せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

西安大唐西市博物館(その33:4階特設展示場_シルクロードの宝物~西安大唐西市博物館所蔵名品展~①黄金)

2018年1月31日(水曜日)、快晴!!

本日の西安は、これでもか!というほど澄んで綺麗な青空が広がりました!!

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全て大唐西市で撮影!

普段はあまり行かない骨董品街の屋上のお寺の辺りとか、ショッピングモール屋上の空中花園まで足を延ばしました。

二枚目、右下は空中花園から北向きに撮影した風景。

本当に珍しいほど、スモッグにかすむことの無いスッキリしたお天気でした。(*^_^*)

 

さて、今回のタイトルは「4階特設展示場_シルクロードの宝物~西安大唐西市博物館所蔵名品展~①黄金」です。

この展示、最初に見学したのは1月14日(日曜日)でした。

既に半月経過しています。

なぜ、今頃~~~?と思われるかもしれません。

答えは、この特設展、日本語説明一切なしなので、できるだけ訳してみようとしていたんです。

これに時間がかかりました。

毎週博物館に行く時に、受付けにいるボランティア解説員さんに分からないところを聞いてみたり。

薄暗かったため写真の文字が読めず、再度撮影しなおしたり。(笑)

にもかかわらず、どうしてもわからないところは「?」付き。(T_T)

その上、今回は展示品の半分の「黄金」に関する部分のみ。

更に半分ほど、シルクの紋様と陶器の部分が残ってまいす。

これは・・・・・・、これからまた気長に訳します!!(^O^)/

 

では、「シルクロードの宝物」をご覧ください!!\(^o^)/

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2018年1月14日、3階でクシャン朝の硬貨の撮影を完了した私は、博物館を出るため下に下りようとしていました。

その時、職員さんから「4階は見たのか?」と問われ、「?」と疑問符が浮かびました。

1階フロアに何の案内も出ていなかったからです。

12月半ばで4階に展示されていた「草原のシルクロード民俗展」、3階での特設展「台湾李天禄布袋劇傑作展」も、このブログで紹介していないものでも、みんな1階の目につくところに案内がありました。

その結果、4階へ上がる階段の方を見ることなく素通りしようとしていたところ、呼び止められたと言うわけです。

そこで首を曲げて4階方向をみると、ありました!☝の看板「シルクロードの宝物~西安大唐西市博物館所蔵名品展~」が!!

職員さんにお礼を言って、4階へ上がった私が目にしたのは・・・・・・。☟

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ちょっと薄暗い、でも何やら眩い空間ではありませんか!!

以前の「草原のシルクロード民俗展」と同じ場所ですが、今回は入口から見える範囲内のスペースだけで、隣の部屋までは開放されていませんでした。

扉の陰、入って右手の照明も届きにくい場所に「序文」が掲示されていました。☟

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英語表記もあったのですが、中国語を大きく写すために省略しました。

参考用の日本語訳は以下の通りです。半月の成果、ご覧ください!!(笑)

【序文】

「金市」と称賛される隋唐の長安西市は古代シルクロードの東の起点であります。異国からやって来た胡の商人が最初に選ぶ地として、また貿易が集中する重要な窓口として、ここには唐代全盛期の特徴が濃縮されています。歴史に目を向ければ、東方と西方の文明がここにおいて交流・融合し、和して同ぜず、共生共楽という光景を繰り広げていました。古道には西からの風が舞い、駱駝の鈴の音が鳴り響く。大唐西市は、「すべての道は長安に通ず」という繁栄を謳歌していました。

 本日、我々は歴史の伝承、文化の発揚といった趣旨に基づき、多くの来館者及びコレクションに情熱を注ぐ各界の親友の皆様のため、当館所蔵品の中から心を尽くして貴重で稀有な宝物を選出いたしました。これらの中には華夏文明の精華と言える中原固有の伝統的な器・道具もあれば、中国と他国との交流の証である異国情緒に満ちた舶来品もございます。歴史は未来を導くと申します。この場を逍遥することで過去に思いを馳せ、繁栄を感じ、素晴らしい展示物の数々を心ゆくまでご堪能ください。

 

なんとなくでも雰囲気が伝わるとよいのですが・・・・・・。

では、いよいよ展示品の出番です!(*^-^*)

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英語が堪能な方は、ぜひ、英文をご覧ください。

中文の日本語訳はこちらです。☟

【黄金の世界】

黄金は人目を惹く光沢と素晴らしい延性があることにより、最も早く人類に利用された金属である。人々は早くも先史時代において金に対し一定の認識を持ち、それを利用していた。金器発展の輪郭は紀元前16世紀から明らかになり始め、またその使用も一層普及していった。その間、全盛期もあれば衰退することもあったが、始終途絶えることはなかった。その他物質文明を吸収し新たに生まれ変わる、それは金器が発展変化していく上での重要な過程である。金器の歴史を論じるのであれば、最も長い歴史を有するのは西アジアということができる。伝統が途絶えることなく延々と継続されている点を論じるのであれば、いかなる国家・民族の金器であろうと、みな中国の金器と比較することはできない。

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左から説明します。左から二つ目は、右二つの大きさをご覧ください。(^^)/

金装飾(金饰):春秋

獣頭金装飾(兽首金饰):戦国

魚形金装飾(鱼形金饰):戦国

3つともとても小さいのですが、右の二つは特に小さく、私の小指の先くらい。

「獣頭」は角度が悪く、分かりづらいですね。<(_ _)>

「魚形」は小さいにもかかわらず、細かい鱗がきちんと表現されているのが分かると思います!

 

これだけでも、黄金の煌めきに目がチカチカ。

しかし!!ど~~~んっ!!見てください!!!\(^o^)/

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こ~んなにたくさん!!

これは「金餅(金饼)」と紹介されています。年代は記載されていません。

右側は、左と同じものが2個だけ別に展示されています。

周囲をカットした結果、見た目の大きさが変わってしまいましたが、実物は同じ大きさです。念のため。

この「金餅」は展示品を先に見ていただきました。

これにも説明パネルがあるので、☟をご覧ください!(*^▽^*)

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西漢前漢)巨額の黄金消失の謎】

文献の記載によると、西漢時期には大量の黄金があった。「軍士」クラスの軍人は戦に勝利すれば褒賞として黄金を与えられた。文人が寵を得た場合も黄金を賜わった。例えば西漢の著名な文学者・司馬相如は一篇633字の《長門賦》により陳皇后の歓心を買い、金百斤(約26キロ)を得た。1文字平均1.6両(約26g)である。当時、帝王が恩賞として与えた黄金は、一般的に百斤、千金、延いては万金であった。しかし、西漢の巨額な黄金は東漢後漢)時期になると悄然と姿を消し、文献上に黄金に関する記載を見ることは極めて稀になった。このため歴史研究において「西漢巨額な黄金消失の謎」が出現した。これに対し、以下いくつかの推測がなされている。仏教の中国伝来後、塑像作りの塗金・金泥写経に消耗しきってしまった。或いは、「シルクロード」開通後、西域の宝物購入や宝物との交換、また外国人に恩賞として与えた結果流出してしまった。また農民の武装蜂起後、横暴な貴族が黄金を隠し、以後伝承が途絶えてしまったと考える学者もいる。

百度知道より:西漢時期の一斤=258.24g、一両=16.14g)

633文字の賦対価が金26キロ!

すごいことなのか、普通なのか、貴金属の買取り計算式が分からない私には謎ですが、感覚的に、羨ましい~~~と思ってしまいました。(笑)

 

続きましては、こちら!☟ 

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 ちょっとピントがずれてますが、何とか読めますよね???(^^;

日本語訳はこちらです。👇

【草原の怪獣――グリフォン

ユーラシア草原の遊牧民族文化芸術には少なからぬ幻想動物が存在するが、最も有名なのはグリフィンである。その内、スキタイ人(Scythians)のグリフォンが時代的に最も早く、且つ最も代表的である。スキタイ文化におけるこの鷲の頭、獅子の体を持つ神獣は、当時の西方世界の文明の中心であったギリシャから直接伝来した。ギリシャグリフォンの特徴を最も多く残した神獣は基本的に黒海北岸地域のスキタイ文化圏で発見されている。ギリシャヘロドトス(Herodotus)の著書《歴史(The Histories)》には、グリフォンアルタイ山脈の黄金を守護する神獣であり、一つ目人は黄金を奪うため頻繁にグリフォンと戦ったと記載されている。アルタイ山脈グリフォンは、この地にライオンが少ないことから頭部は鷲、体は鹿(ロバ・馬)というように、その姿には変化が見られる。中国で発見されたグリフォンに類似する怪獣はアルタイ山脈から伝来したと思われる。

【動物図案の装飾プレート】

金銀の装飾プレートは戦国・秦・漢代の北方遊牧民族が普遍的に使用していた器物である。その多くは造型と装飾文様が巧妙に組み合わされ一体化している。動物が噛みつき合って戦う様子はよく見られるモチーフであり、動物は器物の形状造型でもあり、文様装飾でもある。造型と文様は写実性を備えながら、また誇張手法も取り入れられている。そしてこれもまた中央アジア地域を含む広大な草原遊牧民族文化における金銀器が持つ共通の特徴である。金銀の装飾プレートの種類は複雑であるが、出土時、墓主の遺骨の腰部分からするものもあり、多くはベルト部品や服飾に用いられた。

 

説明パネルには最初にグリフォンが登場するのですが、展示品はありませんでした。

展示されていたのは、こちら。☟

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双獣噬馬紋金装飾プレート(双兽噬马纹金饰牌):西漢前漢

双獣が馬を噛んでいる紋様ですが、ぱっと見、ある民芸品を思い出しませんか?

私は北海道へ旅行に行きたくなりました。(笑)

 

次は、衣服に関わる黄金です。

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【霞帔墜子】

唐代の婦女は裙と衫以外に、「帔帛」(刺しゅうを施した肩掛け)を身に纏っていた。宋代になると、帔帛は「霞帔」と言う名称で登場する。唐代は気軽に引っ掛けていたが、宋代では帔帛は腹の前に垂らすようになり、華麗な装飾品となった。霞帔を皺なく広げるため、端に「帔墜」という下げ飾りを取り付けた。帔墜は明代になると「墜頭」と呼ばれ、フックが付いているものもあり、装着がより便利になった。《明史・輿服志》には、明代の一品から五品までの婦女の霞帔には金の帔墜をつけ、六品・七品の場合は金メッキの帔墜、八品・九品の場合は銀の帔墜をつけたと記載されている。洪武二十四年(1391年)、公侯及び一品・二品の婦女の霞帔には翟(尾長のキジ)文様、三品・四品は孔雀文様、五品は鸳鸯(オシドリ)文様、六品・七品は練鵲(サンコウチョウ?)を刺繍すると規定された。

パネルの一番下に書かれている図に関する注釈:

明代に出版された《中東宮冠服》に記載された霞帔と帔墜の身に着け方

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左から、

金装飾プレート(金饰牌):明

金帔墜(金帔坠):時代説明なし

となっています。

展示の配置が【霞帔墜子】の前で、「金帔墜」と並んでいたので「金装飾プレート」をここで紹介したのですが、これはもしかしてひとつ前と一緒の方が良いのでしょうか?

 

そして、次の説明パネルの手前に、この☟「瑪瑙印章(玛瑙印章)」が展示されています。

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説明プレートには、展示品名と共に「ペルシャ文化(波斯文化)」と記載されています。

 

耳飾りの紹介です!(*^-^*)

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【金瓢箪形耳飾り(金葫芦耳环)】

耳飾りは冶金技術の発明後に出現し、明代には俗に「環」或いは「環子」と言われていた。瓢箪形耳飾りは形が瓢箪に似ていることからその名がつけられ、筆記小説(中国古典小説の一種。小説の性質を持つ、随筆と小説の間の文体)に頻繁に登場する「摺絲金葫芦耳環」・「金疊絲葫芦耳環」・「金宝葫芦耳環」のように、明代で最も通用された様式である。この種の耳飾りは元代から受け継がれているがいくらか変化も発生している。上盖(上部の装飾?)と托座(台座?) を追加することでより優美になった。また発達した金細工技術の恩恵を受け、一層精巧で華麗になった。上部は金色の蔦の葉で覆われ、中間には二つの丸い玉が連なり、瓢箪のくびれの部分は小さな金の粒作った円環、下部にはまた金の葉の台座と言う構成は、明代瓢箪形耳飾りの基本的な様式である。これをベースに、職人たちは材質や製作の技工を変えたりすることで、競い合って目新しく優れた耳飾りを作り出した。瓢箪形耳飾りは各地の明墓から発見されている。身に着けているのは主に称号を与えられた婦女である。ここで取り上げておきたいのは故宮南薰殿所蔵の明代皇后像である。多くの皇后がこの種の耳飾りをつけており、当時の風潮を反映している。

パネルの一番下に書かれている耳飾りに関する注釈:

南京太平門外、明代徐俌夫婦墓から出土した金瓢箪形耳飾り

展示品はこちらをご覧ください。☟

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日本語訳で各パーツの表現の仕方がよく分からなかったため、読まれて理解できないかもしれません。。

百聞は一見にしかずなので、この写真を見ながら怪しげな訳を読んでいただければ幸いです。

 

そして、武漢湖北省博物館でも見学した金の地金!

大唐西市博物館にもあったんですね!

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「永楽」と「伍拾两重」は見て取れます!

博物館で肉眼で見たのですが、薄暗さと距離、さらに視力が悪く眼鏡をかけいてもボケ気味で、文字を全部読むことはできませんでした。(┯_┯)(┯_┯)(┯_┯)

参考に、「梁庄王墓」の記事URLを貼付しておきます。(*^-^*)

shanshansg.hatenablog.com

 

先ほどは耳飾りの紹介でした。

今度は指輪について!(^_^)/

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【指の上の身分――指輪】

西方では、指輪の起源は印章と関連がある。紀元前4000年、印章は小アジアシュメール人の間で出現し、紀元前3000年前後にエジプトに伝わり、その後まもなく、印章を携帯しやすくするため、指にはめることが可能な印章指輪が必要に応じて誕生した。《聖書》には指輪が権力を象徴することに関する記載がある。《エステル記(Esther)》第三章には、ペルシャ国王アハシュエロス(Ahasuerus:クセルクセス1世)は重臣ハマン(Haman)にユダヤ人掃討を命じた時、王の許可なく処置が可能な全権を授ける証として、自分の指輪を外しハマンに与えた。中世になると、指輪に備わった権力の象徴という機能は更に明確になり、世俗権力の移譲儀式であれ、キリスト教の教会権威であれ、指輪はいつでも主役となった。当時、右手は神聖なものとみなされていたため、宗教に関わる指輪はみな右手の人差し指にはめられた。指輪には緑色の宝石が象眼され、希望・活力・豊饒の象徴とみなされた。中国では指輪は主に装飾や魔除けとして用いられた。

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説明プレートには、「金指輪*(金指环)」とあるのみです。

どんな謂れがある指輪なのか、紹介があったらもっとワクワクできたのに、残念。

 

①黄金のラストになります!(*^-^*)

やっとここまで来た~~~~~~~!!!!(笑)

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【仏相妙音】

「迦陵頻伽」は古代インドの伝説に現れる雪山にいる鳥である。名前はサンスクリット語のkalaviṅkaの音訳である。パーリ語ではkaravika、「妙声鳥」或いは「美音鳥」と言訳される。人頭鳥身、美しい声を発することができ、そのため仏の声を形容するのに用いられた。また、仏典で西方浄土を表現する際、迦陵頻伽が頻繁に登場する。このことから、迦陵頻伽はかつて阿弥陀仏世界の一種の象徴となったことがある。迦陵頻伽の半人半鳥というイメージの起源に関しては、インド、ギリシャ、中原漢代画像石に刻まれた羽人(羽のある仙人)起源とするように、中国・国外の学者の説はそれぞれ異なる。

宝相華】

宝相華とは一種の多層的に、花の平面全体を表した図案で、外側の多くは対になって巻いたスイカズラの葉、或いは勾卷(唐草模様?)により作られた花弁である。中国の伝統的な雲や勾卷紋様を採用、また西方から伝来したスイカズラの葉などの造型を融合している。これは唐代独特の特徴を持つ紋様で、図案がパターン化されている。現在、中国考古学界では習わしが広まり一般に認められ、特に宝相華を指す紋様である。金銀器で流行した以外に、仏教の壁画・繊維製品・銅鏡等にも見受けられる。宝相華外側の花弁は連続して開いた形態であらわされることが多く、主題の図案となっている。

☝の「宝相華」の訳ですが、図柄の訳に非常に苦労しました。

こちらも実物を見ながら訳を読んで、視覚から訳の不足を補ってください!!<(_ _)>

まずは全体から。(*^▽^*)

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この中に、「迦陵頻伽」と「宝相華」があります。

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左:迦陵頻伽紋金メッキ銀装飾(迦陵频伽纹鎏金银饰):唐

右:宝相華紋金メッキ銀装飾(宝相花纹鎏金银饰):唐

 

そして、最後にぽつんと展示されていた「金のベルト装飾品(金带具)」。☟

年代の表記はありません。

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一つ一つに動物の図案が装飾されています!(*^▽^*)

 

以上、「シルクロードの宝物~西安大唐西市博物館所蔵名品展~①黄金」でした。

 

ここまで息切れしながら書いてきましたが(笑)、後少し書きたいと言うか、貼りたい写真があるんです!!

2018年1月31日は皆既月食がありました!

いつもこうした天体ショーを見逃してしまう私。

今回は昼間からスマホの目覚ましをセットして、うっかり忘れを防止しました。

結果、ちょっと早く外に出すぎ、でも引き返すのも面倒と言う状態に。(笑)

最終的に2時間くらい寒空の中空を見上げていました。

その時に撮った写真を載せたいんです!(*^▽^*)

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西安で、大唐西市で見た皆既月月食

いい思い出です!!(*^-^*)v