも、大皿に溶けたアイスが溜まっています。

これ、どのくらいの間この状態を保っていられるのでしょう???

お客さんが少なかったら、待っている間にほとんど融けてしまわない?

夏場は??

コスト回収ができるのか、すごく気になりました。(笑)

 

そして、初日のこの日、この通りで薔薇ジャムや唐辛子を挟んだ小型のナンを発見!

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他にも胡桃入りのものがありました。

バラ売りと、2枚一組でパッキングされているものの2種類がありました。

とりあえず1軒!

このナンをお土産に買って帰ろうと思っていたので、初日から発見できてご機嫌です!(^^)v

 

そして、4月8日(月曜日)の北京時間17時半頃(現地時間15時半頃)、ここを通りかかった時に、購入!!!☟

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☝はホテルに持ち帰ったところ。

薔薇ジャムのナンは、運よく焼き立てが届いたので、それをほぼ買い占め状態。

ホテルに持ち帰った時はまだ温かかったため、冷めるのを待っています。

購入したのは、薔薇ジャムと唐辛子のナン合わせて28個。

西安に戻ってから量ったら、3.9キロもありました!(゚Д゚;)

更に、最終日に買った焼き立ての烤包子10個で、0.5キロ。

ナンはトランクに入れて、割れないかどうか不安。

烤包子はまだ粗熱が取れていないし、匂いもかなりします。

他の物に臭いが染み付きそうで、トランクに入れるのは躊躇われ・・・・・・。

結局、ナンと烤包子は予備で持ってきていたトートバッグに詰め込み、手持ちにしました。

合計、約4.5kg。

この他、望遠レンズまで入ってかなり重いリュックを前掛けにしての移動。

疲れた~~~!!!

でも、苦労して持ち帰ったナンと烤包子は、クラスメイトにも、先生にも、中国人の友人にも「美味しい」と評判でした!(*^▽^*)

 

☟、 引き続き、欧爾達西克路を更に前進します。(*^-^*)

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☝の写真の一番左に小さくザクロジュースを売っている屋台が見えています。

前述のお店とは別のお店ですヨ。

 

たまたま撮影していた、☝の写真に写っているザクロジュース屋さん。☟

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☟、上の屋台から更に進んだところ。

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この屋台のように、カットした果物を売っているお店もたくさんありました。

カシュガルの果物が美味しいのは、去年体験済み。

とても食べてみたかったのですが、いつカットしたのか分からないので、断念。

カシュガルだからではなく、西安の回民街でも至る所で売っていますが、買ったことはありません。

大勢の人が食べているので問題ないとは思うのですが、旅行中、お腹の調子を崩してからでは遅いので・・・・・・。

ちなみに、去年夏、敦煌で食べたフルーツ盛り合わせは、注文してからカットするタイプでした。

 

【②グルメ屋台広場】

この辺りから、進行方向に向かって右手に広場があります。

そこに屋台がずら~~~っと並んでいました。☟

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☝☟ともに、4月8日(月曜日)北京時間の17時半頃(現地時間15時半頃)。

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まだ、準備中のようです。

 

☟2枚は4月5日(金曜日)、北京時間の20時過ぎ(現地時間の18時過ぎ)。

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☝はカシュガル地区博物館のパネルにあった「曲曲(チュルチュレ)」。

 

これ☟はソーセージ???

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これ👆については何だか分からないのですが、よく見かけました。(^^;

この時間帯、広場のテーブルはお客さんでいっぱいでした。


☟夜の様子。4月5日(金曜日)北京時間の22時過ぎ(現地時間20時過ぎ)。

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☝、広場内は、まだまだお客さんでいっぱい。

 

☟、同時刻の、欧爾達西克路沿いの様子。

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広場から欧爾達西克路への出口の一つの側にあった果物屋さん。☟

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西瓜もメロンも美味しそうでした。

 

広場からの続きの欧爾達西克路沿いには、こんなお店が並んでいました。☟

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奥の方に、広場頭上の飾りが見えています。

この屋台にもあった、グルグル巻きの物体。☟

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☝、手前は鶏のから揚げです。

老城西側の諾爾貝希路にある行きつけになったアイスクリーム屋さんでも、鶏のから揚げを売っていました。

他でもよく見かけます。

どこでも、この形状。

衣がカリカリして美味しそうなのですが、1個が大きすぎて食べる勇気ナシ。(^^;

 

道の反対側で見かけた焼きとうもろこし。☟

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とうもろこしもよく見かけました。

このとうもろこし、焦げ目がとっても美味しそう!(*^▽^*)

 

奥は麺類と涼皮のようなものを売っているお店、手前はナン屋さんと乾物屋さん。☟

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レストランも並んでいました。☟

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レストランが続く辺りを通り過ぎると、賑やかだった欧爾達西克路もしだいに静かになります。☟

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上の写真、左の屋台で売られていた民芸品。☟

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灰皿だそうです。(*^-^*)

 

このまま進むと、老城東側地図の㉒へ差し掛かりますが・・・・・・。

㉒の写真は、老城東側地図で緑色に塗った阿熱亜路とそこから入り込んだ路地の紹介の際に登場しますので、少しお待ちください。(*^^*)

以上、欧爾達西克路のご紹介でした。

 

 

【東③④⑳㉑㉒(阿熱亜路と恰薩路)】

次は、老城東側地図で緑色に塗られた③④⑳㉑㉒をご紹介します。

①の側から阿熱亜路に入ろうと思うので、頭の中を☟まで戻してくださいネ。(*^^*)

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エイティガール寺院が見える場所まで戻って来ましたヨ。

☝の写真の 銅像の手前を左に曲がります。

 

☟は、昨年夏の写真。

小さく銅像が見えていると思います。

ゲートから入って来ると、この銅像の位置で右に曲がります。

 

【阿熱亜路③帽子バザール他】

阿熱亜路の方へ曲がるとすぐ、カラフルな帽子が目に飛び込んできます。☟ 

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☝は、4月8日(月曜日)、北京時間の13時半過ぎ、現地時間の11時半過ぎです。

 

 

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☝右は、伝統的な帽子。

 

こちら☟は、同じく4月8日、北京時間の21時半(現地時間19時半)。

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まだ開いているお店もありますが、大半が店じまい済み。

 

昼間に戻して、先に進みましょう!

帽子を売っているお店が途切れると、お茶を売るお店が数軒続きます。☟

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動物の干物もお茶になるんでしょうか?

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☝の下半分は、別のお店の軒先です。

よく見ていただくと、鳩が二匹、売り物を啄んでいます。

何を食べていると思いますか???

あのケースには、赤い小さな粒、食べるとピリピリしびれるような「中華山椒」が入っていました。

あの鳩たちは、刺激を求めているの???(笑)

 

阿熱亜路は弧を描くように、老城東側の東出入り口まで続きます。

なので、こんな☟感じにカーブして見えます。☟

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ここ☝の柵、 去年はちょうど工事中でした。☟

 

少し歩くと、軒下に鳥かごが掛かっていました。

側に飼いの男性がいたので、許可をもらって撮影。☟ 

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小鳥は日傘のようなものに怯えるそうで、日傘を閉じれば近寄っていいとのことでした。

最初、私が近づいて驚いたのか、籠の中を慌てたように行ったり来たり。

落ち着くのを待っていると、だんだん手前に寄ってこちらを窺ったり、のんびり遠くを見たり。

観察していると、愛着がわいてきました。(*^^*)

 

【恰薩路④】

☟は、阿熱亜路と恰薩路のT字路を、恰薩路へ曲がった所。

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前方の塔が見えている位置まで緩やかな坂を上ります。☝

 

☟、ほぼ同じ位置の、北京時間21時半過ぎ(現地時間19時半過ぎ)。

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塔に接近していくと、通りの両サイドに八百屋さんがありました。☟

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通り右手の八百屋さん、アップ。☟

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この先カーブしている場所の左手に、塔があるのですが・・・・・・。

 

先に、この八百屋さん沿いに進んだ右手にある建物をご覧ください。☟

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昨年もここを通ったのですが、昨年は「カシュガルイスラム教協会」・「経文進修学校」という青地に白文字の看板がありました。



去年夏以降、使用目的が変わったのでしょうか?

 

【恰薩路④と欧爾達西克路㉒間の路地】

では、塔の方へ戻りたいと思います。 

塔の側は、トンネル状態。☟

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この塔のある建物、住宅街のモスクじゃないかなと思うのですが、前回登場したモスク配置図では月マークがないので、違うのかも?

 

 

トンネルの下を抜けて、路地に入ります。(^_^)/

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この路地をまっすぐ進むと、左手に小さな広場があり、そこを更に直進すると、あっという間に欧爾達西克路に出てしまいます。

 

今回も去年同様、この場所で右に方向を変えました。☟

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昨年は気付かなかったのですが、この路地の建物壁上部には可愛い装飾が施されています。

場所によって形状が少しずつ異なるので、それが何を意味しているんだろうと気になりながら先に進みました。

 

観光案内地図で特色あるルートとは紹介されていないので、基本、一般的な生活空間です。☟

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4月8日(月曜日)の北京時間17時過ぎ。

現地時間15時過ぎの、静かな昼下がり。

住民の皆さんのお邪魔をしないよう、注意してスタート!

 

もう少しすると、壁際の花々がキレイに咲いて彩り豊かになるかも?

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観光タワーが正面に見えています。☟

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☝☟の建物もモスクなのかな~?

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観光タワーが見える写真に写っているお二人が、私の方をキョロキョロ見ていらっしゃったので、声をかけて、訊いてみればよかったな~。

 

この先で、路地は左に曲がります。☟

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上の写真で正面に見えている建物の左側の壁です。☟

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去年、欧爾達西克路から入ってきた時、正面にこの壁を見たはずですが、記憶にありません。

新しく描かれた壁画なのかも。

 

 

この絵の前は、小さな広場になっています。☟

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壁の装飾、色んなパターンがありましたが、この辺りだと枝から垂れ下がる葡萄のようデス。

 

上の写真の左側には、☟のような欧爾達西克路に通じる路地があります。

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欧爾達西克路までの最後の直線コース、行ってみましょう!\(^o^)/☟

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通りの両端にある建物をつなぐ回廊の下から、欧爾達西克路が見えています。

 

少しずつ、接近!☟

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北入り口へと通じる路地の入り口が見えています。

 

更に接近すると、向かいの路地のアーチがはっきり見えて来ました。☟

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去年、この向かいの路地を散策しました。

観光案内地図には、見どころがあるように色付けはされていません。

でも、さすがこの地区一帯が観光地なだけあって、綺麗な路地でした。(*^^*)

 

欧爾達西克路に出る手前に置かれたナン。☟

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ここは去年、ナンを買ったお店です。

 

4月5日、ここの前を通った時、お店の前では若い女の子二人が粽を売っていて、「ナン屋さん潰れてしまった?」と気になっていたんです。

去年と同じ位置に焼きあがったナンが置かれ、建物の中にチラッと見覚えのある姿を認めることもできたので、ホッとしました。(*^▽^*)

 

ナン屋さんの角を左に曲がると、欧爾達西克路②のグルメ屋台広場の方向です。☟

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ナン屋さんの向かいにある、北入り口へと通じる路地の様子は、こちら☟にあります。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月30日(土):カシュガル3日目_古城・高台民居・国際大バザール・茶館 - せいあん!

 

今回のご紹介は以上です。 

ここまで読んで下さってありがとうございました。(*^▽^*)

せいあん!特別編_2019年4月5日~9日_カシュガル旅行:(その3)老城西側(庫木代爾瓦扎路・塔哈其巷・阿図什巷・磨坊巷・奶品巴扎巷・玉やカーペットのお店・IHLAS)・老城以外(人民公園・ユースフ・ハーッス・ハージブのお墓)

2019年5月3日(金曜日)。曇り時々小雨。

中国は今、労働節の四連休中。\(^o^)/

今日はその3日目です。もう・・・・・・、3日目。(T_T)

せっかくの連休ですが、初日と3日目の今日はどんより曇ってイマイチなお天気でした。

天気予報によると、最終日の明日は晴れてくれそうです。(*^_^*)

なんて、晴れでも雨でも、連休期間中はできるだけ観光地に近づかないようにしているので、4月30日、連休直前の西安の様子をご紹介しますネ!

 

☟、鼓楼前の噴水、以前よりグレードアップ。

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数曲の音楽に合わせて、水のダンスを披露していました。

右側、ザクロの花は、今が季節です。(*^_^*)

 

鐘楼周辺の人出も、普段の夕方よりは多いような?☟

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2日夕方、所要で出かけると、歩くのが不便になるくらいの人出でした。(^^;

 

この辺りで一番混雑する回民街入り口はというと・・・・・・。☟

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人の後ろ頭で道が埋め尽くされているように見えます。

でも、まだ左右どちらの写真でも路面が見えている場所があるので、マシな方。(^^;

 

上の写真は、共に鼓楼の横または裏手の観光メインエリア。

でも、こちら☟は鼓楼から少し西に移動した広済街の様子。

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連休前日夜は、まだまだゆったりした感じでした。

 

最近、通普段でもよく見かける、漢服着用で街を歩く女の子たち。☟

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☝右は、新疆ホータンから来ているという店長さんが焼いているナンのお店。

ついに、西安でバラジャム入りの小型ナンを発見しました!\(^o^)/

普通のナン以外に、烤包子と肉ナン(肉が練り込まれたようなパン)も売っています!

 

最後、☟左は環城公園の西南角壁面で行われていたショー。

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残念ながら、私が到着した時にちょうど終了してしまいました。

アナウンサーが、「また明日夜8時にお会いしましょう!」と締めくくり。

☝右は、大唐西市城ショッピングセンターの広場で行われていた、内モンゴル自治区オルドスのショー。

これも、到着したら最後の舞台挨拶中。(T_T)

 

以上、労働節前夜の様子でした。

ここからは、本題のカシュガル旅行のご紹介に入ります。(*^▽^*)

  

 目次

 

 

【観光マップ】

お馴染みの地図たちの登場です。(*^-^*)

カシュガル老城(全体)

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全体感をご確認ください。(*^-^*)


カシュガル老城(解放路の西側)

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今回、⑬の庫木代爾瓦扎路、⑭⑮がある紫の通り(塔哈其巷・阿図什巷・磨坊巷・奶品巴扎巷)、⑱知り合いのお店(喀什百玉翔)・⑲IHLAS(伊合拉其)スーパーをご紹介!(^^)/

 

カシュガル老城(解放路の東側)

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まだまだ出番がありません。(^^;

次回まで、お待ちくださいネ。

 

カシュガル老城以外
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今回、①②③をご紹介します。(*^-^*)

 

それでは、老城西側地図の紫色の通りから、ご紹介を始めます。(*^▽^*)

  

【西⑬庫木代爾瓦扎路と⑯歩行街】

☟の写真に写っているのは、「吾斯塘博依路」と「庫木代爾瓦扎路」のT字路です。

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前回ご紹介した烤包子(カオバオズ)のお店「愛楽熱木肉馕烤包子」の煙突や巴格其闊恰巷の入り口も見えています。

ちなみに、この写真は昨年6月30日、北京時間21時半(現地時間19時半)に、百年老茶館のテラス席から撮影したもの。

思わぬところで役立ちました。(笑)

 

それでは、吾斯塘博依路を南(上の写真だと左)へ曲がり、庫木代爾瓦扎路を散策しましょう!!(*^^*)☟

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この写真の左横に、前回ご紹介した百年老茶館横のナン屋さんがありますヨ。(*^-^*)

 

【⑬烤包子(カオバオズ)のお店:「艾孜麦提烤包子店」】

上の写真でも見えていますが、通り右側のお店の前に人が集まっています。

そのお店を拡大してみましょう!!!☟

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ここは、老城西地図⑬の「艾孜麦提烤包子店」。

ここも、前回ご紹介したお店のように、焼き上がり時間にはお客さんがたくさん待っている人気のお店です。(注:あくまで私の主観です。(^^;)

 

カシュガルに到着した当日、知人に連れられ、ここで食事をしました。☟

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時刻は北京時間の16時半前、現地時間の14時半前。

どちらの時間を基準にしても、昼食・夕食ともに中途半端な時間です。(^^;

でも、知人は漢民族

遠方から知り合いがやって来たなら、手厚くもてなすのが漢民族流。

どんなに「お腹空いてないんです!」、「それなら、1個だけ!!!」と心底訴えても、結果はご覧の通り。(笑)

烤包子は自分も食べるからと、8個も注文。

更に、席に着くと追加で、どんぶりに入った「涼粉」も注文。

「『涼粉』はカシュガルの名物料理だから食べてみて」

ど~んとテーブルに置かれてしまっては、食べないわけにはいきません。

昨年夏の旅行前、ウルムチから西安に引っ越してきている知り合いから「ウィグルの人たちは食事を残すことを嫌がるから、食べきれないなら、最初から量を少なくしてもらうこと」とアドバイスをもらっていました。

昨年夏、私はこの言葉をしっかり遵守。

それは今回も同じです。

ご馳走してくれるのが漢民族でも、作ってくれているのはウィグル族。

私たちが席を立った後、片付けに来て大量に残った料理を見たら気分を悪くするに違いありません。

本当かどうか、現地で尋ねたことはないんですが、でも・・・・・・、誰でも、作ったものを残されたら、いい気はしませんよね?

なので、全部食べ切りました!

味はと言うと、美味しい~~~!!!

トッピングのひよこ豆、私、大好き!!

タレも、私の好きな西安の「撹团」等と同系列の味!(笑)

ちなみに、西安にも「涼粉」はあるのですが、実は私、食べたことがないという・・・・・・。(^^;

西安の涼粉は、炒めたものらしいのですが・・・・・・。

帰国するまでには、試してみたいと思います。(*^-^*)

 

そして烤包子は・・・・・・。

あれだけ何度も「1個だけでいいです!」と訴えていたので、私はてっきり、知人が7個食べるものだと思っていました。(^^;

「お腹がすいてたんだな~、お昼、まだだったのかな~」と。

私、ボケボケです。(笑)

結局、注文した半分の4個を食べることに。(T_T)

一昔前は、中国人のお宅に招かれた時、料理を食べ切ってはいけないと言われていました。

もてなす側に、準備した料理が足りなかったと思わせ、新たに料理を追加させてしまうからです。

この理屈でいくと残す方がよいのですが・・・・・・。

時代は変わり、中国でも「必要以上の料理を注文して残すことは『不文明(マナーが悪い)』から止めましょう」と提唱されています。

知人からも「残り2個、一つずつ食べてきれいに片付けよう」と言われたら、残せません。(T_T)

私、烤包子が好きです。

好きですが・・・・・・、一度に4個、多過ぎ・・・・・・!!

しかも、昔より羊肉の匂いに弱くなってしまった上に、たくさん食べると消化不良を引き起こすようになりました。

この時はもう、美味しいとか感じる余裕まったくナシ。(T_T)(T_T)(T_T)

にもかかわらず、この日は数時間後、更に羊料理をいただくことに・・・・・・。(@_@;)

それはまた、別の回で。(*^_^*)

ちなみに、上の写真の背後の青空は、加工ソフトに最初からあるものではなく、エイティガール寺院前でカシュガル2日目に撮影したものなんです。(^^)v

 

【庫木代爾瓦扎路の様子】

続いて、艾孜麦提烤包子店の向かいに視線を移してみましょう!☟

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軒先の赤いカラフルな民族柄が目立つお店では、北京時間12時半過ぎ(現地時間10時半過ぎ)、民族帽をかぶった年配の男性のみなさんが、お茶を楽しんでいました。☟

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このお店は、他の旅行客の方が撮影しているのを見かけ、それに便乗して私も撮影。

おかげで、地元の方々の習慣を垣間見ることができました。(*^-^*)

 

☟は、庫木代爾瓦扎路を南に進んだ後、来た方向を振り返って見た風景。

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突き当りに、吾斯塘博依路にある烤包子のお店の煙突がかすかに見えています。

この場所、この後ご紹介する磨坊巷から出て来た時、再登場します。(^^)/

 

更に南に進むと、ゲートがあります。☟

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☝の写真は、ゲートの南側(人民西路側)から北向き(老城内向き)に撮影したもの。

庫木代爾瓦扎路を人民西路から入って来て出くわす、最初のT字路です。

正面にチラッとチニ・バクホテルが見えています。(*^-^*)

 

☟は、昨年夏、同じくゲートの南側から撮影したもの。

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ここでも他のゲート同様、やっぱり設備が巨大化しています。

ゲートもですが、警備員が常駐する場所も、パラソルから小さな建物に進化。

 

ゲートから人民西路までの様子。☟

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北京時間20時半過ぎ、現地時間では18時半過ぎと、ちょうど夕食時。

ゲートを出てすぐの辺りは、道路両側に屋台がズラリ。(^o^)

 

もう少し人民西路よりには、レストランが軒を並べていました。☟

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写真を撮る直前まで、お店の人がここで包子を包んでいたんです。

「なんだ、この黄色いモノ?」と気になって尋ねると「黄色いのはカボチャ」と教えてくれました。

包んでいる所を撮らせてもらおうとカメラを準備していたら、あっという間に一蒸籠分包み終わってしまい、お店の人は蒸籠を持って蒸し器の方へ。

結果、カボチャと羊肉の餡が盛られたお皿だけを撮影。(笑)

撮りたかったのはカボチャ餡なので、目的は達しているのですが・・・・・・。

蒸籠が空だと、何か物足りない感じがしますね。(笑)

今まで、カボチャ餡の包子なんて食べたことがありませんでした。

味見してみたかったのですが、夕食は既に食べ終えていたので断念。

 

☟は昨年夏に撮った、人民西路側の庫木代爾瓦扎路の様子です。

この時はちょっと急いでいたため、今回、写真は撮っていません。 (^^;

 

【⑯歩行街(歩行者天国)】

☟は、人民西路を横断する時に通った陸橋からの景色。

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カシュガル3日目の4月7日、北京時間20時半頃(現地時間18時半頃)です。

一日中ほぼ快晴でしたが、夕方には少し雲が出て来ました。

☝は東側。

☟は西側。

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観光エリアの老城から出ると、そこには中国他地域の地方都市と同じ、高層ビルの立ち並ぶ風景。

 

普段よく買い物をする「MINISO」もありました。☟

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昨年夏の旅行では、化粧品のミニボトルが漏れていて、蘭州のMINISOで急遽新しいものを買いました。

こうした馴染みのお店があると、心強いなあ~。(笑)

で、私がどこへ向かっているのかと言いますと・・・・・・。

 

タイトルの「歩行街(歩行者天国)」です!

ホテルフロントに置いてあった旅行社の観光案内チラシの裏に、カシュガルの地図がありました。

そこに「歩行街」と書かれた場所を見つけたんです。

チラシの地図は細かすぎるので、百度地図をご覧ください。☟

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☝、ピンクで塗った部分が歩行者天国に該当します。

黄色いルートが、歩いて来た道。

 

「広々とした通りの両サイドに屋台や流行り物のお店がずら~っと並んでいて、地元の人で賑わう歩行者天国

なるものを想像していた私は、☟の光景を見てビックリ。 

 

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新疆らしく、フェンスに囲まれた商業施設に、ちょっとびっくり&がっかり。(笑)

建物の看板には「喀什商业步行街(カシュガル商業歩行者天国)」とあるのですが、歩行者天国はどこ???

乗り越えさせないように、フェンスの上には切っ先を鋭く尖らせた棒状のものが取り付けられています。

中には入らなかったので確かめていませんが、「入口」と書かれた建物の中で、手荷物のX線検査があるはず。

出口は、フェンスの中央に設けられた回転式扉。

地図によればかなり長い歩行者天国なので、ここは単なる入口で、この建物の後ろに歩行者天国が広がっているハズ!!!

なのですが・・・・・・。

こんな風に出入口が管理されているなら、露天だったとしても、歩行者天国全体が決まった場所からしか出入りできない閉ざされた空間なんだろうなぁ。

何となく、去年夏に歩いた、トルファンの地下商店街を思い出しました。

どんな様子なのか、確かめてみたかったのですが・・・・・・。

でも、安全検査を受けるのが面倒だったことと(笑)、この後、買閣来大劇院にショーを見に行く予定だったため、結局、探索はせずに引き返しました。<(_ _)>

  

 

【西⑭⑮(塔哈其巷・阿図什巷・磨坊巷・奶品巴扎巷)】

【塔哈其巷】

突然ですが、「塔哈其巷」へはどう行ったらいいのでしょうか?

前回ご紹介した「巴格其闊恰巷」では、最初、路地の入り口が分からず、違う路地に迷い込みました。(^^;

と言うことで、もう一度☟の写真をご覧ください。\(^o^)/

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塔哈其巷の入り口は、巴格其闊恰巷の入り口より、もう少し西側。

 

上の写真では入り口が見えないので、☟をご覧ください。

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右下からスタート!(^o^)/

右下、吾斯塘博依路にある烤包子のお店前を通過、庫木代爾瓦扎路の方へ曲がらず直進。

真ん中、派出所の青い看板目指して前進。

左上・右上、派出所の前を通過し、路地のアーチの方へ。

 

アーチの先は、こんな風景。☟

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この路地の名前、観光案内地図には記載ナシ。

百度地図では、現在の所、路地そのものが存在していません。(笑)

 

上の写真の突き当り左の建物と、その前の小道。☟

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黄色い自転車の子供がいる道が「塔哈其巷」。

これから、自転車とは反対の方向へ進みます。(^^)/

 

視線を180度回転させると、塔哈其巷の路上ではちょうど水撒き中。☟

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☝の写真、よく見ていただくと、白色の矢印が見つかると思います。

写真の雰囲気を壊さないために、雲に見立てて白色を採用。(笑)

 

白矢印が指しているものは、コレ!☟

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塔哈其巷と『阿図什巷」のT字路に設置された、上へ上へと伸びる細い階段と、その向こうに広がる老城を描いたパネルです。

この前で、階段に足を載せたポーズをとり、写真を撮っている人たちがいました。(*^^*)

 

【阿図什巷】

上のパネルの手前から見た阿図什巷。☟

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阿図什巷を少し歩いて、振り返ってみましょう!☟

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前方に、先ほどのパネルが見えます。

少し離れると、違和感が薄れたように感じませんか?(笑)

空の色は明らかに違うので、空が隠れる位置まで写真を移動させていくと・・・・・・。

あら不思議!

少なくとも階段脇の手前の建物は、本物みたい⁉

ムリでしょうか???(笑)

 

向きを戻して、先へ進みます!☟

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観光名所として案内地図に色塗りされているだけあって、阿図什巷の建物、キレイですネ。(*^-^*)

 

【⑭喫茶店:古麗茶坊】

上の写真の緩いカーブを曲がってもう少し先に進むと、おしゃれな建物が!☟

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老城西地図⑭にある喫茶店、「古麗茶坊」です。(*^^*)

今回、こうしたお洒落な喫茶店でお茶をしようと思っていたのですが・・・・・・。

でも、歩き出すと止められない。(^^;

一度腰を落ち着けてしまうと、動けなくなってしまいそうで、止まれないのデス。(笑)

結局、立ち寄ることなしに終わりました。(^^;

 

ネット上の写真を拝借すると、店内はこんな感じです。☟

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☟、この喫茶店の横を曲がって、路地に入ります!(*^-^*) 

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この時、突風が吹いて、お店の前の看板が吹っ飛びました。

この日は、カシュガル2日目の4月6日。

上空には青空が広がっていますが、強風に舞い上げられた砂埃によって、路面近くは眼を開けるのも辛い状態。

 

☟は、喫茶店から南を見た様子。

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突き当りは⑮付近になります。

少し後、この道を写真の奥から歩いて戻ってきます。(^^)v

 

【磨坊巷】

ここからは、磨坊巷に入ります!\(^o^)/

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このアーチの奥に進みます。

 

途中の壁に「磨坊巷の由来」が紹介されていました。☟

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参考として、日本語に訳してみますね。(^o^)/

「磨坊巷」は、かつてこの場所に豆製品を加工する粉ひき小屋があったことから名付けられた。

チャガタイ・ハン国時代、ここは一年を通じて砂埃が空を覆い、耕作の収穫はほんの僅かだった。そんな中、豆類の産出量だけは多少マシだった。しかし、豆類は硬く消化しにくいため、基本的に家畜のエサとして用いられていた。

一人の有能な農婦が、家族に毎日お腹いっぱい食べさせるため、頻繁に各種植物の様々な食べ方を研究していた。彼女は豆類を家畜に食べさせるのは勿体なさすぎると考え、知恵を絞り豆類から食用部分を取り出そうとした。様々な試験を繰り返し、ついにひよこ豆を用いた多くの豆製品の研究開発に成功し、また豆製品専用の粉ひき小屋を建てた。こうして、元々食用として扱われなかった多くの豆類を無駄にすることがなくなり、また人々は小麦粉以外の植物で食糧不足を補うことができるようになった。

人々は彼女の粘り強く加工試験を繰り返す精神に感動し、かつて彼女が豆製品を加工した路地を「磨坊巷」と命名した。

 

これを読むと、カシュガルの皆さんにとってひよこ豆は特別な存在みたいです。

涼粉のトッピングがひよこ豆なのも、こんな歴史的背景があってのことなのかも。

 

この路地には、こんなモニュメントもあって、そこで子供が遊んでいました。☟

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モニュメントの背後の壁に書かれている文章は、上述の「磨坊巷の由来」と同じです。

 

路地反対側の家の玄関。☟

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撮りたかったのは、青色の住所が書かれたプレート。

番地の数字の上にはウィグル文字、下には漢字で「磨坊巷」とあります。(*^-^*)

 

☟は、⑭から水色の庫木代爾瓦扎路への真ん中辺りにある、小さな四角の手前の路地。

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地図上の四角はモスクです。

この路地は、モスクの裏手にあたります。

 

モスク正面に向かって左手の壁には、色々装飾が施されていました。☟

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「老城イスラム寺院文化」の「モスク」についての説明もありました。☟

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壁面の説名によると、モスクには用途や建設面積に応じて、エイティガール寺院・迦瑪寺院・阿孜納寺院・住宅街の寺院等の種類に分けられるそうです。

ここは日々のお祈りのためのモスクなんですね。

その他には、モスクの建築様式などが記載されています。

 

上の写真の右端は、老城内のモスク配置図です。☟

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黄色の丸で囲んであるのが、今、目の前にある寺院。

地図上でこの場所は小さな四角になっていて、その上にモスクの月マークが彫刻されているため、四角が潰れています。

老城西(左)側の月マークは彫ってありますが、東(右)側は、手書きのまま。

なぜ統一しないのか、気になってしまいます。(笑)

 

モスク正面に出ました。☟

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清明節の2日目なので、子供たちの学校もお休み。

楽しそうに遊んでいます。

 

☟、モスク、正面向かって右側面。

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モスクの前の路地を東へ、庫木代爾瓦扎路の方へ少し進んで、振り返りました。☟

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まだ、モスクの正面が見えています。(*^-^*)

 

庫木代爾瓦扎路の方を向くと、路地両側の住居をつなぐ渡り廊下が見えました。☟

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渡り廊下の下はトンネル状態。

トンネルの向こうに、庫木代爾瓦扎路が見えています。

 

☟、渡り廊下の下までやって来ました!\(^o^)/

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【庫木代爾瓦扎路】

☟、庫木代爾瓦扎路に出て、今来た路地を振り返ってみましょう!

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☝上段の写真、原寸大なら庫木代爾瓦扎路からでも、先ほどのモスク正面が見えていますヨ。

☝左は、庫木代爾瓦扎路のゲートへ向かっています。

☝右は、庫木代爾瓦扎路のご紹介時にも登場した写真。

突き当りに、吾斯塘博依路にある烤包子のお店の煙突がかすかに見える、あの写真です。

 

前述のモスクの配置図によれば、今出て来た渡り廊下トンネルの横の建物も、住宅街のモスクがです。☟

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ここから、人民西路方向へ庫木代爾瓦扎路を下ります。(^o^)/

庫木代爾瓦扎路は「職人巴扎(職人バザール)」と観光案内地図にカッコ書きされています。

でも、4月初めはオンシーズンが始まったばかり。

おそらく、まだお店を開けていないところもあったんだと思います。

ここまで、職人さんをあまり見かけませんでした。

でも、ゲート手前までやって来ると、作業をしている職人さんたちが。\(^o^)/☟

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【奶品巴扎巷】

この職人さんが作業をしている場所のすぐ側に、またしても建物と建物をつなぐ渡り廊下がありました。

観光案内地図には路地名はありませんが、路地入り口に看板アリ。

☟、路地の名前は「奶品巴扎巷(乳製品バザール路地)」。

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観光案内地図には掲載されていない路地なので、見どころはないはず。

でも、路地があると入ってみたくなるのが人情というもの?(笑)

見えている範囲では、真っ直ぐ阿図什巷の方へ向かっていてるので好都合。

躊躇わず、Go!!\(~o~)/

 

☟は、上の写真の一番奥に見えている壁です。

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この時、すさまじい突風が左手から吹きました。

 

☝の男性が立っている辺り、砂埃が吹きすさぶのが目視できるほど。

当然、枝分かれして路地に吹き込んできた砂埃が、私が立っている場所も襲撃。

砂粒が日傘に叩きつけられ、激しい音を立てていました。

この☝写真は、風が少しおさまってから撮ったものです。

風が吹いている真っ最中、スマホやカメラを鞄から取り出すような蛮勇はありません。(@_@)

地元の方は、風が吹いている間は建物の陰に入ったり、腕で顔を覆って凌ぎ、少しおさまったら平然と移動開始。

慣れてるんだな~と、目でお見送り。(笑)

 

この辺りで、ふと疑問。

奶品巴扎巷とは乳製品を扱うバザールのある路地という意味だと思うのですが、どこにもそれらしいものは見かけませんでした。

まだ、オンシーズンが始まったばかりで観光客が少ないから???

 

☟、風が少し弱くなったので、私も移動開始!

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前述のモスクの配置図を見ると、前方の建物も住宅街のモスク。

モスクの右手に広場があって、子供たちが砂埃をものともせず遊んでいました。

私は広場の右手に回り込むように移動。

迷ったかな~と、ちょっと不安。(^^;

その時、上の写真のモスクの壁と少し後方に見える建物の隙間から、観光客が乗車した電動自動車が出現。

これを見て、ホッと一安心。

電動自動車がやって来ると言うことは、観光ルートから外れていないということ!(^^)v

 

【阿図什巷(2)】

方向は同じなので、軌道修正はせず前進していると、☟の場所へ出ました。

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老城西地図⑮の位置です。

楽器のモニュメントがありました。

 

このモニュメントの向かいにあった珈琲館。☟

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名前は「古巷道珈琲館」。

ちなみに、先ほど私が見掛けた電動自動車は、この☝黄色い車です。

 

珈琲館を利用した人たちのコメントや写真を見ると、とても雰囲気のあるお洒落な珈琲館のようですヨ。☟

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ここにも、入