せいあん!

西安が大好き、特に大唐西市周辺に異常な愛情を捧げるブログです。

西安博物院:(その2)博物館_1階【臨時展】粗玉から玉器への道・【常設展】長安仏教彫像芸術陳列室、地下1階、2階

2019年6月24日(月曜日)、曇り。

最近の西安は雨がちで、今朝も小雨がぱらつき、昼間でも太陽は顔を見せず、最高気温24度と涼しいお天気です。

暑くないのは嬉しいのですが、青空がないのはちょっぴり寂し気がします。(笑)

 

☟は、昨日夕方撮影した、近所の公園の蓮の花。

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昨日は午後から薄曇り。
少し暑かったので、気温が下がり始めた夜7時前、たくさんの人が公園を訪れていました。

 

蓮の花を背景に、プロのカメラマンを引き連れて記念写真を撮っている女性のグループも見かけました。

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正に☝の景色をバックに撮影していたのは気付いたので、邪魔にならないよう木の陰から撮影していたら・・・・・・。

背後から、もう一人、同じグループの女性から「写真、撮っているので」と遠慮がちに声を掛けられ、慌てて退散。(笑)

 

 

 

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いつの間にか夏至も過ぎ、池には蓮の花も咲いて・・・・・・。

帰国する日が間近に迫って来ました。(T_T)

 

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
 

前回、西安博物院の「薦福寺・小雁塔」部分をご紹介してから、随分日が経ってしまいました。(^^;

その間、何をしていたかと言うと・・・・・・。

月初めには来客があったり、その後、甘粛省旅行に出かけたり、上海まで手続きに行ってきたりと、私にしてはかなりハードなスケジュールに挑戦していたんです。

かなり疲れた半月でしたが、でも、とっても楽しい思い出になりました!!!(*^^*)

そして現在は・・・・・・。

期末試験対応&帰国準備のため、なかなか落ち着いてブログに取り掛かれず、結構焦ってマス。

帰国したら、ゆっくり落ち着いてブログを書く時間、無くなると思うんです。

今の予定で既に時間が足りず、帰国後に回す運命のものもあるのですが、出来るだけ今の内にがんばるぞ~!!(*^-^*)

それでは、西安博物院、博物館のご案内、スタート!\(^o^)/

 

目次

 

 

【外観・ホール】

前回、南山門までやって来ました。

ここから、☟地図の赤矢印に従って、博物館へ向かいます。 

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南山門から少し西に歩くと、博物館の建物が見えてきました。☟

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☟、右へ曲がって進むと、博物館正面に到着。

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中に入る前に、博物館の平面図をご覧下さい。☟(*^-^*)

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博物館は地下1階、地上1階、2階の構成です。

先ずは、1階から見学しましょう!!!\(^o^)/

 

☟は、1階の平面図。

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先ほどご覧いただいた博物館の正面は、東側から見たものです。

 

入り口から入って左手には、東門ホールの「Visitor Center」。☟

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このカウンター右奥に、お手洗いや、給湯設備がありますヨ。(*^^*)

お手洗いの向かいには、常設展への入り口の一つがあります。

 

☟は、東門ホール右手にある土産物売り場。

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☝の写真で青い上着を着た方が立っている側に机があります。

ファントム画像を鑑賞するなら、ここでチケットを購入。

 

ファントム画像鑑賞に関する情報はこちら。☟

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鑑賞時間は14分30秒、鑑賞料金は15元。

「唐代の職人はどうやって塔を建てたのか?なぜ『雁塔』と名付けられたのか?古い塔は何度も地震を経験しながら倒れない『神合』の謎とは?」

大型歴史舞台劇をHolographic phantom imaging等の技術を用いて表現するそうです。

上映効果を保証するため、一度の上映で入場できるのは30人まで。

上映時間は午前9時から午後16時40分までです。

残念ながら、時間が無かったので私は見ていません。

見ていたら、中国語から英語に自動変換した技術「Holographic phantom imaging」がどんな技術か体験できたんですけど・・・・・・。(^^;

 

 

【臨時展覧室:粗玉から玉器への道】

それでは、中央のホールを突っ切って、先に正面にある臨時展覧室へ向かいましょう!\(^o^)/☟
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展覧期間は「2019年5月18日から」。

展覧終了日について、パンフレットには記載されていません。

この展覧は、「国際博物館の日」を祝うため、西安博物院と宝鶏青銅器博物館が共同で開催しているものです。

西安博物院と宝鶏青銅器博物館が秘蔵している玉器の中から157組を選び、「璞玉渾金(粗金と琢いていない玉)」・「琢玉成器(玉琢かざれば器を成さず)」・「美玉如斯(美玉とはかくのごとし)」の三コーナーにより、玉器の製作工程、琢かれていない玉から美しい玉への変化が説明されています。

 

では、入り口から左回りで見学、スタート!(^^)/

【第一コーナー:璞玉渾金(粗金と琢いていない玉)】

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今回から、序文等の参考訳は省略します。m(__)m

でも、関心を持った部分については、これまで通り翻訳に挑戦しています。

参考としてご覧くださいネ。(*^^*)

 

序文パネルの前に、「世界主要玉鉱分布図」がありました。☟

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その中で、日本の上にも青数字④があります。

青色の数字が示しているのは、輝石の主要埋蔵地点。

④は「新潟県」です。

 

このコーナーの展示品をご覧ください。(^_^)/

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このコーナーは原石がテーマだと思うのですが、いきなりとても綺麗な展示品が並んでいました。

 

そのいくつかをアップにしますね。☟(*^-^*)

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左:瑪瑙耳填/漢代/駅から出土代/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:瑠璃墜(pendant)/清代/刑事警察隊から移譲/宝鶏青銅器博物院収蔵

「耳填」をGoogleで翻訳すると「耳の詰め物」。

「耳栓」と言うことでしょうか?

説明カード上の該当部分の英語は「ear」です。

撮影した画面を見て、綺麗に写っているように見えたのですが、薄暗い上に私の目がかなりピンボケなため、実際にはピントが合っていないものがしばしばアリ。

申し訳ありません。<(_ _)>

 

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トルコ石string ornament:

春秋/トルコ石/1992年5月、宝鶏益門堡出土/宝鶏市考古研究所収蔵

 

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左:八棱瑪瑙勒/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:瑪瑙人物飾帽花/明代/張宝琴からの寄付/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

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左:玉鐲/清代/刑事警察隊から移譲/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:瑠璃鐲/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

この玉と瑠璃の腕輪の実物、とても綺麗でした!(*^-^*)

 

次の壁には、材料の紹介がありました。☟

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それ以外は、またまた完成品。☟

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蚕形玉璜:

西周/1980年宝鶏宝鶏(弓魚)国墓地竹園溝十三号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

「(弓魚)」 は、「弓偏」の右に「魚」で構成される1文字です。

百度百科で検索すると、中国語の発音は「yu」、声調の表記は見つけられませんでした。

西周早期の国で、史書に記載がないだけでなく、字典でもこの文字を見つけることができない」との記述もあり。

 

【第二コーナー:琢玉成器(玉琢かざれば器を成さず)】

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ここからは、製造工程の説明を交えながら、加工された可愛い展示物が並んでいました。

☟の左壁に掛けてある、薄い水色の布に、製造工程が印刷されています。☟

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「玉材は、その性質・色・形状等の特徴を全面的に考慮し、その玉材にふさわしい形状を選んで加工を施すことにより初めて、玉材を最大限に生かすことができ、最大の効果を得ることができる」と、ガラスケース内のパネルに説明がありました。

 

☟は、上の写真手前のガラスケースに展示されていた「玉魚」の一つです。

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玉魚:

西周/1974年宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

この「玉魚」、大きさが魚と似通った材料から作られているそうです。

こんなかわいい小魚たちが、他にもたくさん展示されていました。☟

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ここ☟では、 余材利用について触れられています。

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「古代の職人は玉材の節約利用を非常に重視しており、大型玉器の加工後に発生する端材や欠陥品も、形の異なる小さな玉器に加工された」とあります。

 

ここで、水色の布に印刷された、色んな形状の玉の製作工程をご紹介します!\(^o^)/☟

【玉の製作工程:玉鳥】

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1.形を作り、選擇した玉材に基づき、鳥の基本的な形を決め、アウトラインを決める。

2.打稿(?):Googleで翻訳すると「製図」となりました。

3.鳥の各部位の特徴をより詳細にし、「細陰線」を磨いて「寛陰線」にし、磨いて艶出しをする。

※「細陰線」を磨いて「寛陰線」にし:「細い下書きラインを太くし(?)」のような意味でしょうか???

 

このような加工が行われた玉器がこちらです。☟

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真ん中の玉器の資料しか写していなかったようです。(^^;

玉鳥:西周/1974年宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

【玉の製作工程:玉牛】

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1.形を作り、選擇した玉材に基づき、牛の基本的な形を決め、アウトラインを決める。

2.牛の四肢及び角・口元を作る。

3.その他の部位の特徴を具体化し、また「細陰線」で筋肉・目等の細部の輪郭をとり、磨いて艶出しをする。

 

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☝左は、元写真でもピンボケではっきり読みとれません。m(__)m

それでも、3つとも西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵」なのは、何とか確認できました。

 

 【玉の製作工程:柄形器】

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1.選擇した玉材に基づき、柄形器の基本形状を決める。

2.加工し扉棱(周囲に突出した線状の装飾)を作る。

3.図案を加工し、磨いて艶出しをする。

 

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小さくて見辛いですが、この3点も上と同じ、西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵」です。

次に、加工の際に使用された道具をご紹介します!(^^)/

【砣具(玉を琢く工具)】

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砣具は機能が最も多く、最も普遍的に使用されていた玉を琢く工具。玉材の切削・図案の彫刻・玉器表面の研磨及び透かし彫りに用いられた。砣具は円盤状の工具。縁が薄い刃或いは平な状態で、器物の表面に中間部分が幅広く、両端が尖って浅い凹状の痕を残す。

上の左側の図は、砣具での切削イメージ図。

右側は、材料切断時にできた弧状の切削痕。

 

その下に「『ぼんやり』玉職人!」というタイトルがあります。

ある玉職人が砣具を用い外から内側に向けて玉の切れ目を切断する際、ぼんやりしていて手が震え、切れ目の対面に中間部分が幅広く、両端が尖って浅い切り傷痕を残してしまった。この結果、玉の見た目の価値は大きく値下がりしてしまったが、我々はこのぼんやり玉職人のミスのおかげで、玉の制作工程を見ることができる。

この職人さん、当時は親方にひどく叱られたことでしょう。

給料カットも、あったかも?

でも、遥か未来では、感謝されてますよ~~~!(^^)/

 

☟もおなじく、 砣具作業工程での典型的な痕跡が残っているものです。

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この玉魚の片面には、中間部分が幅広く深く、両端が尖って浅い「陰線」があります。

西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵」です。

 

【片具】

☟は、「片具」という工具を使用した際についてしまった切り傷。

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☟はパネル写真の実物です。

幅が均一な切込みが入っています。

「片具」の切断痕跡「真っ直ぐ平らで、薄く鋭利」という特徴に完全に一致する。

とパネルに書かれています。

 

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玉锛(手斧):

西周/ 1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵


【「成形対開」と「対開成形」】 

☟、古い玉が破損したり、気に入らない形の場合、玉をこよなく愛した古代人は、それらを再加工したそうです。

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その方法が「成形対開」と「対開成形」という加工方法。

「成形対開」は、玉材に器物の輪郭を加工後、それを二つに割って、大きさ・形状が同じ二つ玉器にする方法。

「対開成形」は、先に玉材をいくつかに割り分けた後、それぞれに造型加工する方法です。

「成形対開」で加工された玉器は、重ねると造型が完全に一致しますが、「対開成形」で加工された玉器は、重ねると造型に多少の差異があることが分かります。

どちらの工法でも、玉器に「釘線打稿(?)」の痕が残っている。

と説明があります。

「釘線打稿」・・・・・・、加工する時につく線とか傷のことでしょうか???

パネルの下に並んでいるのが、これらの工法で加工された玉器です。

個別に撮影していなかったので、アップでお見せできません。<(_ _)>

 

【管具】

次は可愛い鹿が登場!\(^o^)/☟

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右端の鹿を拡大します。☟

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片雕回首玉鹿:

西周/1974年、宝鶏(弓魚) 国墓地茹家庄一号墓出土/宝鶏青銅器博物院収蔵

この見返り鹿、まるで型抜きクッキーみたい、美味しそう。(笑)

展示用の台が、鹿の形に成形されているのも可愛いデス!

 

この可愛い鹿がどのように加工されたか、説明があったので簡単にご紹介します!(*^-^*)

使用された道具は「管具」と言うそうです。☟

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金属や竹・木等の材質で作られ、主に穴あけや「去料(不要な部分を取り除く?)」に用いられる。穴あけ方法には、「単向」と「対鑽」の二種類がある。「単向」での穴あけの場合、内径には一端が大きく、一端が小さいという特徴がある。また、「単向」での穴あけでは穴の芯の部分の材料は敲き落されるので、一端が小さい方の縁はあまり滑らかに整わず、穴の内側には明らかなバリができる。「対鑽」での穴あけの場合、両端の縁は比較的滑らかだが、突合せ接続の位置が正確でないため、穴壁がズレるという階段現象が起きる。その他、「管具」での穴あけ過程ではズレ現象が起こり、円状の加工痕が残る。
訳してみたものの、非常~に自信がありません。(T_T)

説明の下に描かれたイメージ図を見て、脳内補正しながら読んでくださいね。(^^;

 

美しい鹿の角、管具で穴あけ!

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注意深いあなたは、きっと鹿の二本の角に螺旋状の回転痕があることに気付いたに違いありません。 この痕跡は玉職人が管具を用いて鹿の角に穴をあけ磨いた時にできたもので、穴あけ・研磨の際、管具に位置ずれが起こり、一筋一筋の回転痕が残ったのです。

せっかく鹿のアップを写していたのに、角度が悪い上、ピントも合っておらず、角を拡大しても回転痕は見えませんでした。(T_T)

 

鹿に関連する最後のトピックは、「興味深い漢字ーー麗!」

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一頭の鹿の頭上に、一対の綺麗な角が生えているのを見た我々の祖先は、非常に美しい(「美麗」)と感じ、そこから「麗」という漢字ができました。 「麗」は形声文字

(※最後の「从鹿,丽声」は、「鹿偏、読みは丽『lì』 」でよいのか悩んでいます。)

  

【第三コーナー:美玉如斯(美玉とはかくのごとし)】

f:id:shanshanduohuizi:20190623003700j:plainこのコーナーでは、職人によって精緻に琢かれ、美しく変身した玉器が紹介されています。

 

【礼玉】

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中国は礼儀の国であり、玉は礼を表すために必要不可欠な物だが、その役どころは時代によって異なる。太古の時代、玉の役目は主に天地の神・宗教に仕えることであり、特殊な意義を持っていた。そのため、玉礼器はみなひたすら大きく美しかった。商周時代になると、玉は祭壇を下り、統治階級の人間に仕えるようになり、その社会的属性はより多くが身分地位の象徴となった。秦漢以降、玉は貴族専属ではなくなり、次第に平民化・世俗化へ向かっていった。

 

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玉は「霊能力を有する」物と美しさの象徴として、祭祀活動において非常に重要な地位を占めていた。主に璧・琮・圭・璋・璜・琥の六種類の玉器があり、古人は「六器」または「六瑞」と呼んでいた。≪周礼・春官・大宗伯≫には、「玉にて六器を作り、天地四方に礼をなす。蒼璧にて天に礼をなし、黄琮にて地に礼をなし、青圭にて東方に礼をなし、赤璋にて南方に礼をなし、白琥にて西方に礼をなし、玄璜にて北方に礼をなす。」と記載されている。古人は玉器の色と造型をそれぞれ結び付け、かつ陰陽五行説を組み合わせることで、天地四方を祭る六種の礼器を生み出した。

昔、四神が出てくるような漫画をよく読んでいたので、このパネルに目が釘付けになりました。(笑)

 

その他、このコーナーに展示されていた玉をご紹介します。☟

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左:透雕荷花白鵝玉飾/明代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵
右:玉帯釦/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

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左:透雕石榴玉飾/明代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

右:玉如意/清代/収集/宝鶏青銅器博物院収蔵

 

他にも、以下のような展示がありました。☟

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これら以外にもたくさんありましたヨ。(*^-^*)

以上、「臨時展、粗玉から玉器への道」でした。

 

 

【常設展】長安仏教彫像芸術陳列室

ここからは、仏像が展示されている常設展を簡単に見て行きたいと思います。(^_^)/

かなり広いスペースに、さまざまな時代の仏像が並んでいます。

私は臨時展覧室の南側(レイアウト図下側)の扉から常設展に入りました。☟

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【常設展:西側半分】

☟は、臨時展から側から入って来た周辺の様子です。

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反時計回りに、壁伝いに見て歩きました。☟

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真ん中の仏像は、「鉄仏像/唐代/1994年、西安市太白北路省水文局出土」と紹介してありました。

太白北路は徒歩で到着できる範囲。

比較的近い場所で出土している文物を見かけ、ちょっと興奮!(#^.^#)

 

進行方向を望むと、壁際に一列、ホール中央に二列、見えていない左壁際にも一列、それぞれ展示されています。☟

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☝は、善業泥像/唐代/1985年、西安市雁塔区唐大慈恩寺遺跡大雁塔付近から出土

 

☟は、説明を写していませんでした。(^^;

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薄暗い中、ライトで浮かび上がる様子が幽玄。

こういう展示の仕方、趣きがあってステキです。

 

☟、中央に陳列された二体の「天王像」

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どちらも、唐代/1965年、西安市蓮湖区建新村出。 

 

上の写真で、天王像の後方に見えていた「四神石棺」。☟

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☝は、「四神石棺」の名称と、「唐代」としか情報が記載されていません。

 

上の二体の像の左に、ガラス越しに見えていた仏頭。☟

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こちら☟も、情報ナシですみません。<(_ _)>

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この二体☟は、なんとか説明が読み取れました。

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左:菩薩像/隋代(情報、これだけです)

右:菩薩残躯/唐代/1984年、西安市碑林区の工場から出土(工場名、読み取れませんでした。(^^;)

 

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左:観音像/隋代/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土

右:菩薩像/隋代/1974年、西安市未央区崗家寨出土

 

見学してきた方を振り返ると・・・・・・。☟

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 ホールの大きさ、感じられるでしょうか?

 

ここからは、今見て来た側の反対側の、壁際と中央の展示です。☟

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壁際には、主に宋・元・明・清時代のものが展示されていました。

 

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☟は、どちらも「羅漢像」

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左:宋代/1983年、西安市城内西大街中段出土

右:宋代/1987年、西安市城内第八中学校内西側出土

 

中央陳列棚の手前部分には、北魏や隋唐の文物が並んでいます。☟

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左:鎏金仏像/北魏/1972年、西安市蓮湖区市建三公司出土

右:太和七年仏板/北魏太和七年(紀元483年)/1980年、西安市蓮湖区出土

 

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☝の右から2番目をアップにします。☟

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仏板:北魏/1972年、西安市碑林区市第三建築公司出土

とても細かい!

小さな仏像一体一体の顔に、ちゃんと目鼻口が描かれています。

 

「仏板」の左隣☟は、「大業元年魏天得造仏像」

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隋代大業元年(紀元605年)/1978年、西安市灞橋区出土

台座の脚に刻まれている文字、見えるでしょうか?

 

更に左に展示されているものの、いくつかをご紹介。☟

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左:鎏金仏像/唐代/1980年、西安市碑林区西北一印出土

中央:鎏金菩薩像/唐代/1985年、西安市未央区隋唐感業寺遺跡出土

右:鎏金観音像/唐代/1974年、西安市新城区出土

 

これら小さな像の左に、大きな像が並んでいました。☟

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記録に残っていたのは、「左端が清代、その他は明代」ということだけです。(^^;

 

【常設展:東側半分】

ここで、一階フロアのレイアウト図を再確認しましょう!☟

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臨時展覧室と接する入り口から入って来て、今やっと、真ん中辺りで幅が狭くなっている場所付近に到着しました。

 

記憶が確かなら、この通路状の展示スペースの壁際に展示されていた一体。☟

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菩薩像/隋代/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土


この通路のようになっている辺りから、進行方向を撮影したもの。☟ 

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足元の矢印を見ると、見学ルートは「お手洗い前の入り口」から入って、右端からスタートするのが正解???(笑)

個人的には、左側から見始めても、特に不便は感じませんでした。

 

こちら☟、上の写真で左壁際に見えている展示物です。

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詳細を撮影していないので、姿だけご堪能ください。(^^;

 

上の写真の向かい側、柱の壁面に沿って展示されている仏像。☟

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この仏像は、北魏/小雁塔所蔵」とありました。

 

☟、中央、ガラスケース内に展示されている「貼金彩絵観音像(Gilded Color-pained Statue of Goddess Guanyin)/北周

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スマホを持って立っている男性の側に陳列されているのが、☝左の観音像です。

照明の色合いの関係で、全体に黄色っぽく、装身具の金が目立ちませんね。(^^;

 

壁際に展示されてる文物を代表して、☟の2点を。(^^)/

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左:一仏二弟子龕式塑像/北周/1975年4月、西安市未央区草灘出土

右:一仏二菩薩龕式塑像/北周/1975年4月、西安市未央区草灘出土

 

レイアウト図で、お手洗い側の入り口から入って左手の展示物。☟

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左:四面塑像碑/北魏/1971年、西安市未央区出土

右:亭閣式塑像塔/北魏/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土

 

ここから☟は、常設展のレイアウト図右端のスペースに入ります。(*^-^*)

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右側の壁際に並んでいた龕式塑像。☟

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上の写真の左側のアップが、☟左です。

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左:一仏二菩薩龕式塑像/北周/1975年4月、西安市未央区草灘出土

右:菩薩像/北魏/1974年、西安市未央区張家堡出土

 

 

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左:菩薩像/西魏1984年5月、西安市未央区六村堡公社(郷)中官亭出土

右:一仏二弟子塑像碑/西魏/1978年、西安市建国路二十六中学校内西南部出土

 

このスペースの一番奥にあった「楼閣式塑像塔/北魏/1987年、西安市蓮湖区唐冷泉寺遺跡出土」。☟

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右側の写真、てっぺんがほんの少し切れてしまいました。(^^;

 

左側壁際の展示物。☟

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左端の展示物を、☟左で拡大します。

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左:景明四年杜供仁造釈迦仏像碑/北魏/1972年、西安市未央区出土

右:仏像/北周西安市未央区漢長安城故城(北周都城)遺跡出土

 

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左:始光五年背屏式弥勒菩薩塑像/北魏始光五年(紀元428年)/1974年、西安市雁塔区三爻村出土

右:正始元年清信女母子造一仏二菩薩像/北魏/1976年、西安市雁塔区冉家庄出土

この他、まだまだたくさん展示されていました。

仏像に興味がある方には、楽しい博物館かも?(*^-^*)

以上、「長安仏教彫像芸術陳列室」のご案内でした。

 

 

【地下1階】

この後は、ちょっと地下の様子を見に行ってみましょう!\(^o^)/

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☝、矢印の先が東門ホールです。

 

地下に下りるには、上の写真のほぼ正面に見えている階段を下ります。☟

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ちなみに、上の写真で写っていない手前にも、階段、ありますヨ。(*^-^*)


階段を下りていくと、地下ホールの中央には唐代長安城の巨大な模型があります。

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階段を下り切って、模型南側から撮影。☟

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模型の後ろにあった模型。☟

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何と言うことでしょう!(゚Д゚;)

この模型の建物の説明を写していませんでした!m(__)m

 

足元にはこんなものも。☟

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以上、地下の様子でした。(*^-^*)

 

 

【2階:書画・玉器】

続いて、急ぎ足で2階へ向かいます!(^^)/☟

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【書画】 

初めに、書画コーナーをチラッとのぞきましょう!

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こんな感じで、書画が展示されていました。☟

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時間も押してきていたことと、今のところあまり関心がなく、ここは素通りしてしまいました。(^^;


【玉器】 

書画コーナーの反対側には、2つの区画に分かれていました。

一つはセミナー等を行う部屋。

もう一つが「玉器展示室」です。(*^-^*)☟

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入り口には、中国古代玉器の吉祥紋様と寓意についての紹介パネルがありました。☟

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入り口横、展示フロアが始まる位置の中央に配置されてい「高足杯」。☟

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高足杯/秦/1976年、西安市未央区車劉村阿房宮遺跡出土

この杯、始皇帝所縁の宮殿遺跡から出土したんですね。

そう知ると、特別な目で見てしまいます。

何だか分からないけど、すごい~~~!!!(笑)

 

左右壁際の展示風景。☟

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仏像に時間をかけたので、閉館時間が迫っていいて、大雑把な写真が多くなっていました。(^^;

 

【「玉握」の一種:玉豚】

そんな中、数少ないアップ写真。☟

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左:玉豚/漢/1987年、西安市雁塔区???墓地出土

中央:玉豚/漢/1987年、西安市蓮湖区紅廟坡漢墓出土

玉豚は「玉握」の一種で、死者の手に載せる玉器である。豚は農業経済発展の象徴であり、生活の安定と豊かさを代表する動物である。玉豚を「玉握」とすることは、一に財産を象徴し、二に死者に対し食品を提供することを示している。

右:玉蝉/漢/1995年、西安市が収集

 

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左:玉魚/西周/1978年、西安市長安区豊鎬遺跡西周墓地出土

右:玉眼帯/漢/西安市が収集

先ほど、秦代の高足杯に興奮していましたが、1階の展示を含めここでご紹介しただけでも、「西周」という秦よりかなり古い時代の玉が結構あります。

西周は、紀元前11世紀から、紀元前771まで。

今、上の写真の魚を見て、遅ればせながら猛烈に感動しています。(笑)

 

他の見学者も、こぞって写真を撮っていた「玉豚」。☟

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玉豚:漢/1987年、西安市雁塔区山門口街道辦漢墓出土

かなり大きく、コロンとしていて愛らしい外見の玉豚ちゃんです。

思わず「ちゃん」付けしたくなる、親しみやすい存在でした。(*^-^*)

 

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上の写真の左手の方に展示されていた可愛らしい鳥たち。☟

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玉鴻雁/宋/1971年、西安市雁塔区何家村出土

 

☟、鷲と龍の凛々しい顔!!! 

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左:玉鷹首/唐/1979年、西安市未央区唐大明宮遺跡出土

右:玉龍首/唐/1980年、西安市雁塔区曲江池唐芙蓉園遺跡出土

 

☟に展示されているのは、主に帯飾り。

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☟パネルでは、玉帯の構造や性質が紹介されています。

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このコーナーでラストです。☟

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警備員さんに、もうすぐ「閉館時間だから急ぐように」と急かされながら撮影。(笑)

 

☟は、上の写真の左端部分。

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玉製の昆虫や鹿・龍などが、虫眼鏡で拡大されています。

 

☟、装飾品。

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ここで、時間切れ~~~。

閉館のアナウンスを聞きながら、急いで外へ出ました。

 

 

東門ホールから外へ出て、ふと周囲を見渡すと、小雁塔の姿が!☟

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手前の木々に大半が遮られ、身長は背後のマンションと同じくらい。

すっかり都会の景色に埋もれてしまっていますが、その姿を目にするとなんだかとっても嬉しい!(*^-^*)

 

見学1日目は、来た道を逆に、小雁塔の側を通って博物院北門から外に出ました。

2日目は違うルートで帰ろうと思い、博物館の北側に回り込んで、博物院西門へ。

その時撮影した、博物館の北側正面。☟

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西門外から見た、博物館の様子。☟

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以上、西安博物院内にある博物館のご紹介でした。

ラストまでお付き合いいただき、ありがとうございました。(*^▽^*)