せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

西安大唐西市博物館(その59:拓本体験イベント)+「牛肉泡馍(ニュウロー パオモー)」・「小炒泡馍(シャオチャオ パオモー)」

2019年2月13日(水曜日)、曇り。

 

実は前日から非常に緊張。(笑)

なぜかというと、この日、大唐西市博物館で拓本作りの体験イベントがあったからです。

それに参加するためには、午前10時までに博物館に到着しておかなければなりませんでした。

それの何が、緊張するのか???

そうです、普通なら緊張することなんてないンです。

でも、冬休み中の私の生活は昼夜が1/4ずれていて、午前中は睡眠時間になることがほとんど。(^^;

前々日から早く寝て、早く起きる訓練をしたくらい、緊張していました。(笑)

 

当日は、訓練の甲斐あって10時前には博物館に到着。\(^o^)/

ところが、一緒に拓本作りを体験する団体さんの到着に遅れが・・・・・・。

団体さんは博物館に到着後、解説員さんの説明付きで、先に展示物の見学をするというスケジュール。

私が博物館1階に到着した時、団体さんはまだ1階ロビーの見学を始めたばかり。

見学が終ったのは・・・・・・、11時前。(笑)

でも、そのおかげで、博物館3階、これまでガラス越しに見ることしかなかったスペースを、ゆっくり見学できました。

その場所はどこか???

こちらをご覧ください!(*^_^*)☟

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今回も登場、博物館3階のレイアウト図!!!(^^)v

でも、硬貨ご紹介時の使い回しではなく、今回は新たに作りました!

先に書いておくと、ピンクで表示したⒶⒷは、拓本イベントとは関係ありません。

2月9日にアップした西安大唐西市博物館の「唐代コスプレ宮廷茶宴体験イベント」の行われた場所なんです。

前回、新規に作らなかったので、今回ついでに追加しました。(^^;

Ⓐはレクチャーを受けた部屋、Ⓑは着替えや化粧などを行った場所。

当初の予定では春節期間中の日程は既に終了していましたが、好評のため、2月16~18日の3日間が追加になりました!

今後、この体験イベントは定期的に行われるらしく、いずれは唐代の食事も体験できるそうなので、今から楽しみ!!!(*^-^*)

イベント内容に興味を持たれた方は、こちら☟をどうぞ。(*^-^*)

西安大唐西市博物館(その57:3階フロア_ 2019年春節、大唐西市城の縁日風景・唐代コスプレ宮廷茶宴体験) - せいあん!

 

 

さあ、本題デス!\(~o~)/

 

今回のイベントはレイアウトで黄色に塗っている場所で行われました。

そこは、赤①から②③への通路のようなスペース。

手摺りから身を乗り出すと、2階の展示が見えます。☟

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☝は、後漢初期に中国に伝来し、唐代で大いに発展した仏教や、唐代に中国へ伝わった景教マニ教・祆教についての紹介を行っています。

右の壁には、「大秦景教流行中国碑」の拓本が!(石碑オリジナルは、西安碑林博物館所蔵)

よろしければ、こちら☟をどうぞ!(*^-^*)

西安大唐西市博物館(その28:2階常設展㉒四大宗教紹介) - せいあん!

 

更に、拓本イベント会場の真下が、こちら☟!

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拓本コーナー!!!

 

拓本体験イベントにはもってこいの場所ではありませんか!(*^▽^*)

2階の拓本が気になられたら、こちら☟をどうぞ!

西安大唐西市博物館(その25:2階常設展⑲世界中のものを集める条坊街ー異文化の融合/墓誌及び墓誌拓本) - せいあん!

因みに、大唐西市博物館には他の場所にも墓誌及びその拓本が展示されています。

 

 

また話が脱線・・・・・・、話を3階の会場に戻します。(^^;

会場は「未成年イベントセンター」といいます。☟

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☝の上側、通路の頭上の壁にデカデカと「未成年」と書かれています。

右側に掲示されている、このセンターの利用案内を拡大したものが下側の写真。

細かな規則は、横に置いておいて・・・・・・。(笑)

これを見て笑ってしまったのは、利用対象が「3歳~14歳までの未成年」だったから。

このイベントで拓本のとり方をレクチャーしてくれたのは、1年半に亘る博物館通いで知り合い、友達になった解説員さん。

「未成年以外でも利用しているから、大丈夫」と彼女は笑っていました。

普段、この体験イベントの対象年齢は8歳~16歳だそうです。(大差ない~ 笑)

今回は春節期間のイベントで、申し込み案内には年齢制限の記載はありませんでした。

だから、私、堂々と参加します!(笑)

因みに、団体参加は一人70元、個人参加なら一人90元(1元=16元換算で、約1,500円)です。(*^▽^*)

 

団体さんを待つ間、このセンター内を見て回りました。(*^_^*)

レイアウト図の①は、切絵・スカーフの染め物や泥人形などを作成するのに利用されているようでした。☟

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小学生のボランティア解説員の子供たちが研修を受けた時、唐代文化に触れるため、ここでスカーフを染めたり、絵を描いたりしていたそうです。 

 

レイアウトの②☟

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レイアウトの③☟

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②③にはともに机と椅子があって、書棚の本を閲読できるそう。

拓本体験現場と同じく、③の奥は2階から吹き抜けになっていて、開放的。

ガラス張りの天井から陽が射しこんで、おしゃれなカフェのような雰囲気です。

でも、②も③も、普段、一般参観者は入れません。

何だかもったいないな~。

他の博物館では、喫茶コーナーを見たことがあります。

大唐西市博物館も、ここで飲み物を提供したらいいのに。

 

因みに、④の2階吹き抜け部分には「竇義(Dou Yi)ドウ イー」と言う人物が、唐代の西市でいかに商売を成功させたか、その始まりのエピソードが紹介されています。☟

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地勢が他より低く、水はけが悪いため利用されていなかった土地を買って埋め立てるにあたり、知恵を働かせ、数日で難なく完成させた物語の一場面です。

詳しくは、こちらをどうぞ。☟(*^-^*)

西安大唐西市博物館(その38:2階常設展㉕~㉛ 盛代の商業精神ーー西市の美談) - せいあん!

 

なんてウロウロしていたら、団体さんがやって来ました!☟

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このセンターに入るまで、団体さんとは中年のおじさん・おばさん、つまり私と同年代の方々もいるだろうと勝手に思っていました。(^^;

でも、事前に「未成年」の文字に気付いたおかげで、入って来た子供たちを見て驚かずに済みました。

そう、本来、こういう可愛い子供たちが対象なのです。(笑)

私は付添いのお母さん方より、年配・・・・・・。(^^;

 

子供たちの間に割り込んでは失礼なので、私は友達の解説員さんが説明に使う墓誌のレプリカ、上の写真の一番手前に写っているもので拓本をとることになりました。☟

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『このレプリカには「靖徳太子」という文字が刻まれてるよ』と、友達がわざわざ教えてくれました。

右から3行目の真ん中あたりにあります。

でも、「靖徳太子」って、誰???(^^;

彼女の口ぶりだと、かなり有名な人物のような?

ネットで調べてみると、Wikipediaでは「李ソウ」という項目で、3人いる中の一人。

『唐の玄宗と劉華妃の間に生まれた皇子。粛宗代に奉天皇帝と追諡された』人物だそうです。

唐代が好きと言いながら、この一文の中で知っているのは、超有名な「玄宗」のみ・・・・・・。(^^;

 

これら☟は、拓本の写し取りに使用する主な道具。

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ナイロンに包まれている、頭が変形したテルテル坊主のようなものは、中国語で「拓包(tà bāo:ターバオ) 」。

日本語だと、「タンポ」と言うそうです。

その他、白い布、棕櫚製の刷毛、大きなブラシ、卓球のラケットのようなもの。

他にも、写っていないものがありますが、作業の過程で出てきます。(*^-^*)

使用方法も、その際にご説明しますネ。(*^▽^*)

 

では、先生のレクチャーに従って、拓本作業スタート!☟\(^o^)/

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先生が手に持っているのは、既に写し取りが行われている画仙紙。

「手元に用意してある道具を使って、墓誌からこんなものを写し取ります」と、子供たちに説明中。

この時、博物館が所蔵する墓誌に関する紹介もありました。

大唐西市博物館が収蔵している墓誌は1,000余り、中国国内で3番目に多いとのこと。

その墓誌は地下二階に展示されていて、見学する場合、一日前までに予約が必要。

見学には一人150元かかります。(1元=16元換算で、2,400円)

因みに、墓誌所蔵が最も多いのは河南省洛陽市にある「千唐誌斎博物館」。

二番目は西安碑林博物館なんだそうです。

 

1.先生が手に持っている横に広い棕櫚の刷毛を使って、墓誌表面に付着している埃を払います。☟

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先生の指導に従って、子供たち、真剣に埃を払っています。☟

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左側の列、真ん中辺りにいる男性は、この団体の引率者。

大学生時代、大唐西市博物館でボランティア解説員をやっていたそうです。

仕事で来ているのですが、「初めて拓本作りを体験できる!」と、子供たちを手伝いつつ、一緒に作業に参加。

一番近くにいた、右側手前、黄色い服を着た男の子は10歳と言っていました。

歴史がすごく好きなんだそう!(*^-^*)

 

2.墓誌表面がきれいなったら、次は画仙紙を載せます。☟

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先に一通りの説明を済ませてから実作業に入る計画なので、先生は写し取り済みの画仙紙を利用しています。

でもブログでは、一つの作業ごとに参加者の様子をご紹介しようと思います。

なので、ここで先に画仙紙を配る様子を!(^^)/ ☟

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折り畳んで水を染み込ませた画仙紙は、乾燥を防ぐため、作業直前までナイロン袋に入っていました。

全行程の説明が終了し、袋から取り出された画仙紙はこんな☝状態。

 

折り畳んだまま、一枚ずつ配ります。☟

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手前から奥の参加者へ、画仙紙のリレー。(*^-^*)

みんなに行き渡ったら、先生の指導で開いていきます。

この画仙紙、ピッチリ端に揃えて折られているのではなく、濡れた状態でも広げやすいように、端から少しずらして、何回か折り畳まれているんです。

 

☟の写真では画仙紙はもう広げられていますが、広げる作業で一騒動発生!

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湿っている画仙紙は非常に破れやすく、開く時に破れるケース続出。(゚Д゚;)

☟、よく見ていただくと、ちぎれている所を発見できるかと。

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☟、私も広げて、墓誌レプリカの上に置きました。

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3.墓誌に載せた画仙紙を、埃を払う時に使った刷毛で墓誌表面に貼り付けます。☟

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画仙紙は湿っているので、刷毛で画仙紙表面を掃くことにより墓誌に密着します。

上面が密着したら、拓本の対象の縁が直線の場合、角をキッチリ折り曲げて、側面に貼り付けます。

 

子供たちの作業の様子☟

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刷毛で掃く時に力が入りすぎ、画仙紙に穴が開いたり、破れたり。

先生や引率者の方が様子を見て回り、破れている所を補修されていました。

湿っている間なら、小さな穴や裂け目は引っ付けられるようです。

でも、あまりに豪快に破けてしまい、1枚だけ残っていた画仙紙と交換した子供もいました。

余っていて良かったネ!(*^-^*)

 

☟は、私が画仙紙を貼り付けたもの。

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テーブルの真ん中辺りで作業していた子供がやって来て、「先生、やっぱり上手!」と言ってくれたのですが・・・・・・。

これには、「私は先生じゃないよ~。みんなと同じ、体験者」と訂正が必要。(笑)

それから、真ん中に一本、縦に走る皺を凝視。

可能なら修正したいけれど、画仙紙も乾いてきています。

剥がそうとすると破れそうで、コワイ・・・・・・。(^^;

「これくらい、まあいいか」と思っていたら、友人がやって来て、ササッと直してくれました。☟

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左側から皺の位置まで丁寧に剥がし、刷毛で左向きに画仙紙表面を掃きながら、あっという間に密着。

皺のない、綺麗な表面になりました!(*^▽^*)

 

4.画仙紙を貼り付け終わったら、側に用意されている白い布を画仙紙の上に広げ、白布の上から円筒形の棕櫚の刷毛で叩きます。☟

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☝の写真では白布は載っていません。

載せると、こうなります。☟

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握りしめた棕櫚の刷毛で、布の上からトントンと叩きます。☟

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☝、先生が左列の真ん中で、お手本を披露中。(*^^*)

 

この時、真上から垂直に叩き下ろすのがコツ。☟

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斜めになったりすると、布ごと下の画仙紙をこすってしまい、紙が破れる原因に。

縦でも横でもいいのですが、端から丁寧に刷毛の幅一列(一行)ごとに叩いていかないと、墨を打った時に文字がくっきり浮かび上がらない部分が出てきます。

丁寧に、丁寧に、トントントン。(*^-^*)

 

こんな小さな墓誌なのに、この作業、腕がものすごく疲れました。(^^;

私だけでなく、黄色い服の男の子も、「腕がもうダメ~」と言っていたくらい。

そんな作業を、例えば碑林博物館にオリジナルがある「大秦景教流行中国碑」のような大きなサイズのものでやろうものなら、どれだけ大変なことか・・・・・・。

昨年5月初めに碑林博物館に見学に行った時、「大秦景教流行中国碑」のような大きなサイズの拓本を写す作業を見かけました。

その時は簡単そうに見えたのですが、今ならそれが間違いだと分かります。

この叩く作業だけでなく、大きな石碑に画仙紙を皺なく貼り付けることが如何に難しいか・・・・・・。

やってみなければ分かりませんでした。(^^;

 

叩き終わって手を開くと、手のひらにおがくずのようなものが???

何かと思ったら、棕櫚の繊維に突かれて小さく毛羽立った自分の皮膚でした。(笑)

私、よほど力を込めて棕櫚の刷毛を握っていたようです。(^^;

 

5.刷毛で叩き終わったら、叩き残しを防ぐため、大きなブラシで更に一通り叩きます。☟

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このブラシ、ちょっと重めデス。

 

私も楽しく、バンバンバン!☟

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側にあった椅子には子供たちのコートや荷物が置いてあったり、父兄の方が座っていらっしゃったので、空きがなし。

なので私はコートを着たまま、リュックも背負ったまま。(笑)

 

ブラシ掛けまで終わって布を取りはずすと、こんな風になっていました。☟

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なかなかいい感じ?

これで墨を打つのかな~と思っていたら、まだ一工程残っていました。(T_T)

 

6.白い布を掛けなおして、頭部がオレンジ色のトンカチと正方形のフェルトを使い、更に画仙紙を叩きます。☟

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誰か自分の指を叩くんじゃないかと心配していたのですが、そんな事は起こらず、みんな黙々とコンコンやっていました。(*^_^*)

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左側の男の子の画仙紙は、最初に墓誌に載せた時から破れ気味。

少し濡れた後があるのは、水で補修してあるからです。

乾くのを待つ間、お母さんが遅れを心配して、叩き具合を確認中。

 

7.ついに上墨する時がやってまいりました!\(^o^)/

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墓誌の横に置いてあった卓球のラケットのようなもの。

これの正体が、今、明かされる~~~!!!(笑)

 

☟、この板の上に墨を載せ、タンポに墨を吸わせるんです。

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乾燥を防ぐために掛けてあった、タンポのナイロンシートを外します。

 

☟、墨を載せた板の上で、タンポをくるくる回します。

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☟、タンポの表面に満遍なく墨が行き渡るように、タンポを思い切り板に叩きつけます。

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この時、タンポがちゃんと墨を吸いきってなかったら、叩きつけた勢いで墨が飛び散ることに!

 

ク~ルクル、みんな真剣に墨をタンポに吸収させています。☟

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そして、力を込めて、バンッ!バンッ!と叩きつけ。☟

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右の男の子、力強い動きです!(*^▽^*)

左の男の子はやっと画仙紙が乾き、トンカチ作業に入りました。

 

タンポの準備ができたら、墨打ち開始。

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上から横に、一行ずつリズミカルに、ポンポンポンと打っていきます。(*^-^*)

各行の間を開けすぎないよう、1箇所を3回以上続けて打たないよう、注意が必要。

 

タンポを定期的に板に叩きつけ、染み込んだ墨をタンポ表面に浮かせながら、画仙紙の上にポンポンポン。☟

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またしても腕がダルくなる~~~。(笑)

カメラ目線になっている男の子、行と行の隙間が白くなってるよ!

 

☟、みんなの画仙紙の黒色が、かなり均一になって来ました。

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☟は、私が打ったもの。

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途中、だんだん面倒になって、「うぉりゃぁ~~~っ!!!」と「行」とか関係なく墨を打ったりしていました。(^^;(^^;

すると、「行の隙間が白くなってる、もっと間隔狭めて!」とか、「一ヶ所に何回も墨打ち過ぎ!」とか、すかさず注意が飛んできました。(^^;(^^;(^^;

でも、おかげさまで、最終的には、まずまず???

真ん中縦の皺を修正してもらったのも、見栄えの良さに大きく影響していると思います。

ありがとう~~~!!!\(^o^)/

 

後は、墓誌から画仙紙を剥がすだけ。\(^o^)/

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しっかり叩きつけられて密着しているので、気を抜くと、せっかく出来上がったのに、剥がす時に破けてしまいます。

私は両手で片側から少しずつ剥がそうとしたのですが、それだと却って破れそうに。

どうしたものかと思案していたら、友達が来てくれました。

両手で画仙紙の両端を持ち、均一に力をかけ、ゆっくり持ち上げるように引き剥がすのがコツのようです!(*^▽^*)

 

みんな剥がし終わりました!

☟記念撮影~~~!!!(^^)v

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みんな、自分のお母さんのカメラの方を向いマス。

春節休み、ただ遊びに出かけるだけでなく、こんなイベントに参加させてもらえるのって、いい経験になりますよね!(*^-^*)

私も、とてもいい体験をさせていただきました!!!

ありがとうございました。\(^o^)/

 

 

この後、友人と昼食のため、大唐西市城地下1Fの「泡馍(パオモー)」店へ。

「泡馍(パオモー)」には「羊肉(ヤンロー)」と「牛肉(ニューロウ)」の二種類がますが、私は牛肉派。

以前一度、登場したことはあるのですが、今日はもう少し詳しく「泡馍(パオモー)」店のメニューをご紹介します!\(^o^)/

 

☟の写真は大唐西市城のお店の物ではなく、回民街のものです。(笑)

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どんぶりの中に入っている、丸くて白っぽいものが「馍(モー)」です。

メニューに載っているお値段は、「馍(モー)」2個が標準。

その「馍(モー)」を、この回民街のお店では自分で千切りました。

「馍(モー)」が細かければ細かいほど美味しいと言われる「泡馍(パオモー)」。

千切るには、とても時間がかかります。(^^;

 

☟、これは「馍(モー)」1個分、このサイズに千切るのに30分かかりました。

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時間に余裕がある時、友達と喋りながら手を動かすのは、苦になるどころか楽しいのです!(*^-^*)

1個しか千切らなかったのは、2個やってしまうと、出来上がりがスゴイ量になってしまうから。(笑)

私の場合、翌日、間違いなく体重が急増し、しかもそのまま戻らなくなります!(゚Д゚;)

 

千切った後は、上の写真の下段のように、注文時のレシートと席の番号札を付けて、店員さんに渡します。

すると、厨房に持って行き、親子丼のように一人分ずつの小鍋に入れて煮込んでから持って来てくれます。

 

煮込んだものが、こちら。☟

上側は、回民街で食べた時の、「馍(モー)」1個分の量。どんぶり半分ぐらい。

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☝下側は、以前クラスメイトとこの日行ったお店で食べた「馍(モー)」2個分の量。

結構大きなどんぶりなんです。

1個と2個では、量がかなり違います!!!

 

この日食べた大唐西市城内のお店では、注文時に何も言わなければ自動的に機械でカット。

このお店は観光地の回民街と違い、お昼休みに急いで食べに来るお客さんも多いので、機械カットが一般的なんだろうと思います。

自分で千切りたいと言ったら、千切らせてもらえるのかな?

 

この日、もともとは上の写真のような「泡馍(パオモー)」を食べるつもりでした。

これは「牛肉泡馍(ニュウロー パオモー)」と呼ばれています。

でも、店に到着するまでの間、『「小炒泡馍(シャオチャオ パオモー)」なるものが以前から気になっている』と話していたため、急遽、予定変更。(笑)

初めてのものを一人で食べるのは、ちょっと勇気がいります。

そんな時、中国人の地元の友人と一緒なのは心強い!(笑)

 

しかも、便利な注文の仕方を教えてもらいました。

このお店でも、「馍(モー)」2個が標準です。

前学期の先生のように、女性でも「西安人なら3個が標準」と言う豪快な方もいますが、私は1個で十分。(笑)

そして、この日一緒だった友人も小食でした。

注文時に「能帮我一开二吗?(一人分を二つに分けられますか?)」と尋ねれば、たいていのお店はOKなんだそうです。

確かに、二人それぞれ一杯ずつ頼んで残すより、一杯注文したものを自分達で取り分け皿に分けるより、最初からどんぶり二つに分けて持って来てもらう方が便利!(*^-^*)

もちろん、NGなお店もあると思いますが、このお店の店員さんの対応を見ると、珍しい依頼でもなさそうな感じ。

私は一人で食べに行くことが多いので、頻繁には使えない技ではありますが、友達と行く時には試してみたいと思います!(^^)v

 

その「小炒泡馍(シャオチャオ パオモー)」とは、こちらです!☟\(^o^)/

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「炒」という文字からも分かるように、この料理は煮るのではなく、炒めてあります。

「牛肉泡馍(ニュウロー パオモー)」なら、「馍(モー)」の他に牛肉・春雨と葱が入っていますが、「小炒泡馍(シャオチャオ パオモー)」には春雨と小さく切った牛肉の他に、このお店ではトマトや青梗菜・ピーナッツが入っていました。

味付けには、陝西省特産の唐辛子「油泼辣子(ヨーポーラーズ)」と、黒酢が使用されています。

百度百科によれば、「牛羊肉泡馍(ニュウヤンロー パオモー)」がこだわるのはあっさりしたスープ。

「小炒泡馍(シャオチャオ パオモー)」は味付けが濃く、具が入るのがポイント。

何より重要なのは、「油泼辣子(ヨーポーラーズ)」と黒酢を使うことだとか。

今回は、オプションで玉子1個追加しています。

二人で食べて、本体22元+玉子2元で、合計24元。(1元=16元換算で、400円弱)

スープと大蒜の甘酢漬けサービスです。

濃い味、「油泼辣子(ヨーポーラーズ)」が大好きな私は、「小炒泡馍(シャオチャオ パオモー)」、気に入りました!!!(*^▽^*)

 

以上、今回の内容でした。(^^)v

 

 

 

西安大唐西市博物館(その58:3階シルクロード硬貨展示ホール_モンゴル帝国及び諸ハン国+ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟写真)/春節写真(大唐西市城迎財神・敦煌)

2019年2月15日(金曜日)です。(*^-^*)

今日も朝からどんより。(^^;

 

春節の七連休も終わって、世間一般では通常の仕事が再開されていますが、元宵節の2月19日までは、まだまだお祭りは続いています。

近所の大唐西市城の縁日も継続中。

そんな中、2月9日夜中から20日未明にかけて、雪が降りました!!!\(^o^)/

この冬、西安市内ではこれまで雪が「積もった!」と言えるほどの積雪はありませんでした。

私としては、やっと降った~~~という感じ。(*^▽^*)

深夜12時半過ぎ、窓から写真を撮った時には、吹雪きで遠方は見えないほど。

でも、明け方3時半過ぎ、寝る前に外の様子を見ると・・・・・・。

もうほとんど止んでしまっていました。(T_T)

ちょっとがっかりしながらベッドにもぐりこむと、「シャッ、シャッ」と言う音が。

普段は夜通しやっている地下鉄工事も春節のため休止しているため、その音はとてもよく響きます。

何だろう?と耳を澄まして思い当たったのは、「雪掻き」!

明け方4時前、こんなに早くから凍結転倒防止のために、雪掻きが始まっていました!

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3時間ほど差がありますが、雪がそれほど増えていない・・・・・・のは置いておいて。(笑)

赤矢印の先の、陸橋階段にご注目!

写っている部分の階段面、明らかに両端以外の部分の雪が無くなっています。

私は呑気に雪降れ~~~!!!と思っていたのですが・・・・・・。

雪が降ると、普段は必要のない仕事が増えてしまう方々がいるということ、失念していました。(^^;<(_ _)>

去年は、何度か雪が積もりました。

事前に凍結防止剤を撒くだけでなく、その都度、早朝には既に雪が掃いてあり、更に滑らないように筵のようなものが敷いてあったんです。

去年も感謝の念を抱きましたが、まさか、こんなに朝早くから作業されていたとは思いもよらず・・・・・・。

私なんて、これから寝るというのに。(^^;

改めて、感謝の思いを強くしました。

 

前置きはこれで終了。

本題に移ります!\(^o^)/

 

私のブログで登場回数が最も多いのは、間違いなくこのレイアウト図だと思います。☟(笑) 

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今回ご紹介するのは、③の展示室から④へ向かって・・・・・・。☟

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☟、入って直ぐの、右手のコーナーになります!\(^o^)/

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☝、この右側の壁、隣のスペースへ続く通路のために壁が切られているため、④展示室内では一番幅が狭くなっています。

 

ここで紹介されているのは、こちら!☟

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モンゴル帝国及び諸ハン国」と「モンゴル帝国の末裔」です。(*^-^*)

狭いコーナーではありますが、一度にご紹介するのは大変なので、2回に分けることにしました。

「冬休み中だから一気に!!!」とならず、お恥ずかしい。(^^;

 

☟、それでは、順を追って見ていきたいと思います!\(^o^)/

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☝コーナー左端部分から、スタート!

 

 

モンゴル帝国及び諸ハン国】

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参考の日本語訳、良かったらお読みください。(*^-^*)

パネルに掲載されている英語訳は、日本語訳の下に貼ってあります。

13世紀、草原の英雄「チンギス・ハーン」は堅忍不抜の気迫と勇気及び広い度量で分裂していたモンゴル部族を統一、最終的には領土拡大戦争により、東は太平洋、北は北極海、西は黒海沿岸、南は南シナ海に至るというユーラシア大陸を横断するモンゴル帝国」※を作り上げた。帝国の安定を守るため、チンギス・ハーンは彼の息子であるジョチ・チャガタイ・オゴデイ・トルイ及び子孫に相次いで分封を行い、それぞれがキプチャク・ハン国チャガタイ・ハン国オゴデイ・ハン国イル・ハン国を作り、共に「黄金の氏族」という無上の栄誉を守った。

14世紀から16世紀にかけて、ティムールとムハンマド・シャイバーニーは「黄金の氏族」の末裔として、相次いで中央アジアの草原にティムール帝国とシャイバーニー朝を興し、モンゴル帝国の栄光を継続させるため、歴史にその存在を色濃く残した。

※の名称について

Wikipediaでは『中世モンゴル語ではイェケ・モンゴル・ウルス 、すなわち「大モンゴル・ウルス(大蒙古国)」と称した』との記述があります。

これは中国語の「大蒙古国(ダー モン グー グオ)」と同じ。

なので、「大モンゴル・ウルス」とするのがいいのかな?とも考えたのですが、「モンゴル帝国」の方が馴染みがあるので、「モンゴル帝国」を採用しました。(*^▽^*)

WikipediaのURLはこちら☟です。(*^^*)

モンゴル帝国 - Wikipedia

 

英語訳です。☟ 

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モンゴル帝国/紀元1206年~1259年】

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12世紀のモンゴル草原には数多くの種族がおり、そのため部族が林立して年中戦争が絶えず、軍事同盟が次から次へと結ばれた。ボルジギン氏の首長テムジンは18年の歳月をかけてモンゴルナイマン・ケレイト・メルキト・タタル・オイラート等の部族を統一し、1206年オノン川上流の河源地においてクリルタイを開き、大ハーンに即位、「チンギス・ハーン」(生没年:1162年~1227年)と称し、国号を「モンゴル帝国」と定めた。これにより、モンゴル草原では長期に亘る混戦状態が終結した。その後50年余りの間、モンゴル帝国は3回に亘って対外拡張戦争を起こし、40余りの国を征服した。その勢力は遠くイタリア半島ベネチア北東部にまで及び、モンゴルの蹄鉄はユーラシア世界全体を震撼させた。

 

チンギス・ハーンの帝国の地図とチンギス・ハーンの肖像】 

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☝右は、教科書でもおなじみのチンギス・ハーン。(*^-^*)

 

上の左の地図、大好きな中央アジアがメインなので、特別扱いで拡大しました。(笑)☟

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しかも、地名を調べて日本語表記を追加!\(^o^)/

中国語で検索し、そこで英語表記がなければ別称や、「~付近」という地名を頼って更に検索。

でも、照合できなかったものもあります。(T_T)

合っているとは思うのですが、あくまで参考としてご覧くださいネ。(*^-^*)

☟は、上の地図右下にある凡例です。

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冬の敦煌のブログで、「莫高窟デジタル展示センター」内の壁に掛けられた巨大な地図をご紹介しました。

それを見た時にも思いましたが、カシュガルって本当にユーラシア大陸の真ん中辺に位置していますよね。

上の地図に名前は記載されていませんが、敦煌西夏の領土内。

最終的には、カシュガル敦煌も・・・・・・、と言いますか、中央アジアが・・・・・・、モンゴルの支配下

圧倒的過ぎる・・・・・・。

 

2008年に中央アジア5ヵ国を旅行した時、確かカザフスタンの「ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟」の側にあるホテルに宿泊した際、テレビをつけました。

NHK WORLD-JAPAN」、入ってないかな~?と思って。(笑)

すると、2004年、中国で放送していた「成吉思汗(チンギス・ハーン)」を放映していたんです。☟

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中国で制作されたこのドラマ、海外の反応はどうだったんでしょう?

私はこれまで存在は知っていても、このドラマを見ていませんでした。(^^;

今回、このブログを書きながら、1話から流し見しているところ。(笑)

Wikipediaで読んだ出来事も登場するので、何も知らずに見るより面白いです。(*^-^*)

 

「ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟」の名前が出たので、当時の写真を貼っておきます!☟\(^o^)/

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ここからは、展示されている硬貨をご覧ください! (*^_^*)☟

モンゴル帝国/金/紀元1206年~紀元1259年】

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これ以降、全ての硬貨は 西安大唐西市博物館の所蔵品です。

ついでですが、デリー・スルタン朝のスタートも「1206年」でした!

 

それでは、上の硬貨を左から二つずつアップにします。☟

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全部で9枚なので、☝右と☟左がダブっています。

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アップにしてもぼんやり見にくく、申し訳ありません。<(_ _)>

 

その補足の意味も込めて、博物館で購入した書籍に掲載されている写真を貼ります。☟

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続いて、【モンゴル諸ハン国】のご紹介!\(^o^)/ ☟

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パネルを一つずつ見ていきたいと思います。(*^^*)

まずは、全体の紹介から。☟ 

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参考の日本語訳です。(*^-^*)☟

【モンゴル諸ハン国】

モンゴル帝国チンギス・ハーンが西へと拡張、土地開拓し始めてから、征服した土地に「四大ハン国」、即ちキプチャク・ハン国チャガタイ・ハン国オゴデイ・ハン国イル・ハン国を作り、東アジアの元朝と並立した。これら地域の統治者は全てチンギス・ハーンの「黄金の氏族」から選ばれ、彼らは互いに血縁によってつながり、ユーラシア大陸を横断するモンゴル帝国を作り上げた。この帝国は、東は太平洋、北は北極海、西は黒海沿岸(全盛期にはハンガーにまで到達)、南は南シナ海に至るという、世界史上稀有な大帝国である。

 

 

各ハン国のご紹介に入ります!\(^o^)/

【1.金帳汗国(キプチャク・ハン国)/紀元1219年~1502年】

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☟、参考訳です。(#^.^#)

四大ハン国の中のキプチャク・ハン国は、チンギス・ハーンの長男ジョチとその次男バトゥが建てた国である。領土は最も広く、その版図は西はドナウ川下流、東は現エルティシ川、南はコーカサス、北は現在のロシアブルガール地域にまで及んでいる。1242年、サライ(現ロシアのアストラハンの北)に都を定め、正式に金帳汗国を作った。国内で欽察(キプチャク)人が多数活躍していたことから「キプチャク・ハン国(欽察汗国)とも呼ばれ、当時の東西文化交流において重要な要であり、商業貿易の中心であった。

14世紀後期、モンゴル貴族によるキプチャク・ハン国のハン位を奪い合う争いが絶えず、ハン国は零落・瓦解へと向かった。15世紀20年代初め、ハン国は分裂し互いに独立した九つの国家となった。1502年、クリミア・ハン国のメングリ1世ギレイがサライに攻め込み、都城を完全に破壊、キプチャク・ハン国は滅亡した。

WikipediaのURLです。☟

ジョチ・ウルス - Wikipediaキプチャク・ハン国

メングリ1世ギレイ - Wikipedia

 

 

 次は、【2.チャガタイ・ハン国/紀元1227年~1370年】☟ 

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参考訳をどうぞ。(^^)v

チャガタイ・ハン国、その国名は「チンギス・ハーンの次男チャガタイの領地」から来ている。主な管轄区域は天山の南北。初期、アルマリク付近のクヤス(※「虎牙思」音から判断。現新疆霍城県水定鎮北西)に都を置いた。チャガタイ・ハン国の最盛期の領土は、東はトルファン・ロプノール、西はアムダリヤ、北はタルバガタイ山に至り、南はヒンドゥークシュ山脈を越え、更にアルタイからマー・ワラー・アンナフル(トランスオクシアナ)を含んだ。トランスオクシアナとはアムダリアとシルダリアの間の広大な地域を指し、その大地は肥沃で、ハン国の統治の中心であった。後に、民族信仰等の問題により統治者間で分裂が発生、14世紀中葉には東西に分裂、1369年ティムール帝国により滅ぼされた。

WikipediaのURLです。☟

チャガタイ・ハン国 - Wikipedia

 

 

内モンゴル博物館所蔵のチャガタイ・ハン国銀貨】

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チャガタイ・ハン国の統治時代、アルマリク・カシュガル等で大量の貨幣を製造していた。金・銀・銅の三種類があり、その内銀貨が主要貨幣であり、主に流通していた。その銀貨は円形をしており、最大直径は3.5㎝、最小直径は1.7㎝、厚さは0.15㎝。銀貨は打製法により製造され、貨幣の表面には「アッラーフ(神)の他に神はなし」を意味するクーフィー体或いは通常の字体のアラビア文字刻印されている。☟

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参考にした百度百科のURLです。☟

蒙古汗国银币_百度百科

 

 

【3.オゴデイ・ハン国/紀元1225年~1309年】

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参考にどうぞ。(*^_^*)☟

チンギス・ハーンはエルティシ川上流及びバルハシ湖以東の地域を、第三子のオゴデイに与えた。1225年、都をエミル(現新疆額敏県)に定めた。

紀元1259年、アリクブケが「大ハーン」を称した後、フビライが簒奪、双方による戦争は5年に亘って繰り返し行われた。1264年、アリクブケの降伏によりフビライが皇帝を称した。カイドゥはナヤン・ドゥアと相次いで手を組み帝位を争ったが、1301年、戦いに敗れ、ハン国の力は衰えた。1309年、カイドゥの子・チャパルはチャガタイ系の王ケベクに敗れ、封地チャガタイ・ハン国に合併された※

※部分について:

Wikipediaでは、

1306年にチャパルはドゥアに降伏した。ドゥアによってチャパルの領地は没収され、中央アジア全体がチャガタイ家の支配下に入った。(一部略)チャガタイ家で内争が起きるとチャパルは復権を試み、1309年にナリクが暗殺された後、弟のオロスやヤンギチャルらを率いて挙兵する。ドゥアの子ケベクを支持するチャガタイ・オゴデイ両家の軍にチャパルは敗れ、1309年に元に亡命した。(一部略)1315年、チャパルはカイシャンの弟で次のモンゴル皇帝となったアユルバルワダによって汝寧王の爵位を与えられた。 」

と記載。

百度百科では

「元武宗至大二年(1309年),察八儿乘内乱力图恢复窝阔台汗国,失败,东归元朝,1310年,察八儿被继位为元武宗的海山封为汝宁王。窝阔台汗国的领地被察合台汗国也先不花可汗吞并。」

「元武宗至大二年(1309年)、チャパルは内乱に乗じオゴデイ・ハン国復権を試みたが失敗し、元朝に亡命。1310年、チャパルは即位し元武宗となっていたカイシャンにより汝寧王に封じられた。オゴデイ・ハン国の領地はチャガタイ・ハン国のエセン・ブカに併呑された。

と記載されています。

少しずつ、年代や人物がずれているのを読み比べるのも面白いものです。(^^)v 

「カイドゥ」については、☟のURLの一番下にあるトルファンのページで「カイドゥの乱」とモンゴルの硬貨を数枚ご紹介しています。

良かったら、一緒にご覧くださいね。(#^.^#)

Wikipedia等の参考用URLです。☟

オゴデイ・ウルス - Wikipediaオゴデイ・ハン国

アリクブケ - Wikipedia

カイドゥ - Wikipedia

察八儿_百度百科 / チャパル - Wikipedia

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月4日(水):トルファン3日目_トルファン博物館(古銭)・地下ショッピング街・トルファン駅 - せいあん!

 

 

【4.イル・ハン国/紀元1258年~1335年】

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☟参考として訳します。(*^-^*)

チンギス・ハーンの第四子トルイの子・フレグが、1258年にバグダードに攻め入って後に建国。フレグ及びその継承者は自らを「伊利汗(イルハン)」と称した。テュルク語の「伊利(イル)」は即ち「従属する」という意味である。イル・ハン国の領土はペルシャ小アジアを中心に、東はアムダリアから、西は地中海に迫り、北はカスピ海黒海コーカサスを境界とし、南はペルシャ湾に至るという大国である。ヨーロッパ・アジア両大陸の文化が集まる地であり、交通の要衝でもあった。首都はタブリーズ(現イラン東アゼルバイジャン州)。

ガザン・ハン(在位期間:1295年~1304年)の時代は、宿弊の一掃、税率制定、駅伝制の整備、耕作と養蚕の奨励、貨幣及び度量衡の統一、法制強化、文治の提唱という一連の改革が行われ、ハン国の最盛期となった。さらにガザン・ハンは現地領主やムスリムの支持を得るため、シーア派に改宗、イスラム教を国教とし、「大ハーン」の称号を廃止しスルタンに改称、現地のモンゴル人のイスラム化を加速した。1335年、アブー・サイードには死後嗣子がおらず、ハン国は分裂瓦解へと向かった。1388年、ティムール帝国に併呑された。

Wikipediaの参考用URLです。☟

イルハン朝 - Wikipedia

フレグ - Wikipedia

ガザン・ハン - Wikipedia

 

 

ここまで四つもハン国を紹介したのに、一度も硬貨の写真が出てきませんでした。

その理由は・・・・・・。

見ていただくと分かるのですが、展示されているのが「イル・ハン国」のものだけなんです。(^^; 

四ハン国を代表して、イル・ハン国の硬貨をご覧ください!\(^o^)/☟

イル・ハン国/金貨/紀元1256年~紀元1335年】

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①、上の写真、上2列の左側です。☟

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②、上の写真、上2列の右側です。☟

f:id:shanshanduohuizi:20190211000552j:plain☝、下側左の硬貨は、①の写真の下側右とダブっています。

①②ともに、上段の硬貨がピンボケですみません。<(_ _)>

 

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☝上の写真の3段目左二つと、☟上の写真3段目右二つです。

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博物館で購入した書籍に掲載されている写真を貼ります。☟

イル・ハン国/金貨/紀元1256年~紀元1335年】

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イル・ハン国/ガイハトゥ/金貨/紀元1291年~紀元1295年】

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ガイハトゥはイル・ハン国の第5代君主です。

 

イル・ハン国/アルグン・ハン/銀貨/紀元1284年~紀元1291年】
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第4代君主です。

 

イル・ハン国/銀貨/紀元1256年~紀元1335年】

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全体写真の左上。☟

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全体写真の右上。☟

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全体写真の左下。☟

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☝の中の硬貨、まるでクッキーの型抜きで付けたような花型図案のものがあります!

可愛い~~~!!!(*^-^*)

 

全体写真の右下。☟

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博物館で購入した書籍に掲載されている写真です。

イル・ハン国/アブー・サイード・ハン/銀貨/紀元1316年~紀元1335年】

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イル・ハン国のパネル説明の最後に登場した第9代君主です。


以上で「モンゴル帝国及び諸ハン国」のご紹介を終わります。(*^-^*)

 

 

🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟



最後に、ちょこっとだけ、春節の様子を!

最初はご近所、大唐西市城!\(^o^)/

2月9日は農歴の1月5日。

中国では「初五(チュー ウー)」と呼び、財産の神の誕生日を祝います。

このお祝いは「接財神」とか「迎財神」と言います。

そのお祝いのお祭りが、大唐西市城のシルクロード風情街でも行われました!\(^o^)/

企画を行ったのが友人だったので、ロシア人・キルギス人のクラスメイトと一緒に遊びに出かけました。☟

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始まる少し前、財神と一緒に記念撮影。(*^-^*)

 

☟、太鼓の演舞でスタート!\(^o^)/

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太鼓演舞が終了すると、財神が手に持っていた金色のお金型の入れ物から、金紙に包まれたチョコレートを見物客に振舞います。☟左

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☝の右側は、見損ねてしまった午後からの「変臉(へんれん)」。

「変面」とも紹介されています。

中国四川省伝統芸能の「川劇 (せんげき)」で、役者が顔に手を当てるとか、着ている民族衣装の大きくて長い袖や小道具として使っている大型の扇子で顔を隠す瞬間に、瞼譜が変わるというものです。

この役者さんのポーズが、衣装と相まって可愛い!💛!

午後、他を徘徊している間に終わっていて、とても残念でした。

 

次は、獅子舞が始まりました!!!☟

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スタンバイ中のこのお尻、プリティ!!!(*^▽^*)

 

ここから☟、獅子舞の動画からカットした写真を連ねます。

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☟は、左横にあった台上での演技です。

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右から左へご覧ください。(*^_^*)

前半の愛らしい動きと、後半のスリリングな技。

見どころ満載です!!! (^o^)/

 

下の広場の催しが終了した後は、シルクロード風情街2階を回りました。☟

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☟、しょっちゅう遊びに寄る「天堂眼」の前も!

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この後、お昼を食べに行った「紅堡 REDFORT」の前も!

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☟は、企画者の友人からもらった、古銭の陰からちょこんと顔を出す、可愛い獅子。

この写真を見た瞬間に、私の目は💛になってしまいました。(笑)


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☝の下側は、昔の遊びに挑戦する財神と、財神以上に金ピカな兵士。(笑)

 

これに私たちも挑戦!

写真は友人の様子です。☟

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かなり身を乗り出して真上から落とし込まないと、入りません。(^^;

私は1本も入りませんでした。(T_T)

以上、大唐西市城「初五」の様子でした。

 

最後に、昨年の2度に亘る敦煌旅行で知り合いになったMさんが、WeChatモーメンツにアップされていた写真です。☟

春節敦煌、ご覧ください!!!\(^o^)/

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懐かしい街並み!!!

敦煌の空は、春節期間も真っ青のようです。(*^-^*)


終わり。(*^_^*)

 

 

 

 

西安大唐西市博物館(その57:3階フロア_ 2019年春節、大唐西市城の縁日風景・唐代コスプレ宮廷茶宴体験)

2019年2月8日(金曜日)、今日も曇り。

でも、空気の状態は昨日よりはいいかも?

突然ですが、昨日7日の明け方、ものすごい風が吹いて、その音で目が覚めました。

台風なんて来ない西安なんですが、台風が直撃したのかと思うような暴風!!!

最初、大型トラックが暴走して来たのかと思うくらい、マンション下の地下鉄工事プレハブのトタン板がカタカタ鳴って、ビックリ。

直後、窓が激しくガタガタ震え始めて、眠気が吹っ飛びました。

ベランダに置いている洗濯物を引掛ける架台が目の前で振動しているし、西北工業大学内の道路のイルミネーションが、風に吹かれてかなり斜めに傾いているのも見えるし、遠くからは何かが吹き飛ばされて転がるような音が聞こえてくるし、・・・・・・。

近所の大唐西市城の縁日の屋台が吹っ飛んでないか、激しく心配。

でも、昼過ぎ出かけた時に見ると、どうやら無事だったようで、一安心。(*^-^*)

その大唐西市城の縁日の様子、6日に写したものですが、ご覧ください。☟

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春節2日目の6日は、スモッグが多少発生してはいるものの、頭上には青空が見え、客足もまずまず。
7日は明け方からの大風と共に気温が急激に下がり、スモッグと雲に覆われた灰色の空のためか、人出は少なめでした。

シルクロード風情街」に昨年末くらいからオープンした新疆料理のお店。☟

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☝、「ルクロード風情」の2階も、真っ赤なお店が並んで賑やか!

去年もこんな☟感じの民芸品を売っていたお店、見かけました。(*^-^*)

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☝、昨年11月初旬、インド料理店「紅堡REDFORT」が行った『ディーワーリー』のお祭りの時にも登場した、インドの象神の石像がある広場では、ダンスパフォーマンス。

他にも、「漢服ショー」等あって、今年は去年にもまして、いろんな場所で催し物が行われているようです。

20時半、散歩に出かけたら、縁日はまだまだ人がたくさんいました。

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☟は「大唐西市博物館」前の夜景。

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2月7日(木曜日)は、この☝博物館3階で「唐代宮廷茶宴」を体験してきました!(^^)v

去年は博物館1階フロア―で、お茶の淹れ方を実演していました。

それを博物館の参観者が取り囲んで見学。

淹れたお茶は、小さなコップに注ぎ分けて、見学者に味見させてくれると言うものです。

去年のイベントについては、☟のページでご紹介しています。

西安大唐西市博物館(その38:1階フロア_ 唐代宮廷茶宴体験イベント) - せいあん!

良かったら、ご覧ください。(*^_^*)


で、今年の「唐代宮廷茶宴体験」はといいますと・・・・・・!!!

唐代の衣装を着て、髪を整え、化粧もし、お茶の淹れ方の説明を受け、唐代の茶菓子をいただきながらお茶を飲むというもの!\(^o^)/

実際に、自分で茶葉を引いて、粉にした茶葉を簁にかけたり。

その後は、衣装を着たまま博物館内を散策、色んな所で記念撮影。(*^-^*)

全所要時間は、13時から16時の約3時間。

上述内容なので、無料ではありません。(笑)

168元/人・回です。(1元=16元換算で、約2,700円)


では、体験の様子、ご覧ください!(*^-^*)

あまり自分の顔がデカデカと写った写真を貼るのは気が引けるのですが、今回は私が着ている衣装や、化粧・髪型、体験している様子をお伝えするのが趣旨です。

恥ずかしいのは横に置いておいて、写真を載せたいと思います。(笑)

 

【衣装を着た後、髪結い・化粧】

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衣装は一式綺麗な箱に収められていました。

その箱を開けて、衣装の色を見ながら気に入ったものを選びます。

着付けをしたら、鏡の前で唐代の髪型を作ってもらい、お化粧を施します。

眉毛は目尻は太く、目頭にかけて細くなっていく三日月状。

目もとから頬にかけて、広くオレンジ系の頬紅をしっかりのせ、口紅は濃い色で唇の中心にちょこんと。

そして、眉間には「花鈿(かでん)」。

お茶について教えていただいた先生のお写真、ご覧ください。☟

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こんな感じのお化粧です。

この「花鈿」はシールで転写しています。

「唐代は化粧の都度、描いていたんですか?」と先生に質問したところ、唐代でも貼り付けていたと教えてくださいました。

紙を花や蝶等の形にカットしたものを貼っていたんだそうです。

紙だけでなく、金・銀・貝殻や虫の羽とかも利用していたとか。

「虫の羽」・・・・・・と聞いて、ちょっとびっくり!(笑)

お化粧、ファンデーションは自前のままだったので、私の顔だと皮膚の白さが足りません。

白さを出そうと光で加工すると、肌は白くなりますが、頬紅の色まで白く飛んでしまいまして・・・・・・。

そんなわけで、先生のお写真を使わせていただきました。(^^;

私の写真、顔が大きめに写っているものは、肌色・皺隠しのため、加工してます。(笑)


【茶宴を行う部屋へ移動】

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衝立を開けて部屋に入ると、お茶の淹れ方・飲み方の作法などを教えてくださる先生が出迎えてくださいました。

奥の小さな机には茶器が、手前のテーブルにはお茶請けが準備されていました。

お茶は、席に着いてすぐに出されたものです。

みかんは見たまんまですが、その奥に3個の小さなお茶請けがあります。

ピンク色のものは桃を材料として使っているそうです。

真ん中は棗。

なぜワンセットしか準備されていないのか???

それは、料金を支払って参加していたのが私だけだったから。

7日午後の体験者は、なんと、私一人だったのです!!!

いったい何人ぐらい参加するんだろうと気になっていたので、拍子抜け。(笑)

 

なぜ気にしていたかと言いますと・・・・・・。

2017年9月、「シルクロード風情街」主催で「漢服コンテスト」が行われました。

その時は、合計21人!!!

若い留学生の皆さんの化粧や髪結いを優先してもらっていたら、私は時間が無くなってしまい、簡単な髪形でちょっと残念。(笑)☟

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☝は唐代ではなく、確か明代の衣装だったと思います。

長い顔をカバーするため、ムリを言って前髪を全部下ろしてもらったので、気に入ってはいるんですよ。(笑)

その時の様子、良かったらこちらでどうぞ。☟(*^-^*)

大唐西市シルクロード風情街(漢服コンテスト:当日!) - せいあん!

 

今回も人が多くて簡易バージョンの髪型だったら悲しいな~と心配していたところ、念願の唐代の髪型に結っていただけて、テンション上がりました!!!\(^o^)/

ちなみに、私の他に準備していたお二人は参加者ではなく、博物館の解説員さんと、小学生解説ボランティアの女の子。

この二人と、女の子のお母さんのおかげで、この日の午後はとても楽しい時間となりました。(*^-^*)



ここで、この体験を行っている場所をご紹介します。(*^▽^*)

着替えや身なりを整えた場所も、茶宴を行う場所も、どちらも「大唐西市博物館」の3階。

ずっと紹介を続けている「シルクロード硬貨」が展示されているフロアの一角にあります。

☟のレイアウト図は、「シルクロード硬貨」の紹介から流用。(^^;

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なので、何も印がないのですが、今回の体験は④展示室上側の水色の区画で行われました。(^^)v

 

【お茶の淹れ方実演】

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☝、席に着いて、出されたお茶をいただいた後、先生による唐代のお茶の淹れ方の実演が始まりました。

上の写真は既にローラーで茶葉を粉砕していますが、それまでに、茶器や茶葉を円形に固めた茶餅(各写真の左下にあります)を鑑賞したり、茶餅を大きく砕いたものを火であぶるという工程があります。

この過程、昨年の実演イベントの紹介を書く際にかなり真面目に調べました。

それが今、役立っています。

去年の私、グッジョブ!!(笑)(笑)(笑)

よろしければ、こちら☟も合わせてお読みください。(*^-^*)

西安大唐西市博物館(その38:1階フロア_ 唐代宮廷茶宴体験イベント) - せいあん!

 

ローラーで茶葉を粉砕中(☝)も、粉砕が終わった後(☟)も、白い鳥の羽の「羽」部分と「根本」の部分を使って、細かくなった茶葉を寄せたり、簁に移したりします。

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簁に移し終わると、簁かけスタート。☟

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先生が指先でつまんでいるのは、簁の上の段にある穴の開いたトレー(?)部分。

これを前後にスライドさせて、茶葉の細かな粉末を下に振り落とします。

その時、簁の枠に当てて衝撃を与えてもよいとのことですが、あまり連続すると「ガチャガチャ」とうるさく、宮廷茶宴の雰囲気を損なうので、あくまで適度に。(笑)

 

上の写真、茶器が大きく写っているので、ここで茶器について。(*^▽^*)

この茶器は1987年、陝西省宝鶏市にある宝門寺地下宝物殿から出土した唐代宮廷茶器を、1:1の比率で複製したものです。

昨年のイベントでは、ここで並んでいるものの他に、茶餅の乾燥に用いる火鉢や籠などもありました。

この部屋のテーブルは小さいので、置ききれなかったんでしょうね。

 

簁いかけが終わったら、簁の下段に落ちた茶の粉末を取り出します。☟

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取り出したものは、テーブルに用意してあった壺に移します。

 

この間に、先生の後ろでお湯が沸いていました。

そこへ、岩塩を砕いた大粒の塩を入れます。☟

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塩を入れると、お茶の苦みをやわらげてくれるそうです。

更に、緑茶には体を冷やす効果があるそうですが、塩を加えることでそれを中和することができるのだとか。

 

柄の長いスプーンのようなもので塩を投入したお湯を混ぜます。☟

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塩を溶かすだけでなく、鉢の中のお湯が旋回することで、この後入れるお茶の粉が湯の中で団子状態にくっついてしまうのを防ぐことができます。

小テーブルの上に置かれている柄杓には、鉢の中からお湯を一杯分とってあります。

これは一度沸騰したお茶に挿し水をするためだそうです。

 

お茶、出来上がりました!☟\(^o^)/

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博物館の解説員さん、先生のお手伝い中。(*^-^*)

 

お茶請けを頬張る私。☟(^^;

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先生、私が席に着いた時からしきりと「茶菓子を召し上がってください」と繰り返されていました。

でも、先生の実演をガン見していた私は、まだ何も手を付けていなかったんです。

すると、「お茶を飲む前に、茶菓子を先に・・・・・・」と、先生から更に促されてしまったのでした。

もちろん、これを食べるのを楽しみにして来たんです!!!(笑)

いただきま~~~す!!!☟

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前述しましたが、☝左は桃を材料に使ったピンク色のお菓子と、棗。

ピンクのお菓子は、一口目、「ん?山査子???」と思ってしまいました。

材料当てクイズがあったら、大外れ!!!(笑)

これは2個あったので、一つ、隣に座っていた女の子にお裾分け。(*^-^*)

☝真ん中、これが本命!!

和菓子のようなお茶請けデス。

蓮の形をしていて、中には甘く煮た大粒の小豆が入っています。

中国人の知り合いから、「現代の方がいろんな面で進化しているんだから、現代の物の方が美味しいわよ」と言われていたのですが・・・・・・。

この練り菓子、美味しかった!!

着付け・化粧をしてくださった先生が、唐代の文献を研究し、それに基づいて再現されたものです。

今後、唐代の料理も体験できるようにする予定だそうで、とっても楽しみ!\(^o^)/

2019/2/10追加:

先生のWeChatモーメンツからいただいた練り菓子の写真です。☟

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お茶請けを食べ終え、やっとお茶をいただきました。☟

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唐代はお茶を「飲む」のではなく「食べる」と言い、お茶の粉末も最後にすすって全部飲み干します。

ちょっと塩味のするお茶、思いの他飲みやすくて、美味しいかったデス!(*^▽^*)

 

この後は、【実体験コーナー】!\(^o^)/☟

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☝の上側、ローラーでコロコロ、茶葉を粉砕中。

☝の下側、ローラーについたお茶の粉を、鳥の羽で落としています。

 

☟、茶葉を粉砕し終え、鳥の羽を使って簁の中へ移すところ。

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☝、簁を揺すっています。

この時、私は作業効率向上を求め、中側のトレーを外枠へコンコンと連続接触

優雅さのカケラもありません。(笑)

 

小学生ボランティアの女の子と交代しました。☟(*^-^*)

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☝の上側、彼女も簁かけ。(*^^*)

☝の下側は、簁かけの終わったお茶の粉を、先生が壺に移し替えられているところ。

 

実体験も終了。

みんなで記念撮影!!!\(^o^)/☟

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小学生ボランティアの女の子、黒目がおっきくて、口角が キュッと上がっていて、とてもかわいいのデス!!!

 

この後は、フリータイム!?(笑)

唐代の衣装を着たまま、博物館内を散策しながら記念撮影大会~~~!!!

簡単に言うと、「コスプレ写真撮影会」???(笑)

この時、もし博物館解説員の美女さんと、小学生ボランティア解説員の女の子がいなかったら、私は一人で何をしたらいいのか分からなかったと思います。(^^;

16時前くらいまで、歩きにくい衣装の長い裾を引きずりながら、館内をいたずらに徘徊するだけだったかと。(笑)

或いは人目が気になって、そそくさと3階の部屋に戻り、先生とお話していたかも?

申し込みをしたお客さんがそんなことにならないよう、十分楽しめるように、この体験を主催している会社から、博物館に協力要請があったんだと思います。

 

でも、被写体が私なので、ポーズをとっての撮影はことごとく失敗。(爆笑)

眼鏡を外しているので周囲が見えず、いつも目を細めてしまい、それでなくても小さな目が線のごとき有様・・・・・・。(T_T)

☟の左の写真、これで一番大きく目が開いているです。(^^;

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それに比べると、右側の写真はナチュラルな感じ。

ここからの写真、女の子のお母さんが一緒に回って撮影してくださいました。(*^-^*)

 

博物館の1階で撮影。☟

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こうしてあちこちで写真を撮り、だんだん慣れて来たのか・・・・・・。

最後には、私も解説員さんにつられ、背後の唐代「彩絵侍女俑」と「黄釉舞伎俑」の前でポーズ!(笑)

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慣れって、恐ろしい~~~!!!(笑)

解説員さんは踊りを習っていたそうで、指先までポーズが決まっています!!!

大唐西市博物館の催し案内の写真にも、登場しています。(*^-^*)

 

これで館内散策は終了。

3階のお茶をいただいた部屋に戻りました。

ここで、お茶を一杯飲んで一休み。☟

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私は先生から茶餅を渡され、ポーズ。

約1時間の散策で、戸惑い&恥じらいが消えうせたようデス。(笑)

 

これで全て終了!!!

当日夜、WeChatモーメンツに写真をアップすると、「タイムスリップしたみたい!」と複数の友人からコメントをもらいました。

本当に、そんな気分。(*^_^*)

ただ、相当動きが雑なので、タイムスリップしても宮廷の侍女にすらなれそうにありません。(笑)

次の機会までに(あるかな?)、唐代の時代劇ドラマやドキュメンタリーを見て、宮女の動きを勉強しておきましょう!!!

 

約3時間の体験、唐代気分を堪能した半日でした!\(^o^)/

 

終わり。

 

 

西安、2019年春節前夜の鼓楼・鐘楼・回民街・城壁南門

2019年2月6日(水曜日)です。(*^-^*)

 

昨日、5日は中国の春節

これから暫く、2月19日の元宵節まで、中国は新年を迎えお祭り状態です。

そんな中、春節の私はいつもの如く、大唐西市にある博物館・芸術品中心を見学、ショッピングモール内にあるインド雑貨や衣類を扱っている「天堂眼」に新年の挨拶に出かけただけ。

人が多いの、苦手なのです。(^^;

 

でも、春節前夜、旧暦の大晦日、夕方から鼓楼・鐘楼・回民街・城壁南門辺りに出かけてきました。

鼓楼・鐘楼・回民街なら、月に1・2回は出かけることがあるのです。

でも、南門となると・・・・・・、昨年の12月初め以来かも。

今年はどんな灯篭が設置されているのか、楽しみ!!!

西安春節の雰囲気をご覧ください!\(^o^)/

 

その前に・・・・・・。

4日の夕方、時間が足りなくて西門に立ち寄れませんでした。

でも、西門は私が一番よく利用する門なのです。

ここを無視するなんて、できない~~~!!!(笑)

ということで、2月1日(金曜日)、西門及び西大街の様子を少しご紹介します!(*^-^*)

 

この日はとてもいいお天気で、用もないのに、思わず出かけてしまったのです。(笑)

写真の順番、失敗・・・・・・。☟

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下側の写真の門をくぐって、城内に入ります。

入って直ぐの左手の様子が、上側の写真になります。

2月1日~4日までは青空が広がっていたんです。

でも、5日、春節当日はスモッグで白い空に・・・・・・。

 

西門前には、こんな灯篭が飾られています。☟

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残念ながら、ライトの灯った夜景写真はありません。

バスの中から見ただけ・・・・・・。

 

今、西大街や東大街では、地下鉄工事の真っ最中。

綺麗だった通りの様子が様変わりしてしまった上、これまで横断歩道があった場所も渡れなくなって、ちょっと不便。(☟の上)

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☝の下側は、行列にご注目ください!

2月1日は春節の4日前。

年末用品を買うために、あちこちで行列ができます。

スーパーのレジ前もそうなのですが、時間は多少短いにしろ、近年は春節当日からスーパーは開いているので、昔に比べると、それほどすごい列ではない気もします。

でも、西安人が大好きな「腊牛肉(干し牛肉)」を買い求める行列は、2000年の春節に見かけた長さと変わりありません!!!

道路にはみ出さないよう、列が蛇行しています。

写真では最後尾まで写っていないんです。

WeChatの記事で読んだのですが、2時間くらい並ぶこともあるようです。(^^;

ここだけでなく、西大街を挟んだ南側のお店も有名で、こちらも昔と同様長蛇の列がありました。

回民街にも有名なお店がありまして、間違いなく行列が出来ていたハズです。

 

ここから、2月4日デス!(*^_^*)

鼓楼・鐘楼に出かけるため公共バス㊸に乗ると、車内に飾り付けが!☟

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2019年2月5日から「猪年」。

これは「イノシシ年」ではなく、中国では「猪」という文字は「豚」を指します。

百度百科」で「猪年(zhū nián)」の英語訳を確認すると、「In the Year of the Pig 」となっています。

だから、キャラクターが「イノシシ」ではなく、「ブタ」。

この車内の飾り付け、帰りに乗った㊸にはありませんでした。

全ての車両に施されているのではないようなので、めでたい飾り付けのある車両に乗ることができてラッキー!(←死語? (^^; )

 

今回、鼓楼からスタートし、南門で折り返し。

そのため、夕方まだ日差しがある時間帯の写真と、日暮れ後の夜景の2種類の写真があります。

その2枚をセットにしてみました。

雰囲気の違い、見比べてみてくださいネ。\(^o^)/

 

鼓楼です。☟

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1月初めに通りかかった時は、水が抜かれていました。

この日は水が張ってあって、夕方は噴水を、夜は水面に映る鼓楼を見ることができました。

この冬は暖かく、水が凍りつかなくて何より!(*^-^*)

 

☟は、夕方通った時に撮影した、太鼓のアップを追加。

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今回、一眼レフに最初から望遠レンズを付けて出かけたので、いつもより大きく撮影できました!

 

鐘楼側の広場から。☟

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昼間は白い暖簾のようなものが(笑)、夜になると色鮮やかに!

青色だけでなく、赤の緑や白、オレンジ系と変色します。

 

 

続いて、回民街へ!(*^▽^*)

入り口には、今年もたくさんの警備員さんがスタンバイ。☟

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☝の下側、20時半、「肉夹馍(ロウジャーモウ)」のお店のテイクアウト前に、行列が!

いつも行列ができているお店の中の一つです。

私もまだ夕食を食べていなかったのですが、並ぶ気になれず、退散・・・・・・。(T_T)

 

夕方も夜も、観光客がいっぱい!!☟(*^-^*)

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ここからは 鐘楼です。☟

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今年は広場にエッフェル塔出現。(笑)

 

アップ!☟

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 夕方、17時過ぎに通りかかった時には、もう地下のチケット売り場は閉まっていました。

なので、鐘楼上に、人影なし。

 

地下通路から地上に出てきました。☟

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南大街の東側から、鐘楼の一部と、遠くの鼓楼を。

 

こちら☟は、鐘楼も全部入れてあげたもの。(笑)

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こうして見ると、鐘楼周辺は普段とあまり変わりませんね。(笑)

 

 

☟、南大街を南へ向かいます!\(^o^)/

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夜になると、赤い提灯に灯が灯るだけでなく、街路樹の枝に巻かれた電飾が様々な色に光ります。

とっても華やか!!

 

☟、城壁南門の、城内側に到着!(*^▽^*)

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こちら☟は、南門の東側に飾られている灯篭。

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私は往復とも東側を通ったので、西側は望遠で写しただけ。(^^; ☟

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城壁の下をくぐるべく、東側に回ったところ。☟

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上側の写真を写す頃は、ちょうど夕日が射しこんできて、肉眼ではとってもきれいでした。

写真になると、その光の加減、伝わらないでしょうか・・・・・・?

 

城壁の下を抜けて、城外に出ました。☟

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上側の夕暮れ時の写真、ビル壁面に景色が写りこんでいるのがお気に入りデス。(^^)v

下側、復路ですが、まだ薄明るい南西の空の色が綺麗!

 

☟、南門前の、広場の最南端が見える位置まで移動しました。(*^▽^*)

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ここが、この日のルートの折り返し地点。

まだ薄明るい空の写真を撮った後は、ライトアップされるまで待機。

待っている間に、お父さんと一緒に観光中の娘さんから、二人の記念写真撮影を頼まれました。

私に頼んだ根拠は、首から下げていた一眼レフ。

この日は望遠レンズを付けていたので、目立ったんでしょうね。(笑)

でも、一眼レフはまだまだ機能を使いこなせていないんですけど。

それに、写真撮影に一眼レフは関係なく、娘さんのスマホを使用。

自分のスマホと異なるブランドのものだと、扱い方が分からない~~~。(T_T)

確認しながら撮影する間、お父さん、ずっと笑顔でポーズをとって待っていてくださいました。

ステキな親子でした。

 

 

ここからは、帰り道に写したもののみになります。

南門外側のアップ!☟
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去年は広場の南端に龍の灯篭があって、☝の写真の下側の位置には丸い球体の飾りしかありませんでした。

でも、今年はそこに二匹の龍が!!!

去年以上に気合が入った飾り付けです。\(^o^)/

 

「2018年の様子ってどうだったんだろう?」

そう思われたら、ぜひこちら☟をご参照ください。(*^-^*)

春節前の西安の夜景(鐘楼・鼓楼・回民街・南門) - せいあん!

 

南門の東側を通って城内に戻るために移動中。☟

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すっかり空が暗くなってきました。

城壁から照射されるライトの筋もクッキリ。

 

 

道路東側にある公園に入ります!☟

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☝の上側は、堀の水面にゆらぐ城壁のライトアップが綺麗!(*^_^*)

下側、地面の文字は、上からライトで投影されています。

 

城壁の上の様子。☟

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歩道に戻って、南門東側の城壁下をくぐりに向かいます。☟

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☝の上側、城壁上の灯篭。

天女も舞っています。

下側は、南門東側城壁の下へ向かっている所。

 

☟、南門から東へ続く城壁外側の足下に整備された公園の入り口。(環城公園の一部)

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☝の上側のイルミネーションをくぐって東に進むと、「吉備真備」の記念碑があります。

下側は、公園入口側から南門方向を望んだもの。

 

城内に入りました。

鐘楼に向かって、右手にある「書院門」と「湘子門」。☟

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ここにも、警備員さんたちがたくさん。

南門外にもいましたよ。(*^^*)

更に、爆竹や花火は禁止されているのですが、消防車も待機していました。

 


ここから先の夜景は、往路の写真と一緒に既にご紹介済み。

なので、このまま西大街の「城隍廟」前へ。(*^_^*) ☟

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「城隍廟」については、以下をご参照ください。(*^-^*)

西安観光:西大街_都城隍廟 (おまけ:春節の雰囲気) - せいあん!

 

「城隍廟」に差し掛かった時、既に21時前。

夕飯、何も食べていなくて、超空腹~~~!!!(T_T)

このすぐ西側に「大学習巷」という通りがあります。

ここも回民街の一部。

晦日のこの時間、回民街以外で開いているお店はコンビニくらいしかありません。

ここで食べ物をゲットできなかったら、食いっぱぐれてしまう~~~!!!

そこで、この通りに入ってみたのですが・・・・・・。

鼓楼の北側に位置する観光地の回民街(北院門や西羊市)ではまだまだ営業中でも、少し外れたこの辺りでは、既に店じまい中。

まだ開いているお店は、回民のみなさんでいっぱい。

どうしよう・・・・・・、と徘徊していて見つけたのが、こちら!☟

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「ナン」です!!!

この写真の右手に窯があって、今、正に窯の中から焼きあがったナンを取り出していました!!\(^o^)/

これだ~~~!!!(笑)

匂いにつられ、即購入。

私が買ったのは、表面にヒマワリの種を散らした、縁がギザギザのもの。

直径30㎝くらいあります。

1個、10元。(1元=16元換算で、160円。)

焼き立てなので、縁の部分はふんわり柔らかく、中心の薄い部分はカリッ!

とっても香ばしくて、美味しい~~~!!(*^▽^*)

お値段的には質素な大晦日の夕食になりましたが、私、大満足!!!

 

 

㊸路バスに乗り、終点の「大唐西市」で降りると、広場では春節から始まる縁日の準備がまだ行われていました。☟

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ついでに西北工業大学のライトアップを!

今年は2月2日からライトアップ中。☟

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上から、南門・西門・東門。

北門は存在しません。(*^^*)

 

中の様子です。☟(*^_^*)

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去年とは全然趣が違います。

毎年、どなたがプランを考えられるんでしょうね?

 

 

最後に、ロシア人の友達から聞いた、「大雁塔」近辺の催しのご紹介を。(*^▽^*)

 

☟の上側は、「大雁塔」の北広場で行われている《再回雁塔》というショー。

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☝の下側は、「大雁塔」の南側に広がる「不夜城」の南端にある「開元広場」で行われている《再回長安》というショー。

旧暦大晦日の夜、友人が無料で見たと言っていたのは《再回長安》です。

共に、2月20日まで上演。

《再回雁塔》:毎日19:00~20:00

《再回長安》:毎日21:30~22:00

「再回」は「再び戻る」という意味です。

無料・・・・・・は、2月20日までずっと無料???

 

他にも、「大唐芙蓉園」や「曲江池」など、「大雁塔」から南にかけての一帯は見どころ満載。

こちらは友人のWeChatモーメンツから。☟

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☟は公式アカウントから。

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とっても華やかで賑やかです!!!
2月19日の元宵節までには、行ってきたいな~。(*^_^*)

 

以上、西安の旧暦大晦日の様子でした。(^^)v

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記3日目(12月17日 月曜日)真冬の莫高窟・沙州故城(夕刻)他+4日目

2019年1月29日、(火曜日)です。

外はどんよりスモッグ発生中。

この日も、絶好のブログ日和。(笑)

今回は、「莫高窟」と「沙州故城」の冬景色をメインにお楽しみください!(*^-^*)

 

 

さて、「莫高窟」の見学については、以前の記事に「2018年12月7日付け」で追記をしました。

以下☟、その内容です。

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(参考訳)

莫高窟見学予約サイトをフォローしていただきありがとうございます。10月10日より、莫高窟見学予約サイトはシステムのアップグレードのため、予約購入サービスを一時停止いたします。詳細については莫高窟見学予約サイトシステムグレードアップに関する通知をご参照ください。(通知内容より:2019年3月31日までの予定)

2018年11月1日より、敦煌市莫高窟見学予約チケットセンターは営業を一時停止します。現在はちょうどオン・オフシーズンのチケット価格調整期に当たるため、莫高窟チケットを事前販売することができません。お客様におかれましては見学の当日、莫高窟デジタル展示センターのチケット販売窓口にてチケットをお求めください。

重要なのは赤字の部分で、市内にある「チケットセンター」で事前にチケットを購入できません。

莫高窟デジタル展示センター」の窓口まで行けば、3日以内の見学チケットの購入は可能です。

でも、わざわざチケット購入のためだけに郊外まで一往復しなくても、オフシーズンなら当日十分チケットを入手できる・・・・・・、そう理解した私。

旅行出発前から、夏の見学と同じ上映時間を目標に、現地へ行くことに決定!\(^o^)/

WeChatでフォローしていると、色んな情報が自動的に受け取れて便利だな~~~と、ご機嫌デス。

この時、ふと、観光客が少ないから、映像上映室内はガラガラだろうな~と、その場面が浮かびました。

貸し切り状態だった、友人と二人で見た「妖猫伝(『空海 ―KU-KAI―』)」を思い出していたんです。

・・・・・・この考え、いかに浅はかだったことか。

それは、「莫高窟デジタル展示センター」に到着後、気付くことになるのです。

 

でもその話をする前に、朝、気分良くホテルを出発したところから、スタートさせていただきます!(*^-^*)

 

ホテルを出て、少し歩いたところで、「反弾琵琶伎楽天像」に朝のご挨拶。☟

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朝9時40分、日の出から1時間と経過していない、マイナス11度。

 

参考に、地図をどうぞ!(*^_^*)

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前日同様、ロータリー東側で「陽関中路」を南(地図では下)に渡ります。☟

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これ☝は、渡る手前。

車が途切れるのを待っています。

 

この日は東(右)へ向かって進みます。☟

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前方には、「益旺国際購物広場」が見えます。

この日は「莫高窟」見学がメイン。

敦煌駅・空港行き」公共バスに乗車するため、「山危路」の「東大橋」へ向かいます。

 

「秦州戸街(歩行者天国)」・「敦煌夜市」の前を通過。☟

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右側に見えている狛犬と中華風屋根が、「敦煌夜市」の入り口。☟

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更に前進し、パン屋さん「愛的礼物」の前も通過して、「文昌南路」に曲がったところで、朝昼兼用の「煎餅果子」を購入。☟

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ここの女性店長さん、夏に私が買いに来たこと、覚えていてくださいました。(*^-^*)

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あの時、私が喋りかけていたせいで、店長さん、玉子を2個入れてしまいました。

店長さん曰く、基本、みんな玉子2個入りにするので、習慣的に割り入れてしまったとか。

今回は最初から、玉子2個で注文。(*^▽^*)

ここで、店長さんとWeChatを交換しました。

今でも時々連絡を取っています。(#^.^#)

 

行儀悪いですが、この「煎餅果子」を食べながら、お店の前の「文昌南路」を渡り、「三危路」に入ってバス停まで移動。

私が「煎餅果子」を食べ終わると、バスは直ぐに出発!

なので、出発前のバスの写真はなし。

このバスには支払い用のWeChatQRコードが貼ってなかったので、運転手さんのスマホのコードを直接スキャンして、支払い完了。

3元です。(1元=16元で換算すると、約50円)。

 

バスの中から撮影した「陽関大道」の様子、ご覧ください!\(^o^)/

路肩には、まだしっかり雪が残っています。☟

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羊がいるのですが・・・・・・、見えますか?☟

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モニュメントが見えて来ました。☟

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☟「敦煌旅遊集散中心」 

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☟「又見敦煌」。

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☟「莫高窟デジタル展示センター」

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莫高窟デジタル展示センター」入り口に到着!☟

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莫高窟デジタル展示センター」の建物まで、少し歩きます。☟

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建物は、木立の向こうです。

一緒にバスを降りた方は、「莫高窟デジタル展示センター」とは違う方へ消えていきました。

出勤だったのかな???

 

☟10時半、「莫高窟デジタル展示センター」に到着!(*^-^*)

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左手の三角形の小さな建物がチケット売り場です。

入り口の前、まったく人影がありません。

夏場は行列ができていたんですよ。

 

入り口前の様子。☟

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扉はぴっちり閉まっていて、まるで休館みたいな雰囲気。

莫高窟デジタル展示センター」は年中無休だと知らなければ、不安になりそうな静けさです。

 

それもそのはず、この時期、映像上映は1日たったの3回。☟

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1回目は9時半から上映開始。

幸い、目標の11時半に上映があったからいいようなものの、もし、『1日2回、10時と13時上映』だったりしたら、大変でした。(^^;

 

胸をなでおろしながら、チケット売り場へ。☟

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仲間がいた~~~~!!!!(*^-^*)

 

さて、初日に「鳴沙山」へ出向いた時、「ツーリストセンター」では学割チケットを購入できませんでした。

莫高窟」と「鳴沙山」ともに敦煌を代表する観光地ではあるけれど、私の理解では「莫高窟」の方が格上。

なぜなら、「鳴沙山」はAAAAA級観光スポットではありますが、「莫高窟」は1961年に中華人民共和国の第一期全国重点文物保護単位に、1987年にはユネスコ世界遺産に登録されている文化遺産だからです。

「鳴沙山」でダメなら、「莫高窟」はもっとムリ。

そう思ってはいたのですが・・・・・・。

せっかく持って来たのだし、ダメ元で提示してみることにしました。

 

結果は・・・・・・、O~~~~K~~~~!!!!\(^o^)/

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破線の部分にある黒丸白抜き文字が「优(優)」になっています。(*^-^*)

夏は「外宾票(外国からの見学者用チケット)」の「外」になっていました。

 

本当に、不思議です!(笑)

でも、ここでも、係りの人が同僚に確認をしたり、更に「中国語の説明を聞き取る自信はあるか?」と尋ねられたりのやり取りはありました。

実は、係りの人が最後に言った言葉がよく聞こえませんでした。

何となく、「とりあえず、今回は『優惠票(割引チケット)』を販売します」と言っていたような、そうでないような???

何故、気になるかと言うと・・・・・・。

☟の「四、购票须知(チケット購入注意事項) 」をご覧ください。f:id:shanshanduohuizi:20190129040708p:plain

私が購入できたのは、「3、优惠票(割引チケット)」の「淡季(オフシーズン)」、45元/枚。(1元=16元で換算すると、720円)。

この割引を受けられるのは、「中国国内全日制統一募集による修士以下の学生(中国で学習している外国籍留学生を含む)」となっています。

しかし、注意書きがあって、「成教生・自考生・進修生・網絡教育(ネット通信教育)、及び中国籍国外留学生は割引を受けられない」となっているんです。

この中で、私が属するのは「進修生」。(^^;

規程通りなら、ここでも全額チケット対象のような・・・・・・。

とりあえず、「運が良かった」ということで・・・・・・。(笑)

 

因みに、チケットの価格は夏場より安くなっています。

7月に来た時は、全額200元+外国語解説費用20元=220元。(1元=16元で換算すると、3,520円)。

その時点でのオフシーズン料金は、全額100元+外国語解説費用20元=120元。(1元=16元で換算すると、1,920円)。

2018年10月の情報では、上記表のように、

オンシーズン:200元(外国語解説費用20元を含む)(1元=16元で換算すると、3,200円)。

オフシーズン:110元(外国語解説費用20元を含む)(1元=16元で換算すると、1,760円)。

となっています。

上記表では見学できる石窟の数が、オン・オフシーズン共に8か所と書かれていますが、私が見学に行った時は、夏に見た案内と同様12か所見ることができました。

 

 

 

チケット入手後、どうするのかな~と思っていたら、同じ時にチケットを購入した人たちが、「入り口」とは別の扉を開けて中に入って行きます。☟

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入り口上の小さな案内板を見ると「映像見学待合エリア」とあります。

夏は市内のチケット売り場で発券してから来たので、バスを降りて直接「入り口」前まで行き、行列の長さに驚いて、その場でそのまま順番待ち。

でも、思い返すと・・・・・・、係りの人が「まだ入館する順番になっていないから、向こうで待っていたら」と示した方角が、この☝入り口だったような。(笑)

チケットがあるのだから、入館するのが遅くても、上映室内の席は確保できます。

冷房の効いた待合室に入っていれば良かった~~~。(^^;

 

中に入ってみると、そこは莫高窟の見学が終わり、バスで戻って来た時に通過したレストランと売店のある場所でした。☟

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☝は売店

お手洗いに行ったり、インフォーメーションで上映回数について確認したりしていると、時間はあっという間に経過。

「11時半上映のお客様、入り口から中へお入りください」と案内がありました。

 

実は中でつながっているのですが、手荷物検査があるためか、一度外に出て、「入り口」から正式に入館。☟

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手荷物検査を終え、チケットを見せて、中に入って来ました。☟

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上の写真を撮った場所で、反対側を撮影。☟

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夏場は見学客がたくさんいたのですが☟、この日はだ~れもいませんでした。

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☝、中央奥にレストランがあります。

 

入り口から左手の方に移動すると、上映室があります。

そこへの移動途中、壁に大きな地図がありました。☟

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【漢代中国・周辺国交通概略図】です。

海路の水色の線が、日本の九州に到達しています。

 

日本ははみ出てしまいましたが、アジア全体を納めるように写してみました。☟

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赤●で記されている敦煌は、東から1/4あたり。

漢代中国の西の最前線という感じがします。

敦煌と同じくらい大好きなカシュガルは・・・・・・、ほぼ中央。

キルギス人のクラスメイトが、新疆の言葉やトルコ語は聞き取れると言っていました。

こうして大きな地図で見て、カシュガルが如何に中央アジアよりに位置しているか、再認識。

 

写真を撮ってから上映室にやって来ると、映像を見るのに良さそうな席は既に埋まっていました。(笑)☟

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初め、「こんなに少ないの???」とちょっと驚いていたら・・・・・・。

最終的には、これくらい席が埋まりました。☟

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満員御礼ではありませんが、私の予想を上回る人数です。

座って上映を待っていると、見覚えのある「外国語ナレーション用イヤホンとチューナー」を持った係り員さんが近づいてきました。

正直者の私(笑)、条件反射で「割引チケットです」と、お断り。

黙って借りておけばよかったのかな???と思ったりもしたのですが、以前、右耳を中国語、左耳を日本語で映画を見て、頭の中がちょっと混乱したのを思い出しました。

今回は、中国語に専念!!!

ところで、係り員さんはどうしてイヤホンを渡そうと思ったんでしょう?

入室の際に提示したチケットには、デカデカと「優」の字が印刷されていたのに。

それを見せるだけで、何も喋らず入室したのですが・・・・・・。

無意識に、お辞儀してしまったのかな???

この動きをすると、本当にすぐに日本人と分かってしまいます。

実際、私自身も、この動作を目にし、相手が日本人だと気付いたことがあります。

 

などと考えていると、前日「敦煌博物館」で出会って、少し会話をした女性、Tさんが出現!

手を振ると、私の隣にやって来て着席。

この後、莫高窟まで彼女と行動を共にすることになりました。

 

上の写真の上映室は、デジタル映画《千年莫高》を見る場所。

それを見終えると、莫高窟の石窟内の壁画をCGで作製した《夢幻佛宮》を見るために、場所を移動します。☟

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前方スクリーンは、頭上まである球面状態。

左右も真横までスクリーンがあります。

その巨大なスクリーンに目いっぱい壁画が映し出され、手前から頭上へと移動。

自分が石窟の中にいて、周囲の壁が動き出したような気分です。

実は、夏に来た時は途中から眠気に負けてしまい、記憶が曖昧。

今回はバッチリ、最後まで見ることができました。

隣を見ると、仏教を信仰していると言っていたTさんが、画面を拝んでいました。

尋ねると、無意識にやっていたんだそうです。

 

CG映像も見終わったら、バスに乗って莫高窟へ!\(^o^)/

バス乗り場の様子は、よろしければ☟の記事をご参照ください。

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月6日(木)_ 敦煌2日目_敦煌莫高窟・鳴沙山1日目(9/30:鳴沙山入園料変更追記) - せいあん!

他にも、夏の莫高窟の景色、1997年6月や2000年1月の写真もあります。(*^-^*)

 

バスの中から撮った風景。☟

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ここも、まだ少し雪が残っています。

 

莫高窟に接近!☟

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12時半、莫高窟に到着し、バスを降りました。☟

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午前中は雲の多い空でしたが、正午過ぎ、空は真っ青!!!(*^▽^*)

手前の河は「大泉河」。

夏場はカラッカラに乾いていましたが、冬場は少量の水が凍り付いています。

河底も見えてますネ。

 

「莫高新橋(地図右端)」の手前にあった見学案内図。☟

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夏場は「九層楼」の前に設置されている出入り口から中に入りましたが、今回は「小牌坊」前から。

 

「莫高新橋」を渡ります。☟

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一番手前に写っている赤いコート、黒のリュックを背負った女性がTさんです。

 

「莫高新橋」の左手(南側)はバリバリに凍っています。☟

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橋を渡った後、莫高窟に向かって右手(北側)の様子。

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「莫高新橋」を渡ってすぐの場所にある「蔵経洞陳列館」の壁の前で、白楊の写真を撮るTさん。☟

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白楊の白い枝のアーチを潜って、先に進みます。☟

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右側中央から左に延びている壁は「蔵経洞陳列館」のもの。

 

上の壁が切れた所で、「蔵経洞陳列館」側面を撮影。☟

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「蔵経洞陳列館」の建物を写したかったというより、空の青・白楊の白・建物の砂色と赤い扉・・・・・・、この色彩を残しておきたかったんです。(*^-^*)

 

そして、横を見上げたら、青空にまっすぐ伸びる飛行機雲!☟

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本当に綺麗!!!

 

入り口前に到着しました。☟

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この時間帯、莫高窟に来ていた見学客、これで全部です。

 

「小牌坊」☟

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「小牌坊」の背後に見える壁画。

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☝は、見学中に下を通過した時に撮影したもの。

 

この位置の反対側には、「大牌坊」が見えています。

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こんなことをしていたら、解説を聞くグループは先に中に入ってしまい、私とTさんは大慌て。

入り口の係り員から解説を聞くためのイヤホンを受け取って、最後に入ったグループに合流!

 

残念ながら、石窟内は撮影禁止。

なので、石窟から石窟への移動途中に撮影した、外側の様子をご覧ください。☟

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第427窟の入り口上の壁画。☟

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上の羽のついた像の左右に描かれていた、羽衣をたなびかせた楽師(?)

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14時前。当然ながら、次の見学者、誰もいません。☟

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私たちは11時半から映像を見て、莫高窟に到着したのが12時半。

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次の上映は14時半からなのです。

次の見学者が到着するのは15時半頃のはず。

 

☟移動中。

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通りすがりの第231窟、入り口上の壁画。☟

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☟第231の辺りから、東方向。

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遠くの風景を見て、一休み。(*^-^*)

下りて来て、第96窟・九層楼内の北大仏を見学。☟

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高過ぎて、帽子のような屋根のてっぺん、見えません。(^^;

 

☟この後、最後の見学、第148窟へ!\(^o^)/

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☟、この辺りからだと、九層楼のてっぺんが見えました。(*^-^*)

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夏はマンツーマンで解説を聞いていたので、記録する余裕なし。

なので、どこを見学したのか覚えていません。(^^;

今回は大勢の中の一人なので、イヤホンで説明を聞きながら、好き勝手なことをしていてもOK。(笑)

今回見学したのは、『329・331・332・334・335・16-17・328・427・257・237・96・148』の12か所。

その内、8か所は夏と同じはず。

夏、日本語の説明を聞いていたので、今回の中国語の説明も難なく理解することができました。\(^o^)/

 

この後、本当なら見学エリアから出て、少し離れた場所から九層楼の全体図を撮る予定でした。

しかし、急に不安が・・・・・・!

一緒に来たTさんは、すごく熱心に解説を聞いていて、解説内容もスマホで録音していたり、質問をしたり。

この時も、ガイドさんとのんびり会話中。

何故なら、Tさんは、この後さらに有料の窟をいくつか見る予定。

まだ、「莫高窟デジタル展示センター」へは戻らないのです。

 

周囲を見渡すと、一緒に来ていた2グループの見学客の姿、な~~~い!!!

一番最後の窟の中で、みんな早々にイヤホンを返却し、外へ出て行っていました。

その時、私はまだ、帰りのバスについて深く考えていませんでした。

この時は、夏の経験が弊害に!

夏は、2つの上映室がそれぞれ30分置きに映像を上映。

つまり15分に1回の割合で、映像鑑賞を終えた見学客がバス数台に分乗し、「莫高窟デジタル展示センター」から出発していたんです。

なので、見学後は駐車場に行けばバスが何台も待っていて、直近発車の物に乗り込めばOKでした。

だからゆっくりマイペースで「蔵経洞陳列館」も見学できたんです。

 

しか~~~し!!!

 

今回はバス2台しか、「莫高窟デジタル展示センター」から出発しませんでした。

乗って来た人の中には、Tさんのように残って有料窟を見る人もいるわけで、全員が揃うまで待ってくれるような仕組みにはなっていないハズ。

 

このことに気付いて、真っ青!!!

もし駐車場に到着した時、2台とも出てしまった後だったら・・・・・・???

前方にもう二人、小走り状態の男性が!

追いかけて、「バスって出発時間決まってるんですか?」と聞いてみたものの、男性方も「知らない」と慌て気味。

 

そんなわけで、私もダッシュ!!

「小牌坊」から入ったので、出たのもそこから。

「九層楼」前まで引き返す心の余裕はなく、真っ青な空をバックにした「九層楼」の撮影は断腸の思いで諦め(大袈裟 (^^; )、「大牌坊」方向へ。☟

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駐車場までのルートから大幅に外れなければ・・・・・・、多分、大丈夫(のはず)。

そう自分を落ち着かせ、もう、ヤケで撮影!!!(笑)☟

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 だって、綺麗なんです!!!

 

☟、撮らずにはいられません~~~!!!(T_T)

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なんて綺麗な、真っ白な枝!!!

 

南側の橋、「見学案内図」には名称が記載されていません。

これを渡って左折すれば、駐車場までは後わずか。☟

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でも、これを渡ると、本当に「莫高窟」とお別れ。(T_T)

 

なので、焦りを抑えて、右手(南側)を撮影。☟

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☟、左手(北側)も。

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☟、後ろ髪を引かれる思いで、振り返り、撮影。(笑)

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「大牌坊」の柱の間に、奥の「小牌坊」がチラリ。

 

橋を渡り終え、「莫高窟」の石碑と、南側に点在する「塔林」も、パシャ!☟

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最後にもう一度、「大牌坊」・「莫高窟」が穿たれた「鳴沙山」の東の断崖・バックの青空を!☟

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後は、駐車場までダッシュ!!!☟

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私が到着した時、バス発車数分前でした。

セーフ~~~!!!(笑)

その時は直接バスに乗り、15時発の便に間に合ってホッとしていただけなのですが・・・・・・。

今、写真を見て発見!

バス、後ろにまだ何台かいますね。(笑)

もしかしたら30分置きぐらいに、「莫高窟デジタル展示センター」行きが出ていたのかも知れません。(^^;

今回の反省点【冬場、「莫高窟」を見学する際の注意事項】:

莫高窟デジタル展示センター」での映像上映時間と、「莫高窟」見学後の戻りのバスの時間、この二つを事前に確認すること!!!

皆様、ご注意ください。(*^-^*)

 

戻りのバスの中から。☟

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行きがけと同じ側が見える席だったので、同じ風景。(笑)☝☟

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15時20分過ぎ、チケット売り場前まで戻って来ました。☟

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その後、☟のピンクの矢印の辺りを通って、「陽関大道」へ出ようとしました。☟

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この写真は午前11時前に撮影したものなので、空にまだ雲が残っています。 

このピンクの矢印の当たりには、客待ちのタクシーがたくさんいました。

「市内に戻るなら、タクシーに乗らないと!」

と声を掛けられたので、反射的に「すみません、バスで帰ります」と答えてしまった私。

すると「バスなんてないんだから、タクシーに乗らないと帰れないよ」と、ちょっとバカにしたような返しの言葉が。

カチン!!!

その時、私の脳内では、「バスなんざねえよ。タクシーに乗らねえでどうやって帰んだ」と自動翻訳。(笑)

「夏にも来て知ってるから!30分待っても、バスで帰ります!」

「30分」は、私の意志の表れ、そんなに待つ必要はないハズ。(笑)

「だったら好きに待ってろよ」←運転手の捨て台詞。

ふん!!!と無視し、私は走って「陽関大道」へ。

前回は、おそらくホンの僅かの差で一便逃してしまい、15分も炎天下の中次のバスを待ったんです。

道に出るまでは、気を緩めてはならないのです。急げ~~~!!!

 

今回、「陽関大道」の写真はありません。

なので、敦煌に到着した日、チャーターした車の運転手さんのご厚意で撮影した写真を流用します。☟

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なぜ写真がないかと言うと、道路を挟んで赤矢印の反対側までやって来た時・・・・・・。

なんと!!!

敦煌駅」方面から緑のバスがやって来るではありませんか!!!

今回、待ち時間ゼロ!\(^o^)/

でも、写真を撮っている暇ナシ。

バスを発見してからガードレールを乗り越え、幅の広い「陽関大道」を渡らないといけません。

運転手さん、気付いて~~~!!!

と精一杯手を振りながら、道路手前側を横断。

ドラマのようにガードレールをカッコよく飛び越えるなどは不可能。

ノロノロ乗り越えようとしている時には、バスはもう停車して、路肩で待っていた人が乗り込んでいます。

待って、待って~~~!!!

幸い交通量は少なく、すぐに道路片側を走り渡って、ギリギリセーフ!!!

やった~!!!

この日はヒヤヒヤ、ハラハラすることが多かったですが、結果的に時間のロスはなく、チケットも半額。

大成功の莫高窟見学でした。(笑)

 

この文章を書いている時、WeChatの「莫高窟参观预约网(莫高窟参観予約サイト)」を検索すると、2月の上映案内が公表されていました。☟

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これを見ると、春節前までは1日3回上映、春節の7連休中は旅行客が増えるのか、上映回数が増えていますネ。

赤字の部分には2019年3月31日までの予定で、システムのグレードアップ行うため、オンラインでの予約購入ができなことのお詫びが記されています。

 

以下☟は、2018年12月24日に公表された【2019年莫高窟チケット実施案】です。

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2019年4月1日から実施だそうです。

関係のありそうな部分だけ抜粋しますネ。

オンシーズン:4月1日~11月30日

【Aタイプ見学(6,000枚/日)】

1)全額チケット:238元/人・回

莫高窟(開放されている石窟8か所):180元

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》:48元

莫高窟との往復バス料金:10元

各陳列館等は無料

※外国語の解説が必要な場合、別途20元/人・回を追加。

 

2)割引チケット:148元/人・回

莫高窟半額割引チケット価格(開放されている石窟8か所):90元

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》:48元

莫高窟との往復バス料金:10元

各陳列館等は無料

対象:6歳以上18歳未満の中国青少年・中国国内全日制統一募集による修士以下の学生・年齢満60歳以上満70歳以下の中国公民(香港・マカオ含む)

 

【Bタイプ見学(12,000枚/日)】

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》の鑑賞なし。

1)全額チケット:100元/人・回

莫高窟(開放されている石窟4か所):90元

莫高窟との往復バス料金:10元

各陳列館等は無料

 

2)割引チケット:55元/人・回

莫高窟半額割引チケット価格(開放されている石窟4か所):45元

莫高窟との往復バス料金:10元

対象:6歳以上18歳未満の中国青少年・中国国内全日制統一募集による修士以下の学生・年齢満60歳以上満70歳以下の中国公民(香港・マカオ含む)

 

【Cタイプ見学】

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》の鑑賞のみ。

50元/人・回

割引チケットなし。4歳未満は無料。

 

オフシーズン:12月1日~3月31日

【Dタイプ見学】

1)全額チケット:140元/人・回

莫高窟(開放されている石窟12か所):90元

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》:40元

莫高窟との往復バス料金:10元

各陳列館等は無料

※外国語の解説が必要な場合、別途20元/人・回を追加。

 

2)割引チケット:95元/人・回

莫高窟半額割引チケット価格(開放されている石窟12か所):45元

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》:40元

莫高窟との往復バス料金:10元

各陳列館等は無料

対象:6歳以上18歳未満の中国青少年・中国国内全日制統一募集による修士以下の学生・年齢満60歳以上満70歳以下の中国公民(香港・マカオ含む)

 

【Eタイプ見学】

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》の鑑賞なし。

1)全額チケット:100元/人・回

莫高窟(開放されている石窟12か所):90元

莫高窟との往復バス料金:10元

各陳列館等は無料

※外国語の解説が必要な場合、別途20元/人・回を追加。

 

2)割引チケット:55元/人・回

莫高窟半額割引チケット価格(開放されている石窟12か所):45元

莫高窟との往復バス料金:10元

対象:6歳以上18歳未満の中国青少年・中国国内全日制統一募集による修士以下の学生・年齢満60歳以上満70歳以下の中国公民(香港・マカオ含む)

☝オフシーズンのEタイプは、オンシーズンのBタイプと同じ価格で、見学できる石窟数が4か所と12か所の差があります。

 

【Fタイプ見学】

デジタル映画《千年莫高》+ドームスクリーン映画《夢幻佛宮》の鑑賞のみ。

40元/人・回

4歳未満は無料。

 

こうした価格体系だと、既に「莫高窟デジタル展示センター」での映像を見たことがある場合、オフシーズンならそれを除いた「Eタイプ」がお得かも?

でも、その「Eタイプの割引チケット」でさえ55元。

2018年12月、私が運よく享受できたフルコース45元より、10元高いんです。

2019年4月以降、かなり値上がりしますね。

 

 

「三危路 」の終点の到着しました。☟

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左端中央辺りの柵に、看板発見!

 

アップにするほどではないのですが、前と変わったものを見ると嬉しくて。(*^-^*)☟

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莫高窟デジタル展示センター」・「駅」・「莫高鎮・空港」⇔乗り場

因みに、変わっていないものを見つけても、喜びます。(笑)

 

緑の公共バス、最終日の空港行きでもお世話になります!!(*^▽^*)

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用水路にご注目!☟

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この時期、底が見えていますが、夏場は豊かな水が流れていました。

水路壁面の真ん中辺りに跡がついていますが、ここが夏場の水位です。

 

この時、15時45分。

夏場と違って早く日が沈むので、休憩することなく、この場から「三危路」の途中にある「長距離バスターミナル」側の「牌楼」を見に行きました。☟

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1997年6月に来た時にもあった、思い出深い「牌楼」。

夏にも写真を撮りましたが、今回も!(笑)☟

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☝☟、市内側から東に向かって。

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翌日、空港へ行く時に見る側です。

 

☟2枚は、駅や空港等の東側から市内に入る時に目撃する側。

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夏場も同じように撮影しました。

まだ日は暮れておらず、空は青かったのですが、建物の陰になって「牌楼」は薄暗い写り。

今回は日差しを燦燦と浴びて、とっても綺麗!!!(*^▽^*)

 

夏バージョンは、☟の記事の終わりの方にあります。

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月8日(日)_ 敦煌4日目_敦煌博物館2日目(宋代~清代他)・白馬塔他 - せいあん!

 よかったら、ご覧ください。(*^-^*)

 

 

この後は、すぐ側の「長距離バスターミナル」へ。☟

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夏場は日暮れが遅いので、まだそんなに遅い時間ではないと思っていたんです。

でも、私が行った時にはもう20時を回っていて、ターミナルは閉まっていました。(^^;

 

☟、今回は、中に入ってみたいと思います!(*^-^*)

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チケットがないと待合室には入れないので、手前から。☟

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入って右手にあったチケット売り場で見かけた時刻表。

その中の「敦煌→柳園」部分をアップ。☟

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所要時間は、窓口の女性に尋ねると「2時間半」とのこと。

2000年1月は、「柳園駅」からバスで敦煌に入りました。

毎日13便あるなら、敦煌西安の列車は少ないので、必要があれば「柳園駅」を利用してもいいかも?

 

 

「長距離バスターミナル」を出て、バス乗り場前まで戻って来ました。☟

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正面はT字路になっています。

合流する道「文昌南路」を右折して、②路線バス乗り場へ向かいます。

バスに乗って、「沙州故城」へ!(*^_^*)

 

「文昌南路」に入って道を渡ると、そこは朝「煎餅果子」を買ったお店。☟

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16時半前のこの時は、お店は閉まっていました。

 

☟の地図で、位置をご覧ください。(*^-^*)

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☟、「煎餅果子店」から見て、地図で上側(北側)。

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☟、「煎餅果子店」から見て、地図で右側(東側)。

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☟、「煎餅果子店」から見て、地図で左側(西側)。

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この交差点を渡って、バス停へ!

 

「鳴沙山」へ行く時に利用する③路線バスは、私が乗車した時はいつもあまり混雑していませんでした。

でも、この時乗った②路線バスは、ぎゅうぎゅう詰め!(@_@;)

夏に「沙州故城」へ行った時は、「敦煌古城(映画ロケ地)」からの戻りに立ち寄ったので、②路線バスは使っていません。

そのため、降りる場所がよく分からず、念のため少しずつ出口に移動していたら、ついに2つ手前のバス停で外に押し出されてしまいました。(^^;

でも、敦煌はこじんまりした可愛らしい街。

バス停2つ分くらい、どうということはありません。(*^▽^*)

 

あっという間に、「沙州故城」のある交差点に到着!☟

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赤い矢印の位置に、「沙州故城」の跡があります。

 

石碑と、その後方に見える遺跡を一緒に!☟

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石碑を回り込むと、赤い帽子を被ったお年寄りが二人、ベンチに座って日向ぼっこ中。☟

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零度くらいの気温だったのですが、風がなく、日差しが暖かで、とても穏やかな天気でした。

 

柵の前まで来ました。☟

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お年寄りは、新たにやって来た知り合いと歓談中。☟

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☝、「沙州故城 」の概要や、この後の写真にある「沙州故城」のいろんなエピソードの訳については、☟の夏のブログをご参照ください。(#^.^#)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月9日(月)_ 敦煌5日目_敦煌古城・沙州故城・陽関中路の敷石他 - せいあん!

訳すのに、かなり時間を費やしました。(^^;

 

ここからは、周囲をぐるんと回って撮影した、夕日に照らされた「沙州故城」をご覧ください。

どのエピソードの看板が、どこに設置されているかが分かり易いですよ。(*^-^*)

では、一気にどうぞ!\(^o^)/☟

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中には、小さな月が写っていたり、鳴沙山が見えていたり。

それらがなくても、西北部の夕日の透き通るような光があまりに綺麗で、数枚を選ぶことができず、全部貼ってしまいました。(^^;

 

でも、これで大満足!

市内中心部に向けて戻ります!(*^-^*)

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「西大橋」まで戻って来ました。☟

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定位置で、鳴沙山も撮影。☟

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やっぱり綺麗だな~。

 

夏場、この龍たちは口から水を吹き出していたのに・・・・・・。☟

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今は、河底が剥き出しです。
 

この日、「敦煌陽光沙州大酒店」のロビーに入ってみました。

改装されているので、1997年6月に来た時と雰囲気は違うのですが、お手洗いの位置や、客室へ上がるエレベーターの位置は同じ。

しみじみ、懐かしい~~~。

 

なんて、中に入ったのはお手洗いを拝借するため。(笑)

ついでに、ソファに座ってカメラのレンズを望遠に交換。

重い望遠レンズ。

ずっとリュックに入れて運んでいたのですが、ここまで出番なし。

砂埃の多い敦煌、外でレンズ交換するのはとっても危険。

内側のセンサーに埃がついた場合、持って来ている小型ブロアーで吹き飛ばせなかったら、その後の写真全部に影が映ってしまう・・・・・・!!!(゚Д゚;)

実際、西安で屋外撮影中に頻繁にレンズ交換をしていたら、埃が付いて、青空に影が写り込んでしまうようなことに。

それ以降、レンズ交換には神経を尖らせているのです。

前日買ったブラシで埃を払ってから、レンズ交換完了!

 

外に出ると、頭上には青空に浮かんだ半月と、飛行機雲。☟

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「西大橋」のお気に入りの位置まで戻って、「鳴沙山」を拡大。☟

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前方に見えている橋が「白馬塔大橋」です。 

 

ここで・・・・・・、1月のファイル利用量300Mの限界に達してしまいました。(^^;

幸い、1月31日になったところ。

1日待てば2月になるので、続きをアップできます。

それまでに、文章を完成させておくことにします!\(^o^)/

 

上のアップから、「鳴沙山」を更に引き寄せます!☟

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この後、「白馬塔大橋」まで続く遊歩道を散策。☟

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夕日に染まった柳の枝が綺麗!

 

「党河」の河岸まで下りてみました。☟

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河底の石がごろごろ。

 

河を横切れる足場があったので、途中まで行ってみました。☟

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この時なら、足を踏み外したとしても、河底もカチカチに凍っているだろうし、危険ははないず。(笑)

 

ここからは、☟の地図をご参照ください。f:id:shanshanduohuizi:20190201001813p:plain

緑の数字に沿ってご紹介します!\(^o^)/

 

①「敦煌陽光沙州大酒店」の駐車場を横切って「党河東路」に出ました。☟

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そこから「市場巷」へ。☟

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撮影地点は「金山路」と「市場巷」の交差点。

②の方向からやって来ました。

 

③方向は、夏に歩いた「金山路」。☟

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今回は「金山路」には進まず、気になっていた「市場巷」を東へ探検!④☟

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⑤、同じ規格のお店が並んでいます。

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外国人旅行客も多いんでしょうか?

看板の店名、漢字の下に英語表記もあります。☟

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そしてついに、食べたかった「酿皮(ニャンピー)」のお店を発見!!⑥☟

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一皿6元。(1元=16元換算で、約100円)☟

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夏、「敦煌夜市」で食べた「酿皮(ニャンピー)」は10元でした。

この辺り、「敦煌陽光沙州大酒店」やその近辺の宿泊施設を利用している観光客も利用するそうですが、基本は敦煌市民のみなさんが日常的に利用する場所なんだそうです。

だから、観光地化している「敦煌夜市」より安いのかも。

 

ここで、1997年6月と、2000年1月に訪れた大規模な市場のことを聞いてみると、奥さんがよく覚えていらしゃって、昔話に花が咲きました。(*^-^*)

このお店の向かいの「义乌商贸城(義烏商業貿易城)」辺りに出入り口があって、その反対側の出入り口が「宏秦市場」の方にあったと伺え、自分の記憶&記録とほぼ合致。

嬉しかったです!(*^▽^*)

 

結構長くお店に滞在したのですが、その間、店内で食事したのは私だけ。

でも、持ち帰りのお客さんは頻繁にやって来ました。

話が弾み、お別れを言って外にでたら、もう薄暗い~~~。⑦(^^;

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路地との交差点辺りには、果物や軽食を売る屋台が出ていて、「市場巷」は賑やか!☟

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⑧、同じ規格の店舗が途切れた所で振り返ると、壁には「敦煌特色小吃街(軽食街)」と書かれていました。☟

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もう少し歩くと、「鳴山路」に到着。👇

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ここで後ろを振り向くと「鳴山路」なのです。 

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ここにも、「敦煌特色小吃街(軽食街)」の看板がありました。

 

夏場、「敦煌博物館」から戻って来る時、足元の貨幣の石板ばかり見ずに周囲を見渡していたら、もっと早く気付けたのかも。

そうしたら、冬場の「敦煌夜市」は閉まっているお店が多いので、最初からこっちに来れたのになぁ。

☟は、翌日、4日目に通りかかった時に撮影したものデス。

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とにかく、美味しい「酿皮(ニャンピー)」を食べることができて、良かった!(*^-^*)

 

この後はホテルに向けて移動。☟

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「反弾琵琶伎楽天像」を撮るため、少し回り道。☟

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望遠レンズを付けたままなので、「反弾琵琶伎楽天像」のアップも撮りました。(^^)v

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下からライトアップされていて、ちょっぴりホラーテイスト。(笑)

 

一度ホテルに戻ったのですが、まだ19時になったばかり。

敦煌最後の夜、こんなに早く部屋に引きこもりたくはありません。(笑)

今度は「敦煌夜市」の方へ出かけ、「夜市」内や「秦州戸街(歩行者天国)」を、夏の賑わいを思い出しながら徘徊。

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初日夜に立ち寄った韓国料理屋さんが開いていまいした。

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お客さんはいなかったので、邪魔にはならないかなぁと思い、中に入ってみました。

前日は、用があったので休みだったそうです。

ここでも少し昔話をして、当時を懐かしんでから、お別れ。

 

その後、向かいの「益旺国際購物広場」のスーパーにお菓子を買いに立ち寄って、出て来てみると、「敦煌夜市」の門が閉まっていました。☟

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この時、20時半過ぎ。

いつも扉が開いている所しか見たことがなかったので、不思議な気分。

「夜市」も閉まってしまったので、私もホテルへ引き上げです。

 

以上、冬の敦煌、3日目でした。(*^-^*)

 

💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛

 

ここから、2018年12月18日(火曜日)、冬の敦煌4日目の一部です。(*^-^*)

この日は冬の旅行3回目訪問の「敦煌博物館」がメイン。

でも、「敦煌博物館」は夏のブログで詳しく記述しています。

展示されている文物は、「鳴沙山」や「莫高窟」のように季節の違いを感じられるものでもありません。

それでどうしようかな~と考え、夏のブログで写りが悪い写真や、写真を撮っていなかったものなどを、夏のブログの中で追加することにしました。

なので、ここでは、敦煌とのお別れを、簡単に記したいと思います。(#^.^#)

 

これがこの旅行最後の「反弾琵琶伎楽天像」。☟

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シツコイかもしれませんが、この像も敦煌の象徴だと思うんです。(^^)v

 

夏、すごく残念だったのが、「陽関中路」側の「秦州戸街(歩行者天国)」入り口にある建物から南を望んだ時、遠方に「鳴沙山」が見えているハズなのに、薄曇りの空と、カメラの望遠機能が及ばず、うまく姿を映せなかったこと。

今回、重い望遠レンズを持って来たのは、この景色にリベンジするためと言っても過言ではありません!!!(←ホント?  笑 )

その景色、見てやってください。<(_ _)>

 

☟、この2階通路から撮影したものです。

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さすが望遠レンズ!

手前のマンションの背後に、雪が少し残った「鳴沙山」が見えています!!!☟

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「秦州戸街(歩行者天国)」を手前に入れても、遠くの「鳴沙山」が見えています。☟

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これで、気分スッキリ!!!\(^o^)/

 

空港行きのバス乗り場へ向かう途中、「敦煌夜市」の入り口から中を覗いて、お別れ。

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バス乗り場に到着しました。☟

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バス出発!

前日、「莫高窟デジタル展示センター」へ行く時にも撮影した「敦煌旅遊集散中心」。☟ 

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前日は、雲が多く薄暗かったのですが、この日は午後の日差しでクッキリ写ってます。

 

「又見敦煌」の看板と「莫高窟デジタル展示センター」の金色のドーム。☟

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莫高窟デジタル展示センター」☟

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さようなら~~~、敦煌~~~!!!

 

これ☟を潜ると、後は、「敦煌駅」と「敦煌空港」だけ・・・・・・。

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敦煌駅」で、駅舎を撮ろうと角度を調整していると、運転手さんが「助手席においで」と呼んでくれました。

助手席に座っていた方、駅で降りられたのです。

駅舎は側面の窓から撮影したので、席の移動は不要なのですが、でも、助手席いいですね~!!!(*^▽^*)

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夏、トルファンから列車で到着した時に出て来た、到着出口。☟

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ここで、助手席に移動した効果が!☟

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真っ直ぐな「陽関大道」を眺めながら、楽しかった4日間を思い出していました。

次回があるかは分からないですが、この気さくな運転手さんに空港前のバス乗り場を確認して、緑の公共バスを降りました。

料金は3元です。

 

空港に到着。☟

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搭乗するMU2216は、西安経由で上海虹橋まで飛びます。☟

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搭乗予定時刻は15時20分。

少し遅れて、搭乗開始となりました。

 

機体が動き出す前、整備士さんお二人がお見送り。☟

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手を振っていたので、私が座っている席の窓がお二人の正面に来たら、私も手を振り返そう!と楽しみにしていたのに・・・・・・。

それより先に、ターミナルへ引き返してしまいました。(T_T)

いつもは座席が34くらいなのですが、今回、座席指定が遅れて44。

かなり後ろの席だったのが、敗因です。(^^;

 

機体が滑走路に入るため、移動開始。☟

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眼下に広がる敦煌郊外。☟

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到着時に見た時はワクワクしていたのに、帰りに見ると、寂しい~~~。(T_T)

 

飛行機は雪の残る山並みを超え、西安へ。☟

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17時55分、西安空港に到着。

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私、迎えの車をチャーターしていました。

今までなら出発ロビーの外で合流だったのですが、この時は空港前の広場を横切り、駐車場まで歩かなければならなくなっていました。

結構、距離があります。(^^;

 

出発ロビーの外まで車が迎えに来ることができるのは、雨の日だけとか。

しかも台数制限あり。

ちょっと不便になりました。

ただ、こういう決まりは頻繁に変わるようなので、次に利用するまでに便利になっているといいな~。(*^^*)

 

本日、2019年2月1日(金曜日)。

今はどうなっていることでしょう???

 

 

2018年は7月と12月、2回も敦煌に行く機会を得ることができました。

夏と冬。

景色も、賑わいも、ついでに見学費用も(笑)、全く違う敦煌

どちらの季節も、それぞれの良さがあります。

私にとっては、1997年6月と、2000年1月の風景を探す旅でもあって、ぜひとも夏と冬に訪れたかったんです。

今回は昔の資料も準備していたので、あやふやだった記憶を補完することができました。

次はいつ訪問できるのかな?

今のところ、全く予想できません。

その時が来たら、このブログを見ながら、変貌を遂げている風景や、何年経っても変わらないものを探したいと思います。(*^-^*)

 

これで、2018年12月15日~18日の敦煌旅行記は終了です。

少しでも、冬の敦煌の景色を楽しんでいただけたなら、幸いです。

ここまでお付き合い、ありがとうございました。\(^o^)/















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記2日目(12月16日 日曜日)真冬の鳴沙山・月牙泉(正午)、白馬塔(夕刻)他

今回の書き始めは、2019年1月25日(金曜日)。

 

明け方、やっと昨年末の敦煌旅行1日目が完了!\(^o^)/

天気も、部屋に引きこもるにはうってつけの「曇り」ですし、午後から引き続き2日目に取り掛かります!!!

 

2018年12月16日のメインは、青空の下の「鳴沙山・月牙泉」と、夕焼けに照らされる「白馬塔」です。

では、さっそく、スタート!!!(*^▽^*)

 

 

この時期、敦煌の日の出は 8時57分。☟

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9時前になって、太陽、やっとお出ましです。

なので、ホテルを出たのは10時過ぎ。

この時の気温、マイナス13度。(@_@;)

日の出前の8時過ぎから、たった1度しか上がっていません。

 

ホテル前の様子です。☟

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通りに嵌め込まれている石板、手前のものは「沙州文明史」が紹介されていました。

奥に見える石板には、「敦煌観光スポット案内図」が。

7月に来た時にも思いましたが、敦煌では足元を見ていると色んな情報を入手できます。(*^-^*)

 

これから、☟の地図のロータリー部分を、時計回りに移動して、「沙州南路」に入ってすぐの場所にあるバス停「盤旋路南口」へ向かいます。(*^▽^*)

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ホテルから出ると、この角度で「反弾琵琶伎楽天像」が見えます。☟

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ロータリー東側で、「陽関中路」を渡りました。☟

f:id:shanshanduohuizi:20190126190434j:plainそこから東方向を撮影。

写真の一番奥には、「陽関中路」と交差する「文昌路」がチラッと見えています。

 

「沙州南路」へ向かう途中で、「反弾琵琶伎楽天像」を正面から撮影。☟

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背後の青空、とっても綺麗!!!

ただ、「反弾琵琶伎楽天像」は建物の陰になって暗い状態。

 

凍結箇所の氷を砕いている方々。☟

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こうして処理して下さる方々のおかげで、街路樹の根元などにはまだ雪が残っていても、路面は乾き、安心して歩けます。<(_ _)>

上の写真に横断歩道が写っています。

そこを渡ってバス停へ!!!\(^o^)/

 

今日もまた、③バスに乗車。☟

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バス停「盤旋路南口」から、今歩いて来た方を撮影。☟

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宿泊ホテルも見えています。

屋上に、屋根の先が尖った。東屋のようなものがのっかっている建物です。

 

こちら☟は、「沙州南路」の進行方向。

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朝日が当たっていると、温かい雰囲気になりますね。(*^-^*)

 

前日の記事では書いていませんが、バスの乗車料金は夏と同じ、「月牙泉」までは2元です。(1元=16元換算で、32円)

夏に来た時に学習したので、現金ではなく、WeChatで支払いました。(笑)

 

バスは博物館のような外観の中学校の側までやって来ました。☟

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街路樹があるので見えませんが、右手が中学校です。

前方に「鳴沙山」が見えて来ました!\(^o^)/

 

土産物売り場の端にあるバスの終点で降りてすぐ、出勤中の駱駝たちに遭遇!!☟

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この後左折して、「ツーリストセンター」の後ろにある「駱駝乗り場」へ向かっていました。

 

そして、この日もまた、自動車通行止めになっている場所から、南北の様子を撮影。

まず、北側。☟

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真っ青~~~!!!(*^▽^*)

前日も雲一つない青空でしたが、夕暮れ時と午前中では、雰囲気が全然違います。

 

☟南側

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朝日が、眩しい~~~!!!

 

これ☟も前日と同じ位置からの写真ですが、砂丘の陰が逆になっています。(*^-^*)

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それに、眩しくて全体的に白っぽくなっていますね。

 

この日は「2回目入場」なので、「ツーリストセンター」に入る必要はありません。

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前を素通りして、ゲート☟へ向かいます。(^o^)/

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この時、ふと横を向くと、またまた出勤中の駱駝を目撃!☟

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少し前に見かけた通勤路に向かっている模様。

前日の「駱駝乗り場」は駱駝不在でしたが、「今日はたくさんいるに違いない!」と楽しみ。(*^-^*)

 

ゲート前にやって来ました。☟

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どの設備も電源は入っていますが、開放してあるのは前日と同じ。

右端の「绿色通道(グリーンゲート)」とその隣のゲート、少し左の方にある「 二次入园通道(二回目入場ゲート)」の3か所のみです。

私、今回は「二回目入場ゲート」へ!

前日、あれだけ何度も「収集完了」を確認したので、自信アリ。(^^)v

でも、眼鏡を外して収集したので、外さなきゃ~とかごそごそやっていたら、ゲート内にいる係り員の男性が寄って来て、「グリーンゲートから入ってください」とお声がけ。

 

え~~~???

私、収集失敗扱いですか???(T_T)(T_T)(T_T)

 

この時、私以外誰も入場しようとしていなかったので、気を利かせて声をかけてくださったんだと思います。

「グリーンゲート」通過の際、前日の入場券と、前日確かに入場した証拠として、前日撮影した写真を提示しました。

「二回目入場」ではチケットは使わないのですが、持って来ておいて良かった~。

 

さあ、「靴カバー」を借りに行くぞ~~~!!!☟

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正直言って、前日はレンタルしたものの「靴カバー」が役立つ場面なし。

でも、この日は違います!

駱駝に乗って東の砂丘の下まで行き、そこから歩いて登るのです!

「月牙泉」側の砂丘にだって登ります!

 

レンタル、完了!!!☟

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この時、時刻は11時くらい。

でもなぜか、レシートの時間は14時35分。(笑)

実は、前日だけでなく、夏に来た時も同じように時間がズレていました。

少なくともこの半年近く、時間を修正していないのでは?(笑)

ここで、前日もいた係り員さんから、「また来たんだ」と声を掛けられました。(*^-^*)

 

オレンジの靴カバーをつけて、少し前進後、振り返って見た風景。☟

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夏場の緑の葉が生い茂った街路樹もいいけれど、金色の枝姿もイイな~。(*^▽^*)

 

では、前に向き直って前進します!☟

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ま・・・・・・眩しい~~~!!!

サングラス、持ってくるべきでした。

冬場だから不要と思ったのは大間違い。(T_T)

 

門の前にも、「鳴沙山月牙泉」と記された石碑アリ。☟ 

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前日撮影しなかったので補足、補足!

 

石碑を背にして門を撮影すると、逆光のため門は黒いシルエットに。☟

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「鳴沙山」と書かれた石碑の頭がちょこんと、こちらを伺っているように覗いています。(#^.^#)

 

近づいていくと、開いた門の扉の向こうの様子が見えてきました。☟

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次の2枚、前日と同じアングルです。☟

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見比べて見てください。(*^-^*)

 

これだけ反射していると、砂丘にうっすら残っている雪は全然目立ちません。☟

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でも、雪の「鳴沙山」を見たかったので、少しでも雪を写そうと、足元の残雪に注目してみました。

踏み荒らされてグチャグチャですが・・・・・・。(笑)

降った翌日なら、銀色に輝く雪原を見られたんだろうな~。

でも、眩し過ぎて、眼を開けていられなかったかも。(^^;

 

では、駱駝に乗るため、チケットを買いに行きます!!!\(^o^)/

実を言うと、夏にも乗ったし、今回は乗らなくてもいいかな~とか思っていたんです。

でも、出勤中の駱駝たちに出くわし、気が変わりました。(笑)

チケット売り場に到着すると、11時11分。

ぞろ目なのが嬉しくて、12分になる前に、大急ぎで撮影!☟

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今見ると、気温が「16/33℃」って、いつの季節の気温???(笑)

駱駝に乗る料金は、オン・オフシーズン関係なく、100元/1人です。(1元=16元換算で1600円)

いろんな場所で電子マネーが使用できるようになっていますが、ここは、この時も現金でした。

 

夏に乗りに来た時は、5人一組のグループの最後の一人を待っていたので、買うと同時に引っ張られるようにして駱駝のもとへ行きました。

でも、今回、私がチケットを購入した時、他のお客さんはいませんでした。

案の定、「ちょっと他のお客さんが来るのを待って」と言われてしまい・・・・・・。

仕方ないので、日向ぼっこをしている駱駝の写真を撮って時間潰し。☟

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かなり寒いのに、駱駝の様子をみていると暖かそうに感じて来ます。(笑)

 

冬場は3人で一組。

駱駝を引くおじさん・おばさんから、何度も「急ぐ?」と尋ねられました。

一応、私の時間のことも気にしてはくれているのです。(*^-^*)

 

ちょうど、雪が多めに残っている砂丘をバックに、写真が撮れました。(^^)v

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1頭を中心に、Vの字に並んだ駱駝たち。☟

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太陽を背に、中央に立つ駱駝が凛々しい感じ。(#^.^#)

 

「急ぐ?」と問われれば、当然「急いでます!」と答えました。

でも、回答は「11時半まで待って」とか「さっきの男性が戻ってきたら」とか、やっぱりすぐには出発できません。

 

なので、引き続き写真撮影。☟

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☝は一頭の駱駝の顔をアップ。

口元が可愛いのデス。

WeChatのモーメンツでも、友人から大人気でした。(*^-^*)

 

チケット売り場の方も撮影。☟

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珍しい、ちょっと白っぽい毛並みの駱駝。

かなりたくさんの駱駝が、仕事のために出勤しています。

でも、夏場はもっとたくさんいたんですよ。


更に暫く何人かいる駱駝引きのおじさん・おばさんとおしゃべり。

「夏にも来たんですよ!スマホの待ち受けはその時乗った駱駝なんです!」なんてスマホを見てもらったり。

こちらが、その駱駝。☟

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11時50分前、やっと出発です!\(^o^)/☟

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結局誰も来ず、3頭のなかから1頭だけ引き離しての単独出発。

おばさんの話では、この駱駝が、この日出てきている中で一番大きいとか。

実際、夏に乗った駱駝よりは高さも、横幅もありました。

なので乗るのにちょっと一苦労。(#^.^#)

乗る時、駱駝は座ってくれているのですが、それでも背中までが高いし、体の幅もあるので、左足を鐙に掛けた後、右足を振り上げて背中の上を回そうとすると、ちょっと「グキっ」と・・・・・・。(T_T)

 

毎日、たくさんの駱駝が往復してできた真っ直ぐに続く足跡と、駱駝引きのおじさんの頭・駱駝の頭とふわふわの瘤の毛が一直線!☟

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ここが最初の撮影ポイント。☟

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ここで、おじさんからこんな言葉が。

「写真、撮りませんか?サービス料20元もらえたら、目いっぱい撮りますよ!冬場はお客さんが少なくて、駱駝を引く回数・人数が少ないので、収入も少ないんです。」

夏場も、ここで写真を撮るか尋ねられました。

その時は「取って欲しかったら、20元!」みたいな口調で言われ、誰も写真を撮らなかったことを 思い出しました。

「あの時、駱駝引きのおじさんに撮ってもらっておけばよかった・・・・・・」と後悔したことは一度もないくらい、ちょっと不愉快な口調でした。

でも、その結果、自分が駱駝に乗った姿は、たった1枚。

鳴沙山が配置しているプロが撮った、でも顔は真っ黒で表情が全然見えない記念写真のみ。

大好きな駱駝に乗った写真がないのは、やっぱり残念・・・・・・。

今回は、私もかなり待ったけれど、最終的には1往復で一人分しか収入が支払われないのに、敢えて出発してくれたんだし・・・・・・。

お願いしよう!!!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

結果、今回はとってもたくさん、記念となる写真を撮ってもらえました。(*^-^*)

それは、あとでまとめてご紹介!

 

引き続き前~~~進~~~!!!

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☝の地図の左上の「东山顶(東峰)」の麓まで、GO!!

 

道中の様子をご覧ください!☟

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東峰」のてっぺんが見えて来ました。☟

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ここでも立ち止って、おじさんが写真を撮ってくれています。

とてもサービスがよくて、360度周囲を回りながらの撮影。

おじさん、写真を撮り慣れていて、色んなポーズをアドバイス

慣れないポーズのため、却ってぎこちない私。(笑)

 

ついに「東峰」の足下に到着しました。☟

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ここを登る旅行客は、たいてい頂上を左に少し行った場所から砂橇で滑って戻って来ます。

なので、この左横に料金所があります。

ここで、「階段を登るなら、お金払いなさい」と呼び止められました。

「橇は使わないんです。階段の側を歩いて下りて来ます」と説明しても、砂は硬くて歩きにくいとか、階段を使うだけでお金がかかるんだとか、理由をつけてお金を取ろうとします。

旅行客が少なく、寒い中ず~とここに座って待機しているのは大変です。

それは分かるのですが、階段使用にお金取られても困ります。

「夏にも来たけど、階段使用は無料でしたよ!」と力説し、諦めさせることに成功!!

 

さ~あ、一気に登るぞ!\(^o^)/

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登り切って下を振り返ると、駱駝引きのおじさんが途中でしゃがみこんで休憩中。

おじさん、初めてここを登ったそうです。

おじさん、おじさんと呼んでいるのですが、実は私より一歳年上なだけ。(^^;

 

これ☟は、砂の中の水分が凍って層になっているんです。

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これのドアップをWeChatのモーメンツにアップした時、友人からは「ミルフィーユが食べたくなった」とコメントが届きました。(笑)

夏場は砂がサラサラで、尾根のような部分を動こうとすると、滑り落ちそうで怖かったのですが、今回は安定していました。

 

2000年1月も、2018年7月も、漏れなく写した風景。☟

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☟のページに昔の写真も載せています。良かったらご覧ください。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月6日(木)_ 敦煌2日目_敦煌莫高窟・鳴沙山1日目(9/30:鳴沙山入園料変更追記) - せいあん!

 

上の写真の反対側(東向き)☟

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左☟に屋根が見えています。

あそこに向けて、橇で滑って下りるようです。

 

上の位置からカメラをもう少し右へ振ると・・・・・・。☟

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おじさんのシルエット。

せっかくおじさんが側にいるので、夏の時にも気になった遠方の建物について尋ねてみました。

 

気になっていたのは、こちら。☟

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敦煌国際会展中心」だそうです。

 

☟、真西方向。

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夏場は、上空をヘリが飛んでいました。

 

既に下りて来て、自分の足跡を確認中。☟

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向かって階段の左手を、両脚を揃え、踵から砂に沈み込ませるようにして、滑りながら下りて来ました。

雪と水分で表面がこおっているため、夏場ほど滑りはよくなかったですが、それでも楽しかったです。(#^.^#)

 

ここで、記念撮影の特集を!(笑)☟

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上の2枚は、最初の撮影ポイントにて。

左側は、「両手でハート形を作りましょう!」とアドバイスされたもの。

ハート形・・・・・・に、なってませんね。(^^;

真ん中と右下は、二か所目での撮影。

真ん中は、「遠くを指さしてみましょう」と言われ、ポーズ。

左下は、「東峰」から下りて来た後、駱駝の大きさが分かるように、側に立って撮影したものです。

 

そして、一番のお気に入りは、これ!!!☟

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背景が広々としていて、頭上は青空、足元に雪もアリ。

私の顔は殆ど映らず、駱駝は足先から頭のてっぺんまでバッチリ。

特に、駱駝の口元の白い毛のふわふわ感、ちょっと開いた口が可愛い~~~!!!

胸元の毛も日差しを浴びて、ふかふか!!!

現在は、この写真が私のスマホの待ち受けです。(笑)

おじさん、グッジョブ!!!

 

この後は、引き返すだけ。

寂しいな~と思いながら、足元に映る影を撮影。☟

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ふと、「東峰」に向かうルートの方を見ると、前に2頭、後ろに3頭、駱駝が旅行客を載せてお仕事中。☟

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最初の2頭は、私が乗っている駱駝の仲間たち。

この日は別行動になってしまいました。ゴメンね。

私としては、この時刻まで待たずに済んで、ありがたいことでした。<(_ _)>

 

そして、とうとう駱駝から降りる時がやってきました。☟

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夏は、もう少し駱駝乗り場に近い位置(向こうに見える木の辺り)で降りましたが、今回は少しだけ「月牙泉」より。

お別れする前に、写真撮影サービス費用20元に、気持ちだけで申し訳なかったのですが10元上乗せして合計30元、現金でお支払いしました。

想い出になる写真をたくさん、ありがとうございました!!!(*^-^*)

 

 

ここから、「月牙泉」へ向かいます!\(^o^)/

門の方(北)から続く道を~、☟

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南へ向かいます。☟

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「月牙泉」が見える位置までやって来ました。☟(*^▽^*)

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この位置から、南側の「登山区」が真正面に見えます。☟

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砂地を過ぎって、「月牙泉」の縁を巡る道へ向かいました。☟

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空の青をバックに、砂丘の色がすごく浮き上がって見えます。

 

だんだん「月泉閣」に接近。☟

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夏に来た時は「月泉閣」まで足を延ばさなかったので、今回はやってまいりました!

 

ここから、中に入ります。☟

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階段を上がったところで、「月牙泉」を振り返ると・・・・・・。☟

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青空、砂丘、雪の載った「月牙泉」!

その中で、やっぱり砂丘の色に目を奪われました。

 

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この境内の一角に売店がありました。

そこで、朝来る時、バスの中で一緒だった若い女性に再会。

彼女、出勤途中だったんですね。

 

「月泉閣」を出て、「登山区」へ!(*^-^*)

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ここを登ります!\(^o^)/

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でも、途中まで。(笑)

前方、お一人登っていらっしゃいますが、あそこより少し上くらいまで登りました。

 

雪と砂、ともに凍り付いてます。☟

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砂丘から見下ろした「月牙泉」。☟

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歩いて来た道も見えます。

 

アップ。☟

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門の方にも目を向けてみましょう!!☟

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さっき、駱駝を降りた場所がよく見えます。☟

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1997年6月や、2000年1月、2018年7月の様子、良かったらご覧ください。☟

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月7日(土)_ 敦煌3日目_敦煌博物館1日目(新石器時代~唐代)・鳴沙山2日目(9/30:鳴沙山入園料変更追記) - せいあん!

 

ここの砂丘も滑り降りて、眼下に見えていた道を門の方へ!☟

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砂丘から見下ろした時、道の左側には1箇所だけ木がありました。☟

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道は途中から右手にカーブしているので、まっすぐ砂地を突っ切りました。☟

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そこから、駱駝に乗って向かった「東峰」方向を。

 

☟は、今、歩いて来た方向。

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駱駝乗り場も見えてきました。☟

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ちょっと見難いですが、オレンジ色の靴カバーをつけた旅行客が何人かいます。

お客さんが来て良かったね~!

 

ついに「鳴沙山」とお別れ。☟

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今回も楽しかったデス。(*^-^*)

また来るチャンス、あるかなぁ・・・・・・。

ちょっとしんみんり。

 

門を出て、北方向。☟

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ここにも「徳克士(Dicos)」があります。☟

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夏は営業していましたが、今はお休み中。

 

黄金色の枝を見ながら、靴カバー返却所へ。☟

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ゲートを出て、土産物売り場の方へ向かい、そこからバス停へ。☟

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バスが停車しているのが見えています。(*^-^*)

ラッキー!!と思ったら・・・・・・。

目の前でバスが動き始めました!!!

「待って~~~!」と手を振りつつ走り出したのですが、運転手さんから「ダメ」と手を振り返され・・・・・・。

 

置いてけぼり・・・・・・。☟(T_T)

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後ほんのちょっとだったのに、ケチ~~~!!!(笑)

この後は、いつ次のバスが来るか分からないので、様子を見ながら徒歩で移動。

次のバス停まで歩いたところで、バス待ちをしている方がいたので、一緒に待つこと数分。

少し前に「鳴沙山」へ向かったバスがUターンしてきました。

それに乗って、「敦煌博物館」へ。

 

 

博物館のチケット交換処で、Mさんに近所のお食事処を教えていただき、少し遅い昼食を取りました。

お店の名前は「岳氏小炒」。☟

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この時、14時半を回っていました。

昼食を取るには、ちょっと遅い時間。

私がお店の中に入った時、店内にお客さんはおらず、女性店長さんがストーブの側のテーブルで、ひまわりの種を食べていました。

左下、この古いストーブ、なんだかとってもいい感じ。(笑)

右下の写真、入り口から中が見えません。

ガラス扉の内側に、ガラス越しに冷気の進入を防ぐための分厚い掛布団のようなシートが下げてあります。

 

注文したのは、地元の名物の「臊子面(サオズミエン)」。☟

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スープがちょっと酸っぱめで、とっても美味しかったデス!(*^_^*)

お値段は8元。(1元=16元換算で、約130円)

 

お店は、☟の地図の「敦煌博物館」と①の間にあります。

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食後、「敦煌博物館」に戻って、夏場に見落としていた展示物を見直したり、写真を撮ったり。

その後、Mさんや、売店にいるYさんに挨拶をして、上の地図のルート(夏と同じ)で、「白馬塔」へ!\(^o^)/

 

①、「鳴山路」を左折、「祥雲路」に入った場所の「党河」方向の風景。☟

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②の交差点から、「白馬塔大橋」に向けて撮影。☟

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橋がチラッと見えています。

 

③の「白馬塔大橋」の手前まで到着。☟

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夏に「敦煌博物館」からここまで歩いた時、初めて歩く道だったので距離感が分からず、随分遠く感じたものです。

でも、今回は後どれくらいで到着か分かっているだけに、すごく近てビックリ。(笑)

 

橋の名前が彫られた石碑。☟

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橋を渡る手前、北側の河沿いの遊歩道と、河面の様子。☟

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遊歩道は、北側に掛かっている「西大橋」の側に立っている「敦煌陽光沙州大酒店」の側へ続いています。

夏場、滔々と水が流れていた「党河」。

その時の水位は欄干のすぐ下あたりまでありました。

今のこの茶色い表面、よく見ると石が転がっています。

これは、河底が見えているということ???

 

橋の様子。☟

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反対側へ渡って、南側を撮影。☟

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残雪の上に、ハートマークが!(笑)

遠くに、強い日差しに霞んだ「鳴沙山」が見えます。

 

④までやって来ました。

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「党河」の右側を流れていた用水路、凍っています。

 

橋を渡り切り、「党河西路」を横切って、橋の方を撮影。☟

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ところで、上の方で貼っている地図に地名などを追加している時、これから進む「白馬塔」前の道の名称に違和感が!

夏に工事概況の看板や、道路標識を撮影した時は、「白馬塔路」もしくは「白馬路」だったんです。

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なのに今、「百度地図」で検索すると、「党河」の東側の通りと同じ「祥雲路」となっているのは、なぜ?

道路工事が完了して、新しい名前がついたとか?

でも、期待していた舗装道路は・・・・・・、どこにもありません!!!

※2019年1月29日追記:

道路の名称、「祥雲路」だそうです。

Mさんが確認してくださいました。(*^^*)

 

夏と同じ、砂埃舞い上がる道のまま。☟

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道路工事、全然進んでな~~~い!!!

 

夏と違いがあるとすれば、緑の葉っぱがないことと・・・・・・。☟

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この☟、高さ・幅制限を示す黒と黄色に塗られた枠が増設されているくらい。

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今回、夏以上に交通量が多く、埃に悩まされながら前進。(T_T)

 

この道も、夏はすごく遠く感じたのに、今回はあっという間。☟

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木々の間に、「白馬塔」が見えて来ました。☟

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木の葉が生い茂る夏場には、見えませんよね。

だから、どこまで行けば「白馬塔」に辿り着けるのか分からず、すごく距離があるように感じたんだと思います。

それに、メチャクチャ暑くて、歩くのも大変でした。(^^;

 

「白馬塔」に到着!☟

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夏場は塀の前で近所の方々がおしゃべりをされていて、そこに行ってチケットをどこで買えばいいのか、尋ねることができました。

しかし、寒い冬。

「白馬塔」の前には誰もいません。

扉もきっちり閉まっていて、ちょっと「来たのはいいけど、どうしよう~~~」な状態。

茫然と突っ立って、周囲を見渡していると・・・・・・。

向かって右手の家の方から「見学したいの?」と声をかけられました。

声の主は手に箒を持って、こちらにやって来ます。

助かった~~~!!!

管理人さんに気付いていただいたおかげで、無事、チケットを購入し、中に入れました。(*^-^*)

チケット料金は、夏と同じ15元です。(1元=16円換算で、240円)。

 

中に入りました。☟

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ここは、まだ雪がたくさん残っています。

夕日に照らされる「白馬塔」。

 

☟、左から、北側(正面)、西側、南側、東側。

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南側・東側の二層目には木板と石板がはめ込まれています。

これについて、夏の写真ではアップにしてもボケてしまい、ブログには写真を貼ることができませんでした。

 

今回、その木板と石板のアップを補足したいと思います!\(^o^)/☟

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上:南側の木板「民国二十三年八月拨贡朱永镇、吕钟等再修」

下:東側の石板「道光乙巳桐月白文采等重修」

 

以下、2018年7月8日の敦煌旅行記から、関連個所の抜粋です。

第二層には文字が刻まれた石板が2つ、木板が1つある。石には「道光乙巳桐月白文采等重修(1845年旧暦3月、白文菜等が再建)」の文字が、木には「民国二十三年八月拨贡朱永镇、吕钟等再修(1934年8月、拔貢(朝廷が特に優秀な生員を国子監に選抜する制度)出身の朱永鎮・呂鐘等により改修)」の文字が刻まれている。これらにより、この塔が何度も修繕を経ていることが十分に証明される。しかし、その建築形式は依然として明代の風格を保っている。

もう一つの石板は、今回も見つけられませんでした。(^^;

その時の記事、頑張って色々訳しているので、良かったらご覧ください。(*^▽^*)☟

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月8日(日)_ 敦煌4日目_敦煌博物館2日目(宋代~清代他)・白馬塔他 - せいあん!

 

☟は、月と一緒に映る「白馬塔」。

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沈む夕日と「白馬塔」。☟

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足元には雪もあって、冬ならではの景色です。

敦煌、あまり雪は降らないらしいので、特に珍しいかも。

この冬は、12月の初めに降ってから、1月19日頃にもまた降ったようです。

 

この後、塀の外に出て、見学終了を管理人さんにご報告。

ついでに、夏に書いたブログに貼った、2000年1月に撮影した写真を見ていただきました。☟

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夏、塀の外で集まってお喋りしていたおじさんたちは、「白馬塔」は昔から塀に囲まれていて、外から全体は見えないと言っていたんです。

そこで、8月に一時帰国した際に、上の写真をスキャンして持ってきました。

今回、これを管理人さんに見ていただき、「白馬塔」に間違いないことは確認できて何より。

スッキリして、「白馬塔」を後にしました。(*^-^*)

 

この後は、「党河」西岸沿いの緑地を散策しながら、「西大橋」へ。

☟は東屋。

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水路の上に架かっている東屋の一つから、南を撮影。☟

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18時過ぎ、ライトアップ、スタート。(*^▽^*)

北方向の「西大橋」も明かりが灯って、綺麗。☟

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「西大橋」を渡る途中で、河底を撮影。(笑)☟

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奥の方に「鳴沙山」がチラリ。

「西大橋」を後少しで渡り切る場所から。☟

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「西大橋」から「鳴沙山」を撮るなら、この位置がおススメです。(*^-^*)

 

今回、夏に宿泊した「緑洲島酒店」が営業していないと分かった時、予約しようと考えた「錦江之星」。☟

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ただ、中心地から少し西に寄っているので諦めたのですが、この系列のホテルは好きなので、宿泊したかったな~。

 

「錦江之星」お向かいに立っている、1997年6月、初めて敦煌に来た時に宿泊したホテル。☟

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と言っても、大幅に改装され、ホテル名にも「陽光」が追加されています。

でも、何回見ても、懐かしい!!(#^.^#)

 

このまま、「陽関中路」を東に進んで、ロータリーの「反弾琵琶伎楽天像」まで戻って来ました。☟

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周囲は随分暗くなり、頭上には月も輝いています。

西からロータリーに入ったので、伎楽天像は後ろ向き。

背中に担いでいる琵琶がよく見えます。(*^-^*)

 

夕食は、夏に何度もお世話になったパン屋さん、「愛的礼物」で。☟

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道路沿いの窓際で食べていたら、その間、お客さんがたくさん入って来ました。

客寄せパンダ役、大成功?(笑)

 

食べたのは、夏と同じモノ。(笑)

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この後、一度ホテルに戻ったものの、カメラに付いた埃を払いたくて、ブラシを買おうと再度お出かけ。

欲しかったのは、刷毛の部分がキャップに収納できるタイプのもの。

キャップが本体についているもので、上から被せるタイプではありません。

なかなか見つからず、お店を探してウロウロしている時、ふと、路地へ入って見よう!という気になりました。

理由は、地図上で2000年1月に宿泊したホテルと同じ名前を見かけたから。☟

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ホテルの名前は「阳关宾馆(陽関賓館)」。

一時帰国の際に、名前を確認してきました。

 

昔の地図もスキャンしています。☟

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新旧地図の位置、ほぼ合致デス。

 

地図に従って歩きながら、「この辺って、夏に宿泊を断られた『iU酒店』がある辺りじゃなかったっけ???」と記憶を振り返っていたら、本当に目の前に「iU酒店」が!!!☟

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周囲に、他のホテルはないし・・・・・・。

と、よく見ると、ネオンで光っているホテル名の左側に、闇に紛れてひっそり「阳关宾馆(陽関賓館)」と書かれているではありませんか!!!

え~~~???

「iU酒店」が「陽関賓館」だったということ???(笑)

念のため中に入り、フロントで確認もしました。

間違いなし!!!

 

 

なんだ~、ここだったんだ~。

このホテル、7月に予約した時は「iU酒店」として、オープンした直後。

もし、もう少し早く敦煌に来ていたら、懐かしいホテルの姿を見ることができていたかも?

とにかく、2000年1月に宿泊したホテルの位置が分かったので、その他、気になっていた場所も、ほぼ特定OK!!

 

2000年1月の「白馬塔」の写真の件、そしてこのホテルの位置。

この日は2件も、悩み解決!!!

有意義な一日でした。\(^o^)/

せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記1日目(12月15日 土曜日)真冬の鳴沙山・月牙泉(夕刻)他

この記事、書き始めは『2019年1月15日(火曜日)』です。

ちょうど1ヶ月過ぎてしまいましたが、2018年12月15日、夏に続いてもう一度、敦煌へ行ってまいりました!!!\(^o^)/

 

夏に行ったばかりなのに、なんでまた行ってるの???と思われるかも。(^^;

夏に敦煌に行った時、現地の方とWeChatを交換したおかげで、その方がモーメンツにアップする写真で頻繁に敦煌の様子を目にすることに。

特に2018年11月2日付けでアップした「夏旅行 敦煌5日目」のラストに掲載した『黄金色の胡楊』を見た時は行きたくて、行きたくて、ウズウズ!!!☟

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でも、それはさすがにムリ。

夏の旅行記がまだ書き終わっていないのに、どうして再訪問することができるでしょう???(T_T)

しかもそのために大唐西市博物館の紹介はず~~~っと停止状態。

多少なりとも先に進めないと、本来の計画より進捗が大幅に遅れています。(^^;

 

それでも、毎日、飛行機チケットとホテルをチェックしていると、12月半ばがかなり安いことに気付きました。

 

12月2日、雪が降ったとの知らせ!

以前冬に訪問した時は、雪はありませんでした。

見、見たい~~~!!!

 

しかも、その直後に、以前ブログでご紹介した『シルクロード インターナショナル ファッションウィーク』が、大スクリーンに敦煌を投影。

それを見てしまい、『敦煌へ行きたい!病』完璧に再発!!!☟

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しかも、かなり重症・・・・・・。

元旦連休の前後には期末試験の範囲説明があるし、試験が終わってからだと飛行機はともかく、ホテルが値上がり・・・・・・。(T_T)

・・・・・・、よし!授業休んで行っちゃえ!!!

こうして旅行が決定しました。(笑)

 

今回は文字は少なめに、写真をたくさん貼っていきます!

敦煌の冬景色をご堪能ください。\(^o^)/

 

家を7時前に出発。

その時、外はまだ真っ暗。

それもそのはず、当時の西安の日の出は、7時43分。

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☟は、西安空港で安全検査を受け、搭乗口に向かう時に見かけたロボット君。

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私、こういうのに弱いのです。

可愛い~~~!!!(#^.^#)

 

8時、搭乗口に到着!☟

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外がやっと明るくなってきました。

9時40分発のフライトなので、ほとんど人がいません。ここで待ってればOKと思っていたら、搭乗口変更のお知らせが・・・・・・。(^^;

でも、それ以外は問題なく、定刻出発。

 

飛行中、眼下には雄大な景色が広がっていました。\(^o^)/☟

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ず~~~っと連なっていた山並みがずんずん後ろへ流れて、ついに途切れてしまい・・・・・・。☟

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砂漠上空に到達。☟

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☟、白っぽいところ、私は「ワジ」が凍っているんだと思ったのですが、実際はどうなのでしょう?

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☟こちらは、間違いなく川!凍ってます。

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郊外の街が見えて来ました。☟

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中央を流れている川も、やっぱり凍ってます。

 

☟、もうすぐ到着。

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今見えているのは「敦煌駅」。

この少し前に、「莫高窟デジタル展示センター」上空を通過しました。

 

☟、そして、ついに到着~~~!!!

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敦煌、お久し振り~~~!!!\(^o^)/

なんて、夏の旅行記最終日(敦煌最終日)のブログアップが2018年11月10日。

それまで毎日、夏の敦煌の写真を見続けていたので、久しぶりとは言っても、1ヶ月ぶり程度の気分。(笑)

 

☟、敦煌空港はこじんまりしています。

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☟、ボーディングブリッジを渡ると、すぐに下へ。

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☝を下りると、左手にターンテーブル☟。

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ターンテーブル2つしかありません。

でも、混雑することなく、写真を撮っている間にターンテーブルが回転開始。

開始と同時に、私のトランク、出てまいりました。

待ち時間、ほとんどなし。(^^)v

 

ここを出れば、国内到着ロビー出です。

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写真を撮り忘れたのですが、この到着ロビーを出る時、出口で「市内行きリムジンバス」の呼び込みをしている女性がいました。

ターミナルを出ると右手方向に、 それらしきマイクロバスが停車しています。

料金を確認すると、「10元(1元=16元で換算すると、160円)」と言っていました。

☟は、夏に撮った写真です。

よく見ると、今回見たマイクロバスと同型のものが停車していました。☟

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更に!

市内から、敦煌駅・空港への路線バス(3元:1元=16元換算で、約50円)も、☟の赤矢印の当たりに停車していたんです!!!

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夏に敦煌から西安に戻る際、乗って来た公共バスがターンして引き返して行ったので、私、勝手に『直接駅まで戻ったんだ』と思い込んでいたんです。(^^;

だから、空港から市内に行くには、車を事前にーチャーターしなくては・・・・・・と。

夏、西安に帰る際に利用した時、もうちょっと詳しく調べておくべきでした。<(_ _)>

今回、私は当然ながら、Ctripで車の手配をしていました。

43元です。(1元=16元換算で、約700円)

リムジンバスや公共バスに比べると割高なのですが、助手席に乗って前方の写真を撮れるし、親切な運転手さんに出会えたので、これもいいかな~と。(*^-^*)

その証拠品です。☟

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☝、出迎えのゲート。(助手席から撮影)

 

☟は車を降りて撮影。

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☝、夏場、莫高窟から戻り、炎天下の道路脇で15分ほど公共バスを待っていた、思い出深い場所。(赤矢印の位置)

 

私は「走っている車の中から撮れればそれでいい」と思っていたのですが、運転手さんが車を止めてくださいました。

お言葉に甘えて、下車して四方を撮影。☟

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太陽、眩しい~~~!!!

左にチラッと見えているのが、「莫高窟デジタル展示センター」の隣にある「又見敦煌」の劇場。右半分は「敦煌旅遊集散中心」。

 

☟、同じ位置から、「莫高窟デジタル展示センター」方向を撮影。

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金色の丸いドームのある建物が「莫高窟デジタル展示センター」。

 

☟、陽関大道を挟んだ反対側の様子。

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夏場はポプラの葉に視界を遮られて見えません。

長閑な風景~~~。

12月初めに降った雪がまだ融けずに残っています。(*^-^*)

空が真っ青で綺麗~~~!!!

 

この後は道草をせず、まっすぐホテルへ。☟

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今回のホテルは、「陽関中路」と「沙州南路」のロータリーにある「反弾琵琶伎楽天像」のすぐ近くです。☟

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ホテルは上の地図の「ロータリー右上の丸で囲んだ場所」にあります。

 

入り口は、ロータリーから北に延びる「沙州北路」に差し掛かってすぐの場所。☟

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☟、宿泊した部屋。
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チェックイン時に、「一人でご宿泊ですか?」と確認されてしまった「ダブルルーム」。

もちろん、一人です!

この時は、この部屋が一番安かったんです。(笑)

 

奥に見えるカーテンを開けると、そこは外ではなく、ホテルの屋根付き中庭でした。☟

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ガラス越しに撮影したので、ベッドが写りこんでいます。(^^;

冬場だったので、濃い色の布で覆われた天井が重苦しく、採光が悪くて薄暗~~~いと感じたのですが、敦煌の旅行シーズンは夏場。

夏場はメチャクチャ日差しが厳しいので、これくらいでちょうどいいのかも知れません。

 

☟は、シャワールーム。

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トイレットペーパーが、空港のトイレのような仕様で、ビックリ!

小さなロールと違って、絶大な安心感!!(笑)

ただ、紙を引っ張ったら、カバーがパカーンと外れて床に落ち、ついでにトイレットペーパーもコロコロ転がって行ってしまいました。

掃除係りの方が、紙を補充交換後、カバーを固定していなかったみたいです。

かつての職場で、この手のトイレットペーパーホルダーには慣れていたので、私、手持ちの物を利用してホルダーを固定しました。

客室係に連絡するのも面倒なので、基本、些細なことは自分で対処します。(^o^)/

なのに・・・・・・、翌日、外出から戻るとまたしてもカバー脱落・・・・・・。

トイレットペーパーの残量でも確認したんでしょうか?

さして面倒ではないのですが、心構えなく外れて落ちると、音が大きくてびっくりするんです。(T_T)

 

荷物整理を終えて、出発~~~!!!

最初の目的地は「敦煌博物館」。

青空の下、徒歩で向かいます!\(^o^)/

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☝は鳴山路の様子。

空は夏場同様青いですが、街路樹の葉が落ちているので雰囲気が全然違いますネ。

 

博物館へは、夏場、チケット交換処でバス代用小銭を両替してくださった女性(Mさん)と、土産物売り場で知り合った日本語を話せる女性に会いに行きました。

事前に連絡すると、気を遣っていただく可能性があるので、回民街で買ったお菓子を手土産に突撃訪問!

不在だったら、出直せばいいや~と思っていました。

どのみち、月曜の定休日以外は3日とも訪問するつもりだったので。(笑)

 

「反弾琵琶伎楽天像」側のホテルから「敦煌博物館」まで、約25分で到着!☟

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真っ青な空をバックにした博物館、夏場とはやっぱり雰囲気が違います。

 

違うと言えば、入り口の様子も!☟

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寒気の進入を防ぐため、分厚い掛布団のようなシートが下げてあります。

光を通さないので、窓のなかった左手のチケット交換処の中にいると、外は快晴でも、中には太陽の日差しが届きません。

この他、右側の入り口前にスロープが設置されていました。

 

チケット交換処に入ると、残念ながらMさんは午後からお休み。

でも、凹むことなく、反対側の入り口から博物館内へ!

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冬場、☝写真の中央奥に設置されている手荷物のX線チェックはやっていませんでした。

チケットを切ってもらって、左折。☟

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冬の日差しが射しこむ廊下(↑)を通って、ホールへ。☟

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☟、上の写真、レリーフの壁の足下に見える黒いラインのアップです。

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左右から中央に向けて、敦煌の歴史が紹介されています。

 

その上側に、左へ行けば「出口(土産物売り場)」、右へ行けば「見学へ」と緑の矢印の案内がありました。

夏、3回もやって来たのに、これ、気付きませんでした・・・・・・。(^^;

 

この日は展示室の方へは上がらず、直接土産物売り場へ。(*^-^*)

敦煌訪問の数日前、MさんのWeChatモーメンツで、土産物売り場にいらっしゃった女性がご友人だと判明。

ホームパーティの写真、お二人が一緒に映っているのに気付いたんです。(*^-^*)

この後、「鳴沙山」に行く予定だったので、Mさんが不在なら、友人の彼女にお土産を預けよう!

この方も不在なら・・・・・・、お土産を持ったまま「鳴沙山」に出向くまでのこと。

 

土産物売り場に行ってみると、男性がお一人で店番中。

やっぱりいらっしゃらなかったなぁ~と思っていたら、日本語の話せる女性(Yさん)、通路の方から登場~~~!!!\(^o^)/

Yさん、Mさんから私が近々敦煌にくると聞いていたそうです。

土産物売り場のソファで、しばらくYさんと雑談。

その間に、Mさんが博物館まで戻ってきてくださるとのこと。(*^▽^*)

 

暫くしゃべった後、Yさんから「範燕燕絲綢芸術」のコーナーへ行きましょうと誘われ、移動。

夏に来た時、内装工事中だった「範燕燕絲綢芸術」。

私の大好きな範燕燕先生の作品が展示してあります。

もちろん、喜んでついて行きました!(笑)

 

☟は、一番上の階から螺旋状の通路を下りつつ、コーナーの様子を撮影したものです。

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手摺りがついている所から、通路が見えています。

一番上の写真は、この広~~~い空間の天井の様子。

☟の写真のてっぺん、小さな窓が並んでいる部分の内側です。

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写真で分かるように、かなりの高さがあります。

シーズン中はここで色々な催しがあったそうです。

 

展示されている作品。☟

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特筆すべきは、右下の写真。

モニターで範燕燕先生の作品や活動を紹介しているのですが、活動拠点が西安の「大唐西市博物館」だけあって、動画にも「大唐西市博物館」が登場!

当たり前と言えば当たり前なのですが、遠く離れた敦煌で、馴染み深い「大唐西市博物館」を見かけて、テンション急上昇!!!(笑)

 

そして、Mさん登場!!(*^-^*)

ご親戚の結婚式に参加されていたんだそうです。

敦煌博物館」に戻って来られる途中で用意してくださったのか、スカーフをいただいてしまいました。

暫く三人で話をしていて分かったのですが、Yさんだけでなく、Mさんもかつて西安で日本語を学ばれたんだそうです。

その時、範燕燕先生と知り合ったとか。

大好きな範燕燕先生と、博物館で知り合ったお二人が友人なんて、世間は狭いな~。

 

お二人と記念撮影。☟

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この後、夕焼けに染まる「鳴沙山」を見たかったので、この日はこれで「敦煌博物館」を後にしました。

 

 

夏と同じく、「敦煌博物館」から徒歩で「鳴沙山」へ向かいます。\(^o^)/

暫く歩くと、「敦煌市図書館」前に到着。☟

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夏、宿泊していたホテルのフロントにいた女の子から、「日中暑くて行くところがなかったら、図書館に行くのもいいよ」と教えてもらっていたのですが、行くところが多すぎて、立ち寄れませんでした。

そこで、今回、せっかくのチャンス!

おトイレ休憩を兼ねて、中に入って見ました。(*^▽^*)

 

☟、建物内はとても綺麗。

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照明やガラス張りの壁などの雰囲気が、コーヒーショップみたいな感じのスペースもありました。

 

建物は4階建て。☟

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こちらは自習室。☟

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見えた範囲に、空き席なし。

土曜日の午後、みんな一生懸命勉強していました。(*^-^*)

 

敦煌市図書館」を出て、一路南へ!

右手(西)から、傾きかけた太陽が、畑の残雪を眩しく照らしています。☟

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この時、16時15分頃。

当時の敦煌の日の入りは18時16分です。☟。

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黙々と、歩道を歩いていると、前方に人影が!☟ 

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何だろうと思って接近すると・・・・・・。☟

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そこは、博物館のような外観の中学校。

 

土曜日の夕方、何故、生徒さんたちは学校に戻って行くんだろう???☟

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気にはなったものの、素通り。(笑)

 

この先は、大きな交差点です。☟

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前方に、うっすら雪を載せた鳴沙山が見えます。

近いようで、まだ結構距離アリ。

 

「雷音寺」前まで到着。☟

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「雷音寺」の斜め上に、白い半月が浮かんでいました。☟

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後少し!

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道路反対側に渡りました。☟

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売店が並んでいますが、この辺りは全部閉まっていました。

この手前で、出発を待っている③路線バスを見かけたので、「月牙泉」からの最終便の出発時間を確認。

この時期は19時でした。

 

夏と同様、車両通行止めの位置から、北側と南側を撮影。

☟北側

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北側には、薄雲一つありません!

敦煌博物館」を出る前、Yさんから、この日が近日中最もいい天気だと教えてもらいましたが、本当に真っ青!

西安のどんよりした空を見慣れた目には、眩し過ぎる~~~!!!

ところが、私が敦煌に来ている間、西安は珍しく快晴続きだったそうです。(T_T)

 

☟南側

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小さな点のような月、見つけられますか?(^^)v

ここまで、「敦煌博物館」から、約1時間10分。(図書館にいた時間含む)

 

チケット購入のため、「ツーリストセンター」に向かいます。☟

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少し先の交差点の右手が、「ツーリストセンター」。

前方の鳴沙山、うっすら残った雪がはっきり見える位置まで来ました!(*^-^*)

 

「ツーリストセンター」、夏場と違って、ほとんど人がいません。☟

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夏場はここで、近くにいた方にお願いして、記念写真を撮りました。

でも、今回はムリ。(笑)

 

今回、私は「学生証」を持参しました!!!

夏場、持参していなかったため全額チケットを買うことになり、すごく後悔したんです。

なんと言っても、当時のチケット120元(1元=16元で換算すると、約2,000円)。

半額になるなら、それに越したことはないではありませんか!

ちなみに、今の規則では、オンシーズン110元/人/回、オフシーズン55元/人/回です。

 

西安の観光地は本科生以下でないと、学生証があっても半額サービスを受けられません。

なので、夏場、「敦煌はいいな~。年齢関係なく、割引受けられるんだ~」と絶賛しまくっていた私。

大いに期待して、窓口へ!

 

ところが・・・・・・!!!

私が手渡した「学生証」を見た窓口の係り員の女性、同僚に何度も確認。

私にも、「大学の専門は何ですか?」と尋ねたり。

最終的に、西安同様、「全日制本科生以下でないと半額にはなりません」と宣告されてしまいました。(T_T)(T_T)(T_T)

期待が大きかっただけに、かなりショック。

でも、自分の年齢からしても、致し方ないのです。

諦めるしかありません。(苦笑)

 

そして支払いについて。

夏場は、窓口では「現金」か「カード払い」のみ可でした。

WeChatは、「ツーリストセンター」の外の壁にQRコードが貼ってあったのを記憶しています。

今回、念のため、窓口でWeChat払いが可能か確認すると、「向こうに専用の端末があります」と教えられました!

おお~~~、進化している!!!

 

以下、端末の画面です。(*^-^*)

最初は、この画面が出ています。☟

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オレンジ色の「购票入口」と書かれた部分に触れます。

 

すると、この画面に切り替わります。☟

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成人用チケットの名称と入場日、単価が表示されています。

記憶が曖昧ですが、チケット名称の部分に触れると、チケットの種類を選択できたと思います。

 

枚数を選択すると、☟のように変わります。

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下の欄中央に、「输入手机(携帯番号入力)」とあります。

そこに番号を入力した後、私はすぐ隣の「微信支付(WeChat)」を選択。

他にも、「支払宝支払(ALIPAY)」や「银联卡支付(銀聯カード)」が利用できます。

 

画面は☟のように変わります。

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5分以内に、画面右側の指示に従い支払い手続きを完了せねばなりません!

初めてだと、ちょっと焦ります。(^^;

 

支払い手順をアップにしますネ!

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①WeChatを開き、「マイウォレット」(システムのバージョンアップ後は「WeChat Pay」)をタップ

②「マネー」をタップ。

③支払いコードを端末画面下側にある「支払いコード読み取り口」にかざす。

④スキャン完了後、支払い終了。

 

☟のチケットが発券されます。

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成人用チケット、ちゃんと出てきました。(*^-^*)

オフシーズンは55元。

もともとオンシーズンの半額。

これで、1回目の帰り際、顔認証登録をしておけば、3日以内にもう1回入場可能。

そうすると、1回につき27.5元(1元=16元で換算すると、440円)。

学割効かなくてもいいか~と思える価格です。(笑)

今回、Yさんが教えてくれたのですが、敦煌市民のみなさんは、無料で入場できるんだそうです。

それは、すっごく羨ましい!!!

 

さて、チケットを手に、入場ゲートへ向かいます。☟

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夏場は全てのゲートが開いていましたが、この時は右端の「绿色通道(グリーンゲート)」とその隣のゲート、少し左の方にある「 二次入园通道(二回目入場ゲート)」の3か所のみ。

 

ゲートを通過し、前方のテントが見えている場所へ。☟

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左側の木の枝、元々黄色いのですが、そこに夕日が当たって黄金色!!!

 

テントの場所までやって来ました。☟

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「防沙鞋套(靴カバー)」をレンタルします!(*^▽^*)

この靴カバーがあると、砂が入る心配をする必要がなく、とても気楽に砂の上を歩けます。

特に、砂丘を滑りながら降りてくる時大活躍!!!

 

装着、完了!!☟

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中へ入りま~す!\(^o^)/

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門の方へ向かっています。

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入り口を額縁に見立てて撮影してみました。(#^.^#)

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入り口を潜った場所から、前方のアップ。

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前方の遠景。写真の上部縁ギリギリの辺りに、月が小さく写っています。

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同じ場所から、東方面を撮影。

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砂丘の陰から差し込む日差しを受けて、ところどころ色鮮やか。

 

同じ場所から、西方面を。

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この時17時41分。

日没まで35分ありますが、太陽は既に砂丘の向こうに移動。

この段階で、この日は「月牙泉」まで行くのを諦めました。(^^;

 

上の写真中央辺り、旅行客お二人が立っている場所に、こんな看板がありました。☟

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【鳴沙山】

鳴沙山の東は三危山、南は黒石峰山、西はゴビ砂漠とクムタグ砂漠。砂質が多めな西風と北風がここで山に遮られ、風に含まれている砂粒が下に落ち、月日を経て鳴沙山を形成した。最も不思議なのは、風力の作用により鳴沙山は常に一定の高さと同じ形状を保ってことである。長い間、どれほど多くの人々が鳴沙山に登り、滑って下りて来たか定かではないが、鳴沙山は依然として巍然と屹立し、砂の鳴る音も途絶えることがない。(参考訳)

 

確かに、初めて来た1997年、次に来た2000年、2018年と、同じ形状です。

今回は、夏に来てから半年も経っていないので、変わってなくても当たり前かもしれません。

でも、夏に来た時、さすがに2000年の頃とは形状が変わってるだろうな~と思っていたら、なんと!変わっていませんでした。

地元の方にも、「鳴沙山はいつもあの形だ」と言われました。

変わらないのには、こんな理由があったんですね。(*^-^*)

 

☟のページには、昔の写真も貼ってあります。

良かったら、ご参照ください。(#^.^#)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月6日(木)_ 敦煌2日目_敦煌莫高窟・鳴沙山1日目(9/30:鳴沙山入園料変更追記) - せいあん!

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月7日(土)_ 敦煌3日目_敦煌博物館1日目(新石器時代~唐代)・鳴沙山2日目(9/30:鳴沙山入園料変更追記) - せいあん!

 

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【五色の砂】

五色の砂は鳴沙山の「三宝」の一つ。含有する鉱物成分が異なるため、砂粒は赤・黄・緑・白・黒の五色に分別される。白色の砂粒の成分は石英を主とし、赤色の砂粒の成分は長石を主とする。緑・黄・黒の砂粒の成分は異なる岩石の破片である。五色の砂の砂粒は色とりどりで美しく、輝きの象徴である。日光に晒され温まった五色の砂は、足腰痛み・リューマチ性関節炎の治療に素晴らしい効果がある。(参考訳)

 

鳴沙山、「砂治療」ができるようです。

知らなかった~~~。

でも、季節を考えて挑戦しないと、夏場は干からびそうだし、冬場は凍えそうです。(笑)

 

太陽、ずんずん沈んでいきます。

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せっかく来たし、靴カバーもレンタルしたので、少しだけ砂地を歩いてみました。

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キョロキョロしていると、遠くに駱駝発見!

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この日見た、唯一の駱駝隊をアップ!

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夏場は5頭で1チームでしたが、冬場は3頭一組?

 

駱駝乗り場の方を見渡してみましたが、時間が遅いせいか、一頭もいません。

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この時期の最終入場時間は18時だったんです。

この時、既に17時50分。日没も間近。

気温も一気に下がって来ました。

あの三頭も、このまま直接近くにある駱駝舎まで戻るんだろうな~。

 

これ☟、前の方で一度登場した写真です。

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矢印付きで再登場!!(^o^)/

矢印の位置まで行ってきました。

 

矢印の位置から、東方向。

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もう残照も届いていません。

 

歩いていて気付いたのですが、砂地が凍っていました。

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少し前まで日が当たっていた西側は、普通のサラサラの砂地で歩きにくいのですが、午後から日陰になっていた部分はけっこうな硬さ。

ぎゅっと力を入れて踏むと、こんな風にひび割れ発生。

 

そこから門の方を振り返ってみました。

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砂地の北端まで到着。

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振り返って、この日最後の鳴沙山を撮影。

夏場とは違う、砂漠の静けさ。

これも悪くありませんよ!(*^-^*)

 

ここは、駱駝に乗って移動中、待ち構えていたプロが撮影した写真を置いてある場所。

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この日はたったこれだけ。

夏場はこの棚が全部埋まって、裏手の中庭の方までずら~~~っと写真で埋まっていました。

自分を探すのに一苦労したくらい。

 

靴カバーを返して、出口まで来ました。

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右側に、もう一回入場するための顔認証登録をするシステムがあります。

 

システムは2台。この日は1台だけ稼働していました。

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マフラーを外し、マスクも眼鏡も外して、何回も顔面をカメラに向け、「图像采集完成(画像収集完了)」を確認。(笑)

このシステムの使用説明には、「サングラス」を外すよう指示がありますが、「眼鏡」については言及されていません。

でも、念のため外しました。(笑)

 

路線バス乗り場に向かう途中の、営業していた土産物店。

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営業していのは、この一画だけでした。

 

 

③路線バスに乗って、市内に戻って来ました。(*^▽^*)

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バスを降りたのは「反弾琵琶伎楽天像」のあるロータリーの、「沙州南路」上のバス停。

上の地図で「飞天商场」と書いてある辺りです。

 

そこから「陽関中路」の方へ向けて移動する途中、撮影した「反弾琵琶伎楽天像」。☟

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「陽関中路」 に入り、そのまま東へ少し進むと直ぐ、斜め向かいに「益旺国際購物広場」が見えて来ました。

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☝の写真、黄色の「クラクション禁止」看板の上に、緑の道路名標識があります。

 

そこが、夏の敦煌旅行の記事で「歩行者天国」と表記していた通り。☟

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今回、標識があることにやっと気付きました。(^^;

 

正式な通り名は「秦州戸街」です。

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この前を通過して、「敦煌夜市」の門の方へ。

 

☟、門の外から中を覗いてみました。(*^-^*)

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☟、中に入って見ましょう!

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通路右側に、夏に買ったぬいぐるみの仲間が!

 

ぬいぐるみのアップ!☟

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数が減ってます。

夏場、日焼けしていないぬいぐるみを求めて探し回りましたが、今回は「益旺国際購物広場」でも見かけました。

 

敦煌夜市」に到着!☟

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外からも見えていましたが、活気がありません!!!(T_T)

かなりのお店が閉まっていました。

夏場は、夜10時過ぎても、夜食を食べている人でいっぱいだったのに。

寒い冬場は、外で食べる人なんていませんよね・・・・・・。

 

ここで問題発生!

ここで夕食を食べようと思っていたのです。

夏に食べておいしかった、西安の「凉皮(リャンピー)」の親戚のような「酿皮(ニャンピー)」が目的でした。

でも、以前食べたお店はお休み。☟

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同じ看板が上がっている隣のお店の方に尋ねると、冬場、「酿皮(ニャンピー)」は扱ていないとか。

ショック・・・・・・。(T_T)

 

最終的に、夏にも2回立ち寄った韓国料理屋さんで、夏と同じ「キムチチャーハン」を食べて、敦煌最初の食事は終了。

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この後、「敦煌夜市」周辺を散策。\(^o^)/

「秦州戸街(歩行者天国)」の方へ。☟

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揚げ物や饼(ビーン)のコーナー。

夏に来た時は、ここでも2回ほど買って食べました。

このコーナーは、夏場も冬場も変わりありません。(^^)/

 

敦煌夜市」も閑散としていましたが、こちらも夏の面影なし。☟(T_T)

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揚げ物コーナーから出てきてすぐの場所にある駱駝像。

ここから通りを南へ移動していきます。

 

通りの中央に出ているお店。☟

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お店自体は夏と同じ場所にあるのですが、商品は並んでいません。

中には寒空の中、商品を広げて作業している方もいらっしゃいました。

でも、大半がお休みです。

 

☟も、ずら~~~っと、空のお店が並んでいます。

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夏に宿泊したホテルの側までやって来ました。☟

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左手前の小屋は、夏場、果物を売っていたお店です。

このお店の通りの奥、白い壁に黄色の看板がかかっている建物が、夏に宿泊した「緑洲島酒店」。

最初、今回もここを予約しようとして、Ctripで検索したのですが見つけることできず。

そこで、このホテルのフロントにいた女の子に、WeChatで尋ねてみました。

結果は、「冬場は営業していない」。

なぜ???と疑問に思ったのですが、ホテルだけでなく、周囲も全部休業状態。

更に小耳に挟んだ話だと、このホテルは「暖気(集中スチーム)」の設備がないとのこと。

寒い敦煌、エアコンの暖房だけでは商売にならないそうです。

 

☟は、夏場、ワールドカップ観戦をしていた広場。

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イスラム寺院ミナレットが見えています。

 

広場の端から、「緑洲島酒店」の方向。☟

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「肉夹馍(ロウジャーモウ)」のお店は開いていました!(*^-^*)☟

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狭い路地を抜けて、もう一度「秦州戸街(歩行者天国)」の方へ軌道修正。\(^o^)/

夏場、店先にずら~っとテーブルが並んで、夜遅くまで食事を楽しむ人々で賑わっていた場所は・・・・・・。☟

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がら~~~ん!

ほとんど人影がありません。

テーブルが出ていないだけでなく、閉まっているお店の多いこと!!!

こんなに人通りがなければ、お店を開けていても商売にはならないですよね。

それでもいくつか開いているお店の前には、呼び込みのお兄さんがいました。

夏場と同じ言葉で呼びかけられ、緊張!

人の多い夏場は、笑顔だけ返して素通りできたんです。

でも、冬場はなんだか申し訳なくて・・・・・・。

立ち寄れないにしても、一言丁寧に「もう済ませました」とご挨拶。

自己満足でしかないのですが・・・・・・。

 

「秦州戸街(歩行者天国)」の南端までやって来ました。☟

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門の向こうに見えているのは「西域西路」。

 

「西域西路」を渡って、西方向を写したものにも、この通りの名称を記した道路標識が写っていました。☟

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そのアップが、こちら☟。

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夏場の写真を見直してみると、小さくぼやけてはいましたが、ちゃんとありました!(^^;

でも、私、全然気付いていなかったんです。

夏場は旅行客の多さに目を奪われていたんでしょうね。

単に、注意力欠如ともいいますが・・・・・・。(^^;

 

昔、2000年1月半ばにやって来た時、夏ほどではないにしても、「敦煌夜市」の辺りはブルーシートで作った風除けの内側で、たくさんの人が鍋物を食べていた記憶があります。

今は、他にも食事するところがたくさんあるので、現地の方々の行き先も分散しているんでしょうね。

 

では、そろそろホテルへ戻ります!

「秦州戸街(歩行者天国)」を南から北へ引き返します。

そして、「陽関中路」を渡った場所から、「秦州戸街(歩行者天国)」北側入り口を月と一緒に撮影。☟

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敦煌夜市」の向かいには、こんなにたくさん食事場所があるんです。☟

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写っていないですが、ケンタッキーの隣には中国発のファーストフード店「徳克士(Dicos)」もあります。

ここの「徳克士(Dicos)」は「清真(ハラール)」)。

通りから見えるケンタッキーや「徳克士(Dicos)」には、お客さんがたくさん入っているのが見えました。

「益旺国際購物広場」の中にも、レストラン街があります。

もちろん、こちら側だけでなく、「敦煌夜市」側の道沿いにも食事できる場所はたくさん!!(*^-^*)

 

ホテルへは、ここから西へ数分で到着。

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☝、ホテル到着前、ロータリーにて。

「反弾琵琶伎楽天像」を撮影して、15日は終了です。(*^-^*)

 

 

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2019年1月25日、未明。

2018年12月半ばの旅行記の初日分、やっと書き終わりました。(^^;

12月後半は遅れ気味な「大唐西市博物館」の硬貨の紹介を優先したり、冬至の餃子イベントを書いてみたり、期末試験の勉強等で時間がありませんでした。

試験も終わり、「イスラム諸王朝」をキリよく最後まで終わらせ、ちょうど1ヶ月遅れの2019年1月15日、やっとこのブログに取り掛かったと思ったら・・・・・・。

風邪で熱が38.9度まで上昇。

数日寝込み、動けるようになったら病院に行ったり、熱が下がっても体力ダウンで何もできなかったり・・・・・・。

何日も時間を無駄にしてしまいました。(T_T)

 

更に、これまでスモッグ続きだった西安に、ついに青空が!!!

1月21日(月曜日)、超快晴~~~!!!

青空につられ、病み上がりながら学校周辺をウロウロ。(^^;

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その後数日、こんな気持ちのいい天気が続いて、日中は落ち着いてパソコンの前に座っていられませんでした。(^^;

 

幸い……と言うのは悲しいのですが、24日(木曜日)、またもやスモッグ発生。

予報では、また暫く大気の状態が悪いので、この間に頑張って、残り3日分を書き進めたいと思います!

お付き合い、よろしくお願いいたします。(*^-^*)<(_ _)>

西安大唐西市博物館(その56:3階シルクロード硬貨展示ホール_イスラム諸王朝_④ホラズム・シャー朝<2008年ウルゲンチ・サマルカンド・オトラル写真>・⑤デリー・スルターン朝・⑥オスマン帝国・⑦アフガン帝国・⑧イランガージャール朝)+臘八節

2019年1月15日(火曜日)です!

西安は相変わらず、スモッグに覆われています。

この冬はあまり寒くなく、西安市内では雪もせいぜいチラつく程度。

上空に停滞しているスモッグを吹き飛ばすほどの偏西風が吹きません。(T_T)

でも、吹き飛ばしたら、東へ流れ・・・・・・。

近隣国との、PM2.5発生源についての論争原因になるのでしょうか?

生活している人間としては、雨か雪が降って、少しでも空気の状態が改善されることを心待ちするしかありません。(T_T)

でも、当分降りそうにありません。☟

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雨マークはあっても、いつも期待外れ。

先送りされているのが現状です。

さて、雨はいつ降るのか?

そして、西安の大気汚染はいつ改善されるのでしょう???

 

そんな中、この前の日曜日、1月13日、臘八節を迎えました。

この日が来ると、中国では本格的に春節を迎える準備を始めます。

この伝統行事については、昨年の臘八節に記事を書いているので、興味がある方はそちらをご参照くださいね!(#^.^#)☟

大唐西市城:陰暦12月8日_臘八節! - せいあん!

昨年は小雨が降る寒い日でしたが、今年は比較的暖かい中、お粥をいただきました!

私にとっては、お粥をいただくのが楽しみなのです!!!(笑)

ご覧ください!

こんなにどよ~~~~んとした空。☟

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ほぼ毎日、こんな感じです。(T_T)

ダウンコートを着ずに歩いている人もいるので、寒くないのが分かるかと。

 

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今年のスローガンは「一杯の臘八粥が、街を温かくする」。

 

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『寒い中、人々のために奉仕してくださっている交通警察官・都市管理員・公共バス運転手・道路の清掃作業員・ショッピングモールの衛生作業者の皆さんへ、温かいお粥を食べてあったまっていただこう!』というのが目的です。

そのお裾分けを、ショッピングモールに来たお客さんもいただきます。(*^-^*)

ちなみに、お寺で配られるのが、昔の姿でした。

今は、色んなショッピングモールやホテルでも、無料で臘八粥をサービスしています。

 

イベント開会の挨拶。☟

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記念品贈呈と記念撮影。☟

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そして、待ちに待った(私だけ?笑)臘八粥の配布スタート!

このすぐ下の写真は、よく行くインド料理のお店「紅堡 RED FORT」のお二人と、ショッピングモールの挨拶をされていた偉い方。

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☟、少しずつ入れていただいて、4種類も味見しました。(#^.^#)

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『臘粥』なので、穀類・ピーナツ・クコの実等が8種類以上入ってるのが正統な臘八粥なのだそうです。

ご馳走さまでした!\(^o^)/


 

それでは、お待たせいたしました。

大唐西市博物館の硬貨の紹介に入りたいと思います!\(^o^)/

毎度お馴染みの3階レイアウト図。

今回ご紹介するコーナーは、③の展示室から移動してくると真正面にあたります。☟

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☟は、③と④の間の短い通路から④を見た様子。 

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☟、④展示室に入りました!(*^▽^*)

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☟、そのまま直進して、コーナー前に到着です!

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今回のトップバターは、イスラム諸王朝【4.ホラズム・シャー朝】です!\(^o^)/☟

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参考として訳しました。(*^-^*)☟

【1.ホラズム・シャー朝/紀元?年~1220年】  

ホラズム・シャー朝はもともとカスピ海の東にあった小国、中心となった都市はウルゲンチ(現トルクメニスタン・ウルゲンチ)。歴史上、ホラズム・シャー朝の統治と領土は変動を繰り返してきた。初めはペルシャ帝国の一省であったが、独立国家となり、その後またインドクシャン帝国の影響かに入った。3世紀にはペルシャ・サーサーン朝がホラズムを支配。7世紀になると、アラブ帝国に征服された。11世紀から13世紀には、セルジューク朝に統治された。紀元1200年頃、アラーウッディーン・ムハンマドが王位継承後、王国は次第に強大になり、西遼の西部地域を奪取、また度重なる遠征によりペルシャアフガニスタン等の周辺各国を併呑し、全盛期を迎えた。新都をサマルカンド(現ウズベキスタンサマルカンド)に建設、また金朝の中都へ使節を派遣している。1215年、元の太祖チンギス・ハーンはホラズム・シャー朝に使節を派遣し通商貿易協定を締結したが、その後抵抗を受けた。1218年~1220年、チンギス・ハーンは大軍を率い西へ親征し、ホラズム・シャー朝を征服、ホラズム・シャー朝の君主ムハンマドは逃亡した。

 

☝の訳で、懐かしい地名が登場!

2008年9月、中央アジア5ヵ国を周遊した時、観光した都市です。\(^o^)/

その時の写真を少し整理したので、貼っておきたいと思います。(*^-^*)

最初は「ウルゲンチ」。

「トレベクハニム廟」

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☝は、向かって左から撮影。

☟は、向かって右から。 

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14世紀に建設され、特に天井のブルーのモザイクはとても美しく、1年間の日数、月日、時間を表しています。また、クフナ・ウルゲンチで最も大きな建築物でもあります。(トルクメニスタン政府観光局サイトより) 

その「天井のブルーのモザイク」です。☟

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これは、我ながらうまく撮れていたと思います!(#^.^#)

 

☟は、「クトゥルグ・ティムール・ミナレット」と「スルタン・テケシュ廟」

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ミナレットは11世紀から12世紀に建設、高さは60メートルあり、中央アジアで最も高いミナレットです。

スルタン・テケシュ廟は13世紀前半に建立されました。

 

ウルゲンチ、ラストの写真は「イル・アルスラン廟」

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イル・アルスランは1156-1172年、第4代の王としてホラズム王国の当主でした。

以上、説明内容は「トルクメニスタン政府観光局」のサイトを参照させていただきました。

ありがとうございました。(*^^*)

トルクメニスタン政府観光局

 

続いて、サマルカンド

☟は、朝日を浴びる「レギスタン広場」。 

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夕日ではなく、朝日です。

朝の弱い私ですが、旅行中は別人のように早起き。

準備万端で日が昇るのを待っています。

この時も、ホテルの非常階段の窓から、サマルカンドの夜明けを待って、薄闇の中かすかに見えるレギスタン広場の塔を撮影してから、一人外出。

朝陽を浴びて淡いピンク色に染まるマドラサがとても綺麗でした。

昼間の日差しの下の「トルコ石色の青」とはまた違った趣があります。(*^^*)

 

☟は、午後、日差しが少し傾きかけた頃のレギスタン広場。

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☟は「シェルドル・マドラサ」。

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 『1619~1636年にヤラングトシュ県知事の指示で建てられた。シェルドルとは「ライオンが描かれた」という意味で、入口アーチに左右対称にライオンが描かれている。コーランでは、人や動物の姿をモチーフにする事は禁じられていたが、支配者の権力を誇示し、あえてこのようなデザインが描かれたと言われる。また、この複雑な模様はアレキサンダー大王時代から伝えられたとも言われる。』(「UZBEK friends」サイトの説明より)

理由はどうあれ、イスラム建築にライオン(動物)。が

しかも、ライオンの背中に人の顔が!

とてもインパクトの強かった建造物なので、レギスタン広場の代表として、このマドラサのアップ写真を貼っておきます。

 

次は、宿泊ホテルの向かいにあった 「グリ・アミール廟」。

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早朝、レギスタン広場からの戻りに撮影しました。

『1404年にティムールが孫のために建てた。一年後、ティムール自身も葬られることになった。グリとはタジク語で墓という意味。墓にはティムールの遺言、墓を開けてはいけない「世界には悲惨な戦争の危機が及ぶ」。しかし、ソ連の学者達によって1941年6月20日に開けられた。22日、ドイツ軍がソ連に侵入。これがティムールの警告通りだったのか?偶然か?未だに議論の中心である。』(「UZBEK friends」サイトの説明より)

 

☟、「グリ・アミール廟」の夜景。

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☟、「グリ・アミール廟」の北側、よりホテルに近い位置にあった「ルハバッド廟」。

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『グリ・アミール廟の北側に建つ14世紀後半の廟。ルハバッドとは例の住みかという意味。神秘主義者シェイヒ・ブルハヌッディン・サガルジを祀ったもの。預言者ムハンマドの遺髪を納めた箱が一緒に葬られたという言い伝えがあり、信仰を集めたという。他のイスラーム建築物とは違って、土色のレンガがむき出しになったシンプルな建物。』(「UZBEK friends」サイトの説明より)

今なら、これだけ車に前方を遮られていたら間違いなく撮り直すのですが、当時は「旅行に来た紀念に姿が写っていればいい」という発想になっていました。(^^;

最初からそうだったわけではなく、さすがに15泊16日の終わりから二日目。

贅沢な話ですが、歴史を真面目に勉強せず出かけたため遺跡の背景が分からず、似通った建築物のオンパレードに見飽きてしまっていたのです。

細かいことまで気を回す気力、尽き果てておりました。

何と情けない~~~!!!(T_T)

 

この前の通りを右に進むと、☟のアミール・ティムール像がありました。

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他にもたくさん見学しているのですが、硬貨ご紹介中なのを忘れ暴走してはいけないので、とりあえずこの辺で終わりにします。(笑)

参考にさせていただいた説明文は、以下のサイトの掲載されています。

ありがとうございました。(*^-^*)

ウズベキスタン情報サイト ウズベクフレンズ | ホテル 電車 ツアー 予約から観光情報まで

 

それでは、本題に戻って、パネル説明の☟の部分について、少し追加説明しますね。

『1215年元太祖成吉思汗派使节到花剌子模王国缔结通商贸易协定,但遭到抵制。』

百度百科ー「花剌子模」』では以下のように記されています。

『元太祖十年(1215年),成吉思汗派使节到花剌子模王国,缔结通商贸易协定。成吉思汗按协定派出使臣与商队450人,500头骆驼,携带大批金银珠宝与商品前往通商。至讹答剌(一作兀都刺儿,在今哈萨克斯坦奇姆肯特西北),总督亦难出见财起意,诬指商队为间谍,上报皇帝屠杀之,侵吞商品与骆驼。成吉思汗为集全力攻金,避免中断贸易,争取和平解决,派出使臣,致书摩诃末责其背信弃义,要求交出凶手。摩诃末拒绝要求并杀死正使,剃光两位副使胡须,押送出境。』

花剌子模_百度百科

☝の『百度百科』の内容を訳してみると、だいたいこんな感じです。☟

元太祖十年(1215年)、チンギス・ハーンはホラズム・シャー朝に使節を派遣し、通商貿易協定を締結した。チンギス・ハーンは協定に基づき、使臣と450人の隊商を派遣し、500頭の駱駝に大量の金銀宝石を載せて通商に向かわせた。しかし、オトラル(現カザフスタンシムケント北西)に到着した際、総督のイナルチュクが金銭に目がくらみ、隊商を間諜と偽りを述べ、これを殺戮するよう王に進言し、商品と駱駝を横領した。チンギス・ハーンは金への進攻に全力を注ぐため、また貿易中断を回避するため、平和的解決を望み使臣を派遣、ムハンマドに書を送りイナルチュクの背信を責め、引き渡しを要求した。しかし、ムハンマドは要求を拒絶、かつ正使を殺害、副使二人の顎髭を剃り落とし、国境外へ押送した。

 

この部分に該当する『Wikipedia』の記述は以下☟の通りです。

1216年にスィル川河畔のオトラルで、ホラズム・シャー朝のオトラル総督イナルジュク・ガイールが、モンゴルの派遣した商業使節中央アジア侵攻のための密偵であると疑い、一行400人を殺害してその保持する商品を奪う事件が起こった。モンゴルからイナルチュクの引き渡しを要求する使者が到着するが、アラーウッディーンはテルケン・ハトゥンの親族であるイナルチュクの引き渡しを拒み、使者を殺害あるいは侮辱した。

ホラズム・シャー朝 - Wikipedia

 

『副使二人の顎髭を剃り落とし』にご注目!

髭剃り落しの刑?

これについて、少し前、類似したことを授業で習ったのです!

「かつて、漢民族の男性は好き勝手に髪を切ったり、髭を剃ってはならず、ずっと伸ばさなければならなかった。長く伸びた髪は頭上で団子にまとめていました」と先生は語られていました。

一生切ったり剃ったりできないとは、いくら何でも長くなりすぎて不便じゃないかな?

と単純な私は疑問に思ったのですが・・・・・・。(笑)

それは誇張だとしても、めったに切らない・剃らないものだったのだと思います。

とにかく、中国古代の男性にとって、髪と髭はとても大切なもの。

そのため、『中国の歴史ドラマや映画では、処罰の一つとして「鬚や髪を切り落とす」場面がよくあるんですよ』と、先生はおっしゃっていました。

『現代人には髭を剃られたくらい、何がそんなに悔しいのか、命を奪われなかったんだからマシじゃないのかと思うかもしれないけれど、命を取られたのと同じくらい屈辱的なものだったんです』とも。

この「百度百科」の「ホラズム・シャー朝」の説明に登場した副使2名、彼らは漢民族ではなく、モンゴル人のはず。

髭を剃った側は、テュルク系。

そのどちらの民族にとっても、髭を剃り落されるのは大いなる屈辱ということなのでしょうか?

民族・文化を問わず、男性にとって髭とは特別な存在のようです。

Wikipedia」の説明にある「使者を殺害あるいは侮辱した」の「侮辱」は、「髭を剃り落とされた」ことを指しているんだろうな~と思いながら読みました。(*^^*)

 

と一区切りついたところで、硬貨の写真が登場するのか?と思われたかもしれません。

すみません!!!

もう少し、お待ちください。<(_ _)>

百度百科」と「Wikipedia」の説明を引用した部分に「オトラル」という地名が登場しました。

ここにも、2008年9月に訪問しているんです。

その時の写真、「オトラル遺跡」、貼らせてください!

☟、シャハリスタン(貴族居住区)の城壁跡

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☟、右側中央に見えている遺構はモスク跡。

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☟、上の写真で同じツアーの方々が立っている場所から右方向を撮影。

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☟、浴場跡

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当時ここだけ、屋根がありました。

以上、オトラル遺跡でした。(#^.^#)


では、今度こそ、本題に戻ります!

展示されている硬貨をご覧ください!☟(*^^*)

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まず、全体の様子で大きさをご確認くださいね。(*^-^*)

左から、【ホラズム・シャー朝 /銀・金・銅/紀元?~紀元1220年】

ともに、西安大唐西市博物館の所蔵品です。

 

☟は銀貨のアップ。

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もともとくっきり見えない硬貨なので、写真も擦れて滲んだようになってしまいました。(T_T)

 

金貨2枚。☟

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銅貨の集団!☟

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個数が多すぎて、個別撮影は早々に諦めていました。

ここで、年末に買った新しスマホが威力を発揮!!

この広範囲で、ほぼ全面にピントが合っています!!!

どの硬貨の図案もかなり鮮明に見てとれます。✌(*^^*)✌
 

☟は、大唐西市博物館で購入した書籍に掲載されている写真です。

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 余談ですが、この王朝名の中国語表記「花剌子模(huā là zǐ mú )」を見る度に、私は日本のアニメ「花の子ルンルン」の中国語名「花仙子」を思い出します。(笑)☟

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花の子ルンルン」は70年末、80年代生まれ、90年代生まれの中国人にとって、幼少期の想い出に残る有名な日本アニメの一つです。

かつての同僚も「見ていたよ!」と教えてくれたことがあって、私の脳内にこの三文字が定着していました。

そこで、「ホラズム・シャー朝の」二文字目の「剌(là)」を何と読むのか分からなかった当初、無意識に「仙」の字に変換されていたんだと・・・・・・。(#^.^#)

 

 

では、次へ参ります!!(^o^)/

【5.デリー・スルターン朝/紀元1206年~1526年】

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☝の写真の建造物は、【デリー・スルタン朝創始者クトゥブッディーン王宮】

以下、参考の訳文です。☟

デリー・スルターン朝はテュルク人がアフガニスタンインド半島北部に打ち立てたイスラムゴール朝※で、都を置いたデリーに因んで名づけられた。1206年、ゴール朝のスルタンであるシハーブッディーン・ムハンマドが刺殺されると、その国は分裂。インド統治の総督クトゥブッディーン・アイバクがデリーを中心にスルタンとして独立し、北インドでは、これよりデリー・スルタン朝の時代が始まった。ハルジー朝時代(1290~1320年)になると、統治する版図は最大となり、南部及びラージプート地域を除き、インド半島全体に及び、デリー・スルタン朝の全盛期となった。デリー・スルタン朝は全体を通じ320年間存続した。1526年、デリー・スルタン朝ムガール帝国に取って代わられた。

※の部分、説明通りに訳すと「イスラムゴール朝」になってしまうのですが、後続の文章を見ても、「Wikipedia」や「百度百科」の紹介を読んでも、この赤字の部分はイスラム王朝とするのがふさわしいと思うのですが・・・・・・。

因みに、デリー・スルタン朝とは、以下の5王朝を指します。

奴隷王朝(1206年~1290年)/中国語名:奴隶王朝

ハルジー朝ヒルジー朝、1290年~1320年)/中国語名:卡尔吉王朝

トゥグルク朝(1320年~1414年)/中国語名:图格鲁克王朝

サイイド朝(1414年~1451年)/中国語名:赛义德王朝

ローディー朝(1451年~1526年)/中国語名:洛迪王朝

ゴール朝(古爾王朝)は含まれていません。

(参考)

デリー・スルターン朝 - Wikipedia

德里苏丹国_百度百科

 

☟の写真は、ハルジー朝金・銀・銅貨です。

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金・銀・銅貨・・・・・・、銅は分かり易いのですが、写真ではどっちが金・銀なのか、分かりません。(T_T)

 

ということで、博物館で購入した書籍に掲載されている写真をご覧ください。

書籍には材質が表記されています。(*^^*)☟

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☝から判断すると、パネルの写真は、左が金貨、右が銀貨になるようです。(*^^*)

No.92のヒジュラ暦714年は、紀元1314年~1315年にあたります。

ハルジー朝の頃ですね。(^o^)/
 

 そして、ここからは実物です!\(^o^)/

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左から、デリー・スルタン朝金・銀・銅/紀元1206年~紀元1526年】
ともに、西安大唐西市博物館の所蔵品です。

それぞれ、アップをご覧ください。

☟:金

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☟:銀

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☟:銅

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次は、【6.オスマン帝国/紀元1299年~1922年】です!\(^o^)/

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参考としてご覧ください。☟(*^▽^*)

オスマン帝国トルコ人が建国した軍事封建帝国である。始祖オスマン1世は初め中央アジアイスラム教を国教として崇めていたが、その後小アジアに移動してきた※。帝国の最盛期には、その勢力はヨーロッパ・アジア・アフリカの三大陸に達した。南ヨーロッパ・中東及び北アフリカの大部分を支配、西はモロッコ、東はカスピ海及びペルシャ湾に至り、北はオーストリアルーマニア、南はスーダンにまで及んだ。東ローマ帝国を滅亡後、都をコンスタンティノープルイスタンブールと改名)に定め、オスマン帝国の皇帝はローマ帝国の後継者であると自任し、自身を世界の支配者と見なした。オスマン帝国古代ローマ及びイスラム文明を継承、東西の文化が集約されている。その事は、オスマン帝国の貨幣の図案から推測することができる。

 

※部分、「百度百科」では「奥斯曼帝国为土耳其人建立的帝国,创立者为奥斯曼一世。土耳其人初居中亚,后迁至小亚细亚,……」とあります。

訳すとこうなります。☟

オスマン帝国トルコ人が打ち立てた帝国である。始祖はオスマン一世。トルコ人初め中央アジアにいたが、後に小アジアに移動してきた。

これなら、Wikipediaの「トルコ人」の内容とも合致しています。

(参考)

トルコ人 - Wikipedia

オスマン帝国 - Wikipedia

奥斯曼帝国(1299-1922年土耳其人建立的帝国)_百度百科

 

☟は、オスマン帝国君主系図です。

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英語表記があるので、そちらをご参照ください。<(_ _)>

 

☟、オスマン帝国最盛期版図】

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上の図、左下の凡例の訳です。

参考にご覧ください。☟(*^-^*)

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トルコ人留学生と一緒にタクシーに乗っていた時、運転手さんが「トルコはヨーロッパ?それともアジア?」と質問。

尋ねられた留学生、返答に悩んでいました。

今の国土を見ても、イスタンブールはヨーロッパ側。

歴史を見れば、もっと複雑。

この地図を見て、その時のことを思い出しました。

 

 展示されている硬貨です。☟

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【 上:オスマン帝国/銀/紀元1299年~紀元1922年】

【下:オスマン帝国/金/紀元1299年~紀元1922年】

ともに、西安大唐西市博物館の所蔵品です。

 

先ずは銀貨のアップから。(^^)/☟

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☝は、左側5枚です。

☟は、右側5枚。

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金貨です!(*^-^*)☟

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☟は、 大唐西市博物館で購入した書籍に掲載されている写真です。

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No.94の金貨のヒジュラ暦714年は、紀元1603年~1604年にあたります。
第13代皇帝メフメト3世(1595年 - 1603年 在位)、第14代皇帝アフメト1世(1603年 - 1617年在位)の時代に該当します。

 

このオスマン帝国、私にとっては思い入れの強い国なんです。

高校2年の時、塩野七生先生の作品を読み漁っていた時、『コンスタンティノープルの陥落』・『ロードス島攻防記』・『レパントの海戦』に出会い、オスマン帝国が君臨した時代の歴史にハマりました。

コンスタンティノープルの陥落』の「オスマン艦隊の山越え」に驚愕させられました。この3部作に限らず、その他の作品も2011年前半に再度読み返したのですが、高校生の時の興奮再来でした。

さらに、篠原千絵先生の漫画作品『夢の雫、黄金の鳥籠』も好き。

オスマン帝国皇帝、スレイマン1世の皇妃ヒュッレムの生涯を描く歴史漫画です。

その影響で、宮廷歴史ドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」を見て、びっくり。

ヒュッレムの性格があまりにかけ離れている~~~!!!

本国のドラマ仕立ての時代劇と、日本作家が描く漫画。

多分、どちらも歴史上の人物通りではないんだと思います。

トルコ人留学生から聞いた話では、「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」は大人気だけれど、各人物の描き方などに批判もあるそうです。(Wikipediaにも同様の記載があります。)

 

 

では、次へ参りま~す!

【7.アフガン帝国/紀元1747年~1826年】

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ここも、参考に訳してみます!(*^-^*)

アフガン帝国、またはドゥッラーニー帝国と呼ばれ、1747年に建国、開国の君主はアフマド・シャー・ドゥッラーニー。アフガンは「アジアの十字路」に位置しているため、歴史上、アフガンはペルシャギリシャ・スキタイ・大月氏・エフタル・突厥・タジク・アラブ・モンゴル等に統治、或いは部分的に統治されてきた。

独自に発行した早期のアフガン貨幣は折畳み式※銅貨、貨幣の図案にはサーベル・sunflowers・鳥・獅子・双魚及び孔雀等があり、大部分の銅貨の一面には特徴的なサーベル図案がある。

※折畳み式:正式な表現が分からないので、便宜上直訳しました。<(_ _)>

ドゥッラーニー帝国 - Wikipedia

 

【アフガン折畳み式太陽硬貨】

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参考にどうそ。(*^-^*)☟

銅不足により、アフガン王朝には折畳み式の銅貨が出現した。折畳み式銅貨は収集してきた古い銅器をばらし、銅箔を裁断し、それを折り曲げて一定の厚みを持った貨幣を作ったものである。

 

☟、展示されてい硬貨をご覧くだい。(*^▽^*)

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左から、

【アフガン帝国折畳み式太陽図案硬貨/銅/紀元1747年~紀元1826年】

【アフガン帝国/金/紀元1747年~紀元1826年】

【アフガン帝国/銀/紀元1747年~紀元1826年】

ともに、西安大唐西市博物館の所蔵品です。

 

左から、アップにしていきます!(*^-^*)

☟:折畳み式太陽図案硬貨

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ちょっとピンボケですみません。

それでも、上の一つ、折り畳まれているのがよく分かると思います。(*^-^*)

 

☟:金

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☟:銀

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☟は、 大唐西市博物館で購入した書籍に掲載されている写真です。

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No.96 の金貨のヒジュラ暦1373年は、紀元1953年~1954年にあたります。

19〇〇年という年代を見て「最近のもの」と思うのは、年齢のせいでしょうか?(笑)

年代が新しいからか、円形や図案に安定感があるな~。

 

 

次は、イスラム諸王朝のラストバッターです。\(^o^)/

【イランガージャール朝/紀元1796年~1925年】

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では、訳してみます!(*^-^*)

ガージャール朝はイラン北部のガージャール族(現在のトゥルクマーン)の首領アーガー・モハンマド・シャーが建てた王朝。ガージャール族はサファヴィー朝の建国者であるイスマーイール1世の軍隊に付き従いペルシャにやって来たテュルク7部族の一つ。アーガー・モハンマド・シャーは若かりし頃ザンド朝の宮廷で人質となっていたが、ザンド朝国王の死後、北へ逃亡、ザンド朝の後裔が王位を争っている間いに勢力を拡張した。1794年、ケルマーンを破り、イラン各地の主要な省を統治した。1796年に戴冠、イラン国王となり、テヘランに都を置いた。その後、対外戦争において度々失敗し、多くの領土を失い、国力は衰え、国家は次第に崩壊していった。

 

訳すにあたり、「Wikipedia」の「アーガー・モハンマド・シャー」を参照していたところ、一番最後に「人物・逸話」の項目がありました。

そこには、

『アーガーは残虐な一面があったと伝わる。自らを去勢したアフシャール朝と父を殺したザンド朝の最後の君主をいずれも捕らえて拷問にかけた後に処刑している。また、チフリスやケルマーンで市民を虐殺したり大量に奴隷にしたりしている。』

とあります。

他の人物紹介で見落としているだけかもしれないのですが、わざわざ特記されているということは、並外れた残虐ぶりだったのかな・・・・・・と思っていたところ、「百度百科」の『恺加王朝(「卡扎尔王朝」は一般的に「恺加王朝」を指すとあります)』の紹介の中で、具体的な表現を発見しました。☟

『1794年,阿加穆罕默德率军围攻克尔曼,遭到顽强的抵抗。破城后,阿加穆罕默德下令大肆烧杀抢掠,将妇女发给军人为奴,又下令挖去两万居民的眼珠。阿加穆罕默德对不肯归顺的诸汗王采取极其残酷的惩罚,屠杀其家族,没收一切财产和土地。在攻占格鲁吉亚的首府第比利斯时,就屠杀了数千人,俘虏1万多居民,并焚烧全城。』

参考に訳してみます。☟

『1794年、アーガー・モハンマドは軍を率いケルマーンに包囲攻撃を行ったが、激しい抵抗を受けた。都市攻落後、アーガー・モハンマドは欲しいままに家を焼き人を殺し財産を略奪するよう命じ、女性は奴隷として軍人に与え、また住民二万人の眼球を抉り出すよう命令を下した。アーガー・モハンマドは帰順を拒む諸王に対し極めて残酷な処罰を適用、その家族を虐殺、一切の財産と土地を没収した。グルジアの首府トビリシ攻略時には、数千人を虐殺、住民1万人余りを捕虜とし、城を焼き払った。』

確かに残酷なのです。

ただ、当時の戦争では、よほど英明な君主が指揮していない限り、敗北側はほぼこのような運命を辿るのではないでしょうか・・・・・・?

それでも、特筆されているからには、特に残虐さが際立つ伝承が残っているのかもしれません。

 

 

 

(参考)

ガージャール朝 - Wikipedia

アーガー・モハンマド・シャー - Wikipedia

恺加王朝_百度百科

 

ちょっと暗くなってしまいました。(^^;

気分を入れ替えて、展示されている硬貨をご覧ください!!\(^o^)/

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説明のプレート、かなりボケています。申し訳あり余せん。<(_ _)>

左から、

【イランガージャール朝/金/紀元1796年~紀元1925年】
【イランガージャール朝/銀/紀元1796年~紀元1925年】
ともに、西安大唐西市博物館の所蔵品です。

 

アップをご覧ください。

☟:金

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☟:銀

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☟は、 大唐西市博物館で購入した書籍に掲載されている写真です。

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No.98の金貨のヒジュラ暦1258年は、紀元1842年~1843年にあたります。

第3代シャー:モハンマド・シャー(1834年 - 1848年在位)の時代に該当します。

 

以上で、今回のご紹介、終了です。\(^o^)/

 

💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛

 

最後に、おまけ。(#^.^#)

臘八節のお粥を食べた後、午後から回民街へ出かけました。

この日は、いつものように私一人ではありません。

授業を担当してくださった先生お二人と、クラスメイトと一緒!(*^-^*)

先生方が、私が入ったことのないお店へも連れて行ってくださいました!!

 

それが、このアイスクリーム屋さん!

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アイスの他にも、ジュースとか売っています。

これまで、側を通った時、ジュースを扱ているのは見えていたのですが、アイスクリームを売っているとは、全く気付きませんでした。(^^;

上の写真のアイスは、カップ一つで『4フレーバー(合計200g)45元+ワッフルコーン

4元』の49元(1元=約16元換算で、800円弱)です。

 

フレーバーはこんなにたくさん!!\(^o^)/

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今回注文したなかで西安独特の物は、西安市の市花でもあるザクロ、バラ、麹発酵のちょっと酸っぱめの甘酒、伝統のお餅菓子。

その他は、ミルクティ、チョコレート、かぼちゃ、黒ゴマ。

注文しなかったものの中には、日本のラー油のような唐辛子味、干し柿のようなものもあります。

店内もとてもおしゃれ!☟

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☝は、私たちが食べたお店のすぐ側に出来ていた新店舗。

一人では、一度にこんなにたくさんのフレーバーを試すことはできません。

みんなと来れて良かった~~~!!!(#^.^#)

 

このお店の位置は、だいたいこの辺りです。☟

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回民街は小さなお店が密集しているので、よほどの老舗でないと名前を表示しきれないんでしょうね。

 

クラスメイトの中には、1月中に帰国していまう人もいます。

他の学校に転校したり、働き始める人も。

残るのは、私と先生方だけ。

先週月曜・火曜で試験も終わり、成績表も受け取りました。

冬休みに入ってもう学校へ行く必要はなく、彼女たちに会えるのは、この日が最後かもしれません。

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夜遅くまで、食べて、喋って、ゲームして、とても楽しく、ステキな思い出が作れました。

みんな、それぞれの道で頑張ってね!

先生方、来学期、あと一学期間、お世話になります!!(*^-^*)

 

大唐西市城_冬至餃子DIY

本日は2018年12月28日(金曜日)です。(*^-^*)

 

今年の上半期授業は、1月7日・8日の期末試験終了後、やっと冬休みを迎えます。

去年は12月20日から冬休みだったのにな~。

でも、去年は「なんでこんなに早く休みになるんだ???」って言ってたんですけどね。(笑)

とりあえず、2018年の授業は今日で最後。

中国のカレンダーでは元旦と連続して3連休にするため、明日は振り替え平日なのですが、学校の指定で休みになりました。

なので、日本の大部分の方々と同じように、明日から年末休み~~~!!!\(^o^)/

年始は1月2日からすぐに授業スタートですが、それでも4連休、嬉しい!!!

 

と、元旦は基本3連休、春節は7連休と春節を重んじる中国ではありますが、元旦前後にも色々イベントはあります。

例えば、餃子のイベント。

中国北部では、冬至には餃子を食べます。

(ちなみに、南方では一般的に「湯圓」を食べますが、「百度百科」によれば、羊のスープやお餅・赤飯のようなものを食べるところもあるようです。)

私、去年は近所のショッピングモール「大唐西市城」にある「シルクロード風情街」主催の「水餃子作り」に参加しました。

 こちら☟、ご参照ください。(*^-^*)

大唐西市シルクロード風情街(冬至_水餃子作り) - せいあん!

 

今年はシルクロード風情街では何も催さないと聞いていました。

そんな時、ショッピングモール本体の「大唐西市城」主催の「餃子イベント」があると知り、さっそく申し込み!!!

今年の冬至は、ちょうど週末、土曜日の22日。

午前11時からスタートです。

場所は大唐西市城4階(屋上)のレストラン「四季恋」。☟

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☝の赤矢印が示しているところです。

 

これまで屋上の空中庭園に行く際、入り口前を通ることはありましたが、中を覗いたことはナシ。

どんなレストランなんだろう???

ワクワクしながら、足を踏み入れました。(*^-^*)☟

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入り口には生け簀があって、1階はテーブル席メイン、2階にはテーブル席もありますが、個室がずら~っと並んでいました。
直ぐ上の写真右側は、1階フロアの手前で、参加者が出席者名簿に署名中。

署名テーブルの右側に、私たちが餃子を作るテーブルが見えています。

 

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レストランのスタッフさんが餃子の餡(豚肉と大根・韮と玉子の二種類)を配っています。☝

 

この時、既に11時になっていましたが、人影はまばら。

おっかしいな~。

私、申し込みの際に、受付けの女性から「10時50分頃に受け付けにきてください」と言われたのに。

まあ、いつもこんな感じです。

人数も家族連れで、申請時より増加するのも当たり前。(笑)

 

11時半、ついに司会者の挨拶がスタート!☟

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その頃には、テーブルの上に材料一式も出そろいました。☟\(^o^)/

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☝今回は、餃子の皮は手作りしません。

レストランの機械で、均一な厚み・真ん丸に成形されています。


 レストランのスタッフさんが配っていた餃子の餡、蓋を外すとこうなります。☟

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左が「豚肉と大根」、右が「韮と玉子」です。

昨年のイベントに一緒に参加した留学生3人の内2人は、今同じクラスで勉強しています。

二人を誘いたかったのですが、彼女たちはムスリム

豚肉が登場する会には参加できず、残念でした。

 

☟左は、前もって用意してあった今回作る餃子の見本です。

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今回は、自分が作ったものを食べることになるので、水餃子ではなく、包んだ餃子を載せた皿ごと蒸す、蒸し餃子。

なので、水餃子の包み方で作っても、やっぱり蒸します。(笑)

上部トッピング用具材は、玉子・にんじん・キクラゲ・ブロッコリーのみじん切り。

☝の右側は、オレンジの皮部分とミニトマトの切り方が可愛いかったので載せてみました。(*^^*)

 

さあ、餃子作りの始まりです!!(*^-^*)

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☝料理長さんが餃子について、説明中。

ちょっとカメラ目線?(笑)

 

点心担当のシェフによる、各テーブル巡回指導。☟

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穴を整えるには、箸の先端の太い方を利用します。

ちょうど私の側で実演されていたのですが、シェフの手の陰になって、何をやっていたのかさっぱり・・・・・・。(T_T)

周囲はみんな西安人。

多かれ少なかれ子供のころから小麦粉と触れ合い、手慣れた人なら手元を見なくても餃子が包める地域の人々。

 

そんな中、まともに皮をくっつけるのにも一苦労する私が混ざっています。(^^;

 

左隣りは、トッピング式に挑戦中。☟

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私も、最初の1個をこのトッピング式にしようとしました。

でも、どうやって上部を四つの穴にするのか分からな~~~い!

それに、餡はそんなに多くないのに、載せ方が悪いのか、餡がはみ出し皮の縁に脂がついて、接着できない。

しかたなく、もう一枚皮を被せて団子状態に・・・・・・。(T_T)

 

その後は指先の技術力を要するトッピング式は放棄し、一番普通の水餃子スタイルで、一つずつゆっくり皮をくっつけていました。

 

息抜きにふと顔を上げると、向かいの席のおじさんが、すごいスピードで餃子を包んでいるのを目撃!!!

何、この速さ⁈プロですか???☟

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①まず豚肉と大根の餡を皮に載せています。

②さらに餡を補充。

この段階で、私の目は点に!

私があんなに餡を載せたら、皮の縁を閉じる時、絶対、餡がはみ出してしまいます。

どうやったら、皮の中に餡をいっぱい詰めることができるのか、録画して研究!(笑)

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③餡の補充完了。

④右手一指し指で軽く餡を皮に押し付けた後、

⑤今度は左手親指で餡を中に押し込み、右手人差し指と親指で皮を引っ張り上げつつ、右手中指で反対側の皮を動かないように押さえ、

⑥右手人差し指と親指で、中央を接着。

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⑦向かって左側の端から、右手人差し指と親指で一つまみ、

⑧更に一つまみで、向かって左側の接着完了。

⑨向かって右側半分は、左手の親指と人差し指全体で挟むように持ち、

⑩襞ができるよう、少しカーブさせるような動きで一回で押さえつけ、接着完了!

この間、なんと、16秒!!!

おじさんの前のお皿には、ずんずん綺麗な形の餃子が並びます。☟

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食べるのに十分な数が揃った人のお皿から、蒸しに回され始めました。

上のおじさんやおばさんは仕上がりがあまりに早く、私のお皿が厨房に移動する前に、蒸し上がった餃子が戻って来ていました。(笑)

 

蒸し上がった餃子の様子。☟(*^▽^*)

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間違わないよう、札が付けてあります。

私は、☝の餃子の右下にあるお皿が、自分の物だと勘違いしてしまいました。

何故なら、奥の方のお皿を見ていただくと分かるのですが、綺麗に並んでいます。

それに引き換え、手前の方のいくつかは積み上げたような状態。

私はまさに、そんな感じでした。

とても親しみのある、グチャグチャ感。(笑)

でも、中央に1個だけ明らかに見覚えのない形状があって、「誰かのが混ざったのかな?」とボケたことを考えていました。(^^;

すると、「私のがない!」と言う声が!

急に不安になり、私のお皿を持って行ったショッピングモールで働いている知り合いに尋ねると、

「名前を書いておいたし、あなたのは、まだ出て来てないよ」

と言われてしまいました~~~!

大変、慌てて返却!!(^^;

 

ここで登場した知り合いとは、このショッピングモールのシルクロード風情街にあるインド料理店「紅堡(REDFORT)」で、『ディーワーリー』のイベントがあった時に知り合いました。

 

私の餃子、出てまいりました。\(^o^)/

蒸す前・後で見比べてください。(笑)

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ははは・・・・・・、ぐちゃ~っとなってます。

実は私、蒸すとは知らず、「茹でるならどんな置き方でも構わないや!」という気分で餃子作りに臨んでいたんです。

 

そもそも、それが間違いで、昔読んだ水餃子のレシピでも、きちんと並べておくよう書かれていましたっけ。

この日、私が心配したのは、ただ一つ!

『湯の中で皮が剥がれ、中の餡が水中を漂い、戻って来るのはふやけた皮のみ。』

ということ。

でも、心配すべきはそこではなく、餃子同士がくっついて、剥がすと皮が破れる!ということでした。

食べる際、ほとんどの餃子が破けました・・・・・・。(T_T)

この日の反省:何事も、整然と行うことが大切です。

 

と、自分の作った餃子を食べたら、これで終了かと思っていました。

すると、厨房から大皿にのった料理が運ばれてくるではありませんか!!

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どれも美味しかったです。(*^-^*)

餃子も足りなければ、レストランで用意したものを更に蒸してくれるという、至れり尽くせりなサービス。

最後になりましたが、このイベント、これで無料でした。

 

おかげさまで、今年の冬至も餃子を食べ損ねずに済みました。

ご馳走様でした~~~!!!(*^-^*)

 

以上、今年の冬至イベントでした。

 

 

西安大唐西市博物館(その55:3階シルクロード硬貨展示ホール_イスラム諸王朝_①サーマーン朝・②ガズナ朝・③セルジューク帝国及び後裔)+交響音楽会

2018年12月28日、(金曜日)です。

 

今朝、登校時の気温はマイナス3度でした。

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日の出時刻は7時49分。

登校直前に、太陽、やっとお出ましなのです。

それでも今日は晴れてるのでマシ?

西安、昨日は雪が舞いました。

寒かった~~~!!!☟

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☝左は、授業を受けている校舎を出てすぐのところに停まっていた車。

授業中に降り始め、正午下校時にはうっすら積もっていました。

右は毎日渡っている陸橋の上から。

葉ボタンにのった雪が、年末らしい寒さを演出!

これまでかなり暖かかったので、実のところ季節感が麻痺していました。(笑)

 

☟は昨日、夜の様子。

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結構吹雪いていたので、翌朝積もるかな~と思っていましたが、深夜には止んでいたようです。

 

今朝の様子はこちら。☟

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☝、左側。

マイナス3度なのに、ロングコートを着ていない学生さんもチラホラ。

ナンと寒さに強いこと!!!

右側は、秋、真っ赤に熟れた柿の実がぶら下がっていた柿木の寒々とした様子。

 

こちら☟は、うっすら雪化粧した校内の庭園。

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左側の中心辺りには、蝋梅が既に黄色い花をつけています。

近づくと、いい香りがします。(*^-^*)

去年は1月3日夕方から雪が降り始め、4日朝にはある程度積もり、いたる所に雪だるまが作られていました。

こちら☟、去年のブログです。 

西安の初雪_西北工業大と大唐西市の雪景色 - せいあん!

今学期は2019年1月8・9日の期末試験後にやっと冬休みに入ります。

雪が降るのは楽しみですが、冬休みになるまで待ってもらえると嬉しいな~。(笑)

 

ちなみに、敦煌で知り合った方からWeChatに連絡がありました。

敦煌は15日~18日、私が滞在していた時とは打って変わって低温に!

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マイナス18度!!!(@_@;)

私はちょうど寒気襲来の合間に旅行ができたみたいで、本当についていました。(#^.^#)
 

 

それでは、大唐西市博物館の硬貨の紹介を始めます!!\(^o^)/

毎度お馴染みになりました、3階のレイアウト図。

今回は④の位置に当たる展示室、☟の図だと左側の壁の真ん中辺りに該当します。 

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③の展示室から④に入って行くと、ちょうど中央展示コーナーの向こうに見えます。☟

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正面から見た様子。☟

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イスラム諸王朝の展示、全体が見えます。

 

今回は、この内の左から「イスラム諸王朝の説明部分」・「サーマーン朝」・「ガズナ朝」・「セルジューク帝国及び後裔」をご紹介します。☟ \(^o^)/

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背後にある中国硬貨の照明が映り込むので、その反射を避けて撮影するのに苦労しました。

ガラスに写りこんでいる姿で、お分かりいただけるかと・・・・・・。(^^;

 

努力の成果をご覧ください!(笑)☟ f:id:shanshanduohuizi:20181224232916j:plain

参考としてご覧ください。<(_ _)>

イスラム諸王朝】

紀元9世紀から、一時期隆盛を極めたアラブ帝国凋落が始まった。アッバース朝の統治者カリフは贅沢の限りをつくし、朝政をないがしろにし、各地方政権は次第に中央政権との関係を絶ち、各地に割拠、それぞれが勝手に振舞った。アラビア半島及び中央アジア西アジアと南アジアの北部地域には、イスラム教を信奉する多くの王朝が前後して現れた。その中で比較的有名なものに、サーマーン朝、ガズナ朝、セルジューク帝国、ホラズム・シャー朝、デリー・スルターン朝等がある。14世紀初めになるとオスマン帝国が台頭し始め、最終的に新たにアラビア半島を統一する大帝国となった。オスマン帝国と同時期のイスラム王国には、インド亜大陸北部のアフガン帝国・イランのガージャール朝も存在する。

 

では、比較的有名な王朝の一つ目に参ります!\(^o^)/

【1.サーマーン朝/紀元874年~999年】 

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参考にどうぞ。☟(#^.^#)

サーマーン朝はアッバース朝時代に中央アジアに打ち立てられた封建割拠式のイスラム国家である。サーマーンはペルシャ・バルフ貴族の末裔で、かつてはゾロアスター教を信奉していたが、後にイスラム教に改宗した。サーマーン朝には合計10名の君主がおり、125年間に亘る統治を行った。その版図は、北はアラル海、南はインダス川上流、東はアムダリア川上流、西はカスピ海に至り、一度は中央アジアの強国となった。首都ブハラ(現ウズベキスタン領内)は、かつてイスラム文化の中心だった。サーマーン朝の成立は中央アジアに相対的に長期に亘る平和をもたらし、この地域全体の経済を回復させ、人々の生活も安定へと向かった。王朝はナスル2世(914年~942年)の在位期間に最盛期を迎え、999年カラハン朝及びガズナ朝によって滅ぼされた。

 

展示されている硬貨をご覧ください!(*^-^*)☟
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ここ☝では、それぞれの硬貨の大きさをご確認くださいね。(*^^*)

 

では、金貨・銀貨に分けてご覧いただきます。☟

【サーマーン朝/金貨/紀元874年~999年/西安大唐西市博物館所蔵】

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一列ずつ撮影しました。

大きさはさして違わないと思いますが、鮮明度はアップしているのではないかと。☟

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【サーマーン朝/銀貨/紀元874年~999年/西安大唐西市博物館所蔵】

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銀貨も一列ごとにどうぞ!(^o^)/☟

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☟は、大唐西市博物館で購入した書籍に紹介されている「サーマーン朝金貨・銀貨」の写真です。

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No.81:ヒジュラ暦352年は、紀元963年~964年。マンスール1世(在位期間961年~ 976年)

No.82:ヒジュラ暦309年は、紀元921年~922年。ナスル2世(在位期間914年~943年)

No.83:ヒジュラ暦300年は、紀元912年~913年。アフマド(在位期間907年~914年)

在位期間から見ると、それぞれ右側に書き足した君主の時代の硬貨のようです。(*^-^*)

(参考)☟

サーマーン朝 - Wikipedia

 

 

比較的有名な王朝の二つ目デス。\(^o^)/
【2.ガズナ朝/紀元962年~1186年】

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参考として、ご覧ください。(#^.^#)☟

ガズナ朝アフガニスタン南東部のテュルク人が建てたイスラム王朝で、(中国語では)「哥疾宁王朝」・「伽兹尼王朝」とも表記される。ガズナ朝中央アジア・サーマーン朝のテュルク系奴隷出身の将軍アルプテギーンが打ち立てた。都がガズナ(現在のアフガニスタン南東部に位置するガズニー)であることから命名された。ガズナ朝は独立してはいたが、形式的に依然としてサーマーン朝の宗主権を認めていた。

 

☟は展示されている硬貨です。(*^▽^*)

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左側の金貨から見ていきます!(^o^)/☟

ガズナ朝/金貨/紀元962年~1186年/西安大唐西市博物館所蔵】

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一列ずつ写したものをご覧ください。(^o^)/

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ガズナ朝/銀貨/紀元962年~1186年/西安大唐西市博物館所蔵】
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☟は、銀貨を約上下半分に分けて撮影してみました。

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多少大きくなっていると思います。(^^;

 

☟は、大唐西市博物館で購入した書籍に紹介されている「ガズナ朝金貨・銀貨」の写真。

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 ☝、どうしたことでしょう???(゚Д゚;)

No.87の漢字は「銀貨」となっているのに、英語が「Gold」⁉

金貨が続いたので、勢い余ったんでしょうか?(^^;

 

ヒジュラ暦で記載されている年代を、西暦にネット上のサービスを利用して変換しました。

No.84:ヒジュラ暦406年は、紀元1015年~1016年。マフムード(在位期間998年~1030年)

No.85:ヒジュラ暦407年は、紀元1016年~1017年。マフムード(在位期間998年~1030年)

No.86:ヒジュラ暦430年は、紀元1038年~1039年。マスウード1世(在位期間1031年~1041年)

No.87:紀元963年~1187年。(「百度百科」ではガズナ朝の成立から滅亡を、紀元962年~1186年と記してあります)


(参考) 

ガズナ朝 - Wikipedia

 

 

次は、三番目!

コーナー全体の様子をご覧ください。(^o^)/☟ 

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【3.セルジューク帝国及び後裔/紀元1037年~1308年】

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参考訳です。(*^-^*)☟

10世紀、アラブ帝国の凋落に乗じ、 イスラム教を信奉するテュルク系のオグズ族に属するセルジューク人は首長セルジュークに率いられ、シルダリヤ川を渡りトランスオクシアナに侵入したが、アフガニスタンを占拠していたガズナ朝に征服された。1037年、力を蓄えたセルジューク人は立ち上がり反抗を開始、セルジュークの孫トゥグリル・ベグの指揮の下、ガズナ人を打ち破り、強大なセルジューク帝国を建国した。1055年、トゥグリル・ベグは部下を率いバクダード に攻め入り、カリフに迫り「東方と西方のスルタン」の称号を与えさせた。スルタンとは「権力を掌握する者」という意味であり、これよりイスラム教国家のほとんどの統治者がスルタンを自称するようになった。トゥグリル・ベグの子孫は引き続き領土拡張を行い、最盛期にはイラン・メソポタミア小アジアの大部分及びシリア等の地を領有した。12世紀中葉、セルジューク帝国は衰退を始め、その後裔がいくつかの自称「セルジューク国」の小王朝を起こした。その内、存続期間が最も長かったのは小アジアのルーム・セルジューク朝である。1243年、モンゴル軍が小アジアに侵入、ルーム・セルジューク朝はモンゴル人の属国になり下がり、1308年に滅亡した。

 

ちなみに、このセルジューク帝国のタイトル、博物館で購入した書籍での表記は「塞尔柱帝国及余绪」となっています。

赤字の部分、写真に写っているパネルの文字は「余蓄」。

どちらの発音も「yú xù」で、音・声調ともに同じ。

でも「余蓄」だと、意味が「蓄え」になってしまいます。(笑)

「余绪」なら、「後裔」という意味もあるんです。

 

こちら☟は「ルーム・セルジュークの銀貨」の説明です。(^^)/

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参考としてお読みください。(#^.^#)☟

ルーム・セルジューク王朝が製造した貨幣は、表面に太陽神・獅子等の図案があり、イスラム世界においては少々異色である。おそらく、当時、テュルク系出身のセルジュークの統治者が流行していた復古的傾向に影響され、古代の貨幣に描かれた動植物の図案を模倣したと思われる。

☟は、博物館で購入した書籍に掲載されているルーム・セルジューク王朝の銀貨。

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またしても、漢字では「銀貨」なのに、英語は「Gold」・・・・・・。(T_T)

 

No.88:ヒジュラ暦634年~643年は、紀元1236/1237年~1245/1246年。

この年代を見ると、写真の硬貨はカイホスロー2世(在位:1237年~1245年)の時代のもののようです。(*^-^*)

 

ガズナ朝・セルジューク帝国及びホラズム・シャー朝の国家領域図】

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左下の凡例を訳してみました。

参考にどうぞ!(*^-^*)☟

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上の説明で、ルーム・セルジューク王朝の貨幣は異色とありましたが、「アラブ帝国からイスラム諸王朝まで」のコーナーにおいて、本当にここだけがとても可愛らしい図案なのです。(笑)☟

 

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【セルジューク帝国/銀貨/紀元1037年~1308年/西安大唐西市博物館所蔵】

 

では、可愛らしい硬貨をアップでご覧ください!\(^o^)/☟

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☝の2列目の太陽神、特に左の太陽神のほっぺたが、アンパンマンのよう。(#^.^#)

獅子はどれも前脚の一方を少し持ち上げていて、その様子が「お手」をしている犬のように見えてしまいます。

初めてこの硬貨の前を通った時は、思わず引き返してマジマジと覗き込んでしまいました。(笑)

 

(参考)
セルジューク朝 - Wikipedia

ルーム・セルジューク朝 - Wikipedia

 

以上、硬貨のご紹介でした。\(^o^)/

 

💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛

 

ここからは、先週の12月23日(日曜日)に行って来た、音楽会の様子を少しご紹介します。(*^-^*)

 

音楽会の名称は「天空の城―クリスマス視聴交響音楽会」。

大雁塔の南側にある雁塔南路に向かい合っている「陝西大劇場」と「西安音楽ホール」の「音楽ホール」で催されました。

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開演時刻が19時半なので、地元大唐西市城の上海料理店で上海名物の「生煎包」と、どこの名物か分からない拉麺(美味しかったです!)を食べ、タクシーに乗って出発!!

メンバーは、四班の韓国人クラスメイト3人と、私。

 

クリスマス直前。

西安のビルも綺麗にライトアップ!!☟左。

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しかし、クリスマス前の日曜の夜、渋滞は確実!!!
しかも、音楽ホールと大劇場の間の、春節が終ってもず~~っと長期に亘ってカラフルなイルミネーションや灯篭で飾られていた雁塔南路が工事中・・・・・・。(T_T)

開演時間まで後30分を切り、焦った私たちは大雁塔の北広場北端でタクシーを降り、北広場・南広場を突っ切って、雁塔南路へ向かいました。

☝の右は、その時撮った大雁塔と三蔵法師の像です。

「工事中でも、路肩に人間が通るスペースぐらいあるはず!」と思っていたのですが・・・・・・。

なんと、人も通れないように完全封鎖!!!

結局、相当な遠回りを、しかも工事資材が散乱する狭い路地を抜けて、やっとホールに到着。

発券し、席に辿り着いた時は、既に開演2分前・・・・・・。

疲れた・・・・・・。

 

私の席は、2階の中心一番前。

前の席の人の頭に邪魔はされませんでしたが、転落防止のための手摺りがちょうど目線にあって、ショック。

手摺りを避けるように、シートに沈み込むように座って何とか視界をキープしました。

 

開演前の2分間で撮影したのがこちら☟!!!

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正面には、ジブリの映像を投影するためのスクリーン。

ステージでは、ジブリキャラクターにコスプレした演奏者たちが順番に入場中。

 

演奏開始前、18時からホールロビーでこの演奏者たちと写真撮影する時間も設けられていたのですが、私たちにそんな時間の余裕はありませんでした。(笑)

 

指揮者も登場!☟

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小さすぎて見えないと思いますが、客席に一礼後、彼も頭に小さな三角の帽子を載せました。

クリスマスムードを演出?

そして、演奏会スタート!

曲目はことらをどうぞ。☟(*^-^*)

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演奏中は撮影録音禁止です。

最後は、アンコールで「崖の上のポニョ」の歌と演奏。

声楽家の方もコスプレで、ポニョの微妙な音程を表現。(笑)

普通に歌うより、ちょっと外れたような歌声を真似る方が難しそうに聞こえました。

 

演奏が終わり、ロビーから雁塔南路の向かいに見える大劇場を撮影。☟

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間にある雁塔南路で作業をしている人たちが見えます。

でも、でも、この工事現場の方が、私たちや他の観客が通って来た路地より、よっぽど明るくて、広くて、足場も安全・・・・・・。(T_T)

 

クラスメイトの内、二人は女の子。

インスタグラムに写真をアップするのが大好きです。

ホールで思い思いに写真を撮っていたのですが、突然「一緒に写真撮ろう~!」と呼ばれ、写したのがこれ。☟

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あちこち走り回ったし、コスプレ演奏者さんたちとは写真撮れなかったけれど、みんな楽しそうだったし、私も楽しかったので、これでOK!!

終わりよければ、すべてよし!!です。(*^-^*)

 

その後は迷走することなく、最短で辿り着ける大通りまで少し歩いて、タクシーを拾って帰途につきました。☟ 

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春節前後でなくても、大雁塔の南側は本来、年中、こんな風に夜景が綺麗なのです。

道路工事、早く終わりますように!!

 

最後に、2019年1月1日19時半から、この音楽ホールで日本人指揮者「西本智実」さんのコンサートが催されるみたいです。☟

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今回はこれで終わりです。\(^o^)/