せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月2日(月):トルファン初日_トルファン北駅・ブドウ農園・葡萄溝・交河故城

2018年7月2日(月曜日)、トルファン、快晴~~~!!!

 

北京時間の朝6時15分、スマホの目覚まし音にびっくりして飛び起きました。

周囲はまだ眠っています。

起こしたら大変。

私は朝の準備に時間がかかるので、早起きしないといけないのデス。(^^;

カーテンの隙間からチラっと外を見ると、日の出前の静かな世界が後方へ流れています。

しばらくぼ~っと見ていると、白っぽく薄暗い景色の中、前方右手の稜線がうっすら赤みを帯び始めました。

日の出???

検索すると、この日、トルファンの日の出時刻は6時28分。

急いでスマホとカメラを準備。

撮影を開始!!!\(^o^)/

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私の生活リズムでは、朝日を拝むことはまずありません。(^^;

そんな私が今回、日の出にお目にかかれました。

朝日を見られただけでも幸せなのに、その場所が西域の荒野!!

この両方が揃うなんて、私にとっては奇跡!!!

幸せ~~~!!!(*^-^*)

 

 その後も、車窓からの景色は刻々と表情を変えていきました。☟ 

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☝は全て進行方向右手の景色です。

日の出直後の赤みを帯びた山や大地。

それがずんず明るくなっていきます。

風力発電のための風車も登場。

白い風車が一面に並び、プロペラがゆっくり回転している姿は幻想。

 

青く晴れ上がった空には、白い月が浮かんでいました。☟

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トルファン北駅まで、後、十数分。☝

私は既にデッキでスタンバっていました。(笑)

 

デッキ反対側(進行方向左手)の窓から。☟

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山並みが近くに見えます。

 

到着まで、後5分ちょっと!☟

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後、1分!☟

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デッキ左側の窓に、トルファン北駅の裏手にある「トルファン高河空港」が見えました。

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トルファン空港」の中国語「吐鲁番机场」の後ろ3文字、「番机场」が写せました。

よく見ると、岸の上にチラッと管制塔らしきものの頭が覗いています。

 

 

 予定の北京時間7時45分より5分くらい遅れて、列車はホームに到着。

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トルファン北駅へようこそ!」☝

 

朝っぱらから、ホームへ降り注ぐ日差しの強いこと!!!(^^;☟

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眩しいだけで、実は涼しいのでは?なんて思わないでくださいネ。

北京時間の8時前は、現地時間の6時前。

にもかかわらず、日の当たる所の暑いのなんの・・・・・・。(^^;

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調べてみると、このトルファン北駅は2014年8月末に竣工。

まだ4年しか使用されていないので、ホームと改札口(出口)をつなぐ通路がピカピカ!☟

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改札(出口)のある建物へ入ります。☟

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改札口が見えて来ました。☟

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切符を自動改札機に通して外へ。

 

改札口を出た場所から、正面やや右手に見えた「トルファン市バスセンター」。☟

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柵の前の案内板。☟

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この看板によると、「售票处(切符売り場)」は左手にあるようです。

前日、切符発券で焦ったことを思い出し、今回は到着そうそう切符売り場に向かいます。

失敗を無駄にしないぞ!(笑)

 

でも、移動前に周囲を観察。

振り返って、今出て来た改札口を撮影。☟

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続いて、駅舎を振り仰ぎます。☟

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この駅舎、トルファン地区の葡萄乾燥庫の建築要素を取り入れ、アーチや装飾文様等独特な地域文化の特色を採用していると、百度百科に紹介されていました。

 

そして、横には地下へ降りるエスカレーターと階段。☟

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周囲の確認が終わったので、いざ、チケット売り場へ!!\(^o^)/☟

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この入り口の左横に、切符売り場の営業時間が掲示されていました。

【営業時間】

北京時間 05:25~23:15

注:出発の5分前は改札は終了となります。

 

ここも新疆ウイグル自治区の一都市なので、切符売り場に入るにも安全検査があります。☟

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ちなみに、一つ上の写真に写っているのは、出てくる時に通過するセキュリティ回転ドアです。

入る時は、入り口を直ぐ右に曲がって、☝の安全検査を受けます。

 

窓口は一つしか開いていませんでした。

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でも、北京時間8時過ぎと言えば、現地では早朝の6時過ぎ。

市内中心から14kmくらいある駅まで来るには、ちょっと早すぎるのかも知れません。

順番は直ぐに回って来ました!(*^-^*)

 

今回はソフトコンパートメントの下段!

背中を丸めなくても、スキンケアと化粧が楽々!!

写真を撮りに、ベッドを上がったり下りたりしなくてもいいし、便利~。

昔は全然苦にならなかったこんなことが、面倒になるなんて・・・・・・。

先刻、改札口を出た後で、二等寝台車から変更してしまいました。(^^;

駅の待合室も一般の場所とは違うVIP室を使えるし、ホームに入る時も専用の改札からでられる!

もう、もみくちゃにされる心配なし!!

メリットがいっぱい~~~!!!

と喜んでいたら、親切な窓口の男性から一言。

 

「次に乗る列車は、この駅から発車じゃないから、注意して下さいね!」

 

な、なんですと~~~???

 

こちらをご覧ください!☟

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トルファン北駅」ではなく、「トルファン駅」です!!!

前述したように、「トルファン北駅」は市中心部から14kmくらいで、さほど遠くありません。

路線バスもあります。

ところが!

トルファン駅」は市中心から高速利用で約53km、一般道なら65km~~~!?(゚Д゚;)

なにゆえこんなに遠いの~~~~???

分かっています。

今さら驚く私がヘンなんです。

切符を予約した時にきっちり見ておけってことなんです。

でも、本当に驚きました。

一般的には、新しい駅の方が遠くにあるモンです。

そして、駅よりも空港の方が遠くにあるんです。

なのにトルファンでは、新しい駅と空港が市内から比較的近い位置に併設され、昔からある駅は車で1時間・・・・・・。

路線バスはなく、タクシーで行くしかないと聞かされました。

アプリで調べると161元と出てきます。

はぁ、予定外の出費だ・・・・・・。

※これについては、この後書く予定のトルファン最終日のブログもご参照ください。

解決策があります。

アップし終わったら、URLを貼付しておきますネ。

 

少々落ち込みながら、下の広場へ出るためエスカレーターに乗りました。

下に着いて、出口を見てビックリ。

ここでも安全検査~~~~!!!☟ 

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内側から写真を撮るのは憚られたので、外に出てから撮りました。

☟はアップにしたものです。

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ここでも、セキュリティ回転ドア

しかも、身長の高さ以上あります。

荷物をコンベアに載せ、人間も検査機の下をくぐり、身分証明証の提示して、やっと外に出てきました。

そして、パスポートを提示した外国人の私は、この場だけのチェックでは終わらず、係り員に誘導され壁伝いに右へ。

茶色っぽい簡易事務所のようなところまで、連れて行かれました。☟

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☝で紺色のパラソルの向こう側が駅出口です。

☟は簡易事務所のアップ。

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この事務所の前に銃を持って立っている人が、自分の携帯を使って私のパスポート情報を撮影。

さらに、私の顔の横にパスポートの顔写真ページを持って来て、また撮影。

 

駅を出るだけなのに、なぜこんな厳しいチェックがあるんだろう?

カシュガルやコルラでも、空港ターミナルから出る時にはノーチェックだったのに。

旅行客はここからトルファンに足を踏み入れるので、入国審査ならぬ、入市審査なの???

トルファン、警戒管理が厳しいです。

 

でも、対応はとてもフレンドリーした。

しばらく係り員さんと雑談。

ライフルを持ちっぱなしで重くないですか? → 慣れてるから平気。

トルファンの出身ですか? → 親族がここに住んでいるから、転勤して来た。

今どこに住んでいるの? → 西安です。

トルファンは初めて? → 18年前に来たことあるんです!!!(*^▽^*)

等々。

 

☟の2枚は、簡易事務所の側から広場を撮影したものです。

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☝「トルファン市バスセンター」の手前にバス停があります。

 

☟バス停の様子。

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☟、駅の入り口です。

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駅舎右下で、赤い看板に挟まれているのが入口。

入り口の上部が切符売り場です。

 

入り口と切符売り場のアップ。☟

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では、「トルファン北駅」から、私が宿泊する施設(ブドウ農園)までのバス路線を確認しましょう!(^_^)/

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「路線バス202」に乗って、「共青団四隊駅」で下車です。

 

「202」がやって来ました。

待っていた人が乗り込もうとすると、中から下りてきた赤い服の女性が荷物のチェックを開始!

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西安武漢の空港でターミナルに入る時、警備員が手に持った機器で荷物の安全検査を行いますが、あれと同じ要領です。
これにはびっくり!!
路線バスに乗るのに必要???
カシュガルではこんな検査、ありませんでした。

駅からの始発時だけかな・・・・・・?とか考えていたら、途中から乗る客に対しても行われました。

改めて、トルファンの警戒の厳しさを実感。

 

余談ですが、手荷物検査員の女性の真っ赤な服は、制服ではありません。(笑)

各自、自由な服装でした。

 

バスの中、窓から差し込んでくる日差しが、眩しい、暑い~~~!

日傘を半開きにし、頭にかぶせて肌を焼くような陽光に耐えました。(^^;

 

バス停「共青団四隊」に到着~~~\(^o^)/。☟ 

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日差しを浴びてキラキラ輝くポプラ並木が美し~い!(*^-^*)☟

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乾燥しているので、日陰さえあれば、わりと過ごし易いんです。

 

 ☝の写真、スクーターが見えますよね。

百度地図の画面は、その手前、路面の色が違って見えるところで左折するよう示しています。(^_^)/

ぱっと見には、私道のよう。

右側、農園を囲っている柵の前で行き止まり。

左側、道はずっと先へと延びていて、その入り口には立派な門。

門には大きく「西域葡萄庄園」とありました!

ここだ~~~!!!☟(*^▽^*) f:id:shanshanduohuizi:20180731235329j:plain

ただ、アプリの指示のように、簡単に左折はできませんでした。

この門をくぐるためには、道路を横断しないといけないんです。

でも、中央分離柵が行く手を阻んでいる!

柵が途切れるところまで行って渡ろうと思うと、遥か先まで行ってUターンしないといけません。

遠い~~~!!!

 

・・・・・・左右、確認!!!

ヨシ、車は来ていない、今だッ!!!

 

ダッシュで道路中央へ。

トランクを反対車線側に下ろし、柵を乗り越え、またダッシュ・・・・・・。

交通ルール違反です。m(_ _)m

 

☟は入口の門の内側。

中央を隔てる柵が見えます。

あれを乗り越えてやって来ました。(^^;

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☝と更にその上の合計2枚は、翌日撮影したもの。

空の色が全然違います。(^^;

 

門をくぐり、☟の柵沿いに入り口までやって来ました。

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☟ここが入り口。

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人の出入りは、車用の扉の横にある通用門から。

通用門を入るとすぐ、手荷物検査の設備があります。

ここでパスポートを提示し、荷物のチェックを受けました。

ただ、この農園では初回にチェックを受けただけで、その後はフリーパスでした。

この点、ホテルと農園の違いなのか、カシュガルのホテルの方が厳しかったですね。

 

☝の入り口の反対側は、敷地内へと続く通路。

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通路スタート地点で、ウイグルの民族衣装を着て楽器を演奏する人形がお出迎え!

☟は通路を奥側から写したものです。

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 通路を進んで行くと、左手に農園内宿泊施設の受付けがありました。☟

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葡萄棚の下に受付カウンター、食事をするテーブルやブランコ椅子、簡易な食事を作るための台所設備があります。

日焼けしそうではありますが、黄緑色の葡萄の葉の隙間から零れ落ちてくる日差しと、くっきり濃い影の下、風がとっても気持ちいい!

 

この宿泊施設、私が宿泊した7月初旬は朝食込みで1泊168元(1元=16円換算で、約2,700円)でした。

このころは葡萄はまだ熟れてなく、農園内の色んなイベントも始まっていない、シーズン直前。

7月半ばになると、宿泊施設管理人の女の子がWechatモーメンツで「葡萄収穫開始!購入希望者はご連絡ください!」とアップ。

この時期の部屋代は1泊朝食込みで297元(約4,800円)。

7月末になると、338元(約5,400円)。

しかも、一番高い部屋まで全部予約で埋まっています。☟

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人気がありますネ!

 

☝の7月31日チェックインー8月1日チェックアウトの部分をご覧ください。

この右半分には「内宾(nèi bīn)/中国本国の旅行客」と言う標記があります。

これは、「中国大陸の身分証明証を持つ住民を対象とする」という意味です。

私が予約した時も、7月中旬時にもない注意書きですが、現在では中国「大陸」の住民以外は宿泊できなくなったようです。

実は当時、「VPNは使わないで」と言われました。

理由は「VPNを使うと海外サーバーへアクセスしているのが発覚、チェックが入ると使用者が外国人と分かり、外国人が宿泊しているのがバレるから」。

以前は外国人を受け入れる資格がないまま、予約を受けていたんだろうと思います。

それが今は、指導でも入ったのかな?

 

資格なく宿泊させるのはマズいんですが、そこはちょっと置いておいて。

注目すべきは、VPNの使用が〇局にすぐばれ、使用元(個人)を突き止められること。

これを聞いた時には、かなり気分が重くなりました。(◞‸◟)

 

さて、チェックイン手続きが終わった頃は北京時間10時半過ぎ。

現地では朝の8時半過ぎ。

ここのチェックインは本来北京時間14時(現地時間12時)です。

相当早く到着したんですが、大半の旅行客は暑くなる前に観光地へ向かうので、チェックアウト済み。

部屋さえ開いていれば、この時間でも対応してもらえるんです!

でも、さすがに早かったようで、部屋の片付けがまだ。(^^;

清掃完了を待つ間、サービスで朝食のお粥とゆで卵をいただきました。(*^▽^*)

 

☟が宿泊施設です。

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一番手前は管理人室。

 

私が宿泊した部屋の様子。☟

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昨年、内装工事をしたとのことで、とても綺麗。

エアコンの効きもバッチリ。

加湿器もありました!

 

☟は洗面台等。

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洗濯しやすい、幅広く深めの洗面台ボウルがありがたかったデス。

 

エアコンを付け、部屋を確認して、その後は眠気に負けて寝てしまいました。(笑)

起きたのは北京時間15時前。(^^;☟

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現地では午後13時。

既に38度。

予報では、この日の最高気温は43度!!!

これから更に暑くなります。

この気温を見て、「出掛けよう!」という気力を根こそぎ奪われてしまい、洗濯することにしました。(笑)

こんなふうに洗濯物を庭に広げて干せるなんて、日本の実家を思い出します。☟

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中国ではマンション住まいなので、狭いベランダに干すしかないんです。

気持ちいいな~~~。

見ているだけで、幸せになります。(#^.^#)

 

この後、農園内を探索しました。\(^o^)/

収穫にはまだ少し時期が早く、一粒一粒は小さいのですが、一房の長さが日本で売られている標準規格より長くなるであろうことは既に見て取れます。☟

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農園なので、葡萄棚だけの区画もあるんです。

この時期は全ての種類が黄緑の状態。

でも、熟したら紫になる種類もあるそう。

 

ここからはイベント施設。

訊くところによると、私がチェックアウトした翌日(7月5日)から、イベント開催ということでした。

私、4日の夕方までここにいたんですよ、本当に残念。(T_T)

 

☟右側にカウンターのようなものがあるので、ここで食事を提供するんでしょうか?

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☟葡萄棚の下のハンモックチェアーが気持ちよさそう。

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☟私が宿泊中も、団体客がやって来て利用していたレストラン。

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☟通路脇に置かれているブランコタイプのベンチ。

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☟葡萄棚の下の休憩スペース。

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ここからは居住エリア。

アーチ型の葡萄棚の下に宿泊施設があります。

これならトルファンの強烈な日差しが屋根に直撃せずに済むので、多少はエアコンの助けになりそう。(笑)

 

☟この列だけ壁の色が違うので、面積の広い三人部屋はこの列にあったのかな?

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☟私が宿泊していたところ。

管理人さんのお母さんが洗濯したシーツが翻っています。

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左の端っこに、私のスカーフもチラッと写ってます。(*^-^*)

☝の写真、葡萄や木々の濃い緑、青空、白い雲とピンクのシーツのコントラストがお気に入り。

 

☟部屋の前の通路。

グリーンのシーツが増えてますネ。

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シーズンを目前に忙しくなるからと、管理人さん(20代初めの女の子)のお母さんが、わざわざ湖北省から手伝いに来られていたんです。

武漢市近くの襄陽市だそうで、この地名を聞いて話が盛り上がりました。

ここの副市長、かつて私が武漢で働いていた会社の親会社の重役だったんです。

以前いた会社の董事(役員)でもあって、かなり頻繁にお目にかかる機会がありました。

これで、一気に親近感が湧いたのは言うまでもありません。(笑)

 

☝の写真、通路と畑の境目となる、水色の台状の部分があります。

その上に上がってしゃがみこんでいる人物が見えるでしょうか?

そう、私の洗濯物の向こう側に座っている人物です。

しょっちゅうあそこに出てきては、電話をしたり、たばこを吸ったり。

なので、洗濯物を干す時にも顔を合わせました。

洗濯物は、洗っては干しに出、また中に入って洗っては、持って出て。

これを繰り返していたので、その都度会話数が激増!

私もよくしゃべる方ですが、彼もけっこうおしゃべり好き。

それもそのはず、旅行会社の営業担当だそう。

電話は、仕事の対応をしていたんだそうです。

彼女と旅行に来ていて、夕方から葡萄溝へ行って、時間が余ったら交河故城の日没を見に行きたいと言っていました。

 

余談ですが、私はタバコ嫌いです。
でも、風であっという間に煙が拡散していくので、あまり気にならずにすみました。
洗濯物にも、臭いナシ。

 

私が農園探検を終えて戻って来ると、案の定というか、また定位置でタバコを吸っていました。(笑)

 

気軽に挨拶すると、先方から「良かったら、一緒に行きません?」とお誘いが。

もちろん、最初は断りましたよ。

カップルの邪魔をする気はありません。(笑)

それに、葡萄溝にはムリに行かなくてもいいように、葡萄棚のある農園を宿泊先に選んでいたんです。

でも、彼女も喜んでいるということだったし、交河故城にも行くつもりのよう。

車をチャーターしての移動だから、頭数が増えれば一人当たりの費用は少なくなる。

私だけじゃなく、二人にもメリットがあるなら、いいかな~?

で、同行させてもらうことにしました。(*^-^*)

 

この時刻の気温は☟をご覧ください。

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現地時刻では14時半過ぎで、40度、湿度11%!!

出発は北京時間18時、現地時間16時と決まりました。

 

運転手さんには「葡萄溝に行く」とだけ伝えてあったようで、交河故城行きも含めての価格を車内で再交渉。

方向が逆、待ち時間が長い等のやり取りがあって、合計150元で交渉成立!

私の負担は50元です。

私とにかく交渉が苦手。

付いて来て良かった~と思った瞬間でした。(笑)

 

 

葡萄溝風景区のチケットセンターまで、市内中心から少し離れている「西域葡萄庄園」からは10分弱でした。

駐車場から彼氏さんと二人、チケットセンターへ。

彼女さんは暑いということで車に残りました。

☟がチケットセンター内部の様子です。

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ここに入るにも、安全検査があります。

すごく広いロビーでしたが、シーズン前のせいか、時間帯のせいか?

殆ど人はいませんでした。

 

ここの窓口、スマホでの決済ができませんでした。

Wechatもアリペイもダメ。

現金かカード払いのみ。

どちらも持っていなかった彼氏さん、大慌て!

私は貴重品一式肌身離さず持ち歩いているので、出発前に用意した現金とカードがあります。

ここは現金を温存して、カードで3人分を支払いました。

1人75元。(1元=16円換算で、1,200円です)

二人の代金150元は、私の車代50元を差し引いて、Wechatで返金してくれました。

 

☟これがチケット。揺れる車内で撮影。

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一人一枚ではなく、一緒に購入した人数と合計額が記載されたチケット1枚だけ。

二人の旅行記念になるはずだから、私は写真にして持ち帰り。(*^-^*)

これって紙の節約、エコ活動なんでしょうか???(笑)

 

  

葡萄溝風景区はトルファン市の北東11km、南北約8km、東西約2km、火焔山の西にある峡谷です。

2007年5月8日、国家5A級観光景区に認定。

今年の2018年4月13日には、「神奇西北100景(神秘の西北百景)」に選出されました。

 

縦に長い観光地なので、スクショをつぎはぎして全体を表現!v(^o^)/

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見学したのは3か所です。

1.葡萄遊楽園

2.達瓦孜民俗風情園【※ダワズ(達瓦孜):新疆に伝わる空中綱渡り術】

3.阿凡提風情園【※エペンディ(阿凡提):ウイグルやカザフ等少数民族の、伝承中の機知にたけた人物】

 

チケットセンターを出発後、私たちを乗せた車は一路北へ。

葡萄溝で一番奥まった場所にある「葡萄遊楽園」へ向かいました。

 

1.葡萄遊楽園

園内に入り、正面に延びる、この回廊を進みます!(*^-^*)

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☝の左脇に設置されていた案内図を拡大しました。☟

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日本語でも書かれています。(^_^)/

 

団体さんが現地ガイドさんを雇っていました。☟

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写りが小さく見辛いですが、現地の風景には、現地の民族衣装がよく似合いますネ!

 

少し進むと、無料の休憩撮影ポイントを発見!☟

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彼女さんと二人、写真をお互いに撮り合いました。

 

更に少し進むと、葡萄のフレッシュジュースの販売が!

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熟した葡萄はやっぱり粒が大きい!

ここでしか飲めない、本場の搾りたて!!

飲まなかったら後悔する~~~!!!

しかも、1杯10元、1元16円でたったの160円~~~~!!!!

で、買ったジュースはこちら!👇(*^-^*)👇

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表面泡立ち過ぎて、ジュースがどんな色だかさっぱり分かりませんね。(笑)

味は、「甘さ > 酸っぱさ」のバランスがばっちりで、とても美味しかったデス。

ほぼ、一気飲みでした。(#^.^#)

 

この観光ポイントには、民俗建築の紹介もありました。

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室内の展示を見終え、外へ出て坂を上ると・・・・・・。☟

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前方に葡萄乾燥庫が見えました。☝

その横にず~~~っと連なっているのは火焔山!

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なので、ここにも「火焔山」の記念碑が!☟

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2000年8月に一度火焔山には行っているので、今回はパスするつもりでした。

でも、葡萄溝に来たおかげで、火焔山にこんなに接近できました。(^^)v

 

葡萄遊楽園の観光は以上で終わりです。

☟は出入り口の様子。

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入る時、ここでチケット以外に、安全検査を受けました。

このゲートの外側、ドライフルーツを販売するお店がずら~~~っと並んでいます。

 

再び車に乗り、来た道を引き返しながら二番目のポイントへ向かいます。(^o^)/

 

2.達瓦孜民俗風情園【※ダワズ(達瓦孜):新疆に伝わる空中綱渡り術】

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ここが入り口。☝

右側、写真に写っていない場所でチケットを提示し・・・・・・、以下略。(笑)

 

ここにも、日本語が併記されています!

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「ダワス観光地」

最初見た時は「ダクス」に見えました。(笑)

ちなみに、私はこの観光ポイントの冒頭で「ダワズ」と記載しています。

「孜」の発音が「zi」で日本語の発音の「ズ」に近いことと、「人民中国インターネット版(日本語)」の記事で「ダワズ」と紹介されていたからです。

(参考)

多様化する北京五輪後の「鳥の巣」活用法_人民中国

「千万人を超えた「鳥の巣」詣で」の三行目

 

この「ダワズ」 、新疆に伝わる空中綱渡り術のことですが、園内で空中綱渡りを行うような場所は見かけませんでした。

シーズン前で準備されていないだけ?

何か関連するものないかな~?

百度で写真を検索したところ、こんなものが見つかりました。☟

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少なくとも、入園する際にくぐる門の上に、綱渡りをしている姿を模した人形が飾られていたようです。

左側のパラソルの上には、写真も設置されています。

シーズンになったら、復活するのかな?

 

この☝写真のおかげで、個人的に気になっていたことが解決しました。

私が撮影した門の写真には、左側の塔の窓に白っぽい人形が置かれています。

日が陰り始めた時刻に見ると、なんだか幽霊みたいで不気味でした。(^^;☟

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この人形、左腕を前に伸ばしています。

この姿勢、「百度図片」から拝借した綱渡り中の人形と同じに見えませんか?

出番が来るまで、日陰で休んでるんでしょうか?(笑)

 

門の写真でも、アーチの向こうに見えていましたが、小道の中央を水が流れて来ています。☟

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澄んだ水の流れのおかげで、少し涼しく感じます。(*^-^*)

 

傾きが大きくなり、オレンジ色っぽくなってきた太陽に照らされる葡萄トンネル。☟

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☝☟房がびっしりぶら下がってます!

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☝宝石を連ねた装飾品みたい!!

 

葡萄棚の内と外、光と影のコントラスト!☟

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ゆるく曲がりながら続くかなり長い葡萄のトンネル。☟

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その先には、小さな滝が!☟

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カレーズの渓流だそうです。

 

滝の内側から見た水飛沫!☟

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シャッタースピードを変えて撮影してみました。(#^.^#)

 

滝の反対側へ出ました。☟

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 ほとんど雨が降らない地域なのに、カレーズのおかげで水資源が豊か!

 

☟巨大ナン焼き窯。

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手前にあるのは、ナンを模した紹介板です。

高さ8メートル、直径10メートル。

ナンを焼くだけでなく、駱駝一頭、牛二頭、ヒツジ十頭を同時に焼くことができる。

一度に100人余りの人々に供することができる。

ネットで検索すると、少し古いですが2013年8月2日付の記事を見つけました。

2005年8月、「金駝吉祥」という名称の駱駝の丸焼きを作った。

炉に入れる前の駱駝の重量は300kg以上。

2007年8月には総重量400kgの牛二頭を丸焼きにした。

2010年8月、第19回シルクロード葡萄祭りでは、一度に100羽の鳥の丸焼きを作った。

巨大なナン窯は、2013年時点で連続7年「金牛祈福」・「金駝吉祥」等の美食を焼き上げることに成功している。

巨大なナン窯は世界ギネス記録にも登録された。

関心のある部分を箇条書きにしてみました。

お飾りではなく、実際に使用されているんですね!

百度を検索して、実際に催しが行われている写真を発見したので拝借しました。☟

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 第22回なので、2013年の催しです。

こういう写真を見ると、より暑くても、人が多くなっても、宿泊費が倍になっても、シーズン中に観光すべきだったかな~と言う気にさせられます。(苦笑)

 

ここから更に進むと、先ほど見た滝から流れてくる渓流に出くわしました。☟

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今度は流れ落ちてくる水を正面から見ることができました。

本当に涼しくて、ここから動きたくありませんでした。(笑)

 

青空・火焔山・葡萄棚。きれいな色合い!☟

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スポットライトを浴びているような葡萄!

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夕日を浴びるポプラと葡萄の葉!☟f:id:shanshanduohuizi:20180731214923j:plain

この光の透け加減がたまりません!

こういう光景が大好き!!!

なので・・・・・・、パソコン内には似たような写真が山のようにあります。(笑)

 

☟は駐車場にて撮影。

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夕刻になり日差しが弱まった上、薄い雲の流れ方もあって、なんとなく秋めいた雰囲気の空。

夏本番はこれからなのに、そう感じるのは、私だけでしょうか?

 

ダワズの紹介は以上です!(^o^)/

 

また車に乗って、移動。
途中、行きがけに見かけた結婚式を見学しようと彼氏さん・彼女さんは楽しみにしていました。
運転手さん曰く、少数民族は通りすがりの人でも、今も昔と変わらず、慶事を一緒に喜んでくれるなら誰でも歓迎してくれるとのこと。
でも残念、宴会は既に終了していました。(◞‸◟)

 

渓流に沿って、夕日を浴びながら、最終観光ポイント「阿凡提(エペンディ)風情園へ。☟

3.阿凡提風情園

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日もかなり傾き、風もあって、少しずつ涼しくなってきました。

この門でも、もれなく安全検査を受けます。

 

ここでも気になったのが、「ダワズ」の時同様、日本語の表記。

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初見では、「エペンディ」とは読めないと思うのですが?

とても躍動感あるカタカナです。(笑)

 

阿凡提(エペンディ)とは、ウイグルやカザフ等少数民族の伝承に登場する、機知にたけた人物のことです。

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でも、ウイグルやカザフ等の少数民族だけでなく、漢民族の間でもとても有名!

☟はエペンディと彼のロバ。

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一緒に見学している二人も、子供の頃、エペンディの物語が大好きだったと言っていました。

2000年8月に新疆に来た時、途中から同行させてもらった漢民族姉弟も、私にエペンディの物語を聞かせてくれました。

残念だったのは、当時の私はまだやっと留学1年目が終わったばかり。

基本的なことを聞き取るのがやっとでした。

記憶できたのはエペンディの名前と、頭のいい人だったということだけ。(T_T)

よって、18年の歳月を経て、今更ですが復習したいと思います!(#^.^#)

 

百度百科にはこう紹介されています。

【エペンディ(イスラム世界の伝説上の人物)】

西はモロッコから、東は中国新疆イスラム諸民族の間で活躍した人物。貧しい人々のために救いを求め、権力者が貧しい人々から搾取するのを阻み、モンゴルが西へ進攻するのを阻んだ。

中央アジア・新疆の伝説ではエペンディと呼ばれ、西アジア一帯では「ナスレッディン」または「ナスロッディーン」と呼ばれる。異なる地域の伝説では、「ホージャ」・「モッラー」・「エペンディ」等の肩書で呼ばれている。

 

【世界のエペンディ】

エペンディの実在性、活動した地域、生年月日はどれも不確かである。一般的な推測によると、エペンディはおそらく11世紀から14世紀の間のある時期に、ペルシャもしくはアナトリアで活躍していたと言われている。今日、トルコのアクシェヒルにある霊廟がエペンディの墓だと言われている。また、ウズベキスタンのブハラにも、背の低いロバに後ろ向きに乗った中年男性の姿をした彼の像がある。アゼルバイジャンの首都バクーやイランのタブリーズでも、エペンディの名で書かれた旅行記が発見されたという。

トルファンのエペンディ】

新疆トルファンの人々は、この楽観的で、ユーモアがあって、機知に富んだ民族の偉人が、葡萄溝の南部、達甫散蓋村と呼ばれる古い村落の生まれだと信じて疑わない。エペンディの旧居にある石碑に書かれた紹介から、エペンディの生年月日は1777年6月5日、逝去したのは1876年6月5日、享年100歳であったことが分かる。

※石碑では、享年99歳。普通に計算しても、99歳だと思うのですが・・・・・・。☟

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引き続き、百度百科の紹介を!\(^o^)/

エペンディは貧しい農民の家に生まれ、6歳で私立小学校を卒業、11歳からクルアーンを学び始め、17歳でアラビア語の書籍の翻訳を行うことができた。当時、トルファン王、金持ち、豪商、宗教関係者の庶民に対する詐欺による生活の圧迫や残酷な搾取の数々により、人々は塗炭の苦しみを味合わされていた。エペンディは人々の境遇に深く同情し、搾取する者への激しい不満が生まれた。そこで勇敢に立ち上がり腐敗した勢力と戦った。エペンディは自身の知恵・鋭い言語により、ユーモア溢れる笑いの中で、地主や金持ちを無情に風刺することで、人々のために正義を広めた。

 

こうして調べると、面白いのは風刺を効かせたエペンディ作の物語であって、本人は腐敗した社会との厳しい戦いの中に身を投じていたんですね。

百度百科を訳すにあたり、以下のサイトを参考にさせていただきました。

情報が少ない中、とても役立ちました!

ありがとうございました。\(^o^)/

ナスレッディン・ホジャ - Wikiwand

阿凡提(伊斯兰世界传说人物)_百度百科

 

 

前置きが長くなってしまいました。m(_ _)m

葡萄棚の下を通って、エペンディの旧居へ向かいましょう!☟(*^▽^*)

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エペンディの旧居。☟

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この扉の横に、上述した石碑(石板?)がありました。

 

家屋の様子。☟

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☟同じ敷地内にあった土産物屋さん。(笑)

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葡萄溝なので、またよく似た構図の葡萄の写真。(笑)

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この後、交河故城へ日没を見に行かねばなりません。

☝の太陽の傾き方を見ても、少々急がないと間に合わないかも?

ということで、葡萄溝の遊覧はここまでとなりました。

 

 

葡萄溝から交河故城へ移動中。

既に北京時間20時半、現地時間の18時半です。

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気象アプリによれば、この日、トルファンの日没は北京時間21時46分。

後1時間くらいです。

シルクロードの夕焼け。

しかも宿泊先の周囲のような市内ではなく、自然に囲まれた郊外。

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私の場合、この場にいられるだけで十分幸せを感じられます。(#^.^#)

 

 

北京時間20時50分、交河故城のサービスセンター前に到着。☟

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当然ながら2000年8月にはこのような建物はありませんでした。

ここはどこ???な感じです。(笑)

 

☝の写真の右側に設置されていた紹介。☟

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【交河故城大遺跡景区紹介】(一部のみ訳します)

大遺跡景区は、観光サービスセンター・古村・情人谷(雅爾湖景区)・交河故城の四部分から構成され、交河の遊覧・俯瞰の基盤なっている。

観光サービスセンター:建築面積3,990㎡。サービスセンター内には文化回廊・交河の文物歴史展・交河の歴史短編放映・展望台・交河を再現する3D映画館・レストラン等がる。

古村:大型の民俗テーマ博物院。

情人谷(雅爾湖景区):交河故城の高台を囲む河と道のエリア。『漢書・西域伝』に記載された『車師前国の国王は交河を治めた。河の水が故城を分け』に登場する二本の河が形成する古城・山水・植生による観光エリア。

交河故城は紀元前2世紀から紀元5世紀にかけて、車師人が創始し建造。西域三十六城郭の一つ、車師前国の都。南北朝及び唐の時代に最盛期を迎え、9世紀から14世紀にかけ戦が続き、交河故城は次第に衰退していった。

【参考】

交河故城 - Wikipedia

 

そいれでは、観光サービスセンターへ入ります。☟\(^o^)/

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紹介看板を撮影しただけで、読んでいなかった私。

「 ここで安全検査を受けて中に入れば、すぐにチケット売り場があって、建物を出ればすぐに故城に入れる!」

そう安易に考えていました。

ところが・・・・・・。☟

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紹介の看板にあったように、この観光サービスセンター、とっても広いんです。

チケット売り場の手前には☝のような展示空間が。

 

辿り着いたチケット売り場。☟

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故城の入場料は70元(1元=16円換算で、1,120円)。

「交河古村」は別料金35元。

時間がないので、これはパス。

更に、「観光区間車(観光区内移動車)」が30元。

状況はよくわかりませんでしたが、三人で相談し、歩くことにしました。

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チケット、葡萄溝とまったく同じ様式。☟(笑)

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トルファンのチケット、もしや市内統一?

これ以上チケットの必要な観光地には行かなかったので、確認できないのが残念。(笑)

チケット売り場の側に自動改札機のような設備があったのですが、それは稼働していませんでした。

時間が遅くて、既に停止でしょうか?

 

これですぐ外に出られるのかと思うと、またしても胸像などが並んだ空間が。☟

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やっと外に出たと思えば、広大な駐車場があり・・・・・・、先が長そう。(ーー;)

 

場所をご説明するために、あの日、これまた撮影はしていたけれど、役立てることができなかったレイアウト図を貼りますネ。

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あの日、このレイアウト図の存在を思い出していたら、状況は変わっていたでしょうか?

  

道路に出て、しばらく歩いた頃の景色がこちら。☟(写真①)

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新疆の民俗と交河の歴史文化を見ることができる「交河古村」。☟

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写真②☟

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道の左手には、きっと昔から変わっていない風景が広がっている~~~。

この景色を見るのは楽しいのですが、私の頭の中は???でいっぱいでした。


2000年8月、私は2回、交河故城の入り口まで来たことがあります。
1回目は、昼間参加していたツアーで。
その時はあまりの暑さに中に入るのを諦め、出入り口側の木陰で他の参加者が出てくるのを待っていました。
2回目は、翌日の夕刻。
やっぱり中を見たくなり、一人でロバ車をチャーターし、のんびり道路の中央を進んで、日の入り少し前にやって来ました。
その時はどちらも、入り口のすぐ側まで連れて来てもらえたのに。

今は故城以外の施設と一体化していて、故城本体の入り口が遠すぎです。

だから、移動用のバッテリーカーを有料提供してるんですね。

それくらい、チケット代に含めて欲しい・・・・・・。

どこまで歩けば、18年前の入り口に辿り着けるんだろう???(T_T)

 

 正面には、今にも谷間に沈もうとする夕日。☟(写真③)

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☟写真④。坂を下って来たので、太陽が見えなくなってしまいました。(T_T)

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ここは写真④の撮影ポイント。☝

運転手さんが教えてくれた、綺麗な夕日が見えるという「情人谷(Lover Valley)」の入り口。

実はここが、運命の分かれ目でした。

右に行けば、情人谷へ。

ほんの少し直進すれば、故城本体への登り坂。

薄暗くはあったけれど、このほんの少し前方の地形に見覚えがありました。

その時は地図で確認していないので自信がない上、二人の目的は最初から「情人谷」で夕焼けを撮影すること。

私はオマケの存在なので、自己主張してはいけません。

それに、なんとなく、夕日が一番きれいに見えるところと言うのは、最終的に高台にあがるんじゃないかと思っていたんです。

谷間からより、高台からの方がよく見えるじゃありませんか?

そんな希望的観測を抱いていた私と、ここまで来たら何としても夕焼けを撮りたいという二人は、川沿いを果敢に前進しました。(薄いピンクのライン)

 

その時の写真です。☟

夕焼けと、せめて故城の側面だけでも写っている写真を選抜しました。(笑)

奥へ前進中、来た道を振り返って。右手に故城が見えています。☟

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交河故城と呼ばれる由来の、故城を取り囲んで交差する河の内の一つ。☟(前進中、進行方向)

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 2000年の夏は、沈む夕日に向かって高台にある故城内を進みながら、下を流れる川を見下ろしていました。

美しい風景だな~と、感嘆しながら。

今回は、その逆。

下から上を仰ぎ見て・・・・・・、嘆息。

さすがに、今から故城に入るには、時間遅すぎ。

夕焼けを背景に、薄赤く染められた土煉瓦の遺跡。

その中を散策するという当初の計画は、諦めるしかなさそうです。

でも、2000年の夏に疑問に感じた「こんな垂直に切り立った高台から、どこを通ったらあの河べりまで行くことができるんだろう?」の回答はGetできました。(笑)

 

この辺りまで来て、二人もついに前進を断念。

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引き返しています。☟

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河の対岸では、時折、近辺に住む人々の姿を見掛けました。

河岸に上がるとそこは木々に覆われているのですが、その隙間から、屋外で夕食をとっているらしき明かりがチラホラ。

私、朝、チェックイン時にいただいた朝食以降、水分以外何も口にしていなかったんです。

宿泊している場所の周辺、到着時の記憶では食事ができるところがありませんでした。

あったとしても、敷地内から出るのが面倒?(笑)

葡萄溝で食事とかするのかな?と思っていたら、二人は出発前に軽く食べていたそうで、ここまで食事休憩なし。

 

対岸の明かりに、胃袋が激しく刺激されました。(笑)

 

二人の交河故城に対する感想は・・・・・・、70元の価値なし。

それは、故城部分が見れなかったからではありません。

彼氏さん曰く、「故城の古い崩れかけた建築物を見ても意味がない」だそう。

不満の原因は、彼女と一緒にロマンティックな夕焼けを見られなかったことに尽きるようです。

前日、トルファンでは少し雨が降ったそうで、「宿泊している「西域葡萄庄園」から撮った夕焼けの方がよっぽど綺麗!」と連呼していました。

旅行の目的が違うので、この見解の相違は致し方ありません。

二人にとっては、旅の想い出作りが最優先なのです。(笑)

 

見解の相違と言えば、他にもありました。

青海省で今非常に人気の高い観光スポット「茶卡(チャカ)塩湖」が気に入ったようで、「すごく良かった、あそこは行くべきだ!」と彼氏さんは力説。

カシュガルで出会ったTさんも、ちょうど青海省に移動していて、現地で色んな方から勧められたからと、「茶卡(チャカ)塩湖」行かれました。

でも、彼女の感想は、観光地化しすぎ。

 

私も含め、日本人はどちらかというと、名所旧跡にはよけいな手を加えず、現状維持のメンテナンスのみ行って欲しい。

その周辺についても、名所旧跡の雰囲気を損ねて欲しくないと思っているのではないでしょうか?

しかし、人口の多い中国では、名所旧跡の周囲をアミューズメントパークのように開発し、名所旧跡だけでは収容しきれない観光客を満足させなければ観光業が成り立たないのかな~?と考えてみたり。

理解はできるのですが、納得できるかどうかは・・・・・・、開発の仕方次第です。

 

 

交河故城からの帰り道、運転手さんから聞いた話を2点ご紹介しますネ。(*^▽^*)

 

トルファンでは、目につきやすい公共の場(主に広場や公園のようです)で、少数民族の人たちは3人以上で行動してはいけないそうです。

過去の経緯もあり、集団でいると何か企んでいると見なされるとか。

そして、それを取り締まるのは主に少数民族の警官。

これを聞いた彼氏さん、

「それでは、あまりにも本来この場所の住民である少数民族が気の毒じゃないのか?

自分がその立場だったら、不愉快になる。友人と集まって食事もできないのか?」

と反論。

これは、私も感じたこと。

しかし、現地で生活している漢民族の運転手さんにはまた違ったものの見方があるようで、「レストランで食事するのは問題ないが、目立つ場所での集団行動は制限されていいる。仕方ないんだ」と言葉を返していました。

 

 

二点目は、屋台について。

帰路、私たちはトルファンで一番の繁華街を通りました。

でも、賑わいはまったくなし。

よくしゃべる彼氏さん、ここでも色んな情報を披露。

「前日、他の通りも車で通ったが、何もなかった」と運転手さんに話を振ります。

運転手さん曰く、数年前から、道べりでの屋台は禁止になったそうです。

シシカバブー等の民族料理はレストランに行けば食べられると聞かされ、かなり衝撃を受けました。

目の前で焼いていて、煙と香りが漂ってなくて、何が楽しいの???

農園式宿泊施設が人気になるのも頷けます。

ホテルに宿泊していたら、屋外での楽しい雰囲気は味わえません。

街中での体験が不可能になった、新疆ならではの風情。

それを農園内で味わえるなら、少々郊外でも構わないと思いませんか?

どのみち、トルファンの観光地はほとんど郊外ですし。

特に、今は自家用車での旅行者も増えているので、駐車スペース面からも農園式スタイルが歓迎されているように思います。

 

でも、シーズン外れは農園式でも寂しいものです。☟

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この日、夕食を注文した人たちが食べていたのは、デリバリーされたもの。

声を掛けられたので、3人そろってテーブルの側へ行き、話の輪に参加。

食べ物も勧められ・・・・・・!!!

『21時以降食事はしない』って何のこと???

どうせ、カシュガルにいた時から守れていません。

既に北京時間23時直前でしたが、ありがたくいただきました!!(感涙!)

 

この席で、一人旅をしている台湾の女の子に出会いました。

この日同行させてもらった二人は、翌日、この女の子と車をシェアして火焔山へ行くことに。

朝早く出るというので、別れを述べて、部屋に戻りました。

 

7月初旬。

世界中が注目していたもの。

それはワールドカップ!

部屋に戻ると、隣の部屋からTVの実況中継が!

(※二人の部屋ではありません。反対側の部屋です。)

とても感じのイイ部屋ですが、作りはプレハブ式。

防音だけはイマイチでした。(^^;

 

 

 

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月1日(日):カシュガル4日目_民俗展示館・古城・カシュガル駅→トルファン移動

2018年7月1日(日曜日)、砂嵐。(T_T)

この日は北京時間の午後14時にチェックアウト。
それまでに古城でまだ行っていない場所を回ろうと思い、普段より早く行動開始!


当初、私は最後の観光に出かける前にチェックアウトし、荷物をホテルに預け、午後14時に取りに戻って来るつもりでした。
ちなみに、預かってもらえるのは宿泊していた別館ではなく、本館。
ところが、前日観光を終えて戻って来た時に確認すると、「其尼瓦克国際酒店」のチェックアウト時刻は、北京時間の午後14時(現地時間12時)!!
なんて好都合!
これなら観光から戻って来て、ちょっと休憩もOK!\(^o^)/

そんなわけで、普段より早く起きて、部屋のカーテンを開けると・・・・・・。☟

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夜明け前???

思わず時計を見直してしまいました。(笑)
そうではなく、強風により砂が舞い上がって、視界が遮られているんです。
白い空の真ん中より少し右に、黄色っぽい点になってしまった太陽が見えます。
前日の青空とは大違い。(T_T)

ホテル出発は北京時間午前10時。
出かける前の恒例、ホテルの玄関先で写した写真がこれ☟です。

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全くもって、心が浮き立たない・・・・・・。(T_T)

どんなに暑くても、旅行中は青空が必須。

しかも、単なる曇り空ではありません。

前日のクリーンな空気とはどこへ?

この日は本来の用途でマスク着用となりました。

☟は、本日のカシュガル駅へ向かうまでの行動ルートです。

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まず、黄色のルートで、エイティガール寺院前の広場へ出ました。

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「解放北路」の向こう側も、舞い上がった砂埃で霞んでいます。

エイティガール寺院の前を通って、側にある「民俗印象」へ。
カシュガル2日目、エイティガール寺院でチケットを買った時に案内をもらった、民俗を紹介商品てくれる場所です。

もらった案内。☟

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小さな入り口があって、そこから地下に下りました。
中に入ると直ぐに解説員さんがやって来て、見学スタート!

最初は、ウイグル族の伝統的な家屋の様子を展示した部屋へ案内してくれました。☟

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中央スペースの四辺に、それぞれの部屋があります。

「部屋」と言うと、壁で仕切られた独立空間をイメージしますが、ここではオープン。

昼間はここがリビングになり、来客があればここへ通します。

就寝時には、ここに寝具を広げるそうです。

☝の一番下の写真は、カシュガル2日目に訪れた「カシュガル地区博物館」の紹介でも登場しました。

この他、タジク族の家の様子も展示されていました。

こちらはウイグル族のお金持ちの部屋の様子。☟

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「金持ち・地位の高い人」を、地元の言葉で「巴爷:bā yé(バーイェ)」(ウイグル語・漢字表記)と呼ぶんだそうです。

和田玉の原石や、和田玉の原石が風化したり、河などの水で押し流され小さくなり、表面が滑らかになったもの・珊瑚の化石・マラカイトなどの展示もありました。

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ど真ん中の白い石が、小さく表面が滑らかになった和田玉です。
左上のシイタケの裏側のようなものは、その名もズバリ「キノコ石(蘑菇石)」。



絨毯の紹介もあります。

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☝は、上述したお金持ちの部屋の向かいの壁に掛けてありました。
かなりの大きさです。
このサイズだと、一人なら3年、二人でも2年以上かかるそうです。

実際に絨毯を織っています。☟

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パターンの細かいものは、18~20歳の娘さんが拡大鏡を使用しながら織るとか。
上述しましたが、大きなものは一人で3年かかるので、一人の女性が一生に織ることができる大作は、1枚が限度だそう。

その年齢を超えると、眼に負担の少ない図柄に取り組むそうです。

展示されている織物。☟

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☟2枚は、☝の写真のガラスケース内の展示物。

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どちらも同じ規格です。
【材 質】シルク
【サイズ】1×1.5インチ
【織り方】経緯双糸、逆八の字結び
【密 度】1200L
綺麗だな~~~。(*^-^*)

と、ここまでは展示だったんですが・・・・・・。

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☝次のスペースから、絨毯の販売が始まりました。(笑)

 

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壁に掛けてあった大作のミニチュア版もあります。☝

四辺の縁には各種楽器とモスク(?)。

中央に描かれている人物は、それぞれ弦楽器・管楽器・打楽器を演奏しています。

最前列、左から二番目の人は歌い手でしょうか?

この人物だけ、何も持っていません。

その左右に、両手に鈴とカスタネットのようなものを持っている人物が二人。

歌い手と合わせて三人、すごく躍動的!

全身を使って音楽を表現中!!

この中で楽器名が分かるのは一つだけ。

カシュガル地区博物館」でピンポイントで記憶した楽器、「卡伦琴(Ka lun)」。☟

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狩りをしている図案には人物も描かれていますが、これほど人物中心の図案は珍しいような気がします。

展示コーナーに単独で壁に掛けてあり、説明があるくらいなので、これも人気のある伝統的な図案なんでしょうね。



更に玉製品の販売も!☟

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ガラスケースの中に、ウン千元する玉の装飾品が並んでいます。
その他民芸品やお茶葉もありました。
ここの店長さんとWechatを交換していたおかげで、「アスラン・ハーン」のお墓に関する情報を教えていただくことができました。<(_ _)>

見学を終え帰る時は、また地上一階に戻らなければなりません。
上がるとそこは、広~い玉製品売り場でした。(笑)

地上一階にあった入り口の隣は、玉製品売り場だったんですね。

入る時は気付きませんでした。

展示や実演を見て、その後購入を誘う。

地元にお金が落ちるように、ちゃんとルートが考慮されていました。(笑)



外に出て、「解放北路」を渡ろうと広場を移動中、鳩の群れが飛んで来ました。☟

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写真を撮っている時は遠方を見ていて気付かなかったんですが・・・・・・。

写真を左右に分けたとすると、右半分の真ん中辺り。
一羽、結構間近に迫って来ていました。(笑)

北京時間11時15分頃。

ここから、ピンクのルートで移動します。☟

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「欧爾達希克路」に入って、前日ザクロジュースを飲んだ辺りを通り過ぎると・・・・・・。

両側に野菜市が!☟

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前日の様子。☟

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野菜、もう、ほぼ撤去されていますネ。

前日ここを通った時は、単に「まだシーズンじゃないから、お店が全部出きっていないのかな?」と思っていました。(笑)

 

ここの写真を撮っている時、後方(解放北路方向)から清掃車両がやって来ました!

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「欧爾達希克路」にやって来たのには目的があります。

前日ナンを買った店で、もう一度ナンを買うこと!

「違う種類のナン、また買いに来ます!」

前日の自分の言葉が引っかかっていたんです。

お店の人は気にしていないと思いますが、私は気になる!(笑)

それに、たった1枚しかナンを食べずにカシュガルを去るのもイヤでした。(^^;

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お店の正面から。

撮影時、わざわざフレームから外れようと気を遣ってくださったところを、「是非!」とお願いして入っていただきました。

濃い顔がタイプな私。(#^.^#)

この若者、カッコいいなあ~。

他にも、いたる所に私好みの美形発見。(笑)

 

この日買ったのは、☝の写真に写っているような縁が盛り上がっているものとは違う薄いタイプ。☟

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これもかなり大きめ。

お値段は、前日のブログにも書きましたが、3元です。

西安の回民街だと、小ぶりのもので8元、大きいものでは10元や15元と、お店によって差はありますが、やっぱり本場よりは高くなっています。

この西安の価格、去年の秋から今年の春節頃のものなので、値上がりしているかも?

今、西安は今まで以上に、非常に人気の高い観光地になっています。

回民街は週末祝祭日関係なく、いつも大勢の人でごった返してます。

その影響で、特産品のお値段が上昇傾向。(◞‸◟)

 

前日は、このお店の位置から「欧爾達希克路」を左に曲がって路地に入りました。

この日は「欧爾達希克路」を直進します!(^^)/

ピンクのルートがカーブに差し掛かったところで、こんな人たちを見掛けました。☟

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この後、ホテルに戻る時、西のメイン出入り口付近でも見かけました。

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野球バットを持って、練習に出かけているわけではありません。(笑)

カシュガルに来て2日目の昼下がり、この☝場所で、住民のみなさんが横数列に並んで棒を振っていたんです。

近くにいた警官に尋ねた所、「訓練」とのこと。

多分、自警団。

警備の厳しい新疆なので、念のために訓練の様子を撮影していいか尋ねたのですが、結果は・・・・・・。

尋ねた若手の警官では判断できず、事務室内にいた年配の警官を呼びに。

そして、いただいた答えは、NG。(^^;

しかも回答を待つ間に、訓練は終了していました。(笑)

時間的に見て、今回は訓練に行く途中と訓練解散直後の様子でしょうか?

これなら、撮影してもよかった???

 

前日同様、「欧爾達希克路」を南下し、「恰薩路」との交差点まで辿り着きました。☟

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これは前日のものを流用。(#^.^#)

 

本日は、「恰薩路」を左(西)へ!\(^o^)/

するとすぐ、観光マップにも小さく記載されている「薩吉耶(SAJIYE)経文学校」跡地に差し掛かります。☟

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「薩吉耶(SAJIYE)経文学校跡地」の説明です。☟

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「薩吉耶(SAJIYE)」は突厥語で、本来の意味は「頭髪」であったが、原義が拡大され「高尚な」・「高級な」となり、アラビア語の「麦徳莱賽(MAYDELAISAI)」と組み合わされ、「宗教大学」・「高等経文学校」という意味を持つようになった。

カラハン朝時代、カシュガルは王朝政治・経済及びイスラム学術文化の中心として、いくつものイスラム寺院・宗教学校・図書館等を建設した。「薩吉耶(SAJIYE)経文学校」はこの間の最も早い時期に建造された、最も著名な宗教学校の一校である。カラハン朝の宗教文化の中心及び最高学府として、「薩吉耶(SAJIYE)経文学校」は新疆地区のために大勢のイスラム教教職員・学者・天文学者を育成した。玉素甫・哈斯・哈吉甫(ユースフ・ハーッス・ハージブ)や馬哈茂徳・喀什噶里(マフムード・カーシュガリー)等の著名な学者や思想家はみな、かつてこの学校で学問に励んだ。

 

※ユースフ・ハーッス・ハージブについて、関心があればことらもどうぞ。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月29日(金):カシュガル2日目 (1)エイティガールモスク・ユースフ・ハーッス・ハージブ墓・アスラン・ハーン墓※7/24アスラン・ハーン情報追加 - せいあん!

 

柵の中の様子です。☟

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スクーターが目立ちますネ。(笑)

 

引き続き、「恰薩路」を前進します!(*^▽^*)

観光マップ上のピンクのルートが右へ折れ曲がる場所の手前までやって来ました。

正面左に、白い壁とドームを持つ、周囲とは様式が異なる建物があります。☟

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 なんだろう???と近寄っていくと・・・・・・。☟

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青色の壁の部分に、上から「カシュガルイスラム教協会」・「経文進修学校」と記されていました。

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この「協会・学校」と「恰薩路」で向かい合っている建物の方を見ると!

わあ~、とっても雰囲気のある路地ではありませんか!!!\(~o~)/☟

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この雰囲気、場所はもう覚えていませんが、2000年夏に来た時に歩いた古城住宅街とよく似ています。

観光地化された古城は、あちこち手直しされています。

百度地図で一部の通りの実風景を見ることができますが、その撮影時、ちょうど改装を行っている場所もありました。

実際、使われている建築資材が新しそう。

なので、昔見た、通った場所が「ここだ!」ということはないと思いますが、路地の上に家があって、トンネルのようになっている景色は昔と同じです。

最終日、最後のチャンス。

ここに辿り着けて、本当に良かった~~~!!!(*^-^*)v

 

この下を通らずに帰るわけにはいきません!

右折して、路地を直進!

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入り口の雰囲気だけでなく、途中の壁の感じも見覚えがあります。

伝統的な建物なので、似通っているだけなんですよね???

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トンネル状態になっている部分の上は、確か通路だったような記憶が。

昔は二階に上がって見学しました。

少しずつ思い出してきた~~~!!!\(~o~)/

路地入り口の左側に、扉の付いていない建物があります。

もしかしたら、上に登る階段があったのかも?

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もう少し進むと左手に広場があって、子供たちがボール遊びをしていました。

そこで右折して、直進中。☟

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正面、砂埃に霞んで、タワーがうっすら見えています。

その下の突き当りを左へ。☟

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まっすぐ、まっすぐ進むと~~~、なんと!!!

ナン屋さんの側へ出てきました!(笑)☟

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このまま「欧爾達希克路」をエイティガール寺院の方へ戻っても良かったのですが、まだ時間があるし、行ってみたい場所も残っていました。

下の観光マップで、青い楕円で囲んだ部分です。☟

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 広めな道から行くのでは、少々遠回り。

この古城を攻略できたことにするために、細い路地を制覇するぞ!!!(^o^)/

 

そう意気込んで、青いルートで探検スタート!

既に路地に入っています。☟

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お~~~、行き止まり?☟

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よそ様のお宅の玄関前まで接近すると、左右に小道がありました。

少し広めな右を選択したのですが、少し広い空き地の一番奥にも民家の玄関。

どこにも抜けられそうにありません。

数軒の民家の共有スペースのような空き地に、ちょうどスクーターを動かそうとしていた人がいたので道を尋ねると・・・・・・。

 

「行き止まり!!!」

 

先の進み方を教えてくださったんですが、お粗末な記憶力の私には覚えきれません!

だって・・・・・・、曲がって、曲がって、曲がって・・・・・・。

一方向じゃないので、すぐに脳が覚えるのを放棄。

スマホを見ると、時間もそろそろ厳しくなっています。

念のため、左側の路地を覗いてみましたが、そちらも民家のドアに直結していました。

仕方がないので、せめてもう一度、あのトンネル路地を見て帰ろうと、さっき通った道に再トライ!

 

トンネル路地と、「協会・学校」の間を通りすぎて、東のメイン出入り口から続いてきている「阿熱亜路」へ到着!!

観光マップでは、左手(南東方向)☟は道路が黄色に着色されている、賑やかなバザールがある区間

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時間帯のせいか、あまり人影がありません。

 

エイティガール寺院の方へ戻らないといけないので、私は右手(北西方向)へ曲がりました。☟

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☟は☝の写真の向かい側です。

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☝の写真の一番奥に写っている建物。☟

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歩道の整備中?

 

更に前進すると、両側にはお土産物屋さんがずら~っと並んでいました。☟

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ついに、まっすぐ進めば、エイティガール寺院がチラッと見える、「欧爾達希克路」に到着です!\(^o^)/☟

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赤い提灯の下にいる三人組が分かりますか?

真ん中に、白いワンピースを着て、青色のスカーフを頭に巻いた女性がいます。

彼女たちが立っていたのは、イチジクを売っている場所の側。☟

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三人は、白いワンピースの女性と、彼女が持っている「いちじく」と「ザクロ」を撮影していました。

そこへ出くわした私。

厚かましく、「私にも写させてください!」と撮影に飛び入り。

ノリのいいこの女性、ポーズをとってくださいました。

ご協力、ありがとうございます!!!(*^▽^*)

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大バザールで、このくらいの色合いのスカーフを買っておけば、現地での使用だけでなく、他にも使い道があっただろうに・・・・・・。

この女性の着こなし、ステキだな~。

うう・・・・・・、また、思い残しが・・・・・・。

 

しかも!!!!

このブログを書いていて、大変ショックな発見をしました。(T_T)

☟をご覧ください。

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少し前の文章で「道路が黄色に着色されている、賑やかなバザールがある区間」と表現しました。

この時初めて、「黄色に着色」の意図について考えたという・・・・・・。

そして、右上の標識の説明を見てドン底に⤵⤵⤵。

黄色で塗られたところが、カシュガルの特色を見ることができる通りや路地だったんです~~~~~~!!!!!(号泣)

私、こんなに細かくブログを書いたのに、見るべきところを見学したのは、ピンクで囲んだ部分だけだったんです。(T_T)(T_T)(T_T)

準備期間もなく、突然思い立ってやって来た上、おっちょこちょいで色んな情報を見落とした結果です。

はあ~~~、スカーフだけでなく、古城内にも未練が残ってしまいました。(◞‸◟)

 

でも、4日間歩き回った場所全て、とても綺麗で想い出に残っています。

だから、失敗ではないのです!!(力説!!!)

でも、最初に黄色表示に気付いていたら、ぜったいそこから攻めていただろうなぁ。

 

カシュガル、すごく好きな街。

また来たい!

でも、そんなに簡単に来られるほど、近くない街・・・・・・。

どうしようかな~~~~~。(笑)

 

さて、気を取り直して。(#^.^#)

「解放北路」を渡って、ホテルへ戻りましょう!

時刻は既に北京時間の12時半です。

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何度も何度もアップするけれど、やっぱりエイティガール寺院はカシュガルの象徴。

はてなブログの今月のファイル利用容量にもまだ余裕があるし、たくさん載せちゃいます!

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☝、緑の辺りの地下に、この日、一番に見学した「民俗印象」があります。

 

空がかなり明るくなってきました。

広場の外縁に設置されている駱駝の隊商のブロンズ像にも影ができています。

これまで撮影していなかったので、最後の記念に!

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ホテルに戻りながら、足元のマンホールの蓋が気になりました。☟(#^.^#)

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左:自来水(水道水)

中央:「カシュガル老城」としか書かれていません。

右:下水 

水道水と下水の蓋には、「古城カシュガルへようこそ!」の一句もあります。(*^-^*)

 

そして、何度となく通ったパン屋さんの前の道。☟

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この日の昼は、パン屋さんのすぐ手前にあって気になっていた、クレープ屋さんに立ち寄りました。

売られているのは、こちら。☟

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側に置いてある砂糖をまぶして、袋に入れてくれます。

中はカスタードクリームかな~???(希望!)

 

実物はこちら!☟

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①~③は、私が食べた順番です。

②、一口、齧りました。

齧ったものをお見せし、失礼いたします。<(_ _)>

まだ、味が分かりません。

外側に付いている砂糖の甘味だけ。

カスタードクリームは後ろの方に偏っているのでしょうか?

③、ニ口、三口、「何か出て来た!う、脂っこい!これ、羊肉!!!」

外は甘く、内は脂っこい・・・・・・。

見かけにすっかり騙されました。(笑)

1個、2.5元(1元=16円換算で40円)です。

漢字表記がなかったので、何と言う食べ物なのか、名前は分かりません。(^^;

 

 

北京時間14時、ホテル、チェックアウト完了!! 

紫のルートで、エイティガール広場の側にある市内バス㉘のバス停まで行きます。

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途中、二回食事したレストランの前を通り、ソフトクリーム屋さんへ。

最後にもう一回、食べたい!!(#^.^#)

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朝、撮影したのでどんよりとした空。☟

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外に置かれたテーブルについたお客さん、結構います。

 

☟はホテルへ戻る前。明るくなりました!(^_^)/

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最後の最後。バス停に行く前に立ち寄った時は、とても民族色豊かなお客さんが集まっていました。☟

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真ん中、赤い服の女性が店長さん。

左、緑の中山服(?)を着ているのは、キルギス族のおじさん(おじいさん?)。

話しかけてくださって、自己申告してくださいました。(#^.^#)

右、髭も上着も白く、民族帽をかぶっているのはウイグル族のおじいさん。

キルギス族のおじさんが会話の内容を通訳していました。

後ろに二人、外で食べていたお客さんもいます。

私が自撮り棒で撮ったので、変な位置にパラソルのポールが来てしまいました。(^^;

そして、マスク・サングラスなしの私のドアップはカット。

腕だけ参加。(笑)

 

キルギス族のおじさん、毛首席を敬愛されているようで、わざわざバッチと星を取り出し、ポーズを決めて、「写真を撮れ」と一言。☟

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おじさん、写真が欲しいわけではないので、「俺の雄姿を持って帰れ」ということでしょうか?

私に否やはございません!

鋭い目線をカメラに向ける渋いおじさん。

目力が強~い。

とてもかっこいい!!

その前に並んだヨーグルトとレモン型ケーキ。

渋さと甘さの対比が絶妙!

このおじさんの雰囲気なら、側にあるのは水たばこの方が似合いそうですモン。

右上は、小さくて読めないかも知れませんが、このお店のメニューです。(^^;

そして、最後のソフトクリーム!

今日は入れ物が紙コップではなく、ガラスコップ。

本当においしかったデス。\(^o^)/

 

そして、いよいよ旅立ちの瞬間・・・・・・。

ブルーが基調のモスクが多い中、このエイティガール寺院はクリーム色。

2000年8月、初めて見た時は正直、「なんじゃこりゃ?」な印象でした。

でも、18年ぶりに見学して、周囲の大いなる変化とは裏腹に、昔の面影をしっかり留めていてくれたエイティガール寺院。

懐かしさが加味されて、今では忘れがたい存在となりました。

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手前の青と白のガードレール。

もう広場内に入る時間はない。

路線バスに乗るため、「解放北路」の歩道を通っている自分を表現しているつもり。

 

2000年夏に来た時は、市内にいない日もあったり、市内にいても知り合いの車で移動だったり。

カシュガル市内を自分の足で歩くことが少なく、それが悔やまれました。

その分を取り戻すべく、今回はしっかり歩いたゾ~~~!!!

 

さようなら、カシュガル。(T_T)

大満足、すっごく楽しかったよ!!\(^o^)/

 

 

さあ、路線バス㉘に乗って、カシュガル駅へ!f:id:shanshanduohuizi:20180730174539j:plain

ここで、マイチェア持参でバスを待ち、バスが来たら折りたたんで乗り込むおじいさんを見掛けました。(*^-^*)

 

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エイティガール寺院前からだと、25分弱かかります。

途中、東湖公園の遥か手前、まだ「解放北路」を南下中のこと。

後ろのウイグル族のお客さんが、「あれを撮って」(動作で理解)と何度も言うので、とりあえず、めぼしいものを撮っていたんです。

でも、「違う、それじゃないよ」を繰り返すばかり。

戸惑う私。

そして、「解放北路」を左折したとたん!

「あれ!あれ!」と指さしたのが、これです。☟

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カシュガル市都市計画展示館~~~!

カシュガル2日目(1)でも書いたエピソード。

「数日前に、何枚も撮りましたよ」と言ったのが伝わったかどうか?

後ろの席の女性は、駅より少し手前で下車していきました。

 

現在、㉘路線バスはカシュガル駅の敷地内までは行かず、横手にバスターミナルの建物が見える辺りで下ろされます。

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その後、どう行けばいいのか???

ウロウロして地下道を下りようとしていたら、そこを上がって来た女子二人連れが、

「駅ならこっちじゃないよ。一緒に行こう!」

と声をかけてくれました。

でも、彼女たちもよく分かっていないようで、進入禁止の表示がある、フェンスで封鎖された方へと迷走。(笑)

実際には、下りた場所から進行方向へ真っ直ぐ行けば、「駅入り口(火车站进口)」の標識を発見できます。☟

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左の木の側にある、青い看板がそれです。

矢印に従って、右折すると・・・・・・。☟

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駅舎と安全検査施設がありました。

 

☟は、安全検査を行う建物を、側面から写したものです。

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正面から撮影すると、注意を受けるかと思って。(笑)

 

ここで余談ですが、一言。

このブログ、中国国内ではアク禁対象になっているようです。

一つ前のブログに登場したTさんから「ブログを読んでみたい」と連絡をいただき、WechatでURLを送信しました。

当然、TさんはWechat上から開こうとされます。

すると、「このページは今後アクセスできなくなります」の画面が出現。

驚かれたTさんから連絡をいただき、私の知る所となりました。

 

実は「アク禁」、私の知っている限り、2回目です。

今回、警備の厳しい新疆の空港などを掲載しているので、引っかかるんじゃないかな?とは思っていました。

2回目なので、もう驚きませんし、焦りません。(笑)

前回と違って、思い当たる箇所が1箇所じゃないので、修正するのも大変。

そもそも、日本語で書いているブログなので、中国国内で閲覧できなくてもそれほど影響ないと思います。

それに・・・・・・、アクセス数、そんなに多くないですから・・・・・・。(^^;

こんな知り合いレベルしか閲覧していない小さなブログさえ、漏れなくチェックしている中国政府の監視力に、敬意を表したくなるくらい。(笑)

そんな中、読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。(*^-^*)

 

では、本題に戻ります!(^^)/

安全検査を終えて、日差しを遮るもののない、駐車場だった場所の側を通って延々と歩き、折り返して柵の内側を更に駅舎入り口に向かって進みます。☟

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2000年8月にも見た駅舎。

1999年にできたばかりの新しい駅でした。

あの年代、中国の他地方で目にした駅とは違い、とっても斬新な印象。

周囲はまだ閑散としていた記憶が。

当然、手前の白い柵などなく、駅舎のすぐ側でタクシーが利用客を待っていました。

 

当時、私はウルムチカシュガルの移動のみ寝台列車を利用。

戻りは飛行機でウルムチまで飛びました。

なので、カシュガル駅の利用は到着時のみ。

ただ、トルファンで知り合い、ウルムチカシュガルと同行させてもらった方がカナス湖へ行くというので、駅まで見送りに来ました。

なので2回この駅に来ているのですが、18年も経つと、駅舎は変わっていなくても、周囲の状況は激変です。

 

ちなみに、2000年8月、飛行機でカシュガルを去った私は、悲惨な目に遭いました。

深夜2時過ぎ出発だった飛行機は、雷雲発生のため明け方6時前にようやくテイクオフ。

ウルムチでの乗り継ぎに間に合わなくなると慌てましたが、そちらも遅延。

しかも午前9時半頃発だった便は、夜9時過ぎになってやっと、やっと、西安に向けて飛んでくれました。

留学1年が過ぎたばかり。

聴き取り能力も低く、空港のアナウンスを理解するのが大変でした。

 

安全検査からの長い道のりを経て(笑)、やっと駅の入り口に到着!!\(~o~)/

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☝の列に並んでいる時、ふと気付いたことが・・・・・・。

切符を発券する場所、どこ???

ボケてます!!!(^^;

 

列の前の人に尋ねて、あんな遠くまで行かないといけないことを知りました。(ーー;)☟

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はぁ、早めに来ておいてよかった。(◞‸◟)

 

切符売り場に入るにも、安全検査。(T_T)

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窓口前には少なからぬ人の列。

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しかも、なかなか前に進みません。(T_T)

ネットで事前に購入している中国人民のみなさんは、この列には並びません。

窓口の横に設置されている自動発券機で発行するからです。

ここに並んでいるのは、問い合わせをしながら、都合にあった時間帯・金額の切符を検索&発券する人々。

焦った私は最後の手段に出ました。

私は事前にネット購入しているので、窓口で注文番号とパスポートを提示すれば2分もかからず発券できます。

一番前まで行って、次の方に理由を説明し、割り込ませていただきました。

快く割り込ませてくださった方、ありがとうございました!!<(_ _)>

 

そうやって入手した切符。♡

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切符を手に駅入り口に戻り、安全検査を受けてようやく待合室へ。☟

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最近は減ってしまったという緑の車体の列車。

新疆ではまだバリバリ現役!☟

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一つ前、16時19分発車の列車、改札が始まりました。☟

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みんな列を作り、順番に3番改札口からホームへ出て行きます。

 

その人たちが出払った後、私はすかさずこの位置へ並びました。

旅行前、知り合いから聞いた話が気になっていたからです。

『以前、窓際の上にあった荷物棚はなくなっていて、トランクなどの大きな荷物は下段ベットの下に押し込むしかない』

「床、汚いじゃないですか~~~~!!!」

と反論したら、今は列車乗務員が頻繁に掃除していてきれいだから大丈夫と言われましたが、やっぱりイヤだな~。

 

少しでも早く乗り込んで、状況を把握し、最善の対処をしよう!!!

 

今こそ、1999年の留学時に身に付けた、バス・列車乗車時必須の華麗なるスタートダッシュを見せる時!\(^o^)/

でも、ここに並んでいていいんだろうか?

疑問が浮かびました。

なぜなら、切符に改札口の情報がないんです。

上の方にある切符の写真を見ていただくと分かりますが、最近乗った列車の切符には、右上に改札口情報が印刷されているんです。

でも、今回はない・・・・・・。

なぜ???

 

振り返ると、私の後ろにはこんなに人が並んでいます。☟

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並んではいないけれど、椅子に座っている人たちも、改札が始まれば立ち上がって列にって来る。

だから、ここで大丈夫!

と言い聞かせ、前方を見つめる私。

 

突然、周囲が一斉に動き出しました!

それに続いてやっとアナウンス。

正面の表示は未だに「列車チェック中」。☟

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なんと!全ての改札口が一斉に開かれ、乗客がそこへ突撃!!!

真面目に並んでいた私は、列の両脇に椅子があるため列を離脱することもできずません。

座っていた人は当然列に入ってきます。

だから全然、前に進まな~~~い!!!(゚Д゚;)

スタートダッシュ、大失敗。(T_T)

 

それでも、私が乗り込んだ時には周囲のベッドの乗客はまだ見当たらず、一安心。

しかも、あるじゃないですか、窓際の棚!!!\(^o^)/☟

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この辺りでは、一番に棚の載せることができました!☟

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背の低い私にとって棚は少し(かなり?)高く、トランクをいったん頭に載せてから押し上げようとしていると、通りかかった女性が手伝ってくださいました。

ありがとうございます!\(^o^)/

 

湯沸かし器も、記憶にあるのと同じ!

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相当古い車体のようです。

懐かしいな~。

 

北京時間16時32分。

列車は定刻発車しました。(*^-^*)

 

私はのベッドは中段。

下段は両側とも広州からの旅行客。

夫婦旅行というか、家族旅行?

他の列のベッドに、お連れの方がいらっしゃるようでした。

ご主人は高級そうな一眼レフで、車窓の風景を撮影されていました。

 

私は、スマホと10年前のコンパクトカメラを持ち替えながら、せっせと撮影。(笑)

カシュガル駅を出発して間もないころ通過した、何かの工場。☟

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厳しい自然環境の中で、頑張って生きている草木。☟

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遺跡???と思って写したけれど、あれは何だったんでしょう?(^^;☟

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小さな駅(阿图什)の手前、葡萄棚が見えて来ました。☟

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阿图什駅、17時36発車。

 

次の駅(巴楚)までの大半が高速道路と並走していました。

ここは三道班料金所。☟

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巴楚駅の少し手前。

白くなっているのは塩田?それとも塩害?☟

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巴楚駅が近くなってきました。☟

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北京時間20時08分、巴楚駅到着!

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カシュガルで乗車した際、下のベッドのご夫婦と話をしていて、外に出直して列車を撮るのを忘れていました。

巴楚駅にて補足撮影。(*^▽^*)

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外に出ると、太陽が傾いてきて、ずいぶん涼しくなっていました。

 

巴楚駅と次の駅(阿克蘇:アクス)とのちょうど中間辺り。

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地層がくっきり表れた、赤っぽい山?

北京時間20時半、撮影です。

 

この後は、顔を洗ってスキンケアをして、就寝準備。

中段の空間に座り、背中を丸め、下向きで行うスキンケア。

やりにくい~~~!!!

でも、17年過ぎても、体がコツを覚えていました。(笑)

順調に作業完了!!\(^o^)/

 

それでは、おやすみなさい!(*^-^*)

 

 

 

 

 

 

 

 

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月30日(土):カシュガル3日目_古城・高台民居・国際大バザール・茶館

2018年6月30日(土曜日)、快晴!!\(^o^)/

 

朝からすっごく晴れました!

この頃、カシュガルの日の出は北京時間の7時半頃。

日の出とともに、窓の外が眩しい!!!

そんな時間に起きていたのか???

たまたま目が覚めたんです。(笑)

寝る前に洗った洗濯物がまだ乾いていなかったので、窓枠にハンガーを引っ掛け、寝なおしました。

だって、現地時間では朝5時半なんです。(笑)

 

再び起きて、ビックリ!

洗濯物、日が当たっていた場所に引っ掛けていたものは、カリカリに乾いていました!

でも、太陽の位置が移動して、日陰になってしまっていたところでは、生乾き。

日差しの強烈さを実感!

心して日焼け対策をして出かけないと、黒焦げになりそう。

 

そして、準備を済ませてホテルの出口に立つと・・・・・・。☟

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雲一つない、澄み切った青空!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

最高~~~~!!!

 

前日のブログ、文字数が多すぎたことを反省し、今回は極力、この青い空の下に写ったカシュガルの街並みをご紹介していきたいと思います!(*^-^*)

 

この日の移動ルートはこちら。👇(*^-^*)👇

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ピンクのルートでスタート!

 

ホテルの門を出ました。

振り返ると、高々と聳えるホテル本館と青い空!☟

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この場所から、初日、色満路を登って来た方向を確認。☟

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来た時に気になったのは、夏場なのに、オレンジ色に紅葉した木の枝の装飾。

実は、カシュガル空港内でも見かけました。(笑)

☟は☝の写真の反対方向、古城入り口へ向かう側です。

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警察の車が停車しているのが見えますか?

そこが入り口です。

この時間帯は通行車両が少ないので路上を渡るのも余裕ですが、ここには地下道もあります。

 

☟は交差点。

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古城側から、向かい側を撮影。

この日の夜、向かいに延びている道を少し入った右側のお店で、蟠桃(バントウ)を買いました。

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大きいの2個を、一度に片手に載せられるくらいの大きさ。

ちょっと小ぶりです。

柔らかくて、甘くて、ジューシーで、とっても美味しい!!

3個で2.5元!(1元=16元で換算すると、40円!)

 

そして、ここが4つあるメインの入り口の一つ、「西入り口」です。☟

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あのテントがある場所で、身分証を提示します。

旅行者は提示が不要なのかもしれません。

私は最初提示しただけで、次はリュックから出そうとしていたら、警察官に動作で「通っていいよ」と示されました。

以後、古城の出入りは笑顔で会釈して通過していました。

 

入り口の先の様子。☟

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夜、この右手に並んでいる果物屋さんの中で、おばあさんが商売しているお店で桃を買おうとしたんです。

でも、重さを量りもせず、たった1個で10元を要求。

高いと言ったら、8元に値引き。

これは適正価格???量ってないんだから、適正なわけないじゃん!!

と考えていたら、通りすがりの方から助け舟が。

地元の漢民族の人かと思ったら、上海からの旅行者で、同じようにこのお店のおばあさんに吹っ掛けられたそう。

他でも果物を買っていたので、違いが分かったとのこと。

「基本的に客を騙すような人はいないけど、このおばあさんは悪質」

そうアドバイスしてくれました。

それで、道を渡った後、別のお店で蟠桃を買ったんです。

 

☝の写真、通りの左側に、案内の看板があります。

それを拡大したのが、こちら!☟

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カシュガル古城観光スポットの案内です。

ここにお役立ち情報が書かれているのでご紹介します!(*^▽^*)

  • 毎朝10時半、東門で入場儀式が行われます。(特殊な状況を除く)
  • ネット上でチケットを購入された旅行客は、イスラム寺院或いは老城記念館に入る前に、必ずエイティガール寺院側の「旅客中心」でチケットを受領してください。
  • 老城記念館の開放時間は、毎日12時と18時の各1回です。

 ※「老城記念館」とは、どこにあったのでしょう???(T_T)

お願い事項もあります。

  • エイティガール寺院は毎日、入り口に礼拝時間を掲示しています。礼拝時間を避けて見学をお願いします。

 

では、ピンクのルートを先へ進みます!

北京時間12時半前(現地時間10時半前)、まだ閉まっているお店が多い中、ナンを売るお店では、どこもせっせと焼いています。

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アーケードの下で民族楽器を弾くおじいさんと、民族衣装の女性と子供たち。☟

まだ開いていないお店の前で、みんなゆったりとした時間を楽しんでいるようでした。

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今進んでいる通りは「諾爾貝希路」です。

☟は「諾爾貝希路」から入って行く小さな路地。

光が当たっている路地の奥の家の壁と、手前の日陰の暗さとの対比が鮮明。

異国情緒を感じます。(*^-^*)

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ピンクのルートを右に曲がります。

初日の夕方もここを曲がりました。(#^.^#)☟

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ここからは「艾格孜艾日克路」です。

☝の写真、道が左に曲がる辺りでサッカーボールが転がってきました。

写真に写っている小さな男の子ではない、別の男の子が緩い坂の下に向けて蹴ったもの。

私、条件反射で止め、蹴り返してしまいました。(^^;

この時の私は、マスク+サングラスで顔面を覆った不審な姿。

怖がられたらどうしよう?

「よけいなことするな」と、不愉快にさせてしまったなら、どうしよう?

幸い、男の子は嬉しそうな笑顔を向けてくれたので、ホッと一安心。

私も、マスクとサングラスを外して、笑顔のお返し。

 

☝の写真の角を左折した先の風景。☟

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前進の途中、見掛けた店先の様子。☟

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押し染めの木型かな?

 

「艾格孜艾日克路」と「吾斯塘博依路」の三差路に到着。☟

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☝のお店では、私が愛飲している「茯茶」や、香辛料を販売。

 

ピンクのルートはここで「吾斯塘博依路」をエイティガール寺院の方へ曲がります。☟

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エイティガール寺院の側にある、アザーンの呼びかけを流す塔。☟

前日のブログの最後の一枚にも、ちょこっと姿を見せています。(*^-^*)

漢民族の旅行客が、側にあるドライフルーツを売っている男性からそう教わっていました。

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「解放北路」沿いに出てきました。

既に、2回利用させてもらった大型スーパー「IHLAS(伊合拉斯)」。☟

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入り口のパラソルの下、手荷物安全検査用の設備が見えています。

 

これまでは案内図の左側にいました。

これから「解放北路」を横断して、右側エリアに入ります。

ここ、「欧爾達希克路」の入り口にも、身分証明証をチェックする警察官が数人待機しています。 

そこを通過すると、その先はこんな感じです。☟

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右端の真ん中に見える銅像は、こちら!☟(*^▽^*)

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後方に、入り口に立つ警察官が見えます。

ここは「欧爾達希克路」と「阿熱亜路」との十字路。

進行方向に向かって右手の景色。☟

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こちら側は、カシュガル最終日の翌日、散策しました。

進行方向に向かって左手の景色。☟

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そして、進行方向!(*^▽^*)

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☝の写真の右側中ほどにあったお店で、ザクロジュースを飲みました。☟

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大きい紙コップ1杯、10元です。

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左側にあるガラスのポット、縦中央に氷を入れるスペースがあって、その周囲にザクロジュースが入っています。

よく冷えたザクロジュース、美味しかったデス!(*^-^*)

 

その先にあった、ナンを売っているお店。☟

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縁の部分がパイのような層になっていて、いちだんと美味しそう!

でも、1枚がとても大きいので、買うのは諦めました。(T_T)

 

そして更に先に進むと、ピンクのルートが右に曲がっている場所に差し掛かりました。

案内図に「ナン屋さん」と書き加えている場所です。

ここで、待望のナン、Get!! (^^)v

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このお店には、色んな大きさが揃っていたんです。

右端にある大きいサイズのものは4元。

真ん中に並んでいる小さめなのは2元。

左端の薄いタイプのものは3元でした。

私は2元の小さいものを購入。

この三種類以外に、こんなかわいいナンもありました。☟

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後ろでナンを焼いている青年のお母さん?

お願いしたら、快く写真撮影に応じてくださいました。

☟は、このお店のナンを焼く窯。

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残念ながら、ちょうど全部のナンが取り出された後でした。

でも、窯の内側に、ナンを貼り付けた跡が残ってます。(^^)/

 

この場所から、「欧爾達希克路」を左に曲がって路地に入りました。

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水色のドームが見えます。

この周辺の人が礼拝に通うモスクかな?

☝の写真の真ん中あたりの建物の壁に、こんなものがありました。☟

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オリンピックの聖火のような絵柄のあるボックス。

見ようによっては、赤いソフトクリームみたい?(笑)

赤い部分に「気」とあるので、この中にガスのメーターが入っているのかな?

黄色の箱に赤い炎の標識が可愛らしいな~。(*^-^*)

 

☝のボックスのある場所に、右へと延びる更に細い道がありました。

そこを進んで行くと・・・・・・。☟

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ここを更に進んで行くと、池のある公園の東側にあるメインではない出入口へ向かって下る坂に差し掛かります。

その途中の左手で見かけた、階段。☟

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標準的な二階建て・三階建ての家が並んでいるのとは雰囲気が違って、迷路感が一層濃い感じ。

 

北側のメイン出入り口から延びて来た小道。

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一つ上の「階段」の写真をちょっと行った場所、観光マップで言うと、ちょうど「您当前所在位置(現在地)」の「置」の字の辺りです。

 

視線を前方に向けると、こちら!☟

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観光マップの右上に緑色で描かれている公園に到着!\(^o^)/

このアーチをくぐって振り返ると・・・・・・。☟

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合成部分、ちょっとずれていますが、ほぼこの通り。(#^.^#)

 

ここで来た道を引き返します!(^^)/

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水色の矢印の場所から路地を左に曲がって、「欧爾達希克路」が南へほぼ直角に曲がる箇所へ出ます。

 

「欧爾達希克路」へ出てくる手前、カーブを曲がったところ。☟

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「欧爾達希克路」を南下して、「恰薩路」との交差点まで辿り着きました。☟

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☝の交差点を右へ進んで、少しカーブする箇所へ差し掛かりました。☟

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記憶が確かなら、トイレマークのあるところです。

 

そこから進んで、最初の左手にある路地。☟

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☝の写真の右の建物の続きに沿って、緩やかなカーブがあります。☟

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なだらかな下り坂を進むと、ついに視界が開けます!☟

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東入り口手前の路地。☟

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ついに東出入り口までやって来ました。\(^o^)/

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下って来た方を見てます。☝

両サイドのポットが、街並みにとっても似合ってますね。(*^^*)

 

☟は、☝の写真を撮った位置から、東出入り口を望む。

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門をくぐりました!☟

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高層ビルがないので、視界が広~~~い!!!\(^o^)/

気持ちいい~~~~~~~~!!!!

時刻は、北京時間14時40分。

ローカルタイムで12時40分。

真昼の日差しが眩いデス。

正面にまっすぐ延びている通りは「艾孜熱特路」。

この先に、国際大バザールがあります。

ちなみに、左右に走ってるのは「吐曼路」。

 

門の下から北西方向を見ると、古城の城壁と、その横には先刻も見かけた塔が!

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ここからもう一度城内に戻って、周囲を見学しながら「高台民居」へ向かいます!

 

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門の方から下りてきたところ。

☝の道を「吐曼路」へ向けて下っていくと、正面に烤包子(kǎobāozi:サムサ)のお店を発見!

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前日は出来上がり品しか見ていなかったので、作っている所を見学。☟

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上段の写真、少し後に包む皮がドサ~~~っとやって来ました。

皮で羊肉の餡を包んだ状態で、窯に入るのをスタンバっているサモサたち。

子供の頃、年末に家族と一緒に作ったお餅みたい!

岡山なので、丸餅。

そして田舎だから、昔は1個、1個がかなり大きかったんです。(笑)

 

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サムサのお店の前を通って、「吐曼路」へ!

緑の矢印が指している場所が「高台民居」です。

 

その前に、少し左にそれて、東の出入り口を外から撮影しました。

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角度を変えて!☟

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それでは、これから「高台民居」へ!\(^o^)/

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「吐曼路」を渡って到着したところ。

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ここで、ビックリ。

今は見学ができなくなっていました。

ホテルに戻った後検索した中国の旅行サイトで、「ずいぶん前から見学できなくなっている」とのコメントがあったので、間違いないと思います。

出入りしているのは、地元の人だけ。

 

実は、私、ここの見学を結構楽しみにしていました。

18年前に歩いた迷路のような民居エリアは、古城観光地区ではなく、「高台民居」だったんじゃないかと思っていたからです。

でも、もう断片的な記憶しか残っていない上、現地は根こそぎ変貌を遂げているのであまり自信はありませんケド。

 

ただ、このまま引き返すのも残念なので、入り口右手にあった駐車場に入らせてもらいました。☟

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観覧車がすぐ近くに見えました。☟

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では、次の目的地へ移動!!!

「高台民居」入り口から、「吐曼路」を北方向に見た所。☟

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この道を進んで、「艾孜熱特路」方向へ右折!

引き続き、「国際大バザール」へ向かいます。(^^)/

 

その途中、「高台民居」の側面が見えました。☟

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歩道の右手が空き地&駐車場だったので、ちょっと近づいてアップで撮影。

☟は橋に差し掛かった時のもの。

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右端に観覧車がチラっと写ってます。

この様子を見れば、見学が中止されても仕方ない、中止すべきだと思いました。

今にも崩れ落ちてしまいそうな雰囲気。

大勢の旅行者が遠慮もなくズカズカ入って行ったら、老朽化に拍車をかけるようなもの。

生活している人がいるのだから、迷惑がかかるようなことは慎まなければ。

 

この橋を渡っている時の、反対側の景色。☟

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欄干の上に遠くの緑が見え、更にその上に白っぽい山が見えています。

いかにもシルクロードって感じ!

こういう景色、大好き!!!\(^o^)/

 

橋を渡り切って交差点を渡ると、とても賑やかな場所に到着!

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私はここがバザールなのかな?と思って入ってしまいました。(^^;

でも、ここは衣類を販売しているお店が集まっている店舗でした。☟

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せっかく面倒な手荷物検査を受け、パスポートを提示して入ったのに、空振り。(T_T)

 

ここから出でもう少し先に進むと、ついに入り口発見!

分かりにくい~~~!☟

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もう一度検査を受けて、中へ!

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入ってすぐの辺りは、日用品を販売していました。

この通りの途中で左に曲がって見たら・・・・・・。☟

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なんとなく、らしくなってきました!\(~o~)/

 

そして、ついに!

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すごく広い建物の中で、色んなものが販売されています。(*^-^*)

 

今回カシュガルに来るにあたり、買いたいものがありました。

それは、ウイグル族の「艾徳莱斯(ài dé lái sī:アイデェライス)」で作ったワンピース!

昔、現地の人が着ていた黄色系アイデェライスのワンピースがとても綺麗だったんです。

2000年夏、買っても着るチャンスはないと思って購入しなかったせいで、その後ず~っと気になることに。

絶対買うぞ!絶対買うぞ!!

と意気込んでバザールにやって来たんですが、今回もまた購入を見送ってしまいました。(^^;

やっぱり、このカシュガルの風景が背景にあるからこそ、あの色合いが映えるんですよね。

 

ここだけでなく、外の通路を挟んで、販売スペースはさらに広がっています。

まずは、外の通路。☟

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いくつも外の通路に出る出入り口がありました。

 

向かいのレストラン。☟

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☝は何という食べ物なんでしょう?

小さなナンの上に、羊肉と玉ねぎが載っています。

カシュガル版ピザっぽいけど、チーズがないですね。(笑)

美味しそうでしたが、まだお腹が空いていなかったので諦めました。

この通り、レストランが連なっていました。

 

乾物、外の通り沿いに集中していました。

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外の通りの向かいにある建物に入って見ると・・・・・・。

いっきに生活感が!

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どこにでもある卸売場ですね。

 

入って来たゲートに戻ろうとしたら、迷ってしまいました。(ーー;)

かなり近いところまではたどり着けるのに、そこからまた別の場所へ移動してしまい、バザールの中から抜け出せない!!!

幸い、写真をたくさん撮っていたので、バザール内で働いている方にそれを見ていただいて、戻るルートを教えていただきました。

最初に左に曲がったのを失念していました。(^^;

 

この後、また古城へ。

橋の手前にあった、男女の白い像。

青空の下で白さが際立ちます!

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東の出入り口に戻った時には、北京時間18時前、ローカルタイム16時前。

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傾いた太陽の光を背後から受けた門は、真昼とはまた違った表情を見せていました。☟

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ちょうど日陰になっていたので、自撮り棒で記念撮影!☟

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フル装備状態です。(^^;

 

これから城内に入って、「阿熱亜路」を今度はオレンジのルートで移動です。

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最終目標は、人民広場、毛沢東像とのツーショット!(^^)/

 

☟、右へ延びる道が「阿熱亜路」、写真の左手には上述したサモサのお店があります。

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緑のアーチの下をくぐって、Go!

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通りの両脇で見かけた、おしゃれな路地の入口。☟

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オレンジのルート上で、トイレマークがある場所です。

観光マップで、両サイドに路地があるのが分かります。

入り口に緑の枠がある階段を上がっていくと、「空中ガーデン」があったみたい。

 

ここで、「阿熱亜路」について、紹介します!(*^-^*)

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疏勒国の時代、カシュガル古城は百年に一度も発生することがないほどの大洪水に見舞われた。住民は次々に古城の高台へと押し寄せた。今にも城内が水没しそうになった時、路面に大きな亀裂が入り、洪水は亀裂の中に呑み込まれ、古城は難を逃れ、住民は幸運にも生き残ることができた。人々は亀裂が入った場所を「阿熱亜」、即ち「間に河がある場所」と呼んだ。

 

☟、「阿熱亜路」を進んできたオレンジのルートが、マップの下へ向かって曲がる場所にあります。

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【坎土曼巴扎(kǎn tǔ màn bā zhā)カントゥマンバザール 】

ネットで検索すると、ここは鉄製品を加工販売するバザールみたいです。

 

このバザールの斜め向かいには、こんな像がありました。

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観光マップで、公衆電話のマークがある位置です。

斜め向かいのバザールをイメージした像なんですね。(*^_^*)

 

ここから南下して人民東路に出、その後右折すればすぐに毛沢東像の前に到着できたんです。

でも、何を勘違いしたか、今日もまた迷走・・・・・・。(^^;

左折してしまい、相当無駄な動きをして引き返して来ました。

 

やっと、毛沢東像前に到着。

でも、人民東路の毛沢東像の側だと、大きすぎて写真に収まりきりません。

道を渡って広場へ移動です!

広場側から見た、毛沢東像。☟

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この像は、2000年8月と同じです。

当時もここで、同じポーズで写真を撮りました。(笑)

「なるほど・ザ・ワールド!」

でも、このポーズをとって撮影するには、自撮り棒では少々困難。

誰か通りかからないかな~?と待っても、現地時間の16時45分頃。

まだ日差しも強く暑い時間帯。

あまり人は歩いていません。

しかも、中国国旗も入れたかったので、広場の結構真ん中へんにいました。

僅かな通行人は、わざわざど真ん中まではやって来ません。

お願いしに駆けつけようかと思っても、相合傘のカップルには気が引けます。

4~5人の旅行客は、その内の一人が毛沢東像を撮影しているのを無視して、ずんずん先に行ってしまっています。

とても、お願いできる雰囲気ではありません。

 

仕方ない!!!

 

傘を差したまま自撮り棒でチャレンジしようとしていた時・・・・・・。

奇跡が起こりました!!!

女性が一人、広場の中央を横断しようとしているではありませんか!

まっすぐこっちに向かってくる!~~~!

取りあえず、サングラスを外して、丁寧に中国語でお願いしました。

その瞬間!

あれ?日本人???

返事は確か中国語の「好的(分かりました)」だったんです。

でも、微妙な動作で分かるものなんですね。

だからいつも、私は中国人の友人から「うなずくのを止めたら?」と言われるんです。

この習慣的動作で、喋らなくても日本人とバレバレ。(^^;

 

でも、今回はおかげで助かりました。

その方はキルギスから入国して来られたばかり。

中央アジアの暑さで慣れているからと、日傘も、マスクも、サングラスもなく、帽子と首に巻いたタオルだけの軽装。

その勇気(?)を見習って、写真を撮っていただく時は、私も日傘は手放しました。

でも、それ以上は・・・・・・、ムリ。(^^;

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これで、18年前の写真と並べて見比べることができます!

Tさん、ありがとうございました!!\(^o^)/

 

この後、Tさんと二人、広場の端っこの木陰で休憩。

その広場の様子。

毛沢東像から見て、向かって左。☟

Tさんはこの中国銀行の側から、広場内に入っ来られたんです。

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正面。☟

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私たちは、この太鼓橋の向こう側の木陰に座り、久々に日本語を使って会話しました。

向かって右。☟

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そして、一緒に古城の方へと移動。

黄色のルートです。

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前日夜にも通ったルート。

途中、この日のお昼、男の子にサッカーボールを蹴り返してあげた場所にあるパン屋さんに寄って、翌日の列車移動時に食べる菓子を購入。

☟の奥真正面に見えるお店です。

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左側の一つは、小麦粉よりレーズンと胡桃の方が絶対に多い、スコーンのようなケーキ?

甘さ控えめ。

もう一つも材料は同じですが、ちょっと甘め。

右は星形の素朴な卵クッキー。

どれもすごくおいしかったです!

 

夕食は、初日の夜と同じ「諾爾貝希快餐厅」で、二人ともラグメンの(小)を注文。

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初日と比べて量が明らかに少なく、価格は10元。

前のはやっぱり(大)でした。

 

ここのラグメン、小さいどんぶりになっても、羊肉は柔らか!

美味しいです!!

☟に、別のレストランのラグメンについて紹介してマス。(#^.^#)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月29日(金):カシュガル2日目 (1)エイティガールモスク・ユースフ・ハーッス・ハージブ墓・アスラン・ハーン墓※7/24アスラン・ハーン情報追加 - せいあん!

 

美味しいと言えば、このお茶も好きな味。

どんなお茶葉なのか、見せてもらいました。

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ブラックティーに花?か何か入っています。

ジンジャーの香りもしました。

買って帰りたかったので、缶に書かれている情報をチェックしたら・・・・・・。

スリランカ製」

???

空き缶を利用しているんだそうです。(笑)

そこで、店長さんにお茶の名前を書いてもらいまいした。

それを持って、買いに行くぞ~~~!!!

翌日。

店長さん、頑張ってローマ字表記にしてくださったのですが・・・・・・。

結果は、そのメモを見た地元の人には理解不能。(^^;

似たような味のお茶を買って帰ったら、水質の違いか、湿度の違いか?

全然、美味しくありません。(T_T)

龍井茶を龍井で飲んだら美味しいのに、日本に持って帰って飲んだら「美味しくなかった~~~(╥_╥)」のと、同じだと思います。

 

この後、すぐ側のお店でソフトクリームを食べました。

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一つ3元!(1元=16元で換算して、48円)

濃厚で、美味しい!!!

初日夜から気になっていたんです。

いつもお客さんで賑わっていました。

でも、一人だったらこの夜も食べてなかったかも。

Tさんのおかげです!

 

更に、茶館へも行きました!

本当に、一人だったら絶対に体験できませんでした。

入り口の様子。☟

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入り口から2階に続く階段。☟

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ベランダ席で、夕暮れの景色を眺めながら。☟

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お茶葉はピンからキリまでありました。

私たちには何が味が価格に見合うのか分からないので、一番安いものをチョイス。

ワンポット、10元です。(160円)

お湯の追加あり。

一人ずつ注文するのかと思っていたんですが、二人一緒でいいということで、とってもお得な気分でした。

空気が非常に乾燥している中動き回っていたので、食事の時にも飲みましたが、まだまだいくらでも飲めました。

 

ベランダから眺めた通りの様子。☟

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22時くらいまでここにいて、それぞれホテルへ。

 

この日は思わぬ出会いもあって、特に想い出に残る1日なりました!(#^.^#)

 

 余談:

Tさんは今も中国国内を旅行中です。

先日、西安にもいらしゃって、数日、夕食をご一緒させていただきました。

今は四川省西部の標高3000m台の場所にいらっしゃるとか。

暑かったり、寒かったり、環境の変化が著しいので、どうか健康には十分ご注意くださいね!(*^_^*)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月29日(金):カシュガル2日目 (2)カシュガル地区博物館・香妃墓

2018年6月29日(金曜日)、カシュガル、晴れ時々曇り。

 

前回の続き、29日の後編です!\(^o^)/

地図をご覧ください!

現在地は、地図右下の「アスラン・ハーンのお墓」前です。

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 アスラン・ハーンのお墓から移動しようとした時、既に17時前。

次の目的地「カシュガル地区博物館」は、これから行って、まだ開いてるかな?

開いてても、残り時間が少なかったら、入れてもらえるんだろうか?

なんて、心配もチラホラ。

それで、一度は「カシュガル地区博物館」見学は翌日に回し、このまま直接「香妃墓」へ行こうかな~と考えました。

そして、現地の人が「反対車線にあるバス停で待ちなさい」と教えてくれたので行ってみました。

私自身も、緑色の車体で、正面の電光掲示に「香妃墓」と表示したバスを目撃したばかり。

でも、道を渡ってバス停に行っても、標識らしきものがありません。

さっき見たのは、通過しただけ???

本当に停車してくれるのか、かなり不安。

見えて来たら全力で手を振ってバス止めねば!と日陰に立たず、直射日光を浴びて待つことしばし。

暑い・・・・・。

当分来そうになくて、だんだん待つのが面倒に・・・・・・。

もろに日差しを浴びながら、いつ来るか分からないバスを待つのも苦痛なものです。

 

見極めが早いと称賛すべきか、諦めが早い反省すべきか?

悩むのを止めて、日陰になっている、元居た側の歩道に戻り、前進を開始。

取りあえず博物館へ行って、入れなかったら「香妃墓」へ行くことにしました。

 

ここで、もし待っていたら、バスは来たのだろうか?

この疑問を検証すべく、路線の確認を始めて・・・・・・。

百度地図」が成長中であることを発見。

既に、7月28日の記事に補足しましたが、「遊覧観光バス」も「百度地図」で検索できるようになっていました。

そして、「香妃墓行き」の「遊覧観光バス①」の路線は、ま~~~ったく「アスラン・ハーンのお墓」の前の通りをかすめもしていませんでした。

仮に、ホテルから「香妃墓」へ往復しようとすると、こうなります。☟

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左と中央は行き、右は戻りの路線です。

戻りは、停車するバス停の関係で、「遊覧観光バス①」は使えません。

これは現地で写したバス路線案内図でも確かめられました。

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もしかして「遊覧観光バス①」が空港へ戻っている所を見たのかな?

そう思って、☝のバス停を「百度地図」上で探していきましたが、ルートは外れていました。

私が見たのは、いったい何だったんでしょう?(╥_╥)

 

ちなみに、この場所からバスで「香妃墓」へ行こうとするなら、☟のルート。

乗り継ぎで、やっと「遊覧観光バス①」が出てきます。

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☝は、最短の10路線バスと「遊覧観光バス①」の組み合わせです。

青年北路の「アスラン・ハーンのお墓」の前から直接バスに乗って行くことはムリでした。

さっさと次の行動に移って何よりでした。

ただ、今、「百度地図」でこうでも、1か月ほど前は違っていたのかも知れません。

 

いずれにせよ、カシュガル地区博物館の近くまでは歩かないとバスにも乗れないので、前進あるのみです!!!

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☝は、今歩いて来た青年北路と、東湖公園方向から歩いて来た人民東路、更に世紀大道と、これから進む塔吾古孜路が交差するロータリー。

建物に縦に赤い字が書いてあるのは、で店名が書いてあるのは、世紀大道と塔吾古孜路の間に建っている「怡家快捷賓館」です。

 

ここから「カシュガル地区博物館」へは、徒歩200mくらい。

あっという間に到着です!\(^o^)/

時刻はおよそ17時15分。

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ここも、敷地内に入るには、入り口のカギを開けてもらい、パスポートを提示して、手荷物検査を受けなければなりません。

幸い、ここの守衛さんお二人は、門のすぐ内側のよくみ見える場所に座って待機していました。

まだ見学できるようデス!\(^O^)/

 

階段を上がって建物の中に入り、受付でノートに氏名やパスポートナンバー等を記入。

日傘が邪魔だったので、受付けで預かってもらいました。

受付けの女性に確認したところ、開館時間は北京時間10時~19時半ということでした。

これなら、まだ2時間くらいあります!(*^▽^*)

百度百科で紹介されている時間帯と誤差があります。

百度百科記載:オフシーズン:10時から19時 / オンシーズン:9時半から20時

 

二階と三階に展示がありました。

二階は、中央に働くウイグル族の人々、壁際には音楽を奏で、踊る人々の人形。

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二階はこの周囲に、テーマごとの展示コーナーがあります。

 

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【序文】

独特の自然風景、素朴な民族風情、輝かしい悠久の歴史文化が、人々に「カシュガルに来なければ、新疆の歴史がこれほどまでに長いことを知らないままだった」との感嘆を上げさせた。

(中国語の)「喀什( kā shí :カシ)」は「喀什噶尔(kā shí gá ěr:カシュガル)」の略称であり、「玉石が集まる地」を意味し、文字により記載されている歴史は2000年余りに及ぶ。この地は古来より多民族が集住する地域であり、漢民族ウイグル族・タジク族等、多数の民族がこの地で祖国の辺境を共同で建設し、現代的民族の発展の過程を共同で完成させ、貴重な文化遺産を留めた。これら文化遺産は、各民族の絢爛多彩な民族文化の物証であり、また中華民族「一体多元」文化の重要な構成の一部である。

展示は衣・食・住・交通等の面からウイグル族とタジク族の風俗習慣を紹介している。各民族間での理解・尊重・寛容・評価・学習・助け合いが促進されることを願い、「社会の安定と長期に亘る治安の維持」という全体目標を成し遂げるために力を集中させ、富強・民主・文明的で調和のとれた社会主義カシュガルを建設するため、新たな一章をつづる。

展示のテーマを書いておこうと訳し始めたら、すごく政治色の濃い序文でした。(^^;

でも、ここで「喀什噶尔(kā shí gá ěr:カシュガル)」のピンインを検索した際、一つ前の記事で情報がないとい残念に思っていた「アスラン・ハーン(赛依提艾里・艾斯拉罕)」について、用いられている漢字は違うけれど、音にすればほぼ同じ、つまり同一人物ではないかと思われる記述に行き当たりました。

これは、ラッキー!!

確認するため、カシュガルで唯一Wechatを交換した、カーペットや玉を売っているお店の店長さんに訊いてみました。

結果は、同一人物~~~!!🎉🎉🎉

ということで、一つ前の記事に情報を追加することができました!!!

店長さん、ご協力ありがとうございました。\(^o^)/

 

序文でも触れてあるように、「衣・食・住・交通」の面に分けて、展示されています。

私は入り口左手から見学し始めたので、最初は「食」です。(*^-^*)

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カシュガルの住民の多くは小麦粉で作ったものを主食とするが、米やとうモロコシの粉も食べる。また羊肉・牛肉を好み、一般的に食事には牛肉・羊肉を用いる。普段食べている物には、ナン・ラグメン・バオズ・ポロ等がある。ナンは特製の窯で焼き上げる。種類は豊富で、保存しやすい。麺類には主にラグメン・焼きうどん・スープ麺等がある。ポロとペテルマンタは特色ある食べ物である。また、羊肉の串焼き・羊の丸焼き・駱駝肉の串焼き等の美食は全国にその名を知られている。

【参考】

ウイグル料理 - Wikipedia

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一般的に、こういう食べ物の見本は、レストランの入り口に置いてあるような食品サンプルだと思います。

でも、ここの展示物、綿製品類やドライフルーツ類はどう見ても実物に思えます。

本当に本物なら、定期的に交換しているんでしょうか?

館員さんに確かめておけばよかった・・・・・・。(◞‸◟)

 

次は農畜産業について。 (^^)/

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【農耕従事 牧畜と園芸業の兼業】

古書では、ここは「農業がきわめて盛んで、花や果物が生い茂っている」と記載されている。現在、カシュガル地区のウイグル人は主に農業に従事し、小麦やトウモロコシ・綿花、更に水稲・大麦・油菜・まくわ瓜・西瓜等を栽培している。家庭では羊・牛・馬・ロバ・駱駝等の家畜を飼育している。また補足的に園芸業や果樹栽培を行っている。カシュガルは(新疆ウイグル自治区で採れる)アーモンド・棗・桃・杏子・林檎ザクロ及びドライフルーツを豊富に産出する。

パミール高原に居住するタジク人は牧畜業を主とし、メンヨウ・ヤギ・ヤク・牛・馬・ロバ・駱駝等を家畜としている。農作物は寒さに強い裸麦・春小麦・豌豆等が最も多く作られている。

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工具の展示と、麦刈り中の模型がありました。

 

☟は「住」です。(*^▽^*)

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【 阿以旺式住居(Aywangs Style Dwellings)】

カシュガルの民居は、阿以旺式が最も代表的である。阿以旺式とは内向きの閉鎖された空間で構成され、その平面と空間は中央にあるホールを中心とし、四辺に全ての部屋が配置される。採光・通風は高い位置にある窓から行い、竈・暖炉・壁龕は全て柱の側に設置され、風と砂埃が激しい自然条件に適している

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ここで展示されていたのは、四辺の内の一辺にある部屋2か所の様子です。

☟は、7月1日に見学した「民俗」という民俗文化の紹介と特産品の販売を行っている展示館で撮影した写真です。

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ちょっと(かなり?)質素ですが、形式は同じ。

左手に竈が見えます。

 

ここからは、手工業の紹介です!(*^-^*)

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【陶器と銅製品の製造 秀でた手工芸】

カシュガル地区のウイグル人は自分達の生活における必要性と審美眼により、地元カシュガルで材料を調達し、例えば銅製品・陶器・押し染め・刺繍・楽器・木製器具の製作等、自分達民族の文化伝統を伝える手工芸品を発展させてきた。それぞれに非常に精巧で図案は美しく、色鮮やかであり、これらは中華民族の芸術宝庫における絢爛たる花である。

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☟は銅製品。全て清朝のものです。

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☟は陶器。左側が清、右側が中華民国のものです。

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☟は英吉沙と言う場所の特産であるナイフ。

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☟は押し染めや刺繍の展示。

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☟は、中華民国時代の、押し染めの木型。

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昔、イランでペルシャ更紗をプリントしている所を見たことがあります。

あれも、木型を使っていました。

印刷する時、ちょっと位置がずれたりしないのかな~?

不器用な私の、素朴な感想んでした。(笑)

 

次は、服飾。\(^o^)/

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【豊富で多彩な服飾】

カシュガル地区の人々の服飾は多用で優美である。ウイグル族の伝統的な服飾について、男性が着用する袷袢(qiā pàn:チアパン)は前身ごろが真ん中で割れ膝まで届く長い上着で、腰には長いベルトを巻く。縁飾りのついたプルオーバーを上着の下に着る。女性は色とりどりのシルクで作られた艾徳莱斯(ài dé lái sī:アイデェライス)、或いは多色の織物で作ったワンピースを着用することが多い。その上にベスト或いは上着を纏う。眉を描き、イヤリング・指輪・ネックレス等の装飾品を身に着ける。男女ともに刺繍が施された小さな帽子を被り、革靴を履くが、様式・装飾図案は異なる。民族的特色が非常に豊かである。

タジク人の服飾には毛皮が多用され、また装飾を重んじる。男性は頭上に子羊の皮で作った帽子を被り、冬場は羊の皮で作った外套を着用する。女性の刺繍が施された帽子の後部にはベールが垂れ、ワンピースを着用し、その上に袷袢(qiā pàn:チアパン)を羽織る。衣服・ベルト・帽子・靴の全てに縁飾りが刺繍され、民族と地域の特色が鮮明である。

☟の左に掛けてある布が「艾徳莱斯(ài dé lái sī:アイデェライス)」。

右側に両袖を広げて展示されているのが「袷袢(qiā pàn:チアパン)」です。

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私は森薫先生の「乙嫁語り」が好きです。

細かい刺繍が描かれた衣装を、一コマ一コマ、繰り返し描き続ける。

衣装だけでなく、建物や食品の質感もとってもリアル。

どれほど根気のいる作業なんでしょう!!

この博物館1階の展示物は清や民国時代のものが中心で、「乙嫁語り」の時代はこうだったのかな~と思いながら展示物を見ていました。(*^-^*)

 

更に、楽各種楽器の展示もありました。

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☝の下は「卡伦琴(Ka lun)」という楽器だそうです。

上の写真の上段に並んでいる楽器とはタイプが違っていて、これだけアップを撮りました。

これは・・・・・・、複製品?

この後、三階を見学しました。

この三階の最後の方に、清代の楽器が展示されていて、その中に「卡伦琴(Ka lun)」も展示されていました。

それをここで紹ご紹介しておきますネ。(*^▽^*)

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年季が入ると、こんな感じです。☝

 

ここから、三階へ移動します!(^o^)/

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【序文】

カシュガルの古称は「疏勒(呉音:しょろく、漢音:そろく、拼音:Shūlè)」。中国の西端・ 葱嶺(そうれい:パミール高原)の東麓に位置し、東西の陸路交通をつなぐために避けては通れない場所である。石器時代には人類は既にここで活動を始め、青銅及び前期鉄器時代の先史時代、既に中原とその周囲及び草原地帯と密接な経済文化関係を保ち、紀元前60年になると漢朝が西域都護府を設置、正式に中国の版図に組み込まれた。

漢唐以来、シルクロードの発達に伴い、使者・商人の往来が絶えず、商業貿易が繁栄し、各種宗教が伝播した。シルクロードの南・中央の大動脈を押さえていた疏勒は、中央アジア西アジア・ヨーロッパをつなぐ要路の接点であり、シルクロードの珠玉である。この地に集まり生活する各種族の人々は、自らの勤労と知恵により、絢爛たる歴史文化を生み出した。

カシュガル地区はめったに雨が降らず乾燥しているため、地上や地下に点在する古代の文物が比較的良い状態で保存されてきた。これら文物は我々に、「ここが祖国にとって切り離すことのできない重要な場所、多様な民族・宗教・文化が併存する場所である」と伝えている。我々は中華民族の素晴らしい伝統・団結と寛容・民族団結の擁護及び祖国の統一を継承・発揚し、中華民族の偉大なる復興の道を大きく前進していく。

【参考】

疏勒 - Wikipedia

 

 終盤1/3は、またしても中国的な文面でしたね。(笑)

でも、それ以前の部分で、カシュガルの歴史は非常に古いということが分かります。

 

最初は、先史時代。(*^-^*)

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【先史文化と東西交流の始まり】

カシュガル地区は石器・青銅器・前期鉄器時代の先史時代を経て来た。ここで出土したものには打製石器・細石器・磨製石器があり、狩猟経済から農業経済へ発展する全過程を反映している。

カシュガル地域には、疏附県の康玄・タシュクルガン・タジク自治県の上庫英地爾遺跡のような青銅及び前期鉄器時代の遺構が点在しており、下坂地・香宝宝・曲曼墓地は科学的な発掘が行われている。これらの遺跡や墓からは、動物の骨格・麦わら・陶器・木器・銅器・鉄器・毛織品・皮革製品等が出土しており、この時代の人々が農業と牧畜業の兼業生活を送っていたこと、陶器・木器の加工及び毛織物業等の手工業がある程度発展していたこと、また商品のやり取りが既に行われていたこと、自然と神への崇拝が行われていたことを説明している。

 

☟は「石器工具の使用」に関する展示。

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小さい上にピンボケです。(ーー;)

☟は、「下坂地墓地」。紀元前1500年~紀元前600年。

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☟は、「香宝宝墓地と曲曼墓地」の紹介。

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ピンボケの説明パネルの文字を根性で読むと、香宝宝墓地と曲曼墓地は共にタシュクルガン・タジク自治県内にあるお墓のようです。

紀元前500年~紀元前400年の間のお墓だと説明されています。

☟は、☝の写真のパネルの、左から2枚分。

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現地の様子ですが、香宝宝墓地と曲曼墓地のどちらなのか、オリジナルの写真でも読めませんでした。(T_T)

  

次は、漢唐と疏勒に関するコーナー!(*^-^*)

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【漢唐シルクロードの開通及び疏勒の勃興】

漢代に西域都護府が設置されて以降、疏勒は文字による記載が残された歴史時代に入った。魏晋南北朝を経て、唐代、疏勒は軍事の要衝となり、唐朝はここに佉沙(qū shā:カーシャ=疏勒)都督府を置き、また疏勒鎮を設置、安西都護府が統括した。

漢代にシルクロードが開通して以来、東西を行き来する官吏や使者・商人が押し寄せ、社会経済を促進させた。特に商業貿易は急速に発展し、これに伴って農牧業や手工業、特に交通輸送業の発展がオアシス都市を出現させ、人々の生活は改善された。同時に、文字が登場、文化が発展し、仏教が盛んになり、仏教芸術が繁栄した。

 

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たくさんある展示物の中で、☟の三つは乾燥した気候だからこその保存状態に感動!

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☝の英語説明では、羊毛の紐となっていますが、中国語では綿紐で編んだ靴です。

唐代の紐、撚った状態がこんなにクッキリ!\(^o^)/

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唐代の木製の鋤と、漢唐代と時代の判別がちょっとアバウトな胡桃。(笑)

私は幼少の頃、祖父母の家に行って納屋で遊んでいた時、こんな風に白っぽく古くなった木製の工具を見たことがあります。

あれは、せいぜい十数年ほったらかしだったくらいじゃないでしょうか?

胡桃も、中身がどうなっているのか分かりませんが、外観からはまだ割って食べられそうな感じ。

 

☟の上は、唐代の陶製の壺です。☟は漢代の陶製の鉢。

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☟は唐代の上段は伎楽菩薩のレリーフ

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下側は説明を写し忘れていました。(◞‸◟)

 

前学期、ず~~~っと貨幣の紹介をしてきたので、どこの博物館でも貨幣が気になります。

ここでうまく撮影できたのは、左「開元通宝」(唐代)と、右「五銖銭」(漢代)です。

共にカシュガルで収集されています。

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この博物館でも、サーサーン朝の銀貨を見かけました。烏恰県出土。☟

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合計四枚並んでいたのですが、1枚に的を絞りました。(^^)v

どの王の硬貨なのか、説明はありません。

 

この後、次の宋・元・明・清の展示室へ移動する途中、左手に小さな部屋がありました。

中から他の見学者が出て来たので入って見ると、そこにはミイラが一体、ガラスケースの中に横たわっていました。

何の説明もありません。

衣類も靴も頭髪も残っています。

衣類の様子から、裕福な家柄だったんじゃないかと想像しました。

 

この地域のミイラは、エジプトのミイラのように処理されたものではありません。

乾燥しているため、そのまま埋葬したら水分が蒸発し、干からびた状態になったものを指します。

なので、日本語だとどちらも「ミイラ」なのですが、中国語では異なります。

新疆のミイラは「干尸:gān shī/ガンシー」。

エジプトのミイラは「木乃伊:mù nǎi yī/ムーナイイー」。

博物館の受付の女性にこのミイラについて尋ねた際、無意識に「ムーナイイ―」と言ってしまい、「違う!ガンシー」と訂正され、違いの説明を受けました。(^^;

館員さんの話によると、このミイラは男性、生前の身長は188㎝、検査により2500年前の遺体と確認されているそうです。

でも、どこのお墓に葬られていたのかは分からないとのこと。

お墓以外の場所で発見されたということ?

盗掘されて、金目のものだけ奪われて、体は放り出されてしまった?

だとしたら、とても気の毒・・・・・・。

お墓に眠っている所を発掘されて、博物館にやって来たとしても、最終的な状況は同じなんです。

いずれにせよ、安眠を妨げられて、人目に触れざるを得ない。

でも、その前の過程で、どこに葬られていたのか分からないと聞くと、特別、気の毒なになってしまいました。

 

次は、元・宋代のパネルだけ。(^^;

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【宋元のシルクロードと社会文化の変遷】

9世紀末、疏勒はカラハン朝の東の都となり、歴史上「カシュガル」と呼ばれるようになった。カラハン朝は中国の西部、回鶻人(ウイグル人)が主役となった汗国で、彼らは宋朝と密接な関係を保っていた。12世紀中葉及び13世紀初頭、この地は中国の歴史上の西遼とモンゴルの政権によって統括された。この期間のカシュガルは一貫して穀物・鉱物資源・手工業等の豊富な物産資源により、これらの政権にとって重要な収入源となった。シルクロードは依然として滞りなく通じ、商業貿易は繁栄した。『クタドゥグ・ビリグ』と『突厥語大詞典』の相次ぐ発表は、当時の思想文化の発展を具現化している。

 

さ~て、展示品を見るかな~とパネルの前から動こうとした時。 

同じくらいに入って来た団体さんがビデオも見終わって出ていく気配を感じ、ちょっと不安に。

薄暗~い三階の展示室に、私一人だけ。

同じ階には「ガンシー」もいて、さっき室内にいる時、どこからともなく「パシ!パシ!」と音が聞こえてきたのも怖さを煽ります。

それで写真を撮るのを割愛し、スピードアップ!

それに、やっぱり時代が宋代くらいまで下がってくると、あまり興味が湧かないのかも知れません。(^^;

我・愛・唐・朝!!(#^.^#)

 

でも、カシュガルの歴史を漠然とでもいいので、理解したい!

ということで、明・清代の説明パネルも撮影しました。

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清朝による西域統一 新疆省の設置】

1406年、明朝は哈密衛を設置し中国と西方の商業貿易ルートの安全を維持、また西域他地区に対し羈縻政策(きびせいさく)による統治を行い、16世紀には現在の莎車(ヤルカンド)を都として成立したヤルカンド・ハン国が明朝と密接な関係を保っていた。

1762年、清朝によりイリ将軍が設置され、天山南北各地の軍政管轄を一括して行った。1884年清朝は新疆省を設置、新疆と中国国内各省の行政制度の統一を実現した。

清朝は新疆の経済回復と発展に注力し、水利施設を修復し、農業発展を促進させ、オアシスを増やし、人口を増加させた。これに伴い、商業活動は活発になり、手工芸は発達し、貨幣が流通した。カシュガル地区の社会経済及び文化は比較的大きな発展を遂げた。

【参考】

新疆省 - Wikipedia

ヤルカンド・ハン国 - Wikipedia

羈縻政策 - Wikipedia

 

☟は、☝の紹介でも取り上げられていた「貨幣」です。

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一番左がカシュガルで収集された、カシュガル造幣の清代の銀貨。☟アップ。

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あんまり鮮明ではありません。<(_ _)>

左から二番目については、写真を残していないので、下に説明がなかったと思われます。

右から二番目は、カシュガルで収集された、カシュガル造幣の清代の銅貨。

右はカシュガルで収集された、明代のヤルカンド・ハン国の銅貨。

小さな粒のような大きさだったので、拡大写真は諦めました。(ーー;)

 

☟は清代の印章です。

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図案が美しいな~と思ったので、珍しくい鮮明に写せた上の段だけアップにしました。

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全く読めないアラビア文字

私の中では文字と言うより、図案をより美しく見せる紋様に見えます。

 

この後、団体さんがカシュガルの紹介映像を見ていたスクリーンのある部屋の前を通って、受付けまで下りました。

 

現在、唐の都だった西安に住んでいて、毎週のように長安の西市での出土品や、各地から収集された文物を見学できる恵まれた環境にあるので、どうしても唐代の展示物を見る時は、評価が厳しくなってしまいます。

質素だな~、と。

でも、私、最初は二階にしか展示はないと思ってたんです。

ところが、三階にもこんなにたくさん。

木製品や乾物の保存状態はさすが!!

更に、ここでしか見られない現地所縁のものもたくさん!!!

どの博物館にも、それぞれの見どころがあります!\(^o^)/

 

薄暗~い館内から外に出ると・・・・・・。

眩しい~~~~!!!!

日中は薄曇りでしたが、この時刻にはかなり青空が!

19時前の、まだまだ高い位置にある太陽が、ギラギラ照り付けて来ます。

 

この後、どうしよう?

どこかで香妃墓は21時まで見学できると見かけていました。

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百度地図の検索結果は、カシュガル地区博物館から香妃墓まで2.4㎞、徒歩でも27分!

お腹もすいてきたし、途中で夕飯を食べて行こう!!

 

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塔吾古孜路を一路北上!

この通りでも、ネムノキがピンクの花を咲かせていました。

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色んなお店が並んでいます。

シャッター(格子戸)を閉めて閉店のように見えますが、まだ営業中。

周囲の様子を眺めながら、前進、前進!!!

艾孜熱特路との交差点に到着。

☟は交差点を右手に曲がって少し進んだ通りの様子。

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ここに写っている建物どこかに、☟の 烤包子(kǎobāozi:サムサ)を売っている場所がありました。

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 この女性に許可をいただいて写しています。

しかも、最初に撮ったものは、ご本人のお気に召さず、撮り直し。(笑)

撮り直してこれなのですが、OKをくださったので、この一枚を採用。

日差しが眩しかったのかな?

ここで、私は手前にあるサムサ(烤包子)と、後ろに見えている烤包子2個分くらいある丸いパンのようなものを購入。

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女性はこれを「ナン」と表現していました。

「サムサは1個2元、大きいのは「ナン」だから5元ね!」

ウイグル訛の中国語で説明してもらい、確かに大きいからそれくらいの値段かな~と思った私。

価格に不満はありません。

写真では分かりにくいですが、サムサ1個で十分な大きさなんです。

じゃあ、なぜ「ナン」と紹介されたものまで買ったかというと・・・・・・。

「ナン」とやらの生地から透けて見えていた黒っぽい物が、私には「干し葡萄」に見えたんです。

『サムサには羊肉が入っているから、少し脂っこい。

口直しに、ドライフルーツが練り込まれたナンを食べてみよう!

さすがカシュガル、珍しいナンがあるんだな~。

せっかくここまで来たんだから、試さなきゃ!』

こんな思考パターン。

普段は悩んだ挙句に買うのを止めるのに、この時はヤケにポジティブシンキング!!

 

サムサ、美味しいんですよ!

絶妙な塩加減と玉ねぎの風味の、香ばしく焼けた外側の皮。

羊肉も香辛料が効いていておいしいんですが、私はカリっと硬めな皮の部分が特に気に入りました。

座る所がなかったので、その場で立ったまま、サムサはあっという間に食べ終わりました。(*^-^*)

 

その後、隣のコンビニのようなお店にミネラルウォーターを買いに立ち寄りました。

鉄格子のようなシャッターをどう開けたらいいのか分からず、しばらく悩んでいると中から人が出て来たので、そのチャンスを逃さずに中へ!

そうそう、サムサを買ったところでは現金支払いでしたが、このお店ではWechat支払いが可能でした!

事前に聞かされていたより、現地の電子マネー化は急速に進んでいるようです。

 

喉も潤ったので、

「さ~あ、次はレーズンの入ったナン!ほんのり甘めなんだろうなぁ~」

と大いに期待してかぶりついたら・・・・・・。

「おんなじ味~~~!!!」

というオチだったんです。(笑)

 

これも、美味しいんです。

特によく焦げてカリっとした表面が、たまらなくおいしい!!

でも、さすがに・・・・・・、羊肉や味が染み込んでいる部分は胃にもたれ始めました。(T_T)

それでも、そこを避けて、食べ続ける私。

だって、美味しいんです。(T_T)

 

座れる場所も見つからなかったし、時間も気になっていたので、歩きながら、思い出したようにこの「ナン」を取り出しては、一口。

これを繰り返して、かなり歩きました。

☟こんな建設現場の側を通り、

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そのすぐ前にある交差点の向かいに、こんな☟建物を発見し、

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「やった~~~!!!もうすぐ到着!!!」

と思ったら・・・・・・。

ここから更に15分くらい歩くはめに。

ちなみに、ここまでで既に30分以上経過してます。(ーー;)

 

しかも、せっかく「香妃路」に到着したのに、どこから入ればいいのか分からない!

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香妃墓の入り口は、緑のルートで進んだ、香妃路の奥まった位置にある小道を入ったところ。

それは、歩いて来た艾孜熱特路からでは全然見えません。

しかも、香妃路の入り口辺りから艾孜熱特路に沿って、青色の青い衝立で周囲が覆われていました。

隙間からチラリと見えているのはたくさんのお墓。

なら、この近辺に入り口はあるはずと思い込み、艾孜熱特路をさらに前進。

ついに民生路との交差点まで来てしまいました。(赤いルート)

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☝は艾孜熱特路に立って、交差点方向を撮影。

艾孜熱特路はまだ先に続いていますが、周囲の様子は一変!

道路の両脇にはほとんど何もありません。

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☝は、交差点を左折した、民生路の歩道の様子。

この昔ながらの風景を見ることができて、何だか妙な満足感!(*^-^*)

ここで数人の方に香妃墓入り口の場所を尋ね、通り過ぎてしまったことを確認。

歩道まで青い囲いで覆われ、車道を歩くしかない道を引き返しました。

 

そして、香妃路まで戻り、念のため入り口にあった駐車場の女性係り員さんに確認すると、

「まっすぐ行って、右へ曲がるのよ」

とのこと。

最初に来た時、せめてここまで歩いて尋ねればよかった・・・・・・。(╥_╥)

 

駐車場がこんな手前にあるし、香妃路を挟んで反対側には衝立の陰からお墓も見えていたので、この周辺に入り口があるのかと勘違い。

でも、それは自分のせいなんです。

確認不足。(T_T)

 

香妃路を歩いていると、先が長いからと、ミニサイズの観光車輛の客引きがありました。

やっと、香妃路を右に曲がる位置まで辿り着きました。

振り返って見ると、艾孜熱特路からかなり奥まっています。☟

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そして、右に曲がると・・・・・・。☟

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この写真の一番奥左、上に中国国旗が翻っている建物が入り口かと思ったら、そこではなくてさらに前進。

ただ、私が訪れた時間が遅かったせいか、この場所にいたガードマンさん(?)2人からチケットを購入しました。

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【アパク・ホージャ墓】

アパクホージャ墓は国家重点文物保護単位の一つで、紀元1640年に建設が始まった。

墓には大礼拜寺・教経堂・主墓室・貯水池等の建築物がある。墓には17世紀の宣教師アバク・ホージャ、その父アジムハマドユスフ(阿吉穆罕黙徳玉素甫)等5世代にわたる72人の一族が葬られている。この墓には清朝乾隆帝の妃であった「香妃」の墓もあると伝えられているため、「香妃墓」とも呼ばれている。この墓は非常に美しく壮観に構築されており、ウイグル民族の建築工芸の特色を十分に表現している。1988年、国務院により全国重点文物保護単位に指定された。

 

そこを先に進んだ場所が、こちら。☟

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☝の上段の青い衝立で一面が覆われている場所に着きます。

その場所の向かい側が☝の下段、入り口です。

この入り口前の広場に、チケットや解説員の料金についての案内板がありました。☟

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通常はここでチケットを購入するんだと思います。

この時、19時54分。

まだまだ明るい!

 

そして、ここまで来て、やっと2000年夏に来た時の記憶と景色が重なりました!(^^)/

入り口に安全検査の装置がありましたが、動いていなかったので素通り。(笑)

上の写真の入り口前に人が立っていますが、あの方は係り員さんではなく、旅行者です。

入り口の建物を通り抜けると、☟の景色が待っています。

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そして、やっと18年振りにご対面!

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「ここが撮影のベストポジション」と案内がある場所で、撮影。

18年前も同じ案内があって、ここで撮影した記憶があります。

当時は一人ではなく、トルファンの日帰りツアーで知り合った中国人旅行者と一緒にここまで来ました。

その人はカシュガル現地に知り合いがいて、その人の車に乗せてもらってここまで来たので、どう移動したか、全然記憶にありません。(笑)

今回は一人なので、写真は自撮り棒頼りです。

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かなり重装備です。(#^.^#)

 

正面から撮影。

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向かって右手から。

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入り口。

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中は撮影禁止なので、写真はここでストップ。

 

最初見た時は、18年の歳月が流れたんだな~と感じました。

何となく、古くなった感じを受けたからです。

でも、もしかしたら、日暮れ間近の日差しの弱さのせいかも知れません。

 

ここの庭園の端から、側のお墓が見えました。

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色々検索していると、このお墓は地元の人の集団墓地との記載がありました。

 

少し、裏手に回って見ました。☟

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なんとなく秋めいて見える青空の下、カラータイルが鮮やか!

 

この建物を囲った柵の外側に、「講経堂」と書かれた案内がありました。

チケット裏の説明にあった「教経堂」のことだと思います。

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【教経堂】

この観光ポイントで最も古い建築物。当時、ユスフ・ホージャとアバク・ホージャが布教活動を行っていた場所である。教経堂は内・外の二つの部分から構成され、冬場は内殿で、夏場は外殿で教えを説いた。室内の中央には楕円形の長さ30㎝程度の青白い点模様が目立つ「聖なる石」が安置されていた。この「聖なる石」は病や災いを退ける力を持ち、厳粛で恭順な信徒は「聖なる石」に触れると、平安と幸福を得ることができたと言われた。

 

教経堂を正面に、案内板の位置から左手を見ると、少し先にモスクへと続く入り口がありました。☟

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【加満イスラム寺院】※英語部分を見ると、Friday mosqueと記されています。

加満イスラム寺院は紀元1873年に建設された、一階建て三合院式建築である。百メートル近い広々とした回廊と後殿からなる。62本の木柱は62名の名匠が丹念に彫刻し作り上げたものである。木彫りの図案と彩色模様は一つとして同じものはない。ウイグル族の木彫り芸術の神髄ということができる。金曜日(ジュマァ)・イスラムの需要な祭日である「ラマダーン明けの祭日」・「グルバン節」の間、多くのイスラム教徒がここで礼拝を行う。

 

2000年夏、こちらには足を運ばなかったと思います。

中央に庭があって、その三方に建物があります。

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これで、見学終了!(*^-^*)

既に21時直前です。

でも、まだこれから見学に入って行く人もいました。

何時までOKなんでしょう?

 

ちなみに、今のスマホアプリの百度地図では、このチケット売り場の広場辺りから、20路線バスの最終便(21時発)が出発するはず。

でも、6月29日、私が香妃路を行き来する間、一度もバスは見かけませんでした。

 

香妃路を艾孜熱特路まで戻って、近くのバス停からバスに乗りました。

何番だったか、記憶にありません。

あるバスがやって来たと思ったら、乗ってきた人が全員降りて、別のバスに乗り換えて去ってしまいました。

ぎゅぎゅうずめになったバスに乗るつもりだった私は、ダッシュし損ねて置いてけぼり。

次があるのかどうかも分からず途方に暮れて佇んでいると、そのバスがまた発車するというんです。

でも、営業時間を過ぎているから、既定のルートは通らないとかとか。

回送車輛だったんでしょうか?

なんにせよ、少しでも街中に近づかないと!

グズグズしていると、夏至直後でとっても長いカシュガルの日中も、さすがに暮れてしまいます。

バスに乗り込み、現在位置を把握しながら周囲をチェック!

ここで、一日ひたすら歩いていたのが役立ちました。\(^o^)/

バスはカシュガル地区博物館の前を通り、東湖公園の方に曲がって人民東路を西へ!

開放路が南北に、人民路が東西に分かれる交差点を少し過ぎた「中国郵政」というバス停で下車しました。

そこはちょうどエイティガール寺院の方へ続く道「庫木代爾瓦扎路」の側でした。☟

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初めて通る道です。楽しみ!!(*^▽^*)

ちょうど夕暮れ。

建物壁が夕日に染まってとっても綺麗!

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☟この辺りは、既にお馴染みの道。(*^-^*)

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☝の道をまっすぐ下るとエイティガール寺院の裏手右に出ます。

ここを右に曲がって、前日も行ったスーパーへ!

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☝の道を途中で左に折れると、☟の道。

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この道を解放北路まで出たら右側がスーパーです!

旅行用のミニボトルの衣類用液体洗剤の購入が目的。

液体洗剤なら、濯ぎが多少楽ではないでしょうか?

 

この日、ホテルに戻ったのは22時半。

約10時間の観光。(笑)

長い一日でした!(*^-^*)

ここまでお付き合い、ありがとうございました!!m(__)m

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月29日(金):カシュガル2日目 (1)エイティガールモスク・ユースフ・ハーッス・ハージブ墓・アスラン・ハーン墓※7/24アスラン・ハーン情報追加

2018年6月29日(金曜日)、カシュガル、晴れ時々曇り。

 

前日遅くまで起きていたので、予定通り、起きるのが遅くなりました。(笑)

中国のホテルのテレビは、だいたいネットテレビ。

このホテルでも、普通のケーブルテレビ以外に、動画サイトの動画も見れたりします。

日本ドラマも結構あるサイトだったので、私は『ドクターX』をセレクト!

準備の間、「チャララララ~ラ、ララ~ン」と気合の入るBGMが流れていました。(笑)

ちょうどタイミングよく、加地先生と記念撮影!(^o^)/

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この日以降、西安に戻ってからもしばらく、ドクターX祭りが続きました。(笑)

さて、準備を済ませて、北京時間の12時半にホテルを出発。
現地時間なら10時半です。

行動開始にはちょうどいい時間ではないでしょうか???(#^.^#)

 

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出かける前、別館出入口から、外を撮影!
この日は薄曇り。
気温はまだ、そんなに高くありません。

 

では、この日の観光ルートをご紹介!\(^o^)/

①エイティガールモスク(艾提尕尔清真寺)

②ユースフ・ハーッス・ハージブ(玉素甫・哈斯・哈吉甫)のお墓

アスラン・ハーン(赛依提艾里・艾斯拉罕)のお墓

カシュガル地区博物館(喀什地区博物馆)

⑤香妃墓

香妃墓からの戻りに路線バスに乗った以外、全部徒歩で移動!!

約10時間、カシュガル市内を徘徊していました。(*^▽^*)

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だいたいこんな感じです。

緑のルートでスタート!\(~o~)/

 

まず、カシュガル古城を抜けて、エティガール寺院へ。

以下、百度百科の出だし部分を訳してみます。

エイティガールモスク(中国語:艾提尕尔清真寺/ウイグル語:قەشقەر ھېيتگاھ مەسچىتى Héytgah Meschit)、中国語では「艾提尕」・「艾提卡尔」とも訳される。新疆ウイグル自治区カシュガル市にあるエイティガール広場の西側に位置する。1442年に建築が始まった。南北140m、東西120m、敷地総面積は1.68万㎡。「正殿」・「外殿」・「教経堂(コーランを教える堂)」・「院落(庭園)」・「拱拜孜(※正門を入ってすぐの空間、チケットを売っていた場所のことのようです)」・「ミナレット」・「正門」等の七つの部分に分けられる。エイティガールモスクは新疆最大のモスクであるだけでなく、中国最大のモスクでもある。中国内外の宗教界において一定の影響力を持つ、新疆ウイグル自治区における重点文物保護単位である。

 

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☝チケットは45元。
1人1枚、3日間有効と書いてあります。

でも、3日以内に再度訪問した時、寺院内に入れてもらえませんでした。

その他、このチケット料金には、古城施設の維持メンテナンス、民族色溢れる街並み・エイティガール寺院の観光を含むとあります。

このチケット購入前から、何度もこの区域に出入りしていますが、チケットの提示は求められたことがありません。

カシュガルに来たらエイティガール寺院はほぼ必ず見学するという前提で、そのチケット料金に街並み観光費も含めてあるんでしょうね。

チケット販売担当の方から、このチケットですぐ側にある「民俗」という文化を紹介している施設を見学できると説明を受けました。

ここには、最終日(7月1日)の朝一で出かけたので、後日、ご紹介したいと思います。

このチケット販売してくれた若者、大学で日本語も学んだそうで、日本語で話しかけてくれました。(*^-^*)

  

エティガール寺院内は写真撮影厳禁と言われ、私は荷物をロッカーに預け、日傘だけ手にして寺院敷地内に入りました。

ところが、次の日に会った人から「みんな写真を撮っていた」と聞き、ちょっとショック。

周囲の様子は18年前と大きく変わっていますが、中の様子はそんなに変わっていないように思います。

当時も写真撮影は禁止だったかな~~~?

少なくとも、寺院周辺内の庭の様子などは撮影したような記憶があります。

8月、日本一時帰国時に昔の写真を確認せねば!

もしあったら、当時の様子を追加しますネ。(*^-^*)

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(参考)

艾提尕尔清真寺_百度百科

エイティガールモスク - Wikipedia


次は、ユースフ・ハーッス・ハージブのお墓へ向けて、移動開始!。
エティガール寺院前の解放北路を、左手に人民公園を見ながら一路南下。
体育路まで来たら左折。

体育路の様子☟。当時はネムノキに花が咲いていました。(*^-^*)

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☝の写真、実は、緑の道路名標識の左隣が「ユースフ・ハーッス・ハージブのお墓」の入り口だったんです。

この写真を撮る時、全然気づいていませんでした。

正直に言うと、今、ブログを書いている最中に「あ、ここに写ってる!」と気付いた次第。(^^;

この時も、私は百度地図を起動して、それに沿って歩いていました。

でも、地図が示す目的地は、ここより更に先を右折となっていたので、反対側の歩道を歩いていた私はすぐ側にある目的地に気付かず、通り過ぎてしまいました。

 

右折すると、そこには小学校。

漢民族の学校なのか、周囲は赤いスカーフを首に巻いた漢民族の子供ばかり。

最初に子供に尋ねると、「まっすぐ先!」と教えてくれたので、更に前進。

でも、百度地図の現在地がだんだん目的地からそれ始めています。

なぜ~~~~????

そこで、校門の前で子供の下校を待っているお母さんに声を掛けました。

お母さん、親切に教えてくださいました!(*^^*)

ここでやっと、行き過ぎたことを認識。

引き返して門の前に辿り着くと、ちょうど女性がインターホンで中にいる人に連絡し、鍵を開けてもらっているところ。

なんと、幸運!!

この人に出くわさなかったら、どうやって中に入るのか分からず、見学を諦めていたかも。

中央の扉は厳重に鎖を巻いて、南京錠を掛けてあるんです。☟

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一般個人旅行客、これを見たら「今日はお休み」と思っても不思議ないと思います。

一緒に横の通用門から入って、手荷物検査を受け、☟の写真の左に見える窓口でチケットを購入!(^^)v

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チケットは、1人30元。

ここは写真撮影OKです。\(^o^)/

 

門を入って左手に、このお墓の主、ユースフ・ハーッス・ハージブについての紹介がありました。(チケットの裏にもあります。)

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☝左のお墓の紹介を訳してみます!

【ユースフ・ハーッス・ハージブ(玉素甫・哈斯・哈吉甫)の墓 概要】

ユースフ・ハーッス・ハージブの墓は、ウイグルの詩人・学者・思想家であるユースフ・ハーッス・ハージブの陵墓を主体とした園林である。ユースフ・ハーッス・ハージブが書いた長編大作『クタドゥグ・ビリグ(Qutadğu Bilig/幸福になるための知恵)』は、訓戒性の強い長編詩であり、また詩の形式を用いて書かれた哲学と理論学の著作でもある。ユースフ・ハーッス・ハージブの園林は墓地・イスラム寺院・記念館・展覧室で構成されている。建物全体が釉薬タイルで覆われ、壮大な迫力がある。その装飾文様は精巧で、作りは古風で飾り気がなく、後世ではあまり見かけることがない。特に建築の配置と細部の処理には、ウイグル工匠の卓越した技術と傑出した才能が現れており、非常に濃い民族色と高い鑑賞価値を備えている。

※赤色標記の部分について:

中国語では「整个建筑彩琉飞檐」「其装饰纹样非美」と記載されています。

この部分の訳に悩みました。

悩んで、夢にまで出て来たくらい。(笑)

ちょうど週末。

恒例の大唐西市博物館見学のタイミングを利用して、学芸員さんと英語担当解説員さんに尋ねました。

百度百科でも、日中辞書でも検索できますが、「飛檐」は中国建築の屋根のように、反り返った状態の屋根を指します。

でも、この園林の建築物に反り返った軒先は見当たらなかったんです。(◞‸◟)

学芸員さん、解説員さんの回答は☟の通りです。

「中国標準語では上述の意味に間違いないが、新疆ではもしかすると別の意味に使われるのかもしれない。当館の文物ではないので我々では答えようがない」

「非美」については、百度百科でも検索できませんでした。

英語担当解説員さんに、英語の内容を見ていただきましたが、この字に該当する部分が「肥胖(肥満)」の意味に訳されているとのこと。

「非」と「肥」の発音は「fei」で同じなんです。(声調は異なります)

それを踏まえて、学芸員さんからは、

「肥満ではなく、細やかな模様がびっしりと覆っているという意味ではないか?」

「もしくは、「非美」ではなく、「精美(精巧な・精美な)」ではないか?」

とアドバイスをいただきました。

それらを総合して、「飛檐」については訳さず、「非美」については「精巧な」を採用しました。

こんなわけで、今回もいつも通り、あくまで参考としてご覧ください。<(_ _)>

 

懲りずに、チケット裏の紹介も訳してみます。(^o^)/

ユースフ・ハーッス・ハージブはウイグル族の偉大な学者・思想家・詩人である。1019年、ベラサグン(現在のキルギス共和国のトクマク付近)で生まれ、後にカシュガルへ移り住み、そこで創作活動を行った。紀元1070年頃、ユースフ・ハーッス・ハージブは古代ウイグル語で13000行余りにも及ぶ長編叙事詩『クタドゥグ・ビリグ』を書き上げ、当時のカラハン王朝の君主へ献上。君主は「ハーッス・ハージブ」の称号を与えた。ユースフ・ハーッス・ハージブは紀元1085年、カシュガルにてその生涯を終えた。享年67歳。1957年新疆ウイグル自治区人民政府は、ユースフ・ハーッス・ハージブの陵墓を自治区の重点文物保護単位と認定した。

 

ユースフ・ハーッス・ハージブと彼の著書『クタドゥグ・ビリグ』については、Wikipediaもご参照ください。

ユースフ・ハーッス・ハージブ - Wikipedia

クタドゥグ・ビリグ - Wikipedia

百度百科もどうぞ!

玉素甫·哈斯·哈吉甫_百度百科

福乐智慧(古典长诗)_百度百科


敷地内には、とっても綺麗な葡萄棚が!

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熟すにはもう少し時間がかかるようですが、マスカットだと思えば本来この色!(笑)

緑の粒の連なりが下がっている様子は、とても美しかったです。(*^_^*)

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緑に縁取られてた道を抜けて・・・・・・、

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お墓のある建物を囲む塀の入口に到着。

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ここに、ユースフ・ハーッス・ハージブさんの像があります。

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この像の前を通って、お墓へと進みます。

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この建物の中に、棺が収められていました。

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☟は、棺の納められた建物の周囲の様子です。

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この場所は、かつてコーランの教えを学ぶ講堂(讲经堂:教経堂)だったそうです。

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見学が終わり、ユースフ・ハーッス・ハージブさんの像の前まで来た時、立派な白いひげを蓄えたご老人が参拝にやって来られました。

ウイグル語で話しかけられ、カメラを覗き込まれたので、「写真を撮るな!」と訴えたいのかな?と心配に・・・・・・。

でも、そうではなかったようです。

私がお辞儀をして立ち去ろうとすると、身振りで、「自分に付いておいで。一緒に見学しよう」と伝えてくださっているように見えました。

それで、撮った写真をもう一度、今度は多めに見てもらい、「もう見学終わりました」と表現したつもり。

納得されたのか、諦められたのか、ご老人は一人で中に入って行かれました。

 

言葉が通じない。

中国に留学したばかりの頃を思い出しました。

身振り手振りの動作が非常に大きく、「小学生から踊ってるみたい」と面白がられましたっけ。(#^.^#)

以上、ユースフ・ハーッス・ハージブのお墓でした。

 

この辺で、ルートを再確認しましょう!(^o^)/

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北京時間12時半、ローカルタイム10時半にホテルを出発した私。

ユースフ・ハーッス・ハージブのお墓を後にしたのが北京時間14時半過ぎ(ローカルタイム12時半過ぎ)。

前日夕食が遅い上に大量だったため、この日は朝食を摂っていませんでした。

さすがに、空腹が限界に!

バスに乗って次の目的地に直行すると食べ損ねてしまいそうなので、目的地に向かって歩きつつ、食堂を探すことにしました。

体育路を東へ。

天南路とぶつかるので、そこを左折して北上。

道中、いくつも食堂はありました。

でも、現地のお店には戸口にシャッターのような扉が併設されていて、店内が薄暗いと、明るい外からは営業しているのかどうかよく見えないんです。

中が見えても人が少なくて、美味しいんだろうか???なんて気にしてしまい、立ち止まることなく前進していました。

外でシシカバブを焼いているお店も同様、中が見えない、或いは人が少ない。

「抓饭(ポロ)」を売っているお店の店頭の鉄鍋の中は、ほぼ空っぽ。

僅かなご飯が油の中に浸かっているような状態。(T_T)

結果、20分ほど歩いて、やっとめぼしいお店を見つけ、着席しました。

座るとすぐに出してもらえる、お茶がありがたい~~~!!!

そのお店のメニューです。☟

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私は左上から2番目の「薄皮包子」を注文。

ウェイトレスさんの回答、「ありません」

次は右の一番上「抓饭(ポロ)」。

これもなし。

何があるんですか?と尋ねると、右上から2番目の「拉麺(ラグメン)」と、もう一つの料理名を答えてくれました。

あと、シシケバブとヨーグルト。

結局、前日夜と同じメニューを注文することになりました。(ーー;)

 

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これは10元のもの。

大きさと金額から判断。

前日夜のラグメンは12元でした。

だからあんなに多かったんだ~~~。(^^;

このお店、観光地からは遠く離れた、一般住宅街にありました。

でも、価格はエイティガール広場のお店と同じ。

私はてっきり、観光地であるエイティガール広場側にあるあのお店は割高なんだと思っていました。(^^;)

そして味は・・・・・・。

味と言うか、このお店は羊肉が筋っぽい硬いところを使っていて、しかもお肉がちょっと少なめ。

これは、翌日夜、またエイティガール広場のお店に行って、10元バージョンを食べての比較です。

スパイシーなお茶は、2店舗とも同じ味でした。

これがカシュガルの定番???

 

取りあえず空腹を満たして、再スタート!

引き続き天南路を北上すると、人民東路に到着。

そこを右に曲がって東湖公園方向へ進んでいると、公園手前の交差点で、左手に観覧車を見つけました。

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ここが、人民東路と吐曼路・帕依納普路の交差点。

観覧車は、吐曼路側にあります。

 

ここから、東湖公園の東湖の上に架かる橋「吐曼橋」に差し掛かります。

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直射日光を遮るものが全くない区間

地図で調べると600mくらいあります。

曇っているように見えますが、太陽は顔を出したり、引っ込めたり。

日差しはかなりキツイ!!

日傘を持つ手を握り直し、意を決して出発!

 

と思ったら、

「そこの人っ、地下道を通りなさいっっ!!」

交通整理を行っている女性警察官に注意を受けてしまいました。(^^;

通り向かいの観覧車ばかり見ていたせいで、少し手前にあった地下道入り口を見落としました。

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☝、ちょっと晴れてきました。

散水車が水を撒いて行ったんですが、数分とかからず、あっという間に蒸発。

橋の向こう(進行方向左手)に見えているのが、翌日見学予定の「高台民居風景区」。

ホテル近くの観光用に整備されている「古城景区」とは違う、本当に古い民居が集まっている場所です。

☟は進行方向右手にある東湖公園の中心に建築された「カシュガル市都市計画展示館(喀什市城市规划展示馆)」。

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カシュガル最終日、カシュガル駅へ向う路線バスの中。

後ろの席にいた女性が、かなり手前から「写真を撮れ」という風な身振りで外を指示していました。

どこのことか分からないのでとりあえず撮影していたら、この場所を通過。

後ろの女性、満面の笑みで「そう、これよ!」と思われるウイグル語を伝えてきました。

カシュガルに住む人たちにとっては、この建物は発展の象徴、誇りなのかな。(*^-^*)

 

「吐曼橋」、渡り切りました!

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 この道を更に前進します!

が、ここで、私は念のためルートを確認!と、百度地図を再検索してしまいました。

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☝、東湖公園の右手、黄色い線をご覧ください。

この場所で再検索した百度地図の結果は、前もって検索した時の幹線道路ルートではなく、交差点を過ぎてすぐに右折するよう指示。

確かに、地図上にはちゃんと道があります。

大通りを行けば、かなりの遠回り。

私は親切に近道を示してくれた百度地図に感謝しつつ、指示に従って右折し、順調に目的地に接近!!

地図では小学校の敷地の端に沿って細い道がありました。

遠目に、お母さんたちが子供を迎えに来ている様子も見えます。

よしよし、間違えずに進んでるぞ!!!

ところが!

喜んだのもつかの間。

目前に、フェンス出現!!!

私はまだ、そこを通れると思っていました。

ユースフ・ハーッス・ハージブのお墓への行き方を尋ねた時のように、お母さんたちが立っているのは公共の道路、だからフェンスに扉があると思っていたんです。

そうでないと、このフェンスの外側に住んでいる子供たちが学校に通うのに、どれだけ遠回りしないといけないことか!

ちょっと都合よく解釈。(^^;

でも、やっぱり、甘かった・・・・・・。(╥_╥) 

地図では道と示されている部分、現実には小学校の敷地扱い。

フェンスの内側にいるお母さんに声をかけて聞いてみましたが、ここは行き止まり。

フェンスに通りぬけできるような場所はないとのこと。

アスラン・ハーンのお墓についても尋ねましたが、この近辺に著名人のお墓があるのはご存じないようでした。

地図では目的地まで半分近く歩いたのに、引き返さなくてはならないなんて!!!(T^T) 

 

仕方ありません。

大道に戻って、先々で地元の人に尋ねながら、緑ルートで門の前まで行きました。

 

ところが、またしても、が~~~ん!!!( ゚Д゚)

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ユースフ・ハーッス・ハージブのお墓の時同様、がっちり鍵がかかっています。

通りすがりの漢民族の女性曰く、「今日は金曜日だから、礼拝があるはずなのに、なぜ閉まっているのかしら?」

門の前をウロウロしていると、道を尋ねた漢民族の若者がスクーターで通りかかり、「ここだよ!」と指さして過ぎ去っていきました。

・・・・・・。

暫くそこに佇んで・・・・・・、ここは諦め、次へ向かうことにしました。

「青年北路」をローターリーまで戻り、更に少し直進すれば、「カシュガル地区博物館」に辿り着けます。

ちなみに、この「青年北路」、かつては「艾爾斯蘭汗路」と呼ばれていたようです。

現地の道路案内看板では「青年北路」となっていても、現地の人は「艾爾斯蘭汗路」と言っていましたし、ネット上の情報でも「艾爾斯蘭汗路」と記載されています。

記憶が間違っていなけれな、6月29日当時の百度地図でも「艾爾斯蘭汗路」となっていた気がします。

辺境の地だけに、百度地図への情報反映の微妙な誤差が存在するんでしょうか?

ところで、地元民に馴染んだ、地元の著名人の名前を冠した通り名を、なぜ、どこの都市にでもあるような無味乾燥の名称に変えてしまうのか?

迂闊なことを書くとアク禁になってしまうので、自重します。

 

さて、来た道を戻りかけ、たまたま振り返った先に、お墓のような丸いものが見えました。☟

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さっき門の外から見えた建物の後ろにあります!

たぶん、これがアスラン・ハーンのお墓。

目視することができて、ここまで迷走してきた疲れも忘れることができました。

 

ところが!

今、このブログを書くにあたり百度百科を再々検索してびっくり!

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左が、カシュガルのホテルで検索したルート。

右が今、東湖公園を過ぎた位置から検索し直したルート。

この地図を見て初めて知りました。

私がお墓の写真を撮った道を、そこから根性で前進し、更に左折を行えば、おそらく正面入り口に辿り着けた!!!(T_T)

上で紹介したルートを記入している地図で、紫色で補足したル部分です。

そして、左側、ホテルで検索した地図をよ~~~く見ると、目的地を示す「終」マークの後ろに、それらしき表示が隠れていました!!

ホテルからのルートだと、縮尺が小さくなるので細かいところまで見えてなかったんです。

しかも、ホテルの照明は薄暗いし・・・・・・。

いくつもの不運(自分のおっちょこちょい)が重なって、アスラン・ハーンのお墓の全容を知ることなく、立ち去ってしまいました。

カシュガルを去ってから、もう20日以上過ぎました。

なのに今頃、正しいルートが分かるなんて。 o(╥﹏╥)o︎

突然思い立って準備した旅行だけに、なんて詰めの甘い事・・・・・・。

 

余談ですが、☝のスクショの左側の左上をご覧ください。

「3G」とあります。

新疆に入ると、中国移動の電波が「4G」から「3G」へダウンしました。

更に、列車移動中、駅から離れるとただの「G」へ!

トルファンのタクシー運転手さんの話では、トルファン現地の携帯番号は、今、順次「4G」対応に変わっているそうです。

 

せめて、アスラン・ハーンについて、情報があれば訳してみよう!と思い、百度で検索したのですが、所在地くらいしか紹介がありません。

知名度がそんなに低いハズないと思うんですけど・・・・・・。

赛依提艾里艾斯拉罕墓---喀什三日(四十九)_五彩鸟_新浪博客

 ☝の、中国人写真愛好家の方が2009年10月22日、正面扉が少し開いていたので中を覗いて(最終的には中まで入っているようなアングルもあります)撮影した写真を載せた中国語ブログが一番詳しそうでした。

でも、建物についての描写・感想が主体で、墓の主についての情報はありません。

10年ほど前の様子をご覧になりたかったら、このブログを訪問してみてください。

 

これで、29日の前半を終了します。

後半は、「カシュガル地区博物館」と「香妃墓」をお送りします!(=^▽^=)

 

※2018年7月24日 アスラン・ハーン情報追加

ここ暫く、カシュガルでの訪問先をブログで紹介しています。

その途中、カシュガル地区博物館の序文を訳していて、中国語の「喀什」標記は「喀什噶尔」の略称という表現に出会いました。

それは別に以前から知っていたのですが、声調付きピンインをブログに載せたくて、百度百科で「喀什噶尔」を検索。

すると、「喀什噶尔」の目次の第一「歴史沿革」に「阿尔斯兰汗墓」・「阿里·阿尔斯兰汗」という名称があったんです。

更に、説明の中で「現地の人々には“赛依德·阿里·阿尔斯兰汗麻扎”と呼ばれている」ともありました。(※「麻扎」は「墓」の意味です)

百度地図上では「赛依提艾里・艾斯拉罕墓」と表記されていた「アスラン・ハーンのお墓」。

「赛依提艾里・艾斯拉罕(sai yi ti ai li・ai si la han)」と「赛依德·阿里·阿尔斯兰汗(sai yi de ・a li ・a er si lan han)」。

音が似ている!

同一人物だと、どうやって確認したらいいんだろう?

この二つの名称、これまで私が検索した範囲内では、「別名」等と称して一緒に出現したことはありませんでした。

う~~~ん。

そうだ!カシュガルでたった一人、Wechatを交換した人がいました。

カシュガル在住漢民族の土産物売り場の店長さんです。

ご迷惑とは思いつつ、この店長さんに尋ねてみました。

店長さん、ウイグル族の人に聞いてくださいました。

同一人物だそうです!!

ありがとうございました~~~!!!\(^o^)/

 

「赛依德·阿里·阿尔斯兰汗(sai yi de ・a li ・a er si lan han)」なら、「サイード・アリ・アスラン・ハーン」とカタカナ表記にしてもいいかな?

私、「赛依提(sai yi ti)」をどう日本語表記にしていいか、分からなかったんです。(^^;

似たような名前の君主も多いですし、間違っちゃヤバいと・・・・・・。

これならほぼ安心!

Yahoo!で「サイード・アリ・アスラン・ハーン」と入力して検索すると・・・・・・。

あった!!

カシュガルに旅行された方のブログに、この名称とたくさんの写真が!

写真、私が遠目から見たものと同じです。

この方は、敷地内にも入られたようです。

ついでに、この方が見学された2014年は、エイティガール寺院内の撮影が可能だったようです。

『ユーラシア大陸横断【陸路】19-20日目 中国・ウイグル カシュガル』喀什(中国)の旅行記・ブログ by worker antさん【フォートラベル】

 

さて、アスラン・ハーンについて、百度百科の記述を訳してみたいと思います!

アリ・、スラン・ハーン(阿里·阿尔斯兰汗)】

フルネームは(中国語表記で)阿里·阿尔斯兰汗·舍希德·艾布·哈桑·本·巴伊塔什·阿尔斯兰汗。回鶻族(かいこつ族:百度百科では、ウイグル族の祖先と紹介)、カシュガル(現在の新疆カシュガル市)人。

アリ・アスラン・ハーン(?~998年)は、カラハン朝の可汗(カガン)。カラハン朝の王族出身。祖父のサトゥク・ボグラ・ハン はイスラム教に帰依した初めての可汗であり、父のムーサー・アスラン・ハーンはカラハン朝の大可汗である。幼いころから宮廷とイスラム教の教育と薫陶を受けた。およそ10世紀70年代に即位した。当時、カラハン朝は仏教国である于闐(ホータン)との宗教戦争において劣勢に置かれ、国内の仏教とも頻繁にイスラム教への強制改宗に反対して暴動を起こし、西部はカラハン朝の宿敵であるサーマーン朝の脅威にさらされていた。政権を握って以降、仏教徒の反抗を鎮圧、国内の情勢を安定させると同時に、引き続きホータンの仏教徒と戦い続けた。992年、アリ・アスラン・ハーンはサーマーン朝の動乱を利用し、従兄弟である副可汗・ハサン・ボグラ・ハンを河中地域へ出兵させ、サーマーン朝へ進攻、一たびは首都であるブハラを占領し、サーマーン朝に大きな打撃を与えた。また自ら軍を率いてホータンに進攻した。998年初め(イスラム歴388年1月)、現在の新疆英吉莎県都北部で発生した戦闘において、ホータンの仏教徒に殺害され、カラハン朝可汗の中で最初の殉教者となった。12世紀のアラビアの歴史家イブン・アスィールの著書「完史」の記載によれば、アスラン・ハーン死後、カシュガルのカラハン朝王室墓地に葬られた。その陵墓の名は「奥当麻札」という。アスラン・ハーンの死後、その末裔は家系「アリ一族」を形成し、分裂後の西カラハン朝を統治した。

 

さらに、「カシュガル」についての記述の項目の中で、気になったところだけ訳してみますね。(^o^)/

アスラン・ハーンは英吉莎で戦死後、遺体はホータンの仏教軍に「奥達木麻札」に放り捨てられたが、首はカシュガルに持ち帰られ、「艾斯克萨城」の壁に曝された。その後、アスラン・ハーンの首はカラハン朝により「艾斯克萨」古城から遠くない吐曼河の畔に丁重に埋葬された。これが、我々が今日見ることができる「阿尔斯兰汗麻扎」である。

この墓は、作られた当初は簡素なものであったが、以降、代々補修拡大が行われた。今日見ることができる大きな墓となったのは、紀元1860年1861年のことである。このことは、墓の南頭上にあるアラビア文字の紀年碑文により証明される。

この墓を現地の人々は「サイード・アリ・アスラン・ハーン墓」とと呼んでいる。「サイード」とは、イスラム教における「預言者ムハンマドの子孫」のことである。この墓の東側、さほど離れていない場所に、もう一つ、アスラン・ハーンに所縁の遺跡がある。これが「艾拉丁海尼姆麻扎」である。これはアスラン・ハーンの母親、カラハン朝の皇太后「奴尔艾拉丁」の陵墓と言われている。息子の首だけが故郷に戻ったと知り、年老いた皇太后は悲しみのあまり生きる意欲を失い、死後はここへ葬られた。この墓の主が女性であるため、この墓はイスラム教徒の女性にのみ開放されている。

 

【参考】

カラハン朝 - Wikipedia

喀什葛尔_百度百科

阿里·阿尔斯兰汗_百度百科

 

以上、追加情報でした。(*^-^*)

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月28日(木):蘭州→コルラ経由→カシュガル※7/24「遊覧観光バス」加筆

2018年6月28日(木曜日)、蘭州・コルラ・カシュガルともに快晴!

 

この日は移動日。

フライトの予定は☟。

蘭州中川空港11:30発 → コルラ空港14:45着 九元航空AQ1109

コルラ空港16:35発 → カシュガル空港18:15着 南方航空CZ6892

 

実際の発着は☟。

蘭州中川空港11:23発 → コルラ空港14:10着 九元航空AQ1109
コルラ空港17:21発 → カシュガル空港18:50着 南方航空CZ6892

 

なんと、蘭州発の、格安航空の九元航空のフライトは、予定より早く出発しています!

コルラ発の南方航空便は、期待の到着が遅れたため、約50分遅れでの出発になりました。

カシュガル到着は35分遅れ。

 

こう書くと、移動に費やされた一日に見えますよね?

でも、このメイン行動の前後、合間に、色んなことがありました!

それをご紹介していきます!!\(^o^)/

 

 

💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛

 

この日の朝は寝坊することなく、予定通り6時に起きて、8時に部屋を出ました。

フロントでルームカードを返すと、ディポジットの100元が返却。

前日に他の宿泊客が言っていたように、ちゃんと返却されました!(*^-^*)

この朝フロントにいたのは、チエックインの対応をしてくれた女の子。

「また来てくださいね」

と声をかけられて、嬉しくなる私!(#^.^#)


外に出ると、とてもいい天気。

幸い気温はそれほど高くなく、日除け用の長袖の上着を着ていても平気です。


さて、蘭州を去る日になって説明するのもなんですが、私はなぜ、蘭州のホテルを、この「航空大酒店」にしたのでしょうか???

【回答】

それは、すぐ側から空港行きリムジンバスが出発するからデス!!

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☝に地図をご覧いただくとわかるように、「机场大巴售票处(空港リムジンバスチケット売り場)」がすぐ隣!

リムジンバスは、ホテル前の幹線道路(盤旋路)に沿って、ホテル玄関より少し西側から数台並んで停車しています。

地図の緑の線の辺りです。

ホテル玄関からチケット売り場まで、1分と掛かりません。

とっても便利!(^^)v

チケット代金は30元WechaやAiipayが使えます。

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リムジンバスの運行は、朝5:00~夜20:00、15分毎に出発です。

荷物は自分でバスのトランクルームに入れますが、西安のように係員が預け荷物にナンバーシール貼って引換券を渡してくれるような確認がありません。

出発まで扉を開けっぱなしのトランクルームを見張っている係員もいるのかいないのか???

そのせいか、女性二人が出発間際まで、トランクルーム前に立っていました。

非常に残念なことに、急いでバスに乗ったので、周辺の写真を撮り忘れてしまいました。(◞‸◟)

 

荷物をトランクルームにいれた後、私がバスに乗り込むと・・・・・・。

席がない???(゚Д゚;)

ほぼ満席でしたが、よ~く見ると、一番後ろの列に二つ、前の方に1つ、席は残っていました。

私は一番後ろの窓際に着席。(*^-^*)☟

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その後二人載って来て、ちょうど満席、ちょうど8:15分。

バスは順調に出発しました。


ところが暫く市内を走り、郊外に出て、もうすぐ高速に入るという辺りで、バスが停止しました。

「前方で工事をしていて、今は対向車線を優先させているのかな?まぁ、余裕持って出て来たし、その内動くだろうから平気、平気!」

と呑気に構えていたら・・・・・・!!!

何だかバス内が騒然としてきました。

窓の外には黒煙が上がっているのも見えます。

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既に前方へ様子を見に出ていたらしい添乗員さんが、全力疾走で戻って来るのが見えました。

ようやく事態の深刻さを認識する私。

添乗員さんは消火器を掴むと、すぐにまた駆け出して行きました。

わざわざ降りて様子を見に行った近くの席の乗客に尋ねると、小型車が炎上しているとのこと。

「なんですと~~~!!??(゚Д゚;)」(←心の叫び!)

「車が炎上している。交通規制がいつ解除されるか分からない。フライトの時間がギリギリだったら、変更した方がいい」

消火器を使い切って戻って来た添乗員さんからの助言。

そんなことを言われても・・・・・・、私のフライトは変更不可。

かりに遅い便に変更出来たとしても、乗り継ぎ時間はもともと1時間50分!

間に合うわけない……!!!(T ^ T)(T ^ T)(T ^ T)

そもそも、一日一便しかなくて、しかも毎日飛んでるわけじゃない!!!

この便に乗り損ねたら、カシュガルにはいつ到着できるの???

少々高い上に機中泊だったとしても、ヘンな乗継便じゃなく、西安からの直行便にするべきだった!!!

後悔しても、もう遅い・・・・・・。(T_T)

それでも、添乗員さんの言葉に「まだ30分は動けないだろう」というのがあったので、その最短の30分に望みを託す私。

30分で動き始めれば、間に合う!

多少のアクシデントを見越して、早く出て来ているのです。

この状況をWechatのモーメンツで発信。

友人達とやり取りをし、「後は運を天に任せるしかない」と返信した時。

消防車が数台到着。

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更に警察の車もやって来た!

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そして5分も待つことなく・・・・・・。
あ、動き始めたっっ!

ちなみに、後ろは長蛇の列です。

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そして、火災車輛の様子。☟

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対向車線の皆さん。

遥か先まで、延々と車が連なっていました。

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停止させられた先頭車両から、私の乗るバスの位置は50メートルくらい。

前方を遮る車輪がいないので、速度は一気に時速90キロ代までアップ。

こうして幸運にも今後の予定がガタ崩れする危機を脱し、後は何事もなく、中川空港に到着しました。


リムジンバスは第二ターミナル前に停車。

私が搭乗するのは第一ターミナル。

私は第二ターミナルでの下車が終了するのを座って待っていました。

ところが、みんなゾロゾロ、ゾロゾロ下りてゆき、気付くと残っているのは私だけ!

みんなT2から出発なの???

一人のためにT1まで行ってもらうの申し訳ないな~と思っていたら、

「ここで降りて。スグ先だから自分でT2まで行って」

と運転手さん。


「はい?」


普通は各ターミナルの前まで行くんじゃないの?

でも、仕方ないので降りました。

ランクルームをのぞき込むと、私のトランクだけが取り残され、お腹を上に向けて起き上がれなくなっている亀みたいに、奥の方に1個だけ転がっていました。

もぐりこんで引っ張り出して、T1を確認。

確かにすぐ側だけど・・・・・・。

でも、直射日光直撃~。

傘を差して、トランクを引っ張って歩いていると、私が乗って来たリムジンバスが移動するのが見えました。

T1に来る前で駐車場方向へ曲がり、そこから更にどこか(たぶん到着ロビー)へ。

T1まで来ると、次の場所への移動するのにかなり大回りになることだけはよく理解できました。(^^;

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☝はT1ターミナル入り口から、駐車場を見た様子です。

蘭州、いえ甘粛省の代表的文物「銅奔馬」が赤い中国国旗を背景に駆けています。


T1内にはいってから、わざわざ外を歩かなくても、T2とT1が中で繋がっているのに気付きました。(^^;

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気を取り直して、チャックインカウンターを探します。

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安全検査への入り口を挟んで左手に、九元航空のカウンターはありました。

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数人しか並んでいません。

Ctripの評価ではボロボロに批判されていたので、利用者が少ないのかな?

私は事前にネットで10キロ分重量を購入していました。

預け入れ荷物の重量は9.6キロ。

ぴったり!

スムーズにチエックイン完了。

 

続いて、安全検査。☟

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入り口には銃携帯の警備員。

物々しいです。

トレッキングシューズの中まで指を突っ込まれながら安全検査を終え、搭乗口前へ。

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104搭乗口は、☝の写真上段左の一番奥です。

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すっごい人です。

みなさん、かなり早くチェックインを済まされてたんですね。

それぞれ、かなりの手荷物を携えています。

チェックインカウンターで手荷物がノーチェックだっただけに、大きさオーバー、個数オーバー何でもあり。

一応、「持ち込みは1件まで、40㎝*30㎝*20㎝以内、7キロ以内」となってるんですけどね。

私、今回、近所のユニクロで赤いリュックを購入。

その時、この規定のサイズより高さが3センチオーバーなことがとても気になり、購入をかなり迷いましたが、全く問題なしでした。(笑)

ありがたいことです。(^^)v

座るところが無かったので、フロアの反対側へ行き、ちょうど見つけたウォーターサーバーでお水補給。

初めてのLCC利用なので、水のサービスがあるのかどうかも知りません。

備えあれば患いなしです!

その後、反対フロアでスマホの充電が可能な席を見つけて座っていると・・・・・・!

時間通り、搭乗開始!!!\(^o^)/

素晴らしい!!!

長蛇の列に並んで順番を待っていると、搭乗口側で、男性が懸命に小型トランク内の荷物を手荷物の袋へ移し替えているところを目撃。

搭乗間際に、重量、もしくは体積の制限に引っかかったんでしょうか?

この方、私よりかなり後に機内に入ってこられましたが、手にトランクはありませんでした。

地元の方で、蘭州空港に戻った時に回収されるんでしょうか???

もしも旅行の途中だったら、破棄するか、追加料金で預け入れに回すしかないですよね・・・・・・。

出発前、九元航空に電話確認した時、手荷物は担当者によってOK・NGの判断が違うと言われたので、やっぱり規定通りに用意しておく方がよいようです。

 

自分の席に到着すると、窓際の私の席に既に先客が!

よくある、バスの座席の「ちょっと変わって」飛行機バージョン。

窓際から下界を見たいと思いはしたものの、窓のシェードを開けていると日焼けしそうだったので、快く通路側と変更。(笑)

 

乗客個別に見れば小さなアクシデントはあったものの、全体としては非常にスムーズに搭乗完了。

遅れている人を待つようなこともなく、機体の扉はあっという間にクローズ。

予定より数分早い出発となりました。

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心配していたお水、小さなペットボトルが1本配ってもらえました。(*^^*)

離陸・着陸時、思いの外、激しい音と揺れが!

これは機体が原因なのか、パイロットの腕なのか、滑走路の路面が悪いのか???

ちょっとばかり、機体が分解するかと焦りました。

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無事に機体が停止し、ブリッジを通って手荷物を回収すべく、ターンテーブルへ!

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ターンテーブル前まで来たのはいいのですが、どこにも、どのターンテーブルで、何便の荷物が出てくるかの掲示がありません。

見落としたかとウロウロ探してみても、なし。

みんな、とりあえず回転していた左のレーンに集まっています。

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コルラ空港の預け入れ荷物受け取りターンテーブルは3レーンありました。
その内、一番右はメンテナンス中?

コンベアが分解されていました。

残り二つ、左と中央は、どちらも同じ北京からの南方航空便の荷物が回っているように掲示されています。

私達のフライトナンバーはどこにもなし。
いったいどこから出てくるんだ?
同じ便に乗っていた人を見つけて尋ねると、「まだ時間がかかるんだろう」との事。

私のトランクだけが出て来ないわけじゃない・・・・・・。

ちょっとだけ、安心。

でも、遅い!

そんなに何便も同時に到着してるようでもないのに。

蘭州からの便が遅れなかったので良かったんですが、もし遅れていたら・・・・・・。

荷物を受け取ってチェックインするまでに時間切れなんてこと、あり得そう。(゚Д゚;)

やっと回り始めましたが、なかなか出てこな~い!(T_T)

周囲にいた人が、ずんずんいなくなっていきます。

もう、残り数人しかいな!!!

その時、やっと、汚れまくったトランクが姿を現しました!!!

汚れていてもいい、無事に出て来てくれたなら!!!

今度は南方航空のフライト、チエックイン。

いくぞ~~~!!!(^o^)/

 

ここで、私は大きな勘違いをしていました。

私は日本に一時帰国する際、上海浦東空港で乗り継ぎをします。

国内線・国際線とも東方航空なので、預け入れ荷物は西安から日本地元空港まで一度に手続きが完了。

でも、人間は一度1階到着ロビーに出て、そこから3階の出発ロビーへ行き、出国手続き・安全検査を受けます。

何が言いたいかと言うと、乗り継ぎは同じ建物で行われると思っていたんです。

だから乗継時間が1時間50分しかなくても、国内線なので大丈夫だと認識していたんです。

 

と・こ・ろ・が!

 

ここ、コルラでは、到着ターミナル(T1)と出発ターミナル(T2)というふうに、ターミナルごとに役割が決まっていました。

しかも、午前中の蘭州空港のようにターミナルどうしが中でつながっているわけではありません。

上部が鉄条網で覆われた出口を通過し、更にゲートを抜け、駐車場を迂回して、かなり大回りして出発ターミナルまで移動しなければならなかったんです。

 

☟到着ターミナル出口から出て、敷地の出口へ向かっています。

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☟二つ目のゲート。

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この手前で、迎えの人や、車の客引きが待っていました。

そこをすり抜けて先に進むと、出発ターミナルがすぐ側に見えてきます。☟

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☝の写真でターミナルの左前にある建物に入り、安全検査を受けます。

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しかも、靴を脱いで裸足で検査機の下を潜り、ボディチエックを受けます。
決して私が足首まで隠れるトレッキングシューズを履いていたからではなく、パンプスの女性も同じでした。
通過する人が全員裸足で通っているので、床が汚いということはないと思いますが、慣れないことだけに、裸足で歩かされる時の心は非常に複雑。
大げさに言うと、尊厳を傷つけられた気分?(^^;

ここで、リュック内に玩具があるだろうと、中身を確認されました。
そんなものは持ってないし、もう一回リュックを通してOKに。


もう一度、書きます。
到着ロビー→出発ロビーではなく、到着ターミナル→出発ターミナルへの移動です。


やっと、出発ロビーに到着しました。

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新疆の警備は厳しいと聞いてはいましたが、想像以上でした。

人は少なく、乾燥した風、澄み渡る青空。

シルクロードのオアシスと言ったのんびりとした雰囲気を想像していましたが、空港の立地条件から周囲になにもなく、その上に厳格な出入管理のせいで、なんとなく流刑地みたいに感じてしまいました。

 

到着ターミナルに足を踏み入れて、出発ターミナルに到着するまで、荷物受け取り待ち時間に約30分、ターミナル間の移動に約30分、全体でおよそ1時間かかりました。

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☝パノラマ機能で撮影したら、中央辺りが短縮されたみたいになりました。(^^;

本当に、蘭州発の便が少しでも遅れていたら、チェックインに間に合わなかったかもしれません。(^^;

 

中に入ると、チエックインカウンターはいくつかあるのに、九元航空のカウンター以外は、一つしか稼働していませんでした。

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並んでいても、急ぎのフライトを優先。
なんとかチエックインを済ませて安全検査へ。

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安全検査へ進む手前のチェックで、係員さんが入ろうとしたおじさんに、「手荷物トランクは五キロ以内、その大きさはだめ、預け入れ荷物にしてきてください」と言っているのが聞こえました。
トランクの持ち込み制限が他所より厳しいようです。


安全検査をおえて、エレベーターで上の階にある搭乗口へと向かいました。

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私が搭乗する便は02ゲート。

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左横の掲示板には、何の情報もありません。

ここで待っている人たちは、カシュガル行きをまっているんだろうか???

と思っていたら、別便のようでした。

そして、私にとっては悲しいアナウンスが・・・・・・。

カシュガル行き、17:10に遅延。

遅延理由は航行管制。

更に搭乗口が、02から01へ変更。

最終的には17:21、カシュガルへ向かって飛び立ちました。

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この区間は南方航空です。
機内食、いつも出てくるライスバーガーを期待!

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していたら・・・・・・、小さなベーグルのようなパンと梨と干しナツメ。

おヤツにしかならんがな~~~!(笑)

この梨、ホテルに到着してから食べましたが、甘くて水分がとっても多くて、とてもおいしかったです!(*^▽^*)

今回は隣に人がいなかったので、自由に眼下の景色を撮影。✌

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18:50、カシュガル到着~~~!

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今回は、荷物、スグに出てきました。(*^-^*)

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19時前でも、ここは新疆。

ローカル時間は北京時間のマイナス2時間。

その上、新疆で大きな都市としては一番西にあるといっていいカシュガルの日没は22時半前。

太陽はまだまだ沈みません!

眩しい日差しの中、ターミナルを後にし、少し離れた斜め右前に停車していたバスへと向かいました。

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最初、運転手さん、熟睡していたんです。

声をかけても全然反応なし。(笑)

思い返せば・・・・・・、5月、華山に行った時は19:10が最終でした。

もしや、このバス、今日はもう運行終了?

と心配していたら、制服姿の女性登場!

運転手さんを起こし、乗客の確認を始めました。

やった!これで路線バスで移動できる!!!

私が乗ったのは空港から市内に向かう「遊覧観光バス」。

料金は2元。

①か②かは、正直よく理解できていませんでした。

女性職員さんに聞くと、「これに乗って市内に行く」ということだったので、とりあえず乗ったという感じ。

☟の遊覧観光バス路線図は、別の日にエイティガール(艾提尕尔)寺院の前の乗り場で撮影したものです。

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これを見る限り、私の目的地までは①でも②でも同じルートでした。

道路沿いの風景。☟(*^-^*)

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ちなみに、私が事前に「百度地図」で検索した路線は一般の路線バス。

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百度地図」では、「遊覧観光バス」のような路線バスではないバス路線は検索できません。

 

私は、2路線バスと遊覧観光バス②を勘違いし、「交通処站」という場所で降りてしまいました。

☟の地図でいうと、「喀什地区交通局」となっている場所です。

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遊覧観光バス①②と、2路線バスの停車駅、この「交通処站」までは全く同じなので、迂闊な私は違う路線だと気付きもしませんでした。(◞‸◟)

そのことに気付くのが遅かった・・・・・・。(T_T)

 

でも、百度地図も間違っていたようです。

☟の地図は、当日、現地で検索した時の結果。

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「交通処」の位置が全然違います!(ーー;)

この場所からホテルまで、約2キロ、徒歩通常速度なら30分。

でも、進んでいる方向に自信が持てないので、行ったり来たり、進んだり止まったり。

道を尋ねても、通りすがりの少数民族の方では言葉が通じな~い!!??

さすがに新疆でも西の端、あれだけ人口の多い漢民族になかなか出会えません。

途中、危うく全く別方向に進んでしまいそうなところを何とか軌道修正し、歩き続けます。

西安辺りで言うなら、夕方4時半頃の日差しが照り付けていました。

でも、カラッとした風が気持ちよくて、日傘を差していれば苦にならず、キョロキョロ街の少し外れ辺りらしい光景を見物しながら、トランクを引っ張って前進。

 

感覚としては、1時間くらいは歩いた気がしました。

で、写真のファイル情報で撮影時刻を確認すると・・・・・・。

やっぱり!!!(笑)

途中、立ち止まって写真を撮ったりもしていたので、ほぼ1時間、うろついていたことになります。

☟は、河を渡る時に撮影しました。

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この橋の手前までが「迎賓大道」、橋を渡ると「解放北路」に入ります。

「解放北路」を前進、前進!

ついにホテルの住所と同じ名前の通りに到着!

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そして、この場場所で、ふと顔を前方上部に向けた時・・・・・・!

あった!ついにホテルが見えた~~~!!!

ホテル名は「其尼瓦克国際酒店」です。

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すごく大きい!本当にあの価格で、ホテルに泊まれるの???

喜びと同時に、あの位置だと、後どれだけ歩くんだろう、しかも緩い上り坂・・・・・・。(T_T)

ちょっと疲れも感じてしまいました。(笑)

 

ちなみに、遊覧観光バスを正しく利用できていたなら、この「解放北路」と「色満路」の交差点の、「解放北路」が「色満路」を少し過ぎたあたりにあるバス停「民貿」で降りて、「色満路」に戻って坂を上るのが一番分かり易そうです。

この「民貿」が、百度地図の検索結果で示された「交通処」の位置に該当します。

土地勘があればすぐに分かるのですが、何分、カシュガル初日だったので気付けませんでした。(T_T)

 

※2018年7月24日加筆
「遊覧観光バス」は「百度地図」で検索できないと記載しましたが、本日、後続のカシュガルブログを作成中に検索すると、「遊覧観光バス①」が出てきました!

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「民貿」で下車する指示も、私の思っていた通り!嬉しい!!

2路線バスは、検索結果にはありませんでした。

ついでに、「遊覧観光バス②」も出てきませんでした。

逆に、ホテルから空港へ行こうとすると、「遊覧観光バス②」だけで、「遊覧観光バス①」は出てきません。

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アプリで「遊覧観光バス①②」の起点・終点の切り替えができないんです。

でも、現地のバス路線案内には、それぞれ往復の路線(往路と復路で停留所が多少異なります)が記載されていました。

今、システムに現地情報を取り込んでいる真っ最中なんじゃないでしょうか?

近いうちに、カシュガルでも安心して「百度地図」を使えるようになると思われます。(*^-^*)

 


ホテル・・・・・・、見上げるとそこにあるのに、歩いても、歩いても近づけない。(╥_╥)

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やっと門の前辿り着きました~~~。(*^▽^*)

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本当にこんな大きいホテル?
あれ?横に「北楼」という小さな別館が・・・・・・?

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(笑)(笑)(笑)、間違いなく、こっちだ!!

このホテル、「百度地図」で検索すると「其尼瓦克賓館」。

警備員がいるゲートの上の看板も、百度百科での紹介もこれ。

本館正面にデカデカと書かれているのは「皇家大酒店」。

これがどこから来たのか謎。

その下、車寄せの下の電光掲示板は「其尼瓦克国際酒店」。

Ctripで予約した時の名称も「其尼瓦克国際酒店」。

最近、「国際酒店」に変わったのかな?


本館に入るとすぐ、手荷物検査がありました。

コルラで既に体験済みですが、この安全検査の異常な厳しさに、新疆は中国の辺境なんだと再確認。
チエックイン後、予想通り別館へ移動。(笑)
ここでもまた、手荷物検査。
辺境は大変です。

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別館のフロントの話だと、ここでもチエックイン出来たそうです。

でも、外賓対応(外国人対応)ということで、本館フロントでも手間取っていました。

もし直接こっちに来ていたら、本館へ行けと言われたかも?

フロントが薄暗く寂しそうに見えたので、ゴージャスなロビーシャンデリアと、階段・各階の廊下の様子をご覧ください!☟

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部屋に入ると……。
おお~~~!

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予想を遥かに上回る、広くて豪華な部屋!!!\(^o^)/

これで1泊189元は、リーズナブルなのでは?


北京時間21時を過ぎていましたが、外はまだまだ明るい!!!

そして、私は空腹~~~。(#^.^#)

食事に出かけるぞ~~~!!!

フロントの女性に近場の食事場所を尋ねると、

「ホテルの門を出て右へ少し。その向かいのエリアにはどこでも食べるところがありますよ」

と、教えてくれました。

そこへ行きま~す!\(~o~)/

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こここそが、カシュガルの古い街並みを保存した地区!

ここに近いホテルを選んだんですが、こんなに近いとは思いませんでした。

まず、☝の地図の赤いルートで古城内に入りました。

入り口には警備所のようなところがあって、常に数名の警備員が古城内に入る通行人の身分証を確認しています。

私がパスポートを提示すると、笑顔で通してくれるので威圧感はありません。

外国人に対する警戒というより、地元の少数民族に対する警戒のようで、少数民族の人たちは毎回証明証を提示しているようでした。

私はカシュガルに3泊、何度もここを通過したのですが、途中からは笑顔で素通りでOKでした。

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☝の地図ので、赤いルートが右に曲がったところの様子です。☟

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上側の写真に、白黒の車両通行規制のガードレールが見えます。

そこ真直進すると、エイティガール寺院のすぐ左手に出ます。

私はここを右に曲がって、下の写真の通りへ。

少し寄り道して、夕日に染まる街の様子を見て見たくなりました。

道なりに進んで途中で左折すると、エイティガール寺院の右手に到着。

見学時間はとっくに終わっているので、前を素通りして食事場所を物色。

「诺尔贝希快餐厅」というレストランに入りました。

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まず、やかんごとお茶が登場。

紅茶にジンジャー他香辛料を混ぜたような、スパイシーなお茶です。

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現地のメニューには「拉麺」とかかれた料理。

たぶん、これが「ラグメン」。

このお店の麺はかなり幅広です。☟

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羊肉がたっぷり!

野菜も多くて、嬉しい~~~!!!

更に!羊肉の串焼きを1本注文。

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焼いたお肉の串を手で持ってどんぶりの上に置いてくれたので、食べかけの麺が丸見えで申し訳ないです。

ちょっとボリュームがありすぎましたが、旅行出発前、

少数民族は出した料理を残されるを嫌がるから、残さないよう、最初に量を加減してもらうようにつたえてね」

ウルムチ生まれ・ウルムチ育ちの知り合いに教えてもらっていたので、完食しました!

実は私、「大・小」の「小」を頼んだんですが、後日、「大」の方を食べていたと判明!!

深夜22時。

よく頑張って全部食べたもンです。(笑)

 

食べ終わって外に出ると、空はまだこんな状態。

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この後、青いルートで、百度地図で発見した地下にある大きなスーパーへ出かけました。

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ここで持ち運びの便を考慮して洗濯石鹸を購入。

スティックタイプのコーヒーもゲット!

これで、コーヒーが飲める~~~!!!(*^▽^*)

 

スーパー内を物珍しさについつい隅々まで徘徊。

外に出てみると、やっと夜がやって来ようとしていました。

撮影時刻は北京時間22:59です。

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写真の中央に光っている建物が、宿泊しているホテルの「本館」。

素晴らし目印があるので、初めての場所で日が暮れても迷う心配はありません。(*^-^*)

この後、緑のルートで帰途につきました。

途中、夕食をとったレストランの前で、お店を撮影。☟

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民俗建築のお店の前でケバブを焼いていて、シルクロードの雰囲気満点です。(^^)/

 

部屋に戻ってWechatのモーメンツを発信したり、家計簿をつけたり、日記を書いていたら午前2時くらい。

それからシャワーを浴びて、買って来た石鹸で洗濯すると・・・・・・。
水質のせいなのか、いくら石鹸をこすりつけてもぜんぜん泡が立ちません。

 

でも、石鹸をしっかりつけているので、濯いでも濯いでも石鹸カスで白く濁った水になってしまうという・・・・・・。

こんな時、重層があると便利なのになぁ~。

ちなみに、シャワーで使った日本から持参の石鹸も同じでした。
蘭州では気持ちよく泡だっていたんですけどね。

 

洗い終わって寝る頃には、3時過ぎになっていました。

全くもって、西安の休日の生活と同じではありませんか!(笑)

朝ゆっくりしていても、夜遅くまで行動できるのでとってもお得な気分です!

以上、28日の長~い移動の様子でした。(*^-^*)

 

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月27日(水):蘭州2日目_蘭州拉麺・甘粛省博物館・白塔山公園 ※銅奔馬部分に加筆

2018年6月27日(水曜日) 蘭州は晴れ!

 

9時には起きるつもりだったのに、寝過ごしてしまいました。

前日、日記をつけたり、洗濯したり、ネットで遊んだり。

西安にいる時と同じことをやっていたら、寝る時間も・・・・・・。


もう、11時……。(@_@;)

 

まぁ、いっか。

最初から、早朝から夜遅くまで動き回っていたら、体が持ちません。

先は長いのです。

この時点では、18日間の予定でした。

最終的には予定変更して、15日間になりましたけど。(^^;

この間、寝台車泊以外、基本、早起きはしてません。(笑)

西へ、西へと進むので、日没が遅く、夜中まで動き回っていました。

なので、朝は自然とゆっくり。(#^.^#)


12時までに用意を済ませ、フロントでもう一度、蘭州拉麺のお店を教えてもらいました。

実は、前日、二軒教えてもらったんです。

でも、店名が聞き取れなかったので、再確認!

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 「君乐牛肉面(君楽牛肉麺)」。

☝の地図の「愛的礼物」のすぐ上、赤い枠で囲まれているのが、このお店です。
航空大酒店前の道を南へ一直線。

信号機のある交差点まで辿り着いたら、お店は左手、すぐ目の前。

外まで人が溢れていてびっくり。

立って食べている人もいます。☟

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レジで注文して、レシートをゲット。☟

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牛肉麺7元+お肉追加1皿8元=15元でした。

このレシートを持って、列に並びます。


目の前には麺の山と、冷麺の調味料。☟

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ここに並んでいていいのかなぁ~と思いながらも、レジの写真を撮るには丁度いい位置なのでそのまま並びました。

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店内は大混雑!


写真も撮って、いざ私の番!
でも予想通り、拉麺の受け取り場所はここではなく、奥の突き当たり。(-_-;)(☝の写真下段の一番奥)

 

拉麺の受け取り場所に列はなく、すぐにレシートを渡すことができました。

暑い季節なので、熱い拉麺より冷麺が人気?

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☝の写真の下段に写っている男性がレシートを受け取り、麺の太さを確認し、ラー油の要望を聞いてくれます。

受け取るまで、少し待って・・・・・・。

その間に、席が空きそうな、食べ終わりかけの人を物色!

☝の写真、店内でテーブルの横に立っている人たちはみんな、食べ終わるのを側で待っているんです。

これは・・・・・・、落ち着いて食べられないゾ!(@_@;)

 

ラー油を入れてもらって、どんぶりを手で直に持って・・・・・・、熱いっ!!!

やっと見つけたもうすぐ食べ終わりそうな人のいるテーブルまで、何とかどんぶりを落とさずに移動しました。


しか~し、追加のお肉!!!!
これをどこでゲットするの???

キョロキョロし、見つけた場所は・・・・・・、レジの横。

どんぶりをテーブルに置いて場所取りしてるぞ!とアピールし、お肉のもとへ!

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スタート地点に逆戻り・・・・・・。(^^;

追加のお肉は、後ろにある調理してある牛肉の固まりを削って重さを量り、お皿に載せて渡す仕組みデス。☝

ちなみに、昨日のお店「楊老四牛肉麺」では、追加の牛肉は2種類あって、それぞれ既にお皿に盛って、用意してありました。


席に戻ると、食べてた人がちょうど席を立つところでした。
すかさず座って・・・・・・、まず、撮影。(笑)

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そして、一口。
美味しい~~~~~~!!!!\(~o~)/

更に、どのテーブルにも置いてある黒酢を、ダバダバとかなり多めに投入。

うん、黒酢は必須!

やっぱり美味しいなぁ。


そう言えば、ここでも香菜は入っていませんでした。
昔も入ってなかったのかなぁ??

自分の記憶が不安になって、百度百科で検索してみると、薬味として香菜もある!

前学期の教科書で紹介されていた蘭州拉麺でも、香菜、ちゃんと名を連ねてる!

なぜないの~~~~????

私は香菜が大好きなのに~~~!!!

増量で入れて欲しかったのに~~~!!!(T_T)

でも・・・・・・、なくても美味しかったんで、ヨシとします。(*^-^*)

 

流れる汗で、化粧がはげ落ちてしまいました・・・・・・。(笑)

日焼けが気になるのでホテルに戻って化粧直し。

その前に、前日夜食べに行った「楊老四牛肉麺」の様子を見に行ってみました。

ホテルフロントの人のお勧めなのに、前日夜は殆どお客なし。

果たして、昼間はどうなんだろう???

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賑わってます!

私が写真を撮っている間にも、もう13時前なのに、何人もお客さんが入って行きました。

地元の人、みんなそれぞれ御贔屓があるんでしょうね。(*^-^*)

この店の牛肉麺は薬味の葱・韮がスープの液面全部を覆っていて、それがとっても私好みでした!(^^)v

 

さて、化粧も直したので、博物館へ出発!(^o^)/

「楊老四牛肉麺」前のバス停「盤旋路西口站」で1路バスに乗ります。

前日、蘭州西駅から乗って来たバスの反対行きです。

九つ目のバス停「七里河橋站」で下りて、徒歩で西へ少し進むと到着。


甘粛省博物館、正面から見ただけでは大きさがよく分かりません。

この建物は2006年12月26日に正式に一般公開されました。

私が前回訪問したのは2001年の7月だったので、この建物に入るのは初めて。

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見学後の感想は・・・・・・、かなり広いです!!\(^o^)/


建物向かって左手に、身分証明やパスポートを提示して無料入場券を配布してもらう窓口があります。

そこで☟の入場券を入手して、中に入りました!(*^-^*)

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中に入るとすぐ左手に、荷物を預かってくれる場所がありました。
この博物館、蘭州西高鉄駅からとても近いんです。
もし、蘭州西駅に到着して閉館時間まで余裕があり、街中のホテルに移動する前に立ち寄りたかったら、荷物を預けられますよ!\(^O^)/

 

展示内容:

【1階】

ボランティア活動10周年の展示
少数民族の織物の展示
出口へ向かう途中に、白黒写真の車の写真などを展示
【2階】

シルクロード文明展

古生物化石展

紅色甘粛(英語表記:Red Gansu/共産党関連の展示)

【3階】

甘粛彩陶展

甘粛仏教芸術展

Skeleton of Giant Elephantant / Skeleton of Giant Dinosaur

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1階は織物をサクッと見学。☟

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その後、すぐに2階へ。
ここで、化石や恐竜の展示を先に見てしまって、後々時間が足りなくなって後悔することに・・・・・・。

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「馬鬃山禽竜(Equijubus)」:禽竜(きんりゅう)/イグアノドン(Iguanodon)

ヨーロッパ・アジア及び北アメリカで、イグアノドンの化石が発見されている。イグアノドンは大型恐竜に属し、体長は一般的に10メートル前後、高さはおよそ5メートル。中国では、禽竜類に関する化石はあまり発見されていない。発見地は内モンゴル遼寧・四川に限られていた。甘粛でのイグアノドンの化石発見は、中国における禽竜類の研究に新たな材料を提供し、且つこの地区の古代地理・古代環境の研究に対しても一定の意義を持っている。(参考訳)

エクイジュブス - Wikipedia

イグアノドン - Wikipedia

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三葉虫・蓮の花・小魚・亀の化石

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ヒポフィロセラス☟

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2005年12月、李膺副省長が中華人民共和国衛生部及び甘粛省人民政府代表団を率いマダガスカルへ赴き、中国医療隊マダガスカル駐在30周年記念式典に出席した際、マダガスカル総理「西拉」から李膺副省長へ贈呈された記念品。(参考訳)


時間に余裕があれば、この展示だけでなく、3階の「Skeleton of Giant Elephantant / Skeleton of Giant Dinosaur」で黄河古象の化石も見てはいかがでしょうか?

37年もの間、博物館で正式に展示されているそうです。

体長8メートル、高さ4メートル、黄河の側から出土したため、「黄河古象」と命名、現在、中国で発見された最大の古象化石だそうです。

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朝起きるのが遅く、入館したのが2時過ぎだった私には、見学する時間はありませんでした。(T_T)


そして(私にとって)メインとなるシルクロードの歴史コーナー「甘粛シルクロード文明」へ!

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【序文】(以下、参考の訳です。(*^-^*) )

東西の交流には長い歴史がある。異なる地域で生活している人々の間には、常に接触と往来があった。紀元前二世紀、漢の武帝が張騫を使節として派遣し、西域への道を切り開いて以降、古代の長安とローマの間にシルク貿易を特色としたアジア・アフリカ・ヨーロッパを横断する貿易ルートと文化の回廊が形成され、中国と遥か彼方の西方世界の間では地域的な束縛を突き破って真の意味での政治・経済・文化の交流が始まり、最大限に世界文明を豊かにし、そのあゆみを加速させた。19世紀70年代、ドイツの地理学者リヒトホーフェンが、最初にこの道を「シルクロード」と称した。

ここシルクロードの東部に当たる甘粛は、古代中国が西方へと向かう際の玄関であり、東西交流の幹線道路・最も活気のある地域の一つでもある。シルクロードの開拓と発展、東西文化の融合と衝突は、甘粛に無数の煌めきと美しさに満ちた歴史文化や得がたい芸術品を残し、古代文明の輝きを示している。

 

こんな☝ふうに、 シルクロードの玄関口・甘粛省の出土品が所せましと展示されていました。

その一部をご紹介したいと思います!\(^o^)/

 

その前に、入口のすぐ側に、駱駝がいろんな商品を背負って西へ、東へ移動するパネルが!
可愛い、可愛い~~~!

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静止画像では伝わらないと思いますが、駱駝好きにはたまりません!(#^.^#)

 

展示室はこんな感じ。☟

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☝は、紀元前2000年頃の琮(そう)です。

琮と斉家文化(せいか/さいか-ぶんか)については、Wikipediaをご参照くださいね。(*^-^*)

ソウ (玉器) - Wikipedia

斉家文化 - Wikipedia


ここで、この博物館の説明プレートにご注目!!\(^o^)/

一本の線で描かれた砂漠の稜線を進む駱駝の隊列が描かれています。

半透明のプレートに金色で描かれた文字と駱駝。

このデザイン、大好きです!!!(*^▽^*)

 

☟も、斉家文化の出土品。英語をご覧くださいね!<(_ _)>

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次は、周代・秦代の展示品です。(^o^)/

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☟は春秋時代の黄金装飾片。

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ここからは、漢代の出土品です。

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☝の写真で、1969年に武威の雷台漢墓から出土した「銅奔馬」や「銅車馬」がチラッと見えてます!

2000年1月に武威を訪れた時、わざわざ雷台まで出かけたのに、見ることができなかった「銅奔馬」。

当時から、甘粛省博物館に展示されていたんです。(ーー゛)

それを知らず、偶然、2001年7月に甘粛省博物館に足を踏み入れて出会った「銅奔馬」。

博物館の建物がリニューアルしたので、当時とは展示の仕方が違います。

では、甘粛省博物館の「鎮館の宝」の一つ、「銅奔馬」を見ていきましょう!!

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来日したことがあるそうですよ!

 

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☝の博物館の説明の参考訳です。☟

【銅奔馬
後漢(紀元25年~220年)
武威雷台出土

奔馬の造型は力強く精巧で、首を上げていななき、駿馬が飛ぶように疾走する状態を示している。奔馬の三本足は宙に飛び跳ね、残りの足は飛翔する「鷹」の背をかすめている。「鷹」が驚き振り返える様により、奔馬が前方へと疾走する勢いが更に強調されている。銅奔馬全身の力点は「鷹」の背を捕らえた一本足に集中していることから、力学における平行原理を正確に把握し、卓越した製造加工技術を有していることがわかる。銅奔馬は良馬の標準に基づいて作られており、河西馬・大宛馬・蒙古馬等の馬種の長所が一身に集められている。特に河西走馬の側対歩の特徴を表現しており、巧妙な構想と簡潔な芸術造型・卓越した銅の鋳造技術により、涼州駿馬がシルクロードの空高く舞い上がり、万里を翔るという非凡な風格を完璧に表現している。銅奔馬は東西文化交流における使者と象徴となった。それにより、中国観光のシンボルに加えられた。世界にその名をとどろかせる銅奔馬は、全人類にとっての文化遺産である。

 

博物館の説明を見ていただくと分かると思うのですが、銅奔馬が一本足で踏んでいるのが「鷹」という漢字になっています。

でも、日本のネットではほぼ「飛奔馬(ひえんどうほんば)」と紹介されています。

中国のネットでは、「“铜奔马”还是“马踏飞燕”?(「どうほんば」それとも「飛燕を踏む馬」?」のような質問が多数見受けられました。

なので、銅奔馬の足下にいる鳥は「燕」というのが、中国でも一般的なようです。

それでは、博物館の説明の中に出てくる「鷹」はどこからやってきたんでしょう?

気になって、百度百科で検索すると、以下のような説明がありました。☟

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文字が小さいですね。(^^;

内容は、「踏んでいる❝鳥❞に関する論争」です。

奔馬に関する論争で、最も多いものが「踏んでいる鳥はなんなのか?」と言うものなんだそうです。

説明によると、燕との認識が大勢ですが、少なからぬ学者が「この鳥は尾の部分が分かれていないため、燕ではない」と考えているそうです。

燕でないなら、何?

伝説上の神鳥「龍雀」だという説があります。

でも、神の鳥が銅奔馬に踏まれるはずはなく、伝説上の「龍雀」は鳳凰の一族に族する体が鳥、鹿の頸を持つ生き物なので、形状が違うと反対意見もあります。

他にも「燕隼」(「青条子」・「土鹘」・「儿隼」・「蚂蚱鹰」等の呼び方がある)や「烏鴉」が紹介されています。

この中で、少しでも関係があるとすれば、「蚂蚱鹰」の呼び方もあるという「燕隼」?

 

☟は「銅奔馬」と一緒に武威の雷台漢墓から出土した「銅車馬」です。

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☟の『「儀礼」木簡」』も、この博物館の「鎮館の宝」の一つだそうです。
文字、小さすぎてよく見えませんね。(^^;

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☟にはコピー品と、酒泉や嘉峪関から出土したオリジナルが混ざっていました。

 

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今回、各都市の博物館を回りました。

敦煌でも同じようなレンガに描かれた画像の展示があったので、それぞれ写真を掲載してみようかと。(*^^*)

 

ここから、隋唐代の展示になります。

☟唐代、泰安葉家堡出土。

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☟唐代、武威市天梯山石窟より

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この辺りで既に、16時40分。

日暮れが遅いので、ついつい閉館時間も遅いと思っていましたが、甘粛省博物館は夏場時間の延長もなく、17時には閉館!

明代・宋代のあたりは駆け足で通り抜け。

その中で目を引いたものが、これ!☟

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以前、大唐西市博物館の特別展示で黄金製品をご紹介した時、似たようなイヤリングがあったんです。

中国語の名称は「金葫芦耳环」(金瓢箪形耳飾り)。

その時の写真がこれです。☟

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よく見るとデザインが多少違いますが、どちらも明代の展示品。

明代に流行った形状というのがよく理解できました!

よかったら☟ものぞいて見てください。(*^^*)

西安大唐西市博物館(その33:4階特設展示場_シルクロードの宝物~西安大唐西市博物館所蔵名品展~①黄金) - せいあん!

 

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先ほどご紹介したイヤリングの横にある青いガラスの器「蓮花形玻璃托盞(タクサン)」。

こちらも博物館のWechat公式アカウントで「鎮館の宝」として紹介されていました。

旅行から戻って、初めて知ると言う・・・・・・。(◞‸◟)

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3階、まだ足を踏み入れてない~~~!!

2階にあった「紅色甘粛」は前を素通りして、3階へ駆け上がりました。

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3階入り口で、係り員さんから「もう時間ないよ」と言われましたが、同じように急ぎ足で見学している人がいるので、その人達の後を追って、「甘粛仏教芸術展」へダッシュ

最初の広間には石窟の巨大な仏像のセット。
その下に、色んなものが展示されているみたいでしたが、一つずつ見ている時間はありません。
ほとんど素通りに近い感じ。
次の広間には、巨大な仏塔のようなものがあり、その周囲にたくさんの展示がありました。

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☟は明・清の時代のものです。

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最初、左下の十一面観音像を見て、「わ~、腕がたくさん!」と思い、視線を移すと次から次へと、腕の本数が激増!(笑)

 

ついに、見学時間終了のアナウンスが流れ始めてしまいました。

3階の「甘粛彩陶展」や「Skeleton of Giant Elephantant / Skeleton of Giant Dinosaur」は諦めるしかありません。(T_T)

東にあって先に陽が沈む西安でさえ、夏場時間というのがあります。

夏場の閉館時間は17時半。

なぜこんなに早く閉めてしまうの~~~???(T_T)

西安から3時間ほどで到着できる蘭州。

また見に来るチャンスはあるでしょうか???

 

1階、自動車展の側を通って出口へ向かうと、出口手前にあるお土産屋さんはまだ営業中!

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とても綺麗です!

ここで、ペルシャ(サーサーン朝)の銀貨が販売されていました。

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1枚、なんと980元!(1元=16円で換算すると、15,680円!!)

相場を知らないので、高いか安いか判断できませんが、これ1枚で、翌日乗る「蘭州→コルラ乗り換え→カシュガル」のチケットとほぼ同額。

私にとっては高額です。(笑)

 

博物館は閉館してしまいましたが、太陽はまだまだ沈みません。

これから、黄河にかかった「中山橋」を渡り、「白塔山公園」へ行きます!\(^o^)/

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博物館を出て少ししてから検索したので、☟のスクショではスタートが「中国建設銀行」になってます。(笑)

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ここで焦りました!

「え、公園の開放時間って18時まで?」
百度地図の検索結果にはそう表示してあるんです。
今日行かなかったら、もうチャンスがない・・・・・・。
取りあえず入り口まで行ってみよう!

 

途中、大きなイスラム寺院を見かけました。

 

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17・18年前に来た時は、新疆から甘粛省内に戻って来ると、イスラム寺院の屋根がドーム式ではなく、中華様式の建物(西安の回民街にあるような感じ)に三日月が取り付けられているような印象でした。
でも、今回、ドーム式の寺院を発見。

新しく建築されたものは、ドーム式を採用することになったのかなぁ?
お盆に一時帰国したら、昔の写真を見直してみたいと思います。

17:45分くらいに橋の手前に到着。
西日がめちゃくちゃ激しい!
眩しい~~~!

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上流で雨が続いていたのか、河の水がとても多いです。

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☝、の上側、ロープウェイが公園に向かって登っています。

どこから乗るんだろう???

☝の下は、工事中のため立ち入り禁止のロープが張ってある、その内側に入って写真を撮っている人たちが立っている場所にご注目ください。

18年前の2000年1月、ここで、向かいから歩いてきた人が口から「ひまわりの種の殻」を「ぷっ!」と吹き出しました。

それが私の方に飛んできて、ダウンコートを着た左鎖骨辺りにヒットしたんです。(^^;

根に持ってるわけではないんですよ。(笑)

ひまわりの種の殻がぶつかるなんて、後にも先にもなかったので、すごく印象に残ってるんです。(笑)(笑)

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写真を撮って、橋を渡って、公園の入り口に着きました。

門が閉まっている様子はナシ。

それじゃあ、入って登ってみますか!

☝の写真の赤い矢印の位置にある塔を目指して、スタート!

 

塔寺は山頂にあります。山の高さは1700メートルです。

元代、チンギスハンへの謁見のためモンゴルへ向かう途中、病のため蘭州で世を去ったチベットの著名なラマを記念して建設されたと伝えられています。

現存してる白塔は明の景泰年間(1450-1456年)のもので、7層八角、高さおよそ17メートルです。百度百科より)


頂上に到着~~~!

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ここまで登る道中、黄河を見下ろすと、目に映る景色はすっかり変わっていました。

でも、このお寺の入り口の雰囲気は昔のままの印象です。

 

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境内の塔も、両側にある石碑も変わっていません。

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当時も一人で登って来ました。

境内には誰か数人いたような気はするのですが、写真を撮っているような観光客ではありませんでした。

自撮り棒もない時代。

タイマーセットするにもカメラを置く場所がなく、ここで記念撮影はしませんでした。

でも、今回は違います!

たくさんの人が撮影中!

「塔を背景に入れようとすると角度が急で、連れでは手が震えてうまく写せない」

そう説明を受け写真撮影を頼まれたり、慣れない自撮り棒で懸命に角度調整していると、同じく一人旅中の方から、「お互いに写真を撮り合いましょう!」と声を掛けられたり。

その時、撮ってもらった写真がこれ☟です。

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珍しく、自分が大きく写った写真です。(#^.^#)

ついでに、頂上からの景色をご覧ください!

まず、正面!

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向かって左側。

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向かって右側。

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この時、まだ19時前。

蘭州の日の入りは20時半前なので、晴れていればまだまだ明るいんです。

でも、雲が多くなり、ちょっと薄暗くなってしまいました。

なので、登って来る途中に撮影した、青空の蘭州をご覧ください!👇(*^-^*)👇

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この雲、雷雲で、夜中に雷を伴って一雨降りました。

ちなみに、公園は20時ごろまで開いているそうです。
でも、時間が来ると中に人がいても入り口を閉めて施錠するとか。
あまりギリギリに入園しないほうがよさそうです。

 

ところで、デジカメとスマホの写真枚数がとっても気がかり。(ーー;)

なんと言っても15日間(この時点では18日間の予定)の旅行でした。

容量足りなくなったらどうしよう!!!!

博物館でもかなり自制して撮影していたんですが、それでも枚数は大変なことに。
カメラの撮影可能枚数の残数は、目に見えてずんずん減っていきます。
スマホの容量そのものには問題ないんですが、あまりスマホに負担はかけたくありません。
今の時代、スマホに何かあったら一大事。
それが旅先ならなおのことです。
それで、アイディアがひらめきました!

ホテルのパソコンを借りて、USBに移動させる!!
出発前に気付けばよかったんですが、その時は最悪クラウドにアップすればいいや~と思っていたので、USBはノーマーク。
白塔山公園からホテルまで歩いて戻れば、途中、どこかで売っているハズ!!!

 

ということで、この白塔山公園からホテルまで、歩いて帰りました。

帰りのルートはこちら。約4.5キロの道のりです。☟ 

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緑のルートで、てくてく、てくてく。

途中、歩行者天国がありました。

☝の地図でピンク色で囲っている通り「張掖路」です。

蘭州で一番の繁華街?

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ここで「MINISO」を発見。

昨日の列車移動で化粧水が一つ漏れていたので、新しいミニボトルを購入!

翌日は飛行機利用もあり、「漏れによるスキンケア用品不足発生」という不安要素を解決できました!(^^)v

他にも、洗濯洗剤とスティックタイプのコーヒーを買いたいな~。

途中に新世界百貨(大きな百貨店です)があり、そこに併設されていた新世界超市(スーパー)にならあったと思うんですが、リュックを預けるロッカーが小さくて押し込む気になれません。

それに、最大の目的物のUSBがまだ見つからないため、インフォーメーションまで行ってリュックを預けられるか問い合わせる心のゆとりもなく、入店を断念。(╥_╥)

西安だと、パソコン用品のお店とか、パソコン修理店をよく見かけるのですが、選んだ道筋が悪かったのか、なかなか見あたらな~~~い!!!

やっと見つけたと思ったら、何軒も集まっているのに、全て閉店。
なんで~~~???
時間を確認すると、20時前。

日没が20時半前なのに、20時前にもう閉店???

そういえば、西安の賽格にある電気製品の専門店街のようなところは、19時閉店でした。
ヤバイ~~~!!!

焦って探して、やっと閉店間際のスマホ売店でゲットできました。

USB購入後、やっと一息ついて、夕飯にしようと思ったら……。
そこから先、ホテルへ戻る道の大半が、地下鉄工事のために歩道が衝立で塞がれた状態に。

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大通りのせいか、蘭州拉麺のお店も見当たらないし、あったとしてもお店に近寄りにくい。

たまに食べられる所を見つけても、食べたい物ではなかったり・・・・・・。

そんな中、「蘭州市博物館」前を通過。

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時刻は20時前、当然閉まっています。

入り口前の広場では、中国ならではの光景「広場舞(グワンチャンウー)」が繰り広げられていました。

立派な中国式建築のこじんまりとした博物館。

奥には塔が見えます。

今回、蘭州はこの日丸一日と、前日の夕方からしか見学の時間がありませんでした。

また来て、この博物館も見学してみたいな~。


結局、何も食べずにホテル前へ到着。(ーー;)
でも空腹すぎて、何も食べないなんて耐えられない!!!
しかし、もう20時過ぎ。
今から量の多い蘭州拉麺を食べる気にはなれません。

ふらふら~と歩き、お昼の牛肉麺のお店の前を過ぎて、最初に目に入ったパン屋さんへ吸い込まれる私。(笑)

ここでパンを買って、そのまま店内で食べました。

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店内、広々としていて、明るくて、ディスプレイも机もソファもキレイ。
何より、サービスで持ってきてくれたお水がレモン水で、とっても美味しかったんです!
やっと一息つけました~~~。(*^▽^*)

右側のナツメ入りのスポンジケーキのようなものは、翌日の機内食用です。

 

このお店「AILI(愛的礼物)」の写真を撮り忘れたこと、本当に残念。

なぜなら、これから行く先々で、無意識の内にこのお店に入っていたからデス。

お店の雰囲気が好きだったんでしょうね。(*^-^*)


ホテルへ戻って、昨日よりかなり早い11時頃にシャワー。
すると、お湯が熱くない!
昨日は十分熱かったのに~~~。~~~(T_T)
ふと、シャワーを使う人が多い時間帯だと湯の出が悪いのかな?と思いつき、24時頃に湯を出して試してみると・・・・・・。

熱い!熱いではありませんか!(笑)

前日は、深夜2時頃に使用したんです。

遅い時間なら大丈夫なのかも。

そんな確認をして、旅行2日目の夜は更けていきました。(^^)v

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_6月26日(火):西安→蘭州

2018年6月26日(火曜日) 西安は雨。

 

前日から雨でしたが、当日朝は土砂降り。

気分はかなり⤵。(╥_╥)
バス停まで、10キロ程度の預け入れ荷物を引っ張って行かないといけないのです。

 

余談ですが……。
値段だけ見て、格安航空会社のチケットをうっかり買ってしまいました。
なので、預け入れ荷物は全重量に対し、料金発生!
ネットで事前に料金を購入しておけば、当日カウンターで支払うよりかなり安い!
それで、何とか10キロ以内に抑えました。
85元、1元=16円で換算すると、1360円。

これくらいなら許容範囲内デス。✌

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幸い、そのトランクを引っ張ってバス停に行く頃には、雨は小降りに!!ヽ(*^^*)ノ
43路バスで鐘楼まで行き、そこから地下鉄2号線で高鉄駅まで移動。

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地下鉄2号線の終点に到着!

ここで、5月に華山へ行った時、大きな勘違いをしていた事に気付きました。
地下鉄改札を出て高鉄駅へ移動する時、以前、看板の→に従い、かつ職員さんに聞いて、高鉄駅とは反対方向から改札を出て大回りしたんです。
何分、眼鏡が合わなくなってきていて、遠目には看板もよく見えなくて……。(T-T)
今回、時間にゆとりがあったので近寄ってみたら……。
当たり前と言えば当たり前。
ちゃんと、高鉄駅側にも普通に改札口がありました。
5月に遊びに来た知り合いは、私のせいで遠回りさせられてしまいました。
荷物、すごく重かったのに……。
ごめんなさい!!m(。>__<。)m

 

これから、切符を発券してもらわないといけません。
でも、地下鉄から出て来たばかりの場所にある窓口はどれも長蛇の列。
ここで、今度は華山行きの経験が役立ちました!
今はまだ地下にいます。
でも高鉄駅に入るには、1階へ上がらなければなりません。☟

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(☝は5月、華山へ行く時に写したものです)

ここにある急勾配のエスカレータ―で1階に上がると、すぐ左手にも切符売り場があるんです!\(^o^)/
記憶が確かなら……「售票处4」。
上に到着し、窓口を覗いてみると……。

少ない!
並んでる人、少ないです!

お陰で、10時55分くらいに地下鉄を降り、11時15分までには高鉄改札口に到着出来ました。

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改札は11時45分くらいに始まり、スムーズに席を見つけて着席。
保温水筒を持参したのでお茶を淹れ、これまた持参したおにぎり(塩昆布と鰹節の2個)を食べて大満足!

 

車内の天井に、共用のテレビ画面が設置されていて、びっくり。
前回乗った時にはありませんでした。
でも、飛行機みたいにイヤホンジャックはないので、音は聞こえません。(^^;;

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西安を出発した時は小雨。

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それから曇り空になり、「宝鶏南」駅をすぎた頃から、快晴!
途中、少し曇っている地域もありましたが、基本的に晴れ。
嬉しい~~~!

私は進行方向の右側、北側が見える側の窓側席。
遮るもののない平原や、黄土台地が広がっていて、嬉しくて写真をいっぱい撮りました。

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反対側はあまり見えませんでしたが、最初のうちは高い山が連なっているのが見えました。

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3時間ちょっとで蘭州西駅に到着。
隣の席の男の子が、親切に棚の上のトランクを下ろしてくれました。
ありがとう!\(^O^)/
実は彼、道中ほとんどイヤホン付けずに大音量でゲームをやっていたので、うるさいと言えばうるさかったんです。
でも、ロックテイストのBGMだったので、それほど苦にはなりませんでした。(笑)

車内のアナウンスによると、外は25度。

列車から降りると、爽やか~~~。

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なぜか異様に薄暗い改札口周辺。
改札を出て、左方向へまっすぐ。

突き当りを右に曲がって、上に進むと市内バス乗り場に到着します。

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ちなみに、6月26・27日の段階では、蘭州のバスでは微信や支付宝での支払いはできませんでした。

 

ここで、蘭州の街並みを確認してみましょう!☟

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動車が停車する「蘭州西駅」は、上の地図の左端の赤枠で囲った位置にあります。

かなり西よりです。

宿泊するホテル「航空大酒店」は赤い矢印の場所です。

ちなみに、水色の矢印は「蘭州飯店」です。

ここから1路バスに乗り、甘粛省博物館前を通って約1時でホテル斜め向かいのバス停に到着しました。☟

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ホテル名が木の枝に隠れて見えません。(^^;

角度を変えて写した夜景はこんな感じです。☟

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ここまでの道中、至る所で工事が行われていました。

地下鉄1号線の建設真っ最中です。


宿泊費は事前にCtripから支払っていたので、ホテルフロントでは、ディポジットの100元を支払ったのみ。

一般的には、ディポジットを支払うと、ピンク色の領収書の控えがもらえます。

チェックアウトの際、この領収書を返却して、お金を返してもらいます。

でも、ここでは「ルームカード」との引き換えだと言われました。

領収書のようなものにサインをしたにもかかわらず、その控えはもらえず。

再確認したけれど、回答は同じ。

初日の宿泊から不安になりました。(^^;


※この件は、翌日、エレベーターで一緒になった女性に尋ねて、宿泊客全員、同じ対応であることを確認して一安心。(#^.^#)

 

部屋に入ると、洗面所の足元に水がたまっていたので部屋の変更を依頼。

ところが、変えてもらった部屋はちょっとタバコくさい~~~。(T_T)

仕方ないので我慢することにして、ネット環境を確認すると・・・・・・。

最初の部屋ではスムーズに接続できたのに、新しい部屋では接続できない!

このホテルは部屋ごとにWi-Fiが設定されていて、それを選択してパスワードを入力すれば繋がるはずなのに、繋がらない。

電波は飛んでるみたいなのに、繋がらない。

そこでフロントに連絡してメンテナンス担当の人に来てもらうと・・・・・・。

「この部屋のナンバーでは接続できないから、近所の部屋の番号でパスワード入力して使ってください。パスワードは全室同じだから

パスワード全室同じって・・・・・・。

他所の部屋の電波を使うということは、その部屋の人が出かけて電源が落ちると使えなくなる。

また別の部屋番号で接続する。

面倒くさ~~~い~~~!!!

この場合、安全性を気にするべきだったんですが、そこには一切気が回らず。(^^;

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しばらくホテルで休憩し、19:00前、食事に出発。
向かったのは、フロントで教えてもらった、すぐ近くの「楊老四牛肉麺」。

☟の地図をご参照ください。(*^-^*)

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徒歩1分!
夜は人が少ないのかな?
お店の中はガランとしていました。
でも、この方が落ち着いて注文できてgood!

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☝、赤い矢印の先が、宿泊ホテルです。(^^)/


このお店は、追加のお肉が二種類ありました。
その内の安い方をチョイス。(笑)
蘭州拉麺は、大根・葱・ニラが麺の上にトッピングされます。
ラー油はいるかどうか、確認してもらえます。
私はもちろん、アリで!
香菜がないので聞いたら、「ありません」でした。
昔食べた時はあったのになぁ?

それとも記憶違い???
でも、ニラがたくさん入っていて、その味がとても美味しくて、香菜のことはすぐ忘れました。
美味しかった~~~!
とっても満足!(*´▽`*)

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お会計:通常牛肉麺7元+お肉追加1皿7元=14元でした。(*^-^*)


お店を出て、腹ごなしに蘭州大学へ。
途中、18年前に1泊だけした事のある、蘭州大学の斜め向かいのホテルを撮影。

当時、蘭州大学の招待所に行きたかったんですが、蘭州に到着したのが夜8時半頃。

スマホで地図検索など超未来のことだったあの頃、私は懸命に紙の地図を見ながら蘭州大学を探しました。

でも真冬の1月は、夏至を過ぎたばかりの今回と違って、周囲は真っ暗。

照明も今ほど明るくはありません。

武威からの長距離バスに8時間揺られて疲れ果てていた私は、さんざん歩き回った挙句、目と鼻の先にあった蘭州大学に気付かず、すぐ側にど~~んと聳えていたこのホテルへ避難するようにチェックインしてしまいました。

忘れもしない、2000年冬の旅行で宿泊費が一番高かったのがこのホテルです。

1泊、230元くらいでした。

当時、ドミトリーにばかり宿泊していた私は、1泊平均50元以下。

2018年のホテル代でさえ、1泊200元超えていません。

なのに、18年前に200元越え!

しかも、チェックインした頃はもう夜10時前・・・・・・。

すごく無駄遣いをした気分にさいなまれました。(笑)


建物、外観は変わっていないような気がします。☟

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ここは交差点です。

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☟は蘭州大学方向。

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☟は左手が蘭州大学。建物の間に、蘭州駅へ続く天水南路が通っています。

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現在は地下鉄工事の影響で、いったいどうやって斜め向こうに移動したらいいのか、さっぱり分かりませんでした。

そこで、暫く周囲の様子を観察。

大きな交差点のど真ん中を、信号に従って車と共に横断すると確認、OK!
信号を渡っても、更に天水南路を横切らないと蘭州大学にはたどり着けません。

周囲をキョロキョロ見渡して・・・・・・。

あった!!

地下道を発見。

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地下道を通って、やっと蘭州大学前に到着しました。\(^o^)/


ちょうど卒業シーズン。
校門の前で、留学生が記念撮影をしていました。
そこに見知らぬおばさんが一緒に写真を撮らせて~と合流。(☟の写真に、おばさんは写ってません。(笑) )
おばさんは自分のスマホで撮影してもらうと、「ありがとうね!」と満面の笑みで去っていきました。
留学生の方も嬉しそうでした。(=^^=)

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校門通過時、身分証明の提示を求められました。
パスポートを見せて、見学させてもらえませんか?とお願いして中へ。
17・18年前と配置が全く変わっていて、昔、2回宿泊した招待所は見つけられませんでした。(╥_╥)
建て替えられたか、撤去されたんだろうな~。
校内はまるで公園のように緑豊か!

池には太鼓橋がかかっていて、その側に東屋もありました。

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途中、広場に設置された、顔写真部分が切り抜かれている「学生証」と「卒業証書」がありました。
たくさんの人が写真を撮っていたので、そばにいた方にお願いして、私も撮影!

ぐる~っと回っていると、図書館前に到着。
そこで、校門のところで記念撮影をしていた留学生を見かけました。
思い出に、校内のいろんな場所で撮影さてるんですね。

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蘭州大学を後にして、蘭州駅方面へ移動開始。

バスに乗ろうかな?とバス停に行くと、路線案内がすごい!

各路線、今動いている車両がどこにいるか、一目でわかるようになっていました。

振り返ると、蘭州西駅の北広場から1路バスに乗る時も、地下鉄並みの掲示板でしたっけ。

全ての停留所で最新鋭標識が採用されているわけではありませんが、これがあれば、いちいち自分でアプリチェックしなくて済んで便利です。

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なぜ、蘭州駅方面へ行こうとしたかというと、蘭州駅の南(裏手)にある五泉山公園に登って夜景を見ようと思ったんです。
でも、徒歩で駅まで行ったら21時前に。

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この時期の蘭州は20:30頃やっと陽が沈むので、そんな遅い時間になっているとは思いませんでした。(^^;;
これから山に登るなんて……、時間を知ったら気力なし。
それに、この時間、ロープウェイが動いているのかも確かめてなかったし……。
とってもアバウトです。(ーー;)
登山は諦め、1路バスに乗ってホテルへ戻り、旅行初日は終了しました。

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西安大唐西市博物館(その49:3階シルクロード硬貨展示ホール_ペルシャ第二帝国及び従属国:タバリスタン・Turan・Sakastan・アラブ-サーサーン)・「ユーラシア大草原の早期遊牧民族文化 カザフスタン国立中央博物館文物傑作展」

2018年6月25日(月曜日)、雨後曇り。

 

今回は、大唐西市博物館3階、私が勝手に③展示室と呼んでいる展示室最後の貨幣のご紹介です!\(^o^)/

展示品は全て、西安大唐西市博物館所蔵です。

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これらの展示品、かつて「西安大唐西市博物館(その29)」で一部をご紹介済みです。

西安大唐西市博物館(その29:3階シルクロード硬貨展示ホール_クシャン王朝/寄多羅王朝) - せいあん!

それが、展示場の中央にある2列のガラスケースの内の、向かって右側です。☟

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ここに、「サーサーン朝従属国」と「1.クシャーノ・サーサーン朝」の硬貨が展示されています。☟

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訳文はそちらをご参照いただくとして、また新たに写真を撮ったので、写真だけ掲載しておきます。

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光の加減で、色合いが全然違っていますが、☝の写真をアップにしたものが、☟3枚です。(*^-^*)

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☝は、【クシャーノ・サーサーン:銀:紀元230年~紀元410年】

☟は、【クシャーノ・サーサーン:銅:紀元230年~紀元410年】

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2枚に分かれていますが、2枚目の1番したの列以外は、上の写真と重複しています。

 

☟は、【クシャーノ・サーサーン:金:紀元230年~紀元410年】

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アップにしたものがこちらです!👇

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中央に配置されている、一番大きな硬貨が重複して写っています。

以前に比べ、1ヶ月に書くブログ数が激減している分、無料で掲載できる写真の容量にかなり余裕が!!
そこで、できるだけ容量を大きくしてアップしています。
前回のものより、表面の図案が見やすくなっていると思います。(*^▽^*)

 

☟は、博物館で購入した書籍から。

「その29」を書いた時にはまだ購入していなかったので、この場で掲載しておきます。(*^-^*)

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今回、ガラスケースの上に携帯を載せて撮影すれば、手振れの心配ゼロ!に気付きました。
他の展示物は真上から見下ろすような展示方法ではないので無理。

なので、今まで思いつかなかったんです。

たぶん、前回も携帯を手に持ったまま、可能な限り接写したと思います。

ところが、携帯を直置きしても、ガラスに光が反射したような靄状態が発生することも!

なぜ~~~???

よくよく見て見ると、ガラスに指紋がべったり・・・・・・。

せっせと指紋を拭きとっている私の横を、意味なくガラスを触ってただす通りしていく見学者・・・・・・。

今後ピントが合わない時は、手振れだけでなく、ガラスの汚れにも注意を払わねば!

 


ここからは、もう一列のガラスケースに展示されている硬貨です。☟

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それでは、左側の「2.タバリスタン」から、ご紹介します!\(^o^)/☟

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【2.タバリスタン】
(中国語で)陀拔里斯坦,或いは太伯里斯坦と訳される。現在のイラン高原北部のアルボルズ山脈とカスピ海南岸の間に位置する。紀元651年以前はペルシャ・サーサーン朝の従属国だったが、サーサーン朝がアラブ帝国に次々に併呑、滅ぼされた後、再度独立王国となった。この時期に、当地の商人が中国を訪れたため、中国の古書にこの国の名が登場することとなった。歴史書でのタバリスタン(陀拔里斯坦)は「陀拔思单」と記され、「疏勒の西南二万五千里にあり、東は勃達国から西は涅満国まで、どちらも一か月の道のりである。南は羅刹支国まで半月の道のり、北はまで2ヶ月かかる」と記載されている。この時期に発行された貨幣にはパフラヴィー文字が使用され、かつ貨幣には引き続きサーサーン朝の最後の強大な国王ホスロー2世の頭像が刻まれていた。

 

上記の訳で、黄色で示している「疏勒」は「呉音:しょろく、漢音:そろく(Wikipediaより)」と、Wikipediaに項目がありました。

疏勒 - Wikipedia

でも、赤字で書いた国々と「海」はどこのことなのか、調べても見つけられなかったので、そのまま漢字で標記しています。

 

☟はサーサーン朝従属国・タバリスタ銀貨です。紀元740年~紀元761年

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☟は博物館の書籍に記載されていた硬貨の写真と規格です。

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バリスタンの紹介の場所にあったのですが、王朝名が「库尔希德王朝(Salman Khursheed Empire)」となっています。

中国語名で百度百科で検索しても発見できず、「Salman Khursheed Empire」でWikipediaを検索してもヒットなし。

どういう関係なのか、よく分かりません。(◞‸◟)

 

ここからは、図蘭(Turan)及び塞斯坦王朝(Sakastan)です!(*^-^*)

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【3.図蘭(Turan)及び塞斯坦王朝(Sakastan)(紀元230年~紀元241年)】

 

この国々については文字の説明がないので、直接硬貨を見ていきましょう!(^o^)/

 

【サーサーン朝従属国・図蘭(Turan):銅:紀元230年~紀元241年】

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画像は大きいんですが、もともと小さくて映りが悪いですね。☝

☟は更に小さくて、映りが悪いです。m(__)m
【サーサーン朝従属国・塞斯坦王朝(Sakastan):銅:紀元230年~?年】

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最後は、アラブ-サーサーンです。

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【アラブ-サーサーン(紀元651年~?年)】
651年、アラブ軍がサーサーン朝を滅亡後、錫斯坦(シスタン/Sistan)・ブハラ等の地域では、依然としてサーサーン朝貨幣形式の「アラブ-サーサーン貨幣」を使用・製造していた。この時期の貨幣上の王像は、依然としてホスロー2世、或いは最後の皇帝ヤズデギルド3世のもので、紀年はヤズデギルド3世の紀年を踏襲、貨幣上の文字はパフラヴィー文字を使用していたが、貨幣表面の縁部分に「科菲体」アラビア文字が出現している。698年に至り、ウマイヤ朝が貨幣のイスラム化改革を行い、それ以降ペルシャ貨幣がイスラム貨幣体系に組み込まれた。

 

☟は展示されている銀貨です。まずは全体の様子から!(*^▽^*)

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☟は、上の写真を上2列、下2列に分けてアップにしてみました!(*^-^*)

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 以下2枚は、博物館の書籍からの資料です。

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☝☟の時代の「回历(回歴)」はイスラム歴のことです。

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以上で、サーサーン朝関連の貨幣、及び③展示室の紹介を終わります。(*^-^*)

④展示室では、インド亜大陸の国々・アラブ諸国・モンゴル・中国の硬貨をご紹介する予定です!

ただ、明日から旅行に出かける上に、8月には日本一時帰国もあるので、④展示室はきりよく新学年の始まる9月からにしようと思っています。(^^)/

 


それから、5月15日から約1ヶ月、4階特設ホールで展示されていた、「ユーラシア大草原の早期遊牧民族文化 カザフスタン国立中央博物館文物傑作展」の写真を少しだけ、ご紹介します!

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目玉は「黄金人間(Gold Man)」!!\(^o^)/

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2008年9月後半、私は中央アジア5ヵ国へ旅行しました。
その時、カザフスタンの博物館で「黄金人間」のレプリカを見ています。

記憶に残っているのですが、当時、「撮影厳禁」と言われたため、写真は残っていません。

今回、ネットで検索してみると、5年ほど前の情報ですが、このカザフスタン国立中央博物館は全館撮影禁止で、「黄金人間」が展示してあるエントランスだけが有料で撮影可能!!

思い返せばその通り!!

だから、パソコン内のフォルダーを探しまくっても、博物館らしき展示物の写真がないわけです。

レプリカに5ドルは価値なし・・・・・・。

私が参加した2008年のツアーでは、誰一人として撮影していなかったこと、思い出しました!!(笑)

その時の「黄金人間」が、西安にやってきたんです!

10年ぶりの再会!!!

しかも、今回は写真写し放題!!!

正面から撮ったら、次は向かって左側から!

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次は背中!(*^-^*)

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向かって右側面からも、忘れません!

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冠も四方から撮りました!(笑)

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ここで、展示してあった「黄金人間」の説明パネルをご紹介します。

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参考の訳文は☟をご覧ください。

黄金人間】

紀元前10世紀~紀元前8世紀にかけて、カザフスタン領内で遊牧経済の形成が始まり、次第に青銅時代以来の農耕牧畜定住経済に取って代わっていった。

カザフスタン領内の文物は非常に豊富であるが、その中で最も著名なのが塞民族(サカ)の古墳である。カザフスタンの考古学者が1969年、アルマトイ市で塞族(サカ)首領の墓を発掘した。墓の主の衣服に縫い付けられた装飾品や帽子が乱れることなく並んでおり、「黄金人間」を唯一無二のレプリカとして復元するにあたっての資料となった。塞族(サカ)首領の服装装飾は複雑であるが、その構図は調和がとれており、4800個に及ぶ動物・植物・幾何学図案のピースにより構成されている。「黄金人間」は世に名を知られたカザフスタン共和国の象徴である。

 

今回の展示の説明は、中国語とロシア語がメインです。

それ以外は、「黄金人間」を囲むガラスケース上に、英語の紹介がある程度。

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ちょっと見にくいですが、☝の3つ目が英語バージョンです。

 

実は、博物館でオープニングセレモニーが催された日、私は学校を休んで見学に行きました。(#^.^#)

その後、ブログに書こうと編集を仕掛けて・・・・・・、途中で息切れ。(^^;

これまで放置されていたんです。

これ以上放置したらお蔵入りになる!

それではあまりに不憫です。

そこで、今回、硬貨の紹介が少なめだったのと、夏休み旅行に出る前に!!!と、簡単にご紹介することにしたわけです。

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セレモニーでは、☝古典音楽の演奏や、☟ソプラノ歌手の歌、笛の演奏、舞踊等が催されました。

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陝西省西安市からの貴賓、博物館館長、そして、カザフスタン博物館の考古センター責任者の方のご挨拶。☟

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そして、テープカット。☟

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この後、セレモニー参加者揃って4階特設展示室へ移動。

この日から数日、通常は有料の特設展が無料開放されました。

その他、国際博物館の日(5月18日)前後も無料開放されていて、通常なら30元/人(約480円)かかるのに、無料で見るチャンスがたくさんありました。\(^o^)/

 

メインの「黄金人間」以外にも、80点余りの文物が展示されていました!

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以上、「カザフスタン国立中央博物館文物傑作展」の簡単なご紹介でした。

 

それでは、明日から中国国内のシルクロードへ出かけて来ます!!\(^o^)/

 

 

西北工業大学、漢語進修生終業式

2018年6月23日(土曜日)、快晴!

 

今週木曜日、ついに今年度の授業が終わってしまいました。

端午節明けの19日(火曜日)・20日(水曜日)と期末試験があり、21日は終業式。

西北工業大学には3回目の留学、他の大学にもいたことがありますが、それはずいぶん昔。

なので、こんな風に終業式に参加するなんて初めてなんです。

1年間一緒に勉強してきたほとんどの生徒が帰国してしまうので、メチャクチャ寂しく感じます。

 

終業式は、先生が作ってくださった想い出の詰まったPPTに沿って進められました。☟

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この終業式で、各クラスの代表が挨拶する場面がありました。

なぜか私も指名されていて、どんな場面で挨拶するのかよくわからず、堅苦しい文章を準備していたのですが・・・・・・。

中には挨拶の最後に歌を歌う代表もいて、

「失敗した~~~、それなら私も歌いたい曲、古いけど、お別れにピッタリな曲があったのに~~~!!!」

とリサーチ不足にショックを受けました。

思いの外、私、盛り上げ精神、旺盛なのです。(笑)

 

この、各クラスの代表の挨拶の後、クラス全員が前に出修業証書をもらい、並んで記念撮影を行いました。☟

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5班は私が挨拶したので、☝のような写真がありません。

そこで、学校のWechat公式アカウントに掲載されていたものを拝借しました。☟

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更に、一番上の写真の右下にありますが、「2017-2018年度 優秀学生」の表彰もありました。

私は、今でも我がクラスの最優秀生徒は間違いなく、出席率100%のアメリカ人の男の子だと思っているのですが、流れが・・・・・・。

1班から順に名前が呼ばれると、全員、クラス代表で挨拶した生徒なんです。

ここで、5班だけ他の生徒に回ることはないだろうな~と思っていたら、やっぱり私の名前が呼ばれてしまいました。

これは、絶対におかしい!!

異議あり、大いに異議ありっ!!!

でも、今更どうにもなりません。

これは形式的なこと、「みんなちゃんと分てるから大丈夫!」と、思うことにしました。(^^;

 

優秀学生には「栄誉証書」が授与されました。

☟の赤い賞状カバー(?)が栄誉証書。

青いのは終業証書です。

この他、集合写真2枚が、右下の筒に入れて手渡されました。

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☟、これが、「優秀学生」への副賞です。(*^^*)

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実は、私はペンタイプのラケットを2つ、日本から持って来ています。

ピン球も一箱持参しているのですが、校外に住んでいるため卓球をするチャンスはなく、宝の持ち腐れ。

さらにラケットが増えたので、来学期はクラスメイトを誘って卓球を楽しみたいと思います。

ただ、私の目、ピン球動きについていくことができるのか・・・・・・???

非常に疑問です。(笑)

 

 

この終業式の前日、二日目の試験終了後、4班・5班の有志が東館の教室に集合し、動画を撮影しました。

先生から、

「4班・5班の生徒が「抖音(ドウイン)」にアップする動画を撮りたいと言っているけど、参加する?」

と声を掛けられたのは、1日目の試験終了後の、回答用紙を提出する時です。

その時点では何をするのかよくわからなかったのですが、これで最後だし、せっかくなので見学しようと思って集合場所に出かけました。

 

すると・・・・・・。

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☝のようにみんなで踊る~~~!!!!

振り付けは、先生が既存の動画の中から選んでくださったもの。

この振りを教えるために、先生は前日深夜2時まで練習したそうです。

それだけに、ノリがすっごくいい~~~~!!!

そして、学生も、一度動画を見ると、すぐに踊り始めます。

よく見ると、全員韓国人留学生。

彼女・彼らにとっては、こんな動きは朝飯前なんでしょうね!(*^^*)

私はといえば、実際の動きと動画の動きは反対になるので、混乱して動けません。

脳の中では華麗に踊っていても、実際の手足は途方に暮れたまま。(笑)

まあ・・・・・・、それでいいんです。(ーー゛)

食後の運動程度に練習だけちょっとやってみて、後は動画収録時にスマホのスタートを押す係りの専任に。(笑)

 

そして、この動画を終業記念に動画サイトにアップするんだとばかり思っていたら・・・・・・。

終業式で披露されました!!!

出席者全員、大歓声!!!

冗談だと思いますが、「新学年から、今回振り付けを教えてくださった先生に選択科目でダンスを教えてもらえるよう手配します!」と司会の先生。

果たして、9月からの新学年で、ダンスの授業はあるのでしょうか???(笑)

 

最後に、まとめのお話があり、その中で、今学期に予定されていた「国際文化フェスティバル」と「春のバス旅行」が実行できず、とても残念に思っているとの言葉がありました。

確かに、私、どちらもすごく楽しみにしていました。(笑)

「国際文化フェスティバル」は5月下旬開催の予定でしたが、イスラムラマダーン期間(今年は5月16日~6月14日)にあたってしまい、延期になりました。

屋台もたくさん出るので、昼間食事できない生徒たちは参加できなくなる・・・・・・と言われていました。

このフェスティバル10月に実施される予定です。

 

さて、21日に実施された終業式の様子、それをなぜ今頃書いているのでしょう?

さらに、先週末の博物館の記事は???

 

なぜかと言いますと・・・・・・。

6月28日(来週火曜日)から、カシュガルトルファン敦煌~~~と、新疆・甘粛省の旅に出るからデス!!\(^o^)/

それを、21日の終業式の後、突如思い立って計画し、交通機関のチケットを取り、ホテルを選んで予約入れて~とやっていたら、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

 

もともと夏休みは西安にいて、回民街のイスラム寺院を順に回ろうと思っていたんです。

でも、クラスメイトがみんないなくなってしまう・・・・・・。

1人西安に残っていて、無性に寂しいよ~~~~。(T_T)

そうだ、帰国していく学生たちには、これから新しい生活が待っている!

私も、何か新しい事、普段とは違うことをやってみよう!!

みんなが前に進んでいるのに、何も変わらない自分がイヤなんだ!

だからより一層、寂しさを感じるんだ!!!

何かしよう!

冬休みと同じ生活にならないように、何かしなくちゃ!!!

 

そうだ!

せっかく西域に行きやすい西安にいるんだし、自由時間がこんなにあるのは今だけ!!

帰国したら、もうこんな長期の休みなんて退職までないよ~~~!!

と、思考回路が急回転したわけです。

 

ただ、あまりに突然で事前準備もなしだったため、西安からカシュガルに行くにしては、かなりイレギュラーなルートを選択してしまい、初めからオオボケ。

さらに今日、久々に大唐西市城シルクロード風情街にある天堂眼に遊びに行くと、ウルムチ出身だと言う新しい店員さんから、今はまだ季節じゃないよと言われ、が~~んっ!

確かに、果物が実るには、ちょっと早すぎ。

葡萄祭りなんてまだまだ先の話です。

でも、これは仕方ありません。

7月半ば、ビザの切り替え手続きをしないといけないので、西安にいないといけないんです。

それに、勧められた7月半ば以降は、大学生も夏休みに入って人が多くなり、そのために飛行機チケットもメチャクチャ高くなる!!

さらに、今は鉄道運賃も変動制が採用されていて、路線によっては毎日微変動しています。

オンシーズンになったら、これも高くなるんじゃないでしょうか?

いろんな理由で、この時期にならざる得をませんでした。

 

今回、寝台列車も利用します。

なんと、17年振りなんです!

以前は、棚に載せる荷物は、自転車盗難防止用のようなでチェーンで棚に固定していました。

今の私の不安。

果たして、そこまでの処置が今現在も必要???

あと数日、周囲の人に問い合わせて、心の準備&小道具の準備をしなくては!!

 

今回、ほぼ17~18年前に旅した記憶をたどって各地を巡ります。

観光というより、想い出巡りです。(笑)

20日間近い一人旅。

楽しみです!!!(*^-^*)