せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

西安大唐西市博物館(その55:3階シルクロード硬貨展示ホール_イスラム諸王朝_①サーマーン朝・②ガズナ朝・③セルジューク帝国及び後裔)+交響音楽会

2018年12月28日、(金曜日)です。

 

今朝、登校時の気温はマイナス3度でした。

f:id:shanshanduohuizi:20181228134931p:plain

日の出時刻は7時49分。

登校直前に、太陽、やっとお出ましなのです。

それでも今日は晴れてるのでマシ?

西安、昨日は雪が舞いました。

寒かった~~~!!!☟

f:id:shanshanduohuizi:20181228010642j:plain

☝左は、授業を受けている校舎を出てすぐのところに停まっていた車。

授業中に降り始め、正午下校時にはうっすら積もっていました。

右は毎日渡っている陸橋の上から。

葉ボタンにのった雪が、年末らしい寒さを演出!

これまでかなり暖かかったので、実のところ季節感が麻痺していました。(笑)

 

☟は昨日、夜の様子。

f:id:shanshanduohuizi:20181228010659j:plain

結構吹雪いていたので、翌朝積もるかな~と思っていましたが、深夜には止んでいたようです。

 

今朝の様子はこちら。☟

f:id:shanshanduohuizi:20181228135212j:plain

☝、左側。

マイナス3度なのに、ロングコートを着ていない学生さんもチラホラ。

ナンと寒さに強いこと!!!

右側は、秋、真っ赤に熟れた柿の実がぶら下がっていた柿木の寒々とした様子。

 

こちら☟は、うっすら雪化粧した校内の庭園。

f:id:shanshanduohuizi:20181228135456j:plain

左側の中心辺りには、蝋梅が既に黄色い花をつけています。

近づくと、いい香りがします。(*^-^*)

去年は1月3日夕方から雪が降り始め、4日朝にはある程度積もり、いたる所に雪だるまが作られていました。

こちら☟、去年のブログです。 

西安の初雪_西北工業大と大唐西市の雪景色 - せいあん!

今学期は2019年1月8・9日の期末試験後にやっと冬休みに入ります。

雪が降るのは楽しみですが、冬休みになるまで待ってもらえると嬉しいな~。(笑)

 

ちなみに、敦煌で知り合った方からWeChatに連絡がありました。

敦煌は15日~18日、私が滞在していた時とは打って変わって低温に!

f:id:shanshanduohuizi:20181228140840p:plain

マイナス18度!!!(@_@;)

私はちょうど寒気襲来の合間に旅行ができたみたいで、本当についていました。(#^.^#)
 

 

それでは、大唐西市博物館の硬貨の紹介を始めます!!\(^o^)/

毎度お馴染みになりました、3階のレイアウト図。

今回は④の位置に当たる展示室、☟の図だと左側の壁の真ん中辺りに該当します。 

f:id:shanshanduohuizi:20181118005352j:plain

 

③の展示室から④に入って行くと、ちょうど中央展示コーナーの向こうに見えます。☟

f:id:shanshanduohuizi:20181118005607j:plain

 

正面から見た様子。☟

f:id:shanshanduohuizi:20181224231932j:plain

イスラム諸王朝の展示、全体が見えます。

 

今回は、この内の左から「イスラム諸王朝の説明部分」・「サーマーン朝」・「ガズナ朝」・「セルジューク帝国及び後裔」をご紹介します。☟ \(^o^)/

f:id:shanshanduohuizi:20181224232611j:plain

背後にある中国硬貨の照明が映り込むので、その反射を避けて撮影するのに苦労しました。

ガラスに写りこんでいる姿で、お分かりいただけるかと・・・・・・。(^^;

 

努力の成果をご覧ください!(笑)☟ f:id:shanshanduohuizi:20181224232916j:plain

参考としてご覧ください。<(_ _)>

イスラム諸王朝】

紀元9世紀から、一時期隆盛を極めたアラブ帝国凋落が始まった。アッバース朝の統治者カリフは贅沢の限りをつくし、朝政をないがしろにし、各地方政権は次第に中央政権との関係を絶ち、各地に割拠、それぞれが勝手に振舞った。アラビア半島及び中央アジア西アジアと南アジアの北部地域には、イスラム教を信奉する多くの王朝が前後して現れた。その中で比較的有名なものに、サーマーン朝、ガズナ朝、セルジューク帝国、ホラズム・シャー朝、デリー・スルターン朝等がある。14世紀初めになるとオスマン帝国が台頭し始め、最終的に新たにアラビア半島を統一する大帝国となった。オスマン帝国と同時期のイスラム王国には、インド亜大陸北部のアフガン帝国・イランのガージャール朝も存在する。

 

では、比較的有名な王朝の一つ目に参ります!\(^o^)/

【1.サーマーン朝/紀元874年~999年】 

f:id:shanshanduohuizi:20181224232949j:plain

参考にどうぞ。☟(#^.^#)

サーマーン朝はアッバース朝時代に中央アジアに打ち立てられた封建割拠式のイスラム国家である。サーマーンはペルシャ・バルフ貴族の末裔で、かつてはゾロアスター教を信奉していたが、後にイスラム教に改宗した。サーマーン朝には合計10名の君主がおり、125年間に亘る統治を行った。その版図は、北はアラル海、南はインダス川上流、東はアムダリア川上流、西はカスピ海に至り、一度は中央アジアの強国となった。首都ブハラ(現ウズベキスタン領内)は、かつてイスラム文化の中心だった。サーマーン朝の成立は中央アジアに相対的に長期に亘る平和をもたらし、この地域全体の経済を回復させ、人々の生活も安定へと向かった。王朝はナスル2世(914年~942年)の在位期間に最盛期を迎え、999年カラハン朝及びガズナ朝によって滅ぼされた。

 

展示されている硬貨をご覧ください!(*^-^*)☟
f:id:shanshanduohuizi:20181224233151j:plain

ここ☝では、それぞれの硬貨の大きさをご確認くださいね。(*^^*)

 

では、金貨・銀貨に分けてご覧いただきます。☟

【サーマーン朝/金貨/紀元874年~999年/西安大唐西市博物館所蔵】

f:id:shanshanduohuizi:20181224233730j:plain

 

一列ずつ撮影しました。

大きさはさして違わないと思いますが、鮮明度はアップしているのではないかと。☟

f:id:shanshanduohuizi:20181224234859j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181224234912j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181224234928j:plain

 

【サーマーン朝/銀貨/紀元874年~999年/西安大唐西市博物館所蔵】

f:id:shanshanduohuizi:20181224235355j:plain

 

銀貨も一列ごとにどうぞ!(^o^)/☟

f:id:shanshanduohuizi:20181225000355j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181225000418j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181225000447j:plain

 

☟は、大唐西市博物館で購入した書籍に紹介されている「サーマーン朝金貨・銀貨」の写真です。

f:id:shanshanduohuizi:20181227001204j:plain

No.81:ヒジュラ暦352年は、紀元963年~964年。マンスール1世(在位期間961年~ 976年)

No.82:ヒジュラ暦309年は、紀元921年~922年。ナスル2世(在位期間914年~943年)

No.83:ヒジュラ暦300年は、紀元912年~913年。アフマド(在位期間907年~914年)

在位期間から見ると、それぞれ右側に書き足した君主の時代の硬貨のようです。(*^-^*)

(参考)☟

サーマーン朝 - Wikipedia

 

 

比較的有名な王朝の二つ目デス。\(^o^)/
【2.ガズナ朝/紀元962年~1186年】

f:id:shanshanduohuizi:20181225210349j:plain

参考として、ご覧ください。(#^.^#)☟

ガズナ朝アフガニスタン南東部のテュルク人が建てたイスラム王朝で、(中国語では)「哥疾宁王朝」・「伽兹尼王朝」とも表記される。ガズナ朝中央アジア・サーマーン朝のテュルク系奴隷出身の将軍アルプテギーンが打ち立てた。都がガズナ(現在のアフガニスタン南東部に位置するガズニー)であることから命名された。ガズナ朝は独立してはいたが、形式的に依然としてサーマーン朝の宗主権を認めていた。

 

☟は展示されている硬貨です。(*^▽^*)

f:id:shanshanduohuizi:20181225210619j:plain

 

左側の金貨から見ていきます!(^o^)/☟

ガズナ朝/金貨/紀元962年~1186年/西安大唐西市博物館所蔵】

f:id:shanshanduohuizi:20181225211636j:plain

 

一列ずつ写したものをご覧ください。(^o^)/

f:id:shanshanduohuizi:20181225212315j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181225212510j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181225212530j:plain


ガズナ朝/銀貨/紀元962年~1186年/西安大唐西市博物館所蔵】
f:id:shanshanduohuizi:20181225213020j:plain

 

☟は、銀貨を約上下半分に分けて撮影してみました。

f:id:shanshanduohuizi:20181225213602j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181225214006j:plain

多少大きくなっていると思います。(^^;

 

☟は、大唐西市博物館で購入した書籍に紹介されている「ガズナ朝金貨・銀貨」の写真。

f:id:shanshanduohuizi:20181227154950j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181227155048j:plain

 ☝、どうしたことでしょう???(゚Д゚;)

No.87の漢字は「銀貨」となっているのに、英語が「Gold」⁉

金貨が続いたので、勢い余ったんでしょうか?(^^;

 

ヒジュラ暦で記載されている年代を、西暦にネット上のサービスを利用して変換しました。

No.84:ヒジュラ暦406年は、紀元1015年~1016年。マフムード(在位期間998年~1030年)

No.85:ヒジュラ暦407年は、紀元1016年~1017年。マフムード(在位期間998年~1030年)

No.86:ヒジュラ暦430年は、紀元1038年~1039年。マスウード1世(在位期間1031年~1041年)

No.87:紀元963年~1187年。(「百度百科」ではガズナ朝の成立から滅亡を、紀元962年~1186年と記してあります)


(参考) 

ガズナ朝 - Wikipedia

 

 

次は、三番目!

コーナー全体の様子をご覧ください。(^o^)/☟ 

f:id:shanshanduohuizi:20181225214154j:plain

 

【3.セルジューク帝国及び後裔/紀元1037年~1308年】

f:id:shanshanduohuizi:20181225215541j:plain

参考訳です。(*^-^*)☟

10世紀、アラブ帝国の凋落に乗じ、 イスラム教を信奉するテュルク系のオグズ族に属するセルジューク人は首長セルジュークに率いられ、シルダリヤ川を渡りトランスオクシアナに侵入したが、アフガニスタンを占拠していたガズナ朝に征服された。1037年、力を蓄えたセルジューク人は立ち上がり反抗を開始、セルジュークの孫トゥグリル・ベグの指揮の下、ガズナ人を打ち破り、強大なセルジューク帝国を建国した。1055年、トゥグリル・ベグは部下を率いバクダード に攻め入り、カリフに迫り「東方と西方のスルタン」の称号を与えさせた。スルタンとは「権力を掌握する者」という意味であり、これよりイスラム教国家のほとんどの統治者がスルタンを自称するようになった。トゥグリル・ベグの子孫は引き続き領土拡張を行い、最盛期にはイラン・メソポタミア小アジアの大部分及びシリア等の地を領有した。12世紀中葉、セルジューク帝国は衰退を始め、その後裔がいくつかの自称「セルジューク国」の小王朝を起こした。その内、存続期間が最も長かったのは小アジアのルーム・セルジューク朝である。1243年、モンゴル軍が小アジアに侵入、ルーム・セルジューク朝はモンゴル人の属国になり下がり、1308年に滅亡した。

 

ちなみに、このセルジューク帝国のタイトル、博物館で購入した書籍での表記は「塞尔柱帝国及余绪」となっています。

赤字の部分、写真に写っているパネルの文字は「余蓄」。

どちらの発音も「yú xù」で、音・声調ともに同じ。

でも「余蓄」だと、意味が「蓄え」になってしまいます。(笑)

「余绪」なら、「後裔」という意味もあるんです。

 

こちら☟は「ルーム・セルジュークの銀貨」の説明です。(^^)/

f:id:shanshanduohuizi:20181225222245j:plain

参考としてお読みください。(#^.^#)☟

ルーム・セルジューク王朝が製造した貨幣は、表面に太陽神・獅子等の図案があり、イスラム世界においては少々異色である。おそらく、当時、テュルク系出身のセルジュークの統治者が流行していた復古的傾向に影響され、古代の貨幣に描かれた動植物の図案を模倣したと思われる。

☟は、博物館で購入した書籍に掲載されているルーム・セルジューク王朝の銀貨。

f:id:shanshanduohuizi:20181227161100j:plain

またしても、漢字では「銀貨」なのに、英語は「Gold」・・・・・・。(T_T)

 

No.88:ヒジュラ暦634年~643年は、紀元1236/1237年~1245/1246年。

この年代を見ると、写真の硬貨はカイホスロー2世(在位:1237年~1245年)の時代のもののようです。(*^-^*)

 

ガズナ朝・セルジューク帝国及びホラズム・シャー朝の国家領域図】

f:id:shanshanduohuizi:20181225222503j:plain

左下の凡例を訳してみました。

参考にどうぞ!(*^-^*)☟

f:id:shanshanduohuizi:20181228002155j:plain

 

上の説明で、ルーム・セルジューク王朝の貨幣は異色とありましたが、「アラブ帝国からイスラム諸王朝まで」のコーナーにおいて、本当にここだけがとても可愛らしい図案なのです。(笑)☟

 

f:id:shanshanduohuizi:20181225223540j:plain

【セルジューク帝国/銀貨/紀元1037年~1308年/西安大唐西市博物館所蔵】

 

では、可愛らしい硬貨をアップでご覧ください!\(^o^)/☟

f:id:shanshanduohuizi:20181225224122j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181225224143j:plain

f:id:shanshanduohuizi:20181225224205j:plain

☝の2列目の太陽神、特に左の太陽神のほっぺたが、アンパンマンのよう。(#^.^#)

獅子はどれも前脚の一方を少し持ち上げていて、その様子が「お手」をしている犬のように見えてしまいます。

初めてこの硬貨の前を通った時は、思わず引き返してマジマジと覗き込んでしまいました。(笑)

 

(参考)
セルジューク朝 - Wikipedia

ルーム・セルジューク朝 - Wikipedia

 

以上、硬貨のご紹介でした。\(^o^)/

 

💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛

 

ここからは、先週の12月23日(日曜日)に行って来た、音楽会の様子を少しご紹介します。(*^-^*)

 

音楽会の名称は「天空の城―クリスマス視聴交響音楽会」。

大雁塔の南側にある雁塔南路に向かい合っている「陝西大劇場」と「西安音楽ホール」の「音楽ホール」で催されました。

f:id:shanshanduohuizi:20181228144413j:plain

開演時刻が19時半なので、地元大唐西市城の上海料理店で上海名物の「生煎包」と、どこの名物か分からない拉麺(美味しかったです!)を食べ、タクシーに乗って出発!!

メンバーは、四班の韓国人クラスメイト3人と、私。

 

クリスマス直前。

西安のビルも綺麗にライトアップ!!☟左。

f:id:shanshanduohuizi:20181228012057j:plain

しかし、クリスマス前の日曜の夜、渋滞は確実!!!
しかも、音楽ホールと大劇場の間の、春節が終ってもず~~っと長期に亘ってカラフルなイルミネーションや灯篭で飾られていた雁塔南路が工事中・・・・・・。(T_T)

開演時間まで後30分を切り、焦った私たちは大雁塔の北広場北端でタクシーを降り、北広場・南広場を突っ切って、雁塔南路へ向かいました。

☝の右は、その時撮った大雁塔と三蔵法師の像です。

「工事中でも、路肩に人間が通るスペースぐらいあるはず!」と思っていたのですが・・・・・・。

なんと、人も通れないように完全封鎖!!!

結局、相当な遠回りを、しかも工事資材が散乱する狭い路地を抜けて、やっとホールに到着。

発券し、席に辿り着いた時は、既に開演2分前・・・・・・。

疲れた・・・・・・。

 

私の席は、2階の中心一番前。

前の席の人の頭に邪魔はされませんでしたが、転落防止のための手摺りがちょうど目線にあって、ショック。

手摺りを避けるように、シートに沈み込むように座って何とか視界をキープしました。

 

開演前の2分間で撮影したのがこちら☟!!!

f:id:shanshanduohuizi:20181228012019j:plain

正面には、ジブリの映像を投影するためのスクリーン。

ステージでは、ジブリキャラクターにコスプレした演奏者たちが順番に入場中。

 

演奏開始前、18時からホールロビーでこの演奏者たちと写真撮影する時間も設けられていたのですが、私たちにそんな時間の余裕はありませんでした。(笑)

 

指揮者も登場!☟

f:id:shanshanduohuizi:20181228012035j:plain

小さすぎて見えないと思いますが、客席に一礼後、彼も頭に小さな三角の帽子を載せました。

クリスマスムードを演出?

そして、演奏会スタート!

曲目はことらをどうぞ。☟(*^-^*)

f:id:shanshanduohuizi:20181228152539p:plain

演奏中は撮影録音禁止です。

最後は、アンコールで「崖の上のポニョ」の歌と演奏。

声楽家の方もコスプレで、ポニョの微妙な音程を表現。(笑)

普通に歌うより、ちょっと外れたような歌声を真似る方が難しそうに聞こえました。

 

演奏が終わり、ロビーから雁塔南路の向かいに見える大劇場を撮影。☟

f:id:shanshanduohuizi:20181228012202j:plain

間にある雁塔南路で作業をしている人たちが見えます。

でも、でも、この工事現場の方が、私たちや他の観客が通って来た路地より、よっぽど明るくて、広くて、足場も安全・・・・・・。(T_T)

 

クラスメイトの内、二人は女の子。

インスタグラムに写真をアップするのが大好きです。

ホールで思い思いに写真を撮っていたのですが、突然「一緒に写真撮ろう~!」と呼ばれ、写したのがこれ。☟

f:id:shanshanduohuizi:20181228013049j:plain

あちこち走り回ったし、コスプレ演奏者さんたちとは写真撮れなかったけれど、みんな楽しそうだったし、私も楽しかったので、これでOK!!

終わりよければ、すべてよし!!です。(*^-^*)

 

その後は迷走することなく、最短で辿り着ける大通りまで少し歩いて、タクシーを拾って帰途につきました。☟ 

f:id:shanshanduohuizi:20181228013032j:plain

春節前後でなくても、大雁塔の南側は本来、年中、こんな風に夜景が綺麗なのです。

道路工事、早く終わりますように!!

 

最後に、2019年1月1日19時半から、この音楽ホールで日本人指揮者「西本智実」さんのコンサートが催されるみたいです。☟

f:id:shanshanduohuizi:20181228160317p:plain


今回はこれで終わりです。\(^o^)/