せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月3日(火):トルファン2日目_青年路の葡萄棚・柏孜克里克(ベゼクリク)路のレストラン他及び2000年8月ツアー

本日は8月26日(日曜日)。

西安は晴れていて、まだ残暑厳しいですが、夜は涼しくなりました。

お盆で日本に一時帰国していた間に、季節はそろそろ秋になろうとしています。

ところが、7月初旬の旅行記が、まだ書き終わっていません!!!(涙涙涙)

急がなければ!

急がないと、学校が始まってしまう~~~~!!!

 

でも、日本に戻っている間、無駄に時間を過ごしていたわけではないんです。

最初の留学時、フィルムで写した写真をスキャンして持ってきました!

当時の旅行日記もスキャンしました!!

これで、薄れかけていた昔の記憶も補えます。

スキャンして、一番多かったのはカシュガルの写真でした。

これは後日、今回書いたブログに追加していきたいと思います。\(^o^)/

 

そして、トルファンの写真については、2000年夏には行ったけれど、今回は行っていないところがほとんど。

なので、今回のブログにまとめてご紹介しようと思います。

では、スタート!!!

 

♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

 

 7月3日(火曜日)は、朝から曇り。

 

北京時間の10時前、現地時刻の8時。

窓ガラスを叩く音で目が覚めました。

管理人さんのお母さんが、「朝食食べないの?」と起こしに来たんです。

いつも朝食なしの予約なので、食事時間を聞くのすら忘れていました。(^^;;

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 ナンと粟のお粥、各種漬物とゆで卵。

更に果物があったみたいですが、食べに行くのが遅かったので、既に無くなっていました。(^^;

 

北京時間13時半、現地時刻11時半、出発!!\(^o^)/

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①から⑤の順で、西域葡萄庄園から高昌路へ出ました。

 

☟がこの日の移動ルートです。

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ピンク色のルートを徒歩で移動!

 

☟は「西域葡萄庄園」から南下中、最初のT字路の様子。

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まだ建物はあまりまりません。

☝の写真左上に公安があって、写真を撮るなと注意されました。

こんなところとっても何もないぞ、と。(笑)

 

ここでは左折せず、高昌路を南進します!

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向こうに見えている道は、西へ延びる「軍民共建路」。

ここからもう少し南下したところで「光明路」を左折。

「光明路」を「青年路」に着くまで真っ直ぐ歩いて、そこから「青年路」を一路南へ!途中「緑洲中路」・「文化路」がありますが、それらを渡って「老城東路」まで、ひたすら葡萄棚の歩行者天国が続いていました。

 

上述のように「青年路」は「緑洲中路」・「文化路」で分断されます。

「民俗団結主題長廊(歩行者天国)」の両端には巨大なコンクリートブロックが設置され、その隙間には中に入れないよう柵も設けられています。

☟は「緑洲中路」南側の入り口。

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☟2枚は「文化路」南側に面した入り口。

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葡萄棚の様子もご覧ください。

季節が早かったので、どの場所の葡萄もまだ熟していませんでした。

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☝の2枚は「光明路」から曲って入って来たばかりの所の「青年路」。

両サイドの小道はタイル舗装されていましたが、中央の通りはアスファルトのまま。

 

☟2枚は「文化路」の南側に延びる「青年路」の葡萄棚。

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紫色の粒が見えるのは、造花ならぬ造果?(笑)

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青い空と太陽の日差しがあれば、前日の「葡萄溝」のように色鮮やかな歩行者天国の様子が撮影できたのに、残念でした。

 

そして、「老城東路」に到着。(*^-^*)

ここまで徒歩1時間15分。

 

前方にも葡萄棚が続いていて、その途中に「トルファン賓館」の入り口があります。


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私、この「トルファン賓館」、名前と場所に見覚えが!

それもそのはず、2000年8月、このホテル前まで来たことがあったんです。

それも何度も!

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☝は当時2冊持っていた「地球の歩き方」の保存版の方の地図。

今回帰国時に探してみましたが、当時持ち歩いていたものは紛失していました。

ただ、日記も発見できたので、宿泊していたのが「交通賓館」であったことが判明。

そして、「トルファン賓館」の前には、「John's Cafe」という洋風レストランがありました。

上の方の継ぎ接ぎ地図なら①の場所です。

残念ながら、現在、「John's Cafe」はこの場所にはありませんでした。

他へ移動したのでしょうか、それともお店が無くなってしまったんでしょうか?

当時はここへ、食事、ツアーの集合場所、散歩等で何度も足を運びました。

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☝は、2000年8月7日、高河故城の見学を終えた後、北京時間22時頃に食べた「トルファンピザ」。

色が褪せていて、ソフトで修正してもこの程度の色合いですみません。<(_ _)>

ソーセージと玉ねぎがたくさん載っていました。

で、このピザ、いくらしたのか?

ここで買ったヨーグルトが2元とか、ツアー中の葡萄溝で食べたラグメンが8元とかの記述はあるのに、このピザの料金はなぜか書き忘れ。

8月5日夜には「カシュガルピザ」を食べたように記載しているのですが、やっぱり金額はナシ。

14元か21元?という、適当~~~な記憶が、頭の片隅に引っかかっています。(笑)

 

昔懐かしいレストランがなかったこと。

これはけっこうショックでした。

トルファン賓館」の看板を見て記憶がよみがえった時、私はここで昼食をとろうと思ったんです。(ーー;)

正直、日本で食べるピザとは違っていたんですが、それでも想い出は美化されて、記憶のなかでは美味しいという認識。

ピザ、食べたかったなぁ~~~。(T_T)

 

しかし、ないものは仕方ありません。

「老城東路」まで戻り、「トルファン博物館」に到着するまでの間で、どこかで適当に食べることにしました。

余談ですが、この「老城東路」、18年前の地図では「木納爾路」となってますね。

 

その移動中、覆面車輛を目撃!☟

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このホテルの駐車場の車ほぼすべて、黒とゼブラ模様で覆われていたんです。

この日は、ゼブラ柄塗装の車に、日差しがキツイので車内を守るべく窓に黒いシートを被せているのかな???と想像しながらその場を通り過ぎました。

誰も周囲にいなかったので、尋ねようがなかったんです。

 

でも、この好奇心を満たすチャンスがやって来ました。

翌日も、私はこの道を通って「トルファン博物館」へ行きました。

その帰り道、ちょうどこの車に乗り込んでいる男性が!

数人いたので、一番近くにいた人のもとへ小走りで近寄り、

「すみません!!昨日も見かけて、気になって仕方なかったんです。この模様はなぜですか???」

と率直に質問。(笑)

男性はゼブラ柄はシールだと、チラリとめくって見せてくれました。

まだ発売前なので、デザインを隠すための工夫とのこと。

でも、すっごく目立つんですが・・・・・・。(笑)

これほどボディラインがはっきり見えていたら、デザインバレるんじゃないでしょうか?

☝の3枚目、青空がのぞいている写真は、その時に撮影したものです。(*^^*)

 

疑問が解けたのは翌日の話で、この日は空腹のまま、この車両の前を通過。

私の目は、ひたすらレストランを探していました。

すると、なんだかレストランが連なる通りを発見!!

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通り入り口近くに「抓饭(ポロ)」のお店が二軒も並んでいる!☝

この通り「柏孜克里克路(ベゼクリク路)」はレストラン街でした。

通りすがりの地元の方に、どっちのお店の「抓饭(ポロ)」が美味しいか尋ねると、別の店を推薦され、地元の方が言うのだから・・・・・・と、空腹を堪えて前進し始めたものの・・・・・・。

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軒を連ねるレストラン。

どうやって見つければいいんでしょう?

店名と料理名に関連性のないものが多いのです。

実は、先ほど尋ねた方は現地の少数民族で、指し示す方向は分かったものの、店名は聞き取れませんでした。(T_T)

 

とりあえず一軒一軒様子を見ながら歩いていると、いつのまにか「文化路」との交差点へ到着。(笑)

仕方ないので引き返し、色んな賞をもらっていて、入り口の上が金色の表彰状で埋め尽くされているお店に入ってみることにしました。☟

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ここで、この旅行初の「抓饭(ポロ)」を注文!

☟はこのレストラン、「凱蒂娜美食」のメニュー。

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ほとんど15元以上!!

15元が高いと驚いているのではなく、カシュガルも含め、新疆の物価はもう少し安いのかな?と思っていたので、ギャップに驚きました。

 

店内と料理。☟

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「抓饭(ポロ)」はそれだけでなく、付け合わせのヨーグルトと甘酸っぱい漬物が付いてきました。

新疆では、お茶は1テーブル、1ポットが基本のようです。

ありがたい~~~!!(#^.^#)

 

☟は「抓饭(ポロ)」単品の写真。 

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お分かりいただけますか?

この「抓饭(ポロ)」、パラっとしているんです。

これまで食べたどのポロもベチャっとしていたのに、ここのポロはパラっ!

しかもニンジンが潰れず原型をとどめ、羊肉もしっかり大きな塊。

レーズンもふっくら。

とても美味しかったです!\(^o^)/

これをWechatのモーメンツに載せると、前日一緒に「葡萄溝」や「高河故城」へ出かけたカップルの彼氏さんからコメントが!

「僕らもそこで食事したよ!」

 

偶然入ったレストランでしたが、旅行客にも名の知れた名店だったのかも?

そういえば、トイレも清潔な上に、小奇麗な装飾でした。

 

 この後、予定通り「トルファン博物館」へ行きました。

でも、不運なことに、トルファンの歴史を紹介する「吐鲁番通史庁」という展示室が閉まっていました。

ちょうど、この日と翌日、私が見学できる2日間だけ、設備補修作業のために閉められていたんです。(T_T)(T_T)(T_T)

大ショックです!!!

 

すごく感動したトルファン出土の文書が展示されている「吐鲁番出土文書庁」は、撮影禁止。

ここにはベゼクリク出土の仏教絵画やサンスクリット文字の文書や、1969年にアスターナから出土した「論語の模写」、トルファン市が収集した「察合台(チャガタイ)文字」の文書、「回鶻(かいこつ)語」の「懺悔文(さんげもん)」もありました。

どれもこれも墨の色が鮮やかで真新しい感じ。

近年複製したものかな?と思い、わざわざ学芸員さんに問い合わせたくらいです。

「复制(複製)」と示されていない限り、全て出土品とのこと。

パンフレットによれば、ソグド文字のマニ教経典や、西夏文字の仏典もあったようです。(記憶が薄れてまいりました。(^^; )

興味を持たれた方はぜひ、博物館まで足を運び、実物をご覧ください。m(__)m

 

また、この博物館にはたくさんのミイラが展示されています。

撮影自体はOKなのですが、ミイラを片っ端から写すのも気が引けて・・・・・・。

 

そして、限りある撮影可能な展示品の写真は、なぜか大半がピンボケ・・・・・・。

 

一番興奮した「吐鲁番古銭陳列庁」は・・・・・・。

パンフレットには夏季:10:30~18:30、冬季:11:00~17:30(北京時間)とあります。

でも、7月3日は夏季に該当しなかったのか、「17:30閉館だから」と、入り口部分を少し見ただけで時間切れに。(T_T)

このために、翌日、もう一回来ることしたんです。

ということで、「トルファン博物館」については、7月4日のブログでご紹介します!\(^o^)/

 

博物館からの帰り道、「老城東路」を西に進み、もうすぐ「高昌路」という辺りで、懐かしい店名を目にしました。☟

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カシュガルにもあった「伊合拉斯超市(IHLAS)」です!

カシュガルのスーパーはとっても大きかったんですが、ここはこじんまりした商店くらいの大きさでした。

「伊合拉斯超市(IHLAS)」を百度地図で検索すると、カシュガルウルムチに次いで店舗数が多いようです。

ちなみに、トルファンは一番少ない数字でした。

写真を見ると、大規模なものから、☝の写真のようなものまでさまざま。

新疆ウイグル自治区で広く展開しているスーパーだったんですね。

 

 

 

☟の写真は「高昌路」と「青年路」に挟まれた「旅游文化广场(観光文化広場)」の入り口の様子です。

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☝は「青年路」側。

上に青い看板が付いている両側の回転扉は出口。

真ん中に見える赤い看板が付いた建物が入り口。

ここでチェックを受けて中に入るようです。

☟は「高昌路」側。

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出入りの仕組みは「青年路」側と同じでした。

☟は柵の内側にカメラを差し入れて撮影した広場の様子。

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曇っていてさほど暑くはなかったのですが、人影はあまりありません。

7月2日のブログに書きましたが、

トルファンでは、目につきやすい公共の場(主に広場や公園のようです)で、少数民族の人たちは3人以上で行動してはいけないそう」

です。

そんなこともあり、広場を利用するのはトルファン市の総人口の23%(百度百科参照)にしかすぎない漢民族が中心なんだと思います。

だからこんなに閑散としてるんじゃないでしょうか?

この場所、2000年当時の地図では「体育場」となっています。

私もぶらっと散策しました。

当然ならが柵なんて存在せず、誰でも自由に出入りしていたんです。

それを知っているので、管理の厳しさを一層強く感じてしまいました。

 

この後は、途中で壊れてしまったスマホのケーブルを買い、19時前、「西域葡萄庄園」へ戻って一日が終わりました。

日暮れはまだまだ先なのに、街中を見て回りたいという気分にならないのは、露店を見かけなかったから???

これでブログを終えるのはあまりに寂しいので、冒頭でもお話した2000年8月の写真を紹介したいと思います!(*^-^*)

 

もう一度、当時の地図を載せておきますネ。☟(*^▽^*)

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当時の日記によれば、8月5日、ウルムチにいた私は11時10分発の長距離バスに乗り、14時10分頃トルファンへ到着しました。

この日、トルファンは薄曇り。

特記すべきは、11時10分、長距離バスが定刻で出発したこと。

当時の経験では、これは素晴らしいことだったんです。(笑)

 

トルファン到着後、バスターミナルに隣接していた「交通賓館」にチェックイン。

4人部屋で、1ベット22元でした。

この当時、確かウイグル族の青年で「あいちゃん」と呼ばれている人物がいました。

まだチェックイン前、バスから降りようとした時に、ツアーの勧誘に来ていたんです。

初めは警戒していたのですが、あいちゃんが自己紹介してくれて緊張緩和。

彼は当時の「地球の歩き」に紹介されていたんです。

あいちゃんとは「あい」+呼称の「ちゃん」ではなく、「あいちゃん」というのが彼の名前の日本語風の呼び方だと言っていました。

そう、彼は日本語が話せる現地ガイドさんでした。

この時、翌日のツアーに参加することを決定!

 

その後、部屋の様子を見に来ていた日本人男性と出会い、一緒に「John's Cafe」に行き、そこで知り合った日本人の若者2人も一緒に話をしたりと、8月のオンシーズンだったからか、けっこう日本人に出会っています。

夜にも「John's Cafe」に行って、前述した「カシュガルピザ」を食べたのはこの時です。

 

2000年8月6日、快晴!

北京時間9時前、現地時間7時前、集合場所前にある「John's Cafe」でヨーグルトを(2元)を飲んで、ツアーへ参加。

ツアー参加者は計5人。
南京から来た老夫婦、アメリカ人と中国人の若者と私。

私の席はワゴン車の助手席。

朝から照り付ける日差しを受けて、観光地に着く前に、既にぐったり。

あいちゃんは客引き担当なのか、ツアーに添乗はしていませんでした。

 

最初に行ったのは「蘇公塔」。

中を見る必要はないと言われ、外から写真撮影。☟

 

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次は、このために朝早く出て来た「火焔山」。☟

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現地時刻の8時過ぎだったと思うのですが、既に、見るからに暑そう。(^^;

でも、この☝途中まで登りましたヨ。

「火焔山」の記念碑と、18年前の私・・・・・・。☟

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日傘を差さず、帽子だけでこの日差しの中を行動しているとは・・・・・・!
自分で見て、驚きです。(笑)

 

☟は、移動中に見えた「火焔山」。

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この後、今となってはまったく記憶に残っていない「アスターナ古墳群」へ。

写真はありません。

撮影禁止だったのかな???

日記にはこうあります。

『見学可能な墳墓は3つだけで、しかも小さい。ミイラが1体(2体?)あったけど、狭く暑いところに寝かされ、人にジロジロ見られて、挙句「大したことない」と思われるなんて、かわいそう。』

「たいしたことない」というのが、古墳に対するものなのか、私個人の感想か、他のツアー参加者がつぶやいていた言葉なのか、今となっては確かめようがありません。

自分の感想だとしたら・・・・・・、反省しなければ!m(__)m

 

そして、「高昌故城」。

ちょうど真昼時でした。

南京からの老夫婦は、体力を考えてか中へ入られませんでした。

当時の私の正直な気持ちは、どっちでもいいというもの。

だって、真昼なので、遺跡内に日差しを避けることが可能な影なんてどこにもないんです。

5人のツアー参加者の中で、唯一、アメリカ人の若者だけが、果敢に炎天下の遺跡へのチャレンジを主張!

それで、ただ待っていてもつまらないからと、私と中国人の若者も見学することになりました。

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顔はカバーしようとしていますが、手の甲は直射日光を浴びっぱなし。

あの年、私の手の甲は、まるで爬虫類の手のようなありさまでした。(^^;☟

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☝の写真が存在しているのは、私が中国人の若者と一緒に回っていたからです。

途中で別行動をとっていたアメリカ人の若者と出会い、そこからは3人一緒。

 

高昌故城、非常に広いんです。

私は途中で引き返したくなり始めていました。

でも、既に入り口は遥か彼方。

どうせ諦めるなら、もっと早く、簡単に戻れる内に決断すればよかったんです。

でも、疲れが出始めたころには、おそらく入り口から最も離れた辺りに来てしまっていました。

 

連れがいるので平気な振りをしていたものの、内心途方に暮れかけていた時、救世主出現!!

☟の写真にあるようなロバ車に乗った女性が通りかかったんです。

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アメリカ人女性の二人連れ。

二人は高昌故城で偶然出会って、一緒にロバ車をレンタルしたそうです。

二人とも中国語が堪能!

しかも、その内お一人は流暢な京都弁を操って私と話をしてくださいました!

以前、ご主人の仕事の関係で、京都に住んでいたそうです。

荒涼とした新疆の遺跡の中で、明らかに東洋人ではないと分かる金髪の女性の口から語られる京都弁。

不思議な気分でした。

無料で乗せてくださると言われたのですが、それでは申し訳ありません。

10元払って便乗させていただきました。

一緒にいたアメリカ人と中国人の若者は徒歩希望だったので、私は一足先に入り口に戻りました。

 

この後は、「葡萄溝」へ。

途中、中国人の若者が、ワゴン車を止めて西瓜を買いに行き、みんなに振舞ってくれました。

喉が渇いていたので、この時の西瓜の味は格別!

「葡萄溝」は入場料が値上がりしていたようで、当時の私は少々不機嫌。(笑)

地球の歩き方」には20元とあったので、40~50元になっていたんでしょうか?

「不愉快」とだけ書いて、金額を書いていません。(^^;

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不機嫌ではありましたが、葡萄の鮮やかな黄緑色については、素直に「綺麗」と感想を残していました。(笑)

ただし、葡萄棚以外には魅力を感じなかったようです。

ここで、人生初のラグメン(8元)を食べました。

ちなみに、2018年の入場料は75元。

18年間で35元~25元くらいの値上がりなら、それほど悪くないのでは?

 

ツアーだと、1日が充実しています。

次はカレーズ!

しかし、前日カレーズを見に来たと言う人から、「20元も払って入る価値はない」と聞かされていた上、他の4人も入らなかったので、建物の外で、溢れ出して来る地下水を眺めただけに終わりました。

ここでも、「地球の歩き方」で紹介されていた6元から、値上がりしていますよ。

 

そして、この日のツアー最後の見学となる「交河故城」へ!

しかし・・・・・・。

助手席で、トルファンのキツイ日差しを浴び続けた結果、私は完全ダウン。

老夫婦と一緒に、若者2人が見学を終えるのを入り口外で待っていました。(^^;

この場所が、今年の旅行で踏み込んだ「情人谷」への道のと分岐点だと思われます。

 

こうして見ると、「蘇公塔」以外、トルファンの観光地は郊外にあることがよく分かります。

今は自家用車を運転して来る旅行者も多いですが、私のように中国の免許を持たない外国人は、やっぱりツアーに入るのが便利だと思います。

 

その日の夜、これまた「John's Cafe」で今度は「イタリアンピザ」が出てくるのを待っている時、あいちゃんに出会い、翌日夕方、「交河故城」へ行くことを勧められました。

交通賓館の同じドミトリーに長期宿泊していた日本人の若者からも、「交河故城が一番いいのに・・・・・・」と言われ、かなり残念な気分になっていたこともあって、再チャレンジを決意!

「あいちゃんからは、情緒があるのでロバ車で行くことを勧められたけれど、私は通常の車で行くことにした」~~~と書いてある!!!

私、記憶違いをしていました!!!

7月2日のブログにも、ロバ車で出かけたと書いたし、ずっとそうだったと思っていたのに・・・・・・。

事実は・・・・・・、車で往復する道中、のんびり道を行くロバ車を見た?

多分、そんなことで、記憶がすり替わったんでしょうね。(^^;

記録の大切さを実感しました。

 

日付変わって、2000年8月7日。

「交河故城」へ行くのは夕方なので、昼間は暇を持て余し、交通賓館向かいにあった市場を散策。

市場内でソフトクリーム(0.5元)を買って食べて、お腹の調子が微妙に。

北京時間19時過ぎ、現地時間17時過ぎ、「John's Cafe」へ移動。

私の腹調子のことを知ったあいちゃんからの忠告。

「地元民は平気だけど、アイスには生水を入れることがあるから、旅行者は注意が必要だよ」

どうりで・・・・・・。

ウルムチで食べた時も、お腹壊しました。(苦笑)

 

「John's Cafe」からジープに乗って、「交河故城」へ、Go!!

ジープです!

ロバ車もいいけれど、ジープだって荒涼とした風景にとても良く合います!!

それにスピードも速い。(笑)

では、今年見損ねた夕焼けに染まる「交河故城」の様子をご覧ください。(*^-^*)☟

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遺跡の入り口の坂道。

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☝☟、2018年7月2日は、この断崖の下を歩いていたんです。

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谷間からだと見えませんでしたが、小川の右手にも高台があったんですね。

そこに、2000年8月には葡萄乾燥庫がありました。

今年も変わらずあったのかな???

 

そろそろ日が沈みます。☟

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この辺りにはお寺らしき遺構がたくさんあったようです。

けれど、仏像はほぼすべて破壊されていたと記しています。

 

遺跡の一番奥へたどり着きました。

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☝は、今年、私たちが歩いたのは反対側の谷間。
その向こうに、夕日が沈もうとしています。

日記によると、北京時間21時過ぎ、日没。

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この後は入口まで戻ってジープに乗り、22時頃「John's Cafe」へ到着。

同じドミトリー長期滞在の日本人の若者や、少し年配の日本人男性、長期滞在さんの知り合いのウイグル人や、ウイグル語が少し話せるアメリカ人も一緒におしゃべり。

インターネットにも接続できた「John's Cafe」は、当時、旅行者にとって国際交流の場だったんです。

今はスマホでいつでもネットに接続でき、情報交換もWechatで簡単にできる時代。

もう、こうした場は必要ないのかも知れませんが、私としては残念でした。

 

終わり。(*^-^*)