せいあん!特別編_2019年初夏 敦煌旅行記(その1):敦煌空港・敦煌夜市・雷音寺他
2019年6月30日 (日曜日)、明け方。
一時雨が続きましたが、また青空が戻って来た西安。
28日(金曜日)の夕方は、昼過ぎまでの雨模様が嘘のよう。
☟、左が朝登校途中、右が下校時の様子です。
ところが、夕方は・・・・・・。☟
自分の部屋の窓から身を乗り出し、西北工業大学の方向(東)を撮影。
何とか、左右に写りこむ隣のマンションの壁や、自分のベランダの柵などを排除。
ど真ん中の西北工業大学が管理するテナントビルがなかったら、もっと見晴らしいいのにな~。(笑)
最近、校内の柿の木から、青い硬い実がたくさん落ちてきます。☟
一度は、登校中、直撃を食らいそうになりました。
当たったら、かなり痛そう。(^^;
そんな青い柿の実を見ながら、「これが熟す頃、私はもうここにいないんだな~」と思い、ちょっとせつない今日この頃。(T_T)
💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛💛
6月9日(日曜日)から13日(木曜日)まで、敦煌と嘉峪関へ出かけて来ました。
またしても、敦煌!
だって、好きなんです。(笑)
嘉峪関は、昨年夏の旅行で行く予定だったのを中止したので、今回はリベンジ。
その時の様子を、敦煌2回、嘉峪関1回の、計3回でご紹介したいと思います。(*^-^*)
それでは、スタート!\(^o^)/
目次
【敦煌空港】
2019年6月9日(日曜日)、もうすぐ敦煌へ到着です!!!(*^▽^*)
今回、珍しく窓際席をとりました。
普段、私は通路側しか選びません。
降りる時素早く動けるし(中国化してます。(笑))、途中、お手洗いに立つ際、同列の人に気を使わなくてすむからです。
そんな私が、冬場ならいざ知らず、離着陸時にシェードを開けるとめちゃくちゃ暑い夏場に窓際席をとったのは、上空から莫高窟デジタル展示センターと敦煌駅を撮影するため。
前回、昨年12月に来た時は莫高窟デジタル展示センターを撮り損ねたので、「今度こそは!」と待ち構えていたんです。
ところが、「あれ・・・・・・?え???」と戸惑っている僅かの間に、敦煌空港に着陸してしまいました。(T_T)
敦煌郊外に入るまで、眼下に見えていた景色は前回と同じだったのに、何故~~~?
フライトが違う時間帯だから???
敦煌に自分の足で着地する前、既に目標の一つが失敗に終わってしまいました。(^^;
ボーディングブリッジを渡ってターミナルに移り、到着ロビーへと移動中、出発ロビーとはガラスで隔てられた通路から、乗って来た飛行機を撮影。
低い山以外、視界を遮るものがなくて、気持ちい~~~い景色!!!\(^o^)/
敦煌空港はこじんまりしているので、あっという間に到着ロビーへ下りるエスカレーターまで到着。
この後、下りてすぐお手洗いへ行って・・・・・・。
出て来てみたら、もうターンテーブルが回り始めていました!!!
乗客が飛行機からボーディングブリッジに移動を始めてから5分ほどで、荷物が出てきました。
いつもながら、速いです。(*^-^*)
【市内地図】
地図を必要とする箇所には再掲していますが、念のため、最初にも貼っておきます。(^_^)/
【東大橋(駅・空港行きバス)】
到着ロビーの出口に、今回も、市内行きリムジンバスへ勧誘する女性が立っていました。
市内まで、10元。
私は市内に入る前、敦煌駅に寄って、嘉峪関までの列車チケットを発券するつもりでした。
発券前にネット予約した便を変更したかったので、当日ではなく、事前に処理しておきたかったんです。
係り員の女性に尋ねると、駅で降りても10元とのこと。
たった数分で10元は、高すぎるでしょう???(笑)
空港前を走る陽関大道まで出さえすれば、市内と駅・空港を結ぶ路線バスが走っています。
それは冬場に確認済み。
この路線バスも、駅までだろうが、市内までだろうが、一律3元。
でも、10元より無駄遣い感が少ないではありませんか!(笑)
陽関大道までトランクを引っ張って移動しないといけませんが、目の前に見えている道までです。
この日は朝方雨が降ったとかで涼しく、陽関大道までの移動も、道べりでの待ち時間も苦にはなりませんでした。(*^-^*)
この後、敦煌駅に寄ったのですが、この時は写真を撮っていません。
敦煌駅については、次回ご紹介します。(^_^)/
10元で「高い」とか言っていたくせに、列車チケット入手後は、駅からタクシーで移動しました。(笑)
運悪く、駅前に路線バスが停まっていなかったのと、たまたま客を下ろしたばかりのタクシーが一台、その場に居合わせたからです。
これは運命~。(笑)
敦煌駅から陽関大道を西へ→飛天大道との交差点を南へ→三危路で西へ曲がり、牌楼を潜って、「敦煌汽车站(敦煌長距離バスターミナル)」前、駅・空港行きバスが停車している東大橋を通って、文昌南路の「敦煌夜市」入口までで、25元でした。(笑)
これ☟は、2日目の6月10日(月曜日)に写した「東大橋」。
この日は砂塵が舞い上がって、イマイチな天候でした。
橋の下の水路。☟
冬場は水が流れていませんでしたが、水量、すっかり復活。(^^)/
【敦煌夜市】
【ガイドマップ】
まずは、こちら☟をご覧ください!\(^o^)/
今回、こんなガイドマップがあることに気付きました。
(※このガイドマップは「南」が上、ブログ冒頭の百度地図は「北」が上です。)
どこにあったかと言いますと・・・・・・。☟
☝☟「秦州戸街」の北門両サイドです。
前回の冬場ブログでは「『秦州戸街』北側入り口」と表記していました。
今回見つけたガイドマップには「北門」とあるので、これからは「北門」と書くことにします。(*^-^*)
それにしても、前回、こんなかわいい地図を見た記憶はありません。
そこで、自分で書いたブログを検索。(笑)
撮った写真は全てパソコン管理しているので、現地で調べることはできません。
でも、ブログなら見ることが可能。
運よく写っていれば、私が見落としていたのか、それとも以前はなかったのか、疑問を解消できるというものです!
結果は・・・・・・。☟
ガイドマップはありました。
ただ、手書き風の可愛いタイプではありません。
そう言えば、去年夏のブログでこの地図を利用しようと思ったものの、なんだか味気なくて止めたのを思い出しました。 (^^;
去年夏バージョンでは、ブログには掲載していませんが、こんな地図がありました。☟
紫外線対策のための重装備で、自撮りしたもの。(笑)
これだと地図がはっきり見えますネ。
ここは、今回も宿泊した「緑洲島酒店」から西へ真っ直ぐ進んだ場所。(百度地図④)
「秦州戸街」を横切ると始まる「蘭州巷」が「沙州南路」に出た所です。
この場所の案内も、今年はこんな風☟に。
「敦煌夜市」エリアの全ての案内が、かわいい手描きガイドマップに張り替えられていました。(*^-^*)
【緑洲島酒店とその周辺】
もう一度、ガイドマップに登場してもらうと分かるのですが、宿泊先は黄色枠で囲んだ場所にあります。☟
「敦煌夜市」のほぼ中心。
シーズン中の宿泊には最適!
オフシーズンだとどうなるか?
それについては、よろしければこちら☟をご参照ください。(*^-^*)
せいあん!特別編_2018年冬 敦煌旅行記1日目(12月15日 土曜日)真冬の鳴沙山・月牙泉(夕刻)他 - せいあん!
では、ホテルとその周辺に視線を向けてみたいと思います。
この一帯、冬場は殺風景でしたが、6月中旬には既にライトアップが始まっていました。
ホテル前の通りのテントは、6月3日から6月25日まで開催されていた「2019丝路记忆・西北五省区非遗展演(2019シルクロードの記憶・西北五省区無形文化遺産公演)」の一環として、各地の特産が夕方になると展示されていました。
すぐ側の「新月広場」の」ステージでは、無形文化遺産の上演もありました。☟
舞台袖で出番を待っている人たち。
私が到着した9日は端午節三連休の最終日。
そのためか、広場前の人出も多く、22時過ぎくらいまでにぎわっていました。
ちなみに、この時期の敦煌の日没は21時10分頃。
22時過ぎと言えば、やっと空が真っ暗になったばかりです。
緑洲島酒店の部屋の中は・・・・・・。☟
まだオンシーズンが始まったばかりで空いていたおかげで、去年と同じ部屋に宿泊することができました。(*^-^*)
チェックインも終わり、敦煌博物館へ出かけるため、ホテルから「秦州戸街」の方へ移動しました。
百度地図だと、ホテルから左に向かいます。
チェックインでホテルに入る時、既に目にしていましたが、この分だと楽しみにしていたフルーツ盛り合わせは買えそうにありません。☟
ここからの写真は、6月11日(火曜日)の写真です。
緑洲島酒店とテントの間を西へ進むと・・・・・・。
青色の工事現場を囲む仕切りの内側では、せっせと作業が進められていました。☟
工事現場三枚目は、「秦州戸街」側から撮影。(百度地図③)
青い仕切り板の向こうに見えている黄色い看板が、緑洲島酒店です。
去年7月初め、フルーツ盛り合わせを買ったお店は、ちょうど青い仕切りの板がある辺りにありました。☟
去年の夏、緑色の看板「果然好甜」は横向きでよく見えませんね。
今年6月初めの時点では、何故か右側に移動させられています。
これ☟は、工事現場仕切り板に貼られた完成予想図。☟
今頃は完成して、旅行客でにぎわってるんだろうな~。
【秦州戸街】
去年7月のブログでは、通りの名前が分からず「歩行者天国」とご紹介していた「秦州戸街」。
シーズン中の敦煌で、夕方から夜中まで、一番賑わうのはこの通りではないでしょうか?
6月初めはシーズンの始まりくらいなので、去年7月初めに見たほどの人出ではありませんでした。
でも、昨年12月の閑散とした様子も知っているので、活気、十分戻ってます!\(^o^)/
このブログがアップする頃には、最繁忙期に突入していると思います。
ここからは少し、「秦州戸街」の様子をご紹介したいと思います。\(^o^)/
では、北門からスタートします!!!(*^▽^*)☟
北門を潜ると・・・・・・。☟
22時半頃の様子です。(*^-^*)
ほぼ同じ場所の、20時半頃。
まだまだ、明るい!
左右に並ぶドライフルーツの屋台。☟
ここ☟は、左手に揚げ物売り場、右手に「無公害市場」があります。
左手の揚げ物売り場。☟
この奥に、名物料理が食べられる広場があります。
それは後ほど、ご紹介!(^_^)/
右手の「無公害市場」の入り口にある、果物屋さんの冷蔵庫。☟
カットされた果物、色んな所で売られていました。
でも、この季節、冷蔵庫に入っていないものを買う勇気はなくて、ずっと眺めているだけ。
それが、宿泊先からこんな近くにありました!\(^o^)/
一ケース、10元。
その場でメロン1ケース食べ切り、更に買って、それも一気に完食!
この日は敦煌3日目で、鳴沙山から戻って来たばかりでした。
本来、通常以上に水分補給しないといけない所、途中のお手洗いなど考慮し、水分をあまり摂取していなかったので、喉がカラカラ。
喉だけでなく、全身水分不足だったようです。
メロン2ケース食べ終わって、ようやく満足しました。
その後しばらくして、ホテルへ戻る前にスイカ1ケースを購入。
これも食べ切りました。
敦煌の果物、美味しいデス!!!(*^▽^*)
では、「秦州戸街」の散策を続けましょう!
異なる日の、異なる時間帯の写真を、ほぼお店の並び順に並べているので、空の色合いがマチマチです。
この☝写真は6月9日(日曜日)の21時頃のもの。
夕日に照らされた雲が綺麗でした。(*^^*)
このまま、緑洲島酒店が見える工事中の広場辺りまで、数枚まとめてご覧ください。☟
緑洲島酒店側の工事現場まで到着!(^^)/
更に南へ、南門方面へ向かいますよ~~~!(*^-^*)
この夏はぬいぐるみではなく、☝の写真で上段にいる駱駝の足下から吊り下げられている、小さな鈴付きラクダを購入しました。☟
鈴の音を聞くと、鳴沙山を歩く駱駝たちを思い出して懐かしく、そしてちょっと寂しい気分になります。
いろんなお土産が売られていますが、どうしても駱駝に関するものに目を奪われてしまいます。(笑)
食事エリアに到着しました。☟
シーズン最繁忙期には程遠いですが、それでもお客さんが食事をしていて、賑わいは復活していました。☝☟
この☝写真は、南門側から北へ向けて写したものです。
「秦州戸街」南門に到着!(*^-^*)
門の足元にあるインフォメーションにも、新しいガイドマップが掲示されています。☟
「西域路」(百度地図では「西域西路」)から撮影した、「秦州戸街」の南門。☟
この賑やかな景色を見ることができて、幸せ~。(#^.^#)
ここで、昼間、「秦州戸街」北門の上から撮影した「秦州戸街」をご覧ください。☟
6月10日(月曜日)の11時過ぎ。☝☟
この日は砂塵が舞い上がっていて、背後の鳴沙山は見えませんでした。
この時間帯の「秦州戸街」は、人気がありません。
☝☟、昼間、観光客は莫高窟や鳴沙山に出かけているか、暑さを避け屋内で休憩しているので、大半のお店は夕方から営業を開始します。
以上、「秦州戸街」のご紹介でした。(*^-^*)
【名物料理広場・星光夜市】
下の門は、「秦州戸街」北門のすぐ側にある、食事エリアへの入り口です。(*^-^*)/
入り口の上には「敦煌夜市」の額。☝☟
それで、過去2回のブログではずっとこの奥の広場を「敦煌夜市」と呼んでいたのですが・・・・・・。
今回、ガイドマップを見ていると、今更ながら「文昌南路」・「陽関中路」・「沙州南路」・「西域路」で囲まれたエリア全体が「敦煌夜市」とされていることに気付きました。(^^;
ガイドマップでは、この広場は「名吃广场」と「星光夜市」と記載されています。
「名吃广场」は「名物料理広場」と訳してみました。
「星光夜市」は、広場の屋根がない位置を指しているので、星空が見える夜市と言うことで、そのままの表記にしたいと思います。(笑)
こちら☟、門から入ってすぐの「星光夜市」。☟
上の写真の奥側から、入り口側を撮影。☟
昨年見かけたのですが、突然小雨が降ったりすると、店員さんたちが素早くパラソルを立ててくれます。
屋根がなくても安心です。(*^-^*)
こちらは「秦州戸街」から揚げ物売り場前の通路を入ってきたところ。☟
昨年夏は、この並びの内の一軒で、「酿皮(ニャンピー)」を食べました。
今年は、昨年冬に見つけた飲食街へ出かけたので、この「名物料理広場」で「ニャンピー」は食べていません。
「名物料理広場」で食べたのは、過去2回も漏れなく通った「韓国快餐」の冷麺。
今年はトッピングの牛肉を追加してみました。(^_^)/
昨年夏・冬とも食べたキムチチャーハンは、食べる機会がなくて残念。
ところで、このお店は「名物料理広場」南東の角にあります。
☟の「百度地図」だと、②の位置です。
お店の裏手は「沙州市場」。
☟、中央奥に見えている灰色の屋根が「名物料理広場」。
その下に見える建物の左半分が「韓国快餐」。
この写真の「游客服务中心(ツーリストサービスセンター)」の看板が掛かっている建物の後方を左に進むと、あっという間に緑洲島酒店に到着します。
いつも、「秦州戸街」に出てウロウロしてから「名物料理広場」に向かっていたので、ちょっと距離を感じていたのですが、実はご近所だったんですネ。(笑)
ここから視線を「文昌南路」へ向けると・・・・・・。☟
「文昌南路」側から見ると、こんな感じです。☟
緑洲島酒店から、この「沙州市場」を経由すると、「百度地図」の①にあるお気に入りの「煎餅果子店」も、とても近く感じます。(笑)
今回も二日目の朝、ここで「煎餅」を買いました。(*^-^*)
【③路線バス停留所:中医院】
ここでは、緑洲島酒店から鳴沙山へ行く場合の、バス停までの最短経路をご紹介します!\(^o^)/
上の写真の場所は、☟百度地図の③です。
緑洲島酒店から③までは、一直線。
そこから西(地図だと左)に延びているのは、緑色に塗った「蘭州巷」。☟
この「蘭州巷」を「沙州南路」まで出た所④に、ガイドマップがあります。
今回の旅行では、この路地を頻繁に通り、「沙州南路」を渡って、百度地図⑤にあるバス停に向かいました。☟
赤矢印の先、黄色で囲んでいる場所に、バス停があります。
緑洲島酒店から鳴沙山に行くには、③路線バスの停留所「中医院」から乗車するのが一番近いんです。(*^-^*)☟
このバス停の路線案内も、昨年7月・12月から変わっていました。☟
デザインが違うだけでなく、下半分には、車のレンタルと、路線バス内でも広告があったり、運転手さんが車内で待ち時間に乗客におススメしている「陽関・玉門関・雅丹地貌」への往復バスの案内がありました。
あくまでバス往復費用で「78元」。(別途、見学用チケット購入が必要)
集合場所は「敦煌賓館(北院)」。
「早朝8時半集合、20時頃市内へ帰着」と、「13時集合、23時市内帰着」の2コースがあるそうです。
【敦煌博物館】
到着した日の6月9日(日曜日)、チェックインを済ませた後、閉館時間に間に合うよう急いで敦煌博物館へ出かけました。☟
今回の目的の一つは、昨年夏に知り合ったMさん・Yさんに会うこと。
もう一つは、1階の土産物売り場手前にある「範燕燕敦煌芸術中心」のコーナーでした。
範燕燕先生の研究室が「大唐西市博物館」内にあって、そこでご本にに出くわし、敦煌博物館内のコーナーが改装されたと伺いました。
今年5月18日に開幕式も盛大に行われたと、Wechatの公式アカウントでも見ていたので、どんな様子なのか、見てみたかったんです。☟
館内の展示物を一通り見て回って、螺旋階段を下りてくると、階下の様子を見下ろすことができます。
昨年12月に見学した時は、せっかく高さのある空間が活かし切れていない感じでした。
今の内装デザイン、とてもステキです!(*^-^*)
「芸術中心(芸術センター)」なので、敦煌壁画をデザイン化した高級シルク芸術を見学するのが展示の趣旨。
購入することもできますが、見学だけでもOK!
これは、大唐西市博物館内にある展示室と同じです。
範燕燕先生の作品以外に、周囲にはタンカの展示もありました。☟
公式アカウントの情報によると、「範燕燕敦煌芸術中心」では今後様々な展示を行うらしく、タンカはその第一弾だそうです。
博物館の見学の際には、時間があれば、こちらもぜひご覧ください。
高級なシルクの手触り、格別です!(^_^)/
最初に見て回った博物館の展示品で、一つ、気付いたことがありました。
昨年12月に、オリジナルだと確認した「清雍正八年鉄鐘」。
でも、何の囲いもなく、側に近寄って触ることも可能な状態で展示されていたのが気にかかっていたんです。
今回、その「鉄鐘」に囲いが施されていました!!!
簡易なものですが、これでレプリカと同等の扱いではなくなりました!
良かったね~と、知り合いの待遇改善が実現したのを喜ぶ気分です。(笑)
小雁塔のブログを書いた時、展示されている石碑や拓本と、説明に記載されている年代に食い違いがあることに気付いて以来、妙に気になって・・・・・・。(笑)
「鉄鐘」に年代を探してみました。
鐘の胴体にしっかり、「雍正八年?一日」とありました!!!
「?」とした部分は、「物」のようにも見えるし、左が「けものへん」にも見え、素人にはよく分かりません。(^^;
この背後に展示されたオリジナルの「石羊」は、相変わらず囲いナシでした。☟
もしかすると屋外に設置されていたもので、風雨にさらされていた時よりも断然良い待遇にあるということ???(笑)
展示物については、よろしければこちら☟をご参照ください。(*^-^*)
せいあん!特別編_2018年夏 蘭州・カシュガル・トルファン・敦煌旅行記_7月8日(日)_ 敦煌4日目_敦煌博物館2日目(宋代~清代他)・白馬塔他 (2019/2/7追記) - せいあん!
ただ、やたらと長く、目次がないので、該当箇所を探すのが大変かも。
7月8日のブログの、およそ真ん中くらいの位置を目安にしてください。<(_ _)>
【雷音寺】
昨年、敦煌へは2回やって来ました。
その都度、鳴沙山へ行く途中で見かけていた「雷音寺」。
でも、入り口正面の写真は撮ったものの、中へは足を踏み入れたことがありませんでした。
今回は、ここを見学してみることにしました!(*^-^*)
「雷音寺」へ行くにも、③路線バスを利用します。
記憶が確かなら、市内からだと、「雷音寺」の一つ手前の停留所で下車する場合から料金が2元になります。
「月牙泉」方向の路線バスを降りた周辺の様子。☟
この日は6月10日(月曜日)。
何度も書いていますが、砂塵が舞い上がり、視界も空気もかなり悪い状態でした。
青空があれば、景色もきれいなのに・・・・・・。(T_T)
道を渡った後、鳴沙山の方を向くと・・・・・・。
砂塵が舞う中、鳴沙山がうっすら見えました。
歩道では、清掃員の方が街路樹の水やり兼埃落しを実施中。☟
見慣れている、「雷音寺」正面の「山門」。☟
では、中に入ってみましょう!\(^o^)/
門を振り返ると・・・・・・。☟
少し進むと、「雷音寺」の概要がありました。☟
真ん中の概要を拡大しますネ。☟
参考に訳してみます。(^_^)/
【雷音寺概要】
敦煌雷音寺は、西晋時代に建造、「仙岩寺」と呼ばれ、西晋の偉大な書道家である索靖が扁額を記した。十六国前秦時代の正式名称は「莫高窟」だった。その後、隋末唐初には「崇教寺」と呼ばれ、元代には「皇慶寺」となり、清初に「雷音寺」と改名した。1700年余りにわたる歴史を有している。1986年、敦煌仏教界は僅かに残った遺跡を基にかつての雷音寺を再建。再建された山門・天王殿・大雄寶殿は堂々として質朴である。2007年、雷音寺の僧たちは莫高窟172窟「西方極楽世界」の壁画に基づき、雷音寺の拡張工事を始めた。寺院の敷地は180ムー(12万平方メートル)。参詣エリア・僧侶生活エリア・修行体験エリア等に分けられ、大光明殿・鐘鼓楼・接続回廊・南北配殿等の主要な殿堂はみな唐風建築で、質朴堂々・雄渾豪健とした風格の建築である。雷音寺は信仰・説法・修行・教育・仏教交流を一体化した多目的仏教文化サイトである。
こちら☟は、概要の左隣にあったガイドマップ。
文字が小さく読めないと思いますが、山門後方の天王殿左右にある塔や、「敦煌雷音寺导览图」の文字がある辺りの建造物等はまだ建設されていません。
まだまだ拡張中です。
古い建築物は少ないのですが、規模がとても大きく、再建された建物も立派です。
とりあえず、見て行きましょう!
概要説明にも登場した「天王殿」です。☟
☝の扁額「天王殿」は、前中国仏教協会副会長「茗山長老」の手によるものだそうです。
中には弥勒菩薩像が安置されています。☟
左右には四天王像もありました。
「天王殿」の裏側。☟
凛々しく立っている像は、韋駄天です。
☝の扁額「三洲感應」は、元中国書道家協会首席啓功氏の手によるものです。
「天王殿」後方の空間。☟
正面に見えているのは「大雄寶殿」です。
向かって右には「南羅漢堂」、左には「北羅漢堂」があります。
「南羅漢堂」☟
「北羅漢堂」☟
「大雄寶殿」☟
この階段を上って、「大雄寶殿」内を少し覗いた後、右側に回って「大光明殿」へと向かいました。
ちょうど「大雄寶殿」の右横から右手を見ると、「財神堂」を発見!
御利益がありますように!!!と、高いところから拝みながら通過。(笑)
ここで、正面に見えた広々とした境内と立派な建物に、少なからずビックリしました!
正面に見えているのが、「大光明殿」。
この「大雄寶殿」の裏手は「瞻礼台」と言うそうです。
境内の建築物を瞻仰したり、礼拝するのに最適な場所と紹介されていました。
「瞻礼(せんらい) 」とは、仏語で、仏祖 を仰ぎみて礼拝することだそうです。
右手の「瑠璃殿」。☟
左手の「極楽殿」。☟
青空バックに見たかった~~~!!!
でも、晴れていたら暑くて、この広い境内を歩き回る気力はなかったかも。(^^;
【関煞洞】
階段を下りると、こんなトンネルを発見しました。☟
「関煞洞」と言うんだそうです。
日本語読みだと、「かんせつどう」?
説明があるので、参考に訳してみますね。(*^-^*)
「関煞洞」は敦煌地区独自の民間伝統建築。「関」は「開閉」、「煞」は「煞星」、即ち身近にいる悪神。話によれば「関煞洞」を三回潜り抜けると、災厄や病を払うことができ、神仏により平安が加護されると言われ、「鑽関」(この場合だと、「トンネルをくぐる?)」は次第に伝統的な民俗文化活動へと変化していった。「鑽関」の歴史は長く、莫高窟96窟には古代から残っている「関煞洞」が存在する。
階段に向かって左手。ここの横に、説明がありました。☟
階段に向かって右手。☟
実は、最初こちら側を見て、何の穴だろうと興味本位で入ってみました。
背の低い私でも腰をかがめないと進めません。
途中でもっと天井が低くなったらどうしようと不安になりながら進んで、無事外へ出ると、このトンネルの由来の説明があったというわけです。
そして、三回潜り抜ける必要があると知り、一度トンネルを引き返し、更にもう一度説明がある側へ戻って来ました。
その間、男女二人連れも中に入って行きましたが、1回で終わり。
厄払いで来てないよ~と教えてあげるべきか悩んでいる間に、二人は先へ行ってしまいました。(^^;
でも、私自身、ちょっと不安が・・・・・・。
同じ方向に進まないといけなかったんじゃないでしょうか???
反対に進むと、プラマイゼロで、カウントされない気が・・・・・・。
説明に、もう少し書いておいてほしかったデス。(笑)
では、境内にあった絵馬を見ながら先に進みます。\(^o^)/☟
少し前「関煞洞」に入って行った二人です。☝
中国では「祈願牌」と言うんですね。(*^-^*)
では、「大光明殿」に向かって右手の「瑠璃殿」へ向かいます!
☟は、向かいの「極楽殿」から見た、「瑠璃殿」の全景。
上の全景写真でいうと、「瑠璃殿」基壇左側から見た「大光明殿」・「回廊」・「鐘楼」・「大智殿」。☟
「瑠璃殿」の正面まで戻って階段を下りて、対面の「極楽殿」に向かいます。
その途中で「大光明殿」を撮影。☟
「極楽殿」に到着。☟
向かいの「瑠璃殿」から見た、「極楽殿」の全景。☟
全景写真の「極楽殿」基壇右側から見た「大行殿」・「鼓楼」・「回廊」・「大光明殿」。☟
この後は、「大行殿」・「鼓楼」前を通って「回廊」へ向かいました。☟
ごく最近建てられたものだと分かっていても、唐代風建築の連なりに心躍ります!!!
それに、建物全体に降り積もった砂のおかげで、見た目、色が新し過ぎず、いい感じに古めかしさが演出されています。(*^-^*)
階段を上がると、柱の連なりを見て、またうっとり。(笑)
柱の下を「大光明殿」の中心あたりまで歩いたところで、「大雄寶殿」方向を撮影。☟
少し外に出て、「大光明殿」を正面から。☟
鐘楼方向へ移動。☟
鐘楼の方へは行かず、「大光明殿」の壁に沿ってさらに奥へ。☟
案内板では建設待ちとされていた「祖師堂」・「学戒堂」・「禅堂」などが並んでいました。
でも、奥の方はまだ工事中。☟
この辺りの建物はかなり新しいハズなのに、砂塵が表面を覆っているおかげで、すごく歴史ある古い建物に見えます。(笑)
歴史あるものが見たい方には不向きかもしれませんが、鳴沙山へ出かける前、日が陰るのを待つ間、ちょこっと足を延ばすのにはいいかも知れません。(*^-^*)
以上、「雷音寺」でした。(*^▽^*)
【駱駝】
この日、この後は徒歩にて鳴沙山の「ツーリストセンター」まで行き、新しいチケット購入&入場方法があることを知りました。
詳細については、「2019年初夏 敦煌旅行記(その2)」でご紹介します!
じゃあなぜここで、わざわざ「ツーリストセンター」へ行ったと書いたのか?
それは・・・・・・。☟
「ツーリストセンター」からバス乗り場へ向かう途中、偶然、退勤中の駱駝隊に出くわしたからデス!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
「今日も一日お疲れ様~~~!!!」
ラクダを目撃して、テンションが一気にあがりました。(笑)
実は、この日に限らず、年齢のせいかかなり長期に亘って疲れ気味。
とにかく敦煌まではやって来たので、鳴沙山には入らなくてもいいかな・・・・・・くらい、弱気だったんです。
この日「ツーリストセンター」まで来たのも、「何か変わっていることがあるか、確認だけはしておこう」という感じ。
でも、ここで駱駝に出くわせたおかげで、考えが一変!!!
「明日、午前と夕方、2回来るぞ~~~!!!」
そう、今回は4日目午前中には嘉峪関へ移動。
そして、この日は2日目。
鳴沙山で、二度入場したければ、3日目に2回来るしかないのです。
と言うことで、次回は鳴沙山がメインになります。
またしばらく時間が空くと思いますが、アップできた際にはよろしくお願いいたします!\(^o^)/
追伸:
来週月・火と、留学生活最後の期末試験です。
今学期、旅行に出かけることも多く、あまり授業に出れていません。
明日(もう今日だ~~~)は、一夜漬けだ!!!(笑)