せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

西安大唐西市博物館(その45:3階シルクロード硬貨展示ホール_西突厥)

 2018年5月2日(水曜日)、晴れ!

三連休が終わり、授業が再開されました。⤵

抜き打ちテストもあって気分的に疲れた一日でしたが、でも、今回の三連休の後は3日学校へ行けばすぐ土日!

清明節の時のような、先に3日休んで、後から連続6日に比べればありがたい日程です。

 

そんな三連休の最終日の5月1日、西安城壁南門で、1374台のドローンによる光のショーが開催されました。

学校の先生がWeChatモーメンツで情報を発信していたので知ってはいたのですが、 夜になるころにはすっかり忘れていた私。

1日の夜はWeChatを見る時間もなかったので、2日朝、学校にいってから大変な混雑だったと知りました。☟f:id:shanshanduohuizi:20180502183805j:plain

子の写真は、知り合いがモーメンツにアップしたものです。

上空からの写真なので、知り合いもどこからかコピーしてきている感じ?

クラスメイトも見に行ったそうですが、あまりの人の多さに恐怖を感じ、ショーが開始して3分で撤退を始めたと言っていました。

移動しようとすると、周囲から「動けないよ!」と非難されたそうですが、最後まで残っていたらそれこそ帰れなくなると思ったそうです。

なので、もみくちゃになっただけで、ショーは何も見ていないとか。

聞いていて、ちょっとかわいそうでした。

 

ショーの様子はこちらです。☟

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南門からバスで一駅の場所に住んでいる先生ご家族も出かけたそうですが、いったん人並みに呑み込まれてしまうと、前進も後退もできない状態になってしまったそうです。

「抖音(ドウイン)」というアプリがあって、それで西安が頻繁に紹介された結果、西安への旅行者が急増したとのことでした。

地元紙の「陝西日報」では、陝西省全体で、旅行客の人数は昨年同期に比べ33.65%増だったと報じています。

 

人気が上がった西安。ヽ(*^^*)ノ

その結果、名物の「凉皮(リャンピー)」「肉夹馍(ロージャーモー)」も値上がり。(-_-;)

昨年7月、私が西安に来たばかりの頃、近所の大唐西市城では、「凉皮(リャンピー)」5元、「肉夹馍(ロージャーモー)」8元で販売されていました。

それが今では、「凉皮(リャンピー)」7元、「肉夹馍(ロージャーモー)」12元に!(╥_╥)

「鐘楼も、大雁塔も、回民街も譲るから、自分達からリャンピーとロージャーモーを取り上げないでくれ」と、先生は冗談めかせて言われていました。(笑)

 

では、シルクロードの硬貨のご紹介に入りたいと思います!(*^-^*)

まずは3階のレイアウト確認。

今回もまだ、③展示室。

③の右側の壁の一番下辺りです。

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☟の写真でいうと、右の写真の奥左手。

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それをアップにするとこうなります。☟(*^^*)☟

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赤い矢印のところです!

該当部分だけをご覧ください。

☟今回はちょっと少なめです。(^^;

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では、西突厥、スタート!!!

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5 西突厥(紀元562年~紀元657年)

突厥アルタイ山脈に住んでいたが、紀元603年、突厥は隋により東西に分裂、モンゴルを中心とした東突厥と、シンドゥ七大河(?)流域を中心とした西突厥となった。西突厥は元来突厥の西部を納める可汗であり、また西域において雄を唱え、シルクロードの沿線を支配した。最盛期には東はアルタイ山脈の南麓から、西はカスピ海種変諸国を版図とした。唐高宗顕慶三年(657年)※①、西突厥は滅亡し、その故地に崑陵都護府と濛池都護府を設置した。

西突厥中央アジアにおける貨幣は、主に西突厥の葉護(ヤブグ)貨幣、ブハラ王突厥・エフタル貨幣、アフガニスタン突厥・エフタル貨幣の三つに関わりを持つ。西突厥の貨幣は少なく、基本的にサーサーン朝の貨幣形式を踏襲した。貨幣の多くはエフタルの貨幣と明確な違いはないが、国王の形象・王冠の様式には比較的大きな差異があり、またブラーフミー文字バクトリア文字・パーレビ文字※②の三種類の言語による貨幣が出現した。

 

※① Wikipediaでの記載:顕慶2年(657年)

西突厥 - Wikipedia

 

※②大唐西市博物館が発行している冊子では、以下のようになっています。

『并出现由婆罗钵纹、巴克特利亚文、突厥文组成的三语币。』

訳:パーレビ文字・バクトリア文字・突厥文字の三種類の言語による貨幣が出現した。

 

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象嵌貨幣

象嵌貨幣とはオリジナル銀貨の表面中心部から銀を少し取り除き、溝部分に不規則な形状の金をはめ込んだ銀貨のことを指す。はめ込まれている金には定まった規格はなく、その重量はほんの僅かである。歴史資料に記載がないため、金象嵌の理由を以下の二点ではないかと学者たちは推定している。一、新政権が西突厥を占領後、前王朝の貨幣を利用し一部分に金を象嵌することで区別をした。二、当時黄金は貴金属であり非常に希少であったため、一部分に金を象嵌することによって銀貨の価値を高めた。

 

読んでみると、なるほど!デス。

最初、私はこのパネルのコインを見て、この金の部分がパネルを壁に打ち付けている釘の頭だと勘違いしていました。(笑)

 

☟は展示されている硬貨です。

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説明プレートごとに拡大しますネ!(^o^)/

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西突厥象嵌貨幣:銀貨

紀元562年~紀元657年 / 西安大唐西市博物館所蔵

☟は少しでも大きく見えるようチャレンジしてみました。

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 古~いカメラは画素はスマホより低いけれど、倍率はスマホより上。

そこに賭けてみました。効果はどうでしょう???

下の列真ん中の硬貨、首の喉元辺り、周辺より少し濃い色の小さな点あるのですが、分かるでしょうか???

 

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西突厥貨幣:銀貨

紀元562年~紀元657年 / 西安大唐西市博物館所蔵

☟拡大しては見たものの、博物館で見た時もこのレベルだったので・・・・・・。(^^;

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西突厥:銀貨

紀元562年~紀元657年 / 西安大唐西市博物館所蔵

☟これは少し見やすいでしょうか?

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☟ここからは、博物館発行冊子の写真部分を貼付します。

英語があるので、そちらをご参照くださいね!(*^-^*)

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☝はパネルにあった写真の左側と思われます。

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☝はパネルの写真の右側。

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6 Sakhi(薩希)王朝(紀元7世紀~1026年)

夏希王朝、カブール⁻薩希王朝、札布爾王朝とも称す。紀元三世紀、クシャン帝国が衰退後、カブール及びガンダーラ地域(現在のパキスタン北部)を統治し始めた突厥人が建国したインド王朝。Sakhi(薩希)は元々国王の称号だった。薩希王朝は更に突厥薩希とインド薩希の二つに分けられる。インド薩希は11世紀、イスラム教を信仰する突厥人が建てた伽色尼(Ghaznavid)王朝に滅ぼされた。

 カブール谷(現在のガズニー)、ガンダーラ等で製造された特色豊なSakhi(薩希)型貨幣は、その後他王朝に模倣されたため、流通地域が広い。現在見ることができるのは、主にインドSakhi(薩希)王朝の貨幣である。

 

☟はSakhi(薩希)王朝の硬貨(左・中央)と、この後ご紹介する「突騎施」の硬貨です。

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まず、Sakhi(薩希)王朝の硬貨から拡大します。(^o^)/

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Sakhi(薩希)王朝:銅貨

7世紀~紀元1026年 / 西安大唐西市博物館所蔵

 

☟は冊子の該当部分です。

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Sakhi(薩希)王朝:銀貨
7世紀~紀元1026年 / 西安大唐西市博物館所蔵

 

写りが悪いので、冊子に写真をご参照ください。m(__)m

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近所にスキャンできるような場所がないので、カメラで撮影しています。

なので、紙面に蛍光灯の明かりが反射しています。(^^;

日本みたいに、コンビニにコピー機が置いてなく、学校の事務所に聞くと鮮明にスキャンできない、スマホの方がマシと言われ、校内のコピー・印刷店はいつも人がいっぱいで声が掛けにくい、マンションの管理事務所はコピーしかできない・・・・・・。

会社で働いていた時は、スキャンに困るようなことはなかったので、今、不便さを噛みしめています。(^^;

 

 続いて、「突騎施」です。(*^^*)

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7 大唐属国「突騎施(テュルギシュ Türügeš)」(紀元699年~766年)

突騎施はおよそ現在のハザクスタン南東部及びキルギス北東部一帯にあった。その領域は広く、人口が多く、物産も豊富であり、またシルクロードの中ほどにあったため、経済交流の仲介手段として、その貨幣は非常に重要だった。突騎施には自国で製造した銅銭があったが、突騎施は一貫して唐の属国(安息都護府の管轄)であったため、その貨幣は完全に唐の標準貨幣の一つである「開元通宝」に準じており、青銅鋳造法を用い、円形方孔、外縁内孔ともに輪郭線があり、表面周囲にはソグド文字があり、裏面には突起した弓月形の図案がある。早期に作られた突騎施の貨幣は、大きさ・重量ともに開元通宝と同等である。しかし、晩期になると社会の動乱と経済の衰退により軽く小さな貨幣が出現するようになった。

莫賀達干 (突騎施) - Wikipedia

☟は展示されている貨幣と冊子の写真です。(*^▽^*)

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大唐属国突騎施:銅貨

紀元699年~紀元766年 / 西安大唐西市博物館所蔵

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冊子の写真でも図案がよく分かりませんね。(^^;

 

貨幣のご紹介は以上です!(^o^)

続いて、可愛いボランティア解説員をご紹介します!

この日、博物館に入ってチケットに穴をあけてもらい、手荷物検査を済ませて「さ~あ、上に上がるぞ!」と思っていると、可愛い声で話しかけられました。

「ボランティア解説は必要ありませんか?」

 振り向くと、小学生の男の子が制服を着て、解説者用のマイクを持って側に立っていました。

何だか断ったら悪いような気がしてお願いすると、まず足元にある唐代の街の図をすごく丁寧に紹介してくれました。

尋ねると2階の展示品は全部紹介できるんだそうです。

聞きたかったけれど、そうしていると硬貨の写真を撮り直しに行けません。

理由を説明したところで、博物館の係りの女性がやって来ました。

係員さんの話では、この男の子をはじめとする9人の小学生が、この労働節の三連休中、博物館でボランティアをしていたんだそうです。

そして、この子供たちは、過去のブログの「小学生解説員研修開会式」でご紹介した子供たちだったんです!(*^_^*)

西安大唐西市博物館(その32:2階常設展㉔-1 胡の音楽と舞踏 / 小学生解説員研修開会式 )1/31補足:2/15再補足 - せいあん!

厳しい研修を受け、試験に合格し、こうやって博物館でボランティアができるようになったのは、20人近くいた子供たちの中の約半分だそうです。

☟は3階で硬貨の写真を撮った後、ふと覗いた2階フロアで発見した解説中の男の子。

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この男の子が私に声をかけてくれて、ハッキリ明瞭な標準語で説明をしてくれました。

姿勢もいいですね!👍

誇りをもって誠実に説明しているんだな~と、見ているだけでも分かります。

 

私は1枚しか写真を撮れなかったので、係員さんの許可を得て、係員さんがWeChatモーメンツにアップされていた写真を使わせていただきました。☟

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三連休の間だけと聞いたので、ちょっと残念。

来月、端午節の三連休があります。

その時、またボランティアに参加するのかな?

もし出会えたら、今度は2階全部、説明を聞きたいな~。(*^^*)

小さな解説員さんたち、お疲れ様でした!

 

P.S.

今週末と来週末、博物館に出かける時間がありません。

次回ルクロード貨幣のご紹介は、再来週以降になります。m(_ _)m